タイトル:【MYTH】暴く陰翳マスター:墨上 古流人

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2012/04/03 06:30

●オープニング本文



 雨に冷やされた空気が、辺りを支配していた。
 バグア襲来より復興の手が入らず、荒廃していた街の中、
 お情け程度に残っていた屋根を雨避けにしながら、
 石段の上に井上 優が座っていた。
 
 空から降る弱い雨の音が聞こえる。
 かつて何人ものビジネスパーソンが、隔靴の音を響かせたであろうオフィス街。
 だが、今では雨の音以外は全く聞こえない。
 灰色の淀んだ空が上空に広がり、周囲には薄く霧がかかっていた。
 その光景はまるで、世界からここだけ切り離されたような、そんな情景の中で。

 遠くから、雨に押し潰されそうな弱々しい排気ガスを吐き出しながら、
 走るのも奇跡と思わしい、ボロボロの装甲車が優の前に止まった。
 ドアを壊して降りてきたその姿は、既に雨に体をすっかり湿らせていた大樹だった。

「おかえり、アルベロ。遅かったね?」
「‥‥‥‥」
 耳に痛いほどの静寂が二人の間を過ぎる。
 雨に濡れた砂利が、普段よりも鈍い感触を重々しいブーツに伝えてくる。
 砂利の音を響かせ、ただただ距離を縮めるだけのアルベロへ。

「優さん‥‥」
 濡れた髪の奥、木漏れ日のような光を備える目。
 優はじっと動かず、次の言葉を待っていた。

「あのスラム街での夜‥‥あれは、出会ったんではなく、再会だったんです」

 歩みを止めると、辺りには微かな雨音だけが静かに響いていく。
 アルベロと優とのの3mの距離を、風が吹き抜けた。

「俺‥‥元々、バグアの強化人間で‥‥有能な人材を‥‥引き込む担当でした‥‥子供の頃‥‥優さん‥‥メールフレンドが‥‥いましたよね‥‥」
「あぁ。バグアの話を政治的だったり学術的だったり、色々な視点からやたらと興味深く話してくれたね」
「あれは‥‥俺です‥‥そうやって‥‥興味を持たせて‥‥両親を殺すよう‥‥狂気を促したのも‥‥俺‥‥あなたの父の秘書‥‥一人バグア側でしたので‥‥家庭内事情もわかっていました‥‥」」

 剥き出しのトタンが僅かに揺れ、アルベロの袴が少しだけ風に踊った。

「ですので‥‥あの時‥‥手を差し出し、名乗られた時は‥‥」
「木の実のように目を丸くしていたね」
 ふふ、とあどけなく笑い想い出に目を細める優。

「そう言えば、あのメールフレンドのハンドルネームは‥‥」
「優さん‥‥気付いてなかったんですか‥‥?」
「さぁ、どうだろうね?」
 意地悪く、大袈裟に肩を竦めるとおもむろに立ちあがる。
 しっとりとした銀色の髪を伝って雫が落ち、足元に飛沫を作った。

「で、君はどうするんだい? 僕に自分の罪と過去を喋ったその真意は? 僕をこの道に唆した張本人が側近だった、という訳だけど‥‥」
 すらりと曲刀を抜いて問う優。
 凛と澄んだ刃に、雨粒が静かに弾けていく。

「俺はもう‥‥バグアとか‥‥地球だ宇宙だ‥‥どうでもいい‥‥ただ、貴方に惚れた」
「数年前とは逆の立場だね」
 軽口とは裏腹に、刃は大樹の首元へ。

「この忠誠は‥‥償いでも‥‥責任でも同情でもない‥‥貴方に仕えたい‥‥あなたの手を取り続けたい‥‥それだけです」
 首が刃に沿うように前進し近づくアルベロ。
 ぷつ、と薄皮が切れ、赤々とした血が滲む。

「それでも俺を殺したければ‥‥少しだけ、待って下さい‥‥バグアからも‥‥スラムからも解放されたこの命‥‥貴方に散らされるのではなく、貴方の為に、散らせてください‥‥」
「殺さないよ。家族の件は、君のせいじゃない。僕がやろうと思ってそうしたことさ。それに、僕は君を身請けした。もう君は自由なんだよ」
 妖艶な笑みと、固まった笑みを交わしあう二人。
 信頼なのか、義理なのかはわからない。唯『二人の関係』がそこには存在していた。

「それで‥‥どうするんだい?」
「貴方の為にも‥‥残された禍根を断ちます‥‥ここはお任せを‥‥先にいっててください」
 崩れたビルの中、床に空いた地下に続く暗い階段の前にて、立ちはだかる大樹。
 優に見えるように、手の平の内を見せる。そこには、小さな明かりが明滅する、電子回路のようなものが握られていた。

「必ず後から来るように。腕一本でも、髪一本でも、必ず戻っておいで、アルベロ」
 力強く目を合わせる。そして、濡れた髪を翻して歩いて行く優。
 その背中が小さくなっていくと、アルベロは盗聴器を握りつぶした。




「これでようやっと繋がったな‥‥」
 モニターの明かりだけが灯る部屋。
 ヘッドホンの片方を耳に当てながら、井上 雅は走らせていたペンを止めた。

「アルベロと優の関係。あと、今までやっていた事諸々は今まで回収した資料でわかったけど‥‥」
 隣で画面の光を顔に照らしながら、忙しなく目と指を動かすのは、オペレーターの柚木 蜜柑だ。

「肝心の、優の目的がわからん。あいつはまだ何を残しているんだ‥‥」
 頭を掻き毟りながら、ため息を吐く。
 吸うなら外で、とドアを指し、蜜柑も空のインサートカップを持って椅子から立った。

「ま、知りたきゃ聞きに来いって意味で、あそこまで聞かせたんでしょ。いいの? 最近ずっと向こうのペースよ?」
「ここで覆すさ。腐った根元から掘り起こしてやる」
 頼もしい余裕のある言葉を聞いて微笑む蜜柑に、何だ? と首を傾げる雅。

「あんた、前まではスーパー淡麗ドライな奴だったのに、いつからそんなふくよかな日本酒みたいな性格なったの? 熱血になったり、何かに執着したり、会った頃とは全然違う」
「お前たちの影響で、冷めた顔して生きる事がどれほどつまらないか、教えてもらったのさ」
 苦笑交じりに火をつける雅。
 相変わらずまずいな、とだけ呟いて、休憩室の空気はそのまま静かに流れていった。

●参加者一覧

エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
ウラキ(gb4922
25歳・♂・JG
今給黎 伽織(gb5215
32歳・♂・JG
エイミー・H・メイヤー(gb5994
18歳・♀・AA
エイミ・シーン(gb9420
18歳・♀・SF
D・D(gc0959
24歳・♀・JG
立花 零次(gc6227
20歳・♂・AA
L・エルドリッジ(gc6878
40歳・♂・EP

●リプレイ本文


「ここは任せて先に行け、とはね‥‥」
 アルベロが奪っていったボロボロの装甲車、そのひしゃげたドアに背を預け、ウラキ(gb4922)が本気か‥‥?とため息を吐いた。

「‥‥傭兵10人を挑発する自信だ、考え無しでは、あるまい」
「そう、敵は確信を持って、自分だけが生き残る準備をしている‥‥その自信にぞっとさせられるよ」
 静かに、かち、とアラスカの回転弾倉をはめ込んでウラキが言う。


「必死で気持ちを繋ぎ止めようともがいているみたいだね‥‥雅に優を奪われないように」
 ボンネットに広げていた建物のライフラインの状況を纏めていた紙、それを丁寧にしまいながら今給黎 伽織(gb5215)が言う。

「でもどんな形であれ、大切な人と、自分と向き合って、自分の意思でその人のために動いている‥‥私の方が嫉妬しちゃうくらい、かな?」
 崩れそうな壁に寄りかかっていた朧 幸乃(ga3078)が、目を細めてそう言った。
 善とか悪とかの話をしているわけではない。ただ、進む道が違っただけ――

 そんな話を耳にしながら、立花 零次(gc6227) は一人、袖に腕を入れて組み、静かに地下への入り口を眺めていた。
「本当に戦わなくてはならない‥‥?」
「迷うか」
 L・エルドリッジ(gc6878)――レオナルドが、そんな些細な零次の呟きを気まぐれに拾った。

「まっすぐ向き合い‥‥例えそれが恨む言葉の応酬でも、互いにちゃんと言葉にして伝えて欲しい、と。すれ違ってばかりです、三人とも」
「面と向かうより武器を向ける方が早いからな」
 表情を変えず、まるでそれが世の理であるかのように言い捨てながらレオナルドが煙草を取り出す。火はつけない。

「迷う心のまま倒せる相手ではないと理解しています。ですが、私は彼らの過去を知って‥‥『敵』だとは思えなくなりつつあります」
「1マイル譲って『悪い奴ではない』としよう。だが‥‥今奴らは間違いなく『敵』だ」
 少なくとも、素直に刃を抜ける男の顔へ、レオナルドが続ける。
「井上雅はこの件に決着を付ける事で、次に進もうとしている。奴は覚悟して自分の運命を切り開こうとしている‥‥戦う意義を奴は持ってるんだ。僅かでもいい、俺はこの青年の力になりたいと思う‥‥お前はどうだ」
 零次は僅かに腰で遊んでいた刀を、強く握り直して返答と成す。
 その面持ちは、刃に映すに相応しい凛とした眼だった。

「入り口付近‥‥『探査』してみました‥‥異常‥‥なさそうです」
 先行偵察として周りを調べていたハミル・ジャウザール(gb4773)が、声をかける。
 それを合図に、雅は踵を返して入り口へ向き直る。
 鞘を走る刃の音、薬室に弾が滑り込む音、各々の戦闘準備音が、静かに重なり合う。

「‥‥いくぞ。奪うのではない、返してもらう」
 力を貸してくれ――その思いが、ぶっきらぼうなたった一言に強く込められていた。


 地下は光源が疎らで、暗いところもあれど所々から漏れる光で真っ暗になることはなかった。
「みやびん無茶しちゃダメですよー」
 ウラキの拳銃に取り付けられたライトが何度か過ぎった後、エイミ・シーン(gb9420)は念を押すように雅に言う。
 何もない宙をふにふにとつつき、あの頃から――いや、最初から変わらず横にいる少女に、頼りがいある安堵を覚える。
 だが、言葉にはしない。それでいい。それが彼の信頼の形なのだ。
「今こそ、前を向く事を忘れてはならんな‥‥頼むぞ」
 それだけ伝えると、ライトを持った左手と交差するように銃を構えて前を向いた。

 ハミル、伽織、レオナルド『探査の眼』持ちがフルに気を張っていた為、
 ほとんどの罠――とは言っても数える程で仕組みもお粗末なものだが――を事前に見つけ、解除してゆく。
 D・D(gc0959)――Dがドアエントリー前には一度仲間との距離を空けて哨戒、水が流れていくように調べ進める彼女の後ろで、幸乃とエイミー・H・メイヤー(gb5994)が壁破壊にも気を配る。
 壁はもろく、アルベロの力なら容易く粉砕できるだろう。
「やられっぱなしは性に合いませんよ」
 エイミーが仲間を庇い、前回傷めた体。悔いはない、だが、報いなければならなかった。

 フロアの三分の一を踏破した。気配はある。燻った煙が蔓延しているかのように、敷き詰められた殺気が、牙を剥いてそこにあるのはわかる。だが、姿は未だ見えなかった。
 古い建物、外で強い風が吹けば地下にも建物の軋みが伝わり―――

「うえです‥‥!」
 ハミルが咄嗟に手を広げ、後続のメンバーを制止し押し下げる。
 天井、一階ではない、パイプ等が隠れて走る狭いスペースから、
 傭兵達を潰さんとする勢いで巨大な影が落ちてきた。
 崩れた瓦礫の上で器用に姿勢を正し根を下ろす。
 その姿は‥‥鋭く睨む目は、やはり、アルベロだった。

「洒落がきついな。あれを見て拳銃だなんて思う奴はいないだろう、控えめにいってもバズーカだ」
「‥‥あれと比べると45口径も玩具だな」
 レオナルドとウラキが改めて拳銃の破壊力を目の当たりにし、呆れた顔で銃を構える。

「アルベロ‥‥」
「俺は‥‥正々堂々を、望んでいる‥わけでは、ない‥‥あなた達を‥‥潰す、ただ‥‥それだけだ」
 スラッグ弾よりも大きな薬莢を排出し、静かに重く語るアルベロ。

「‥‥これはあんたにとっても戦争の話ではないな。雅と‥‥強化人間――優の血の話だ。忠誠を果たしたいあんたが、蹴りをつけたい実の兄弟をわざわざ誘き寄せた。それは‥‥忠誠と、兄弟の血と‥‥どちらが濃いか、確信を得たいからか?」
 ウラキが、少しでもおかしな素振りを見せたらもう片方の銃で撃てるよう、慎重にリボルバーを抜きながら言う。
「兄弟の血‥‥? 何を、今更‥‥」
 嘲笑にも似た言葉を短く放つアルベロ。

「井上さん‥‥お兄さんは今、少なくとも理解しようと努力しています‥‥貴方達は‥‥理解しようと‥‥していますか?」
 ハミルもおそるおそる、だがしっかりと、瓦礫埃の霞む中、言いたいことを振り絞って伝える。
「それも‥‥今更だと‥‥言っているんだ‥‥!」
「だとしたら‥‥この戦いの末、あんたが満足したら、雅に全てを話して貰う」
「口を割る前に‥‥その手遅れの頭を‥‥割る」
「行け、援護する」
 見切りをつけたウラキがNGDMを連射し、暗がりの部屋で橙の発射炎が迸った。
 思いのほか機敏な動きで横に転がるアルベロ、エイムは外さず、弾道を追うようにエイミーと零次が飛び出す。
『迅雷』でリードした零次がアルベロの横へ抜ける。叩きつけてきたグリップを刀でいなし、流し切る。
 刃の衝撃で体が傾いた方に、エイミーが飛び込んできて挟撃、流し切りのラリーを浴びせる。

 そして切られながらも、前衛が飛び出して空いた後ろに銃口を向ける。
 Dが咄嗟に体を横に投げ、宙でどうにか体を捻り――だが弾道はシャープに、強弾撃を撃ち込む。
「自由を手にしたいので有らば、顔を突き合わさねばならぬ事もあるのではないか‥‥」
 腕にめり込む弾丸、そこへすかさず起きあがり『制圧射撃』へと切り替える。
 伽織も追いかけ両手の銃を放ち、弾丸の雨に加わる。

「忠誠と言いつつ、君の一方的な押しつけじゃないのかい」
「戻ってこいと言っている‥‥俺はそれに応える‥‥」
 伽織に向けられた銃口は、レオナルドの紅い閃光によって逸らされる。

「優は、生きて帰ってこい、とは言わなかった」
「‥‥どういう意味だ‥‥」
「君がどう足掻こうが、優は雅に会いにくる。優の望みを叶えてあげるのが、君の役目だよ」
「この足止めは、無駄だと‥‥?」
 前衛の剣撃の猛攻が続く中、言葉は止まらない。エイミーが5発目の弾丸をかわしたところで、太い肩に刀を突きたてる。

「俺は、奴に会わねばならん。20年間を埋める、話をするために」
 そこへ雅のリボルバーが全弾飛び、エイミがリロードのカバーに入る。小手型のミスティックTを突きだし、足関節に電磁波を浴びせる。
 足を崩したその隙に、雅の様子を窺う。何か、間違いが起こらないように、止められるように。

「どの口が‥‥! あの人は、幸せになっても‥‥よい人だった‥‥!」
 アルベロが吠えて大口径を放つ。幸乃が盾でどうにか受け止めるが、力が足りず天井へと弾が走る。

「それを‥‥親に疎まれ、兄には何もされず‥‥当時の俺は‥‥仕事で接していた彼が‥見るに堪えなかった‥‥!」
 アルベロはエイミーをしなる蹴りで吹き飛ばし、零次の側面からの切り、その側頭部へ掌底を叩きこむ。
 前衛を払った隙に突撃。怒りに満ちた顔で、突撃してくる。伽織とDが抑え込むよう銃撃するが、装弾数が彼のタフさに負けて制圧しきれない。
 幸乃が反応するが、エイミが急ぎサザンクロスを抜き向けるのと、雅の首が掴まれ、心臓に銃口が押しつけられるのは、同時だった。

「くっ‥‥」
「あなたなら‥‥手を差しのべられたはずだ‥‥何故! 虐げられていると知り、何もしなかった‥‥!」
「昔の俺に非があったのは‥‥事実だ‥‥!だが、今、奴の作りだしたキメラで、奴自信の手で、命が奪われている。今こそ、目を背ける訳にはいかない。兄として、あいつを止めるのは、今なんだ‥‥!!」
 潰されそうな気道から、絶え絶え叫ぶ雅。足が浮き、もはや足掻くことしか出来ない。

「あなたさえしっかりしていれば‥優さんは人並みの幸せを得て‥‥強化人間に‥‥あんな姿になる事も‥‥なかったんだ‥‥」
 顔に陰を落とし、押し黙っていたアルベロ。
 声も、腕も震えていた。それに気付いた頃には、既に耳を轟音が突き破っていた。
 
 銃弾が砕いたのは、タックルで割り込んだレオナルドの肩だった。
 フルーツを砕いたように血が、肉片が飛散し、だらりと力が抜けおちる腕。
 皮一枚で繋がっているかも微妙だった。

「――ッ!」
 雅がアルベロの顎を回し蹴り、踵で脳を揺さぶる。
 そこへウラキが両の銃で援護し、Dが狙いを定めて雅と同じ場所へ狙いを定め、撃ちこむ。

「急がないと元に戻らんぞ‥‥」
 雅がカバーに入り、エイミが急ぎ治療を施す。戦力が一気に減る、が、アルベロも既に最初程の機敏な動きは無い。

「こいつは‥‥アルベロは、命がけの覚悟でここにいる。この男を倒すには、それ以上の覚悟がある事を見せつけてやるしか無い」
 無事な方の腕で止血帯――エイミの救急セットより作成――を押さえながら、レオナルドが言う。
 血が酸素を運ばず、呼吸は貪る様に深く、顔も青ざめてきている。

「その為なら‥‥腕や足の一本や二本などくれてやる‥‥」
 掠れた声で言い切ると、口元から火口の暗い煙草が零れ落ちた。

 傷だらけの刀を構えているエイミーに飛び込んできた砲撃、押し返さず、後ろに飛んで威力を流す。
 背中を瓦礫だらけの床で擦りながらも、刀を床へ突き立て無理やり壁への激突を防ぐ。

 そのエイミーを撃つために突き出した拳銃に、すかさずウラキとD、シャープシューター達が銃弾を叩き込む。
 二条の筋が交差して正確に拳銃を捉え、止まる世界。銃身を、柄を、薬室を――勢い良く、撃ち砕いた。

 何が起きたか一瞬戸惑う、そしてすぐに持ち直し、近くの零次の頭を砕こうと手を伸ばす。
 だが、焦った。
 落ち着いて姿勢を低くし、円月を描くように腕を下から切り放つ。
 その崩れた防御に、宙を駆けエイミーが飛び込んでくる。

「貴方達の絆に負けない絆があたし達にもあるんです」
『両断剣・絶』と、仲間への信頼を乗せた斬撃は、厚いコート、強化人間の骨肉には止められる筈もなく、
 曼珠沙華が咲くが如く血を舞い散らせ、地面まで綺麗に一刀が振り下ろされた。

 足元から瓦解し倒れるアルベロ。口からも血を滴らせ、目も既に虚ろになっていた。
 自爆の懸念――誰よりも先に『魂の共有』を切って、幸乃が一歩、近付く。


「‥‥何を‥‥」
 ぽつ、と口を開く幸乃に、動かす余裕があれば首を傾げていただろう。

「優さんは『私たちを殺せ』とは言ってない。彼がいったのは『戻ってこい』それだけ。自爆をしたら、貴方の生きた証、失くなってしまいます」
「いるだけじゃ‥‥だめなんだ‥‥傍で、俺が、見て、支えなきゃ‥‥あの人には‥‥!」
「だったら、なおさら。自分で自分を消さないで」
 本人の自爆自体を止める術はない。けれど、言葉はある。
 アルベロに、伝えたかったこと。
 幸乃の言葉に、二の句が告がなくなるアルベロ。


「そんな話で‥‥同情されて‥‥俺が、自爆しないとでも‥‥?」
「ううん。『スラムから解放された』故郷の違う同胞への祝辞‥‥」
 小娘の戯言ですけど、ね 。と付け足す。アルベロからは、彼女の目がどこか穏やかに細くなったように見えた。

「愛の反対は、憎しみではなく無関心。優の憎しみの根底にあるものに、気づいてるんじゃないかな」
 未だ武器を構えたまま、慎重に幸乃の横につき、倒れたアルベロを見やるのは伽織。

「そこで、取引だ。君達がバグアを裏切ってること、黙っていてあげるから、商人の居場所、教えてよ」
 狡猾に、スマートに、全く取り繕わずにアルベロへ詰め寄る。

「バグアから優が追われるの、困るよね?」
「バグアに‥‥人類側が‥そんな密告を入れられるんですか‥‥?」
「うちにはやり手の情報屋がいるからね」
 雅に目線を移してから、またアルベロへを見る伽織。

「たとえ『解放』されても、私も、あなたも。知っている生き方はそう多くない。生きるためには、使えるものは使い、奪えるものは奪う」
 幸乃が、再び篭手型の超機械を構え直す。向けず、武装の再認識。

「俺は‥‥俺は‥‥」
 負けたのか。その言葉だけは、決して、戦士の口から零れることはなかった。


 彼は、全員を始末する自信も根拠も、あった訳ではないのかも知れない。
 報いたい。
 唯、その一心で。

「ただ必死だった、それだけ‥‥既にお前は、満身創痍だったのか」
 朽ちた大木には聞こえないよう、そっと口を動かした。

「決別の暁には、今度こそ御前が護り直せば良い‥‥」
 殺さずともよかった、静かに安堵している零次の横で、Dが語る。
 その二人の間にアルベロは挟まれ、周りの仲間が油断せず見守りながら、外へと連行されていく。
 雅の前を通る時、足を止め、何かを言いたげに口を開こうとするが、

「‥‥悪いな。俺は、車を返してもらいにきただけだ。‥‥カウンセリングなら、他をあたってくれ」
 苦笑が零れると、アルベロは自ら、また足を動かした。

「みやびん‥‥」
「すまんな‥‥色々、あり過ぎた‥‥」
 どかっ、と腰から床に落ちるように座る雅。隣には、動かせず応急処置を終えたレオナルドと、エイミ。
 目を覚ます様子のない彼の横で、お先に、と煙草に火を灯す。
 燻らす紫煙の腰に、階段を上がってゆく、弟を誑かした張本人の小さな背中を見つめる。
 その煙の中に、憂う顔で他に何を見ているのか。

 神話は、未だ紡がれる。

――To be continiued