●リプレイ本文
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階段を下りる度、足を這うように上ってくる熱気。
喉が焼けるような空気、少し体を動かしただけで汗をかく湿気。
『おーう‥‥どうだー‥‥? 報告してくれー‥‥』
今にもスピーカーからドロリと垂れてきそうな声の主は、薄地のTシャツにスパッツという、白衣を脱いだドルチェ・ターヴォラ。
「サウナストーンにも伝説ですか‥‥A班、以上ありません」
水無月 神楽(
gb4304)が整った顔立ちを暑さにも歪めず、
警戒しながら無線を飛ばす。
1時間は歩いている。適度な水分補給と薄着、能力者の体力が無ければとっくに熱中と脱水症状で倒れていただろう。
「能力者は覚醒して戦闘時に相当エネルギー消費してるはずだから、ダイエットなんて私は必要ないわ」
黙々とマッピングをしながら言い放つのは、一ヶ瀬 蒼子(
gc4104)
その殿を務める目には、いつも通りのプロの目が宿っている‥‥が。
『その辺は要研究だなー‥‥って、その割にはA班、結構開拓ペースが早いんじゃねーか?』
「ま、まぁ、藍風さんたちが一枚噛んでるなら手伝ってあげないとね?」
女の端くれである以上は、美容だとかダイエットだとかのキーワードには彼女も弱いらしい。
「そんなすごいものが本当にあるのでしょうか〜?」
暑さの中でも、ほわりとした口調が崩れずに喋る八尾師 命(
gb9785)
手書きのマップに印をつけてから、持ちこんだ冷たい緑茶を口に運ぶ。
酒をあおるように豪快に水を摂取し、壁に武器で目印を刻むのは麻姫・B・九道(
gc4661)
「綺麗になるには努力が必要って‥‥ありゃ本当だな‥‥シクル〜‥‥あちぃよぅ〜‥‥」
意を決したようにがばっと衣服を脱ぎ棄てると、水着姿で妹分のシクル・ハーツ(
gc1986)に抱きつきにかかった。
「麻姫姉ぇ、それで私に近づいたら寒くないか‥‥?」
覚醒効果で冷気を纏うシクルがスポーツドリンクに口をつけて言えば、麻姫は少し涼やかになった顔で彼女のドリンクを奪い口に運ぶ。
慕っている姉のような存在に甘えられて悪い気はしないものの、
今キメラに襲われたらどうするのだろう‥‥という考えもシクルに過ぎり、苦笑で誤魔化すことにした。
逆に、積極的にこのサウナ状況を利用しようとしているのがB班の美具・ザム・ツバイ(
gc0857)
「こんなぷに腹は愛する人には見せられんのじゃ」
水着姿の自身の体へ視線を落とす。
夏になって冷たい物や甘い物ばかり食べてごろごろしていたせいでついたというぷに腹――通称、ぷにく。
サウナ石と共に、キメラの掃討で運動も図ろうという実に打算的な意欲で、剣と楯を構えていた。
「全く何だってサウナの迷宮なんだか‥‥」
同じ班のツバサ・ハフリベ(
gc4461)は、今回唯一の男。
若さゆえか、ポテンシャルか、美容に気を使う機会が一切ないが為に、このサウナの暑さは苦痛でしょうがなかった。
サッカーボール型超機械を足先でもてあそびながら進む彼の背筋に、悪寒が走る。
キメラか――胸の位置まで蹴りあげた超機械を構えて‥‥足が止まる。そこにいたのはただの金髪娘、ドルチェ。
「あ、いや、なんでもないよ、うん。策敵を続けたまえー」
あはは、と乾いた笑いで取り繕う。唯一の男、つまり(?)女性に囲まれる重要な被検対象。と、天啓を授かるサイエンティスト。
さて今後どうしてくれようか、と頭の中で手をこまねいていたのを、哀れな少年は、まだ知らない。
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以前藍風に要求された冷たい甘味を恋しく思いながら、汗を拭って進む蒼子。
T字路に差し掛かり、神楽がどちらへ行こうかマップを見直す。
その横で、脳の奥、視覚とも聴覚とも言い難い、何かのチリチリとした感覚が、蒼子に違和感を告げる。
そして、その違和感を警鐘と認識すると――
轟音を立ててT字路の目の前の壁が破壊される。
蒼子は急ぎ神楽を抱きこむようにして地面に転がりこんだ。
飛び散る瓦礫の奥から突き出てきた、筋骨隆々とした足刀。
にんまりと笑みを浮かべたキメラと、彼女らは目を合わせてしまった。
「なるほどね、だから”おぞましい”ですか‥‥」
「ったく‥‥! ただでさえ蒸し暑くて不快指数がうなぎのぼりなところに、更に暑苦しいキメラまで‥‥!」
神楽がツインブレイドとケルビムガンを、
蒼子が拳銃のブリッツェンとプロテクトシールドを構えて、前に並ぶ。
そして神楽が微かな雷光を纏って飛び出し、敵の後ろへと抜ける。
「水無月流闘技、疾風迅雷」
櫂のような形状の剣を巧みに振り回し、首筋、脇腹、へと剣撃を刻んでゆく。
だが着地の瞬間、キメラが振りかえり片手を伸ばす。両わき腹を片手でがっしりと掴まれ、ぎりぎりと締めあげられてゆく。
「くっ‥‥!」
苦悶の表情を浮かべる神楽。蒼子はエイムもそこそこに急ぎ肩へと銃弾を叩きこむ。
手の力が緩んだ一瞬で神楽はもう一度『迅雷』で脱出。
蒼子は油断せず盾に体を隠しながら脚部へと銃撃を流してゆく。
「‥‥?」
膝を割られ、地面に縫いつけるように甲を穿たれたキメラは、両足を地面に崩す。
だが、両手を後ろで組むように上げ、アドミナブル・アンド・サイのポーズをとりだすキメラ。
「HAAAAAAAAN!」
おもむろにひけらかされた胸部、そこからビームとも水滴とも言い難い謎の射出物が二人めがけて吐きだされる!
「ちょ‥‥?!」
急ぎ床にシールドを突き立て『自身障壁』、激流へ立ち向かう衝立のように構える。
遅れて襲う衝撃。押し返すように耐えると、盾にぶつかり上、横へと飛散する射撃の残骸が視界を掠める。
一通りの噴射が終わった刹那、蒼子の横を神楽がツインブレイドを構えて飛び出した。
全てをやり遂げて満足そうな顔をしているキメラの発射口へと、抉るように突き立てる。
そして重力に身を任せ、逞しい骨格と筋肉を逆折りして、背中へ突きぬけた刃で地面に敵を叩きつける。
「鬱陶しいから一秒でも早く私の視界から消えてなくなれっての!」
蒼子が積もった痺れを切らすように方に吠え、胸部へと全力でブリッツェンを叩き込む。
リロードしてなお連射。何発目かの後、息を荒げた蒼子の前で、キメラはやっと動かなくなった。
B班のツバサは二度目の悪寒を感じる。
汗ばんだ背中には顕著な感覚に、今度は少し呆れたように問いかけてみる。
「あの、ドルチェさん‥‥? 僕の背中になにかついてますか?」
「‥‥背中? どうしたんだよいきなり、翼でも生えたか?」
口に出して、はっと気付く。
朦朧として口に出すまで頭が回らなかったが、ドルチェは今『自分の前にいる』
急ぎ武器を構えて向き直る。
比較的広めの通路、その30mほど先で、
人型のつややかな肉体を纏った男(のような)ものが、誇らしげな表情で鍛え上げられた肉体を露呈していた。
「むう、そばにいるだけで妊娠しそうじゃが、倒してしまえば問題ない」
美具がすらりと炎のような片手剣、ゼフォンを抜く。
ドルチェもまだ慣れていない様子で超機械を構えるが、思えばゆったりと無線連絡すら出来そうな隙に首を傾げる。
敵はB班を見つけるや、急いて近づくでも、殺意を剥きだしにするでもなく、
眩しいぐらいの笑顔と筋肉を、こちらに向けているだけだったのだ。
「‥‥お帰りいただきたくなるようなキメラだよね」
ツバサの一言の後、 おもむろに力強く一歩を踏み出す筋肉。慌てて構える傭兵達。
「HAーHAーHAー!」
だが、白い歯をむき出しにして声を豪快にあげると、見せつけるようにダブルバイセップスフロントのポーズを取る。
「良い子はどんなポーズか自分で調べてくれ‥‥」
「いや、良い子には見せられないよ。怖いし」
ため息をつくドルチェの横で、美具の盾の影に隠れてサッカーボール型超機械『TSB−IMF』を思い切り蹴るツバサ。
壁を鈍い音で跳ね返り、筋肉めがけて吸い込まれるように超機械は飛んでゆく。
‥‥が。
「おーっと、まるで夏の入道雲のような逞しい胸筋でトラップだー‥‥ってか?」
この超機械、蹴って発動するタイプではないのである。
発動してから蹴ったとしても、能力者の手から離れては意味が無いのだ。
当のキメラは、まるで気にも止めていないかのように、ダブルミドルアンドサイのポーズで威嚇(?)してくる。
「ってーか説明書はちゃんと読めってのツバサくん。ミサキくんはフォローしてくれねーぞ」
「何の話?!」
「いいから態勢を! あんな筋肉を顔面ブロックするのだけは勘弁じゃ!」
豪快な笑い(のような鳴き声)を発声しながら、どすどすと突撃してきたキメラ。
鉄骨のような腕から繰り出されるラリアットを一同しゃがんで回避、
美具はすれ違い様に横腹を切りつけ、ツバサは紙一重でキメラの横を抜けてから振り向き、広い背中に撃てるだけのフォーリンスターを撃ち込んだ。
右手法を取り入れていたC班は着々と目的地へのルートを潰してゆく。
半分からそれ以上のルートを絶対辿る代わりに(ゴールがセンター等でなく壁沿いにあるならば)確実という方法の為、持久戦になっていた。
「あ〜‥‥こちら未だキメラと遭遇せず‥‥あちぃ‥‥」
麻姫が脱いでもなお吹き出る汗を腕で拭いながら、定時連絡を入れる。
「静かだな‥‥捨てられたプラントとはいえ、罠でないといいが‥‥」
矢を滑らせないよう、まめに指先の汗を拭きながら警戒を怠らないシクル。
「これはまた酷く個性的なキメラですね〜」
崩れたドアの横を命が通りかかると、中でバレエダンサーのように足の裏を後頭部に伸ばしてポージングしている男を見かけ、
足を止めてからほわっと呟いた。
「そうだな、酷く‥‥って、何? 命、今なんて!?」
命を壁から離すように押し退けて覗きこむシクル。
中のマッシブでテカテカなキメラは、つま先立ちでつつつと歩きながら、3人に向かってきた。
「‥‥っ! 麻姫姉ぇ! 前を頼む!」
「了解、任せとけっ!」
弓を引き絞るシクルの前に、二刀を構えて飛び出す麻姫。
「とりあえずつややかさが気になるので、これで削ってみますよ〜?」
自分を守るように立ってくれたシクルの影から、ひょこっと身を乗り出して『練成弱体』を放つ。
電磁波を受けたキメラは、途端にがくりと身体を揺らし、バランスを崩す。
だがそれでも丸太の雪崩のように振りかかってくる拳の突きに、麻姫は退かず踏み込んでゆく。
「おらどうした! 見惚れてんじゃねぇだろうな!」
黒光りする太い腕に刃を埋め込み『紅蓮衝撃』
そのまま骨を抉る感触を覚え、筋をなぞるように刀を振り抜けば、緋色の軌跡が麻姫を辿る。
「‥‥って暑苦しい離れやがれぇ!?」
引き裂かれた方とは逆の腕で、抱きこむように締め付けるキメラ。
アグレッシブな声を上げて力を込めれば、麻姫の体に軋む音が響く。
「麻姫姉ぇを離せ‥‥!」
抱きこんだ拳に向けて極点射撃を放つシクル。
自身の胸筋と拳を縫いつける形に、苦悶の表情を浮かべるキメラ。
歯を食いしばり、呼吸を荒げるキメラは、肩から後衛へと突進してゆく。
「そう簡単に通すと思うか?」
シクルは避けない。後ろの命の存在を感じれば、その足は横にも後ろにも動かない。
大太刀・風鳥を静かに抜くと、立ち向かうように大きく真っ直ぐに振り下ろした。
隆起する肩部に濃青の刃が沈み、赤い体が押し返してくる。
対極の鍔迫り合い。しばらく続けば、力みからシクルの刃が震えだす。
「てめぇにシクルはやれねぇよ。 どっちの意味でもな」
命の『練成治療』を受けた麻姫が背中に飛びかかると、
逆手に構えた両手の刀を、獣の牙の様に勢いよく突き降ろす。
赤い障壁と背中を貫く二本の刃に悲鳴をあげると、キメラは前のめりに地面へと倒れていった。
「助かりましたね〜‥‥倒れそうな暑さですよ〜」
ぺたんとその場に崩れる命。
よくやってくれたな、とシクルが労いながら肩に手をかけると、
「あれ‥‥?」
ふらっ、と頭が命の肩へ寄りかかってゆく。バランスを崩し、そのまま床に沈んでしまった。
「おい、どうした?!」
舌打ちの直後、ドルチェからの無線が入る。
『こちらB班だ。ツバサがちょっと危うかったけど、何とか目的地に辿りついた。今からスイッチ切るから、落ち着いたら合流するぞー』
「そんなことより、こちとら二人意識が無い!」
『C班も、蒼子さんが目を回しています。キメラに毒でもあったのでしょうか?』
『いやいや。もっと単純なことじゃないか‥‥?』
「?」
『いや、本人達が気にしてないならいいのかな‥‥とは思ってたんだけどさ。 普通‥‥サウナに入る時、服や鎧を着て入るか?』
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結局、倒れた傭兵達は元々の回復力もあり、軽い脱水症状、熱中症という結果で済んだ。
水着や薄着でいた者達は平気だが、厚着のまま戦闘を行った者は、例え能力者とはいえ環境に耐えられなかったようだ。
後少しサウナの電源を落とすのが遅かったら‥‥想像に容易い。
「いーやー、待ってたよ! ありがとう! そしておつかれさん!」
笑顔で石と傭兵達を待っていたのは、スリジエの店主。
既に艶やかな髪をアップにし、紫のビキニに身を包んだ彼女が寄りかかっているのは、石を積み上げたような小さめのサウナ。
「サウナ迷路で大変な目にあったらしいけど、さぁ、懲りてないなら、伝説の効能とやらを是非ともその肌に、美貌に、女の魂に、焼きつけてっとくれ!」
「そう‥‥ですね、仕事の成果を最後まで見届けませんと」
あくまでプロ意識の平静で中へと乗り出す蒼子。どこか足取りがいそいそとしているように見えるのは、きっと気のせいで、気のせいだと言い張るだろう。
「ぇ‥‥? サ、サウナ‥‥? い、いや、遠慮するね」
ところがシクルは、よくあの後にサウナに入る気になるなぁ‥‥と苦笑いしてしまう。当然と言えば当然か。
「うぅ‥‥汗が気持ち悪いよ‥‥ねぇ、麻姫姉ちゃん。これからシャワーに行かない? 命ちゃんもどう?」
「ん? サウナってのは健康に良いんだろう?」
「おお〜、何だか見るからに暑そうですね〜。早速テストして見ましょうか〜」
命はキメラや迷路の後でもなんのその。さほど気にしてないか、忘れてしまったかのように、目の前の伝説にふんわりと興味を示す。
麻姫も、それはそれ、これはこれと言う様な雰囲気で再び水着になり中を覗く。
小さなサウナの中では、
麻姫姉ちゃん、依頼中も思ったけど‥‥相変わらず大きいよね‥‥いや、違くて! シャワーでさっぱりしにいこうよー等と嘆くような声が中から響き、次第に温度計の針が赤い方へと移動し始めた。
程なくして、仕事の後の一杯、フルーツ牛乳でぷはぁと満足げな顔をしている美具の横では、
憑きものが落ちたように艶々とさっぱりした顔の店長と、
大の暑がりにして堪え性の無かった麻姫は、シクルと命に扇がれながらぐでんと横たわっていたという。