●リプレイ本文
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八王子敵拠点『新蟻塚』
関東周辺への兵力の調整を担当し、長年にわたって胡坐をかき続けていた拠点。
その空に飛び交う流れ弾、そして砲撃と共に襲う頭痛――
後方に位置すると思われていたキューブワームは、
透き通る光の壁のように、HWの前方、間へ埋め込まれていた。
「蟻塚‥‥か。鬼が出るか蛇が出るか、まぁロクなもんじゃねーか」
紫藤 文(
ga9763)がガンスリンガーのコクピット内で、
ミサイルのボタンの上に乗せた指を遊ばせながらぼやく。
記憶に新しい名古屋での攻防、その時焼けだされた自分が東京解放に参加するとは。
感慨とは違う、どこかいい得ない気持ちを胸に、前方の敵を目視する。
「‥‥八王子の空か。守るべき『人』がまだ居れば、いいがな‥‥」
対して赤木・総一郎(
gc0803)は、表情には出さずとも、どこかおぼろげな情を言の端に漏らす。
人の機微に敏感な藍風 耶子が、フェンリルのコクピット越しに、総一郎へ視線を向けると、
『何でもない。作戦に支障はないさ』
無線を飛ばしてから、武骨な表情で正面に向き直る。
隊内無線のその会話を、D・D(
gc0959)が武装の照準を確かめながら聞いていた。
(還る地である者も、多いのだろうな)
日本人なメンバーを気にしつつ、スティックで細かい微修正を試みる、が、
前方に出されたCWのジャミングに、画面内のレティクルは大きく揺さぶられてしまう。
「早ければ早いほど、あっちが楽になるみたいだし、ちょいと無理もしてみようか」
ジャック・ジェリア(
gc0672)は既にファルコン・スナイプを機動、
もはや最大倍率化された画面内の中型HWに向けて、トリガーを引く機を待ちわびていた。
「アンタ達の相手をする暇はない。踊ってろ」
直掩の耶子が送ったデータを、神楽 菖蒲(
gb8448)が確認し、トリガー。
K−02の500発の弾頭が勢いよく飛び出し、続けて誰ともなく発砲を重ねる。
「いくぞスコルピオ‥‥撃ちつくしてでも奴等を止めろ」
Dのロヴィアタルのコンテナも勢いよく解放、荒れ踊るミサイル、幾重もの光。
八色の一斉砲撃が、新蟻塚の空を彩った。
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CWへ照準が向いているうちに、HWやタロスも大火力の攻撃を浴びせてくる。
眩い紅光を飛ばし、槍の様に鋭いレーザーが空を焼き、禍々しいミサイルが傭兵達へ向けられる。
正面班は攻撃をいなすように翼を返し、捌き、少しでも攻撃をしかけ敵を牽制する。
前方にCWを配置することで早い段階のジャミングを展開し、一斉砲撃の威力を逸らしていた。
慎重にCWを取り除いてからの一斉攻撃ならば、100%の威力を与えていたかもしれない。
ジャックと文は、本隊を敵軍の火力が衝突するや否やの所で、操縦桿を傾ける。
綺麗な弧を描き怒涛の火力が飛び交う前線から離れて行くと、二機は敵の群れのサイド、側面へと周りこんだ。
「数で完全に負けてるからな、スコア引っ繰り返してくれよ」
忙しなく操縦桿とパネル、ボタンの上を文の手が行き来し、急ぎAIがバレットファストの計算結果を提示、機動の修正。
全てのスロットに装備した、アクティブスラスターが次々と火を吹き、
風が乱暴に装甲を叩きつけ、音を立てる。
振り回した機体は酔っ払いの千鳥足のような、されど確実に敵の死角へと潜り込もうとする軌道を見せた。
スラスターの噴出口を器用に操作して敵の天辺を抑えると、近距離補正によるミサイルをHWの脳天に叩きつけてゆく。
ジャックも突入した後、自慢の火力で次々と砲火を広げてゆく。
中型HWやタロスが近距離に集まっていたので、ガトリングをなるべく広範囲へとばら撒き、敵の機動を削ぐ。
動きを鈍らせたところへ、スピリットゴーストの宝刀、200mmの実弾が4つ同時に放たれ、
HWの背中を貫き、腹部の装甲を沢山引き剥がして貫通した。
「ナイスキル、良い腕だ」
ジャック機とのすれ違いざま、コクピットから視線を向けて文が言う。
だがその進路上を横切るように通る一条の光線、そして横っ面を殴られたかのような衝撃。
急ぎ小刻みにスラスターを機動して態勢を整えれば、混戦状態の中からHWの砲撃を受けていた。
文とすれ違ったジャック機の進路上にも、タロスが斧槍を振りかぶって待ち構えていた。
スピリットゴーストの機動ではギリギリ間に合わず、翼の一部を切りこまれてしまう。
ジャックの体がコクピット内で思い切り捻られ、喰い込んだベルトが刃物の様な痛みを胸に刻む。
内部へ飛び込み撹乱する事は、敵への影響こそ強いが、やはり相当のダメージを重ねてしまう。
火力を火力で押し返されていた為、正面の突撃が遅れているので、二体では主導権を奪えずにいた。
菖蒲のサイファーが敵群れを突きぬけようとすると、前方に立ち塞がるタロス。
避けるスペースはなく、急ぎフィールドコーティングを使用。
素粒子が発生させた斥力場が、プロトン砲の威力を致命傷ギリギリで逃がす。
「そこは彼女の花道だ‥‥手出しはさせん」
電子のレーダー、照準に頼らず、自らの腕と目で、Dが暴れまわるバルカンの弾を的確にタロスへと放ってゆく。
空に抑えつけられたタロスの横を菖蒲機が抜け、ターン。傷を逸らしながら敵群の後ろへの突破に成功した。
『ロックオン機能回復。皆様いきますわよ』
ルティシア(
gc7178)とロシャーデ・ルーク(
gc1391)によってCWが掃討され、電子機器等が正常な挙動を取り戻す。
無線で合図の後、K−02のロックを解除。白煙の軌跡が狂気の如く沢山のミサイルを吐きだしてゆく。
乱戦内の文が、向かってくるミサイルに便乗して、自身のAAMも射出し華に色を添える。
「漸く邪魔な立方体が消えたか」
神宮寺 真理亜(
gb1962)がHWへ重なるレティクルを見て、目に力を宿す。距離を計り――発射。
高速のミサイルとプロトン砲のクロスカウンターが展開する。揺れるコクピット内でどうにか操縦桿を抑えつけ、
菖蒲機と同じ後方へと突破する。が、鳴り止まないアラート音。
その後ろには慣性制御の機動でしつこく彼女の機体を追うHW。
「雑魚といえど纏わり付かれては、思わぬ不覚を取る要因にもなりかねぬからな」
牽制、ターン、ひきはがしを試みるが、HWは絶えず背中からプロトン砲を撃ち続けてきた。
「でかい的の割りに機敏に良く動く」
総一郎機がモニター内で、大型HWへジャック機がスラスターライフルを連射している様子が映り、急ぎ加勢に向かう。
その合間を埋めるよう、文が援護へ入る。
直接掘削するような距離で螺旋のミサイルをHWへ突き刺し、置き土産として離脱。
ジャックは撃っては引き、耐えては撃ちで、乱戦から大型HWを外すよう努めていた。
真っ直ぐに砲身はジャック機を狙うようになり、ひきつけたプロトン砲がコクピット真横を抜ける。
眩しさに閉じた目を開ければ、翼の装甲が剥がれ、機械部がむき出しになる。
HWの追い打ちはは、アッシェンプッツェルのプラズマリボルバーに阻まれた。
総一郎のコクピットで全ての兵装の火器管制が働き、画面上に大小様々な種類の照準が踊り、一つ一つ目で追い確認、修正。
ミサイル、砲弾、持ちうる限りの全ての火器を放った。
が、大型HWは減った手数と自由を振り絞って、執拗にスピリットゴーストへ砲身を向けている。
「ヒマージェンシー、ってね。HW落として空いた手はいるかい?」
「無理はするって言ったが、リタイアにはまだ早いんでね‥‥!」
文機が近付き援護に入るが、両機のコクピットに響くアラート、大型からのロック。
データリンクで総一郎の機体にも警告が伝わり、尚の事火力を集中させるが、中々落ちないHWへの焦りが募る。
大型HWが砲口を転換し、総一郎へ砲身を向ける――が、その隙に敵の死角へ潜ろうとしたジャックに、大型HWの副砲が向く。
「クソ忙しいってのに新しいお客さんか」
そしてジャックのいなくなった影からは、文へ銃口を向ける中型HW――
コクピットを照らす収束フェザー砲が、細く鋭く、空に揺らめくスピリットゴーストと、空を穿つガンスリンガーを貫く。
小刻みに機体を震わせながら、二機は空から地へと漂い落ちてしまった。
総一郎は、拳を震わせながらその様子を目にする。だが、悔む暇も無く、大型のプロトン砲が襲う。
急ぎリアクティブアーマーを機動、頭を揺さぶる衝撃。そしてアテナイの自動攻撃に身を任せながら、一度態勢を立て直すべく操縦桿を引いた。
戦力の穴を、敵の攻撃が抜けてゆく。
文を落とした援軍のHWも、蟻塚方面へ数発の対地攻撃を行った後、傭兵達へと向き直った。
「お客さん、遅刻ですよ」
そして追い返すように、ルティシアがHWへと重機関砲を発射する。
練も体力も彼女のスカイセイバーは既に危うかったが、懸命に、目も銃口も背けず30mmの弾を浴びせ続ける。
「これ以上はやらせん!」
十字砲火となるように、真理亜機が近付き、連続でショルダーキャノンを発射。
大型の質量が、叩きつけるように斜めから撃ち込まれ、HWは煙を上げて隕石のようにそのまま墜落していった。
武器を振り回し、誘導弾を撃ちこんでくるタロスを相手に、ロシャーデは軽快に飛びまわる。
ミサイルを撃ち込みながら、その軌道を追うようにML−3を放つ。突き出した槍は左翼を下げて回避、
柄の上を滑るように飛んだ後、フレームが軋む程の急上昇。
斜めに弧を描きターン。敵に真っ直ぐ向きなおった刹那、急加速し、20mmバルカンにスピードを乗せ、
回避できないものはコーティングでしのぐ。軽快に、時に大胆に攻め入る様は、まさにギャンビット。
キングの盾たるべきルーク。蟻塚という城を落とす為に、確固たる意地で戦線を守っていた。
耶子がレーダーに注意を払い、菖蒲機がブーストをかけてロシャーデ機へ近づいてゆく。
駆け付けたサイファーへ、銃器の様に構えた武器から武骨な形のミサイルを射出してくるタロス。
滑らかに操縦桿を倒しながら、一つ一つ鮮やかに回避。
だが進路を誘導するようにミサイル撃ち込まれ、何発か後に収束フェザー砲が撃ちこまれる。
無理に避けようとはせず、フィールドコーティングに任せ衝撃に備える。
が、それも牽制。タロスが猛スピードで接近し、ハルバードを振りかぶって追撃。
そのタイミングで、ロシャーデが勢いよくトリガーを押しこむ。バルカン砲が咆哮の如くフルバースト。
ルークの牽制を頭部に受けたタロスは目に見えて怯み、横薙ぎに払った斧槍は虚しく空を切る。
咄嗟に菖蒲はブーストをかけ、体重を乗せるように操縦桿を押し込む。
そして奥歯を噛み締める程に力強く、機首を上に上げる為操縦桿を引く。
「護りの誓いを力に変えるのが、騎士の信念――その身に刻め」
顎を殴り上げるようにツングースカの銃弾が叩きこまれる。
その勢いに身を任せたまま、タロスは180度回転し、頭から地へと落ちていった。
『わわ、一体向かってますよー、援護お願いしますー』
遠距離からの援護を放っていたDが、耶子から無線を受け取ると、サイファー達の前に最大航速で飛び出し、ランチャーを射出。
緩い放物線を描いて飛ぶ光の先は、菖蒲機を追ってきた大型HWを捉えた。
「速さが必要な事もあるか‥‥」
少しずつ距離を縮めながらの砲撃戦、怒涛の火力をぶつけてくるHWに対抗すべく、バレットファストを起動。
手数を増やしてHWの装甲に、実弾を鋭く埋め込んでゆく。
お互いに一歩も引かないまま、僅かな間隔をあけてすれ違う、そして、大きく円を描いてガンスリンガーが離脱。
しようとしたが、相手の方が早かった。大型HWとはいえ、小回りなら、慣性制御の方が幾分上手。
円運動の途中で、無防備にコクピット部をHWへ露出したD機体を、大きな砲身が狙い、追いかける。
突然、HWの機体が大きく揺れる。
頭頂部を見ると、空中変形で飛びかかったルティシアのスカイセイバーが、
赤いFFの膜に機爪ルプス・アークトゥスを突き立て、人型機動で奮戦していた。
D機に集中していたHWが狙いを変更、独特の動きで回転し振りはらうと、投げ出されたルティシア機へレーザーを放つ。
『御礼はいりま――わよ。では、すみませ――、ここ――ようですわ。撤退――す――』
ノイズ交じりの無線が機体のダメージを生々しく想像させるが、瀬戸際で無事なようだった。
「態勢を立て直せ! 畳みかけるぞ」
『もう少しで着く、持ちこたえてくれ』
総一郎からの無線と同時に、真理亜のオウガはツインブーストBを起動、
勢いを乗せたショルダーキャノンがHWの装甲を破り、
ターンを終えたDは、ライフルとバルカンでHWの動きを抑えつけつつ、
残りのロヴィアタルの残弾を確認、残りの分だけ、レティクルを何個も何個もHWへ重ねてゆく。
アクセルを全開にしながら、総一郎の頭の中を様々な思惑が巡っていた。
守るべき街も人も既に形を失って久しい。取り返したとして何が残っているだろうか。
諦めている事ではあるが、目の当たりにすると心がざわつく。――だが、それでも。
それでもこの手は、こうして最後まで、操縦桿を握っている。
「ブースト‥‥、ブレイク」
ピアッシングキャノンが、迷いなく大型HWの体を貫く。
次いで、Dが勢いよく解放するミサイル。
幾重もの爆発、衝撃に埋もれるHW。爆煙が晴れた後、そこにその大きな姿は既になく、レーダーで地に落ちてゆくのが確認された。
『お疲れ様でしたー、戦域クリアですよー♪』
耶子からの連絡に、空を飛び続けた者達は息を吐き、肩の荷を降ろす。
『過去は戻らぬとも‥‥かけがえの無い、魂の還る場所‥‥故に‥‥無理をする者が出ないか不安ではあったが』
呼吸を整えながら、Dが呟く。
故郷を取り戻す戦い。
自身のものでなくともその意味は解る。
無理をするどころか、その為の意味を模索していた総一郎。
人も物も亡くした。だが、どんな形でもそこが故郷、還る場所という事実だけは、無くなるものではないのかも知れない。
『ウチは‥‥例え大切な人を無くしても、だいじなものを全部取られても、そこで終わりじゃヤなんですー。この手が届く限り、この目が前を見る限り、自分のことじゃなくても、やれることはしたいのですよー。自己満かもですけど、同じ悲劇は、見たくないですからー。積み重ねる後悔だけは、したくないですからー‥‥』
珍しく饒舌に、言葉を重ねて耶子が語る。
一寸拍後、忘れてくださいー、と首を振るのがガラス越しに見えた。
蟻塚内部、及び周辺の砲撃も、少しずつ静まってきた。
負傷、撤退した傭兵は回収した旨と、これ以上の援軍が送られる可能性は低いという連絡が入る。
ひとまずは胸をなでおろし、傭兵達は空を降りる事とした。