●リプレイ本文
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横になって空を見上げる。
澄んだ青。一筋の飛行機雲。
装甲車の空いた天井から望む空は、実に心地よい五月晴れだった。
「偵察で見つかるとか‥‥まったくバカ雅」
そんな車内の井上 雅に、冷たい一瞥をくれる愛梨(
gb5765)
「言い訳はせん‥‥すまない」
軽い現実逃避から身を起こせば、彼女は背を向け遊園地になおっていた。
「まったく、悪趣味な要塞にしたもんだぜ」
その視線の先では、格子状の鉄のドアに指を絡め、嵐 一人(
gb1968)が中の様子を覗き見ていた。
特にどこから侵入するとは決めていなかったので、彼らは雅の見繕った比較的見張りの少ないルートの前にいた。
「遊園地とかいつ以来かな。楽しみだね」
黒木 敬介(
gc5024)は言葉とは裏腹に、無機質な視線で自身のバイクに寄りかかっている。
靴の下には、古びたパンフレット。もちろん、目の前の遊園地に、夢を抱いている男の態度ではない。
傾けた体重で支えるバイクの後部座席には、葵 宙華(
ga4067)が乗り込もうとしていた。
幾つか道を彷徨いながら、生きる道をペネトレーターと定めて初めての依頼。
新たな自分となる為に、一新した自分の場所たり得るのか。
自らの足で決めた道に、少しでも明かりを見出せるよう――
準備の出来た傭兵達は武器を構え、バイクやAU−KVを機動させ、格子の扉を突き破って園内へと駆けだす。
エンジン音と風音が鼓膜を派手に揺らしていた。
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「始まったか。派手にやってくれているようだな」
叫ぶ敵、轟く音、そして漏れる通信で、井筒 珠美(
ga0090)は陽動班が動き出した事を確認し、仲間に合図を出す。
彼女の振った手の方向へ、まずハミル・ジャウザール(
gb4773)が周囲を警戒しながら先行する。
「随分と凶悪な‥‥遊園地ですね‥‥物騒なお出迎えは‥‥要らないんですけど‥‥」
物影に体を隠しながら、傍まで近づいた観覧車を見上げ、苦笑する。
ライフルやロケット弾を構えたゴンドラの見張りは、今や暴れまわる別の班へと狙いを集中させているので、
もはや足元に滑り込んでいた彼らには気付かなかった。
「ふふふ。この量とこの種類。楽しみだよ」
やる気やそれ以上のものを滾らせている少年が危なげに口走る。
爆弾を抱えながらハミルに護られ横を抜けるのはリチャード・ガーランド(
ga1631)
爆弾の扱いに自信がある彼が、今回設置のほとんどを仲間から一任させられていた。
「戦闘の花火を添えましょう‥‥ってな」
ヤナギ・エリューナク(
gb5107)観覧車の冷たい支柱に背を預けながら、
ゆっくりと吸いこんだ煙草の煙をまっすぐに吐き出し、リチャードと爆弾を見守る。
「倒れる方向はこんな感じになるから、まずはここだな。で、電気信管を繋いでリモコンと連動っと」
その視線の先ではリチャードが、観覧車の足場片方を吹き飛ばし、
観覧車のリングが周辺のコースターなどに倒れて破壊するように計算し爆弾を設置していた。
『なぁ、フリーフォールは爆破するのか? 今なら待ち時間無しで乗れるぜ』
ノイズすらも突き破る程の、沢山の銃声や倒壊音がスピーカーから漏れ、その中から嵐の声がかろうじて拾えた。
「そうだねー。検討はしておこうか」
マップと照らし合わせながら、陽動班が引きつけている敵と逆方向へ向かえるように進路を取りつつ、
爆弾と言う遊園地にとって静かなる脅威は、少しずつ動き出していた。
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「見つけた。このまま突っ込むぜ」
敬介のSE−445Rはエンジンをフル回転させて遊園地を走る。
広く平らな道と細かいアトラクション等の配置は、まさにバイクが走るにはうってつけなのかも知れない。
彼の前方には、ネオンや電球を取り払い、都市迷彩色に身を変えたパレードワゴンが佇んでいた。
「あ、そうそう。速すぎて怖かったら抱きついていいからね」
後部座席の宙華にへらりと声をかける。
「もっと色気のあるシチュで乗りたかったわね」
と、思ったのがこんな場所なのが笑える。
当の彼女は、頬につくジャケットの感触、抱きつく腕に感じる体温、胸に伝わる敬介の呼吸を感じながらも、
照準を乱すことはなく、SMGを前へと突きだした。
装甲のつなぎ目、覗き窓等の弱い部分を見出して撃ちこむが
僅かなバイクの機動の変化で車体は踊り、そのまま宙へ放りだされそうな感覚が体に伝う。
その横を飛び出し駆け抜けるAU−KV。
装輪装甲で滑らかな軌道を描き、タイヤの後を黒く地面に残しながら、ワゴンや銃座の砲火を掻い潜ってゆく。
「派手にいくぜ! そこをどけぇ!」
道を塞ぐ腐乱死体型のキメラを蹴散らし、
回りこんだワゴンの後方、死角と思わしき場所で『凄皇弐式』を振りかぶった。
が、機械刀の光は漏れることなく、ワゴンの装甲から、激しい閃光が噴出した。
短身の、接近した敵へ用いる散弾砲――
機鎧へみしみしと小さな鉄球が何発もめり込み、一人の体を、太い丸太に勢いよく襲われたような衝撃が走った。
火花を散らしながら硬い地面を滑る一人に、追い討ちをかけるようバグア兵がマチェットを構えて飛びかかる。
そこへもう一人の機竜兵、愛梨が急ぎ割って入る。
『不抜の黒龍』を寸でのところで発動し、敵の斧を柄の中央で受け止め、相手の顎部へ石突を振り上げる。
頭を揺らされ、上を向き吹き飛んだところへ、気を取り直した一人のP−38が鋭く撃ちこまれた。
「ほら、一気にいくわよ。手、貸して」
「その前に、俺に手を貸して欲しいな」
倒れたままの一人へ愛梨が手を差出し、装甲を軋ませながら立ち上がる。
礼を述べる隙すら与えず、装甲ワゴンの上部から、銃座の敵兵が弾をばら撒いて来た。
左右に散り、雨のように降り注ぐ銃弾を避け、時には装甲を掠め、再度ワゴンへと近付いた。
「今度こそ、くれてやるぜ!」
いつ火を吐くかわからない暗い穴へと向かい、機械刀を突きこみ、柄を握り締める。
噴出したエネルギーの刃は、奥で装填された榴弾を捉え――炸裂。
固い装甲諸共巻き込み、パレードワゴンは炎と煙の柱を立てた。
「ネオンより派手でいいんじゃない? どうでもいいけどさ」
敬介は、その様子をコースターのレール上から眺めていた。
そして、ロールケーキの如く太いレールを切断し、近付いてきたコースターを避けるように飛び降りる。
「空飛ぶコースターってステキよね。アトラクションとしての命を全うしなさい?」
スキージャンプのように宙へと飛び上がる列車砲、破砕した重い音を聞いてから、宙華が言った。
『じゃあ、起爆行くねー。撤退準備いいかな? 点火!』
追い打ちをかけるように、胃を揺さぶる程の激しい振動、轟音。
灰色の煙の先では、大きな観覧車が、レールや進路上のアトラクションを派手に巻き込み、横倒しになり倒壊していく様が見えた。
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地下の重要設備を目指し、入り口を探したが、思わしきものは敵の猛攻で近づけなかった。
派手に動くのは設置班の任務では無いので、代わりに大きな地下への入り口に、爆弾を一個仕掛けることとした。
ハミルの斥候と、珠美の策敵で敵のいない方へと向かえば、そこには先ほどの通信で会話した、
ボートスライダーなる、水の上を走るボートが、急勾配を滑り降りるスリルを楽しむアトラクションに辿りついた。
「‥‥上手い事穴を開ければ、地下に水を送れるかな?」
リチャードが慎重に潜り、排水口のパイプの『外』へ漏れるように爆弾をセットし、水からボートへと上がる。
「‥‥!」
手を掴んで登るのを手伝っていたハミルが、咄嗟にリチャードを突き離し、身を固める。
再び水に潜った顔は驚きに歪んだが、その顔に刹那、淡紅色の光が映えた。
次の瞬間、激しい水音。浮きたつ水泡と共に、胴を焼かれたハミルが肺から空気を漏らし、沈んで来た。
「何だ!?」
珠美がボートの影に身を伏せ、覗きこんだ先には、砲身。
そして次々と駆け付けたバイクが水際に並び、巧みな機構で『小型の砲座』に変形する。
「アルケニーか‥‥!」
身をなるべく隠したまま、端から突きだしトリガーを引く。
だが砲座にドライバーの体が隠れ、上手く致命傷を与えられない。
プロトン砲が頭上を掠める中での、リロード。
もう一度撃とうとすると、体に妙な浮遊感。自分の前後の物も合わせ、ボートが動き出したのだ。
舌打ち交じりで、転がるように急いで地面に降りる。
暴れるSMGを抑えつけるように照準を合わせ、操作小屋の中にいた敵兵へ全弾を撃ちこんだ。
「来い! 引くぞ!」
血の飛び散った操作板を銃床で砕くと、ボートは動きを止め、元のように足場へと戻った。
珠美も飛び交うプロトン砲に身を屈めながら、急ぎその場を後にする。
ハミルは、衝撃で揺れるボートの上で、弓に弾頭矢をつがえて何とか立っていた。
横では、マジシャンズロッドを構えて警戒するリチャード。
「道を‥‥開けてください‥‥」
鋭く空気を裂く軌道、次いで爆発する着弾点。
衝撃で砲座が揺らぎ、ドライバーが吹き飛ぶ。
移動していたバイクも地面を抉られバランスを崩したところで、
今のうちに、と二人は陸へ戻りだした。
ヤナギの接近戦でのカウンターを基本とする戦法は、遠距離攻撃の多い園内の敵にはあまり歯が立たなかった。
瞬天速で潜り込もうとするが、確りと編隊を組んだ砲座の隙を掻い潜るのは容易ではない。
固定武装ゆえに、翻弄し、照準をかき乱す事は出来ていた。
目標が自分に向き、役目はしっかり果たしてせ、が、仲間も沸いたキメラや駆け付けた武装ボートに進撃を阻まれ、
援護に入れる余裕も、自身でケリを着ける隙も無かった。
「がっ‥‥!」
ギュイターへ持ち替えたところへ、腕に焦熱を浴びる。
反動で地に叩きつけられ、勢いを殺そうと銃を地に突き立てる。
視線を向け直した先には、深く暗い砲口が、幾つもヤナギへ照準を向けていた。
「‥‥クソッタレ」
歯を食いしばった所へ、飛び込んできたのは、プロトン砲の猛攻。
ではなく、機竜のバハムート。
『竜の咆哮』で隊列を突き飛ばし、変形後の運転手のみ的確に沈めていった。
「よぉ。随分とズタボロじゃねーか」
「‥‥あなたもね?」
腕をかばいながらも、余裕の表情で笑うヤナギの前に立つ、装甲の所々が剥がれた愛梨。
知ってか知らずか――変形後のアルケニーは、容易には動けない。そして人がいないと動かない。
それが、この移動式砲座の唯一にして最大の弱点だった。
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殷々と砲声が飛び交う中、設置班と陽動班が合流する。
爆弾は一つ残っていたが、これ以上の設置は困難となった。
愛梨の隙を見抜いた攻撃により、並んでいたアルケニー隊はペースを崩され、
背後から強襲される形となり、急ぎ次々と変形し直す。
させるか――とばかりに、思い切りアクセルを捻り爆走する敬介。
音に気付き、変形途中のアルケニーを放りだしたドライバーの一人が、銃を抜いて構えた。
車体や、自身の顔の横を掠る銃弾にも臆さず、宙華が静かに、蒼薔薇が絡まったトリガーへ力を込める。
「深淵の闇より現れし蒼薔薇纏いて‥‥」
宙華の制圧射撃に、体を思うように動かせなくなった敵兵は、
バイクから降りた敬介の接近を許してしまう。
急ぎ空いた手でナイフを抜き、振り下ろした敬介の獅子牡丹を体の横へいなす。
その勢いを殺さず、ふっ、と力を抜いたように敬介が体を前へ倒した。
低姿勢の視界外から踏みこみ、自身の体に沿えるように構えた刀で、斜めに斬りこむ。
「煉国流刀術‥‥終刃!」
「死を与えん!」
フェイントを駆使した必殺の一撃と、動きを封じられていた敵へ止めを刺してゆく弾丸。
設置班を一方的に攻撃していたアルケニー隊は、ほぼ壊滅状態となっていた。
「こちらも保たん! 行け!」
騎龍突撃で敵群の中を猛進しながら撤退する一人を、
珠美が弾倉が空になるまで弾を撃ちまくり援護する。
脱出ルートを一つしか指定していない為、必然的に陽動班が幾らか敵を引っ張ってくる事になり、
襲い来る残党を押し返しながらの撤退で、既に傭兵達はボロボロとなっていた。
「じゃあ、最後だしもう一回押しちゃうよー、えい!」
リチャードがリモコンを勢いよく押すと、一つの爆発音が、ズシンと地を伝って響き渡った。
「あれ、二個分にしては少ないな、解除されちゃったかな?」
設置も解除も容易な爆弾なので、当然敵が見つければそれを解除するのも然り、だった。
水柱は確認したが、地下の入り口に置いたものは怪しい。
出口付近にまで押し寄せてきた敵は、愛梨が薙刀を体の周りで大きく振り回し『咆哮』で弾く。
スピードの速い獣型キメラ等が詰め寄ると、ヤナギも素早い足捌きで隙を作り、喉元や四肢の靭を、円閃で的確に裂き屠ってゆく。
「飛び乗れ!」
雅が叫び、傭兵達が狭い扉から雪崩込んでくる。
車の隙間から、各自反撃できる者はダメ押しのトリガーを引きまくり、
最後にハミルが、扉付近に弾頭矢を撃ちこみ、出入口を滅茶苦茶に崩す。
爆煙に見送られ、傭兵達は命からがら、地獄のような遊園地を後にした。
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「富士と言ったら関東の自衛隊員にとっちゃ馴染みの演習場でな」
揺れる車内、決して良い乗り心地とは言えない座席でにも関わらず、静かに言葉を紡いだのは珠美。
「東京側から中央道で来る時はここのコースターの客の声が高速上からでも聞こえたものだが‥‥」
「毎年の総合火力演習の時は、特に賑わったのを覚えている」
自身も、日本は関東の出。雅が懐かしげに言った。
「富士地区にはいい思い出も悪い思い出も沢山ある。そんな所に敵を、いつまでものさばらせておくものかよ」
縁にもたれるように、窓から身を少し乗り出し、今は見えない演習場の方へ思いを馳せる。
夕陽に映えた彼女の郷愁的な視線は、憂い、よりも、どこか決意を秘めた力強さを感じた。
「ミステリアスな影に、意志を燃やして戦う女性。いいね、ちょっと帰ったら、その演習場での思い出を色々聞かせて欲しいな、二人でさ」
敬介が、隣にいたハミルなどいないかのように無理やり割りこみ、慌てる彼をよそにどかっと珠美の隣に座って軽い言葉をかけてゆく。
が、すっと宙華が敬介の耳を、比較的手加減少なめに引っ張るので、それ以上口が開く事はなかった。
「狭い車内で暴れるな、急ハンドルで舌を噛むぞ」
バックミラーを覗きながら、ため息と共に紫煙を吐く雅。
爆弾は使い切らず、傭兵達もボロボロだったが、重傷者は出さず、
大きなランドマークを壊し、アルケニーの戦闘データも取れたなら、上出来だろうと灰色の脳内では結論が出ていた。
運命の輪は、敷かれたレールの上を沿って回る。
だが、思いがけず、脱輪する事もある。
果たして、それも予定調和の『運命』によって決められた事なのだろうか。それとも。