●リプレイ本文
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「行こうか。派手に暴れるとしよう」
敵機が宙に舞うのを確認してから、蒼河 拓人(
gb2873)が弾頭矢をアルファルにつがえる。
息を一息、細く緩く吸い込み、その指を離す。
正面玄関、自動ドアに到達すると、炸裂音と共にガラスが粉々に砕けていった。
「敵襲! 兵舎内部も第一種戦闘配置を取れ!」
連日の基地強襲の報もあってか、中にはそれなりの人数が出張っているようだ。
ドアの近く、来客確認の受付にいた当直の兵士が、傍らに置いた警杖を掴もうと腕を伸ばし―――たところで止められる。
迅雷で駆けた道へ、流れる紫煙の軌跡を残して、ヤナギ・エリューナク(
gb5107)が兵士の腕を掴んでいた。
「遅いゼ」
腕を後ろに捻り、空いた背中へ当て身を喰らわせる。
ワンテンポ遅れて、守剣 京助(
gc0920)がロビー、だった場所、へと侵入してくる。
二人の兵士が飛びかかってきたが、盾を構えるまでもなく、
一人の腕を掴むと、もう一方へと叩きつけるように放り投げる。
「親バグア兵士とはいえ、なるべく殺さないよう気をつけねえと‥‥」
そんな彼の背中から、ひょこりと吹雪 蒼牙(gc0781)が出で、辺りを見回すと、壁に苦無を投げつける。
「京助さんに何かあったら、隊に響くからね‥‥」
要するに、心配なのだそうだ。殊勝な事である。
彼の苦無が刺さったのは、非常ベル。直後、けたたましく響く警報、そして訓練では無い事を繰り返す放送。
「さて、思いっきり暴れてやるとしますかね‥‥っと」
傍にあった監視カメラをニヤリと覗き込んでから、そのレンズへ押し当てるようにして煙草の火をもみ消す。
正面から突入した4人は、人間の兵士を物ともせず、堂々と基地内を進んでゆくのだった。
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隠密潜行を発動し、放ちうる全ての気配を消して曲がり角に張り付いていた新居・やすかず(
ga1891)の目の前を行く兵士と、飛び交う怒号。
そしてその隣で、イタズラに微笑んだ口元から紡がれた言葉。
「窓や、壁は強襲のついでに破壊してね!」
『任せろ。壁の代金は孫少尉につけておいてやる。窓はオプションだ』
夢守 ルキア(
gb9436)の無線から返ってくる軽口。
「1階の食堂にて負傷者多数! 外からの砲撃に巻き込まれた!」
彼女がKV部隊のワイバーンに、IRSTで敵の密集している所へ射撃を要請した結果だ。
入れ替わりで、無線からハミル・ジャウザール(
gb4773)の短い言葉が飛び出てきた。
傭兵達は、予め決めた符丁で連絡を取り合う事にしていた、彼の合図は――クリア。
夢姫(
gb5094)が慎重に通路へ顔を出せば、ガランとしたその少し先の角から、ハミルが手でOKと促す。
彼女の小隊の同僚で、頼りにしていると言うヤナギが懸命に危険に身を置き、作った陽動の隙。無駄にしないよう急ぎ駆けだす。
と、仲間達が自分の元へ走ってくるのを確認していたハミルの背後から、歩みを急ぐ靴の音が聞こえてきた。
どうやら、足音の主は降りてくるようだ。
踊り場の手すりに伏せるよう身を屈め、再び隠密潜行を発動するハミル。
敵がハミルを視認出来るかどうかの距離まで近づくと、勢いよく飛び出し、敵の腕を引きよせ、がら空きになった頭部へ銃床を振り下ろす。
(ごめんね)
極力戦闘は避けたかったが、仕方が無い。口を抑え、声が響かないようにしていると、後続の傭兵達が合流した。
事態を把握すると、ルキアが他の仲間を制し、サプレッサーを付けた銃を徐に取りだし、敵兵士へ歩み寄る。
「おっと、その前に‥‥」
桂木穣治(
gb5595)が、電子魔術師を発動し、首をこちらに向けようとしたカメラを無効化する。
直接これから起こる事を見られるよりは、仕方が無い。壊れる訳ではないから、時間が立ち復旧すればただの故障とでも思われるだろう。
刹那、ルキアの手刀が敵の両足に埋め込まれる。くぐもった声を上げ、悲痛に涙を浮かべる男の片腕を、容赦なく蹴りつける。恐らく骨は折れただろう。
「本当の情報を吐いてくれたら、殺さない。シラナイは殺す」
躊躇いなど見せず、銃身を光らせて問うルキア。
男の懐から手帳とペンを探り出し、促すように手渡す。
「司令室は3階だよね‥‥内通者のおかげで配置は分かってるの」
夢姫があたかも目的を指令室制圧のように装い、答えの誘導をかける。導きたいのは、燈の居場所。
男は、内通者がいると言う事実と銃口を同時に突きつけられ、既に欺こうとする士気など欠片も残せてはいなかった。
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積極的な戦闘には参加させられない為、蒼牙は降伏した一般兵を縛り上げ、拓人の提案で、部屋に閉じ込めている。
拓人が駆け回りがてら、指揮棒型の超機械を武器庫のドアに向けると、
激しい音を立てて電磁波が爆ぜ、電子ロック式のドアが歪にひしゃげた。
「武器庫はクリア‥‥と。残るは‥」
キョロキョロと走っていた京助が脚を止めた。両開きのドアの上には、『警備室』と書かれている。残るは、ここだ。
ヤナギがドアノブに手をかけ、その前で拓人が弾頭矢を構える。
勢いよく開け放たれたドアの奥へ、一発。真っ直ぐに伸びてゆく矢は床に着弾すると、その周囲を爆炎で取り囲む。
と、その部屋の内側、ドアのすぐ横の死角から振り下ろされる光。
拓人がそれをふた振りのナイフだと悟った時には、既に眼前、頭部を掠め――
「っ!」
金属音。
髪に触れたかどうかのラインで、エーデルワイスの爪に受け止められたナイフ、
その敵のがら空きの胴へガラティーンを抜き、円閃の軌道を描く。
だが敵はヤナギの攻撃へ反応した。服を切り裂くのみにとどまり、バク宙で後方へ引く。
京助が部屋を覗きこめば、弾頭矢の負傷で別の入り口から撤退する兵と、ヤナギの視線の先に居るナイフ使い――推定、強化人間。
そして階段講堂のように多数の機械を備えた部屋の上に、軍用コートに身を包んだ2mはあろうかという男が、細い目で傭兵達を見下ろしていた。
京助が大剣を構えて飛びだす。
それに合わせるように立ちあがり、徐に少し大きめの拳銃を構える男。
大剣に体を隠すように構えながら、駆けあがってゆく京助、持ちうるスキルはフル使用で、思い切り振りかぶる。
そして、ギリギリまで接近したほぼ零距離で、男は銃を放つ。
直後、京助に襲いかかる重い衝撃。強化人間ゆえに撃てる『拳銃』の限界を超えた弾は、
大剣に衝突し、予想外の威力に目を白黒とさせた持ち主を宙へ吹き飛ばす。
平らな場所が少ないこの部屋では充分な受け身が取れず、不自然な姿勢で机の間に叩きつけられてしまう。肺から酸素が飛び出してゆく。
二発目の狙いを定めた銃の手元で、拓人が放った弾頭矢が爆ぜる。
続けざまに矢を放ち続ける拓人から、身を隠すように屈んだ男。
そして、そこから放物線を描く様に投げ出された、手榴弾。拓人も一度部屋の外へ身を隠す。
飛び散る鉄片が、対峙しているヤナギの頬を掠める。
それが合図となり、両者は地を蹴り飛び出した。
強化人間の繰り出すフェイントを織り交ぜた巧みな右のナイフと、
洗練された鋭い左の切っ先、間一髪、刃風が耳を過ぎれば、そのまま柄の先で側頭部を殴られた。
脳を揺さぶる打撃に、ヤナギの体のバランスが崩れる。
歪む視界で、敵のナイフが水平になるのが見えた。
自身の肋骨をすり抜け、心臓を突き刺す――
イメージが、朦朧とした視界から吹き飛んだ。
拓人が大男へ3本同時に放った弾頭矢の音に意識を救われる。
突きこまれたその軌道を、敵の頭上をすり抜けるように迅雷で駆ける。
そのまま体を捻り、近くなった天井を思い切り蹴り飛ばす。
彗星のように飛び込み、全体重をかけた、剣の一撃。
表情すら変えないまま、真っ二つとなった強化人間は地に崩れていった。
「射抜き、穿つ。自分にはそれしか出来ないんだよ」
拓人は4本目の兵破の矢を『跳弾』させていた。
死角に隠れていた巨体の男が、急所を庇うが、
「おらぁ!!」
駆けつけた京助が飛びかかり、大剣で挟むように、男を壁に叩きつける。
丸太のような両手をその頭部へ振り下ろそうとしたが、開けた急所へ、勢いよく跳ね返った矢が飛び込む。
怯んだ男へ、もう一度振りかぶる京助。練は流石に飛ばしすぎてもう残っていなかったが、充分だ。
真一文字に振り切ったその軌道は、男の意識をそこで終わらせた。
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3階、階段から指令室を過ぎた一番奥の部屋、燈がいると言う部屋の前に、5人はいた。
カードキーの挿入口を見つけると、穣治が電子魔術師を発動し、指を挿入口の上でなぞる仕草を見せ、ランプがグリーンに変わった。
鋼鉄の自動ドアが開くと、穣治の足元に音を立てて何かが落ちる。良く見れば、それは手榴弾のハンマーで――
炸裂、衝撃。
咄嗟にダンタリオンで顔面を庇うが、派手に後ろに吹き飛んでしまう。周囲の味方にも鉄片が飛び込んできた。
自動ドアの下部に、簡単に手榴弾とテープ、糸でブービートラップが仕掛けられていたのだ。ドアが開くと、ピンが抜けるように。
「ノックはドアを壊さないようにするものだよ?」
部屋の真ん中で、縛られた男が椅子に座っている。
その後ろから出てきた、薄暗い照明でも映える艶やかな銀髪の男が言った。
「ね、きみ強化人間?」
ルキアがまるで世間話でもするかのように、部屋に入って問いかける。
「内緒。もっとも、燈は強化人間じゃないけどね‥‥」
ほら、と見せつけるような仕草をすれば、そこには、手榴弾の鉄欠で数カ所出血している燈がいる。
そして、背中から巨大なシャムシールを抜く。体は真半身にして構え、体を軽く上下させてリズムを刻む。
「さぁ、燈に見せてやろうじゃないか。人類とバグア、先が明るいのはどちらか‥‥ね?」
風の様に踏み込んでくる男、その軌道上にハミルがエナジーガンを放つ。
だが足は止めず、尚も踏み込んでから跳躍、90度体を捻り回転した剣撃を落とす。
以前自分を瀕死に追い込んだ男‥‥慎重に間合いを測るが、その予想の上をゆく剣速。
咄嗟にデヴァステイターで受け止めるが、抑えきれず、体に刃が叩きつけられる。
「この感触‥キミ、どこかでも切ったっけ?覚えてないけ‥‥ど!」
さほど気にも留めず、刃を隣の夢姫の首へ振り回す。
夢姫はベルセルクを敵の刃へ合わせ、潜るように『回転舞』で回避、シャムシールをいなすと『刹那』で突きこむ。狙うは、空いた脇腹。
受け切れず銀の剣先が血に染まるが、男は顔を歪ませるどころか、まるで興醒めしたかのような顔を見せる。
少し先ほどとは型の崩れた、力任せの様な曲刀の振りかぶり。
だが敵の全身の挙動を把握できる距離にいたやすかずが、今降ろされようとして見えた刀の柄頭へルナの弾を撃ち込む。
力を相殺され、腕の動きが止まる。続けざまに引き金を引くと、男が下がって回避、その弾が跳弾して男を襲うが、斬り払われてしまった。
『先手必勝』で背中に回っていたルキアが、エネルギーガンを放つ。狙うは、心臓。
「さっきから急所ばかり狙って‥‥わかりやすいんだよ!」
一閃を描くシャムシール。
避けきれず、腕を深く裂かれたが、間合いを取り直し活性化。継戦に支障はない。
一通りの能力者を相手取り、一度部屋の中央に降りて呼吸を整える男。
だが、その中央に、先ほどまでいたはずの燈が、いない。
怪訝に思って見渡せば、自身の傷を直し終えた穣治が、入り口付近にて燈の手当をしているのが見えた。
もう一度ナイフを投げようとするが、穣治が燈の前に庇うようにして立ち、ダンタリオンを開く。
「よせ、あのナイフの毒は神経を侵す。回復出来るとはいえ気を失うぞ」
燈が穣治の背に言葉をかける。
だが穣治は振り向かずに口を開いた。
「心意気には誠意を持って対応しねえと‥‥。あんたは俺の命に換えてでも連れて行くさ。あんたが命がけで同胞達を解放しようとしてるように、な」
睨むように見据え、ダンタリオンの電磁波を放つ。
銀髪の男は、自身の体を襲う電磁波を浴びてしまう。
だが、やはり少しも表情を変えずして、常に相手の喉元を狙っていたシャムシールの剣先を、すっ、と降ろしてしまった。
「あくまで救出が目的、か。つまんないなぁ。‥‥けど、いいよ。囚われの姫にしては毛むくじゃらだけど、あげるよ」
そう言って、突然背を向けて部屋の奥へと歩き出してしまった。
やすかずとハミルがすかさず銃を撃ち込むが、まるで雪玉でも喰らっているかのように、動じない。
壁まで到達すると、曲刀を振る。目の前で軌道通りに壁が崩れると、そこから木の葉のようにふらっと飛び降りてしまった
ルキアが駆け寄ると、広がる視界は、基地の外。
辺りには車やワームの陰もなく、男は行方をくらませた。
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おもむろに駐機されたKVと、幾つかの余った補給物資の箱。
弾頭矢等、消費したものは補給しながら
制圧の完了した空港の外で、燈と傭兵達が帰りの高速艇を待っていた
「恐らく、お前達がこなければ、俺は洗脳されていただろう」
どことなし視線を定めず、燈が言う。
「この強面で紡ぐ言葉でもないが、何だかんだで、人間は自分が一番かわいいものだ。腕っ節に任せて自分をを守っていたら、いつの間にかこんな道を歩んでいた」
何人の血で、この手を染めたかわからん‥‥と、自身の拳を見ながら、自嘲気味に笑う。
そんな燈の手を、夢姫が包みこむように取り、目を見据えて口を開く。
「中国では‥‥親バグアにならざるを得なかった人が多いことは、知っています。人類を裏切ってまで得た地位を、自分から捨てたのは‥‥辛さに耐えられなかったから?」
低く唸る燈。答える事が出来ないのは、わからないからか、それとも。
「自分の決断を‥自分自身を信じることができなければ‥‥私たちのことも、人類のことも、未来も‥何も信じられないと思います」
「‥‥説教は年寄りの役目だ」
呆れたように、そしてどこか穏やかに、口元を緩ませて言う燈。
「私は何も見せられないです。答えを出すのは自分だけ‥‥だから」
合わせて少し微笑んでから、今一度、真剣な面持ちで夢姫が言い終えた。
「歳を取ると、どうも若いもんに甘えがちになるな。結論を急いだ自分が滑稽に思えるよ」
「好きにしたら?判断するのは、きみ」
国を持たない故に、国家、故郷という組織への固執を理解しえないルキア。
殺すか、殺されるかの生き方しかシラナイ、という彼女の言葉、軽く放ったようでいて、燈には、重く圧し掛かった。
「あぁ、おかげで後悔しない選択が出来そうだ。‥‥つまるところ、結局俺は‥人だったんだ」
夕焼けに染まる故国の空を見上げる燈。
あの空の下で、中国の為に命を、情熱を、その身を燃やす者が、今どれだけいるのか。
今の彼には、同志へ思いを馳せる事すら、傭兵達のおかげで取り戻せた『懐かしい』感覚だった。