●オープニング本文
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[男][アルベロ][英 tree]
木、樹木、[機]軸、シャフト
ろくに明かりの灯らない、もやのように影の落ちるスラム街。
女達の猫なで声が聞こえてきたかと思えば、おもむろに通りの方から銃撃の音が飛び込んでくる。
そんな廃れたストリートの一角に、大きな木のようななりで立つ一人の男。
その大樹は、柔らかい土と明るい日差しに恵まれることはなく、
粗野な石畳とくすんだ街灯に照らされ、佇んでいた。
「また今日もあんただけ客取れなかったのかいこのグズ!」
スラム街の一角、建物の暗がりから現れた女は、
ボロボロの煙草を忙しそうにすいながら喚いていた。
自分を二人並べた程かという大男にまったく動じず、
コートの上から男の足を何度も蹴っている。
「‥すみません‥‥‥」
微かな明かりに照らされる男の顔には、
幾つもの傷跡がうかがえた。
かしこまって大きな体を縮め謝罪する様は、どこか滑稽にも思えた。
「すみませんで済ませるぐらいなら営業トークのひとつやふたつしろってんだ! 男娼はコトだけ済んで金もらってで客とっていける世界じゃないんだよ! 掴んだお客さんはガッチリ掴んでまた来てもらうようにすんだ!」
大声でまくし立てる彼女に、男はひたすら頭を下げるだけの様子がしばらく続く。
元々人通りの少ないスラム街も、関わるまいと更に人が消えていった。
「体がでかいから少しくらい年早くても使えるかと思ったがね、デクノボーもいいとこだよ!」
指先ギリギリまで火が迫った吸い殻を男へ投げつけ、
すぐに次の煙草を口にする。
男の拳に力が込もる。
だが堪えるように奥歯を噛んで、女の前で立ち尽くすままだ。
「まったく‥‥どの男との時の子かわかりゃ、すぐにでも厄介払いするんだけどね。元取れないようじゃあんたなんか腹痛めて産むんじゃなかったよ!」
親らしからぬ罵声にも、目を伏せじっとしたままの男。
明滅していた街灯が消え、軽く短い隔靴の音が遠ざかっていった。
「ちょっとあんた、邪魔だよ!」
少し離れた所から、くぐもった衝突音が聞こえてきた。
「‥‥の‥‥んだ‥‥」
「あ? なんだって?」
「その煙草は、嫌いなんだ」
そんな暗闇を透き通る声を最後に、声は無く、重いものが地面に倒れる音だけが建物の壁に反響して耳に届いた。
程なくして、コツコツと硬い足音が近づいてくる。
暗がりでもはっきりとわかる綺麗な銀の長髪を揺らし、
手に持った曲刀からはどろどろと重たそうな血を滴らせていた。
「そこの青年‥‥いや、少年か?」
頭を抜けるような清涼感のある声が、まっすぐに傷だらけの男へと向かってくる。
「闇での商売、裏ルートの開拓等に精通している者を探している。このスラムで一番詳しい奴の所へ案内してくれないかい?」
「それは‥‥無理です」
「何故だ」
男の拒否にも顔色ひとつ変えず、銀髪の男は問う。
「たった今しがた‥‥事切れました」
血の残る曲刀に視線を移したまま口を開けば、
長髪の男はあぁ、とだけ言って、合点がいったように首を一度だけ縦に動かした。
「君は何者だい?」
「『接客業』です‥‥そこで倒れている人の‥‥下で‥‥」
「そうか。変な物を見せちゃったね」
「いえ‥‥」
まったく悪びれる様子を見せない男に何故か憤りは感じなかった。
哀しみも無く、何かがひとつ、無くなった。
その程度の自分に悲しんでいいのかすらも、男はわかっていなかった。
「ふむ‥‥接客業だと言ったね?」
そのうち、銀髪の男は満足げに何度も首肯する。
口を開いてから、始めて見せた笑みだった。
「はい‥‥普通の‥‥ではありませんが‥‥」
「想像はつくさ。よし、君を買おう」
突然の申し出に、固まっていた顔が驚きの表情に変わる。
目を白黒させながら、どうにか言葉を探しだし、投げかける。
「男はダメだったかい?」
「仕事ですので‥‥」
「そうか、なら話は早い。荷物をまとめてまたここに戻っておいで」
「荷物‥‥? いえ‥‥このままご案内しますが‥‥」
行き交う言葉が交わらず、しばし静寂が残る。
次に口を開いたのは、銀髪の方だった。
「違うさ。君を身請けする形で買うのさ。親の残した資料とか、傍で見てた腕とか、あるんじゃないか? 闇商売の腕、存分に奮って欲しい」
「俺‥‥頭悪いですけど‥‥」
「構わないよ。僕は今まで、小奇麗で畏まった世界しか見てこれなかったからね。少しでもいい、ネイティブの力が必要なんだ」
予想外の需要に躊躇してしまう。
だが、この芯の見えない怪しい微笑みには、何も考えずとも良いような、
惹きつけられてしまう危険な魅力を感じてしまうのだ。
「‥‥不束者ですが」
「はは、嫁入りかい? じゃあまた後で‥‥そうだ、名前は?」
曲刀を収め、数歩近づき手を差し出す。
再び光り出した街灯に照らされ、ため息が出る程に美しい銀色の髪をなびかせながら、男は口元を上げた。
「優だ。君は?」
「名前はありません‥‥ただ‥‥こう呼ばれていました‥‥」
●
「良い名だよね」
「‥‥は?」
低い空を臨むビルの屋上。
高所で叩きつけるように吹き荒ぶ浴びながら、井上 優は縁に座って足を宙に投げだしていた。
「優さんは‥‥時々‥突拍子もないですよね‥‥」
「なに、ちょっと居眠りしてたら、君との昔を思い出してね」
「寝てたんですか‥‥そんなところで‥‥」
ビルの間を抜ける夜風のように涼しい顔で屋上に立つ優。
「さて。兄さん達の様子は?」
「はい‥‥優さんのご実家と‥‥以前の竜宮城に残したデータとで‥‥恐らく‥‥ここは割れたかと‥‥」
「そうか。‥‥じゃあ、ここは任せたよ」
「死守‥‥します‥‥」
「いや‥‥適当に暴れまわったら帰っておいで。あぁ、兄さんだけは残しておいてね」
「え‥‥」
頼りなくきしむフェンスに寄りかかり、アルベロの胸元に手を伸ばす。
一本の煙草をポケットから取り出して、火を付けた。
「大事な‥‥キメラの流通ルートとか‥‥お得意様のデータとか‥‥」
「いらないよ。兄さんも見つけたし、『力』も手に入りそうだし、すぐに必要なくなるさ」
空を仰ぎ、月を見る。宇宙域にまで達してもなお続く戦闘を見通しているかのように、その目は細くなっていた。
「バグアのため、とかそういうのもそろそろ無しかな。あ、これは内緒でね」
いたずらな微笑みでウィンクして、まだ長い煙草を放り投げる。
摩天楼の奈落へと赤い火口が小さく飲み込まれていった。
「やっぱり、この煙草は嫌いだよ。じゃあ、そろそろいくね」
ビルの縁に足をかけてから、しばし立ちつくす優。
「ねぇ、アルベロ」
「‥‥はい」
「いつまで、続くんだろうね」
背中を向ける男の表情は窺えず、
そのまま優はビルの群れの中へと消えていった。
「俺は‥‥いつまでも‥‥あなたが続ける限り‥‥続けますよ‥‥」
ビルの屋上にたたずむ大樹。張った根を断ち切るには、少し時間がかかるようだった。
●リプレイ本文
●
吹き荒ぶ木枯らしがガタガタと冷たい窓を殴りつけ、スポーツ新聞のピンナップ記事を、車のフロントガラスへと舞い落としてゆく。
運転席の井上 雅は、無表情でワイパーをカチッと動かし、
あられもない姿の女性をくしゃくしゃにして追いやった。
「キメラを商品に‥‥欲と感情で動く生物というのは、なかなかに厄介ですね」
狭い装甲車の後ろの方から、立花 零次(
gc6227) の呟き、自身が隣のビルから監視して得た情報を見取り図に書き込んでゆく。
隣では目立たない車をレンタルして同じように調査していた今給黎 伽織(
gb5215)が、顔を近づけて零次の紙に加筆していく。
伽織と零次のやりとりの後ろ、バックドアがこっそり開くと、
吹き込んでくる風と共に、ブレザー姿の依神 隼瀬(
gb2747)と、スーツを着用したラナ・ヴェクサー(
gc1748)が車内に滑り込んできた。
「見た感じだけだと、普通のオフィスだったかな。手帳片手にオフィスギリギリまで近づいてみたけど」
「こちらは全然だめでした‥‥フロアを借りる名目で訪問したら、アポを聞いていない、管理に確認するから待てと警備の方が‥‥」
ラナが変装用の眼鏡を外して、残念そうに軽くため息を吐いて言った。
そんな彼らの相談や報告を、助手席の朧 幸乃(
ga3078)は、静かに聞きながらメモに整理していた。
斜陽に陰る忙しなく綺麗なオフィス街を、パワーウィンドウ越しに一瞥する。
私の外観では、ビル街では帰って怪しまれるでしょうから――数時間前の自分の言葉が頭を過ぎると、また手元の情報へと視線を戻した。
「高層ビルの調査‥‥何だかスパイ映画みたいですね‥‥」
「スタントもテイク2も無しで頼むぞ」
後ろで、ぽつりと呟くハミル・ジャウザール(
gb4773)に、雅が軽く答えた。
「井上さん‥‥一人では危険だと思ったら‥‥すぐに連絡を下さいね‥‥」
「あぁ、覚えておこう。必要な情報だけ頂いて、スマートに帰りたいものだな」
シガーソケットを意味もなくカチン、カチン、と取ったり外したりしながら雅が言う。
「あ! ところで‥‥」
今度は身を捻って声を出した隼瀬の方を向く。
「俺も『みやびん』って呼んでみたくなっちゃった。いい‥‥かな?」
「‥‥好きにしろ」
顔をひきつらせて、前に直るのだった。
フロントガラスの向こうでは、既に明かりをつけているオフィスも目立ってきた。
闇を、一層引き立てるかのように。
●
息を潜め足音を殺し、衣擦れの音でさえ煩わしく思える緊張感。
先頭を行くL・エルドリッジ(
gc6878)―――レオナルドが拳を握って見せ、後続の味方を止める。
視線と指先だけで『探査の眼』に引っかかった機械警備の大元を知らせると、
レオナルドに並ぶように、幸乃が前に出る。壁の電子パネルに、蝶のようにふわりと手を添える。
『電子魔術師』により、ロックが解除されたのを確認すると、レオナルドは再び銃を構えて進み、その背中をハミルとラナが追いかける。
「‥‥ちょっと上層まで上がるの大変ですね」
苦笑しながら、荒くなる息を抑えようとするハミルが『バイブレーションセンサー』を発動させる。
彼らは階段を使い、22階から偶数フロアを調べる算段となっていた。
レオナルドが拳銃を構えたまま、ドアノブに手をかけ――
身を捻るのと、ハミルがレオナルドを引き倒すのは、ほぼ同時だった。
蝶番が弾け飛び、ひしゃげたドアが音を立てて階段を転がり落ちる。
薄くかかる白い煙の向こうでは、種々の人影が鈍い光を手に構えて、罠の発動したドアを窺っていた。
来客を出迎える準備は、万全だった。
背中を向けるハミルに切りかかる男へ、幸乃が腕を真っ直ぐ突き出す。
篭手型の超機械から発する電磁波に、男は痙攣して前に倒れこんだ。
レオナルドがハミルの肩を掴んで立ち上がると、手斧を振りかぶって近寄る男の鳩尾へ肩を埋め込む。
タックル後、ハミルがエナジーガンを抜くよりも早く、顔の横で既に抜いていたレオナルドの銃が火を吹き、男は力なく床へと叩きつけられた。
「立て直さないと‥‥」
探索をしている場合ではなかった。
ラナも超機械を取り出し、敵を近づけないよう援護してゆく。
机の上のPCが爆ぜ、書類が吹き飛ぶ。必要な情報が、必要であることを祈るばかりだった。
●
『雅だ。A班が敵の待ち伏せに会った。そちらも気をつけてくれ』
「了解したよ。こちらは、待ち伏せの心配はないかな」
顔色を変えず、無線に喋り終えてから、暴れる小銃を抑え付けるように掃射するエイミー・H・メイヤー(
gb5994)
「そうだよねー‥‥だって普通に襲撃されたからね!」
泣きそうな声で、ドアの影から拳銃を放つ隼瀬。
「堪えてくれよ。もう少し‥‥」
伽織が『探査の眼』と『GoodLuck』をフルで使用して手を動かす。
スキルのみに依らず、五感と全ての感性を振り絞るように、集中して書類を手当たり次第漁っている。
「いけませんね‥‥少しずつ、押されてきています。爆発物でも投げ込まれたら、危ういですよ」
零次が扇嵐の竜巻で、オフィスから迫り来る敵をかく乱しながら、伽織の様子を伺う。
伽織は何枚目かの紙を懐へ押し込み、最後の引き出しに手を伸ばした。
「危ない!」
エイミーが叫び、隼瀬も伏せる。
二人の間を抜けるように、ドアから手榴弾が飛び込んできた。
スローモーションの世界。
伽織は咄嗟に、ぐいっと零次を引き寄せて自身と手榴弾の間に挟む。
零次は驚きながらも、広げた扇で衝撃を抑えて、部屋の隅へと翻すように投げる。
破片が体を掠めるが、直撃よりははるかに傷を抑えられた。
「確かに盾に立候補はしましたが‥‥」
冷や汗を感じながら苦笑して伽織を見やる零次。
「うん‥‥おかげさまで、玉手箱を‥‥見つけたよ」
伽織の目に飛び込む単語。
中国某省、シヴァ。スクウェアストリート、ディオニュソス。
その他、それは竜宮城で伽織が見つけた、浦島の手帳の読めなかった部分を全て補完するものだった。
最後に、引き出しの奥にある、古く豪奢な装丁の本に手を伸ばそうとしたその時、
雪崩のような音と共に壁が崩れる。
衝撃でエイミーが吹き飛び、不自然な態勢で床に転がり落ちてしまう。
「ここを開けておけば‥‥必ず来ると‥‥思っていました‥‥」
崩れた壁の粉塵の中、大砲のような『拳銃』に、弾を詰める男。
上から降り注ぐ視線は、木漏れ日のように優しいものではなく、葉を貫く暴雨のように鋭かった。
●
ふらつきから立ち直ったエイミーが一気にシエルクラインを撃ち込む。
「地に足がついていない大樹など、こうだ」
折れた骨が振動で痛みだすが、『制圧射撃』でアルベロをその場に縫い付ける。
頭を庇うように腕をクロスさせて凌いでいると、
間髪いれずエイミーが飛び込み、蛍火を抜き円閃、抜いた勢いのまま腕を斬り、アルベロの横へと降り立つ。
追い討ちをかけられないよう、隼瀬が瑠璃瓶を撃ち込み腕の防御を続けさせる。
その隙にエイミーは地面についた両手両足に力を込めて跳び抜ける。
隼瀬が瑠璃瓶を収め、機械剣を抜くと、ハンマーのような拳が降りかかってくる。
体を逸らして避けながら、何度かエネルギーの軌道が宙に描かれた。
拳の風圧を頬に感じながら、後退続きから逃れようと体を縮めるとアルベロが足を上げる。
槍のように鋭いつま先の蹴りに、隼瀬は顎を捉われ思い切り吹き飛ばされてしまった。脳を揺さぶられ、体がいう事を聞かず、立とうしてもおぼつかない。
「今治療を‥‥くっ」
隼瀬に治療を施そうとするも、残りの敵が煩わしかった。
せめてもの盾として、じりじりと横に逸れつつ、敵の攻撃を自分に集中させる。
銃撃をしてくる敵を捕捉すると、そちらへ扇嵐を発動させる。
竜巻に目を晦まされた男は視線を逸らす。そこへ、雷を纏った零次が飛び込み、頚椎を巻き込むように黒耀を振るう。
狙いすましてくる射撃に扇嵐を壁のように広げて凌ぎ、
派手に動く零次に目を取られた敵を、死角から伽織がしとめてゆく。
体を必要以上に露出しておかず、すぐに隠れて隠密潜行。派手な室内の戦闘の中に気配を隠した。
アドレナリンが汗を滲ませようとも、心臓の音が耳を打ち叩こうとも、焦らず、必要なスピードで、必要なだけ動き、必要な弾丸を叩き込む。
アルベロの方からも目が離せなく忙しない。隼瀬もエイミーも、中々疲弊のそぶりを見せない巨大な敵に苦戦していた。
この男の戦い方は、弾が切れようとも、傷を負おうとも、体を隠したり、間合いを取ろうとしたりせず、ただひたすら、戦車のように全身してくるのだ。
何度目かのリロードに銃を取り出したところへ、伽織が撃ち込む。それでも、血は滴り落ちても武器は落ちない。
すっ、と弾を込めた巨大な銃が伽織の方へと向くと―――轟射。
伽織を狙った弾は、割って入ったエイミーに喰らいついていた。
刃を盾にし、体こそ貫通していないが、頭を揺さぶり、骨、内臓を砕く衝撃に、力なく体が崩れ落ちる。
「優さんは‥‥ここは良いと言いましたが‥‥あの人の所へ‥‥いかせるわけには‥‥いかない‥‥」
「何を言っているんだ? 優はどこへ‥‥」
咳き込むエイミーを抱きかかえ、アルベロを見上げて伽織が言う。
「もう‥‥バグアの指示も‥‥何もない‥‥心からあの人の為に‥‥あなた達を、潰す」
銃口の奥の弾が見える距離で、銃を向けられる。
エイミーは置いていけない。隼瀬は霞む視界で銃を構えるが覚束ない。零次も反応するが、敵の銃撃を肩に喰らってしまう。
後が、なかった。
刹那、オフィスのドアが勢いよく内側へと蹴り飛ばされ、レオナルドがなだれ込んでくると速攻でアルベロを捉えて拳銃を放つ。
銃口を向けなおすアルベロ。だがレオナルドは勢い殺さずダッシュで近くの机の影へと滑り込む。その後ろから幸乃が現れ、壁を抉る銃撃を自由に避けながら、超機械を発動して電磁波を浴びせる。
机ごと吹き飛ばそうとしたところへ、首筋に走る衝撃に思わず声が上がる。
レオナルドとアルベロの銃撃中に死角へと回りこんだラナが、背中から飛びかかりクローを突き立てていた。
振り払おうと必死で体を捻るアルベロ、そこにハミルが駆けつけ、丸太のような手にクロックギアソードを叩きつける。
割り切れなかった薪のように刃が埋まり、巨大な拳銃が手から落ちる。
拾われないようにエイミーが力を振り絞って、遠くへと蹴りやった。
背中から倒れこんでラナを潰しにかかる大樹。
巨大な背中からあと少しで逃げ出せず、足をプレスに巻きこまれてしまう。
ハミルがソードを振りかぶれば、転がって回避。ラナを斬らないように慌てて腕を逸らし、返す刃で斬りかかる。
胴にめり込むハミルの剣が素手で捕まれると、ラナがその腕に爪を突き立てる。
レオナルドがくわえた煙草がちぎれそうなほど力を込めて、足元へ銃撃を撃ち込み続け、大樹のその場に根を張らせる。
その隙に幸乃が近付き、傷ついたエイミーと隼瀬を治療しだした。
「あなたの目は‥‥どこか‥‥妬ましい‥‥似て、非なる‥‥」
幸乃のを見やると、ぽつりとどこか空しげな言葉を口にするアルベロ。
幸乃が口を開こうとした時には、既に治療も終えた残りの仲間全員が、アルベロに各々の武器を向けていた。
16の目が、力強く、分厚い大樹を貫くように見やる。
「降参は‥‥しません‥‥情報も‥‥渡しません‥‥」
膝を付き、どこか吹っ切れたような表情を見せる男。
自爆か―――その場の憂慮していた全員の頭に、嫌な予想が過ぎる。
「そうはさせません‥‥」
ラナが飛び出し、爪を体に突き刺すと、そのまま勢いよく大きな窓へと押し込んでゆく。
力を抜いていた男はラナの突然の行動に成すすべなくそのまま床を滑り―――。
衝撃を背に受け、ガラス片と共に、摩天楼の底へと吸い込まれてゆくアルベロ。
小さくなってゆくそれを見守ると、爆発はせず、だが、大きな音がした。
それは、ビルの下からではなく、各々の耳元‥‥雅の車の、無線からだった。
●
『あなたさえ‥‥あなたさえしっかりしていれば‥‥!!』
スピーカーからは、かつて無く、抑え殺したような悲痛の叫びが聞こえてきた。
雅の声は無く、もがき苦しむ息が漏れてくるだけである。
「待ってて!」
ぼろぼろの隼瀬が最後の力を振り絞り、壁に埋もれていた消火栓からホースを掴むと、そのまま窓から飛び降りた。
がらがらと音を立てて高速で伸びていくホース、だが全てが伸びきると、勢いに負けて根元が切れてしまった。
ハミルが慌てて手を伸ばすが、体が持っていかれそうになり、その体ごとレオナルドが掴んで押さえる。
伸びきってしまうと意を決して手を離す。抑えていた落下速度が再び息を取り戻し、二人の横に飛び降りる隼瀬。
その衝撃に、馬乗りで首を絞めていたアルベロはよろめき、雅が腹を蹴りどうにか引き剥がした。
「‥‥出来ることなら、放って置いて欲しい‥‥もう‥‥優さんを‥‥好きにさせてやって‥‥ください‥‥」
よろよろと運転席につくと、踏みづらそうにアクセルを蹴り込むアルベロ。
ボロボロにひしゃげた車は、根の抜けた大樹を乗せて、その場から離れていってしまった。
入れ替わるように、ビルの中から仲間たちが出てくる。
「すまない、足を奪われてしまったな‥‥しかし、ジョン・マクレーンも真っ青な駆けつけ方だった」
事情聴取が面倒そうだ、と、サイレンを鳴らしながら近付いてくる赤色灯の明かりに、溜息を吐く雅。
「こちらはさっぱりでしたが‥‥そちらの成果はどうでしたか‥‥」
使う暇の無かった空のCD−ROMを見ながら、B班へとたずねるラナ。
古びた装丁の本に目を通していた伽織、その表情は、とても疲れた様子だった。
「謎に、決着が着くと思ったんだけどね‥‥」
開いて差し出す本――乱雑なメモを装丁で纏めただけのもの、を差し出すと、
幸乃が静かに手に取ってみる。
あの出会い、いや『再開』は必然だったのかも知れない。
俺の名前に、疑問を感じなかったのか、それとも全てを赦して受け入れているのか。
この忠誠は、償いでも、責任でも同情でもない。ただ、あの人の人柄に惚れた。
―――それだけだ。
「アルベロは、何かの機会を境に、何度か優と会っている。そうとれる文面だな」
覗きこんでいたレオナルドが、無造作に髭を触りながら思考する。
「ここまで来ると、直接問いただす方が、早そうだな」
「なんだか、スマートじゃないね」
「‥‥車も、返してもらわなければならんしな。そのついでだ」
伽織にそういって、煙草の火をつける雅。
日付を跨いだ時刻でもなお集まる野次馬、警察、消防。
逃げたアルベロを追うには、少し時間がかかりそうだった。
―――綻びは、複雑に絡み合う。