タイトル:【MYTH】孕む蠢動マスター:墨上 古流人

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/03 23:06

●オープニング本文



「久しぶりだな」
 ラストホープのとある一角、【休憩中】と書かれた看板を店頭に下げる、
 小さなスイーツショップ『スリジエ』に、2つの男の影があった。
 先に声を出したのは、アッシュブロンドにスーツの井上 雅。
 ドッピオなど余裕で越えていそうな量のマグカップで、優雅にエスプレッソを嗜んでいる。

「雅さん、ろくに連絡も寄越さないで、こんなところで悠々自適なワーキングライフを過ごしてたとは、俺のことは遊びだったんすね‥‥っ」
 ふざけた感じの口調で喋る男は、くたくたのコートに無精髭、
 敬語こそ使えど、雅よりも十は歳を重ねていそうな顔つきで、一人用席に座る雅の後ろに立っていた。

「確かにLHは、戦時下に見舞われている世界と比べると、かなり裕福に見えるかもしれないが‥‥その裏で、計り知れない代償もある。それを考えていないのなら‥‥」
「わかってますよ、無いものねだりでも、それを妬みに来たわけでもないっす」
 男がへらっと笑えば、雅も怒った様子は見せず、目を細めて微笑んだ。
「で、今日はどうした。俺から情報を取りに行く事はあれど、そっちから進んで情報を提供する事なんて渋り続けてたじゃないか」
「へぃ、一応俺らも警察ですしね。確かに規模があるとはいえ、民間の情報屋と『おおっぴらに出来ねぇ取引』なんてのは、バレたらアレですし、メンツが立たねぇんですとよ」
「プライドか。個人としてのそれなら、時に確固たる信念となるが 組織としてのそれは、時に自分で足元を救う事になる」
「さんざんその取引のおかげで甘い汁吸ってるくせして、申し訳ない話しなんすがね‥‥」
「気にするな、甘い汁ならお互い様だ」
 とても喫茶店で交わすには危なっかしい会話が続く。
 雅は、民間の情報屋から、キメラ・バグア並びにUPC情勢をも把握すべく、傭兵との兼業として派遣された男だ。
 そして隣の無精髭は、その情報屋の常連。
 正確には、彼の務める署が、幾度となくして難事件解決の為の情報を『仕入れて』いた。

 妙齢の店長が、つかつかと背後から近寄ると、無精髭の男の前に、良く冷えたグラスを荒々しく置く。
 喫茶店で麦茶を頼むヤツなんて初めてだよ‥‥と、冷ややかな目で男を睨みつけてから、カウンターの裏へと消えていった。

「で、今回は何が欲しいんだ」
「いえ、今回は情報提供と言うか、ちょいとワケあり物件が御座いましてね‥‥」
 男が擦り切れたカバンから、書類の束が詰められた茶封筒を取りだす。
 紐を何度か苦戦しながら解き、雅に一枚の写真を渡してから話を続けた。

「その、ラスボスがいそうな洞窟なんですがね」
「‥‥ゲームの類は詳しく無いが、確かにドワーフぐらいは住んでいそうだな」
 雅の持つ写真には、地面から盛り上がるようにして立つ岩々の中心に、
 人一人でやっとのような、かまぼこ型の穴が空いていた。

「実はそれ、鍾乳洞なんすがね」
「鍾乳洞か‥‥観光何かにも使われるが、古くよりその神秘性から、信仰の対象にもなってきた。整ってない感じを見ると‥」
「そうっす、後者‥‥でした」
「でした?」
 一口麦茶をすする男の顔を、今日初めて直視して雅が問う。
「うちの若いのを5人中に入らせたら‥‥1人しか帰ってきませんでしたよ」
 視線が下がる男。グラスを見ている訳ではない。目の先にこそそれはあれど、
 きっと男は、視界を認識していない。

「‥‥何があった」
 一瞬、虚ろになった男に声をかければ、大袈裟に首を振り、慌てて話を持ちなおす。
「あの野郎ら‥‥バグアめ、自然が生んだ奇跡に、無理やり手前ぇらの根城を押し込んでたんすよ」
「拠点か」
「いえ‥‥もうちょいとめんどくせぇ、戻った奴の話を聞くと、研究所、だとか言ってましたよ」
 雅の動きが止まった。
 そして、昼下がりの、男だけのティータイムは、
 とても優雅とはいえず、粗野に、それでいて濃密に過ぎてゆく。。
 




「うん、問題無いわね。でも、エミタが着脱式なら便利なのに‥‥私なら、作れそうな気がするわ」
 UPCの軍事病院の入口前にて、手をぐーぱーと動かす、ブロンドの少女が呟く。
 彼女の名前は、ドルチェ・ターヴォラ。
 科学者としての知識欲を、一時誤ってバグア側へと向けていたが、傭兵達に保護され、
 一応病棟で安静を言い渡されていたのだ。
 そして先日、何と能力者としての適性がある事も発覚し、
 もらえるものならもらっとくわ、と、あっさりサイエンティストになってしまい、今に至る。

「別に、俺はこのままでも困らないがな‥‥」
 入り口前に止めてある、一台の左ハンドル。その運転席に雅が言うと、
「あら? 恋人と抱き合う時、変なとこにあると意外と邪魔っけなものだと思うわよ?」
「‥‥マセガキにからかわれても悔しくは無いな」
 にやりと軽口を叩いたドルチェから、ふいと視線を逸らし、車のエンジンをかけた。
 車体を震わせ、ドルチェを後部座席に抱えてから、ゆっくりと発進した車内で、先にドルチェが口を開く。

「連絡もらった時は、驚いたわ。‥‥その研究所は、間違いなく私が一時期籠らされた場所ね」 
「そうか、協力は?」
「愚問よ。私は、呪われた過ちを、全て消し去りたい‥‥だから力を手に入れた」
 左手の甲にあるエミタを掲げ、決然とした眼差しで見つめながら答える。
 だが、その次につなげる雅の言葉が、ドルチェの懐へ抉りこむように突き刺さった。

「‥‥ドルチェ。君は、今回は後方からの情報支援のみとしてもらう」
「――っ! 何故?!」
 前線へ赴き、自分の手で、自分の責任を果たしたいと強く願った彼女。
 突然の思惑の転覆に、少しヒステリック気味になりかけて、反論しようと激しい形相で口を開いた刹那、
 雅が、急ブレーキをかけた。

「今のお前は人よりちょっと体が丈夫なだけだ。戦闘訓練を受けたわけでも、実践経験が豊富なワケでもない。戦争舐めたら死ぬぞ」
「‥‥‥」
 何も言えなかったのは、舌を噛んだからだけではない。
「‥何の為に、ここまで来たんだ。科学者なら、公式を覚えなければ問題が解けない事ぐらいわかるだろう。せめて基礎を積んでからにしないと、次はその舌を噛み切る口すら吹っ飛ぶぞ」
「‥‥せめて、現場付近までは、行かせて。心配なら監視下でもいい。そして、全てが終わったら、そのラボに入らせて。一刻も早く、有益な情報にしてみせる」
 彼女のいても立ってもいられない、本当なら譲歩すら惜しい信念に、雅は無言で返答し、
 夕暮れの道を、一台の車が静かに走り続けた。

●参加者一覧

雨霧 零(ga4508
24歳・♀・SN
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
今給黎 伽織(gb5215
32歳・♂・JG
日野 竜彦(gb6596
18歳・♂・HD
飲兵衛(gb8895
29歳・♂・JG
ウェイケル・クスペリア(gb9006
12歳・♀・FT
エイミ・シーン(gb9420
18歳・♀・SF
天野 天魔(gc4365
23歳・♂・ER

●リプレイ本文



 構えて待つ、というよりは余りにひっそりとした、小さな口を開いた洞窟。
 無数の鍾乳石に睨まれながら傭兵達は最初のエリアを進んでいた。
「あーうんうん、分かっていたよ? そうそう今回はアレだったよね、アレ! ‥‥そうだよね?」
 情報提供者――ドルチェとの通信による会話を進めるのは名探偵こと雨霧 零(ga4508
 ホントにわかってるのかしら‥という通信画面の向こうで呆れるドルチェに、
 名付けて『世界で2番目に天才のドルチェ君と行く鍾乳洞ツアー!』と答える零。
『一応聞くけど、1番目は?』
「それはもちろん‥‥」
 溜めに溜めた後、もったいぶってからとうとう、私だよ!と言う直前で、ドルチェは通信を切った。

「日本にいた頃にやったRPGゲームにこんなシチュエーションあったな」
 殺生な、と涙目な零の横で、日野 竜彦(gb6596)が呟く。
 AU−KVの腕に巻いたライトも、激しく動かないうちならまぁ良い具合だ。
「違うのは死んでもリセットは出来ない事だけど‥‥」
 最初の区画、ほぼ自然のままを残した場所とはいえ、慎重に進んでゆく。

「洞窟探検か。宝探しは心が躍るな」
 天野 天魔(gc4365)は以外にもこういう面でわくわくするタイプのようだ。
 もちろん、その分行動にぬかりはない。
「罠や情報を入手できる場所には印をつけておいてくれ。ついでにマッピングも頼むよ、少女」
『了解したわ』
 通信機に、解っている範囲の内部の地図を転送された。

 ―――鬼が出るか蛇が出るか‥?
 思わず台詞が被ってしまったのは飲兵衛(gb8895)とエイミ・シーン(gb9420
 気恥ずかしくエイミがふにっと飲兵衛のお腹をいつも通りつつけば、
「蛇はやだなぁ‥」
 と苦笑する飲兵衛。雅とドルチェが絡んだ一連の依頼最初の事件、トラウマにでもなってるのだろうか。

「ま、知ってるか知らねーけど間接的には何度か世話になってるみてーだな」
『そうね、私の加担したキメラが、一体何度貴方達や仲間に血を流したか‥』
 ああ、皮肉で言ってんじゃねーぜ? 単にそーいう合縁奇縁が嫌いじゃねぇってだけだ、と映像通信機に向かって話すのは、ウェイケル・クスペリア(gb9006)――ウェル。

「あたしの事はウェルで構わねぇ。短い付き合いにゃならねーだろうから、宜しく頼むぜ」
 にぱっと歯を見せて笑うウェルに、作戦開始以降ずっと堅い顔をしていたドルチェの顔が、少し綻んだ。
『あ、あんたみたいな子に気を使ってもらわなくても‥‥』
 と、ドルチェの呟きが通信機越しに届いたかどうかは定かではない。

(人類の発展に、知識欲は大切だと思うけれど‥‥人が新たな生命体を作り出すのは、おこがましいことだよね‥‥)
 そんな二人のやり取りを見つめながら、声には出さずに胸中で呟く今給黎 伽織(gb5215
 ドルチェを傷付けたいわけではないから、と口には出さなかった。
(バベルの塔のように、過ぎた行為は神の逆鱗に触れるから‥‥)
 神の逆鱗に触れようとした産物が沢山、この奥では蠢いている。対峙した時、伽織はどう捉えられるのだろうか。
 だが自然と、得物を握る手には力が籠っていた。

「やれる事とやりたい事が同じなら苦労は無いのにな。適材適所とは言うが、儘ならん話だ」
 伽織の無言の思考を覆うかの様に、時枝・悠(ga8810)がドルチェに語りかける。
「‥‥まあ、アレだ。お互い、やるべき事をやろうか?」
『えぇ、今は、やりたい事が、やるべき事よ。‥‥そのドアの向こうから、警備が厳しくなるわ』

 ドルチェの指示で、通信機をカードリーダーに繋ぎ‥‥解除。ランプがグリーンに代わる。
 かくして、その身に孕んだ野望の中核へと、傭兵達は脚を踏み入れるのだった。





 人口区画が濃くなった辺りで、傭兵達は二手に分かれた。
 装甲を纏った竜彦がスカウトのように先行し、部屋に入ると伽織が探査の眼とGooDLuckで、細かい部分を調べてゆく。
 通路、部屋、共に罠への警戒が傭兵内で徹底されており、見つけ次第解除、回避に成功していた。

「ふむ‥‥キメラはキメラでも一貫性のある物を研究してたのかな?」
『基本的には企画を通して、開発してゆくという場所だったけど‥‥責任者はやたらと、神話・伝承系を模したものを好んでいたわ』
 書類の類やPCデータを漁り終えた零に、ドルチェが答える。
 PC内のデータも書類も、隠す様子や消そうとした痕跡が無く、多種多様な情報を様々に目にするが、
 それはそれで逆に取捨択一がやりづらい状況となっていた。
「研究者の日記から情報を得るのも、日本のゲームではお約束だったな」
 竜彦が3つ目の部屋、両開きのドアに手をかけ、慎重に開けると広がった光景、
 それはとても広い空間に、幾つかの培養液らしきものに満ちた立ち並ぶガラスの円柱、
 そしてその中に浸された様々な異形の物と、沢山の機械類。
 悠が映像通信機のレンズを部屋に向けると、

『動かないとは限らないわ‥‥英雄ジークフリード、雷神トール‥‥一度にきたら、手に負えないわよ』
「罠は?」
『工場では、やたら仕掛けて悪かったけど‥‥人がよく出入りする部屋だから無いはずよ』
「‥それはよかった」
 バツの悪そうにドルチェが解説してから、悠が部屋に踏み込み、
 ナイフは刀に持ち替えて、部屋の捜索を始める。
 部屋の中央にあった仰々しいマシンの裏に、一つの遺体が横たわっていた。
 伽織が目を閉じてから調べ、警察手帳を見つけると、遺品として慎重に懐へとしまう。
「管理者に見捨てられた管理対象なんて物は、大概B級映画みたいな事態を運んでくる‥」
 零と竜彦が重要そうな書類を次々と通信機に見せてゆく横で、悠が培養液の満ちたガラスに手を添える。
 中には、人の腕を4本備えたキメラ。そして、象の顔の目がこちらを見つめ‥‥

 室内に響く、轟音。
 耳を刺すような、ガラスの割れた音と、
 腹を揺さぶるような、床を踏み抜く音。
 薄緑色の液体を体に滴らせながら、その巨体は大きく吼えた。

『――ガネーシャ型?!』
 ガネーシャの振り下ろした岩のような拳を、伽織が脚の下を潜りぬけかわす。
 そのまま撃てる限りの弾幕を放つと、
 竜彦が竜の翼を広げて距離を取る伽織との間に立つ。
 と、ガネーシャの鼻が隣の培養液へと迫ってゆく。

「割らせないよ!必殺探偵キック!!」
 丸太程の象の鼻を押し出すように、零が叫びスコルで蹴りつけると、鼻が縮み、血走った眼が彼女へと向けられる。
 そして巨岩の様な拳が迫ると、竜の鱗の光を纏ってシールドを構える竜彦。
 内臓を揺り動かすような衝撃に、歯を食いしばってどうにか耐えるが、
 彼の脚も床にめり込んでしまう程の一撃だった。

 そこへ悠が駆け付け勢いよく刃を薙ぐ。
 軌道上にあった腕が、その一太刀の鋭さに、綺麗なラインを描いて太い腕が筋繊維に沿うよう割かれる。
 激情したガネーシャが当たりの机を払いのけるよう飛び散らしながら、悠に指を組んで重くした二本の腕を振り下ろす。
 ナイフを抜いて、刃に流れるよう軌道を逸らすと、地に落ちた拳へ刀を突き立てた。
 動けなくった象の顔の牙に迫る、鋭い銃撃は、片方の牙を爆ぜさせる。

「伝承の通りだね‥‥お似合いだよ」
 続け容赦なく撃ち込まれる伽織の影撃ち。同じ場所へ、立て続けに、厚い皮膚も掘り抉るように研ぎ澄まされた狙いは着実に致命傷へと変わってゆく。
 苦し紛れの咆哮をあげ、刀を拳に刺したまま立ち上がるガネーシャ。だがそこに零のザフィエルの電磁波が襲う。

「そろそろ、タオルを投げてあげる頃じゃないかな?」
 零の台詞と共に電磁波が途切れた刹那、竜彦が踏み込み、機械剣を抜く。
 弧のような軌道を光の刃が描き、熱い胸板を焼き切る。うろたえたガネーシャの懐へ飛び込み、
 刃の噴出口を零距離で押しあて‥‥スイッチ。
 人間であれば、心の臓がある場所。背中に一瞬突き出たレーザーは、生まれたての神への最後の一打となった。

『お疲れ様。流石の腕ね。あ、そこのスイッチを切れば、培養中のキメラの機能は停止するみたいよ』
「名探偵的見地を示すと‥‥そう言う事はもっと早く言うべきだよドルチェ君!」
『だってガネーシャはもう動いちゃってたんだもの』
 残りの培養液を眺めて戦々恐々だった零が、急ぎシステムを落とす。
 悠は警戒に立ち、伽織と竜彦はドルチェの指示で目にとまった資料の写真を撮ってゆく。
 一通りを終えると、先頭に立つ竜彦が不慮の事態にも備えるようシールドを構える。
 これ程のキメラが、後何体ここにはいるのか――
 ある者は考え、ある者は考えないようにして、A班はその部屋を後にした。


「お? 何やら騒がしいですね‥A班は大丈夫ですかー?」
『放りだされた研究中のキメラが、暴走を開始したみたい‥一応、収束はしたけど』
 エイミが僅かな声を拾い問えば、画面向こうのドルチェが安堵の表情を示す。
「やっぱ神話とか伝説系なのか‥?」
 ウェルが横でガンズトンファーをくるくる回している飲兵衛を小突き、前方に見えたダクトへの注意を促す。
 何かあって当然、とここに来るまで物影や曲がり角も随所随所警戒していたのだ。

 突如、音を立てて外れる排気口の網。
 その網から、ずるっ、とスイカ大程の大きさの白いものが2、3個落ちる。
 そして、少し転がったと思えば、瞳のような黒い円が傭兵達へ向き、その体から無数の触手を生やし、傭兵達へと襲いかかった。
「これもある意味‥モノアイかなぁ‥?」
『これは‥‥私が好きなTRPGに出てきたモンスターを基礎に作ったものだわ‥。催眠ガスを吹き出すから気をつけて!』
 ドルチェの忠告と同時に、スプレーのような飛沫を無数に繰り出す触手。
 4人は一度下がり、ウェルと飲兵衛が前に出る。
 いつもは奥の手の紫苑を、最初から持ちだし思い切り振り降ろすウェル。
 床に縫いつけるように宵闇のような刃が目玉に突き刺さり、そこへエイミの影の弾が飛び込んでゆく。
 飲兵衛が撃ち込んでいたガンズトンファーを触手に絡み取られるが、天魔が触手に弾幕を張りちぎり落とすと、飲兵衛が至近距離で本体へ叩きこむ。
 一体一体の戦闘力は、落ち着いてこなせば彼らには取るに足らない相手だった。

 が。

「うわっ?!」
 ガスを避けてもう一歩下がったそこで、突如床が4人全てを収める程に大きく口を開いた。

「‥‥くっ、何が起こった、少女」
『落とし穴‥‥?やられたわ。 まさか‥‥』
 ウェルが帯に差したライトを正し、辺りを見回すと、
 辺りには、色や大きさ、細かい形状こそ様々なれど、
 まるで腕、脚、角や羽、はたまた何かの頭部や胴体だったものと伺えるような、種々の『パーツ』が乱雑に積み重ねられていた。

「酷い‥‥」
『失敗したキメラの廃棄場所ね。まさかそんな所にあるとは‥‥』
 エイミが、思わず口を抑え、出口が無いか見渡すと、向かい50m程奥の壁に、重機用らしき入り口を見つける。
 だが、その間に割って入るように、失敗作の下から這い出てくる、二つの山。
 鋭い目と嘴を有した、鳥の頭を持つ蛇と、その頭に座ったままの、醜い翁のような顔に角を生やしたキメラ。

『バジリスクに‥‥ベルフェゴールかしら。廃棄されてたとはいえ、油断ならないわよ!』
 敵を捕捉すると同時に、エイミが仲間の強化を始める。
 慌てず冷静に自身の行動を見据えるのは、一年傭兵を続けた賜物に違いない。
 だが全員の強化を待たずにベルフェゴールの指先が光り、雷光が迸り傭兵達へと襲いかかる。
 ウェルはそれを前に踏みこんでかわし、バジリスクの頭へ紫苑を振り降ろすと、ベルフェゴールが蓋の様なもので知覚の刃を受け止めた。

「失敗作が来んのもとっくに想定済みなんだよ‥‥いいからさっさとそこをどけぇ!!」
 気迫を込めると、覚醒の花弁がぶわっと彼女の周囲に濃く舞い散りだす。
 一度刃を引き、その勢いのまま今度は顎に刃を埋め込むように鎌を回転させる。
 至近距離の死角に対応出来ず、バジリスクは口を串刺しに封じ込まれた。

「何だか腕が痺れますね‥」
『バジリスクと言えば猛毒や石化だけど‥その中途半端な麻痺が、不良品たる所以かも知れないわね』
 エイミが拳を何度かグーパーと開きながら、ウェルの着地の隙をカバーするようシャドウオーブを放つ。
 光沢のある鱗が黒いエネルギーに燃やされるよう抉られ、所々に痕を残してゆく。

「失敗作、君の出番はここに落ちた時点でもう終わっている」
 天魔のサブマシンガンの弾がベルフェゴールへと向かってゆく。
 跳ね上がりの反動を懸命に抑え、全ての弾が埋め込まれていくと、苦々しい顔をして腰かけていた悪魔が頭上から落ちた。

「此処だと、良く弾が跳ねるなぁ‥」
 逆手に構えた飲兵衛のトンファーから銃弾が爆ぜる。
 鍾乳洞の地肌が残った壁、廃棄キメラの皮膚等を経由し――バジリスクの右目が、乱れ狂う銃弾を捕捉した瞬間には、その右目は貫かれていた。
 安全を確認すると、先ほどの痺れか、ウェルがエイミに救急セットを持って駆け寄ると、何ともないですよー、と笑って見せる。

「あれ、ドア開かないな‥‥」
 飲兵衛がドアノブを動かす横から、エイミがロケットパンチを放ち、鉄の壁を強引にぶち破る。


『――待って。一応、廃棄されたキメラも、一通り映像に収めてくれないかしら』
 振り向けば、やはりそこには思わず苦い顔をしてしまう光景。
 4人は通信機を持ち『研究遺産』をカメラに収めてゆくのだった。



 ―――数時間後。
 隠し扉の存在の未確認や、少々の立ち入れなかった場所はあったようだが、
 警備室らしき場所も抑え、後発隊を出発させるには充分な安全の確保が終了した。
 傭兵達は実に被害を最小限に抑え、特に罠や情報の探索に関しては抜群の手腕を発揮した。
 その傭兵達の探索方法を見習うように、その日のうちにドルチェの手によって研究所探索のマニュアルが組まれた。
 
「待たせたな少女。危険は排除した。ここまでは俺達の仕事。ここからは君の仕事だ」
『えぇ、皆の働きに恥じない成果を遂げてくるわ』
「後は任せたぞ、ドルチェ・ターヴォラ」
 木漏れ日が出迎えた洞窟出口にて、天魔が通信を終える。
 独自の美意識に合わない者は少女や傭兵等と記号で呼ぶ彼が、名を呼ぶ意味。
 彼女には伝わっただろうか。

 情報の成果も優秀だった。
 B班の持ち帰った資料、主に廃棄されたキメラの特徴を解析すれば、
 神のキメラに通じる唯一の弱点を解明出来そうだと言う事だ。

 そして、A班の持ち帰った資料に、開発責任者の名前―――井上 優、という者の存在を確認する。
 神のキメラの創造主、その痕跡を辿る事は出来るのだろうか。

 ‥‥だが、その次の日。
 後発隊が踏み入ろうとしたその直前、地下の研究所と洞窟は、内部からの激しい爆発により、多くのものを孕んだままその姿を消した。

 蠢動は、殻を破る―――