タイトル:Trick or Trick!マスター:墨上 古流人

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/27 11:24

●オープニング本文



 目覚めた時の、空が遠かった。
 
 黒いキャンパスに、白い砂粒を散りばめたような、鮮やかな星空の中で、
 思わず鳥肌が立ちそうな程、妖しく冴え冴えと照らす月。
 つい見惚れてしまえば、綺麗な真円とその黄色に、吸いこまれてどこかへ飛んで行けそうな気さえする。
 草木も眠る丑三つ時、
 少年は、目を刺す程に眩む月光のせいで、ベッドに上体を起こしていた。
 
 暦は10月も上旬を終えようとしている。
 お祭り盛んなこの地域では、既にひと前から街はハロウィンムードに染まっていた。
 
 Trick or Treat?
 
 お菓子をもらう子供も、お菓子を上げる大人達も、
 黒や橙で彩られたポップなゴシックに心を踊らせ、ハロウィンの到来を待ち望んでいたのだ。

 少年もそのうちの一人だ。
 街中のあらゆる人から、家が溢れんばかりのお菓子をもらう夢を見ていた。
 あと少しで、大好きなおばさんのパンプキンパイを口いっぱいに頬張れるとこだったのに。
 もう一度寝るには目が冴えてしまったので、
 何の気無しに、寝る前に食べていたカボチャクッキーへと手を伸ばすが、
 ふと、口の中が渇いている事に気づく。クッキーより、紅茶の気分だ。
 
 音を立てないようにリビングへ降りると、人気は無かった。
 数時間前、危なっかしくローストビーフを焼いていた父も、
 それを見て笑いながらお茶を入れていた母と姉も、今は静かに寝息を立てているだろうから。
 
 冷蔵庫の扉を開けて、良く冷えたウバを手にしてから‥‥ふと、思わず動きを止めてしまう。
 


 ――――――今、何か‥?
 扉を閉めて、辺りを見回すも、そこには先ほどと変わり映えのないリビング。
 だが、気配と言うにはハッキリし過ぎた、言い様の無い奇妙な存在感を、確かに感じたのだ。感じたはずなのだが。。
 
 コンロの故障? 窓の外のイルミネーション? いや、そんな無機物なものなら、ここまで気にするものか。
 泥棒という可能性も、否めない。
 小さいなりだが、少年はクラス1のフェンシングの腕前を有している。怪しい奴を見つけたら、その鳩尾に一発重い突きが飛び込むだろう。
 だが、そばにあった箒を手に取り、
 家具の隙間や、ソファーの下、テレビの裏を見て回るが、やはり怪しい人影はなかった。
 
 せっかくの冷たい紅茶も、ぬるくなってしまった。
 適当なグラスに適当に注いで、適当に飲み干すと、もうさほど気にはならなくなっていた。
 今は、さっきの夢の続きしか頭に無い。
 起きながらにして夢現のまま、ノブに手をかけ扉を開けた。

「Trick or Trick!!」 
 頭を揺さぶるような声が、耳の中に広がり、
 廊下に、ぼんやりとした光が浮かんでいた。
 小さなランタンが眼前でちらつき、口らしき場所が、にたぁ、と動く。

 ジャック・オ・ランタン。
 そう認識するか否かで、もう、少年の意識は無くなっていた。
 



「お酒をくれなきゃイタズラするぞ?」
 LHのとある一角、スイーツショップ『スリジエ』に、柚木 蜜柑はいた。
 安っぽい毛が生えた猫耳カチューシャを付けて、にゃー、と両手を上げている。
 その言葉と爪の先では、今日とてスーツの、井上 雅が視線を外してため息をついていた。
「‥‥ハロウィンで物をねだるのは、子供の特権だろう」
「人生を楽しむコツは、子供心を忘れない事だってあんたと違う銀色の髪した人が言ってたもん!」
「子供はお酒をねだらん」
 雅の冷たいあしらいに、
 せっかくサービス満点だったのに‥‥とぶつくさ言いながら猫耳を外し、蜜柑がカウンターの奥に消えた。

「何見てるんですー?」
 ひょこ、と背伸びして一人用テーブルの下から顔を出すのは、藍風 耶子だ。
 雅の動かす端末を、物珍しそうに覗きこみ、角度を変える度に頭のアホ毛がぴょこぴょこと揺れる。
「うむ、子供が消える事件があるらしくてな‥‥」
 雅が端末から目を離して言う。
「ハーメルンの笛吹き、ブギーマン、イタズラ好きの妖精、子供をさらうという民間伝承は実に良くある。往々にして、大人が子供を躾ける為に都合のいい話ばかりだが。。」
 すらすらと伝説や童話の話の例を上げて述べてゆく雅。
 耶子もほけーっと聞き入るが、段々と難しい言葉と話が増えていき、
 そのうち耶子は、真面目に聞くのを諦めた。

「今回は、ジャック・オ・ランタンが子供をさらう、らしい。ウィル・オ・ウィスプと並んで、人魂の典型だが、ハロウィンが世界的に流行り出してかなり身近な存在となった途端‥‥足元をすくわれるとはな」
「ハロウィン!?」
 がたっ、と椅子に乗って机に身を乗り出す耶子。
 足をバタつかせ、息も荒く、心なしか、目がきらきらと輝いているようにも見える。
「‥‥知ってるのか?ハロウィン」
「バカにしないでくださいー! おかしをくれない人には心おきなくイタズラしていい、味良し遊び良しの最高のお祭りじゃないですかーっ!」
 曲解が混じってる気もするが、雅は訂正するのを諦めた。
「そろそろ本部に依頼も出るんじゃないか? 行くなら、お前も気を付けるんだな」
「ウチ、一応20年生きてる大人のじょせーですよーっ!」
 無い胸を張って、えへんとふんぞり帰る耶子。
 身分を証明できるものも無いだけに、真相は定かではないが、この見てくれ少女は、
 雅に拾われてから一度として、年齢だけは主張を覆していなかったりする。

「あそこの悪ガキもちょいとさらっちゃくれないかねぇ。一年と一日は帰ってこなくていいからさ‥‥」
 妙齢の店長がいつの間にやら二人の間に立つ。
 呆れた視線の先では、蜜柑がカウンターの棚に並んだ上等なブランデーを、次々に腕の中へ放りこんでゆく姿が目に入った。

●参加者一覧

黒川丈一朗(ga0776
31歳・♂・GP
社 朱里(ga6481
17歳・♀・FT
カララク(gb1394
26歳・♂・JG
ウェイケル・クスペリア(gb9006
12歳・♀・FT
天空橋 雅(gc0864
20歳・♀・ER
エレシア・ハートネス(gc3040
14歳・♀・GD
摂理(gc3333
27歳・♂・CA
エティシャ・ズィーゲン(gc3727
15歳・♀・ER

●リプレイ本文




「ハロウィン気どりの誘拐事件か‥‥お菓子一つもないし、無粋極まりないね」
 ここは、問題の街にある警察署。
 その対策本部と書かれた、講堂のように大きな部屋で、同席を要請された傭兵の内の一人、
 気だるそうに、エティシャ・ズィーゲン(gc3727)が一本の煙草をトントンと机で叩きながらぼやいた。

「やっちゃんは依頼で一緒だったし‥‥大丈夫だよね!」
「はーい、大丈夫ですよー♪」
 くるっと退屈そうにしている耶子へ顔を向けて、社 朱里(ga6481)が問えば、耶子が無邪気に返答する。
 何がだ。と苦い顔を浮かべているのは、朱里の隣の摂理(gc3333)だ。
 大規模作戦で受けた重傷を押してまで、傭兵達に随伴し、時折苦痛に顔を歪めながらも、彼は真剣に最後まで話を聞いていた。

 捜査本部から数十人の警官が出て行くと、傭兵同士は固まり、
 各々が資料や考察を持ち寄り様々に議論を交わした。
 
「ん‥‥藍風、久しぶり‥‥今回はよろしく‥‥」
「わー、お久しぶりですー♪」
 もふっ、と何の躊躇もなくエレシア・ハートネス(gc3040)の懐へ飛び込む耶子。
 エレシアは耶子を抱えたまま、机上に広げた街の地図へ、警官から聞き出した今までの誘拐場所を淡々と記入していった
「どうもこの事件、バグア絡みではありそうだが……キメラにしては奇妙だ」
 黒川丈一朗(ga0776)がそう言ってから、資料の束を机に放ると、疲れた目から眉間にかけてを親指で揉み始める。

「犯人が何を考えているか知らんが、無事に帰さなくてはな‥‥」
 徐々に埋まっていく、地図の上の赤を虚ろに見つめ、カララク(gb1394)が呟いた。
 彼自身は子供時代の記憶が無いゆえに、他の子供には良い思い出を得て育って欲しいと思っている。
 ――それなのに、何故。
 目を細めて、そこはかとなしに地図を撫でるのだった。

「子供達の方の手配はどーなってんだ?」
 思い出したように、閉じた扇子を丈一郎へ向けて問うのはウェイケル・クスペリア(gb9006)――ウェルだ。
「放課後等の自由時間には藍風に、子供達と遊んでいて貰おうと思っている」
「‥‥ま、少しでも効果が有れば御の字ってトコだな」
 こくりと軽く頷いてから、読み終えた被害者の資料を揃え出す。

「いつまでも、同じ事件を繰り返させるわけにもいくまい」
 天空橋 雅(gc0864)が、一同を見渡すように目を動かしてから、誓いを込めるように、それでいて静かに言い放つ。
 ハロウィンのTrickは、本格的に暴かれ始めた。



「ん‥‥警官の人たちにお願い‥‥今まで分かってる誘拐場所について教えてほしい‥‥」
 エレシアは複数人の警官達と共に、今まで子供が誘拐された場所付近に、怪しい場所がないかを見て回っていた。
 だが、地図で見れば明らかだが、あまりにも法則性が感じ取れない、バラけた被害状況だ。
 付近には高層ビル、工場街、倉庫、商業地区、団地、子供を隠せそうな場所が、少し多すぎた。
「ん‥‥さらわれた子供たちが無事なうちに探し出す‥‥」
 目下、最近入ってきた怪しそうな業者や、不自然な会社等、
 経験の豊富な警官達の意見もしっかりと取り入れ、まずは洗い出しにかかるのだった。
 そして後で、囮の護衛。彼女の仕事は、まだまだ山積みだ。

 頭脳労働の合間に、昼間はエティシャも調査に赴いていた。
「倉庫街も、昼間は煩く夜間は無人。潜むには最適‥‥と」
 咥え煙草と刺しこむ日光が目に沁み、メモを取る目が少し霞む。
 最近借りられた倉庫がないか、不使用の倉庫などを管理会社に問い合わせたが、
 ハロウィン商戦に向けてどこの企業も空いている倉庫はフルで利用しているので、
 一日ではチェックが追いついていないというのも現状だ。

「これが純粋に誘拐だけならいいが、その後があるなら、子供をどこかに連れ出さなくてはならない。で、あるなら‥‥」
 次に行くべきは、港か、はたまた運送業者か。これが終われば、次は工業区の人通りも見に行かなければならない。
「主役は子どもだ。主役のいない劇は茶番以下。何とかしないとねぇ」
 望まれない即興劇に早く幕を降ろすべく、次の煙草に火を付けから、歩みを進め出した。

 こちらは、警察署の多目的コンピュータルーム。
 摂理、朱里、雅がモニターを覗きこんでは情報を整理、分析していた。
「相手が、バグアだろうが‥目的を隠蔽し、遂行するならば、常套手段は似る所も在るだろう」
 摂理の意見に、朱里が割って話を振る。

「その‥‥私も色々考えはあるけど、何か他に子供達が巻き込まれそうな事って、何かないかな?」
「人身売買も考えた。だが、こんな大きな街に来て、連日足を残す程にやり続けるという理解が出来ない‥」
 摂理が唸り、再度資料の山を漁りだす。
「これは‥‥もしかしたら、長丁場かも知れんな」
 入室してきたのは丈一郎、別室で書きだしていたルーズリーフは既に何枚も真っ黒だ。
 ジャック・オ・ランタンは立体映像? だが、遮蔽物があるような室内等ではもちろんの事、
 確実に自分の姿を見せずに機械を使用、もしくは設置するのは無理に等しい。
 子供を映像で催眠をかけ、自分で外に出させて誘拐か? わざわざ映像で催眠をかける意味は、プロファイリングで愉快犯の仕業、と出るかどうかの待ちだった。
 その他にも、家の施工主といった細かい部分にまで調査の疑念を向けているようだ。

『ん‥‥今日の‥‥分は、終了‥‥耶子を‥‥拾って‥‥合流する‥‥』
「ん? あぁ、了解だ。お疲れさん」
 丈一郎がたまたまエレシアの通信をとり、応対する。
「なぁ、お前さんはどう思う? この一件、正直分析もまだ進まないんだ」
「ん‥‥やっぱり‥‥キメラ、だと‥思う‥‥」
 万一、と考えていた者もいたが、今回の面子の中で、エレシアは唯一、ジャック・オ・ランタン、犯人をキメラと前提に置いての行動を取っていた。
 情報も、得れば得る程、人には不可能そうな事ばかりだった。
「そうなると‥‥方針を少し加えて修正した上での、情報がいるな」
 雅がキーボードを素早くに叩きだすと、少し出てくる、と摂理が荷物を抱えて外へ出た。

 駐輪場の隅、自身のSE−445Rの前まで摂理がやってくる。
 怪我を庇うようにバイクへ乗り、カギを出そうとしたところで‥‥
「こら、無理すなせっつん!」
 驚き軽く竦んだ彼の横、
 徐に、車の影からひょこっと出てきた朱里が、摂理の頭へ軽いチョップを落とした。
「これぐらい、問題は‥‥」
「ダメダメっ、問題しか無いよ!」
 喋りながらエンジンキーを回す摂理と、
 腰に手を当て、睨みつけるように摂理の目を覗きこむ朱里
 しばらく沈黙が続くが、やがて、摂理の方が苦笑し、視線を外した。
 そこはかとなく、彼女には勝てないタイプのような気がする、だが、悪い気はしない折れ方で、彼女に譲歩した。
「ま、私がせっつん乗せて運転するさ!」
 意気込んで摂理に後ろへ退くよう促し、運転席に乗ると、刀士は鋼の馬を軽やかに操り外へと飛び出した。
 
 信号、停止線の手前。青に変わってもなかなか進まない朱里を、摂理が盾で叩き起こしたのはまた別のお話。


 二日後。
 日は暮れて、草木も眠る住宅街。
 月明かりに頬を照らし、夜闇に紅い瞳を光らせて、ウェルがよく整った道を歩いていた。
 
 少し離れたところではカララクがバイクを押して彼女をさり気なく追う。
 偶に望遠したタクティカルゴーグルを覗いては、彼女に異変がないか逐一チェックした。


「勘違いしねーで欲しいのは、あたし等が呼ばれたからってあんた等の役目が無くなる訳じゃ無ぇって事だ」
 数分前の事、私服で集まってもらった警官達一人一人へ顔を向けながら、ウェルが口を開く。
「あたし等にできる事なんて、キメラを始末する事だけだ。それ以外の全部が、あんた等を頼る事になる」
 仕事を取られた、ただの少女が生意気だ、そのように思う警官は、今のところ中にはおらず、
 集まった者達は皆、自分達に出来る事、役割に向けた熱意を今一度噛み締めさせられる。
「ま、宜しく頼むぜ。お互い、やるべき事ははっきりしてんだ」
 にぱっ、と桜色の髪を揺らし、屈託のない笑みを浮かべた彼女へ、その場に居た警官全員が、一糸乱れぬ動きで敬礼していた。


 時刻にして、夜の2時だろうか。
 押し殺しても出てきてしまうあくびを扇子で隠し、ウェルがある街灯の下までさしかかったその時、

「Trick or Trick!!」
 上から照らす光よりも、奇異で不安を誘う、ランタンの中で揺れる炎。
 耳の中で跳ねまわるガチャガチャした声、
 目の前に突如として現れたカボチャ頭は、ウェルを品定めするかのように、ゆらゆらと上空を漂い出した。

『現れたか!』
「あぁ、お菓子に媚びる気なんて毛頭ないらしいぜ‥‥!」
 カララクが無線で確認し、付近の警官へ連絡を飛ばすと、急ぎバイクに乗り込む。
 ウェルは睨むように相手の様子を伺うと、ランタンは、不規則に動きを変えていき‥‥
「――!しまっ‥‥」
 ウェルが顔を歪めた時には、
 猛烈な、誘発されたに違いない眠気が、いきなり彼女の脳を侵し始め‥‥そして、そのまま地に伏せてしまった。
 寝息を立てるウェルの背へ降り立つようにジャック・オ・ランタンが動き、ランタンの炎がはみ出すと、
 ウェルを包み込めるほどに大きくなってゆく。
「もしあの炎が本物なら‥‥まずいぞ‥」

 カララクが出るか待つかと逡巡した矢先、
 ぐぉん、と爆音を立てて道の角から飛び出すのは、青いATV四輪バギー。
 運転席には耶子、そしてその後ろに乗ったエレシアが飛び降り、ウェルに近づいたカボチャへ盾を構え、弾くように肩から突撃する。
 思い切り体制を崩したカボチャは、姿が段々と消えてゆき、

「逃がさん!」
 カララクが急ぎフォルトゥナを構える。
 装填されたペイント弾が、イェーガーのレティクル越しに刹那の速さで飛んでゆく。
「?!」
 パリン、とランタンの破片を散らし、弾はカボチャの外套に飲みこまれると、所々を染め上げた。
 慌てた様子のジャック・オ・ランタンは、そのまま高度を上げてその場を離れて行った。

「追うぞ!」
 自分のバイクのアクセルを吹かし、広い道を走り出すカララク。
 その姿を追うように、合流したバイクの警官と、楽しそうにハンドルを切る耶子。
 エレシアと一人の警官はウェルへ駆け寄り、容態の確認を急いでいた。

 だが、必死の追跡も虚しく、その街の闇へ溶けるように、ジャック・オ・ランタンは姿を消してしまった。





「奴は消えた。だが、付着したペイントまでは消えなかった」
「大した収穫だ。となると‥‥後は摂理の結果次第か」
 日を跨ぎ、警察署のコンピュータルームに、幾人かの傭兵達が集まっていた。
 カララクの得た情報を纏めるべく、雅が新しいウィンドウを開いてパソコンに向かう。

「そちらはどうだ?」
「問題ない。今映像データを送る」
 摂理の指示の後、雅が送られてきたファイルを開くと、
 そこには、昨晩とは別の日時がデジタルで記された、画面内の随所が緑だったり青、黄色や赤だったりする映像が映し出された。
「サーモグラフィ版だ」
 再生時間を進めると、動画に何やら赤い物体が中空を漂っていた。
「そしてサーモグラフィを解くと‥‥そういう事、か」
 通常の景色になった画面には、何も映っていない。
「光学迷彩か‥‥」
「ペイントの効果と合わせてみても、そう見る方が良いだろう」
 雅とカララクが画面を覗きこみ、結論を導くと、専門家も唸り、急ぎ分析過程の修正を始め出した。

「こっちも良い手応えが掴めたぞ」
 腕でを額を拭うようにして、黒川がエティシャと地図を囲んで言う。
「人になるべく見られない事が前提みたいだったからな。エレシア達と調べた情報を『時間帯』に絞って纏めてみたら、こうなった」
 エティシャが後頭部を掻きながら気だるそうな瞳のまま、地図を示すと、
 ある一点の場所からは、段々離れて行く度、深夜帯での被害が濃くなって来ている。
「つまり、遠い場所ほど、さらうのに時間がかかる分、見られないよう人目のつかない深夜を選んでるんじゃないかってね‥‥」
「まだこれでも、偶然かも知れない‥が、ここまで綺麗な結果なら、上出来だろう」
 エティシャのひと仕事に、丈一郎が労いをかける。

「そして、これで全てが繋がった」
 摂理がとっていた受話器を保留し、傭兵達の方を向く。
「エティシャ君の狙いが当たったようだ。ハロウィンの、31日当日、団体での予約を抑えられた旅客船があるという。客のほとんどを、子供で」
 沈黙と、確信。
 その場に居る全員に、高揚にも似た緊張が走る。

「ウェイケル君、今から俺達も犯人の拠点と思わしき場所へ向かう、途中で合流し、対策をまた話そう」 
『了解だ、どこへ向かえばいい?』
「街外れ、港からほぼ一本道の、製菓工場だ」



「やれやれ‥‥メンドウな事件だったが、一応は解決できて万々歳‥‥か」
 数時間後、街外れの製菓工場の周りを、沢山の警察関係の車両が囲んでいた。
 工場の門からは、溢れるように子供達が走り出て、迎えに来た親の懐へ飛び込んでいる。
 そんな様子を、エティシャが深く、ゆっくりと紫煙を吸いこみながら眺めていた。

 傭兵達が侵入すると、そこにはもうバグア、キメラらしき手はかかっていなかった。
 だが、数人の眠りこけた作業員を保護しつつ、倉庫スペースに行くと、
 沢山の仮装衣装と、お菓子に埋まるようにして、数十人の子供達が静かに眠っていた。

 子供達は、事件の顛末を聞いても、
 さらわれたという事すら忘れているのではないか、というようなきょとんとした表情で、『何も知らない』と言う。
 作業員へ事情を聞いてみれば、異常な力を持つ人間のような者から脅され、通常業務を装い、こなしていた、と話す。
 倉庫の事は知っていたそうだ。だが、自分の命と、自分の家族の命の保証には、どうしても勝てなかったそうだ。


「囮とか言っても、実は撒き餌感覚だったんだよな。あそこで素直にさらわれても、また違った展開だったかも知れねぇ」
 ウェルが思い返すように、再会を果たしてゆく子供達をみやりながら呟けば、
「釣りって、餌は必ず犠牲になるものだよ? ダメだよ、もう少し自分を大事にしなきゃ! 全く、何でこんなに無茶する人が周りには多いんだろう‥」
 そういいながら、腕を組み、頬を膨らませて横目で摂理を見やる朱里。

「元気でな」
 見た感じ、手当の必要そうな子供はいなかった。
 無事の帰りを喜んでいる所へ水は差さぬよう、静かに、穏やかな表情で雅がそう言ってから、くるりとその場を去りだした。

 ある一つの街を騒がせた、ある一つの不可思議な事件。
 だが、傭兵達のおかげで、今度こそ楽しくなるに違いないハロウィンが、もうそこまで迫っている。
 子供達の元へ、すぐに好奇心が戻るのは、訳もなかった。

 Trick or Treat?