タイトル:【MYTH】狂う酒神マスター:墨上 古流人

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 1 人
リプレイ完成日時:
2010/09/20 23:31

●オープニング本文



 某所某日某時刻
 ビルとビルの間、薄暗く狭い路地を、野良猫にでもなった気分で歩いていく。
 無造作にガラクタが転がしてあったり、打ちっぱなしの壁が続いたり、
 人が通る事を想定しない配管や通気口の組み方は、初めて通る人にとっては気分の良いものではないかもしれない。
 だが、このむき出しの無骨な感じは、どこかスチームパンクな印象を持たせてくれるので、
 店へ通う度、少しずつ密かに気に入っていく自分がいたりした。

 突き当たりを曲がれば、道が開け、ほんの少しの喧騒が耳に飛び込んでくる。
 そこは、小さな店が、迷路のような小路にびっしり軒並みならぶ、アンダーグラウンド、
 人々にはいつしか『スクエアストリート』と呼ばれていた。
 市内外問わず、何かと生い立ちに『ワケあり』の人々がいつの間にか集い、
 マフィアや警察、人によっては余所者の干渉も嫌う。
 それはもはやただの『通り』ではない。街の中に小さな『街』を作っていると言っても過言では無かった。
 大きな野望や目標もなく、ただ適当に安全な暮らしが出来ればいい、面倒はもう飽きた、という者が多く、
 そんな、気だるい穏やかさに、どこか惹かれて私はここにいるのかも知れなかった。

 割れた電気看板や明滅するネオンを横目にして、バイト先の店のドアを開ける。
 黒と白を基調にした、チェス盤の『中』にでもいるような、
 外のさびれた感じとは打って変わる、シンプルにしてモダンな店内。
 流れるBGMはゆったりとしたジャズで、
 仄かにライトアップされているバーカウンターの棚には、
 色とりどりのラベルと色を持つ酒瓶が並べられている。
 始めた理由は、カッコイイから。
 バイトだし、という軽いノリと憧れで、私はこのバーでバーテンダーとして世話になってもう半年は経つ。

 店内は、その半年のどの勤務日よりも、見るに堪えないありさまとなっていた。

 テーブルは横や縦と足を無視した配置となり、椅子もろとも砕けているものもある。
 向かいのゲイバーから苦情の飛んできたグランドピアノは、もう何も奏でられそうにない。
 カウンターに近づけば、様々に光る破片と、ちゃんぽんされた複雑な酒の匂いが鼻を突く。
 何事かと辺りを見回せば、黒いカウンターに、黒い服を着た男が突っ伏すように倒れていた――見なれたマスターの背中だ。
 
「マスター!」
 慌てて駆け寄り肩を揺らせば、苦しそうなうめき声と共に顔を上げる。

「君は‥無事だったか‥‥遅刻‥等と言っている場合では、ないがね‥」
 荒れた店内、引きつる笑い。
 割れてしまったフチ無しの眼鏡の奥の眼は、まだハッキリしているものの、額から流れていた血がカウンターにたまり、
 鼻の下に蓄えた自慢の髭を濡らしていた。

「新人を派遣で雇おうとしたんだがね‥‥余所者を嫌うこの『街』に合わせ過ぎたよ‥正規の‥会社に‥頼むべきだった‥」
 咳き込んで、見た事がない黒さの血を吐く。何が、どうなっているのか。何故、新人を雇う話がこの惨事と繋がるのか。
「新人が何かやらかしたんですか?! スピリタスで遊んでたら爆発したとか?」
 微かな可能性も、結局答えは聞けないままとなる。
「とにかく‥君は今日でクビだ‥そして‥今すぐ‥」
 歯を食いしばって身を起こすマスター。
 傍に合ったスブロフの瓶を握り、スタッフ用のドアへ向き直ると―――

「逃げろ!!」
 穏やかでユーモアに溢れるマスターからは、今まで聞いた事のない怒声のような大きな叫び。
 尋常ではない事態に、訳もわからず表まで駆けだす。
 普段なら決して躓かない位置と安心していたのだ。壊れたテーブルがドア付近に倒れていて、体制を崩してしまう。
 ふと視線をマスターの方へと向けると、
 
 
 10人はいそうな老若男女――常連の顔もある――が、
 既に動かなくなったマスターを酒瓶で至る方向から殴打しているではないか。
 そして、開け放たれたドアからは、180cm程の長身の男が、ゆっくりと優雅な挙動で出て来た。
 髪をオールバックに纏め、うちの店のバーテンダーの服を着て、微笑みともほくそ笑みとも取れるように口角を上げ、
 人々が機敏な動作で開けた道を通って、こちらへ近づいてくる。
 その顔をみながら、微かに、店のどれとも違うアルコールの香りが、頭を差すように鼻から入ってきた。
 身の危険を感じた私は、我に返り、後は一目散に逃げ出してきました‥‥




「気分はどうだ」
「最悪。チューブはゴム臭いし、ベッドは固いし、おまけにナースはロボットじゃないし。私ならもっと優秀で完璧な病院とシステムを作ってみせるのに」
「では明日からは、君の面倒はXN−01とそのAIに任せるとしよう」

 UPC軍の管理する病院の個室にて、ベッドに座ったセミロングの金髪少女と、
 その横に佇む短髪のくすんだ灰色の髪の男が他愛もない話をしている。
 少女の名は、ドルチェ・ターヴォラ。
 以前、科学者としての知的好奇心に堪えられず、バグアの研究に協力をしていたが、
 傭兵によって保護された、自称天才少女だ。
 男の方は、井上 雅。冗談の後、すぐ神妙な面持ちへと直り、ドルチェの膝元へ幾つかの紙の資料を放る。

「情報をくれないか。目撃談を纏めたようだが‥」
 ドルチェが怪訝な顔をしてから、枕元の眼鏡に手を伸ばし、資料に目を通して行く。
「‥‥間違いなく、私が加担していた研究の産物だと、思うわ‥」
 恐怖と後悔の入り混じったような、複雑な、13歳の娘には到底浮かばないであろう顔をするドルチェ。

「お前は‥‥一体何の研究をしていたんだ」
「私は‥キメラの研究を担当していたの。それでも、体を構成する細胞だとか、組織、新陳代謝すら詳しい情報は得られなかった。現人類の科学で出来る限界ギリギリのアイディアを構築して、それを提出すると、後日、バグアの科学力で私の机上の空論が現実のものとなった。それがたまらなく不思議で、ミステリアスで、魅力的で‥‥」
 だんだんと震えてくるドルチェの肩に、雅がそっと手を添えてやる。
 ドルチェの倫理観は、こちら側に来てからかなりの変貌を遂げていた。
 やはり手段を選ばずバグアに加担していた事実を悔いているようだった。

「もういい。嫌な事を思い出させてすまない。だが‥‥俺達には情報が、必要なんだ」
「情報はあげる。だから‥そしたら、一人にして。貴方の顔、貴方の挙動を見ていると‥‥あの人を思い出す」
「あの人?」
「まるで女の子みたいに綺麗な銀の長髪で、顔も少年のように耽美で無垢なようで‥‥その裏に、物凄く醜い腫瘍を孕んでいるような‥‥そんな人。私に神話・伝承に登場するものを、キメラで再現しろと、命じた人」

 ラップトップをベッドの脇から取り出し、力の抜けた顔で指を動かすドルチェ。
 その隣で、雅は、蒼白した顔面で、静かに、漲る怒気をどうにか拳へと収め、力強く、震えながら握りしめていた。 

●参加者一覧

風見斗真(gb0908
20歳・♂・AA
カララク(gb1394
26歳・♂・JG
今給黎 伽織(gb5215
32歳・♂・JG
桂木穣治(gb5595
37歳・♂・ER
飲兵衛(gb8895
29歳・♂・JG
ウェイケル・クスペリア(gb9006
12歳・♀・FT
エイミ・シーン(gb9420
18歳・♀・SF
如月 葵(gc3745
16歳・♀・DF

●リプレイ本文



「こういうごったな町並み‥嫌いじゃないよ。無粋な酩酊キメラは、ここには似つかわしくない客だ」
 スクウェアストリートの街並みを見渡しながら、今給黎 伽織(gb5215)が言う。
 ここは寂びれた印象と、排他的な大人の雰囲気を持つが、
 辺りに満ちる、決して忙しくはなく緩い活気は、有機的で温かいものが感じられた。

「見えたぞ、あそこだ」
 井上 雅が先導して指し示す。
 間取りを比べれば、そのバーは大きく、例えるなら畳と座布団のような広さの違いだった。

「元々公民館だった所を改装して売りに出してたらしいですね」
 御闇(gc0840)が調べ途中の資料を流し読んでから、傭兵達より一足先に前方へと消えていった。
「この匂いは‥‥まだ、普通の酒のようだな」
 カララク(gb1394)が道中、鼻へ無理やり潜り込んでくるような香りに気づく。
 ゴッドファーザーやシルバーバレット、今まで飲み干してきたどのカクテルよりも強い不協和音で、
 通路や店の周りに酒が転がっている。慌てた住民によるものか、それとも。


「ふふっ‥‥ほーっほっほっほ! わたくしをお呼びですのね!」
「呼んでねーよ」
 ぺしっ、と顔を上げたエイミ・シーン(gb9420)の頭にウェイケル・クスペリア(gb9006)――ウェルの扇子が乗っかる。
 エイミは酒にかなり弱く、春の祭りや、その他プライベートで度重なる前科があるのだが、未だ改善は為されていない。

「おいおい、大丈夫か? 流石に酒の神がミルクを出してくれるとは思えないぜ?」
 一方こちらは日本酒大好き桂木穣治(gb5595
 苦笑してエイミを見やれば、お任せ下さいな!と高らかに笑いながら飲兵衛(gb8895)のお腹を気持ち上品に、ふにふにとする様を目にする。
 和やかな雰囲気を見れば肩の力も抜けていくが、内心では、
 力が、通用するのか。仲間や、一般人を、救ってやれるのか。
 優しさゆえに、不安で暴れる心臓の鼓動を忘れるのに一生懸命だった。

「付いたね、作戦圏内だ。‥‥早々に、お引き取り願おう」
 目的のバーが視認出来る距離に入ると、伽織がフェイスマスクと顔の間に指を入れ、スマートなラインの寄りを直す。
「既に1度殺しているので、抵抗も迷いもありません」
 如月 葵(gc3745)が覚醒し、静かな瞳を赤く、なびく髪を白くして言う。
「負傷こそ酷かったが‥前回は見事だったな。期待させてもらおう」
「‥ただ私は私の信念を貫き、神を殺します」
 常人なら立てない傷でなお立ち上がり、前回神の首を落としたのは彼女なのだ。
「じゃあ、はじめるかな」
 トーマ・K・アナスタシア(gb0908)が余裕の表情を見せてから、裏口のドアを蹴り開けた。
 




 正面担当の飲兵衛が閃光を撃ちこんでから突入すれば、
 そこには、テーブルに腰をかけたディオニュソスであろう男を囲むように、
 大量の酒、そして、生肉や缶詰等、そのまま厨房から持って来ただけのような食材を飛び散らして、
 人々が突然の閃光にのたうち回っている画が飛び込んできた。

 そして、狂った一般人――さながら、伝承の狂信者、マイナスのような――者達を尻目にして、狂宴の主催、ディオニュソス本人は、
 変わらずテーブルの上で涼しい顔をし、傭兵達を見つめた。

「‥‥俺の大っ嫌いな手合いだね。ぜってーぶっ飛ばす!」
 トーマがカウンターを軽快に飛び越え、進路上の男を肩で弾くと、そのまま『刹那』の軌道を下から真っ直ぐに切り描く。
 だがディオニュソスは口笛を吹いたかと思えば、トーマは口笛よりも、突然体が動かなくなった事に疑問を覚える。

「こんの‥‥ッ!」
 それは、未だ苦しそうな顔をした女性二人が、トーマの腕と腰にしがみついていたのだ。
 刀の芯を逸らすよう、そして足の力みを逃がすよう、力強い矯正を受け、トーマは次第に杖に体を押され始めてゆく。

「悪く無いけど‥ここはそういうサービスする店じゃねーだろ!」
 S−01を抜き、マイナスの鳩尾へ底部を突きこむ。どうにか振りはらうも、ディオニュソスの鋭い蹴りを、同じ場所へ喰らい吹き飛んでしまった。

 カララクが襲い来る男の手に収まった角材を撃ち抜き、接近して男の頸部へ手刀を打ち込む。
「すまない、今暫くこのままで居てくれ」
 手を後ろに回した後、拘束バンドをきつく締め、外の扉へと転がす。
 カララクはウェルにしがみつくもう一人も引き剥がし、雅が御闇に引き渡せるよう運びだした。

 傭兵達へ掴みかかっていたマイナス達が段々とディオニュソスの周りへ壁のように集まってくると、
 その隙間を縫って、酒神の背後から葵が超低姿勢で駆け、不意打ち様切りつける。
 気付いた時には神の腹部に軌跡が引かれ、紫色の体液があふれ出で、神を切った少女は神と真っ向から対峙した。

「今です!」
 葵の掛け声で、伽織ががら空きになった脇腹へ弾丸を撃ち込む。
 が、その間に男が割って入り、重いテーブルを担いで弾を止めてしまった。
 
 だが伽織は諦めなかった。酒瓶を構えた手首を狙い、影撃ちを叩きこむと、神の手から酒瓶が零れ落ちる―――
 が、間一髪、確保を試みたウェルの手元を、白目を剥いた女がはたき、酒瓶を奪うと元の手へ戻してしまった。

「強すぎる酒なんてのは、苦手なんだけどねぇ‥」
 飲兵衛が苦笑しながら、伽織との十字砲火になるよう、ライフルを丁寧に撃ち込んでゆく。
 だがしっかりとエイムした命中精度を持ってしても、防がれてしまっては、意味がない。
 どうしても一般人が邪魔だった。
 自分に全力で噛みついてくる子犬は痛めつけず、飼い主に話をつけろというようなものだ。

「やってみるか‥っ」
 吹きとんだトーマに治療を施していた穣治が、すくっと立ち上がり、マイナス達へ目を向ける。
 割れた酒瓶の破片を踏みしめ、機械本が光を纏ってぱらぱらと勢いよく捲れてゆくと、次第に青白い電波が爆ぜていく。
 マイナスから二人の男が飛び出し、穣治へ掴みかかろうとするが、赤い顔をしたエイミが割って入った。
 飛び出した片腕を、酔い気味とは思えない素早い手つきで掴むと、しなやかに逆へ捻って男を風車のように回転させて、

「今ですわ!」
「頼むから効いてくれよ…っ」
 振り絞るような、必死な祈りを込めて、エイミが地に伏せた男とは別の方へ虚実空間が発生した。
 淡い紺青の光を浴びると、走っていた男は、ふと糸が切れたように前に倒れこんでしまう。

「効いてる‥‥のか‥?」
 ほっと胸を撫で下ろしたいところだが、安堵の暇すら許されない。穣治は次々と練の保つ限り虚実空間を使い続けた。
「手元ふらつかせるんじゃねーぞ?」
「当然ですわ!」
 消耗の激しい前衛は、ウェルが下がって援護し、エイミが拡張練成治療を続ける。
 傷が開いては治癒し、元に戻れば血が滲む攻防が長く続くと、
 トーマの軽快な刃も、葵の実直な軌道も、その軽業的な猛攻に、既に型が崩れてきていた。
「よしっ、これでラストだ…っ!」
 そして、穣治が最後のマイナスを虚実空間に捉える。
 
 ――今、神は全ての信奉を失った。

「さて、お前にとってどちらが大事な物かな」
 カララクがイェーガーのレティクル越しに、練力を放出して杖に鋭い軌道を撃ち込む。
 続く様に、飲兵衛は瓶を持つ手に向けて引き金を引いた。
 杖は弾けて飛んでゆく、が、瓶は自身の体で覆うように抱え込み、どうにか手元に確保していた。

「そんなに大事な酒なら、興味も変わるかもしれないなぁ‥なんてね?」
 守ったのは、瓶。どうにか叩き落とす事が出来ないか、飲兵衛は攻撃を続ける。
 力強くストックを肩に喰い込ませ、計算された跳弾で庇われた瓶を狙うが、
 伽織の急所突きをもろに眉間に喰らおうとも、トーマの機敏な刃を滝のように浴びようとも、まるで赤子を守るかのように、瓶だけは手放さなかった。
 そして、足元に転がった杖を拾うと――瓶の口を、開け放った。

「こんの‥! 酒なんざ浴びてたまるか!」
 トーマが避けるように酒神の横に流れ、斬りかかろうとするが‥‥流し斬る途中、鼻に飛び込んだアルコール臭が、
 脳に直接丸太を突っ込んだように頭を揺さぶる。意識はある、が、動きが、保てない。
 回避行動も、足のもつれにしかならず、バックステップをしようとした矢先、杖の石突を振り上げられ、顎を砕く打撃にトーマは意識を奪われてしまった。
 カウンター越しの伽織も、額を抑えて肘を突く。マスクのおかげでどうにか銃こそ持てるが、エイムが、震えるのだ。
「新しく傭兵を狂信者にしようという魂胆か‥‥!」
 雅も壁に寄りかかり必死に頭を振って意識を保とうとしていた。

「‥‥っ、この‥‥!」
 エイミを支えながら膝を付いたウェルが、鉄扇の刃で自身の腕を刺す。
 血がゆるりと滲み、着ている浴衣の中でも一番濃い模様を描いてしまったが、かなり意識を確かに持つ事が出来た。
 そして、出来る限りのソニックブームをディオニュソスへ撃ち込む。
 酒神は苦しむ傭兵とは対照的に、見せつけるように紙一重で飛ぶ斬撃をかわした。

「当たらなくても良い‥‥頼むぜ‥!」
 やっと使えると取りだした紫苑を杖にしその場に立つと、エイミがロケットパンチを構えて放つ。
 浪漫の鉄拳は、回避行動を終えた隙に飛び込むよう、酒神の顔面へと抉りこまれた。

「お酒の肴に、お似合いですわよ?そのお顔‥っ」
 骨格が変わる程に殴られたボクサーのように、頬の形を変える酒神。
 視線が飛んでいる隙に、葵は左膝へ力一杯、骨の感触を覚える所まで刀を振り下ろす。
 そこに、飲兵衛とカララクの狙い澄ました狙撃が、追い打ちをかけるよう酒瓶を持つ手を狙った。

「‥‥風、か‥」
 傭兵達は次々と武器を構えられるようになっていた。
 ウェルが何度も放ったソニックブームが、強烈なアルコールを飛散させていたのだ。

「間に合えよ‥!」
 伽織が持ちこんだふわふわクッションを取りだし、落下中の瓶の下へと投げ入れた。
「ナイスだ!」
 ウェルが飛び出し、走りざま瓶を回収し、伽織に放る。
 ディオニュソスが視線で追うが、ウェルは立ち塞がり、杖を構えた酒神を睨み据える。

「厄介な奴だぜ‥‥さっさとくたばれ!」
 両断剣で赤く光る紫苑を脳天に振り下ろすと、横にした杖で受け止められる。
 そのまま足を相手の体の横に運び、軸にして回転した勢いで背中へ刃を振り回した。
 星屑の刃が腰部に深く埋め込まれると、酒神が嫌な色の体液を口から漏らす。
 手応えあり、と笑みを浮かべた直後、ウェルはがしりと抱擁され、その小さな背中に思い切り杖の突きを振り下ろされた。
 骨が軋み、内臓が押し出されるような感触。お互いに捨て身の全力攻撃となったが、今一歩、ウェルは酒神よりも早く地に伏せてしまった。

「ウェルちゃ‥!」
 エイミが急ぎ駆け寄ると、親友を酒神から引き離す。カララクが援護するように彼女らと神の間に割って入った。

「良くやってくれた‥!」
 ずる、と落ちるウェルの紫苑、その跡に残した傷を伽織は逃さず、両手をクロスさせ、撃てるだけの弾、放てるだけの技を叩きこむ。
 フェイスマスクの奥では歯を噛み締め、銃の反動を最小限に抑え込み器用に傷口へ狙い放った。
 まるで普通の人間と大差ない、だが普通の人間ならまず出さないような声で苦痛に喘ぐ酒神。
 そして伽織へ視線をずらすと、突如、杖を投げやりのように振りかぶる。
 ――危険だ、咄嗟にカウンターの陰へ屈もうとするが、体があとひとつ追いつかず、猛烈な勢いで杖が伽織の肩部を貫いてしまった。
 ほぼ皮一枚と言うような状態の腕を抱えた伽織に、酒神は一歩、一歩と近づいてゆく。
 視線は、既にカウンター上の例の瓶に定まっていた。
 顔を歪めながら、片方の手で腰部を抑え、もう片方の震える手を瓶へと伸ばす酒神。

「バーテンの役目は、客を酔い潰す事ではない」
 ざくり、と、伸ばした掌をカウンターに縫いつけるように、カララクのナイフが突きたてられる。
 声にならない声をあげ、暴れるようにのたうちまわるディオニュソスの背後には、
 ゆらりと据わった目のエイミが立つ。

「ウェルちゃの背中を狙った罪は‥‥例え神でも裁きますわ‥!」
 サザンクロスを上段に構え、神を張り付けるように十字架の光刃が背中に焼きつけられる。
 その横では、葵が刀の切っ先を水平にし、なぞるように酒神の背中を辿らせていた。

「この世界に、神は必要ありません。‥だから、私はあなたを殺します!」
 心臓の位置まで来てから、両腕に全体重をかけ、刃を押しこむ。
 肋骨にあたらず、スムーズに胸部へと貫通した刃は、酷い色の体液を垂らしながら、酒神の最後を見届けたのだった。




 マスターは、残念ながら帰らぬ人となっていた。
「酒を悪用するなんざ許せんな!楽しく飲むもんだろ」
 穣治が無事だった酒を注いで遺体の傍へ置くと、静かに黙祷した。
「いいピアノだね。酷いことをする‥修理は、できないかな‥」
 カララクの応急処置を受けながら、立派であったグランドピアノの鍵盤に指をそっと乗せ、伽織が呟く。
 ふと鳴らしてみれば、調律の取れた音が響く。一部分だけ、丸々無事だったようだ。
 何気なく指を運んでみれば、横で葵もそっとハーモニカを吹き始める。

「あなたに捧げるのは讃美歌ではありません。‥‥鎮魂曲です」
 しばし続き、織りなされるレクイエム。即興のセッションを終えてから、葵が囁く様に言った。

「回収した一般人は、民間の医療を受けています。派遣会社の後は辿れませんでした。単なる敷地の広さへの嫉妬ではなさそうですが‥‥」
 御闇がメモ帳をめくりながら経過を報告する。
 目の前の雅は、倒れたキメラの服を隅から隅まで探っていた。
 雅が見つけたのは、ハードカバーの古い本。Bibliotekeとタイトルに書かれているようだが、一部戦闘で破損してしまったようだ。

「これもキメラのアイテムなのでしょうか」
「いや‥‥俺の本だ」
 どこか納得のいったような顔をして、雅が煩わしそうに首を振る。
 何故、キメラの懐から雅の本が出て来たのか。
 最大級の疑問に、それ以上は何も語らず、懐から煙草を取りだした。

「‥‥おい、みぃやん、大丈夫か?」
 意識を取り戻し、壁にもたれて座っていたウェルが、隣のエイミを気遣う。
 酒も抜け切った頃であろうに、先ほどからぐったりと顔を伏せている。

「‥まさか、さっきの酒の効果で操られてたりとか‥‥ないですよね?」
 飲兵衛の一言に、その場の全員に緊張が走る。ボロボロの身ながらも各々が構えると、

「―――――――ぐー」
 こてん、と頭から床に倒れ、そのまま安らかな寝息を続けるエイミ。
 これには、皆の顔にも思わず苦笑が浮かんでしまった。

 ある店の、悪い酔いは覚めた。
 だが、二日酔いの確信の様な不安を残して。

 不純物を出来る限り取り除いたとしても、
 酒は、全てが透き通ってるとは、限らないのだ。