タイトル:24時間、耐久花見!?マスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/29 07:15

●オープニング本文


「‥‥あれ、この木‥‥」
 妻の墓参りの帰り、隣接する公園に立ち寄ったセオドア・オーデンは、ふと周囲を囲む木々の枝を見上げて呟いた。
 淡いピンク色の蕾が綻びかけている。
「なんの、おはな?」
 手を繋いだ幼い息子――空(クウ)が、背伸びをしながら尋ねた。
「ん‥‥桜っていうんだよ。‥‥ほら」
 肩車をしてもらった空は蕾に鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いでみる。
「さくら?」
 この子の祖国、日本に咲く花。日本人が、大好きな花。
 去年このLHに移り住んだ時は既に葉桜となっていた為に、気付かなかった様だ。
「クーは、お花見って知ってる?」
「しらない」
 頭の上で首を振る気配を感じた。
 そう、空は自分の祖国の事を何も知らない。セオドアが住んでいたあの町で、仕事の為に長期滞在していた日本人の両親のもとに生まれた。そして――
「お花見っていうのはね、えーと‥‥桜の花を見ながらお弁当を食べること、だよ」
「それ、たのしい?」
「んー、どうだろう」
 実はセオドア自身も良くは知らない。彼の日本に関する知識は、殆どがTVの特番などで得たものだった。中には本物の日本人が聞いたら噴飯もののエセ知識も混じっているかもしれない。
「よくわからないけど‥‥ピクニックみたいなものじゃないかな。今度のお休みに、お弁当持ってまた来てみようか」
 その頃には、きっと桜も満開になっている事だろう。
 そして肩車をしたまま、セオドアは再び歩き出す。その視界の隅に、何か妙なものが映った。

「‥‥何だ、あれ」
 自転車が置いてある。ずらりと横一列に、10台ほど。
 しかし、その自転車にはどれも、タイヤがなかった。あるのはサドルとハンドル、それにペダルだけだ。よくフィットネスクラブなどで見かけるエアロバイク‥‥あんな感じのもの。
 しかし、何故こんな所に? 公園の奇麗な景色を見ながら汗を流そうと言うのだろうか。しかし、それなら普通にサイクリングでもすれば良いものを。
「この公園、確かサイクリングコースもあったよな?」
 セオドアは首をひねる。そして、ひねった視線の先で看板を見つけた。
『エコ花見・自家発電で環境に優しい夜桜を楽しみましょう』
 ‥‥なんのこっちゃ。
 夜、ライトアップされた桜の花を楽しむ事を「夜桜」と言う事は知っているが、この公園は夜間立ち入り禁止だ。このバイクはつまり発電装置なのだろうが、公園に入れないのでは意味がない。
 見なかった事にして、息子を肩車したまま家路を急ごうとした、その時。
「待て待て待てーーーい!」
 傍にある桜の大木の影から、何かが飛び出した。
 黄色い頭を五分刈りにした、いかにも軍人らしいマッチョな男――セオドアの友人、ザック・ラバンだ。
「お前、これに気付いてスルーはないだろ! ちゃんと説明読めよ、説明!」
「ザック、僕がそういうの苦手なのは知ってるだろ?」
 ちょっと溜息混じりに答えるセオドア。悪い奴じゃない‥‥いや、寧ろすごく良い奴なんだけど。
「セオちゃん、確かにお前はマニュアルとか説明書とか全然読まないけど! そんなお前でも読んでくれるようにと思って、一生懸命考えたんだぞ!」
「って、ザック‥‥お前か、これ?」
「よーくぞ訊いてくださいましたぁーーー!」
 ‥‥訊いて欲しかったくせに。気付いて欲しくて、そこに隠れてたくせに。
「そう、俺! 俺な、こないだ聞いたんだよ、日本から来た人達がさ、夜桜見たいなーって言ってるの! でもここ夜には入れなくなるだろ、だから‥‥」
「夜も入れる公園なんて、他にいくらでもあるだろ」
「俺はここが好きなんだよ!」
 ‥‥あ、そう。思い込んだら一直線、他に選択の余地はなさそうだ。それにこの時期では、夜桜見物に適した場所は既に満員御礼かもしれない。
「わかった。で、お前が上に掛け合って許可を貰って来たんだな?」
「んな訳ないだろ」
「‥‥それもそうか」
 この男、命令違反の常習犯で、これまでに謹慎処分や減俸の回数は数知れず‥‥いや待て。
「お前、今も謹慎中じゃ?」
「はははー、バレたか」
「バレたかじゃないだろ! さっさと家に帰れこのバカ!」
「おーいセオちゃーん、バカとか言うなよー、子供の前でさー」
 言われて、はたと気付いたセオドア。肩車していた空を降ろし、手を繋いだ。
「クー、このおじちゃんは知ってるよね?」
「うん、しってるー」
「おじちゃんとか言うな、同い年じゃないか。おにーさんと呼べ」
 ザックがセオドアの耳元で囁く。この二人、生年月日は同じなのだが‥‥セオドアはどう見ても3歳は若く、一方のザックは3歳は老けて見えた。
「三十路目前でそれは無理だろ。僕は余裕だけどね」
「うぐ‥‥っ、‥‥いや、それはともかく。よろしくな」
「は?」
「だから、公園の夜間開放とライトアップの件。お前の頼みなら上の連中も聞いてくれそうだし」
「何で僕が!?」
「オペレーターって雑用係だろ?」
 違う、断じて違う‥‥多分。
 しかし、セオドアが首を振ったのは見なかった事にして、ザックは続けた。
「基本的に悪い話じゃないワケだしさ。その、なんつーか‥‥ほら、故郷を離れて暮らしてるだろ、ここの人達って。そういう人達のメンタルケアとか、なんとか‥‥そういうの、持ち出せば、さ」
「‥‥お前、ザックのくせに‥‥何でそんなマトモな事言ってんの?」
「俺だってたまには頭も使うんだぜ! 筋肉だけじゃなくてな!」
「あ、わかってんだ?」
「まあな」
 そんなこんなで、いつの間にか話は纏まり‥‥いや、纏まったのかどうかは定かではないが、気がつけばセオドアはザックに丸め込まれていた。

 そして後日。
「‥‥公園使用の許可は取ったし。後は発電要員の確保か」
 昼休み、食堂で軽い食事を口に運びながら、セオドアは一人呟く。
「‥‥なんで人力発電なんだよ」
 バイクや電球は全て、ザックが自腹で用意したものらしい。
「電気なんか、そこらの電線から引っ張って来れば‥‥って訳にも、いかないのか」
 しかし、どうせならガソリンなどを使う発電機にすれば良いものを。流石ノーキン、考える事が違う。
「一般人じゃヘバるよな、これ」
 あのバイクは発電効率がやたらと悪いらしい。付属の電池に作った電気を溜めておけるのは良いが、一時間漕ぎ続けても作れる電気は桜一本を10分ほど照らす程度のものだ。
「どうせなら全部の桜をライトアップしたいし‥‥でも、何本あるんだ、あの桜?」
 ‥‥結論。傭兵達にお願いしよう。この前の事で、ちょっとだけ学習したし。多分、何でも遠慮していれば良いというものではないのだと思う、事に、しよう。うん。
「ま、ずっと漕ぎ続けてる訳でもないだろうし‥‥クーと遊んでもらったり‥‥そうだ、日本の事、知ってる人がいたら教えて貰おうかな」
 勿論、報酬はザックの支払いで。
「さて、お弁当は何が良いかな‥‥」
 料理は得意なセオドア、もう頭の中は当日の準備の事で一杯だった。

●参加者一覧

R.R.(ga5135
40歳・♂・EL
秘色(ga8202
28歳・♀・AA
リュウナ・セルフィン(gb4746
12歳・♀・SN
東青 龍牙(gb5019
16歳・♀・EP
グリフィス(gc5609
20歳・♂・JG
ティム=シルフィリア(gc6971
10歳・♀・GP

●リプレイ本文

 満開の桜に彩られた朝の公園は、ひんやりと清々しい空気に包まれていた。
 しかし、その一角に溢れる場違いな暑苦しい空気。
「うおぉりゃぁぁぁぁっ!」
 朝っぱらから気合いを入れてエアロバイク型発電機を漕ぎまくっている妙齢の美女、秘色(ga8202)。ただし着物を襷がけに、足には健康サンダル、そして頭はタオルで縛ったドカタルックという思い切った出で立ちではあるが。
 豪快に漕ぐその膝の辺りで着物の裾がはだけていても、豪快に気にしない。目指すは8時間のフル充電!
 ――ざしゃぁぁぁーっ!
「ふむ‥‥やはり桜は良いのう」
 はらりはらりと散る淡いピンク色の花びらの向こうに、過ぎ去った日々が見え隠れする。
 花見か。昔は家族で出かけていたものだが‥‥
 ――がっしゅがっしゅ!
 聞けばこの花見は先日の父子からの頼み。ならばまた、一肌脱ぐのも良いだろう。
「‥‥愛らしい子じゃった故のう」
 楽しい思い出を作る、一助となれば幸い‥‥
 ――がしょん、がごっ、がったん!
「‥‥むぅ?」
 ペダルが動かない。故障か?
「脆いのう」
 確かこれは、ざっくばらんな男が用意したのだったか。
 秘色はそのバイクに「故障中」と紙を貼ると、隣のバイクに移動した。
「うおぉりゃぁぁぁぁっ!」
 その鼻腔をくすぐる、美味しそうな匂い。道の向こうから漂って来る様だが‥‥?

 そこには、一台の屋台があった。
 どうやら中華料理を売る店らしく、屋台の棚には中華な調味料がずらりと並び、周囲には下拵えを終えた食材が山と積まれている。
 店の主人はR.R.(ga5135)という、炎の中華料理人。
 美味しいものをたっぷりと食べ続けて来たらしく、体も顔もまんまるぽってり。鼻や頬が常に赤いのは、大好きなアルコールのせいだろうか。
「さて、何から作るアルか」
 まずは調理に時間のかかるもの、そして冷めても美味しく食べられるものから。
「ワタシ、たくさんの人に美味しい物、食べてもらいたいだけアルね」
 美味しい、筈だ。酒やタバコのせいで舌の感覚が微妙に麻痺しているせいか、自分ではどうも今イチ物足りない味に思えるのだが。
「お客さんは喜んでくれてるアルよ」
 だから、これで良いのだ。まあ、一度くらいは自分で作った料理を心底美味いと思いながら、腹一杯味わってみたいものだが‥‥。
 やがて屋台の準備も整ったが、公園にはまださほどの人出はない。食事の時間にもまだ早いだろう。少し時間を持て余したR.R.は、エアロバイクを漕いでみる事にした。
 これまで一度も使った事はないが、要は自転車と同じ。軽い運動には丁度いいだろう‥‥と、思いきや。
「‥‥はあ、はあ、酒や煙草で体鈍ってるアルな‥‥」
 日頃の運動不足が祟ってか、たちまち息が上がり、玉の汗が全身から噴き出して来る。キツい。しんどい。でも、やめない。
 体に溜め込んだ脂肪やニコチン、アルコールなど、体に悪そうなモノが洗い流される様な、清々しい気分。体を動かすとは、こんなにも気持ちの良い事だったのか。そして気が付けば――
「アイヤー、な、何がどうしたアル?!」
 一体、彼に何が起こったアル!?

「‥‥あ、屋台も出ているのですね」
 その同じ頃、東青龍牙(gb5019)が公園に姿を現した。
 リュウナ・セルフィン(gb4746)と一緒に楽しむ為に用意している弁当の下拵えも済んだ事だし、午前の間は全力でエアロバイクを漕ぐのだ。
「全ては、リュウナ様の為に!」
 はい、皆さんご一緒に!
「「‥‥す、全ては、リュウナ様の為に!」」
 そこらへんを歩いていた無関係な人も巻き込んで、気勢を上げる。
「‥‥ぁ、でも‥‥屋台が出てる事は黙っておきましょう」
 買い食いでお腹を一杯にされてしまっては、折角のお弁当が食べられなくなってしまう。
 愛情を込めまくって作るお弁当が、屋台の買い食いに負ける事などあってはならないのだ。買い食い、断固阻止。
「リュウナ様とお花見♪ 楽しみです♪」
 ――ざっしゃーーー!
 漕ぎ漕ぎ漕ぎ漕ぎ‥‥

 その隣でゆっくりとペダルを漕ぎ始めたグリフィス(gc5609)は、桜が舞い散る公園の景色をぼんやりと眺めていた。
「‥‥『オハナミ』って言うのがなんだか分からないけど、したことあるのかな?」
 花見が何かもわからなければ、それを自分が楽しんだ事があるのかどうか、その記憶も定かではない。でも、なんだか楽しそうだ。
 咲き誇る桜の下にシートを敷いて真っ昼間から酒盛りを始める人達や、ただ静かに風情を楽しむ人。あちらこちらに視線を移し、のんびりと眺めながら‥‥よいしょ、こらしょ。
「結構きついですね〜」
 思わず苦笑いが零れた。想像したよりも、かなり疲れる。オハナミとは、体育会系の行事だったのか。
 フルーツ牛乳を持って来て正解だった。時折足を休めて水分と糖分を補給しながら、ひたすら漕ぐ。
 ‥‥いつまで漕ぎ続ければ良いのか、わからないけれど。

 そして、ティム=シルフィリア(gc6971)は使命感に燃えていた。
 人力発電と聞けば、これはもう漕がざるを得ない。漕ぐしかない。
「わしが漕がねば誰が漕ぐ!」
 いそいそとバイクに近付き、跨がって、またが‥‥よい、しょ。どうにか腰をサドルに落ち着ける、が。足を落ち着かせる場所がない。ペダルは無情にも遥か下だ。
「足が! 足が届かぬ!!」
 じたばたじたばた。
「んー‥‥、サドルを下げれば良いんじゃないかな? 手伝ってあげようか?」
 背中から、妙に優しげな男の声がかかる。
 小さな男の子の手を引いた、この顔は何処かで見た‥‥そうだ、これは依頼人の‥‥何と言ったかは、忘れた。
「い、今そうしようと思っていたところじゃ!」
 手出しは無用と、ティムは自力でサドルを押し下げ、再び挑戦。しかし、それでも‥‥
「う、く‥‥っ」
 届かない。ペダルが一番上に来た時にしか、届かない。しかも爪先だけとか。
「おのれ、馬鹿にしおって‥‥っ! おぬし、何か持っておらぬか、上げ底の靴とか!」
 ふるふる、首を振るセオドア。まあ、上げ底程度でどうにかなるとも思えない、けれど。
「こうなったら仕方がない、手で漕ぐしか!」
 ティムはバイクの後ろに膝をつき、両手でペダルを握ると力一杯回し始めた。
 ――ぐるぐるがしがし!
「おもしろそー! ぼくもやろーっと!」
 それを真似して、手回し発電を始めるクー。
「‥‥むぅ、子供には負けぬ‥‥!」
 ――ぐるぐるがしがしぐるぐるぐるぐる‥‥
 電力確保の為、ひたすら漕ぎ続ける。肩とか腕とか、ムッキムキになりそうだ。

「ふう‥‥良い汗かいたわい」
 午後も少し回った頃。爽やかな笑みを浮かべながら、頭に撒いたタオルで豪快に汗を拭く秘色。ここらで何か食べておくかと屋台を覗いてみた。
「‥‥ところで、おぬしは誰じゃ?」
 この店には確か、もっとこう‥‥丸々とした男がいた筈だが。すっきり爽やかな痩身のこの男は一体?
「いらっしゃいアルね! ここ、ワタシの屋台アル!」
 それは、バイク漕ぎの運動で長時間脂肪燃焼を続けた結果、何故か激痩せしたアフターR.R.だった!
 脂肪で3の字状態だった目がパッチリ開き、頬はほっそり、どこにあるのかわからなかった顎も主張を始め、体も引き締まって、普段は脂肪に隠れていた料理人としての筋肉が浮き上がっている。ただ、鼻や頬が赤いのは相変わらずだが。
 痩身の自分。それは真剣に脂肪を燃焼させた事がなかった彼にとっては初めての現象だった。
「体も軽くなって、ご飯もおいしいアル!」
 モグモグモグモグ‥‥ひたすら食う! 屋台にあるもの、片っ端から食う! 自分で作った料理がこんなに美味しいと思ったのは初めてだ!
 そして‥‥むくっ。むくむく‥‥ぼよん、ぼわん、どーん!
 あっという間にリバウンド。
「アイヤー、お客さん、申し訳ないアル! 今、急いで作り直すアルよ!」
「‥‥いや、大丈夫じゃ」
 面白いもの、見せて貰ったし。

「リュウナ様♪ 只今戻りました♪」
「龍ちゃん、お帰りなのらー!」
 昼過ぎ、発電ミッションを終えた龍牙は一旦自宅に戻っていた。さあ、これから気合いを入れて弁当作りだ。
「今からお弁当とお団子を作りますので、しばらくお待ちくださいね♪」
「にゃっ、お弁当作るなりか? リュウナもお手伝いするのら!」
「ありがとうございます、リュウナ様♪」
 ああもう、なんて可愛いんだろう。これなら作っている最中に少し位つまみ食いをされても‥‥いや、それとこれとは別問題。
「ダメですよ、リュウナ様? 後で食べる分がなくなりますよ?」
「にゃっ、見付かったのら〜!」
 軽く注意されても、悪びれる事なく笑顔いっぱいのリュウナ。その様子がまた可愛らしく、ついつい甘やかしてしまう。
 お弁当はお花見に相応しいカラフルで可愛らしい物を中心に、お団子は‥‥リュウナにコネコネして貰おう。
「リュウナ様、コネコネお願い出来ますか?」
「わかったのら! コネコネするのらー!」
 こねこねこねこね‥‥
 小さな手で団子を捏ねる、その手つきがまた以下略。
「出来たのらー! いざ! お花見会場に突撃なのらー!」
 夕暮れも近くなった頃、二人は公園へと向かう。
「龍ちゃんと一緒にヨザクラを楽しむのら! 夕方の方がヨザクラが綺麗って聞いたのら!」
「リュウナ様! 走ると危ないですよ!」
 元気に走り出すリュウナを慌てて追いかけようとする龍牙。しかし、荷物(主に弁当)が多すぎて思う様に走れない!
 あっちへ行ったりこっちへ行ったり、子犬の様にパタパタと走り回るリュウナ。が、ふと立ち止まり、龍牙の前に戻って来た。
「‥‥ヨザクラってなんなりか?」
 かくぅーり。首を傾げる。
「リュウナ様、夜桜とはですね‥‥」
 その余りの可愛らしそうに鼻血を噴きそうになりながら、龍牙が公園を指差した。
「‥‥あれです」
 説明するより見せた方が早い。ライトに照らされた桜の花は、昼間見るのとはまた違った趣があった。
「にゃー! リュウナ! イン! お花見にゃー!」
 だが、中には過度にライトアップがなされている様な場所もある。
「これを設置したのは誰じゃ? こう無駄が多くては電力の効率が悪くなるであろう」
 ティムは園内を歩き回り、ライトの位置と照らす方向を調べて、無駄なライトを容赦なく撤去していった。
「せっかく苦労して作った電気じゃ、効率よく使わねばのう」
 さて、一仕事終えた事だし、後は桜を眺めつつのんびり休憩と行こうか。
 点検ついでに目を付けておいた絶景ポイントに陣取り、自作の団子や饅頭、さらにブリヌィを食べながらジュースを飲む。
 ついでに屋台も物色してみようか‥‥と思ったら先客がいた。
「にゅ? アルアルアルなりか?」
 リュウナの鼻は、龍牙がせっかく秘密にしておいた屋台の存在を嗅ぎ付けてしまった様だ。
「色々あるアルよ、ご飯になりそうなもの用意したアルね」
 切麺(チェンミェン)、焼肉串(カオロウチュアン)、芝麻球(チーマーザァオ)、包子(パオズ)‥‥
「わかりやすく言えば、ラーメン、串焼き、ごま団子、中華まんアル。水餃子もあるアルね」
「にゅ? ギョウザは焼くものじゃないなりか?」
「焼き餃子はないアル、あんなもの残り物料理アル」
 炎の中華料理人、本場には拘るのだ。
「じゃあ、全部もらうなり!」
「リュウナ様、それは‥‥!」
 折角の愛情弁当が!
「大丈夫、お弁当もお団子もちゃんと食べるのら! 皆で一緒に食べるのらー! 皆で食べた方が美味しいのら!」
 そういう事なら‥‥まあ、良いか。
「あ、なき虫お父さんとソラっちなのら!」
 リュウナ、セオドア親子を発見。
「にゃー! 元気なりかー!」
「げんきなりー!」
 真似して応えるクー。ソラじゃなくて、クウだけど。
「‥‥ほぅ、空と申すのか‥‥元気にしておったかえ?」
 秘色に頭を撫でられ、クーは嬉しそうに身をよじる。
「さ、これを‥‥直に座るより冷えぬじゃろうて」
 クーにふわふわクッションをあてがい、重箱に詰めた弁当を広げる秘色。中身は見た目も華やかなちらし寿司に、子供用の甘めの玉子焼きと、大人用の出し巻き玉子、鶏の唐揚げ、たこさんウインナー、きんぴらごぼう、各種煮物‥‥それに、おでん。
「お‥‥でん?」
 目をぱちくりさせるセオドア。
「そうじゃ、おぬしの名を連想させるであろう?」
 言われてみれば、確かに似ている。そして、前の晩からじっくり煮込み、保温容器に詰められた温かいおでんは最高に美味しかった。
「さ、空も好きなだけ食すがいいぞえ。箸は使えるかえ? フォークとスプーンもあるでのう」
「ぼく、おはしつかえるー!」
 ぐさっ!
 ‥‥いや、それは突き刺して使うものじゃないから。
「りんごジュースと温かいココアも持って来ておる故、好きな物を申すが良い」
「ありがと、ここあがいいー!」
 もう、可愛がりすぎる位にクーを可愛がりまくる秘色。男の子という事で亡くした息子と面影が重なるせいか、余計に可愛いらしい。
「‥‥花がきれいだな」
 グリフィスは、その隣でぼんやりと桜を眺めていた。なるほど、花見というのはこういうもの、らしい。弁当を広げ、談笑し、酒を酌み交わし‥‥
「‥‥ひくっ」
 酔った。
「いちばん、ぐりふぃす、うたいまーす!」
 やおら立ち上がった彼は、ビール瓶をマイク代わりに歌い出す。‥‥いや、これを歌と呼ぶのは歌に失礼な気がしないでも、って言うか、ただの雄叫び!?
 しかし、本人はすこぶる気持ち良さそうに唸っている。グリフィス、実はかなり酒に弱く、かつ酒癖も悪かった。
「花見ではのう、此れを頭に巻くのじゃよ」
 だいぶ花見らしくなってきたと、上機嫌でクーの頭にネクタイを巻き付け、真顔でウソ知識を伝授する秘色。他にもある事ない事虚実取り混ぜた日本知識を披露するが‥‥素直な親子は全部信じた!
 ‥‥と、その時。ライトが消えた。
「む、電力不足か」
 ふらりと立ち上がるグリフィス。
「よーし、ここは俺に任せろぉ!」
 バイクに跨がり発電開始! だがしかし!
「‥‥うっぷ‥‥き、気持ち悪い‥‥」
 どさり。‥‥泥酔時の運動は危険、です。
 しかし、リタイアした彼に代わって誰かがバイクを漕いでいるらしく、公園の明かりはすぐに復活した。
「きゃーははは、おとぉさんなにそれぇー!」
 その時。誰の悪戯か、お父さんの顔にはいつの間にか鼻眼鏡が。
「愉快な父者よのう」
 犯人は素知らぬ顔で一升瓶の酒をラッパ飲みしていた。
「おはなみって、たのしーねー」
 クー、大満足。

「‥‥さぁて‥‥発電するだけが、花見じゃないってねぇ」
 やがて宴も引けた頃、袋を片手にゴミ拾いを始めるティム。
「にゃー♪ 回収なのら〜♪」
 リュウナと龍牙もそれに加わり、宴の跡を片付けて行く。
 来た時よりも美しく、それがレジャーのマナーであり常識なのだ。
「‥‥皆良い子だ‥‥!」
 感涙にむせぶお父さん。うん、やっぱり泣き虫だ‥‥。