●リプレイ本文
「うわぁ〜、どこもかしこもキノコが一杯! まるでおとぎ話の世界みたいっ♪」
もこもこ、にょきにょき。見渡す限りに生えた丸いキノコは白一色だが、これがピンクや水色なら、さぞかしふぁんしぃな光景になっただろう。
「スプレー缶とか、持ってくれば良かったかな?」
リコリス・ベイヤール(
gc7049)はちょっと本気で残念がってみる。しかし今それよりも切実に必要なのは‥‥
「へくちっ! ‥‥うぅ‥‥なんがムズムズずるぅ」
誰かティッシュ持ってませんかー?
「‥‥どうぞ」
そこへ差し出される救いの手、いやポケットティッシュ。こんな事もあろうかと、天羽恵(
gc6280)が用意しておいたのだ。
「ぁ、あでぃが‥‥ぷしゅっ!」
「どういたしま‥‥くちっ!」
見渡す限りキノコ、キノコ、キノコ。刈り取るのも掃除するのも大変そうだが、キノコやくしゃみなんかに負ける訳にはいかな‥‥
「くしゅんっ!」
「ふむ‥‥見事に街中キノコだらけ‥‥っくしゅん!」
今度のくしゃみはセシル・ディル(
gc6964)だ。
「あーくしゃみ、予想以上で‥‥っくしゅん! これは早々に何とかしたいですねっくしゅん!」
出来たてほやほやの恋人、兎々(
ga7859)と一緒に受ける初仕事だというのに、こうくしゃみばかりしていたのでは‥‥と思いきや。
「可愛い」
ほわ〜ん。
兎々はその姿に見惚れ、惚気ていた。こんな可愛い姿、他の誰にも見せてなるものか。
「ぁ‥‥は‥‥っ」
特大くしゃみの予感に、兎々は瞬速縮地を使ってセシルの目の前に飛び出すと、その姿を仲間の目から隠してしまった。
「‥‥っくしょーん!」
「大丈夫。兎々さんしかみてないからね? ‥‥くちゅんっ」
それを見て、ジョシュア・キルストン(
gc4215)は不満そうな顔になる。
「いや〜、本当にこのキメラは嫌がらせ以外の何の目的があってぇええーっきし!」
この依頼を受けると決めた時の自分は何を考えていたのか、ちょっと問いつめてみたい気分だ。
「百害あって一利なし‥‥かと思いきや、女性がクシャミして悶えてるのってなんかいいなぁとか思ったり思わなかったり‥‥うーん倒すのもったいな‥‥へっくし!」
なのに、その大事な萌えシーンを隠すとは何事か。
「セシルさんの可愛い姿は、兎々さんしか見てはいけないのですー」
あ、そう。じゃあ良いよ、女の子は他にいっぱい居るから。
しかし、その女子の多さにちょっと困った事になってる人がいた。
「は、はっくし! ‥‥くしっ! ‥‥くしゅん!」
くしゃみの度にわっさわっさと元気に揺れる、比良坂和泉(
ga6549)の逆立った長髪。女の子が見たら怖がりそうだけれど‥‥大丈夫、近くにはいない。と言うか、自分から距離を置いてるし。
実は和泉、女性に免疫がないのだった。いきなり話しかけられたらどうしようとか、不意に接近されたら‥‥なんて、考えるだけで視線が泳ぐ。おまけに鼻はムズムズ‥‥
「うーん、能力者とてクシャミは辛いんですけどね‥‥くしっ!」
わさっ! タテガミが豪快に揺れる。
「皆さん何か勘違いを‥‥くしゅん!」
勘違い、かもしれない。しかし、勘違いも突き詰めればいつかは真実になる。信じる力が未来を変えるのだ!
「とーぅ!!」
そう、こんな風に! 多分!
「俺様は! ジリオン! ラヴ! クラフトゥ!! みらいのぶえええええええええええっくしょい!!」
ジリオン・L・C(
gc1321)‥‥自称、未来の勇者さま、参上!
「‥‥だっくしゅい!!」
「きゃはははなんだか楽しい事になってるよ、みんなくしゃんくしゃんだ〜」
余裕で笑っているのはミティシア(
gc7179)だ。
「私は大丈夫だもんねぇ」
だって、AUKV装着済みだもん。マスクもあるし‥‥
「ぶしゅん‥‥ぐずぐず‥‥ふぇなにこれマスクが効かないよぉぶしゅん」
どんな原理が働いているのか、キノコの胞子にはいかなる防御手段も通用しなかった。
こうなったら仕方がない。開き直ってクシャミをしながら突撃だ!
「地図だ!! 魔法の地図をよこせ!! 建物の中を通って進める場所を探すぞっくし!!」
いや、ないから。普通の市街地に、魔法の地図はもとより「屋内通り抜けマップ」なんて。
「地下は‥‥キノコの、温床‥‥というか、苗床になっているだろうしな‥‥っくしゅい!」
どやァ!
そして勇者は、地図はなくても屋内を邁進する事に決めた様だ。
「駆けろ!! 勇者レッぐしゅ!!」
そこらの民家に勝手に侵入。ジョシュアがこっそりとそれに続く。
「勇者、フラァァッシュ!! 真! 勇者アイズッ!」
GooDLuckと探査の眼を発動し、棚を開ける!
「ちょっとアンタ、何してんだい!」
何やら勇者的なアイテムを発見し、あらぶる勇者のポーズをとったその背に、オバチャンの怒声が降り掛かった。
「いや、これは今、元の所へ戻そうと‥‥! 途中で落としたら、壊れるかもしれっくしょぃ!!」
‥‥は! 勇者的な、紐や縄があると良いかもしれない。高い所での戦いだからな! 皆の為にも!
「何だい、紐が欲しいのかい?」
オバチャンが差し出したのは、荷造り用のビニール紐。
「恩に着るぞっくし!」
勇者紐を受け取ると、裏口から飛び出した勇者はひたすらボスを目指す。勇者の相手は魔王(か魔王の手先)と相場が決まっている、らしい。
そして残されたジョシュアは‥‥無線機を片手に熱演を繰り広げていた。
花粉も嫌だがこれは酷すぎる。剣や銃なら避けられるが、こんなのもうイヤだ。可能な限り他の皆に頑張って貰い、自分はここでじっとしていよう。大丈夫、きっとバレはしない。
「ぐ、ぐわぁー! やられた! 僕はもう駄目です‥‥後は皆さんにお任せします‥‥ざざーっ」
最後のノイズは砂嵐。音だけで死闘を演出してみる。
「はいは〜いっ、お疲れさま‥‥っくしゅん」
ぽむ、誰かに肩を叩かれた。振り向くと、にっこり微笑むリコリスの姿が。
何故バレた。しかしバレては仕方がない。ジョシュアはのっそりと重い腰を上げた。
「これから真面目にやりますから‥‥へっくし!」
「はいっ、じゃあジョシュアちゃんも一緒に〜、っくしゅん」
一緒に‥‥何を?
ばっふーん!
キノコに体当たり。舞い上がる胞子を頭から被ったジョシュアは‥‥
「‥‥っくしへくしっごほごほっぇぇーっきし!」
だがリコリスは、それを尻目に縦横無尽に駆け回り、体当たりでキノコを潰しては舞い上がる胞子をまき散らす。
「ちっちゃいキノコは簡単に潰れちゃうんだ〜、おもしろ〜いっ、くしゅんっ」
ぼふん、ぼこん、もわんもわーん。
無線機も持ってるし、もし何かあってもきっと誰かが助けてくれる。そこの全然やる気なさそうなお兄さんとか。だから大丈夫。
「おっきなキノコを倒しちゃえばいいみたいだから、皆がそこに辿り着く頃にはちゃんと合流するよ〜」
それまで、このふぁんしぃな世界を遊び倒す!
ふと横を見ると、そこにも元気に飛び跳ねている少女がいた。
ぼふーん!
有り余る元気のせいか、キノコを踏みつけながら跳ね回るミティシア。ポーズは勿論、高々と片手を上げるアレだ。
「くしゅん。なんだか面白くなってきたくしゅん」
同志発見、意気投合。
元気な二人に引きずられる様に、ジョシュアは仕方なくボスの元へ向かう。女性が悶えたりしてるのを眺められれば幸せらしいが、果たしてこの二人は「女性」の範疇に入るのだろうか‥‥?
そして、一方こちらは瞬速縮地で移動しながらキノコを潰して回っていた兎々。しかし、それにも少し飽きて来た様だ。
じぃーっ。彼には松茸っぽく見えるらしいキノコを見つめてみる。これ、食べられるのだろうか。
「え、あ、兎々さん、食べてしまわれるのですか? よく分らないキノコは食べない方がー‥‥」
‥‥ぱくり、ばっふん!
「って、嗚呼、食べてしまいましたか‥‥」
「まずい‥‥」
セシルが止めようとしたが、最早手遅れ。
「くちゅんっ! くちっ! けほけほっ!」
食い付いた途端に胞子が喉の奥まで入り込み、くしゃみと咳が止まらない。しかし、それでも。
「喰うべし! 喰うべし! 喰うべし!」
「ぁ、あの‥‥兎々さん?」
大丈夫なんだろうか、この人‥‥なんか、色んな意味で。
「兎々さんの胃袋は宇ty‥‥おえー」
どざーーーっ。逆流する胞子。そして、口から胞子を吐き出しながら‥‥走る!
「兎々さんは一陣の風! 胞子を撒き散らす風!」
瞬速縮地を使い、無駄に練力を消費しながら走る! そして、何処かへ行ってしまった!
‥‥ボスを倒す気は、ないらしい。
「仕方がありませんね」
こうなったら、自分が兎々の分まで頑張らなければ。
「では、行きま‥‥っくしゅん!」
邪魔なキノコをこれでもかと言う程薙ぎ払いつつ、一気にボスまで!
結局、真面目にキノコ退治に挑んでいるのは和泉と恵の二人だけ――いや、他の人達も本人はきっと至極真面目にやっているに違いない。違いないけれど‥‥。
「‥‥あれ、ですね」
双眼鏡でボスの陣取るガスタンクの位置を確かめると、和泉は走り出した。行く手はキノコだらけ、更には頭上からも延々と降り続けているが、それらは無駄に潰さず、払わず。目の前の邪魔なものだけを薙ぎ払う。
「‥‥っくしっ! くしゅ、くしゅんっ!」
ガードは無駄と開き直り、胞子の中を突っ走る。クシャミの度に盛大に揺れるタテガミが、少しは周囲の胞子を払ってくれている‥‥わけはない、か。胞子よりも寧ろ、人払いに役立っていそうだ。
「怖くないんですけど、ね‥‥っくしっ」
まあ、それはそれで、わざわざ避難誘導する手間が省けて良いかもしれない。
一方の恵も胞子が飛び散るのを気にせず、ばっさばっさと横凪ぎに剣を振りながら道を切り開いて行った。
「くちっ、へくちっ、くしゅん、へっくち、はくしょん!」
‥‥あ、だめら。もうくひゃみが‥‥ほまらない。
「ずびばぜん、ぢょっど、じづれいじまず‥‥」
お断りして、近くの民家に屋内退避。ずびー。ポケットティッシュをひとつ使い果たした所で戦線復帰。
やっとの思いでガスタンクに辿り着き、外周の階段にロープを巻き付ける。いざという時の命綱だ。
その脇を駆け上がり、いち早く足場を確保した和泉。次第に集まって来た仲間達を誘導し、多人数で戦い易くする為の位置取りを決める。
だが自由奔放なリコリスは、そんなの聞いちゃいなかった。
「うわぁ〜、ほんとにおっきい〜」
階段の手摺に乗ってバランスを取りながら、巨大キノコを見上げる。
「あれ、乗ってみたいな! トランポリンみたいにぴょんぴょんしたいっ!!」
よし、やっちゃえ!
疾風脚と瞬天速を使い、笠の上まで一機に駆け上がる!
ぼふーん! ぼよーん!
「ふっかふかだぁ〜」
しかし、その反動でぼっさぼっさと飛び散る胞子。
「‥‥は‥‥っ、ぺんたごんっ! は○なぷとらっ! べんじゃみんっ! おうどん食べたいっ!」
「クシャミかいそれ、っくし!」
びしっ! ツッコミを入れるミティシア。しかし。
ぼっふーん! ばっふーん!
「くしゅん、ぐじゅくじゅ‥‥ダンダンひどくなってきたよはやく退治しようずびー」
もう耐えられない。ミティシアはちょっと長めの命綱をつけてしっかりと足場確保してから、竜の翼で一気に近付き最大火力を一気に叩き込む。
ばっふん!
なんだか、妙な手応えがした‥‥と、思ったら。危険を感じたキノコが攻撃に転じた。笠を裏返し、小さなキノコを弾丸の様に吐き出して来る。
それ自体は大して痛くもないのだけれど。
「ぅわ、きゃあぁ!?」
笠の上からリコリスが降って来た。
「捕まって!」
「危ないこれに捕まってくしゅん」
片手に命綱を握った恵と、ガスタンクに槍をぶっ刺して滑り止めにしたミティシアが左右から手を伸ばす。和泉も助けに回ろうとしたが、相手が女の子という事で一瞬躊躇ったらしい。ほんの少しタイミングが遅れた様だ。
「ありがと〜、やっぱり助けてくれたっ♪」
だきゅん、二人をはぎゅして喜‥‥んでる暇はない。
「ぐしゅん息苦しくなってきたですでも足場だけは注意して戦うぐしゅんです」
早くコイツを倒さないと、呼吸困難になりそうだ。
「‥‥仕方ありませんね‥‥」
嫌々ながら駆けつけたジョシュアが、渋々攻撃に参加する。迅雷で一気に距離を詰め、円閃を伴う斬撃を見舞う。続いて回転舞を使いながら蹴りを入れた。
ぼよんぼよーん。蹴りは効果が薄いらしい。
「ぁー、もうなんでもいいんで早く終わってください‥‥こんな敵真面目に相手するなんて‥‥考えただけでも恐ろしい」
ジョシュア、戦線離脱。
「む、そうか! 胞子を落とす部分を狙って攻撃したら、そこからは胞子が落ちてこないんじゃないか!!」
超機械を押し当ててみる勇者。
ぼっさー! 余計に降って来た!
「うおお! 負けるな! 勇者パーティーよ! これは、ボス戦に相応しき、消耗戦っくしょぃだっくしょぃへぶっ!」
だめだ、この人達。
「くう‥‥予想以上にこれは‥‥っくしゅん! 強敵‥‥っくしゅん!」
キノコ型だし、繊維の方向に添って縦に斬ってみようか。セシルはシールドスラムを発動させると、盾を思い切りぶつけて――
「はっくしゅんっ!」
ざくっ! 剣を振り下ろす。
「‥‥は、は‥‥っ」
恵はクシャミをギリギリまで我慢して、剣を上段に構えつつ思い切り飛び上がる。ジャンプの頂点で――
「っくしょーーーんっ!」
ずばーん!
クシャミの勢いを借りた攻撃は、スキルを使うより強力かもしれない。
くしゅん、どかっ! ぷしっ、ばすん! っくしっ、ざぱっ!
クシャミの度に切り刻まれる巨大キノコ。自分がまき散らした胞子が敵に力を与えてしまうとは、何たる誤算。
手摺で体勢を維持しながら短剣でちくちくと削る和泉の攻撃も、地味〜に効いてるらしい。
そして、下拵え完了。さあ、皆でキノコ鍋――じゃなくて。
でも、弾力があって結構美味しそうに見える。持ち帰ってみようかと、セシルが一切れ手に取った。
「お料理に使えるかも‥‥っくしゅ!」
ボスは倒したが、未だ残るクシャミの余韻。
「まあ、確かに料理は得意でないですけれど!」
ソテーにする位なら、何とか。多分、生よりは美味しく出来ると、良いな。
しかし、それを食べさせたい相手は――
「お前のキノコをよこせー」
ジョシュアでリベンジらしい‥‥けど。
「兎々さん、そのキノコも食べても美味しくはー‥‥えと、あるかも知れませんけれど‥‥。いえ、そうでなくて、えと、その、落ち着いてー!!」
標的はとっくに何処かへ雲隠れしていた。って言うか落ち着け二人共。
「もうキノコ嫌いですみたら某髭配管工みたいに無条件反射的で踏み潰してしまいそうですぐしゅん」
まだぐじゅぐじゅしながら、ミティシアが締める。
あれ、勇者紐‥‥使いどころ、なかったけど。本人忘れてるみたいだし、まぁ良いか!