タイトル:【HD】旭川復興会議マスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/03/04 20:52

●オープニング本文



 北海道、旭川市。
 その地下に建設された要塞は陥落した。
 しかし、市街地は未だ湖の底に沈んでいる。

 旭川から富良野まで、広範囲の地域を呑み込んだ湖をどうするのか。
 その地域に住んでいた人々は、現在殆どが石狩共和国で避難生活を送っている。
 勿論、大部分の者は故郷の地に戻りたいと望んでいた。
 だが、実際にそれが可能かどうか‥‥

「何しろ、全部が水の底に沈んでる訳ですからね」
 これまでに集められた資料を見て、セオドア・オーデン(gz0421)は小さく溜息をついた。
 水没地域の面積は、琵琶湖にも匹敵する広さだ。
 水深は平均で50m程度、浅い場所なら底まで見えるほど透明度は高い。
「この水を抜くとしたら、石狩川沿いに少しずつ流す事になるのかな‥‥」
 一気に流せば下流が大洪水になるだろうし、この水の中には巨大な鮫やエイなどのキメラが泳いでいる。
 このキメラをどうやって片付けるのかも、考えなければならないだろう。
 地下の要塞にしても、何らかの形で保存するのか、それとも封鎖、あるいは破壊するか――
 破壊するなら、地表に影響を及ぼさない方法を考える必要があるだろう。
 水を抜いた後も、そのままでは人が住む事は出来ない。
 旭川の市街などは一度全てが破壊されている。
 今そこにあるのは、水中都市を演出する為にリリアンが作った精巧な模型だった。
「ここに人が住める様になるには、一体何年かかるんだろうな」
 場合によっては、不可能と判断せざるを得ないかもしれない。
 居住が無理なら、避難民の新たな故郷を創る必要があるだろう。

 しかしどんな結論が出るにしろ、最初の一歩を踏み出さなければ何も始まらない。

 その一歩を踏み出す為に、何が必要なのか。
 復興に向けて、傭兵達には何が出来るのか。
 それを考える場が、石狩共和国の内部に設けられた。

●参加者一覧

新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
狐月 銀子(gb2552
20歳・♀・HD
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF

●リプレイ本文

 冬の北海道は、全てが真綿の様な雪の中に埋もれていた。
 今は最も寒い時期で、外気は昼夜を問わず常に氷点下。零度を僅かでも上回れば「暖かい」と感じる様な土地柄だ。
 その寒さは、ここ石狩共和国の各都市も同様だが、それでも「旭川に比べれば暖かい」と誰もが口を揃える。
 だが、暖かく過ごしやすいからと言って、この土地での生活に満足している訳では決してなかった。
「やっぱり帰りたい?」
「そりゃあそうさ」
 狐月 銀子(gb2552)の問いに、集会所に集まった大人達は口々に答える。
「寒いったって、俺らにとっちゃそれが普通だしな」
 それに、家の中にいれば外の寒さなど関係ない。
「共和国に仕事があって、家もちゃんとしたものが用意されて、昔のご近所さんと同じ地域で暮らせるとしても?」
「うーん、そう言われると‥‥ちょっと迷うかなぁ」
 まだ若い男性は腕組みをして首を捻った。
「でもやっぱり、故郷が一番だな。実は俺、息子が生まれたばっかりでさ‥‥」
 自分の故郷は、息子にとっても故郷であってほしい。
「将来、一緒に酒でも呑みながらさ。なんかこう、語り合ったりして‥‥そん時、故郷が別々とか寂しいだろ?」
「なるほどねぇ」
 それはわかる気がする。
「仕事は?」
「あれば昼間っからこんな所でダベってないさー」
 それもそうか。
 雪の中で出来る事と言ったら、除雪作業か屋内での業務だけ。
 復興関連の事業も、春が来るまでは休止せざるを得ない。
「北海道特有の問題ってわけね」
 それならば尚更、春が来たら一斉に取りかかれる様、今のうちに復興の段取りを決めておく必要があるだろう。
「他に何か足りないものはある? 食べ物とか、家の問題とか‥‥キメラの被害なんかは?」
「うち、せまいー!」
 子供達が答えた。
「あそぶところ、ないし」
 それで集会所には子供の姿が多いのだろうか。
「遊び場が足りないのね」
 大人の視点では気付きにくいかもしれない。
「わかった、偉い人に伝えとくわね。それで、勉強は? ちゃんとしてる?」
 そっちに話を振ったら‥‥逃げられた。
 まあ良い。大体の感触は掴めたし、後はこの結果を元にアンケートの設問を作れば、より詳しいデータが得られるだろう。

 という事で――

「避難民にアンケートを?」
 問い返した箱田に、周防 誠(ga7131)は仲間から寄せられた質問項目を纏めたアンケート用紙を見せる。
「共和国にとっては避難民の事を親身に考えているという事をアピールできる。どちらにもメリットがあると思うんですが?」
 とは言ったものの、実は理由などこじつけにすぎなかった。
 重要なのは、実施面の不備を無くして避難民の意見を正確に、余すことなく取得する事にある。
「まあ、良いだろう」
 箱田はアンケートの内容を吟味しながら答えた。
「ただ、こちらも資金難でな。出された要望全てに応える事は出来ないし、応えられたとしても時間がかかるだろう」
「ええ、それは承知しています」
「実施期間は? 時間に余裕があるなら郵送で対応出来るだろう」
「いいえ、なるべく早く。それに‥‥」
 共和国関係者による直接の聞き取り調査とした方が、歩み寄りの姿勢をより明確な形で示せるのではないか。
「ここは、まんまと乗せられておこうか」
 苦笑しつつ、箱田はアンケート用紙を手に席を立った。
 過去のわだかまりを消す事は容易ではないだろう。だが今、見据えるべきは過去ではない。
「印刷と人員の手配はこちらでやる。結果の取り纏めは任せるぞ」
「はい、ありがとうございます」
 箱田との会談を終えた誠は、ふと我が身を振り返る。
 戦うばかりだった自分が復興の手助けなんて、とも思うが‥‥
(でも、戦争で壊れた何かを修復するのは、自分たちの責任の一端なのかなとも思うんですよ)
 その耳に、無邪気に遊ぶ子供達の歓声が聞こえた。
 大きな戦いを終えた今、彼等に希望ある未来を手渡す事も、きっと自分達の大切な役割なのだろう。


 その結果が出る間、他の仲間達は旭川の現場を再調査する事になった。
「流石にこの辺りは寒いですね」
 湖を見下ろす外輪山の縁に立った新居・やすかず(ga1891)は、その厳しい寒さに思わず首を竦め、上着の襟をかき合わせる。
 同じ北海道でも、生まれ育った札幌はまだ暖かい方だと言えるかもしれない。
 だが、そんな寒さの中でも‥‥眼下の湖には薄氷すら浮かんでいなかった。
 これも透明度を保つ仕組みと同様に、バグアの技術によるものなのだろうか。
 それを調べる為にも、もう一度あの要塞内に入る必要があった。
「あたしはこの辺りの邪魔な防衛装置を壊しておこうと思うんだけど‥‥そっちに手が必要なら手伝うわよ?」
 銀子の提案に、やすかずは「ありがとう」と応じる。
「でも、こちらは軍の技師も同行してくれるそうですから‥‥」
「そう? じゃあここは手分けして進めるって事で良いかしら」
「はい。重力波探知とデータリンクはしておきますので、そちらはお任せします」
 互いの健闘を祈り、二人はそれぞれの持ち場へと別れた。

「やっぱりあたしは、こっちの方が性に合ってるわね」
 外輪山の防衛設備を片っ端からスクラップにしながら、銀子は苦笑いを漏らした。
 しかし、これからは‥‥ただ敵を倒せば良いという訳にもいかないのだろう。
(正直頭を使うのは苦手だし、エミタの力にも頼れない。それでも‥‥)
 前に進もう。
 あの日の言葉を現実にする為に。
「次は笑って逢いたいものね――」
 銀子はもう一度、口に出してみる。
 その為に、出来る事。
 SilverFoxは目の前の装置を沈黙させると、次の標的に機首を向けた。

「調べたいのは要塞の収容可能人数、それと中にある娯楽施設の状態ですね」
 要塞の中を移動しながら、やすかずは同行した軍人に説明する。
 収容人数については居住区のキャパシティと要塞全体の最大値を調べれば割り出せるだろう。
 娯楽施設に関しては、その詳細や移築が可能かを調べたい。
 湖の透明度を保つ仕組みがわかれば浄水施設に転用出来そうだし、この寒さでも凍らない理由もわかるかもしれない。
「その辺りは専門家でないとわからないでしょうから、よろしくお願いしますね」
 その間に、自分は重力波探知で要塞内外の残存キメラの位置と数、防衛施設の稼動状況を捉え、外で活動するする仲間とデータリンクを。
 それと平行して湖の維持方法や湖の作り方、放水経路として使えそうな場所を調べていく。
「チューレ基地みたいに空に浮かべて、まとめて水を運び出せれば手っ取り早いんですけどね」
 流すなら、やはり少しずつ川に流して行くしかなさそうだが、果たしてこの水は自然界に流しても問題はないのだろうか。
「見た目は綺麗でも、水質が良いとは限りませんからね」

 その辺りの事は、夢守 ルキア(gb9436)が調べていた。
「まずは飲めるかどうか、それがダメなら工業用水に出来ないか、トカ」
 水中でキメラを倒した時の汚染の度合いも調べた方が良いか。
 水質や水を流した場合の周囲の生態系への影響、地に吸わせた場合の土壌への影響‥‥
「そんなトコ、かな?」
 同行した軍の検査官にそう伝え、ルキアはオイジュスで水中へ潜る。
「調査は専門じゃないし、そっちは任せたよ」
 キメラを退治しつつ、湖に棲息する総数やその密度を計算し、全ての退治にかかる時間を計算するのだ。
 まずは悠々と泳ぐ巨大な鮫に狙いを付け、G−09X水中用大型ガトリングを側面から撃ち込んでみる。
 たちまち、視界が赤く染まった。水の方は単に薄められただけなのか、或いは浄化装置が働いた為か、見る間に透明度を取り戻したが‥‥
「残骸をどうやって片付けるかも、考える必要があるケド」
 その時、水質調査班から簡易検査の報告が入った。
『飲料水の水源としては問題の無いレベルです』
「へえ、そんなにキレイなんだ?」
 それなら‥‥実際に使うかどうかは別にして、これ以上キメラの血で汚す訳にはいかないだろう。
 使わずに処理する場合でも、汚してしまえば余計な手間もかかる。
「後はアンケートの結果次第だね」
 待つ間に、キメラの分布状況などもう少し詳しく調べておこうか――


 やがてアンケートの集計も終わり、傭兵達が復興会議に臨む時が来た。
 出席したのは4名の傭兵と箱田、他には軍の技術者や民間人の代表などだ。
「将来の希望としては、やはり帰りたいという意見が多いですね」
 集計結果を見て、やすかずが言った。
「当然と言えば当然なのでしょうが‥‥問題は、いつ頃どんな形で実現出来るかという事ですね」
「現地の状態に限らず早期帰還を望んでいる人が多数を占めていますが、やはり現実問題としてそれは難しいでしょう」
 誠が頷く。
「要塞の運用に関しては、何らかの形で利用した方が時間と労力の節約になるでしょうが‥‥」
「私が考えたのは、こんな感じ」
 ルキアが取り出した箇条書きのメモには、簡単にこう書かれていた。

 A案/水を抜き、要塞破壊後、復興
 B案/徐々に復興
 C案/保存

「A案は、土壌や地盤への影響。水を流すタメに、生態系への影響が気になる。ま、一回破壊して、上から土を被せて――手っ取り早くはある」
 手っ取り早いという事は、地上も地下も一切合切纏めて破壊し更地にするという事だろうか。
 確かに面倒はなさそうだが、出来るだけ元通りにしたいと願う住民感情からは、受け入れられそうもない。
 Bは水を工業用水・飲料水、海外輸出。減った場所から復興を行い、要塞は同時進行でKVで破壊というものだ。
「水の使い道、輸出のコストがかかるね。時間はかかるケド、周囲への影響は少ないと思う」
 戦時の記録として要塞を保存し、湖は規模を縮小するというのがC案だ。
「住民感情が気になるね。維持費は、将来的に資料館として企業委託でもいいかも」
「避難民の心情的な側面に関してですが‥‥」
 誠が言った。
「アンケートの結果では、要塞の破壊を希望する意見はそれほど多くありませんでした」
「やっぱり地下にあるせいかしらね?」
 銀子の言う様に、日常的に人々の目に触れる様なものではない事も影響しているのかもしれない。
「それなら、地下部分は残して良いんじゃない? 暫くは本当の安全は難しいし、シェルターとか避難できる場所ってやつは必要だと思うわ」
 或いはそのまま軍事基地として利用するか。
「守ってくれるものが傍にあるって安心感は大事と思うの」
 居住区の収容人数は現時点で1万人ほど、手を加えれば4〜5万人の収納は可能な様だ。
 現状でも、復興を担う人々の仮住まいとして使う事は出来そうだった。
「中の施設は移設可能ですが、そのまま残して観光地化する事も考えられますね」
 雇用創出と外貨獲得の為と、やすかずが言う。
「どうであれ、民間人に手伝わせるのはどうかな」
 軍にしか出来ない事もあるだろうが、民間人にも独自のノウハウやツテを持っている者がいるかもしれない。
「復興って、彼等が自分の力で生きるように出来るコトだと思う。与えられるダケ、に慣れちゃダメだ」
「そうよね、避難所でも仕事がないって声は多かったし」
 ルキアの意見に、銀子が頷いた。
「土木作業や輸送など、復興関連の仕事は多そうですよね」
 やすかずも、その意見には賛成の様だ。
「でも、今の季節は雪で仕事が出来ないって‥‥」
 と、そこまで言って銀子は何か閃いた様子で目を輝かせた。
「地下なら雪は降らないわよね?」
 多分、季節や外の天候に関係なく仕事が出来る。
「帰りたい想いが強くて、働く意思を持つ大人なら復興事業で雇えるでしょうけど、いつまでも復興特需みたいなのが続く訳じゃないし」
 地下の要塞跡を利用した新たな産業を興せれば、長期的な雇用の安定にも繋がるだろう。
「正直なところ、使える物はそのまま使いたい。壊すにも金がかかるのでな」
 それまで黙って聞いていた箱田が口を開く。
「やはり要塞は残す方向で進めた方が良さそうですね」
 具体的な利用法はまだ検討の余地があるにしても、と誠。
「湖はどうする?」
 ルキアの問いに、やすかずが答えた。
「コストの面から言えば、水を売るメリットは殆どない様ですね」
 ここには雪があるし、水不足に陥る様な事もまずない。流してしまえば、殆ど費用もかからずに済むだろう。
「排水は石狩川経由で良いけど、溜めて一定量毎にキメラとかの駆除なんかは欲しいわね」
「湖の横に貯水ポイントを設定して、一時的にそこに水を溜めてキメラの有無を確認してから放水という形が良いでしょうか」
 銀子の提案に、誠が言った。
 キメラの数が余りに多いなら、傭兵に掃討を依頼するのも手かもしれない。
「一ヶ所に纏めるなら、相当な数になるね」
 依頼として充分に成立する程度には、とルキア。
「段階的に水位を下げ、標高が高い所から復興するか、あるいは、盆地を一方ずつ復興して、復興期間の短縮を図るかですが‥‥」
 やすかずが言った。
「でも、つい最近までは富良野盆地は沈んでいなかったんですよね」
 富良野と旭川の間には、かつてそこを隔てていた水門が残されている。
 それを閉めて、富良野側だけ先に水を流してしまうのはどうだろう。
「こう言っては悪いが、富良野側を実験場として使うのも悪くないな」
 箱田が頷く。
「比較的規模が小さい富良野側なら、失敗のリスクも少ない。そちらで問題点を洗い出しておけば、旭川側に手を付ける頃には経験値も溜まっているだろう」
「問題は住民感情ですね」
 不公平だという事にはならないだろうかと、やすかずは住民代表を見た。
「その辺りは納得して貰うしかないな」
 口を開きかけた代表を制して、箱田が言う。
「出来る事から手を付けて行かない事には、何も進まない。片方だけでも先に復興が進めば、希望も見えて来るだろう」
「だからって、現場の意見も聞かずに勝手に進めるのは遠慮して欲しいけど」
 銀子がアンケートの束と集計結果を箱田に手渡す。
「現在の希望は、こんなところね。これからもアンケートは定期的に取らせて貰うわ」
「出来るだけ、折り合いは付けられる様に努力してみよう」
 期待していると、銀子は頷く。

 これはまだ、ほんの始まり。
 笑って逢える日――それは、この地が元の姿を取り戻した時‥‥自分達が彼等の仲間だと心から認められた時に辿り着く未来。
(でも大丈夫。同じ未来を目指す皆がいるのだから)
 その想いに応える様に、やすかずが呟いた。
「流されるままに能力者となった意味を、己の歩んだ道が無駄でなかったという証を、能力者となったからこそできる事を、やっと見つけられるかもしれません」
 未だ将来の見通しが立たずにいたけれど――
 故郷である、北海道の復興。
 それに携わり、共に歩み、少しずつ活気を取り戻していく姿を見つめ続ける。
 そんな道が、目の前に開けている様に思えた。


 いつか、皆が笑って逢える日の為に――