●リプレイ本文
現地へ向かう輸送機の中で、傭兵達は町の防衛に当たる責任者と連絡を取っていた。
「‥‥ええ、はい。奥行きは無くても、はい高さが‥‥ええ、有る程度足止めが出来る様な物を‥‥、はい。無理をせず、街側は特に入念に」
通信機から聞こえる少し上擦った声の主を安心させようと、ウルリケ・鹿内(
gc0174)は努めて落ち着いた声を出す。
「贅沢を言えば二重にと言いたいが、まぁ最終防御ラインのみでも構わん」
リュイン・カミーユ(
ga3871)は、その最終ラインにさえ敵を近付ける気はなかった。だが、念には念を。
「最善は尽くしますけれど、それでも万が一の事がないとは言えませんから、宜しくお願いしますね」
「あまり余裕はありませんが〜、やれる事はやっておきましょう〜」
乾幸香(
ga8460)とノエル・アーカレイド(
gb9437)が続いて言葉をかける。
そんな女性達の柔らかな声に癒されたのか、通信を切った時には相手の声は多少落ち着きを取り戻していた。これで、とりあえずの防衛体勢は何とかなるだろう。まあ、過度の期待は禁物だが。
暫しの空の旅を終え、傭兵達は各自の愛機を駆って町の上空へ散る。
「遠すぎた‥‥でなくて良かった、か」
眼下に見える8本の橋に古い映画を思い出し、カークウッド・五月雨(
gc4556)は一人呟いた。あの作戦は、確か失敗に終わったのだったか。
「それにしても‥‥わざわざ橋を渡ろうとするあたり、敵は頭が悪いらしい」
その頭の悪い連中に気を取られて、別ルートから渡河した敵をうっかり見過ごさないように注意しなければ。
上空を飛びながら敵の分散具合を確認するカークウッドの耳に、通信機を通して仲間達の声が届く。
「周囲は水で、橋を押さえられれば逃げ場は無し、か。便利なようで不便な街だな」
リュインの声だ。そこに幸香の声が重なる。
「これだけのクモが集っているというのも、ある意味壮観ですらありますね」
「虫がうじゃうじゃいるのは蟻かハチだけでいいってのになぁ」
そう言ったのはトーマ・K・アナスタシア(
gb0908)だ。
「それだけでも気持ち悪いのに蜘蛛か。嫌だねぇ全く」
「蜘蛛‥‥ですね。一応‥‥家の害虫などを食べてくれるらしいですが‥‥」
これは人を食べたりするのだろうかと、御鑑藍(
gc1485)が呟く。
「でも、お仕事ですし、街に近付けさせる訳にはいきませんから早々に駆除する事にしましょうね」
そう言って幸香は真っすぐ北へ、リュインとカークウッドは左右に分かれ、それぞれ北西と北東の橋へ向かった。東はノエル、西はトーマ、南西と南東がそれぞれウルリケとカイト(
gc2342)、南には藍。
一人が一つの橋を守る。突破されれば市街地はすぐそこだ。
「ま、ちゃちゃっと片づけるさ、なあグレン?」
突破などされる筈がない。トーマは愛機のコンソールを軽く撫でる様に、コツンと叩く。
「そうかそうか、頑張ろうな相棒」
負ける気は、しない。
上空から見ると、程度の差こそあれ敵はまだ橋の中程に差しかかった辺りで蠢いていた。
これなら自分もバリケード作りに協力する余裕がありそうだと少しのんびり構えていたノエルは、一重だったバリケードの枚数を増やし、段階的に複数設置するようにと指示を出す。
しかし、蜘蛛の足は意外に速かった。橋を滑走路代わりに着地した愛機Rubyの目前まで、あっという間に迫って来る。
「あら〜、もうあんな所まで〜」
ならば、これ以上近付かれる前に。
ノエルはバリケード要員に後方へ下がるように言うと、橋に身を伏せて射程の長いフィロソフィーのレーザーを構えた。この角度なら、外した時でも橋を傷つける事はないだろう。
しかし、敵はレーザーで灼かれた仲間の体を乗り越え、踏みつけて、黙々と進んで来る。リロードの間にも、彼等の足は止まらない。ならばと、ノエルは武器を持ち替えてEBシステムを起動させると、自ら敵の集団に突っ込んで行った。
「絶対に渡りきらせはしませんよ〜」
のんびりとした口調とは裏腹に、ドラゴン・スタッフを振る様には鬼気迫る迫力がある。ここが最終防衛ライン。これ以上は下がらないし、抜かせはしない。跳躍で頭上を越えようとしても無駄な事。
レーザーガンを腹に受け、巨大なクモは糸を引いたまま湖へ落ちて行った。
その反対側、西の橋ではトーマが愛機グレンと共に暴れていた。
「おいでなすったか。でも生憎だがお帰り願うぜ!」
オフェンス・アクセラレータを使い、レーザーバルカンとガトリングナックルを構える。
「ガトリング、ダブルファイア!」
二つの銃器が一斉に火を噴き、蜘蛛達の体が肉片となって飛び散る。やれれる前にやれ。相手に前進する隙を与えるな。跳ぶ暇さえ与えるものか。
「やってやれグレン! テールパニッシャー!」
長さ8mほどの、鞭の様にしなる尾を振り回す。その勢いで橋から吹き飛ばし、道を作りながら、蜘蛛達を押し返す。
「尻尾大回転だ! どぉぉりゃぁぁ!」
しかし、それだけ派手に暴れても‥‥いや、派手だからこそ攻撃の隙も生まれる。次々と潰され、吹き飛ばされる仲間の間をかいくぐって、脇をすり抜けようとする蜘蛛が何匹か。
「行かせるかよ! こいつをくらえ! ディノスライサー! バイトクラッシュ! そのまま噛み砕けぇ!」
恐竜型のKVが、まさに肉食恐竜さながらに尾を振り回し、爪で切り裂き、顎で噛み砕く。
「俺とコイツを近接戦でやろうと思うのが間違いだぜ!」
いくらでも来い。全部蹴散らしてやる!
南の橋の上空を、藍を乗せたKVが低空で通過して行く。その際に橋に向かって放たれた攻撃に当たり、何体かの蜘蛛が弾け飛んで湖に落ちた。
上空を行き過ぎ、Uターンして橋の中程に降りると、藍は愛機を人型に変形させてスナイパーライフルを構える。狙いは口や腹部、足、胴体などの関節、接合部。一体ずつに照準をあわせ、放つ。無駄弾は撃たない。
致命傷を与えられなくても、湖に落とせば溺れて死ぬだろうか。
「橋の、裏‥‥」
そこを通って来る敵がいるかもしれない。糸を使った跳躍で急に接近される事も。他の橋が見えるなら、橋の裏や下に貼り付いた敵がいないか、仲間に教えて貰う事も出来るし、自分も注意して見る事が出来るのだが――
「‥‥!」
案じた通り、何匹かの蜘蛛が後方に現れた。だがそれらは全て、バリケードに近付く間もなく、腹の肉を橋の上に飛び散らせる。これは‥‥後で掃除が大変かもしれない。或いは、この潰れた様子を見て他の蜘蛛達が怯んでくれれば。
「蜘蛛の子を散らすように‥‥逃げるかも?」
だが彼等が不利を悟って逃げ出すには、更に多くの屍の山が必要らしかった。
「さて、デザインを一新したスピリットゴーストのお披露目といくか」
これが改造を施した愛機のデビュー戦。真っ赤な塗装を施したピカピカの機体が橋の真ん中で蜘蛛達を迎え撃つ。
「跳ぶなよ? 弾が橋に当たっちまうからな!」
カイトは自慢の火力で敵を吹き飛ばした。跳ばなくても橋ごと吹っ飛ばす勢いだが‥‥そこは大丈夫だと思いたい。
火力と装甲を重点的に強化したスピリットゴーストに、怖いものなど何もない。何もない筈だった。距離が離れている間は。
悲劇は、敵の攻撃が当たる間合いになった時に起きた。
「酸だっーーー!? せっかく塗装した装甲がぁー!!!」
溶けたらどうするんだ! 寄るな! 来るな! 何も飛ばすな!
「汚れる! 糸に巻かれて汚れるんだよ!! 頼むからさっさと死ねぇぇぇ!!!」
最初の冷静さはどこへ行った。もう技の名前を叫ぶ余裕もない。突破されそうな場合など、緊急時に備えてスキル温存とか言ってる場合じゃない。いや、今がまさにその緊急時。突破される気配は微塵もないが、別の意味で非常事態。
相手が悪かった。それしか言い様がない。
「全門、一斉掃射ぁぁっ!!」
‥‥橋、無事だと良いけど。
一方こちらは北の橋。
着陸後に間合いを詰めた幸香は、敵の集団まで後30mという付近で足を止め、グレネードランチャーを構えた。なるべく多くの敵を巻き込める様に着弾点をずらしながら、計4発を撃ち込む。
全てを撃ち終わると一度距離を開け、爆煙の向こうから屍骸の山を越えて現れる蜘蛛達に向けて長距離バルカンを連射しつつ前進を図った。
「町からは出来るだけ遠ざけませんと」
バリケードがあるとは言え、過信は禁物。
幸香は飛び道具で数を減らし、それを逃れた敵には機体を盾にして行く手を塞ぎながらヒートディフェンダーで薙ぎ払う。
ここから先へは通さない。静かな決意と共に、幸香は黙々と蜘蛛の群れを駆除し続けた。
「其処を退けーっ!」
声と共に、マシンガンが炸裂する。弾幕の中で飛び散る蜘蛛達の血や肉片が遠くからでもはっきりと見えた。これでかなりの数が減った筈だが‥‥残った蜘蛛達は何事もなかった様に橋の上をじわじわと迫って来る。
そうか、下がる気はないのか。
「さて、お掃除の開始です‥‥。ここでの貴方の相手は私ですよ? ‥‥落ちなさい」
冷ややかに言い放つと、ウルリケは射程の長い双機槍を振り回す。弾き飛ばし、湖に落としてしまえば這い上がる事も出来まい。それを逃れた者は練機刀で串刺しだ。跳んで逃れようとしても無駄。
「私の頭を飛び越えようなどと‥‥失礼な」
その腹に向かって、問答無用でマシンガンを乱射する。飛び散った肉片が雨の様に降り注いだ。
そして逃げようとする者に対しても容赦はない。
「他の方への負担は減らすべき‥‥ですよね。経若、あなたの初の実戦です。もう少し頑張っちゃいましょうねっ」
ウルリケは愛機を飛行形態へ戻すと垂直離陸、逃げる蜘蛛達を追って低空から侵入し、マシンガンとロケット弾を掃射した。しかしこのロケット弾、命中率が今ひとつ――どうか、橋に当たりませんように。
北東の橋ではカークウッドの乗る死神が待ち構えていた。
高熱量のフラッシュが蜘蛛達を焼く。ブラックハーツを併用したフォトニック・クラスターは広範囲の敵を一気にローストした。90度コーンに広がるその攻撃を逃れる者もいたが、それを追って攻撃を左右に振る事はせず、死神は真っ直ぐに前を向いて立つ。
「橋を壊す訳にはいかんからな」
クラスターの攻撃を逃れた蜘蛛達に向けて、死神は両腕に持った黒い水晶球からエネルギー弾を放つ。それさえも逃れて更に近付いた者にはマシンガンを浴びせ――だが、どちらも橋への被害を恐れる余りに、思い切った攻撃が出来なかった。
余りに大きな被害を出した場合、その修理代は壊した本人が負担しなければならない。それさえ気にしなければ、思い切った攻撃が出来るのだが。
ならばと、カークウッドは得物をトマホークに持ち替え、接近戦に持ち込んだ。それを縦横に振るい、吐き出される糸を引きちぎりながら、蜘蛛達を次第に押し返して行く。
だが、斬っても斬っても‥‥蜘蛛の数が減っている様には見えなかった。
そして、最後のひとつ‥‥北西の橋。
リュインはバリケードの前に愛機を着陸させると、ドリフトの要領でそれを横向きに停止させた。路面が少し削れた気もするが、気にしない。
「これで一応二重以上の壁は出来た訳だ」
コックピットから飛び降りると、リュインは愛機の機体を軽く叩いた。つまりこれも、バリケードの一部なのだ。
しかし勿論、そこまで到達させる気は更々無い。
「蜘蛛のような街に蜘蛛型キメラとは、バグアも洒落のつもりか知らんが、我らが来たからにはこれ以上の進攻は許さん。我が最初で最後の壁となろう」
巨大な蜘蛛の大群に対して生身で挑むのは無謀にも思えるが、橋の損傷を考えればKV戦闘より生身の方が被害は皆無に近いし、手数も増やせる‥‥というのは建前で。
蜘蛛キメラ如きに負けるのは癪だ。それが本音。それ以外の理由など、ない。
そんな訳で練成強化を己に施し、いざ迫り来る蜘蛛の群へ。
「その躯、貫いてやる」
相手の大きな体の下へ潜り込み、柔らかい腹部へ刃を走らせた。一度で決めきれなければ、同じ場所を何度でも。
大きな体に8本の長い足。その間には大きな隙間がある。そのスペースは攻撃にも回避にも利用出来るだろう。ただし、位置取りを間違えたり少しでも足を止めたりすれば、酸の雨を浴び、糸に絡め取られて一巻の終わりだ。
リュインは橋の欄干や、蜘蛛自身の体など、使えるものは何でも使い、上下左右から攻撃を仕掛ける。
しかし、そんな彼女の奮闘を嘲笑うかの様に頭上を跳ぶ蜘蛛。
「我の頭上を許しなく跳ぶな」
頭上目掛けてエネルギーガンをぶっ放す。殆ど標的を見てもいないが、外す気はしなかった。
「生身だからと舐めるな。同類の骸に沈め!」
残像剣で攻撃をかわし、カウンターを叩き込む。
果たして、蜘蛛の波が引くのが先か、力尽きて飲み込まれるのが先か――
「よし、こっちは終わったな。そっちはどうだ?」
「こちらも、蜘蛛達が退いて行く所です」
トーマの呼びかけに幸香が答える。他の場所でも、蜘蛛達が何かの合図に合わせるかの様に一斉に引き始める所だった。
「こちらはもう少し追撃しておきます〜」
ノエルは相手を殲滅させるつもりらしい。
「無理はするなよ」
潮が引く様に後退する蜘蛛達を見送りながら、カークウッドが言った。
「深追いはしませんから、大丈夫です〜」
カークウッドも敵が橋から5km離れた事を確認すると、橋を滑走路として離陸し、空中での警戒に戻った。
「‥‥終わった、のか?」
生身で蜘蛛を潰し続けたリュインは、去って行く蜘蛛達を呆然を目で追っていた。足でも追いたいのは山々だが、彼女の足は持ち主の意に反して根が生えた様に動かない。それでも膝を付かずに立っているのは、ひとえにあの「蜘蛛ごときに」という思いからだろう。
‥‥とにかく、負けはしなかった。戦場では最後まで立っている者が勝者と決まっているのだ。
「敵が戻って来る様子はなさそうだ」
カークウッドからの通信が入る。蜘蛛達は周囲の草原森に逃れた様だ――まあ、残った数はそう多くはないが。
「念の為、暫くはバリケードを解かない方が良いかもしれませんね」
「橋‥‥上げられたり、出来ると‥‥良いかも?」
ウルリケの言葉に、藍が言った。そのうち、この町にかかる橋は全て、開閉式になる‥‥かも?
「よし、終わったな。お疲れさん。頑張ったなグレン」
ぽんぽん、トーマが愛機のコンソールを軽く叩く。
「今度は旅行で来れるといいねぇ、ここ。そんときに蜘蛛とかそれ倒した俺らが名物になってたら面白そうだし」
‥‥蜘蛛饅頭とか、蜘蛛サブレーとか‥‥は、嫌だけど。グレン人形は欲しいかもしれない。
その頃、カイトはひとり湖の中にいた。
機体に絡みついた糸を払い、降り掛かった酸や蜘蛛の体液、その他諸々を洗い流し、機体を磨く。
果たして、彼の愛機はあの輝きを取り戻す事が出来るのだろうか‥‥?