タイトル:【Null】強襲マスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/11/11 03:28

●オープニング本文



「社長、お電話です。‥‥息子さんから」
 秘書からの内線を受けたエドモンド・ヴァーノンは、珍しい事もあるものだと思いつつ、待機中の表示が出ているボタンを押した。
「レイモンドか‥‥どうした?」
『‥‥あ、うん‥‥』
 受話器の向こうから聞こえる息子の声は、少し緊張している様に聞こえた。
 そう言えば、レイモンドは昔から電話が苦手だった。電話で済む様な事でも、わざわざ手紙を送って来る程に。
 そんな彼が電話を寄越すという事は、余程の急を要する話でもあるのだろうか。
『あのさ、父さん‥‥俺、暫く‥‥帰れないかもしれない』
「‥‥そうか」
 ――遂に、この時が来た。
 恐らく、UPCが動いたのだろう。
『ちょっと、急な用事が出来て‥‥知り合いが新しく事業を始めるから、少し手伝ってほしいって‥‥言われて。それで、暫くあちこち回るから』
 下手な嘘だ。レイモンドにそんな手伝いを頼む様な知人がいるとは聞いた事がない。
 しかし、詳しく問い詰める事はしなかった。
「わかった‥‥何を始めるのか知らんが、気を付けてな」
『うん。少し長くなるかもしれないけど‥‥心配しなくていいから』
「ああ」
『‥‥じゃ‥‥』
 それで、通話は切れた。
 エドモンドは黒い革張りの椅子に身体を沈め、静かに目を閉じた。
 暫くして、ふと思う。今の会話を録音しておくべきだったか‥‥と。
 恐らく、息子の声を聞く事は、もう二度とないだろうから――


――――――


 通話を終えたレイモンドは、カーテンを閉め切った室内で小さくひとつ息を吐いた。
 この姿で電話を使ったのは初めてだった。
 かつては老人の姿で暮らしていたこの家に戻るのも、この姿では初めてかもしれない。
 しかし、自分がわざわざ父親に連絡を入れようなどという考えを起こすとは‥‥
「‥‥これだから、人間は面倒だ‥‥」
 この身体の戦闘力は、確かに高い。しかしその分、精神面に弱さがあった。
 それも自分が抑えこんでしまえば問題はないのだが‥‥ふとした時に、こうして引きずられる事がある。
 失われた記憶を掘り起こしたのが失敗だったか。だが、そこに何があったのか、何か自分に取り込める有益な情報があるのではないか‥‥そう考えてしまうのは、バグアの本能だ。
 それよりも更に問題なのは、この身体が「たかが人間」であるという事だ。
 自分はバグアとしてはまだ若い。自身の経験も少なければ、他の老練な者達の様に多種多様な異星人の能力を身に付けている訳でもない。
 たとえ人類最強の身体を手に入れたとしても、それはやはり「たかが人間」にすぎない。
 そして、その程度の能力では今の人類を足下に従える事は難しかった。
 せめてもう少し、特殊能力が使えれば。
「だが、俺には時間がある」
 このまま潜伏し、人類の弱体化を待つ時間が。
 平和を手にすれば、いずれ人類は戦いを忘れる。侵略の脅威がなくなれば、エミタが力を貸す事もなくなるだろう。
 だが、この拠点を使い続ける事は出来なかった。
 これまで結構な時間と労力をかけて規模の拡大を図って来たし、潜伏には有利な立地条件もある。
 棄てるには惜しいが‥‥それだけに、格好の目くらましにもなる。
「まさか奴等も、ここを放棄するとは思うまい」
 バグアの拠点が残る事を、人類が容認する筈はない。
 必ず潰しにかかるだろう――その奥に、親玉が居ると信じて。
「奴等を奥まで引き込んで、諸共に爆破してやる」
 恐らく岬は崩れ、この家の周辺も大きな被害を受けるだろうが、派手に壊せば煙幕の代わりにもなる。
 レイモンドは薄暗い部屋の隅にある隠し扉を抜けて、遙か地下へと続くエレベータに乗り込んだ。
 このまま家を出て、人混みに紛れてしまう事も出来た。一年も前に姿を消した無口で無愛想な若者の顔など覚えている者はいない筈だし、誰も彼がバグアとは気付かないだろう。
 しかし、前回の戦いで受けた傷がまだ治りきらない。暴かれる恐れがないとは言え、傷付いたままで行動するのは不安だった。
 エレベータを降り、狭い通路を通って治療装置のある拠点へと向かう。
「人間という奴は、調査だ準備だ根回しだと、余計な事に時間を取られるものだからな」
 襲撃にはまだ間があるだろう。
 もし予想よりも早かったとしても、地の利はこちらにある。
 逃げるなどという言葉は使いたくないが‥‥逃げ切れる自信はあった。

●参加者一覧

辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
ジョシュア・キルストン(gc4215
24歳・♂・PN
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD
エレナ・ミッシェル(gc7490
12歳・♀・JG
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA

●リプレイ本文

「ULT傭兵。作戦が始まるから、避難して欲しい」
 海に面した静かな町に、またしても避難指示のサイレンが響く。
 岬に住む住民に避難を促しながら、夢守 ルキア(gb9436)はレイモンドの姿を探していた。
 彼とは先日一戦交えたきりで、もし変装などされていたら確認は難しいだろうが‥‥しかし、怪我をしている事はわかっている。
 あの時、足を少し引きずっていた。肩の辺りにも傷がある筈だ。この短期間で治せるとは思えないし、それなら見ればわかる筈‥‥
 だが、それらしい人物は見当たらない。
 それを確かめると、ルキアは愛機イクシオンに乗り込み、レイモンドに教えられたものとは別の入口へ向かう。それは、UPCによる偵察で判明したものだった。
 彼も、姿をくらますつもりなら拠点を囮にするのではないか。それなら、ここはもう用済みの筈。
「使わなくなるんだ、破壊しちゃおう」
 ルキアは飛行形態で周囲を旋回すると、目標に向かって奉天製ロケット弾ランチャーを撃ち込んだ。
 流石は格安兵装だけあって命中率の低さは折り紙付きだが、この際それは問題ではない。
 今はただ、陽動になれば良いのだ――


 その少し前。
 傭兵達は、岬となって海に突き出た岸壁の側面に貼り付いていた。
 頭上すぐの場所、満潮時には海面下に沈むであろう低い位置に、どうぞお入り下さいとばかりにゲートが口を開いている。周囲にはキメラやワームが警戒に当たっている様子もなかった。
 この場所は、レイモンドが教えた。敵がわざわざ教え、しかも警備が手薄とくれば、それは罠だと考えて良いだろう。
 だが、問題はない。承知の上で飛び込むのだ。
「これが本当に最後の挑戦‥‥」
 辰巳 空(ga4698)が呟く。もう、レイモンドに掛ける言葉はない。掛ける言葉を死の歌声に変えて、ただ、討ち取るのみだ。
「随分月日が経ちましたが、あの日の決着を付けるとしましょうか」
 ジョシュア・キルストン(gc4215)が呟いた。
 彼としては、それなりに色々と思う所もある。しかし戦争が終わろうとしている今、これまで以上にバグアの生存を許すわけにはいかないのだ。それに関して、綺麗事を言うつもりはなかった。
「レイモンドさんはこんな事を望んでいたわけではなかったでしょうしね」
 その言葉に、那月 ケイ(gc4469)が頷く。
「‥‥これで終わらせる、絶対に」
 こんなチャンスはもう来ないだろう。誘うなら乗ってやる。そして、今度は逃がさない‥‥絶対に。
(‥‥なるほど。ケイ、そしてジョシュア。此れが君達の因縁、か)
 緊急事態と聞いて駆けつけたリヴァル・クロウ(gb2337)は、そんな後輩達の様子を頼もしげに見つめていた。
(最後にだけ現れる、というのも恰好は付かないが‥‥彼らが至る結論、見せてもらおう)
 彼等がその力を存分に振るえる様に、必要に応じて援護に回る。それが自分の役どころだと、リヴァルは考えていた。
(以前のシェアトに、今回のレイモンドか‥‥)
 村雨 紫狼(gc7632)は、仲間に聞いた情報とこれまでの流れを整理してみた。
(知識の共有、っつーとバグアみたいだが、俺の無知が作戦の乱れになっちゃマズいからな)
 よし、大丈夫。
 レイモンドが前回の傷を癒す間もなく逃げ出す事くらいは予測済みだ。アジトの自爆に至っては古典的手段過ぎて、予測するまでもない。
 ただ、油断は禁物。追い詰められた敵ほど、恐ろしいものはない。それに、他の追撃依頼はどうも調子が振るわなかった様だ。となれば‥‥
(今回も逃げられる訳にはいかねえぜ)
 準備は万端、後はルキアからの合図を待って一気になだれ込み、速攻で決着を付けるだけだ。
 今はまだ静かな海岸で、潮騒の音だけが耳を打つ。乾いた唇を舐めると、塩の味がした。
 待つ時間というのは、長く感じるものだ。

 その時、陸の方から爆発音が聞こえた。突入の合図だ。
「行くぜ、超獣装! 紅蓮騎士、ブラスターゼオン!!」
 紫狼は叫び、その身体が紅蓮の炎に包まれる。
「後ろを振り向かずに走れ野郎どもーーッ!!」
 しかし、先陣を切ったのは迅雷で突入した空だった。予めバイブレーションセンサーで把握しておいた敵の位置を避ける様に、素早く物陰へ躍り込む。
 その後を追って、リヴァルが閃光手榴弾を投げ付けた。音と光が炸裂する中、残りの仲間達が飛び込んで行く。
 まず目に飛び込んで来たのは、大型キメラの壁だった。
 今回は短期決戦。相手にしている暇はないと、ジョシュアはまだ手榴弾の影響が残る敵に小銃「ルナ」で連続攻撃を浴びせる。その手足を狙った攻撃の隙に、懐に飛び込んだケイが首筋に刃を叩き込んだ。
 だが、全てを倒す時間はない。道が開けると同時に、傭兵達は奥へと走る。
 通路には小型の無人砲台や監視カメラに取り付けたレーザー銃など、バグア施設おなじみの防御設備が設置されていたが、ジョシュアは敢えて先頭切って駆け抜けた。動いていれば案外当たらないものだし、自分がトリッキーな動きで相手を翻弄すれば、仲間を安全に通す事が出来る。
 通路は殆ど一本道だった。途中の枝分かれはいくつかあったが、構わず直進する。この砦が位置する地理的な状況から見て、重要施設はこの奥にある筈だった。
 案の定、暫く行った所で多くの敵が立ち塞がる。その中に、三人の強化人間の姿も見えた。
 傭兵達は素早く目で合図を交わし、中の一人に攻撃を集中した。
 仲間の盾となるべく、守護神のスキルを発動させた紫狼が前に出る。その加護を受けながら、残る四人は一気に攻撃を畳みかけた。
 ジョシュアの小銃による援護を受けたリヴァルが相手の懐へ飛び込む。反撃や周囲の敵からの攻撃など一切構わずに、ただひたすら相手の急所を狙って月詠の刃を躍らせた。
 強化人間には自爆が付き物だが、五対一ではそれを起動させる余裕もない。
「よし、一人撃破!」
 目に入りそうになった血を拭いながら、紫狼が吠える。
 残る二人の強化人間に、僅かな動揺が走った。その機を逃さず、リヴァルが叫ぶ。
「行け!」
 その声に弾かれる様に、ケイが飛び出す。続いて空もその後を追った。
 二人は強化人間の間をすり抜け、キメラの壁を突き破って走る。仲間を残して先に進む事に不安はなかった。彼等なら大丈夫だ。
「行かせるな! 追え!」
 しかし、追いすがろうとした敵の前に、ジョシュアが素早く回り込む。
「申し訳ないのですが、ここを通すつもりはありませんよ」
 得物を二刀小太刀「瑶林瓊樹」に持ち替え、その刃で通路を塞いだ。
「此処から先は、我々が相手をしよう」
 その反対側にはリヴァル。
「俺もいるぜ!」
 そして紫狼。
 しかし、敵は既に動揺から立ち直っていた。
「たった三人で何が出来る!」
 叫びと共に、通路を埋め尽くした大型キメラが一斉に襲いかかる――


 その頃、ルキアは付近の海にソナーを設置し、周辺の状況を監視していた。
(バレているだろうな。此方の襲撃は)
 そう考えた途端、水中のソナーに反応があった。どうやら、水面下にも出入口があるらしい。
「イクシオン、私達は独りじゃない‥‥行こう!」
 ルキアは愛機にそう語りかけると、海面を突き破って現れたワームの群れに突っ込んで行く。
 しかし、これは囮かもしれない。こうしてワームの対処をしている隙に、本命が逃げ出したら‥‥?
 その前に、出口を塞ぐ。そうすれば、生身で脱出するしかなくなる筈だ。
 ワーム達の相手を適当な所で切り上げると、ルキアは偵察用カメラで確認した海中の入口にG−09X水中用大型ガトリングを撃ち込む。
 隔壁が吹き飛ばされ、海水が渦を巻いて吸い込まれて行った。


 奥へと続く通路は不気味な程に静かだった。無人の迎撃装置が作動するだけで、キメラやワームの姿はない。
 僅かに上り坂となっているその中を、ケイと空の二人は目に付く装置を壊しながら走り続けた。
 暫く行った所で足を止め、空がバイブレーションセンサーを使う。かなり近い所で、人間サイズの何かが動く気配がした。
「あの扉の向こうの様です」
 空が示した金属製の扉は、押しても引いても動かない。耳を付けると、遠ざかる足音が微かに聞こえた。
 ここまで来て、逃げられてたまるか――!
 空が小銃「S−01」を乱射し、脆くなった鉄板をケイが蹴り破る。スマートな方法とは言い難いが、なりふり構っている場合ではなかった。
「レイモンド!」
 奥の暗がりに姿を消そうとしていた人影に向けてケイが叫ぶ。
「せっかく出向いてやったんだ、相手してもらうぞ!」
 振り向いた顔に焦りの色が見えたのも束の間、追っ手が二人きりと知ると、レイモンドは口の端に余裕の笑みを浮かべた。
「たった二人で敵うと思うのか?」
 言いながら、切れ味の良さそうな剣を抜く。不意を衝かれた前回とは違い、防御面でも準備は出来ていた。
(此処のレベルですと、攻撃は必ず正面以外の複数の方向から同時にというのが鉄則になりますね‥‥)
 空が小銃を構え、迅雷で側面へ回り込む。
 同時に、ケイが真っ正面から突っ込んで行った。防がれても反撃を受けても、退く事はしない。攻め続ければ、相手の注意は嫌でも自分に向けられる。
 その隙を衝いて、空が銃弾を撃ち込んでいった。ダメージは与えられなくても、FFを消費させる事は出来る。それが切れかけた時がチャンスだ。
 しかし、そう簡単にこちらの術中に嵌まる相手ではなかった。
 退路を断つべく通路を背にして戦っていたケイだったが、反撃に出たレイモンドは素早く体を入れ替え、渾身の一撃を放つ。
 ケイは咄嗟に盾を構えてそれを受け流し、踵を返したレイモンドに追いすがった。微かに引きずる足を狙って剣を叩き込む。
 バランスを失ったレイモンドは、狭い通路の壁に手を付いて身体を支えると、ケイに向き直った。
「後ろからとは、卑怯じゃないか?」
 だが、顔にはまだ余裕の色が見える。その顔を見据えて、ケイは言った。
「絶対に逃がさない。今度こそ『レイモンド・ヴァーノン』をバグアから解放する為に‥‥今ここで、必ず倒す」
「出来ると思うか? 言っておくが、援軍は来ないぞ?」
 ニヤリと笑うと、レイモンドは手にしていた何かのスイッチを押した。直後、背後で隔壁が閉じる。
「そいつは銃弾なんかじゃビクともしない。残った仲間は、このまま生き埋めだな」
 足下に地響きの様な振動が伝わって来た。
 隔壁の向こうで、爆弾が炸裂した瞬間だった。


 その少し前、足止めに残った三人は群がる敵を相手に奮戦していた。
 まず片付けるべきは強化人間だと、キメラの攻撃を甘んじて受けつつ、それぞれに狙った相手と剣を交える。
 接近戦に持ち込んだリヴァルは、一対一で鍔迫り合いを演じていた。正面から打ち合えば、相手も否応なく足を止めて対処せざるを得ないだろう。まずは、先行した二人から引き離す事さえ出来れば良い。
 もう一方の強化人間は、紫狼が相手をしていた。練力消費をものともせずに、全力の攻撃を連続で叩き込む。
 二人が正面から挑む隙に、ジョシュアはその死角を狙って小銃を撃ち込み、体力を削っていった。
「おっと、自爆などさせませんよ?」
 相手の動きに不穏なものを感じたジョシュアは、そうはさせじと迅雷で接近、小太刀で背後からの一撃を加える。
 その機を逃さず、リヴァルは一気に攻勢に転じた。打ち込み、押し切って、足を止める。反撃の隙を与えず、その心臓に刃を突き立てた。
 息の根を止めた事を確認すると、二人は紫狼の援護に回る。
「おお、ありがとな!」
 勢い付いた紫狼は、怒濤の連続攻撃で相手を床に沈めた。
 と、その時――
 ぴちゃり、足下で水音が聞こえた。
 血溜まりに踏み込んだのかと思ったが、そうではない。
「水だ‥‥!」
 足下に海水が流れ込んでいた。それは見る間に高さを増し、強化人間達の遺体を流し去る。
「こ、これ、拙くねえか!?」
 紫狼に言われるまでもなく、拙い。非常に拙い。
 更に拙い事には、キメラを蹴散らし出口を求めて走った先が、隔壁で閉鎖されている。
 元来た道は、既に海水で満たされていた。おまけに、あちこちで爆発まで起きているではないか。
 もしかして、絶体絶命――!?


 往来の絶えた町で、一軒の家から青年が姿を現した。
 青年は暫し名残惜しそうにその家を見つめると、ゆっくりと歩き出す。
 あの二人の隙を衝いてエレベータに駆け込み、ここまで上がって来た。あれはもう動かない。
「仲間と共に、そこで朽ちるが良い」
 これでもう、邪魔者はいない――筈だった。
 しかし‥‥
「久しぶりの父の声、どうだった?」
 頭上から声が降って来る。
 広い十字路に降り立ったKV。その背後から、三人の人影が現れる。更に二人が、その巨大な掌から飛び降りた。
 取り残された傭兵達は、ルキアの手によって助け出されていた。
 五人は青年の周囲を取り囲む様に散開する。もう逃がさない。
「レイモンド!」
 ケイが仁王咆哮での注意を引き付ける。その間に、空が呪歌を歌い始めた。
「‥‥くっ」
 効いたのは、ほんの一瞬だった。しかし、傭兵達はその一瞬を逃さない。
「未来への禍根となる前に、討たせてもらうぞ!」
 紫狼が飛び出し、一気呵成に斬撃を見舞う。余力を残そうなどとは思わない。今ここで、この瞬間に決着を付ける。
 その対角からは、ジョシュアが連続攻撃で注意を引く。
「後輩の前でな‥‥無様な姿は、晒せんのだ‥‥!」
 レイモンドの反撃を、リヴァルは絶対防御で受け止めた。月詠は輝く欠片となって散り、もう修理しなければ使えそうにない。しかし、それで構わなかった。
 リヴァルが身体を張って作った隙は、ケイの為のもの――
「これで、最後だ!」
 ケイは渾身の力を込めて、レイモンドの頭上から刃を振り下ろした。

 最後の瞬間、彼の口が動いた。
 声にはならなかったが、聞こえた気がする。
 父さん、ごめん‥‥と。


 足下が震えていた。
 地下の破壊が進むにつれ、振動も大きくなる。
 やがて岬の先端が崩れ、海中に没した。続けて、大きな塊が次々に崩れ落ちる。
 崩落は連鎖を起こし、岬はその上にあった町と‥‥そこに横たえられたレイモンドの抜け殻もろとも砕けて散った。
 その様子を、ルキアが上空から確認する。
 仲間達は岬の対岸にある崖の上から、その様子を見ていた。
「バグア因子を持っていようとも、お前たちは同じ地球人だ。許して欲しいとは思わねえ‥‥ただ、安らかに逝ってくれ」
 紫狼の呟きを海風が吹き払う。
 この成果を手放しで喜ぶには、風が冷たすぎる気がした。


 その後、レイモンド死亡の報は父親の耳にも届く。
 しかし彼は、微笑を浮かべながら首を振ると、こう言った。
「息子は今、旅に出ているのですよ」
 頭ではわかっていても、遺体と対面しない事には、その事実を受け入れる事は出来ないのだろう。
 彼はその後も、帰らぬ息子の帰りを待ち続けていたという――