タイトル:【Null】再臨マスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/09/29 01:12

●オープニング本文



「その節は、本当にありがとうございました」
 UPCの面会室に現れた身なりの良い白髪の男は、セオドアの顔を見るなり、その手を節くれ立った両手で包み込む様に握り締めた。
「全て、あなた方のお陰です。本当に、何とお礼を申し上げて良いか‥‥っ」
 笑い皺に埋もれた目頭に光るものを滲ませながら、男は握った手を勢いよく振り続ける。
 彼の名はエドモンド・ヴァーノン。元UPC所属のエースアサルト、レイモンド・ヴァーノンの父親だ。
 しかし、レイモンドは‥‥
「お陰さまで、息子もすっかり落ち着きまして‥‥最近では家業の手伝いがしたいなどと、殊勝な事まで言ってくれるようになりましてな」
 いや、待て。彼は‥‥レイモンド、自称Nullは、死んだ筈だ。強化人間であった彼は、その「持ち主」であるバグアの手で処分された。
 その報告は、父親の所にも届いている筈だった。
「ああ、いや‥‥これは失礼」
 当惑するセオドアの様子に漸く気付いた男は、恐縮しながら言葉を継いだ。
「実はあれから暫くして、息子が帰って来ましてな。どうやら九死に一生を得た様で‥‥いや、何があったのか、どうやって助かったのか、誰に助けられたのか‥‥それは何も思い出せない様なのですが‥‥」
 しかし、彼の記憶喪失は今に始まった事ではないと、男はさほど気に留める事もなく、その息子を快く家に迎え入れたのだという。
 すると、どうだろう‥‥
「戻ったんですよ、記憶が。思い出したんです、それまで忘れていた‥‥子供の頃の事や、それからの事、友人達の事や、色々‥‥全て、思い出したんです」
 以前の彼は、退院後に帰った自分の部屋について何の感慨も持たなかった。しかし今度は、部屋に残された懐かしい品々について、ひとしきり思い出を語って父親を喜ばせたのだ。表情も活き活きと明るくなり、よく笑い、口数も増えて、まるで人が変わった‥‥いや、子供の頃に戻った様に見えた。
 それから何日か、何週間か‥‥親子は失われた時を取り戻そうとするかの様に、酒を酌み交わしながら語り合った。
「お陰で仕事の方は少々疎かになりましたが‥‥息子を取り戻す為だと思えば安いものです。その甲斐あって、今ではもうすっかりわかり合えた気がしますよ」
 今日は久々に休みが取れたので、こうして礼を言いに来たのだ。
「いや、是非お礼に伺いたいと、前々から気になっていたのですが‥‥延び延びになってしまって」
 男は真っ白な頭髪を弄りながら、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。
「息子にも来る様にいったのですが‥‥あいつ、恥ずかしいとかなんとか。それに今日は、知り合いの墓参りに行くそうで‥‥」
「墓参り、ですか」
「ええ、ほら‥‥報告書にあった、例の手紙の」
 確か、ジュリア・ランスと言ったか。今はもう、この世に存在しない女性。
「軍の任務で知り合った民間人だそうで‥‥生きていれば、息子の嫁さんになってくれたかもしれませんねえ。もっとも、あいつはそれを言い出せなくて‥‥」
 手紙にしたためてみたものの、結局はそれもポストに入れる事が出来なかったらしい。
「そうこうしてるうちに、事故で‥‥だそうですよ。あいつが重傷を負った最後の任務‥‥その最中の出来事だったそうです」
 記憶をなくし、人格を損なう程の傷を負いながら、それでも生にしがみついていたのは、彼女の為だったのかもしれない。だが‥‥
「‥‥いやいや、こんな湿っぽい話をしに来た訳じゃなんだ」
 男は首を振り、笑顔を作った。
「とにかく、一度きちんとお礼が言いたいと‥‥それだけの事で」
 もう一度セオドアの手をしっかりと握り締めると、深々と頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。傭兵の皆様方にも、よろしくお伝え下さい」


 男が去った後、セオドアは【Null】関連の報告書をぼんやりと眺めていた。
 レイモンドは死んだ。それは間違いない。
 だとすると、父親の前に現れて息子のふりをしているのは‥‥
「‥‥奴、だろうな。どう考えても」
 だが、何故だ?
 何を企んでいる?
 いや、相手の企みが何であろうと、このままにしてはおけない。
「まずは真相の調査と‥‥可能なら、その場で殲滅‥‥か」
 彼の正体が、セオドアの考えた通りのものだったとしたら、あの親子は再び引き裂かれる事になる。今度は、永遠に。
「それにしても、ヴァーノンさんはどうして今になって‥‥」
 わざわざ礼を言いに来た事が、気にかかる。
 そこにも何か、意味があるのだろうか‥‥?

●参加者一覧

辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
ルイス・ウェイン(ga6973
18歳・♂・PN
南 日向(gc0526
20歳・♀・JG
ジョシュア・キルストン(gc4215
24歳・♂・PN
那月 ケイ(gc4469
24歳・♂・GD
蒼 零奈(gc6291
19歳・♀・PN
エレナ・ミッシェル(gc7490
12歳・♀・JG

●リプレイ本文

「しかし、何故今になって‥‥‥‥なんでしょうね?」
 ジョシュア・キルストン(gc4215)が首を傾げる。彼と那月 ケイ(gc4469)の二人は、Nullの最期に立ち会っていた。その時の状況から見て彼は死んだと確信を持ったのだが‥‥
 それが、生きていたと?
 死んだと思っていた人が帰ってきたなら、きっとすごく嬉しかっただろうと、南 日向(gc0526)は雪山で亡くなった両親の事を思い出していた。
 だが‥‥帰って来たのが本人ではなかったら?
「帰ってきたならそれでいい‥‥ってワケには、やっぱりいかないよな」
 ケイが小さく首を振る。
 間違いであって欲しい。レイモンドが生きていてバグアから逃れて父親の元に帰ってきた、そうであって欲しい。死んだと思ったのは、自分達の勘違いであったと。
 しかし、彼は元々バグアに飼われていた強化人間だ。ヨリシロとして甦ったか、或いは再生バグアか‥‥
「わからない事を幾ら考えても無駄です。僕らで確かめれば良い事ですよ」
 ジョシュアがケイの肩を軽く叩いて言った。
「まずは父親に話を聞きたいですね」
 彼には報告書を渡してあった筈だ。であれば、息子の死についても理解していただろう。あの時死んでいなかったというのも可能性の一つではあるが、少なくともあれがバグア側であるという事は知っていた筈だ。それが戻って来たのに、UPCへの報告もしなかったというのは‥‥
 その言葉に、ケイは黙って頷く。
 と、そこへ‥‥
「レイモンドとお父さんの正体はだーれだっ!」
 エレナ・ミッシェル(gc7490)の明るい声が一陣の風となり、重たい空気を吹き飛ばした。
「私もお父さんに会いに行くよ! いっぱいお菓子とか持ってきたから、みんなでお茶会しよっ♪」
「お茶会、いいですね」
 その提案に、日向がにっこり笑う。
「でしょ? 無愛想に突っ立って話してもつまんないしー。座らせた方がこっちから攻撃に移る際も有利だよね?」
「ええ、打ち解けた雰囲気なら、色々喋ってくれるかもしれませんし」
 日向は父親には会わず、レイモンドの元へ行こうと決めていた。
 彼はバグアかもしれないし、強化人間かもしれない。演技で自分達の命を狙うかもしれない。
 でも、それでも‥‥その心の奥を知ってみたかった。
「私はあの街へ行ってみようと思います」
 前回の戦闘の舞台となった街。辰巳 空(ga4698)は、そこで再び聞き込み調査をするつもりだった。
 刃霧零奈(gc6291)は身辺調査に、ルイス・ウェイン(ga6973)はジュリアの母を訪ね‥‥その後、全員で合流してレイモンドの元へ。
 そう決めると、傭兵達はそれぞれの目的地へと向かった。


「久しぶりに来てみましたが‥‥」
 かつてNullが老人の孫として暮らしていた家に、人が住んでいる気配はなかった。
 空が警察への聞き込みで得た情報によると、あの老人と孫は最期の襲撃があった日から行方がわからなくなっているという。
 しかし、家族からの捜索願は出されていなかった。いや、老人の分は遠くに住んでいる息子から出されてはいたが、彼の話によると、老人にはNullと同じ年頃の孫はいないという事だった。
 思った通り、殆ど収穫のなかった警察への聞き込みを終えて、この場所に来た訳だが‥‥
「‥‥ヨリシロを管理するとなると‥‥それなりの人数がいるはずなんですがね‥‥」
 周囲は行き交う人も少なく、静かな住宅街そのもの。
 たまに通りかかる人に尋ねても、誰もが首を振るばかり。見慣れない人物の情報も、妙な噂も、耳に入っては来なかった。
 しかし情報がないからといって、そこに何もないとは限らない。バグアが慎重に痕跡を隠しているなら、何も得られなくて当然だろう。寧ろ何も得られない事が、バグアが存在する証拠と言えるかもしれない。
「話からすると、爆殺は本当に死んだか裏を取りにくいですし‥‥」
 今更現場へ行っても、何かが残されている筈もない。爆発の直後でさえ何もなかったというのだから‥‥
 何かセンサー系のスキルでもあれば、この家が本当に無人であるのか、奥で何かが行われている形跡がないか等を探る事も出来たかもしれないが‥‥
 今は、これで引き上げるしかなさそうだった。

「‥‥まあ、娘のお友達?」
 ジュリアの家を訪ね、花束を手渡しながら丁寧に悔やみの言葉を述べるルイスに、母親は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「でも、今日はお客様が多いこと」
「‥‥と言うと?」
 ルイスの問いに、母親はつい先程訪ねてきた青年について話した。
「知らなかったわ、任務で大怪我をして記憶喪失になっていたなんて‥‥」
 連絡をしたのに何の音沙汰もなかった事を、不思議に思っていたらしい。
「今日は、出せなかった手紙を届けに来たそうよ」
「その手紙はどこに? 見せて貰う事は出来るだろうか」
 しかし、手紙は彼がジュリアの墓へ持って行ったらしい。
「他の手紙は、あの子がとても大事にしていたから‥‥棺に入れてあげたの。時候の挨拶とか、元気でいるか、なんて‥‥そんな事しか書いてなかったみたいだけど」
 日記を付ける習慣はなかった様だ。
「二人の間に交わされたという約束について、何か知らないだろうか」
 だが、母親には心当たりがないらしい。やはり、これは本人に訊くしかなさそうだった。
 丁寧に礼を言ってその場を辞したルイスは、その結果を仲間達に報告すると、周囲の様子に注意を払いながら合流地点へと急いだ。
 ここまでの道中でも、特に怪しい動きはなかった。しかし‥‥レイモンドが父親のUPC訪問を止めていなかったのが気になる。
 彼が傭兵の動きに無頓着なのか、或いは呼び寄せてどうこうしようとしているのか。それがはっきりしない以上、野良キメラを利用される事も考えられたが、今の所そんな気配もない。
 それにしても‥‥
「今さら動くとはな‥‥なんでまたこの忙しい時に‥‥」
 今や人類とバグアの戦いは最終局面に入っていた。
 地上では名のあるバグアが次々と撃破され、宇宙空間では本格的なバグア本星攻略の動きが始まっている。
 なのに、わざわざ一年もの期間を空け、かつこのタイミングで動いたのは何故か。
 その理由も尋ねてみたい。上手く話し合いが出来る状態に持って行く事が出来れば良いのだが。

「今頃になってのご登場ねぇ‥‥何が目的なのやら‥‥」
 零奈はレイモンドの実家がある街で、彼の事を知る者を訪ね歩いていた。
「普段はどんな風に過ごしてるの?」
「よく見かける場所とか、何か不審に思う様な行動はない?」
「最近、身の回りで変わった事とかは?」
 どんな些細な事でも良いからと言う零奈の問いに、殆どの者は首を傾げるばかりだった。
 彼等の話を総合すると、こういう事になるだろうか。
 最近の彼は外出もせずに家でのんびりしているか、父親の会社でその仕事ぶりを眺めたり手伝ったりしているか、殆どそのどちらか。真面目で人当たりも良く、仕事も出来る。過去に記憶を失っていた事を覗わせる事もないし、行動面でも特に変わった点は見受けられない。
 他には月に一度程度、療養の為と称して泊まりがけで温泉地へ出掛けている様だが、父親が付き添う事はないらしい。具体的な場所も、誰も知らないと言う。
「怪しいね‥‥」
 温泉でも療養でもない、何か。その何かが物騒な事である可能性を匂わせる証言はなかったが、だからこそ怪しいという事もある。
「もーぶっちゃけ、どストレートに聞いてみるのがいいかもね」
 今までに関わってきた者達の様に、心を悩ませる相手でなければ良いのだが‥‥

 そして、レイモンドの実家では‥‥
 リビングへ案内しようと背を向けた父親に、何もない所で躓いたエレナはそのままぶつかるあたーっく!!! それに乗じて、ケイも隠し持っていた飴玉を投げてみた。
 背中にいきなり頭突きを喰らい、ついでに謎の痛みにも襲われた父親は、無様に引っ繰り返った。しかしFFが発動された気配はない。
「あ‥‥ごめんなさーい!」
 ぺろりと舌を出して謝るエレナに、父親は膝をさすりながら立ち上がると、大丈夫だと苦笑混じりに応えた。ふと、足下に転がる飴玉に目を留める。
「あのね、お茶会しようと思って色々持って来たんだー♪」
 ぶつかった拍子に転がり落ちたのだと、エレナがフォローを入れた。飴玉は自分のじゃないけれど、一応。
 しかしこれで、彼がヨリシロ化されているという疑いは晴れた。後は他の人に任せて‥‥さあ、お茶会の準備だ。
「‥‥恐らく、いらっしゃるだろうと思っていましたよ」
 暫く当たり障りのない会話を続けた後、ふとした沈黙の折に父親がぽつりと言った。
「なるほど」
 ジョシュアが頷く。ならば、回りくどい事は抜きで単刀直入に訊こう。
「本当の所、貴方はどう思っているのですか?」
 それには直接答えず、父親はホームバーのカウンターに並べられた、息子が好きだという酒のボトルを眺めながら、独り言の様に言った。
「私は、あれと一緒に酒を酌み交わす事が‥‥長年の夢だったんですよ」
 その夢は叶えられた。子供の頃に寄宿学校に入れて以来、殆ど会話らしい会話もなく、何を考えているのかさえわからなかった息子と、語り合う事が出来た。
 それだけで満足だった。例えそれが、偽りの存在であろうとも。
「あなたは‥‥知っていたのですか?」
 ケイの問いに、父親は寂しげな笑みを返した。
 知ってはいても、わかってはいても‥‥UPCに突き出す事は出来なかった。失った時間を少しでも取り戻したかった。
「でも‥‥もういいのです。充分に、幸せな時間を頂きました」
 彼が何を考えて「息子」を演じていたのか、それはわからないが‥‥それが、記憶を取り戻したがっていた息子の遺志であると思いたかった。
「後は、皆さんにお任せします」
 そう言って、父親はまた寂しげな笑顔を見せた。
 家の中に特に気になる所はなく、父親の話にも作為や裏といったものは感じられない。そこにあるのは、大切な息子を二度までも失おうとしている父親の痛みだけだった。
 それが、家族と死に別れる辛さを知るケイに足を止めさせたのかもしれない。
「すみませんでした‥‥1年前、息子さんを助けられなくて」
 帰り際、仲間達の後について家を出ようとしたケイは、ふと振り向いて言った。
「今更こんな事、自己満足でしかないって分かってます。それでも、俺は‥‥」
 父親は何も言わず、ただ黙ってケイの眼を見返していた。
「‥‥失礼します」
 頭を下げ、踵を返す。その背を、柔らかな言葉が追いかけて来た。
「また、遊びに来て下さい。‥‥息子の‥‥代わりに」


 やがて仲間と合流した傭兵達は、それぞれが得た情報を整理し、交換しあった後、レイモンド本人に会うべくジュリアの墓へと向かった。
 まずは彼との面識のない日向が、自分も知り合いの墓参りに来たという風を装って話しかけてみた。
「こんにちは」
 その声に、墓の前で手を合わせていた男は軽く会釈を返して立ち上がった。
「随分熱心にお祈りを‥‥大切な方、なんですか?」
「‥‥ええ、まあ」
 見知らぬ女性に声を掛けられて最初は戸惑っていた様だが、日向が持つ明るく元気な雰囲気に安心したのか、次第に口が軽くなった男は訊かれるままに語り出した。
「最後に会ったのは危険な任務の前で‥‥必ず戻ると約束していたのですが」
 そう言って墓を見下ろす男の表情を、日向はじっと見つめる。何を思ってここに来たのか、その思いは真実なのか‥‥
「人っていうのはです、目は嘘つけないものなのです」
「え?」
「私は貴方がどういう人なのかは知りません。でも‥‥」
「わかった様な気がする?」
 男が微笑んだ。
「だとしたら、俺の演技力も大したもんだな」
 微笑が薄笑いに変わった。
「お前、傭兵だろ? あいつらの仲間?」
 男は異変を感じて姿を現した一団の中に、見知った顔を見付けた様だ。
「また会う事になるなんて‥‥な」
 ケイが呟く。
 目の前にいる男は確かに、彼等が知るNull‥‥レイモンドと同じ顔をしていた。しかし、纏っている空気は全く違う。全くの別人と言って良い程に。それが、記憶と人格を取り戻した本来の姿なのだろうか。
「それが、例の手紙か」
 墓前に置かれた封筒を見て、ルイスが尋ねた。
「ああ、ゴミ箱から拾ったんだ。約束って奴を果たしてやろうと思ってね」
「まるで他人事だな。内容は知っているのか?」
「まあね、ありきたりの恋文って奴さ」
 男は鼻を鳴らし、一同を値踏みする様に見渡した。
「で、何か用? やっぱりコレ?」
 右手で銃の形を作って見せる。
「前回の続きというつもりはありませんよ。ただ、それも話の内容に寄るでしょうが」
 ジョシュアが答えた。人間とバグアという壁がある以上、妥協点はいつも戦いでしか探れない。しかし、今回の所は興味があるのは事の真相だった。素直に喋ってくれると信じるしかないが‥‥
「まあまあ、こんな所で立ち話も何だし。あっちに休憩所みたいな所があるから、皆でお茶しない?」
 エレナはそう言うと、返事も聞かずに走り出した。そして、誘われるままに歩き出したレイモンドの回りではしゃぎ回り‥‥再び、何もない所で躓いた!
「きゃーごめんなさーい!」
 若干棒読みっぽいのはご愛敬。そしてエレナは見た。衝突の瞬間にその体が光を放つのを。
 だが、元々強化人間の彼がFFを持っているのは当然だろう。問題は彼が強化人間なのか、それともヨリシロを得たバグアか‥‥
「アンタ誰なの? 今更何しに潜り込んできたのさ? それに、時々姿を消すのは何故?」
 零奈の直球な問いを打ち返した答えも、やはり直球だった。
「バグアだよ。この体を頂いた、ね」
「でもレイモンドさんって爆死して、何も残らなかったんだよね? なのに何で?」
 百聞は一見に如かずとばかりにエレナが問う。
「お前達の目を盗んで死体を回収するなど造作もない。修復には多少手間取ったがな」
 男は出されたお茶を一口飲むと、空を見上げて言った。
「もう間もなく、この空から赤い月は消えるだろう。俺にとっては、邪魔な目の上のコブが消えるって事さ」
 それを待つ間に気紛れを起こした。この身体との約束を果たしてやろうと。
「だが、そろそろ潮時か」
 その言葉に、傭兵達は武器に手を伸ばす。しかし、相手から攻撃して来る気配はなかった。
「戦う気はないんだろ? 俺も今は、そんな気分じゃない」
「ご苦労なことで‥‥お礼にその時は刀の錆にしてあげるよ‥‥♪」
 零奈は妖艶な笑みを浮かべつつ、抜きかけた刀を鞘に収めた。
「いずれ、また」
 不敵な笑みを返すと、男は傭兵達に背を向けて歩き去った。
「今度こそ決着をつけないと、な‥‥」
 ルイスが月詠に手を掛けたまま息を吐く。
 仲間達がまだ緊張を解かずにいる中、エレナはレイモンドが使った食器に綿棒を擦りつけていた。
 上手くすれば、これでDNA鑑定が出来るだろう。
 結果は多分、次の作戦までには‥‥