タイトル:【HD】魔女の孤独マスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/09/17 05:05

●オープニング本文


「――断る」
 モニタの向こうから自分を見据える青い双眸に視線を据えて、石狩共和国の箱田武揚CEOは決然と言い放った。
 リリアン・ドースンをこの石狩共和国に匿え、などと‥‥そんな要求、呑める筈がない。
『へぇ‥‥、そう』
 紅い魔女は楽しそうに笑った。
『じゃあ、あの契約は破棄って事で良いんだ?』
 契約。それは二ヶ月程前にリリアンと交わしたものだ。

 人類側の北海道奪還の動き及び、バグア側の迎撃によって共和国に被害がもたらされることのないよう、共和国領土及び領空、苫小牧港を含む太平洋側海域での戦闘を禁止。
 同時に、戦略行動を目的とする移動に伴う、領土及び領空、苫小牧港を含む太平洋側海域への侵入の禁止。
 ただし、どちらかが共和国に害を為したり、戦闘の余波による被害があった場合には、原因となった勢力の敵側へと協力態勢を敷く。

 手っ取り早く言えば、こういう事だ。
 バグアだろうとUPCだろうと、この共和国には指一本触れさせない。周囲でどんな事態が起きようと、共和国は独立と中立を守る。いかなる勢力にも干渉しないし、させない。
 そういう約束だった。
『私はちゃんと約束を守ったでしょ?』
 リリアンは聞き分けのない相手を諭す様な口調で言った。
『つまり、あんた達には貸しがあるってコト。返す気がないなら、勝手に貰ってくわ』
「何だと‥‥?」
『石狩共和国は、私が貰うって言ったの』
「そんな事はさせない!」
『だったら、私を匿ってよ。ずっとなんて言わない、私のお人形が直るまでで良いんだから』
 ステアーはまだ直りきっていない。だが、旭川要塞は敵の侵入を許してしまった。どうにか追い返しはしたものの、再び侵入されるのは時間の問題だった。
 勿論、あんな連中はこちらの圧倒的物量をもってすれば、阻止する事など容易い。しかも、自分達には人質という切り札もあるのだ。
 だが、勝つとわかっているゲームなど面白くない。
 この北海道という小さな島を、そこに貼り付き蠢いている人間というちっぽけな存在を、もう少し掻き回してやるのも悪くないと思った。
『私は、もっと遊びたいの』
 楽しくてスリリングで、命懸けのゲーム。
 勿論、最後は勝つ。今度は絶対に負けない。あんな屈辱を味わう事は、二度とない。
 もし、今度負ける様な事があれば‥‥そんな事は有り得ないけれど、もし、もしもそんな事になったら。
 全てを道連れにしてやる。全部壊して、メチャクチャにしてやる。
『でも、人間なんかには無理‥‥絶対にね』
 せせら笑う様な声と共に、通信は一方的に切れた。


 その数刻後。
 態勢を立て直す為に一時退却していたUPC日本軍北部方面隊のもとに、周辺で哨戒任務に当たっていた偵察機から連絡が入った。
『旭川要塞から多数のワームが飛び立ち、南西方向へ飛行中! 恐らく石狩共和国へ向かうものと思われます!』
 しかも、その中にはステアーの紅い機影があったという。
 彼等は契約を破棄し、共和国を攻撃するつもりなのだろうか。
「石狩共和国に、何か動きは?」
 司令官の問いに、オペレータは首を振る。
「欧州軍にも連絡はないのか?」
「今の所は何も‥‥」
 かつてUPC日本軍北部方面隊がこの地から撤退して以来、険悪になっていた石狩共和国との関係も、函館や旭川奪還に向けた動きが活発になるにつれて多少は改善したものと考えていた。だから、直接助けを求めて来る事はないにしても、かつて契約を持ちかけてきた時の様に欧州軍を経由してならば‥‥と思ったのだが。
 ならば、この際あの男に貸しを作っておくのも良いだろう。
 陸戦力が中心のあの「国」には、ステアーやワームに対抗出来る兵力は殆どない筈だった。
「意地を張るのも程々にしておけよ、若造」
 司令官は苦笑混じりに呟くと、石狩共和国へ向けての出撃命令を発した。


 その頃、石狩共和国では――
『約束通り、貰いに来たわよ』
 石狩共和国の上空に迫るリリアンから、再び箱田のもとへ通信が入っていた。
『私のこと、攻撃しても良いけど‥‥そしたら、クリスタルミラージュが沈んじゃうから』
 楽しそうに告げるリリアンに、箱田は問い返した。
「クリスタルミラージュ? 沈むとは、どういう事だ?」
『知らなかった? 私のお城、クリスタルミラージュって言うの。そこにね、爆弾いっぱい仕掛けて来たから。私が攻撃されたら、自動的に爆発する事になってるの』
「何‥‥!?」
『捕まえといた人間とか、結構いるから‥‥爆発したらきっと、楽しい事になると思うの。お城が沈んじゃうのは残念だけど、でも、大丈夫。ここに新しく造れば良いんだもん』
 リリアンの乾いた笑い声が、箱田の耳の中で何重にもエコーがかかった様に響く。
 どうする。どうしたら良い。
 共和国を守る為に攻撃を仕掛ければ、旭川の人々が犠牲になってしまう。
 いや、そもそも‥‥攻撃出来るだけの戦力が、この国にはない。
 航空戦力が欲しかった。リリアンに対抗出来るだけの戦力が。
 そして、旭川要塞に潜入して爆弾を解除してくれる工作員が。
 爆弾さえ解除してしまえば、攻撃を躊躇う理由はなくなるのだ。
 そうすれば、この国は守れる。
 その手段を持つ人々を、箱田は知っている。
 知ってはいるが‥‥
『‥‥ほんっと、大人って決断が鈍いんだから』
 リリアンの声が、どこか遠くで聞こえた。
『一時間だけ、待ってあげる。無血開城か、徹底的に破壊されるか‥‥好きな方を選びなさい?』

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
アンジェリナ・ルヴァン(ga6940
20歳・♀・AA
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD
フラウ(gb4316
13歳・♀・FC
孫六 兼元(gb5331
38歳・♂・AA
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
D・D(gc0959
24歳・♀・JG
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN

●リプレイ本文

 石狩共和国の上空に蠢くワームの群れは、まるで分厚い雲の様に太陽を覆い隠していた。
 その中心にぽつんと見える紅い点。それが、この北の大地を覆う暗雲の中心、全ての元凶だった。
 これを叩けば全てが終わる。長くバグアの支配を受けてきたこの地も、漸く復興に向けて歩き出せるのだ。
(‥‥これで最後にするわよ?)
 トロイメライを駆るケイ・リヒャルト(ga0598)は、敵の前線を掠める様に飛んでいた。
 ここを戦場にする訳にはいかない。まずはあの魔女に気付かれない様に、戦域を移動させる必要があった。追いかけて来いとばかりに挑発しながら、ケイは共和国の上空から僅かずつ離れていく。
 その周囲ではリヴァル・クロウ(gb2337)の電影・改が煙幕を張りつつ、敵の攻撃から逃げ惑う様な軌道を描いて飛んでいた。本当はすぐにでも魔女の所まで突っ込んで行きたい心境だったが、今は消耗を極力抑えつつ時間を稼ぐしかない。
 だが、逃げ惑う理由はそれだけではなかった。
(人質を使ってくると言う事は、余裕がないと言う証拠なのだろう)
 余裕のない相手を罠にはめるのは容易い。あの魔女の事だ、こうしていれば優越感に浸り、こちらを獲物と見始める事だろう。そうなれば隙が生まれる。元々人間を舐めてかかっている彼女なら、乗せるのも容易い筈だ。
「‥‥前回の敗戦がよほど堪えたんだろうな。こちらから手出しをさせないようにするとは、さすがにバグアだけあって恥も外聞も無いとみえる」
 榊 兵衛(ga0388)が呟いた。
「良かろう。命懸けのダンスを踊り続けてやろう。救出さえ成功すれば、反撃も出来るのだからな」
 まずは取り巻きの分厚い雲を吹き払うべく、忠勝に積んだK−02小型ホーミングミサイルを連射する。一度の装填で十機まで相手に出来る性能を持つミサイルだが、目標は五機。兵衛は数よりも確実性を選んだ。同一目標に追撃を加えて撃ち漏らしを減らすと共に、ダメージを上乗せする。数を稼ぐならUPCの援護を頼めば良いのだ。
(こちらの事は、面倒なハエとでも思ってくれれば良い)
 アンジェリナ・ルヴァン(ga6940)は戦場を縦横無尽に飛び回り、敵を攪乱する。
 ただしこのハエ、ただ飛び回っているだけではなかった。蒼炎のフィーニクス、リリエル・プロネクスに搭載された十二式高性能長距離バルカンを連射しながら敵に近付き、すれ違いざまに銀の翼で切り裂いていく。動きの鈍いCWやMR等はUPCに任せ、紅い魔女を取り巻く主体であるHWの数を削っていった――GOサインが出た時に、すぐにでもあの魔女の懐に飛び込める様に。
(そう易々と近付けはしないだろうがな)
 少し離れた所では、夢守 ルキア(gb9436)がUPCと連携しながら、妨害電波を放って来る厄介な敵に対処していた。
「逆探知するから、誰か傍にいてくれる?」
 イクシオンに搭載されたアルゴスシステムと強化特殊電子波長装置γを起動し、妨害電波の中和と逆探知を始める。それを元に敵の位置を割り出し、片っ端から撃墜して回った。
「増援トカ、ないかな」
 戦闘の合間、ルキアは北の方角に注意を向ける。来るとすれば、旭川要塞からか。しかし今、あの要塞にそれだけの余裕があるだろうか――


 旭川要塞に突入した傭兵達は、出来る限りの速さで要塞内を突っ走っていた。
 前回と同じ侵入口から入り、暗い通路をひた走る間にも、待ち構えていた様に無人ワームが湧いて来る。
「時間がない。少しでも早く爆弾を解除して、リリアンへ攻撃を可能にするよ!」
 バイクを駆る赤崎羽矢子(gb2140)は、襲い来る敵を巧みなハンドル捌きで避けながら叫んだ。いちいち相手をしている暇はないのだ。
「一時間のタイムリミット有‥‥ですか。‥‥足を引っ張るわけにはいかない、急がなくては‥‥」
 ラナ・ヴェクサー(gc1748)がそれに続く。要塞内の地形については、ここに来る迄の間に隣を走る現代の騎馬武者、ごつい武者鎧を着込んでバイクに跨がった孫六 兼元(gb5331)から教わり、頭に叩き込んでいた。ここを抜ければ、要塞の外周を巡る環状通路に出る筈だった。
「さて、何処に仕掛けたのか‥‥」
 破壊されたワームの残骸が残る通路に出て、羽矢子が呟く。
 その瞬間、何処かでアラームの音が鳴り響いた。
「爆弾、発見しました!」
 同行していたUPCの爆弾処理班の車両から声がかかる。探知機のセンサーに反応があったのだ。男が一人、センサーを手に車から降りると、一緒に乗っていたフラウ(gb4316)とD・D(gc0959)がそれに続いた。
「あれです」
 通路脇の物陰に、赤いランプが灯る小さな黒い箱が貼り付けられていた。持っていた工具で蓋を開け、中の配線を何本か切る。すると、ランプが緑色に変わった。
「何だ、それだけか! それならワシにも出来そうだ!」
 バグアが仕掛けた爆弾にしては、やけに簡単と言うか旧式に見える事を不思議に思いつつ、孫六が言った。素人目にも、大して強力そうには見えないのだが‥‥
(いや、油断は禁物だな!)
 これはダミーで、他に何か強力な爆弾が隠されているのかもしれない。リリアンなら、それ位の事はするだろう。前回はそこを見誤って対応が甘くなったのだ。その轍はもう踏まない。甘さを払拭し、ケジメを付ける。
 だが、今はこの脅威を取り除くのが先だ。例え威力の弱い爆弾でも、数が集まれば高性能爆弾にも匹敵する脅威となりかねないのだ。
「個々の威力は弱くとも、柱等の構造上の重要物、弾薬や燃料庫、動力炉近辺に設置すれば誘爆による被害拡大を狙える。その近くは重点的に調べる必要があるな」
 フラウも同じ事を考えた様だ。
「もし他のタイプを見付けたら、すぐに知らせてくれ!」
 一声吠えると、解除班からセンサーと工具を借りた孫六は、羽矢子と共にバイクで走り去った。

「まずは要塞の基盤となる部分からだね」
 走りながら羽矢子が言う。リリアンが要塞を要らないものとして見ているのなら、跡形もなく破壊する可能性が高い。それなら爆弾を仕掛ける場所も限られてくる筈だった。
「取り敢えず、リリアンと遭遇した場所を目指してみよう!」
 孫六が叫んだ。
「おそらく其処が中枢部だろう!」
 孫六の記憶と破壊の痕跡、ペイントの跡などを頼りに奥へと進む。だがそこに辿り着く迄の通路にも、これでもかという程に爆弾が仕掛けてあった。一体、全部でいくつあるのか‥‥総数がわかれば少しは楽になるのだが。
(クリスタルミラージュ‥‥。リリアンはこんなオモチャ作ってたのか)
 爆弾を解除しつつ走りながら、羽矢子は周囲を見渡してみる。無機質で機能優先の飾り気のない要塞内部に突如として現れる遊園地や歓楽街。これは、彼女の心を投影したものなのだろうか。
(そして要らなくなれば壊す。思った以上に子供だね。子供の我儘に振り回されるのはもう終わりにしてやろうじゃない!)

 残ったフラウ、D・D、ラナの三人は処理班に同行し、その護衛と爆弾解除の手伝いをする事になった。
 まずは近場から反応を探し、一つずつ緑のランプを灯していく。
(爆弾に人質か‥‥)
 解除役の護衛に付いたD・Dは周囲に目を光らせながら、この作戦を実行に移した存在に思いを馳せていた。
(戦争に正道は無いとは言え、力持つ者ならば、意思の無いものまで巻き込む時点で恥と思って欲しいものだな‥‥)
 もっとも、バグアにそれが理解出来るとは思えないし、理解したところで何が変わる訳でもないだろうが――
 その時、通路の向こうから無人ワームの集団が音もなく現れた。
(どうする、このまま遣り過ごすか‥‥)
 しかし、広い通路には身を隠す場所もない。D・Dは仲間に注意を促すと、作業中の男を背後に庇う様にして立ち、小銃「クリムゾンローズ」でワームの装甲を撃ち抜いた。
「フラウ君はそのまま解除を続けて下さい‥‥」
 少し離れた場所で作業をしていたラナは、小銃「DF−700」でワームの前進を阻む。
「ここは終わった。次だ」
 その片付けが終わらないうちに、フラウが立ち上がる。ラナは残りの敵を撃ち落としながらそれに続いた。
 次の爆弾は通路を曲がった先にある事を、センサーが示していた。フラウは手前の壁にぴったりと背を付けると、その先に広がる通路の様子を探った。
 この辺りは前回のルートには入っていなかったらしく、破壊の跡はない。監視カメラやセンサーの類も無傷で残されていた。ただ、前回は中枢近くにある制御室らしきものを派手に破壊したと聞いているから、この装置も動いてはいても実際の役には立っていないのかもしれない。
(敵の動きを見る限り、機能している様には見えないが)
 それでも念の為、目に付いた装置は全て破壊してから爆弾の解除にかかった。
「残り、40分‥‥」
 懐中時計で時間を確認したラナが声をかける。果たして、爆弾はあと何個あるのか。全てを解除する為の時間は残されているのだろうか。
 逸る気持ちを抑えつつ、一行は先へ進んだ。その区画は通路の幅が狭く天井も低い、一見して居住区とわかる作りになっていた。
 その内部に多くの反応があった。同時に人の気配もする。
 傭兵達は顔を見合わせて頷き合った。防弾性能のある車に解除要員を残し、手前にある小さな片開きのドアに身を寄せる。聞き耳を立てていたフラウが、片手の指を全て広げて見せた。少なくとも、中には五人の人間――或いは強化人間がいるらしい。
 装備を確認すると、ドアを開けた傭兵達は素早く身体を滑り込ませた。目に入ったのは応接室の様な広い部屋と、武器を構える男達の姿だった。
 直後、フラウが一歩前へ出る。彼女の外見は、一般的に見れば子供の範疇に入る。真っ当な一般人なら、子供に対する攻撃は躊躇う筈だ。まして彼等の子供が人質になっているなら、何かしらの揺さぶりをかける事も出来るだろう。
「‥‥子供‥‥!?」
 部屋の中にいた五人は、一様に動揺の色を浮かべた。
 その様子を、D・Dは入念に覗う。芝居をしている様には見えないし、武器を持つ所作がいかにも不慣れな様子だった。
 しかし油断は出来ない。強化人間の中にも演技派がいないとは限らないのだ。
「私達は‥‥この部屋に仕掛けられた爆弾を解除しに来たのです」
 ラナが言った。敢えて「この部屋」とする事で危機感を煽る。
「こ、この部屋に!?」
 途端に慌てた様子で辺りを見回す男達に、更にダメ押しでもう一手。
「失礼します‥‥」
 ラナは相手の武器を持つ手元に向かって小石を投げてみた。強化人間ならFFが展開される筈だが、五人とも何の反応も現れない。やはり一般人である事に間違いはなさそうだった。
 しかし、だからといって何か状況が変わる訳でもない。最初の動揺から立ち直った五人は改めて武器を構え直すと、及び腰ながらも傭兵達に向かって来た。
(彼らも引くわけには行かぬだろうしな)
 フラウを後ろに下げる様にして、D・Dが前に出る。爆弾があろうと何だろうと、人質を取られている限りは命令に従うしかない。そして、別働隊からの人質解放の連絡はまだなかった。
(ならば‥‥!)
 D・Dは豪力発現で体力の強化を図ると、目の前にあった大きなソファを二つ、纏めて頭上に差し上げた。更にそれを、床も砕けよとばかりに男達の目の前に下ろし、二段重ねのバリケードを作る。その迫力に気圧されたのか、男達は床に座り込んで呆然としていた。
 今のうちに解除をと、ラナとフラウが動く。
 その間に、D・Dは彼等に話しかけてみた。
「要塞の中に誰でも使える様な通信設備はないか? あれば使わせて貰いたいのだが」
 返事はない。それでも構わず、D・Dは続けた。
「全ての爆弾を解除したら全員を保護する。その時の為に極力纏まって欲しい。もし通信が使えるなら、それで機を知らせる事も出来るのだが‥‥」
 やはり返事はない。人質の解放後でなければ、彼等の協力を取り付ける事は難しい様だ。
 とりあえず伝えるだけは伝え、無線機をその場に置いた。
「どう使おうと、構わない」
 そして爆弾解除を終えて向かった次の部屋でも、状況は似た様なものだった。D・Dは突入と同時にバリケードを作り、敵の進路を塞ぐ。これを易々と越えて来るなら強化人間だ。
 そうしていくつかの部屋を過ぎ、一般人を遣り過ごしながら、傭兵達は居住区を抜けて再び広い通路に出る。
 そこには、一見して今までの相手とは違う空気を纏った者達が待ち構えていた――


「クリスタルミラージュは、イラナイの?」
 ルキアはワームの雲を共和国の上空からじわじわと引き剥がしながら、魔女に話しかけてみた。その姿はまだ取り巻きに隠れて良く見えないが、ジャミングの薄れたレーダーにははっきりと捉えられていた。
 爆弾解除が一時間で終わらなければ、リリアンを攻撃する。ルキアはそう決めていた。勿論、犠牲は出るだろう。目の前の百か、それとも後の千か‥‥選べと言うなら、より少ない方を。だが更に少ない、ゼロという選択肢を作る為に、今は――
「爆弾の場所、教えてくれない?」
 それがわかれば、時間内に解除が終わる可能性が高くなる。そう簡単に教えてくれるとは思えないが、リリアンの性格なら。
「きみが『勝つ』なら、平気でしょ。それとも、怖い?」
『怖い? 笑わせないでよ』
 いかにも人を見下した様な声がコックピットに響く。
 死の恐怖をシラナイで、スリルなんて笑っちゃうケド――そう思いながら、ルキアは続けた。
「あのね、怖いなら怖い、でいいんだよ。双子も怖かった、って」
 キロクしたキオク。そのセカイは、今もここにある。
 リリアンは、どんなセカイを見ているのだろう。
『私をあんなのと一緒にしないで』
「やっぱり、独りが良いの?」
 不思議だっだ。何故『独り』でいいのに『ヒト』の傍にいるのか――
「『集団』の中で『独り』、でもきみは、ヒトを捕える。何故?」
『部品がなきゃ機械は動かないでしょ』
 つまり、ただの労働力という事か。しかし、それだけではない気がする。
「私、ルキアって言うの」
『名前なんか訊いてない』
 しかしルキアは構わず続けた。
「ヒカリって意味。――孤独でいられるモノなんて、無いのに。世界は沢山のイノチで溢れてる」
『なにそれ? だったら私は影でいい。この世界全部、紅い影で覆い尽くしてやる!』
「以前平地だった土地が水没していたのも‥‥君の仕業か」
 リヴァルが訊ねた。
『そうよ?』
 他に誰がいるのだと言わんばかりの返事。
『そうそう、覆い尽くしたのは影じゃなくて水だったっけ』
 ケラケラと笑う声が聞こえた。
 良いぞ、その調子だ。もっと図に乗って、舐めてかかるが良い。だが、そうして優越感に浸っていられるのも今のうちだ。
(リリアン、貴様に告げた言葉を立証する為に、貴様は俺が討つ。今日、此処で‥‥!)
 二人がリリアンの気を引いている間に、兵衛、ケイ、アンジェリナの三機はHWの撃破に専念していた。
 兵衛はK−02の連射で損傷を与えた敵に、UK−11AAMと52mm対空砲「ギアツィント」による追撃を加えて、確実に撃ち落とす。
 ケイは常に上空を確保しながら動き回り、K−02で五機をロックオンしてハッチや推進部を狙う。推力の落ちた相手は僚機にとって格好の的になるだろう。自らもスナイパーライフルD−02による攻撃からブーストで接近、破損部にレーザーガトリング砲を見舞っていった。
 アンジェリナは相変わらず縦横無尽に飛び回りながら、ソードウィングで手近な敵を切り裂いていく。背後を取られても残像回避を織り交ぜながら敵機を撹乱し、反撃で確実に仕留めていった。
『あーあ。ホント頼りになる護衛よね』
 リリアンの声が聞こえた。見れば、紅い機体を取り巻く雲はかなり薄くなっている。今なら手が届きそうに思えた。
 だが、まだだ。まだ連絡はない。
『ねえ、どうしたの? 早く遊びましょう?』
 くすくすと魔女が笑う。
『そっか、爆弾外してるんだっけ。それ待ってるんだ?』
「早く遊びたいなら、教えてくれないかしら?」
 ケイが訊ねるが、返って来たのは『無理』の一言だった。
『教えたくても教えられないわ』


 ――だって、動き回ってるんだもん‥‥


 その声は無線を通じて要塞潜入班にも伝えられた。
「動き回っている‥‥?」
 どういう意味だろうと、ラナは首を傾げる。要塞内を走る電車か、或いはワーム‥‥いや、もしかしたら。
 目の前には強化人間と一般人の混成部隊が立ち塞がっていた。強化人間に自爆用の爆弾が仕込まれている事は周知の事実だが、もしそれが単なる自爆用ではないとしたら‥‥?
 だが、相手は問答無用で襲って来る。何かを聞き出せる状況ではないし、遣り過ごして爆弾解除に向かう事も出来そうになかった。
 強化人間は三人。D・Dが制圧射撃で援護する中、ラナは相手の攻撃を巧みに回避しながら、後方から銃で援護する一般人から引き離す様に動く。その隙にフラウは迅雷で後方に飛び込み、人々の手から武器を叩き落として回った。
 一般人との距離が開いた所を見計らって、ラナが反撃に転じる。武器の軌道を読み、無駄のない巧みな体捌きで回避し、その勢いを乗せたカウンターを叩き込んだ。三人に囲まれれば瞬天足で抜け出し、更に孤立させる方向へと誘導する。
「下がれ!」
 その声にラナが飛び退いた瞬間、D・Dがブリットストームを放つ。直後、入れ替わる様に迅雷で飛び込んだフラウが乙女桜で斬りかかった。
 こちらが優位に立った所を見計らい、D・Dが声をかける。
「爆弾の場所を教えて貰えぬか。ただの予測でも、上の者以外侵入不可の部屋などでも良い」
 起爆すれば彼らも道連れとなる。そこまで忠義を尽くす必要もないだろうと思うのだが‥‥
「答えぬか。ならば、ここで始末させて貰う」
 こちらの動向を漏らされては困る。D・Dはクリムゾンローズの銃口を男の頭に押し付けた。
 その時――
「良いのか?」
 ニヤリ、男が不敵な笑みを浮かべた。
「俺達の、誰か一人の心臓が止まれば、全員の起爆装置が作動する。そうすりゃこの要塞も粉々だぜ?」

 その頃、羽矢子と孫六は中枢部へと急いでいた。時折、広い通路を塞ぐワームの群れに邪魔される事があったが、羽矢子のエナジーガンで道を拓くに留め、相手をせずにそのまま走り抜ける。それでも追いすがってくるものには――
「しつっこいんだよ!」
 羽矢子はアクセルターンを華麗に決めて、真燕貫突を乗せたハミングバードを叩き込んだ。それを更にバイクで引っかけつつ、再びターンして孫六を追う。
 やがて通路の幅が狭まり、孫六にとっては見覚えのある場所に辿り着いた。
「ここが、リリアンを見失った場所?」
 羽矢子の問いに、孫六は黙って頷く。目の前にある扉の奥は、まだ足を踏み入れた事のない未知の空間だった。この向こうには、恐らく大量の敵が潜んでいるのだろう。
「気を引き締めて行くぞ!」
 自分に言い聞かせる様に気合いを入れると、孫六は扉に手をかけた。自動制御らしいが、その装置は前回の破壊活動によって機能を失っている様だ。
 とりあえず、力任せにこじ開けてみようかと思った、その時――
 ドガガガガッ!
 銃弾が弾ける音と共に、ドアの金属が内側から膨れ上がる。思わず脇に飛び退いた瞬間、ドアが弾け飛んだ。煙と共に、そこから数人の人影が飛び出して来る。
「民間人か!」
 孫六が叫ぶ。彼等の顔には見覚えがあった。以前よりも武器の扱いに慣れ、肝も据わっている様に見える。こちらに向ける銃口に、迷いはなかった。
 もう大丈夫だと言ってやりたいが、まだその材料はない。今の所は甘んじて攻撃を受けるしかなかった。
「そのまま攻撃してくれて構わんが、一つ教えてくれ! 爆弾か怪しい装置を見た覚えは無いか?」
「ば、爆弾!?」
 怯えた声が応えた。どうやら、その様子では何も知らないらしいが‥‥
「解った、有難う!」
 それでも礼を言い、孫六は彼等に背を向けた。
「ちょ、ちょっと待てよ! 爆弾ってどういう事だ!?」
 その背を、すがる様な声が追って来る。
「約束が違うじゃないか!」
「どんな約束? リリアンと‥‥」
 羽矢子の問いには、思わぬ方向から返事が来た。
「お喋りな口は閉じておくが良い。出来ないなら、閉ざしてやっても良いのだぞ」
 更に奥へと続く扉から、強化人間が現れた。男四人の影に隠れる様にして、女が一人佇んでいる。物腰の柔らかそうな、儚げな印象だが、彼女も強化人間なのだろうか。
「リリアンの捨て駒か‥‥」
 孫六がぽつりと吐き捨てる。
「爆弾は何処だ?」
 目に見えるものは片っ端から解除して来た。だが、この周辺に爆弾の反応はない。
「でも、この辺りに何もないっていうのは変じゃない?」
 羽矢子は背後の女に向けて問いかけてみた。あの女なら落とせるかもしれない、そんな気がしたのだ。
「あなた達もリリアンの気紛れで死にたくはないでしょ?  それらしいものがある場所を教えて貰えないかな」
「お前たちも要塞諸共に死ぬぞ?! 奴は要塞そのものを、無かった事にする心算の様だしな! そんな奴に義理立ても有るまい? 爆弾は何処だ?」
 孫六が重ねて訊いた、その時‥‥無線機が爆弾の在処についての新たな情報を伝えた。
 やや遅れて、人質解放の報が入る。
「‥‥ほ‥‥本当か‥‥!? 子供達は無事なのか!?」
 聞き耳を立てていた男達の問いに、羽矢子が笑顔で頷いた。
「救助活動の事、黙っててごめんね」
 俄兵士の手から、武器が音を立てて転がり落ちる。皆、腰が抜けた様にその場に座り込んでしまった。
 さあ、次は強化人間達を解放する番だ。
「あなた達に仕込まれた爆弾を解除する方法は? どこかにある筈でしょ?」
 暫しの沈黙が流れる。やがて、意を決した様に女が口を開いた。
「‥‥付いて来なさい」
 背を向けて歩き出す。驚いたのは他の強化人間達だった。裏切り者と罵るかと思いきや‥‥
「お前、知ってるのか‥‥!?」
 その顔には驚きと共に、安堵と喜びの表情が見え隠れしていた。恐らく他の者には知らされていなかったのだろう。だから戦って死ぬか、爆破されるか、そのどちらかしかないと自棄になっていたのかもしれない。
「さあ、早く!」
 罠の可能性は低いと見た二人は、女に促されて奥の部屋へと急いだ。


 タイムリミットの一時間が、間もなく過ぎようとしていた。
 紅い魔女は、もう手を伸ばせば届きそうな所に見える。
 まだか。魔女が痺れを切らさないうちに、早く――
『こっちは終わったよ!』
 その思いに応えるかの様に、羽矢子の元気な声が響いた。
 解除成功。五機のKVはその声を合図にブーストをかけると、紅い機体との距離を一気に詰めた。
「‥‥人質を取らなくては俺達と満足に戦えないとは、とんだ臆病者も居たものだな」
 早速、兵衛が挑発に出た。
「自分の実力を過大評価し過ぎたんじゃないのか? 所詮は井の中の蛙。これまで穴蔵に籠もっていたのは賢明だったな」
 言いながら、UK−11AAMと8式螺旋弾頭ミサイルを交互に撃ちつつ接近し、肉薄したところでスラスターライフルを撃ち込む。
 だがその全ての攻撃を、紅い機体はまるで曲芸の様な動きでかわしてしまった。反撃のプロトン砲が四方八方に広がり、兵衛の翼を掠めていく。
『なによ、エラソーなコト言って。あんたこそ前と全然変わんないじゃない』
「いや、違うな」
 兵衛の背後には仲間達がいた。変わり映えのしない攻撃と油断させた所で、仲間達が集中攻撃を加える。流石に致命傷とはならないが、彼女のプライドを傷付けるにはこれで充分だろう。
『‥‥やったわね?』
 リリアンはふんと鼻を鳴らし、楽しそうに笑ってみせる。
『じゃあ、約束通り壊しちゃおうっと』
 起爆装置のスイッチを入れた。
 だが‥‥何も起こらない。何度スイッチを入れ直しても、何の反応もなかった。
『‥‥そう。あいつが‥‥裏切ったんだ?』
 妙に冷めて、落ち着いた声が喉から漏れた。
 ただひとり、秘密を知っていた‥‥誰かに似た、あの女。
『ママは、また‥‥あたしを捨てたのね』
 ぽつりと呟く。それはまるで、別の人格が言わせたかの様だった。
 次の瞬間。紅い機体が変形し、魔女の姿になる。
 その後背から触手が伸び、敵味方を構わず突き刺さったかと思うと、そのまま回転する様に振り回し始めた。触手で繋がれた機体は遠心力によって弾き飛ばされ、周囲の機体を巻き込んで散る。
『‥‥ママは、あたしがキライ‥‥』
 頭髪の様な触手を振り乱したまま、肩を落とす様にして中空に浮かぶ魔女。その姿には鬼気迫るものがあった。
 どうやら本気を出したらしい。だが、それで怯む様な傭兵達ではなかった。
「貴様の都合の為に‥‥一体何人死んだ‥‥」
 リヴァルが静かに問う。
「‥‥貴様だけは、落とす!」
『あら、さっきはキミだったのに、今度はキサマ?』
 ヒドイじゃないと笑いながら、魔女は触手を鞭の様に使って接近を阻みつつ、収束フェザー砲で攻撃を加える。リヴァルはそれを避けつつブーストで接近し、試作型「スラスターライフル」で弾幕を張った。
 その背後にはアンジェリナの機体がぴたりと貼り付いていた。リヴァルの指示に従い、その機体を狙う様に長距離バルカンを放つ。
 リヴァルはその瞬間にVTOLで高度を上げ、隠したバルカンの射線を露わにした。と、魔女の機体もそれに倣う様に高度を上げる。リヴァルの機体が真後ろに回って高度を戻した時、魔女は頭上から見下ろす位置にいた。
 ここからコックピットを狙うのは難しいか。そう思ったが、構わずPRMシステム・改で攻撃を上げるとソードウィングを展開、下から斬り上げた。
 翼に手応えを感じ、振り返る。見ると、魔女の足が斜めに切り裂かれていた。
『へえ、やるじゃない』
 聞こえた声に焦りは感じられない。
 しかし、周囲を飛び回りながらチクチクと嫌がらせを続けていたケイは、くすりと笑った。
「気付かない? リリアン。貴女‥‥必死よ?」
『黙れ!』
 どうやら図星だったらしい。余裕の態度は演技だったか。
(‥‥やっぱり、万全じゃない)
 リリアンは焦っていた。ステアーの反応が鈍い。いつもなら羽根の様に軽く、手足の様に動いてくれるのに‥‥今日はまるで熱でもあるかの様に、重い。
(まだ、休んでなきゃいけないのに‥‥!)
 しかし、傭兵達は構わず追撃を加えた。
 今度はアンジェリナが前に回り、リヴァルが援護に付く。
 命中を高めたリヴァルのK−02全段発射の隙を突いて、アンジェリナは軽量小型G放電装置による放電を織り交ぜながら接近を試みた。
(LHへ来て初めて撃墜された相手‥‥リリアン)
 ずっと脳裏に残り続けて来たステアーの血のような赤。これまで幾度か挑み、その全てで撃墜されてきた。
 これはこれまでの自分への清算でもあり、最初で最後の文字通りの私闘。リリアンとの、否、自分自身との戦い。克己。彼女を越えて初めて、この四年間の自分を超える事ができるのだから――
 触手とプロトン砲が飛び交う中、機体に衝撃を感じつつも残像回避を駆使して懐に潜り込む。至近距離からのプロトディメントレーザー、そして翼の一閃。
「これが私の‥‥LHでの全て! 私は自分自身を超えるためにここに居るッ!」
 その一撃は、既に傷付いていた魔女の片足を切り落とした。
 その間もリヴァルからの攻撃は休む事なく続けられ、好機と見たケイはプロトン砲の発射口に向けてK−02を全弾撃ち込んだ。
 魔女の髪が膨れ上がり、千切れ飛ぶ。続いて少女の叫びが辺りに響き渡った。
『いや‥‥いやあぁぁぁっ!』
 ステアーの調子さえ万全なら、こんな無様な姿を晒す事はないのに。
『私はあんた達の支配者よ!? 私を匿いなさい! ステアーを治しなさい!』
 石狩共和国に向けて言っているのだろうか。しかし、返答はなかった。
『お願い、治して! あたしのお人形‥‥ベティちゃんを、治してよ!』
 すすり泣きが聞こえる。それはもう、多くの人間の命を奪ってきた強敵の姿ではなかった。
『ねえ、だれか‥‥たすけて‥‥!』
 しかし、攻撃の手を緩める訳にはいかなかった。リリアンは少女の人格に振り回されながらも、狂った様に攻撃を続けていた。今ここで墜とさなければ、犠牲は更に増えるだろう。
(私の攻撃は、味方の攻撃を当てるタメのモノ)
 ルキアは比較的隙の多い下方に滑り込むと、その腹部を貫く様にピアッシングキャノンを撃ち放った。
 一瞬、リリアンの意識がそこに集中した。
 その機を逃さず空中変形したケイは、『SES−200』 オーバーブースト改Bを使い練剣「オートクレール」で損傷部を一撃、素早く元の形態に戻ると、そのままI−01「ドゥオーモ」の百発に及ぶミサイルを至近距離から叩き込む。
 紅い欠片が、千切れて飛んだ――

『‥‥ママ‥‥パパ‥‥!』


 要塞では、残された無線機によって状況を知った人々が自主的に集まり、救出を待っていた。
 残された通常の爆弾も、ラナが瞬天足を駆使して探し回ったお陰で全て見つけ出し、解除する事が出来た。爆弾を仕掛けられていた強化人間達も僅かな延命を望んで投降したという。
 引き離されていた子供達にも、もうすぐ会える。
 北の大地は、魔女の軛から解放されたのだ。



 ベティは紅い髪をした人形。孤独な少女にとって、ただ一人の友達だった。
 かつて少女がその時を止めた際に、人形は小さな腕の中にあった。
 そして今、人形の懐に抱かれて少女は再び時を止める。
「リリアン‥‥独りぼっちの可哀相なリリアン‥‥」
 少女の魂は、北海道の空に遊ぶ。
 遠い祖国と、父母の姿を夢見ながら――