●リプレイ本文
そう言えば、今年は海に来ていなかった。
毎年恒例という事もないし、寧ろ来ない年の方が多かった。それに、来たところで特にこれと言ってする事も無いのだが‥‥
「まあ、たまにはバグアから離れてのんびりしたい時もあるんだ、うん」
潮風を胸いっぱいに吸い込み、太陽の眩しさに目を細めながら、時枝・悠(
ga8810)は大きく伸びをした。
「‥‥なのに何かキメラとか居るんですけど。どういうことなの?」
ほんの少し、声に怒気がこもる。
白い砂浜を覆い尽くして、緑の絨毯が広がっていた。スイカだ。しかし、それが普通のスイカではない事は、監視塔に付けられたスピーカーから流れる『あのスイカはキメラです。危ないですから一般の方は近付かないで下さい』のアナウンスを聞かなくてもわかった。
折角の息抜きが台無しだが、嘆いていても仕方がない。これはこれで、とことん楽しむのが大人の対応というものだ。
「どうせやる事も無かったしね」
悠は大太刀「紅炎」を抜き放ち、構える。面倒臭いから目隠しはナシだ。
「どうせなら対物ライフルで吹っ飛ばすとかすればストレス解消に良いかなー、とか思ったけど‥‥」
キメラがいるなんて思わなかったし、普通のビーチにそんな物を持ってきている筈もない。
じゃあ、今やる気満々で刀身を揺らめかせているソレは何だって? それは、その‥‥ほら、こんな物騒な世の中だし、護身用とかそういうアレだ。でなければ大人の事情的なアレだ。若しくは傭兵の嗜みとか。
そんなわけで、いざスイカ割り。手にしているのが棒ではなく刀である事以外は、ごく普通のスイカ割り。多分。
まずは試しに、軽く斬り付けてみる。
「‥‥逃げた?」
そうか、そういう事をするのか。スイカのくせに生意気な。それならこちらも、相応の対処をさせて貰おうか。
紅炎を軽く振り、スイカが逃げた方向を見定めてソニックブームを飛ばす。ぶしゅっという音がして、真っ赤な臓物‥‥いや、果肉が飛び散った。
次の目標には剣撃で怒濤の連続攻撃を叩き込んでみたり、わりと本気なご様子。と言うか、スイカ相手にどんだけ大人気無いんでしょうか。
「いいの、子供なんだから」
開き直ってスイカを狩り続ける、外見年齢18歳でありました。
少し離れた所からそんな様子を見ていたミシェル・オーリオ(
gc6415)は、呆れた様子で肩を竦めた。
(‥‥どういう原理で動いてんのよ。ったく)
ビキニを着てタオルを下げたその身体からは、何とも食欲をそそる良い匂いが立ち上っている。匂いの元は、その手に持った焼きトウモロコシならぬガトリング砲「モロコシ」だった。なんと、焦げた様なコーティングが施された上に、タレをたっぷりかけられている。まるで本物の焼きモロコシの様に見えた‥‥その大きさ以外は。
「ま、形から入るってのも大事よね?」
ミシェルはその美味そうな銃身をスイカ達に向けて構えた。
「‥‥食べるかしら? そもそもアンタらに口があるのか知らないけど」
とりあえず撃ってみる。案の定、外皮も中身も盛大に飛び散って見るも無惨な姿になってしまった。
「やっぱりね」
そこでミシェルは近くのホームセンターで買ってきた特大ビニール袋を取り出した。スイカの上から被せてひっくり返すと、何の抵抗もなく袋の中に収まる。
どうやら、そうして「収穫」される事は想定外だったらしい。スイカは次々と袋に入れられ、手近な海の家の軒下に吊り下げられた。ビニールに入ったそれは、遠目から見るとスイカ模様のパンチングボールに見えなくもない。
一列に並んだ袋詰めのスイカに向けて、強弾撃で威力を上げたモロコシガトリングをぶっ放した。
これで飛び散りは最小限に抑えられる筈。だと思う。
「はい、食べたい奴は食べな? おいしいか知らないけど。ふふ」
海の家の奥に避難していた人達に勧めてみるが‥‥
「いや、あの。そう言われましても‥‥」
破れたビニールから赤い雫が滴るそれをどうやって食べろと。というか、とても食べ物には見えなかった。
やはり得物がガトリング砲じゃ、ちょっと無理か。下に敷いたビニールシートで浮けた汁を集めればジュースにはなる、かもしれないが。
「飲む?」
勇気のある人は、どうぞ。
そしてスイカをいたぶる事で準備運動を終えたミシェルは、無傷なスイカを抱えて海の中へ。
「口、あんのかしら? 呼吸でもしてるって言うのかしらね」
どうやらスイカを沈めてみるつもりらしい。
「‥‥と。台詞間違ったわね。一緒に海につかりましょう? きっと楽しいわよ。ふふ」
巨大スイカに覆い被さり、体重をかける。が、スイカはぷかぷかと波に浮いたまま、頑として沈もうとしなかった。
こうなったら豪力発現で沈めてやろうか。沈める意味が違う気はするけど。
(スイカが溺死でもしたら傷つかずにただのスイカになる‥‥。そうなったら海の家の親父に売り込みでもしようかしら)
巨大スイカをビーチボール代わりに波間を漂いながら、ミシェルはそんな事を考えていた。
果たしてどうなる事やら‥‥?
宗太郎=シルエイト(
ga4261)は、砂浜の隅っこで膝を抱えていた。
別に黄昏れている訳ではない。リア充バリバリの新婚さんが黄昏れる筈もない。ただ、その新妻を連れて来なかったことを、ちょっぴり後悔しているだけだ。
しかし、連れて来なくて正解だったかもしれない。何故なら‥‥
「ふむ‥‥そこまで難しくもない動き‥‥でしょうか?」
ものすごーくのほほんと、スイカキメラの観察をしていた宗太郎に、黒い影が忍び寄る。
「宗太郎、彼女はきちんと朝起きれているかね?」
「‥‥あ、母さん‥‥」
振り向けばそこには、この炎天下にいつもと同じ格好をしたUNKNOWN(
ga4276)が紫煙をくゆらせていた。ロイヤルブラックの艶無しのフロックコートに同色の艶無しのウェストコートとズボン、兎皮の黒帽子、コードバンの黒皮靴と共皮の革手袋、パールホワイトの立襟カフスシャツ、スカーレットのタイとチーフ、古美術品なカフとタイピンというお馴染みのスタイルは崩さない。崩してはならない。見た目がどれだけ暑苦しく、また実際に暑かろうと、涼しい顔で泰然と構える。それがダンディズムというものだ。
そして宗太郎は、彼の事を何故か「母さん」と呼んでいた。
黒ずくめの男のお母さんは、口元に笑みを湛えながら静かに言葉を紡いだ。
「まだ、あの子には料理を教えきっていない」
大人の事情で名前は出せないが、あの子とは宗太郎の新妻の事だ。
「おかあさんは、この結婚を認めんぞ!」
いきなり、宗太郎の足下で火炎弾が炸裂した。焼けた砂が舞い上がり、頭上から降り注ぐ。
見ると、UNKNOWN母さんの手には超機械「カルブンクルス」が握られていた。
「‥‥なるほど、食前の運動をより激しく、と。大好きですよ、そういうの」
楽しげに微笑みつつ、宗太郎はゆっくりと立ち上がった。準備運動を終え、気合一発。
「っしゃあ! いっちょ暴れっかぁ!!」
覚醒すると、スイカキメラの群れに飛び込んだ。小銃「シエルクライン」で片っ端からスイカを撃破しながら走る。
その後を追ったUNKNOWNは得物の射程を活かして宗太郎の進行方向にあるスイカを撃ち砕き、汁を飛ばして目潰しや足場の阻害を狙った。ついでに宗太郎の手足を撃ち抜きそうになるが、気にしない。いや、寧ろそれが狙いだった。
(可愛い娘を奪った宗太郎、許さん)
UNKNOWNは本気だった。とりあえず重体にさえならなければ良い。少々やりすぎたとしても、こっそり練成治療をかけておけば良いのだ。なに、練力なら有り余っている。
「‥‥そういう事かよ!」
事情を察したらしい宗太郎も反撃に出た。これは普通のスイカ割りではない。それなら‥‥!
「おぉーっと色々滑ったぁ!!」
手近なスイカに瞬天速で加速しつつ接近すると、その勢いのまま蹴り上げ、中空で掴んでUNKNOWNの頭上からぶん投げた。
「へへ、悪ぃ悪ぃ。つい色々滑っちまって♪」
しかし、その程度の攻撃で怯む母ではない。反撃とばかりに手近なスイカを投げつけ、相手の逃げ場を削ぐ様な位置で撃ち砕く。スイカキメラも、まさか自分達がこんな戦いの道具にされるとは考えてもみなかった事だろう。
二人は周囲のスイカを容赦なく巻き込みながら、場所を変えつつ戦いを続ける。
さて、どこまで行くのだろう‥‥?
その頃、スイカ畑のもう一方の端ではミリハナク(
gc4008)が首を傾げていた。
「何か予定と違いますわね? 激しい闘争があると聞いていたのですが‥‥」
大量のスイカキメラが転がっている以外は、ビーチは平和そのものだった。少なくとも、視界に入る範囲では。
UNKNOWNに誘われて来たものの、肝心の彼からは何の連絡もなく、待ち合わせの正確な場所も時間もわからない。何をする予定なのかも、よくわからない。
しかし、ここでぼんやりしていても時間の無駄だ。探しに行くのも手間だし、適当にリゾートを楽しんでおこうか‥‥そのうち向こうから見付けてくれるかもしれないし。
そんな訳で、ミリハナクは持参した各種リゾートグッズを広げて浜辺に自分の城を築き始めた。レジャーシートを敷き、ビーチパラソルを立てて、滅斧「ゲヘナ」をこれ見よがしに傍らに置き、アンチマテリアルライフルG−141とM−183重機関銃を地面に設置して準備完了。
「んー、とりあえずキメラみたいですから、狩り尽くしましょうか」
ビーチパラソルの下でライフルや機関銃を構え、目に付いたものから撃ち抜いていく。食べる気はないので、手加減は一切なしだ。その、たかがスイカキメラを相手にするには大袈裟すぎる殲滅戦用装備の火力に任せて粉砕する。
「ふふふ、赤い果汁が血の海みたいになって素敵ー♪」
不謹慎? いやいや、問題ないでしょ。だって相手はキメラだし。
暑いし日焼けはしたくないから、日陰から出てまで戦う事はしない。射程内の砂浜を瞬く間に血の海に変えると、もう撃つものがなくなってしまった。
ここで待っていれば、向こうのスイカが勝手に押し寄せて来たりはしないだろうか‥‥どこぞの古い侵略ゲームの様に。或いは‥‥
「西瓜がたくさん集まって巨大キメラに合体とかしないかしらねぇ。あの程度の力では物足りないですわ」
しかし、いくら待ってもスイカは押し寄せても来なければ、合体もしてくれなかった。
その代わり、何やら死闘を繰り広げながら近付いて来る人影が――
「ミリハナク、立派なメロンを2つ持っているのに、まだ欲しいというのか」
声と同時にレジャーシートが吹き飛び、ビーチパラソルが転がった。
「UNKNOWN‥‥」
いつもの服装は砂やスイカの汁でかなり残念な事になっているが、態度だけは常と変わらない彼が、そこに居た。
なるほど、激しい闘争とはこの事か。
「そういう事なら、こちらも本気でお相手して差し上げますわ」
にっこり微笑んだミリハナクは斧と機関銃を手に取ると、破壊された自陣を飛び出した。そのまま斧で斬り付けつつ、機関銃を乱射する。
キメラどころかワームですら破壊する威力だったりするその攻撃を受けて、UNKNOWNは満足そうな笑みを浮かべた。
「流石凶悪な竜だ、ミリハナク」
血の海、いやスイカ汁の海を駆け抜け、比較的足場の良い波打ち際へ走る。待ち構えていた宗太郎と追いすがるミリハナクの間に挟まれ、二人を相手にしながら、UNKNOWNは楽しげに舞った。持ち前の素早さを殺さず、まるでソシアルダンスを踊る様な華麗なステップで‥‥
「はっはっはっ! たまにはこういう戦いもいいモノだ」
‥‥いや、巻き込まれた方は堪ったものじゃないんですけど。
「うむ、巻き込まれたキメラにはアーメン、だな」
いや、キメラだけじゃなくて‥‥
「なんかスイカ割りに誘われて来てみたら‥‥キメラかよ」
スピーカーから流れるアナウンスに耳を傾けた漸 王零(
ga2930)は、溜息混じりに呟いた。
「で、UNKNOWNは‥‥何してんだ?」
遠くで繰り広げられている死闘を他人事の様に眺め、王零はその場に座り込む。例によって、UNKNOWNからは誘っておいて何の連絡もない訳だが‥‥彼の事だから、きっと何かを企んでいるに違いない。そのイタズラに警戒しつつ、王零は自分なりのスイカ割りプランを考え始めた。
「ただ割るってのも面白くないからな‥‥」
砂の上に指先で『1)競技会風』『2)球技大会風』と書いてみる。それぞれの下から線を引き、競技会風には三つの分岐を作った。
『・射撃部門:一定時間でどれだけ数を潰せるかを競う』
『・斬撃部門:切断面のきれいさを競う』
『・打撃部門:どれだけ派手に粉砕したかを競う』
「‥‥三部門の合計ポイントで優秀者を決める‥‥とかな」
球技大会風は、そのまんまの意味で球技スポーツのボールをスイカキメラで行うものだ。例えばスイカビーチバレーとか、スイカビーチサッカーとか。
「球技の種類は参加人数によって決めるとして‥‥」
王零はざっと砂浜を見渡してみる。人影はそう多くない。一般人は立ち入り禁止の筈だから、全員が能力者だろうが‥‥果たしてどれくらいの参加が望めるだろう。
「ま、強制参加で良いか。人数が多いほど楽しいしな」
ぶっちゃけ面白ければそれで良いのだ。
などと考えていた、その時‥‥砂浜の向こうから嵐がやって来た。
「さぁーて、派手に降らせようか! 赤い雨をよぉ!!」
スイカ密集地帯へ瞬天速でいち早く突貫した宗太郎が、天地撃を上乗せした十字撃で大量のスイカを空に打ち上げ破裂させる。ぼとぼとべちべちょ、赤い雨は王零の頭上からも容赦なく降り注ぎ、折角書いたスイカ割りプランは跡形もなく埋もれ、或いは赤い川に流されてしまった。
そこに飛び込んだUNKNOWNがカルブンクルスの火炎弾を所構わず撒き散らし、広範囲を破壊し尽くす。
更にはミリハナクの機銃掃射が容赦なく炸裂し‥‥
「何か近くの方が賑やかやねぇ‥‥」
騒ぎを聞きつけた藤堂 媛(
gc7261)が首を傾げる。身に纏った鮮やかなオレンジ系のビキニと、ハイビスカス等の柄が入った赤系のパレオが目に眩しかった。
「え、スイカのキメラ?」
何それ。媛は一緒に避暑を楽しみに来ていた二人の友人と顔を見合わせる。
「‥‥折角のバカンス、なのに‥‥」
ラナ・ヴェクサー(
gc1748)が、いかにも残念そうに呟いた。夏の休暇代わりに皆で遊ぶ予定だったのに、邪魔をするとは‥‥スイカキメラ、許すまじ。
「早々に‥‥片付けませんと、ね」
ラナの背後で、何やら黒いオーラが揺らめいている。キメラのせいでバカンスの中断を余儀なくされ、フラストレーションを溜めまくっている様だ。
「ヴェクサーさん‥‥その怒りはキメラにぶつけて下さい‥‥ね」
八つ当たりをされてはかなわないと、キア・ブロッサム(
gb1240)がくすりと笑う。
「キア君こそ‥‥うっかり手を滑らせたり‥‥しないで下さい、ね」
この二人、喧嘩するほど仲が良いという見本だろうか。顔を合わせば冗談と皮肉を言い合ってはいるが、それは互いに勝手を知った者同士のちょっとした言葉遊びとでも言うか、それもまた大切なコミュニケーションのひとつなのだ。表面上はいがみ合っている様に見えても、決してそうではない。こうしてバカンスを共にしている事が、仲良しさんである何よりの証拠だろう。
だからこそ‥‥それを邪魔したキメラには、きっちりと代償を払って貰わなくては。
水着の上に日焼け対策としてパーカーを羽織ると、三人は声のする方へ走った。
「別に人とか襲いよらんけど、何であんなん作ったんやろ?」
首を傾げつつ、媛は周囲の人々に声をかける。
「まずは怪我した人‥‥あ、居らんの?」
居ないならキメラ退治に‥‥と思ったら。
居ました。しかも結構な重傷者が。一体何をしたら、こんな砂だらけのスイカ汁まみれ、海水でぐしょぐしょの血塗れになるんだろう。
しかも、この人達‥‥傭兵? スイカ退治に来た人?
このキメラ、人は襲わないと聞いたのに。あの情報は偽りだったのだろうか。
「‥‥え、キメラのせいやないの?」
その問いに頷いたのはUNKNOWNだった。
「すまないが、練成治療を持っているなら治療を施して貰えるだろうか」
どうも、王零が持っていた救急セットだけでは怪我の治療に間に合わなかったらしい。こっそり練成治療というUNKNOWNの密かな企みは、脆くも崩れ去っていた。
そう、UNKNOWNともあろう者が、何たる事か練成治療のスキルをセットし忘れていたのだ。
これでは思う存分に身体を動かしてストレス解消するどころではない。手加減しなければ、辺りは本物の血の海になりかねなかった。
でもまあ‥‥もう充分に楽しんだ気もするし。ここらで少し休んだ方が良いんじゃないかな。
もしくは普通にスイカ割りをしてみるとか。
そして颯爽とキメラ退治に向かったキアとラナの二人は、ごく真面目に仕事をこなしていた。
「邪魔した‥‥分、攻撃で返しますから‥‥っ」
バカンスを邪魔された恨みの為、ラナの二刀小太刀「花鳥風月」を握った手には自然と力が入る。瞬天足でスイカ畑に飛び込むと、鋭刃で確実に攻撃を当て、離れた相手にはエアスマッシュを叩き込んだ。
キアも負けじと、拳銃「バラキエル」とサーペンティンを駆使して真面目すぎるほど真面目にキメラを狩った。
しかし‥‥何かおかしい。手応えがなさすぎる。
「本当にキメラなのでしょうか‥‥?」
首を傾げた所に、治療を終えた媛が弾む足取りでやって来た。
「ウチもキアちゃんらの手伝いしよかなー思て」
そう言いながら羽子板を振り回す媛は、友人達の様子を見て首を傾げた。
「このキメラ、そんなに危なないん?」
こくこく、頷く二人。
そうか、危なくないのか。それならと、媛は何か閃いた様子で顔を輝かせた。
「あ、二人ともスイカ割りやってみん?」
‥‥え?
「日本の夏の風物詩なんよー、目隠ししてクルクル回ってから、周りの人に誘導して貰てスイカ割るんよ〜」
呆気に取られる二人を尻目に、媛はスイカ割りの様子を実演付きで解説してみせた。
ああ、やっぱり癒やされる。この人と居ると、どうしてこんなにほわほわと良い気分になるのだろう。お陰で、どんな無茶な提案にも喜んで従ってしまいそうだ。
実際、二人とも喜んで‥‥かどうかは知らないが、とりあえずやる気になっていた。
「それも‥‥日本の文化、ですか‥‥」
キアが真面目な顔で頷いた。
「ま‥‥害も無さそうですし。少しなら体験してみますのも、ね‥‥」
と、ラナの背を押した。
ここは最初に同意した人が率先してやるべき所ではないのだろうか。でも、ラナもすっかりその気になっている様だし‥‥良いのかな、うん。
「ほしたら最初はラナちゃんからやね!」
媛はいそいそとラナの背後に回り、目隠しを付けてやった。そして、くるくる、くるくる‥‥
「え‥‥? っ、きゃふっ」
ちょっと目が回る。ラナにとっては、目隠しをする本格的なスイカ割りはこれが初体験だった。
でも、ちょっと待って。スイカ割りって羽子板で叩くものだったっけ‥‥?
しかし、この中で由緒正しいスイカ割りの作法を知るのは、ただひとり。その彼女がコレを使えと手渡したのだから、間違いはないのだろう。きっと、多分。
仲間の声に導かれ、よろよろふらふら‥‥
「見えぬとは言え‥‥動かぬ的、でしょう‥‥?」
四苦八苦する姿を見て、キアはくすくすと笑いながら思いっきり上から目線で言う。
「五月蝿いですね‥‥っ」
このスイカ割りという遊戯、見た目はただの遊びの様に見える。だがこれが如何に難しく、かつ精神の修養を必要とするものかは、実際にやってみなければわからなかった。
競技者を導く声が正しいとは限らない。偽りを見抜き、心眼を研ぎ澄まし、見えないものを見る――これぞスイカ割りの極意!
――ばこーーーん!
見切ったとばかりに思い切り叩き付けた羽子板はしかし、見事に砂を舞い上げた。
「そんな‥‥」
目隠しを外し、ラナは呆然とスイカを凝視する。何故だ、心の目には確かにスイカの姿が見えていた。次の瞬間、粉々に砕ける様まではっきりと見えていたのに。
「次は私の番‥‥ですね。では‥‥鮮やかに決めて見せましょう、か」
ふふんと鼻を鳴らし、キアは余裕の表情で羽子板を受け取った。しかし‥‥
――ばふんっ!
盛大に舞い上がる砂。目隠しを外すと、それ見た事かと言わんばかりの表情をしたラナと目が合ってしまった。
「今のは‥‥ほんの小手調べ、です」
こほんとひとつ咳をして、キアは次の競技者に羽子板を渡した。ほら、全員が楽しむ前に終わっちゃったら申し訳ないし?
「最後はウチやね。見とってよ、一回で割るけんね!」
盛大に失敗フラグを立てた媛の結果は、やっぱり見事な空振りだった。
結局、上手く割れるまで交代でぐるぐるぐるぐる‥‥お互い罵り合い、笑い合い、キャーキャー騒ぎながら、スイカ狩りは続く。端から見れば楽しく遊んでいる様にしか見えないのだが、本人達はこれでも仕事をしているつもりらしい。これはあくまでキメラ退治なのだ。この後で思い切り遊ぶ為に、この場に居るスイカを狩り尽くすのが彼女達の使命なのだ。
(‥‥本来、仕事を重視して将来を謳歌する筈だったのに、私も変わりましたね‥‥)
遊ぶ為に働く自分を思い、ラナは小さく笑みを漏らす。今こうして満ち足りた時を過ごす事が出来るのは、友人達のお陰だった。こんな自分も、悪くない。
やがて慣れて来た三人は、目隠しをしたままでも確実にスイカを叩く事が出来るまでに上達した。周囲には既に、無傷のスイカはない。
ラナはそのひとつを小太刀で適当な大きさに切り分けると、一口食べてみた。所詮はキメラ、どうせ味の方は大した事ないだろうと思っていたのだが‥‥意外に美味い。
「どうです‥‥美味しいですよ‥‥?」
友人達にも差し出してみた。これが炎天下でさんざん汗をかいた後でなければ評価は違っていたかもしれない。しかし、例え薄めすぎたスイカのシロップをかけた生ぬるいかき氷の様な味だったとしても、今の三人にとっては渇いた喉を潤す極上の甘味に思われた。
やがて水分補給も済み、体力も回復して来ると、このまま残りの時間をボンヤリと過ごすのは勿体ない気がしてきた。
「‥‥折角の余暇も潰れましたし、ね」
そんなキアの言葉に異議を唱える者はいなかった。今までさんざん遊んでいたとは、誰一人として考えなかったのだ。
「次なんしよかー‥‥あ、羽突きやってみよか!」
「「‥‥羽根突き‥‥?」」
突拍子もない媛の提案に、キアとラナが図らずも声を揃えた。
「‥‥そう言えば‥‥」
キアは色々と言いたい事があったのを思い出した。
「何故羽子板持っているのです‥‥」
「それに‥‥なぜ、この時期に‥‥?」
ラナも重ねて問う。しかし媛は、のんびりおっとり、いつもの様にマイペースな笑顔で答えた。
「元々そのつもりで持ってきとったしねぇ、ちゃんと1セットあるんよ!」
いや、そういう事じゃなくて‥‥
「やり方はバトミントンみたいな感じやね〜」
そういう事でも、ないんだけど‥‥
もういいです、負けました。やりましょう、羽根突き。
「うん、しよかー」
にっこにっこと、媛が楽しそうに笑う。この笑顔には勝てない。勝てる気がしない。勝とうとも思わない。
「では‥‥ラナさんから」
例によってラナの背を押すキア。余りの展開に理解が追い付かず、唖然呆然としていたラナの手にラケットならぬ羽子板を握らせて‥‥はい、試合開始ー。
「‥‥ぇ‥‥? ‥‥あの‥‥?」
事態が飲み込めず、右往左往するラナの頭上に羽根が飛んでくる。
「こ、これを打ち返せば‥‥?」
――カコーン!
初めての競技とは言え、そこは能力者。ラナは見事に打ち返し、ラリーを繋げた。しかし、やはり慣れた者には敵わない様で‥‥
「あ、失敗したら本当は墨で落書きされるんやよー。まぁ墨は持って‥‥」
「‥‥と、墨はありませんけれど‥‥」
キアが浜辺に置いた荷物から何やら取り出して来た。
「メイクセットの口紅、なら」
それにしても、顔に墨とは可笑しな国だと思いつつ、代用になりそうな口紅を渡す。
「あ、口紅とかあるんやったらソレで書こか!」
はい決定。
「‥‥ぇ‥‥ええ‥‥っ!?」
「‥‥ある物は仕方ありませんし、作法に則りまして、罰を御受けなさい、ね‥‥」
口紅が作法に則っているか否かは、とりあえず置くとして。
苦笑いを浮かべつつ、キアは抵抗するラナのほっぺに真っ赤なぐるぐる渦巻きを書き入れた。
「あら‥‥よくお似合いですよ‥‥?」
極上の微笑みを向けられ、ラナはぷっくりと頬を膨らませた。
「それなら‥‥次はキア君の番、ですよ‥‥?」
負けた方が交代するのだと、キアの手に羽子板を押し付ける。
「遠慮したく思いますけれど‥‥」
「あ、次はキアちゃんが相手やね!」
喜んではしゃぐ媛の姿を見れば、嫌とは言えなかった。
「ま‥‥負ける気はさらさらありませんけれど、ね」
ふふりと笑って盛大にフラグを立てつつ、キア参戦。
「戦うんやったら敵わんけど、こういうんやったら負けんけんね!」
迎え撃つ媛にもフラグが立った。果たしてこの勝負、どちらに軍配が上がるのか‥‥!?
(でもやっぱり、藤堂君が勝ちそうですね‥‥)
二人の勝負を見つめながら、ラナはくすりと笑った。こうして他愛もなくはしゃぐ時間が、とても楽しい。
(このまま長く続けばいいのですけど‥‥ね)
その頃、他の場所では‥‥
「さて、と」
比較的無事なスイカを見繕い、UNKNOWNは宗太郎やミリハナク、王零を交え、何事もなかったかの様に自然体で慰労会を始めた。
「これはスイカと言ってだね、塩をかけると甘みが増すのだよ」
元々水っぽくて甘みが薄いスイカキメラには、余り効果はなさそうな気もするが。それでも、そこそこ美味しく感じる程度には、誰もが疲れ、乾いていた。
しかし、スイカよりもかき氷が食べたいと、その場をこっそり抜け出した約一名‥‥
一方スイカと遊ぶのに飽きた悠は、ぶらぶらと浜辺を散策していた。
しかし暑い。先程よりも気温が上がっている気がする。早く日陰に入らないと、うだってテンションが下がりまくる‥‥
「人払いしてあるけど、近場でやってる海の家とか無いのかな」
‥‥あった。でも何か、軒先に不気味な代物がぶら下がってるんですけど。あれは何? なんだかちょっと、スプラッタな感じがしないでもない。
‥‥まあいい。他に日陰もない事だし、気にせず行ってみよう。
近付いてみると、それはビニール袋に入ったまま潰された哀れなスイカ達だった。
店の奥から話し声が聞こえる。やがてひとりの傭兵が肩を竦めながら現れた。
「ま、そんなうまい話が在る訳ない、か」
ミシェルはすれ違いざまに悠に向かってちらりと視線を投げると、小さく微笑んでそのまま出て行った。
どうやら、溺死させたスイカキメラを売り付ける為の商談は成立しなかったらしい。まあ、いくら溺死させたとは言え、元がキメラである事は知られている訳だし‥‥そもそも、本当に死んでいるのかどうかも定かではなかった。
沈める事には成功したが、スイカキメラが普通に肺呼吸をしているとは思えない。と言うか、そもそも一応は植物な訳だし‥‥
いや、深く考えるのはやめておこう。それよりも、残った時間は気ままに海水浴でも楽しもうじゃないか。
ひらひらとタオルを振りながら海へ向かうミシェルの後ろ姿を見送ると、悠は店の主人に声をかけた。
「カキ氷とかヤキソバとか出来る?」
折角海まで来たのに、スイカだけというのも寂しいし。それに、スイカじゃ腹は膨れない。
「あ、出来る? じゃあヤキソバと‥‥何が良いかな」
「かき氷ひとつ、シロップはお任せで」
メニューを見て迷っているうちに、脇から声がかかった。どうやらさっきまで海岸で死闘を演じていたお仲間らしい。
かき氷を手に空いた席に腰を掛けたその人物‥‥王零は、悠に目を留めた。
「腹ごしらえが終わったら、競技会に参加しないか?」
「競技会?」
問い返した悠に、王零は説明を始める。砂に書いた構想は消えてしまったが、頭の中にはちゃんと残っていた。
「まぁ、断る権利はないけどな」
何だそれ。でも、悠としても他に何か目的がある訳でもないし、まあ良いか‥‥
そんな訳で、突如として始まった第一回能力者対抗スイカキメラ競技会。
「言い出した手前、まずは我から手本を示すとするか」
最初は射撃部門。巻き込んでくれたお返し‥‥かどうかはさておき、UNKNOWNにストップウォッチを持たせて時間を計りつつ、遠距離から小銃「FEA−R7」で次々と撃ち抜いていく。悲鳴の様な音が、平和なビーチに響き渡った。
続く斬撃部門では綺麗に切るために最速の一撃を求め、魔剣「ティルフィング」を上段に構えて敵の動きを見切り、一気に真っ二つにする。が、それでも‥‥満足の行く出来ではなかった。
「甘いな‥‥」
今度は電磁加速抜剣盾鞘「レールガン・天衝」を用いた高速抜刀で真っ二つに。なんだかちょっと反則くさい気もするが、まあ良いか。
最後の打撃部門は‥‥要はひたすら派手に飛び散らせれば良い訳だ。結構適当にけたぐったり、剣で叩いたり、小銃を押し当てて零距離射撃で粉砕してみたり‥‥
以上、エントリーナンバー1、漸王零選手による模範演技が終了しました。
さあ、これを超える技を持つ者は、果たして現れるのでしょうか。そして、続く球技大会の行方も気になります。
しかし残念な事に、放送終了の時刻が迫って参りました!
という訳で、気になる結果はわからないままとなってしまったが‥‥
恐らくは各種目とも、大いに盛り上がった事だろう。たとえ結果はわからなくても、皆が楽しんだならそれで良いのだ。
そしてキメラの脅威は去った。遊んでばかりいる様に見えた能力者達だったが、それは世を忍ぶ仮の姿。遊んでいる様に見えても、やる事はきっちりとやっているのだ。例えそれが、結果オーライ的な何かであったとしても。
この世に能力者がいる限り、悪のキメラが栄える事はない。
使命を果たして満ち足りた彼等の歓声が響く浜辺に、真っ赤な夕陽が静かに落ちて行った‥‥