タイトル:【HD】魔女の復活マスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/08/06 03:26

●オープニング本文


「‥‥ほんっと、ウルサイわね‥‥」
 うるさい。日本語では「五月蠅い」とも書く。
 ブンブンワンワンと飛び回るハエの集団。ハチやアブとは違って刺される事はないが、とにかく鬱陶しい。
 今、この旭川に集まっている人類側の勢力がまさにそれだ。
「ろくな戦力もないくせに、数で押せば何とかなるとでも思ってるの? そんなんだから‥‥」
 何かを言いかけて、少女は「ふんっ」と鼻を鳴らした。
 この旭川の地を制して三年余り。その後は大した動きもないままに、ただ時だけが過ぎていった。
 あの中立を保つ、何とか言う共和国にしても‥‥好きにさせておけば何か面白い事が起きるかと思っていたが、一向に何かが起きる気配はない。
「あーあ、退屈。つまんない」
 少女は大きな椅子に体を預け、拗ねた子供の様に細い足をぶらぶらさせた。

 今や人類も勢いを付け、バグアの母星にさえ迫ろうかという所まで来ている事は、彼女も知っている。
 なのに、ここは何も変わらない。
 最近になって多少は動きがあった様だが、それとて些細な変化にすぎなかった。

 この地は、人類に見捨てられたのだろうか。
 それとも、たかが小娘一人いつでも叩けると、そう思われているのか。
 だとしたら‥‥人類も随分と偉くなったものだ。

「‥‥それで? あのハエ達は、ただウルサくブンブン飛び回ってるだけ? それとも、何か他にあるの?」
 金色の豊かな髪を派手に揺らしながら、少女は腰を上げた。
 久しぶりに、軽く動いてみようか。
 それで、敵が満足の行く相手だったら‥‥本気になってやっても良い。
 そうでなければ‥‥

「この島、まるごと吹っ飛ばしちゃおうかな」

 楽しげな声と共に、紅い魔女が旭川の空に舞い上がった。

●参加者一覧

榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
セラ・インフィールド(ga1889
23歳・♂・AA
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
リヴァル・クロウ(gb2337
26歳・♂・GD
石田 陽兵(gb5628
20歳・♂・PN
ラス・ゲデヒトニス(gc5022
45歳・♂・EP
ニーナ・クーア(gc5600
15歳・♀・DF

●リプレイ本文

「北海道、久しぶりだな‥‥何も変わっちゃいないのか」
 旭川の上空を目指して飛ぶリヴァティーのコックピットで石田 陽兵(gb5628)が呟いた。
 眼下に広がる景色は、今のところ陽兵の記憶にあるものと変わりない様に見える。
 富良野の駅で会ったあの人達は、どうしているのだろうか。ふと、そんな思いが頭に浮かぶ。今回の任務と直接の関係はないが、そんな事を考えるうちに緊張が解れてきた気がした。
 先行部隊が成功していれば、富良野の周辺にも穴が開いている筈だ。余裕があったら、その辺りの様子を見ておくのも良いかもしれない。
「‥‥北海道の空を飛ぶのも何年ぶりになるんだろうな」
 雷電の座席に身を預け、榊 兵衛(ga0388)が言った。
 この前飛んだのは、千歳の上空だったか。
「後回しにしていたとはいえ、北海道を我々の手に取り戻す契機が来たようだし、この偵察行は必ず成功させなくてはなるまい。全力で当たることとしよう」
 その時、各機の通信機から先行部隊の戦果報告が聞こえて来た。
 それによると、襲撃は成功。ただ、北西側の方が敵の被害は大きかった様だ。
 加えて、新たな情報がひとつ。二年前までは無事に存在していた筈の富良野が‥‥湖の底に沈んでいたという。
「‥‥!」
 陽兵の操縦桿を握る手が、ぴくりと震えた。
 つい先程、思いを馳せていた地。それが、既にない‥‥? あの人達は、どうなった‥‥?
 いや、今はそんな事を考えている場合ではなかった。任務に集中しなければ。陽兵は急いで意識を引き戻した。
「さて、どっちから行くかな」
 ウーフーIIIで出撃したラス・ゲデヒトニス(gc5022)が思案する。ここはやはり、少しでも大きな穴が開いた方から入るべきか。
「出来れば、石狩共和国から離れた方のルートが良いでしょう」
 アッシェンプッツェルGHのセラ・インフィールド(ga1889)から通信が入る。
 他の仲間達も同じ意見だった。現状で彼等を刺激するのは得策ではない。
 留萌港を出て深川の上空に差し掛かっていた八機の編隊は、機首を東へ向けた。

 眼下に連なる緑の尾根を越える。対空砲火もジャミングもなかった。
 先行部隊にここまで破壊を許したという事は‥‥リリアンはかなり頭に来ているに違いない。頭に来たついでに分別をなくし、単機で突っ込んで来る様な無茶をしてくれれば、まだ楽なのだが。
 やがて見えて来た、巨大な湖。その透明度は高く、水面は静かに波打っている。湖底に沈んだ旭川市街の様子は、高空からでも見て取る事が出来た。
 湖面に差し込む光に揺れる、都市の化石。見たところ、破壊や損傷の跡はない。まるで、つい先程まで人々が日々の生活を営んでいた、そのままに時が止められ、水の底に封じ込められた‥‥そんな風に見える。
 だが、敵はじっくり観察する暇も、感傷に浸る余裕も与えてはくれなかった。レーダーに現れた、無数の反応‥‥同時に妨害電波も復活した。
「梟の目は見逃さねぇぞ」
 ラスが強化型ジャミング中和装置『梟の目』を起動させる。これは味方の能力を強化すると同時に、一度捕捉した敵の追跡監視を行うことが可能になる、ウーフーIII独自のシステムだ。
「ゾロゾロと、取り巻きを連れてお出ましか‥‥こいつは、引っ剥がすのも楽じゃなさそうだぜ」
 湖の対岸から姿を現した無数のHW。その背後に見え隠れする、深紅の影。
 リヴァル・クロウ(gb2337)は、その姿を目に焼き付けようと、射貫く様な視線を向けた。
 ‥‥四国に北海道。ついに日本奪還戦も此処まで来た。四年前のあのころとは違う。日本に生まれた者として。この地を、日本を奪還する。
 もう、好き勝手はさせない。
「‥‥‥‥」
 百地・悠季(ga8270)は僅かに肩を竦めると、複合ESM「ロータス・クイーン」を作動させた。レーダーから敵の種類と数、迎撃方向を読み取り、僚機に指示を出す。
「‥‥各機散開。さぁ、paybacktimeだ」
 言うが早いか、リヴァルはシュテルン・Gに搭載したPRMオフェンスコンボで攻撃力を上げ、手近な五機のHWに向けてK−02小型ホーミングミサイルを撃ち込んだ。
「まずは、邪魔な護衛機を減らしておきましょうか」
 続けてセラもまたステアー付近の敵をロックし、K−02の段幕を張った。
 その後を追う様に、更に一団のK−02が空を切って飛ぶ。兵衛が撃ち込んだものだ。間髪を入れず、もう一団のミサイルが同じ標的を狙う。
「リリアン・ドースン‥‥幼いながらにして凶悪なバグア」
 フェニックスの操縦桿を握った手に力を込め、ケイ・リヒャルト(ga0598)が呟いた。
「いいわ、相手になってあげる」
 ケイはすぐさまブーストで上空に躍り出て、太陽を背に受けた。間髪を入れずにK−02を連射する。ミサイルの軌道はステアーと、その上空に貼り付いたHWに向かっていた。
 敵の編隊は前方と上空から小型ミサイルの集中砲火を浴びる。小さな黒い粒が集団で襲いかかる様は、スズメバチの群れの様にも見えた。
 ステアーを守る護衛機は、その初撃で十機余りが脱落して行った。
 そこに追い打ちをかける様に、二方向からGP−9ミサイルポッドが射出される。ピュアホワイトXmasに乗った悠季と、クルーエルのニーナ・クーア(gc5600)が放ったものだ。
 既にダメージを受けていた数機が、制御を失って湖に落ちて行く。
 しかし、ステアーのコックピットにちんまりと収まったリリアンは、その光景を目の当たりにしても動じなかった。
『数で来ればどうにかなるとでも思ってるの?』
 その姿が、幼い少女から大人の女性へと変わって行く。
『どんなに集まったって、ハエはハエでしょ』
 蹴散らしてやる。護衛など要らない。部下がしつこく言うから連れて来たが、結局は足手纏いでしかない。こんな奴等、自分ひとりで十分だ。
 未だ爆発の硝煙が残る空域から、紅い尾を引く機体が姿を現した。
『おいで? 遊んであげる』
 その声に応える様に、兵衛が接近を図る。尚もステアーを守ろうとする手負いの数機に誘導弾と対空砲を浴びせ、通路をこじ開けた。
「‥‥全力でぶつからなくてはステアー撃退の突破口は開けないんだしな。ここは撃墜させるつもりで挑むことにしよう」
 まだ距離があるうちから誘導弾と対空砲を連射しつつ、ブーストで一気にステアーの鼻先まで迫る。その瞬間、スラスターライフルが火を噴いた。
 が、先程まで紅い機体が占めていた空間に、もうその姿はない。代わりに無数の小型ミサイルが尾を引いて迫る。回避の直前にステアーが放った置き土産だ。
 兵衛はブースターをフル稼働させて、どうにかそれを振り切る。しかし、ステアーの姿は既に射程圏外に逃れていた。
 だが、それで良い。紅い魔女の相手は自分だけではないのだから。
 魔女が姿を現した先では、ケイとリヴァルが待ち構えていた。
 ステアーの回避行動を予測し、リヴァルが真っ正面から攻撃を仕掛ける。その後方から、ケイが支援に入った。
『正面から来るなんて、良い度胸じゃない? それとも馬鹿なの?』
 リリアンが薄笑いを浮かべる。紅い機体の前面から淡紅色の光線が閃き、何本もの光の矢となってリヴァル機に襲いかかった。
 その瞬間、ケイの機体からスナイパーライフルが放たれる。弾道が交差する直前、リヴァルは四連バーニアをフル稼動させ、ブーストを併用して高度を上げた。そのままステアーの上方を通過すると、反転、高度を下げつつ背後から攻撃を加える。
「昔のままだと‥‥思わない事だ‥‥!」
『そうね、少しはマシになったみたい』
「この日本から駆逐して見せる。貴様を、バグアの全てを」
『そう、楽しみね』
 軽口を叩きながら、リリアンは余裕で回避する。これなら少しは楽しませてくれそうだ。ギリギリの所で死闘を繰り広げながら、結局は無傷で勝利を収める‥‥それが彼女が求める理想の戦いだった。
 しかし、その余裕は長くは続かないだろう。過去の戦闘から、ステアーは燃費が悪いとリヴァルは考えていた。ならば攻撃を当て続け、FFを使わせる事で練力切れに追い込む事が出来る筈だ。
「ステアーも伝え聞く話から変わってるかもしれませんね‥‥気をつけましょう」
 言ったそばから、深紅の機体がニーナの視界いっぱいに広がる。予想以上に高い機動力だ。
 だが、こちらも負けてはいない。簡易ブーストにツインブースト空戦スタビライザーを併用して素早く距離を取り、高分子レーザー砲「ラバグルート」を撃つ。
 当たらなくても構わない。味方全体で絶間なく攻撃する事で敵の集中力を削ぐ事が出来れば、勝機は見える筈だ。
 仲間達が攻撃を畳みかける中、悠季はブーストにヴィジョンアイを加えたフルブラストを連続稼働させ、敵の動向を探っていた。探っている事を、隠しもしない。敢えて相手に意識させているのだ。
 そうして、敵武装の破壊効果範囲を割り出し、射程の延長線上まで効果を発揮させる攻撃の兆候を察知して、即座に周囲へ注意を促す。
『ちょっとアンタ、邪魔よ!』
 戦う気がない者に用はないとばかりに、リリアンが叫ぶ。同時に、HWが悠季を取り囲む様に押し寄せて来た。
 それを察知した悠季は囮覚悟で空域を離脱、随伴機対応の仲間のもとへ誘導する。
「こちらは任せて下さい」
 悠季に追いすがるHWの更に背後に回り、セラがプラズマライフルの引き金を引く。別方向から近付く敵にはファランクス・アテナイで弾をばら撒き、確実に片付けて行った。
 ステアーへの対処も重要だが、その前に護衛を片付けておく事も重要だ。ステアーとの交戦中に邪魔をされては致命傷になりかねない。
 なかなか数の減らないHWを相手に、陽兵は高性能ラージフレアで攪乱し、すぐさまブーストで加速する。それを繰り返しながら動きに緩急を付け、相手の感覚を狂わせようという試みだ。
(北海道解放の先駆けとなるこの作戦、失敗は出来ない)
 失敗、それは即ち自分が成長していない事になるから。
(過去の苦汁を、今の美酒にしてみせる)
 陽兵の動きに翻弄されたHWは、アグレッシブ・ファングで威力を高めたレーザーライフルML−3で止めを刺された。それでも抵抗をやめない敵の攻撃をバレルロールで回避しながら、量産型G放電装置で放電現象の立体に押し込める。それをD−03ミサイルポッドの弾数に勝る攻撃により面で押し出し、ライフルで点を撃ち抜いた。
 その間も、ラスは梟の目で味方全機を支援しつつ、レーザー砲「凍風」 で攻撃を加えて行く。
 電子支援機が落とされてしまうと、味方戦力が格段に下がってしまう。つまり、自分は狙われやすいという訳だ。それを逆手にとって、ステアーの周囲から邪魔な護衛機を引き離す。大型ドロップタンクは既に切り離してある為、その動きは軽やかだった。
(どうやら、知覚兵装が減衰されている気配はないか)
 ボリビアでの戦いの際には、湖水に知覚兵装を減衰させる敵が潜んでいたが、ここには居ないらしい。やはり舐められているのかもしれないが、それならそれで構わなかった。
 舐めてかかった事を、後悔させてやる。
「もっとも、悔いたところでもう遅いがな」
 取り巻きはあらかた片付けた。今度は全員で、魔女を叩く番だ。
『八対一、ね』
 リリアンは、ふんと鼻を鳴らす。
『それで有利になったとでも?』
 紅い機体が人型に変わる。と、背後になびかせた髪の様な触手が扇状に広がった。
『纏めてひねり潰してあげる』
 金属質の輝きを帯びた触手が八機のKVに迫る。しかし、その手は何も掴めずに空を切った。
 魔女は腹立ち紛れに取り逃がした獲物を睨み付ける。その視界が一部、煙幕によって遮られた。その程度で機動が鈍る筈もないが、鬱陶しい事は確かだ。
 今度は兵衛と組んだリヴァルが、その突撃を援護した。ブーストを使った疑似慣性制御を活用し、次の攻撃に移ろうとする魔女の死角に回り込む。それを見たリヴァルは、わざと甘い攻撃を仕掛けた。思った通り、それを余裕で回避したステアーだったが‥‥その先に、兵衛が居た。
 リリアンの左腕に痛みが走る。生温かい液体が腕を伝い、床に落ちた。
『何、これ‥‥』
 違う。こんなの違う。絶対に違う。このリリアン・ドースンが血を流すなんて‥‥!
 紅い魔女が動きを止める。
 その機を逃さず、傭兵達は攻撃を畳みかけた。
 上空に位置したケイが、ステアーの破損部を狙ってレーザーガトリング砲を撃つ。相手が立ち直る隙を与えず、急降下しながら威力を上げたドゥオーモで傷口を抉った。そして再び上昇に転じると空中で人型に変形、すれ違いざまに練剣「オートクレール」の一撃を叩き込む。
 その攻撃に合わせて、ニーナがSESエンハンサーで知覚を増幅したラバグルートをねじ込んだ。ついでに、残ったGP‐9の全てをばら撒き、続く味方の為に攻撃の機会を作る。
 その機を逃さず陽兵とラスが攻撃を仕掛け、セラもまた、この時の為に温存したツヴェルフウァロイテン・改を起動して間合いに飛び込んで行った。
 それを援護しようと、悠季が煙幕の切れたところを狙ってG放電を放つ。
 その時、ふいにステアーが動いた。爆発する様な勢いで伸ばした触手が、弾丸の如く飛ぶ。何機かのKVが避けきれず、機体を抉られた。
 しかし、それ以上の追撃はない。紅い魔女は伸ばした髪をだらりと垂らしたまま、宙に浮かんでいた。
『何よ‥‥何なの、これ‥‥っ』
 リリアンが呆然と呟く。
 逃げなければ。
 このままでは殺される。
 人間に殺される。
 そんな馬鹿な。
 有り得ない。
 間違ってる。
 嘘だ。
『いやあぁぁぁっ』
 瞬間、紅い魔女の姿は視界から消えた。
 いや、消えた訳ではない。レーダーには北へ向かうその姿が、はっきりと捉えられていた。
「‥‥ステアーが絶対的な存在だった時代はすでに過ぎ去ったのかもしれないな」
 呟いて、兵衛が後を追う。仲間達もそれに続いた。

 紅い機体は無防備に北上を続けていた。
 どうやら水中に潜る事はないらしい。外輪山を越え、深い谷に沿って北上を続けている。
 逃げるステアーが後ろを気にする様子はないが、その場所の防空網はまだ生きていた。
 今の消耗した状態でその中に飛び込むのは危険すぎるが、ここまで来て手ぶらで帰る訳にはいかない。
 悠季が機体のカメラを起動させ、ステアーの後を追った。余力を残している仲間が護衛に付く。とは言え、防衛網を潰す事は現時点ではまず無理だし、さほど重要でもない。ここはなるべく無傷で駆け抜け、敵基地に関する情報を確実に入手し、無事に持ち帰る事が最優先事項だ。
 ステアーの行き先だけではなく、外輪山や浅い水面下などの防空システムやアグリッパ、敵機出撃ハッチ等の配置を出来るだけ詳しく調べておきたい。そうすれば、次の戦いを多少なりとも有利に進められるだろう。
 事が済めば、そのまま北に抜けて留萌へ帰還する。
 次にこの場所を訪れる、その時こそ――