タイトル:つるつるかめのこマスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/07/24 22:40

●オープニング本文



 郊外を走る鉄道の、終点に近い駅。
 その駅前ロータリーは設備こそ最新で、デザインも大都市に負けない洗練されたものだったが、真夜中を過ぎて駅のシャッターが閉められた後は、途端に夜の闇に閉ざされる。
 歩く人の姿も見えず、客待ちのタクシーさえない。住宅地へと続く駅前通りも、僅かに街灯の明かりに照らされるだけ。ものの数分も歩けば、そこはもう田畑の中に住宅地が点在するだけの田舎町だった。

 そんな町で、最初の事件は起きた。
 田舎と言えど、朝夕の通勤時間にはそれなりの混雑を見せる駅前ロータリー。今朝も始発が出る時間帯に合わせて、続々と車が集まって来る。
 この駅の利用客は、殆どが駅に併設されている駐車場を利用していた。車はロータリーを半周ほど回って、駐車場の入口へ‥‥
 ところが。
「何だ、こりゃ?」
 夜のうちに誰かが悪戯をしたものか、路面にはタワシの様な、楕円形でちょっと平たいものが幾つも転がっていた。
「ったく、近頃のガキどもはロクな事をしやがらねぇ」
 ワルガキの悪戯と勝手に決めつけた男は、気にする事もなく障害物の中に車を進めた。どうせこんなもの、タイヤで轢いてしまえばペシャンコだ。後片付けは清掃業者がやってくれるだろう。
 しかし――
 車のタイヤがその物体に乗り上げた瞬間。
 ――パァン!
 破裂音がして、車がガクンと揺れる。ハンドルが利かない。
「な、何だ!?」
 ドライバーは必死で立て直そうとするが、今度は反対側の前輪が破裂した。
「うわあぁぁぁっ!!」
 左右の前輪がパンクした車は、まるで氷の上を滑るようにキリモミしながら車道脇の防護柵に突っ込んで行く。後続の車が急ブレーキをかけたが、スピードは落ちなかった。
 朝の空気を震わせて、爆発音が響く。
 玉突き衝突を起こした車から、真っ赤な炎が上がっていた。


 その事故が起きたのが、一週間ほど前の事。
 以後、同様の事故はその沿線で、殆ど毎日の様に起きていた。

「これが、その原因らしいのですが‥‥」
 UPC本部のモニターに、小さな物体が映し出される。
 それはカメの様な、タワシの様な‥‥まあ、キメラである事は疑いない。
「本部ではこれに、亀の子タワシキメラと名付けました」
 オペレーター、セオドア・オーデンが真剣な眼差しを向け、深刻な口調で語る。笑ってはいけない。言っている本人だって、必死に笑いを‥‥そして恥ずかしさを堪えているのだから。
 それは名前の通り、昔ながらの椰子の繊維を束ねて作ったタワシと、カメを合体させた様な形状をしていた。
 真上からの写真では、カメの甲羅の周囲に茶色い椰子の繊維が生えている様に見える。しかし、真横からはごく普通のタワシにしか見えない。何かの弾みで引っ繰り返った写真では、腹の皮の周囲に椰子の繊維が生えていた。
 つまり、カメの甲羅と腹の皮でタワシをサンドウィッチにした状態、と言えば良いだろうか。手や足は見当たらず、頭も尻尾もない。前も後ろもよくわからなかった。
 ただし、このタワシは椰子の繊維などというヤワなものでは出来ていない。繊維の一本一本はハリネズミの針よりもまだ堅く鋭く、車のタイヤなど軽く貫通するだけの強度があった。
 カメと聞くと、つい踏んづけて倒したくなる向きもあるだろうが、このカメは下手に踏みつけようものなら、それはもう痛いなんてものでは済まなくなるだろう。
 ‥‥まあ、そこは靴底を鉄板か何かで強化するか‥‥もしくは能力者の気合いで解決出来るかもしれないが。
「調査の結果、甲羅の部分は非常に堅く、攻撃を跳ね返す性質がある様です。タワシの部分も攻撃を通しにくい構造になっている様なので、通常の攻撃は余り効果が無いものと思われます」
 しかし、そこはやはり期待通りと言うか、何と言うか。
「ただ、上からの圧力には弱い様ですので‥‥」
 やはり、踏んづけるのが最も効果的らしい。
 ただし。敵もそんな弱点を晒して、ただ踏まれるのを待っているほど甘くない。
「このキメラは、腹の下から油のような液体を出すのです」
 なるほど、言われてみれば今までの事件では車が有り得ない速度でツルツルと滑っていたらしい。そして引火、爆発。
「この液体は非常に粘性が低く、それが撒かれた場所はどんなデコボコの砂利道であろうと、摩擦係数が限りなくゼロに近付き‥‥こうなる訳です」
 モニターの画面が切り替わる。
 そこには、温泉旅館のゲームコーナーでお馴染みのエアホッケーの如く、高速で移動し、ぶつかり合う亀の子タワシの姿が‥‥!
 ――コンコンカコンカコンカカカコンッ!
「少し突ついただけで、これです」
 そして更に画面が切り替わると、そこには液体を撒かれた地面の上を歩く‥‥いや、歩けない。滑って転んで、起き上がろうとしてまた転び、そこに亀の子タワシの特攻を喰らって悲鳴を上げる人の姿が映し出されていた。
 じっと立っているだけでも、少しでもバランスを崩せば‥‥ツルン。歩こうとして足を出しただけでも、ツルン。飛び上がろうとして重心を変えただけでも、ツルン。
 ‥‥これで、どうやって‥‥あの高速で飛び回るカメの甲羅を踏んづけろと言うのか。
「そこは‥‥気合いですよ、ね!」
 セオドアが、憎たらしいほど爽やかな笑顔を見せた。
 能力者なら、少し練習しただけでコツを掴んで、スケート選手のように華麗に滑れる様になるだろう。多分。
 ジャンプは‥‥出来るかどうか、わからないけれど。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
秘色(ga8202
28歳・♀・AA
ガーネット=クロウ(gb1717
19歳・♀・GP
D‐58(gc7846
16歳・♀・HD

●リプレイ本文

 駅前ロータリーに、トゲトゲの黒っぽい物体が散乱していた。
 それは、遠目にはウニかイガグリの様に見えない事もない。もしそうなら、さぞかし腹一杯に食べられる事だろう。
 しかし、それは煮ても焼いても食えない、亀の子タワシキメラの大群だった。
 彼等はまだ動かない。腹の下から特殊な液体を垂れ流しながら、獲物がかかるのをじっと待っているのだ。


●ドクター・ウェスト(ga0241)の思惑
「けっひゃっひゃっ、我が輩はドクター・ウェストだ〜」
 お馴染みの怪笑を発しながら、ウェストは広場の中州に段ボールハウスを作っていた。もしかして、ここに住むつもりなのだろうか。しかも段ボールハウスって‥‥、‥‥え、違う? 家じゃないの? じゃあ何?
「それは、出来てからのお楽しみだね〜」
 吸気防護マスクを付けたウェストは、先見の目で仲間を援護しながら、枠組みが出来上がったらしい段ボールの傍らで、何やら怪しげな液体を混ぜ合わせている。
「桃姫でも雛菊姫でもナンデモいいよ〜」
 半ば呆れ顔でタワシの群れを眺めつつ、ぐるぐるぐるぐる。そして、出来上がった液体を段ボールの中に流し込んだ。なるほど、これは型枠なのか。でも、何の?
「まあ、慌てないことだよ〜」
 一休み、一休み。
「果報は寝て待てと言うからね〜」
 もっとも、英国紳士たるものは待ち時間も優雅に過ごさねばならない。
 という訳で、いざティータイム。
 何が出来上がるかは‥‥待て、暫し。

●秘色(ga8202)の衝動
(タワシ亀でも良い気はするがのう‥‥)
 亀が先かタワシが先か。そんな事を考えながら、歩道に立った秘色は無秩序に散らばったタワシの群れを見つめていた。
 いや、そんな事はどうでも良い。それより、この散らかり具合はどうだ。どこかのウッカリな配達員が荷物をぶちまけてそのままバックレた様な、或いは今時流行らないタワシの在庫処分に困ったどこかの店主がヤケクソで捨てて行ったかの様な。実を言えば、天然素材のタワシは近頃その良さが再認識されたとかで、結構売れているとかいないとか。だから売れないのは商売のやり方に問題が‥‥と、それは置いといて。
 うずうず、むらむら。心の底から沸き起こる、この衝動!
( 片 付 け た い )
 秘色はアルティメットフライパンを上段に構えつつ、ロータリーに一歩、足を‥‥いや待て。ここは滑ると聞いた。路上をじっと見ると、ぬらぬらてらてらと、いかにも滑りが良さそうな輝きを見せているではないか。
 これは、少し慎重に準備をせねばなるまい。
(こけた拍子に道具が滑っていっては敵わぬからのう)
 フライパンとバトルモップに紐を付け、腰に結んでおく。そうそう、足下の強化も忘れてはいけない。健康サンダルが脱げては一大事と、包帯を巻き付けて固定する。いつ如何なる時でも靴を履かないのが、秘色の拘りなのだ。

●ガーネット=クロウ(gb1717)の考察
「これは一体、何を目的にして作られたキメラなんでしょう」
 無表情に首を傾げるガーネット。タワシ部分も生きているのか。ウニのように棘が動くのか。
 歩道の上から、じぃっと見つめてみる。動け、と念を送ってみる。
 本来は動く事のない静止画像などでも、じっと見ていると動いている様に見える事があるものだが‥‥このタワシは、どうも判別し難かった。
 目的も、よくわからない。そもそも、こんなものに何か使命とか目的とか、そんな崇高なものがあると考える事自体が間違っているのかもしれない。
「いつもながら、バグアの考える事は良く判りません」
 つんつん。そこらにあった棒の先で突っついてみる。
「手のひらサイズで、高速で動くのですよね?」
 動き出した。高速の名に恥じない猛スピードで。そんなに力一杯押したつもりはないんだけど。
 そうして眺めている間にも、タワシはあっちにぶつかりこっちで跳ね返され、タワシ仲間を次々と巻き込みながら動き回る。
 ロータリーは、もうすっかりカオスな空間と化していた。

●D‐58(gc7846)の突撃
 カコンカコンと甲高い音を響かせるロータリーに、颯爽と現れた一人の戦士。
 AU−KVアスタロトを装着したD‐58は、冷静沈着かつ超クールに周囲を見渡し、状況を把握した。
「敵性体を多数確認‥‥」
 周囲に髪の様なオーラを揺らしながら、武器を取り出す。
 それは、硬質でクールで厳めしいAU−KVには‥‥ちょっと、いや、かなり似合わない‥‥と言うか、そのミスマッチ加減が見る者を更なる恐怖に陥れる‥‥かもしれない、ピコピコハンマー。戦闘用に強化はしてあるけど‥‥でもピコハン。アスタロトのクールな仮面に、ピコハン。シュールだ。
「任務開始、これより攻撃に‥‥‥‥‥‥って、きゃあ!?」
 ――つるーん!
 滑った。コケた。そのまま、勢いよくロータリーを驀進するピコハンの女神。
 自らも道路の縁石で跳ね返りつつ、その硬いボディで周囲のタワシを跳ね返し、D‐58はどこまでも滑り続ける。もう止まらない。止まれない。
「きゃあぁぁ‥‥っ」
 クールさ台無し。
「ど、どなたか、たす、け‥‥!」
 果たして、この状況で助けられる者はいるのだろうか!?


●遭難救助?
 ロータリーの阿鼻叫喚を横目で見ながら、ウェストは段ボールの型枠を外し始めた。
 出来上がったのは、柔らかいウレタン製の大きな筏。
「やわらかいものに刺されば反射はしないだろう〜」
 うん、その着眼点は流石だ。周囲にトリモチを貼り付けたアイデアも、なかなかのもの‥‥だけど。
 筏の中には段ボール製の簡易更衣室まで作られていた。その壁に取り付けたハンガーにはパーティードレス二着とプリンセスセットが掛けられている。これは‥‥何の為に用意したのだろうか。
 まあ、とりあえずそれは置いといて。
「ウェスト・タイタニック号、発進だね〜」
 口ひげを付け、赤い帽子を被ったウェストは、舳先に立って高らかに宣言した。機械槍「ロータス」 を櫂にしてロータリーを進む。まあ、櫂などなくても勝手に進むのだが‥‥しかも超高速で。
 ウレタン筏はあちこちにぶつかり、跳ね返されながら、狙い通りにタワシをくっつけていった。
 そして、予想外のものまで‥‥
「きゃあっ!?」
 D‐58が、釣れた。いや、トリモチにくっついた。
 しかし、勢いは止まらない。筏にくっついたまま、D‐58は滑り続ける。
 これ、どうすれば止まるんだろう。例の豪華客船とは違って、沈む事はないものの‥‥止まれないのは、困る。
 それでも何とか踏ん張って、ウェストは中央の広場に近付いた瞬間を見計らい、槍の柄を土に突き刺した。慣性の法則に従おうとする筏を、渾身の力を込めて岸に繋ぎ止める! その足下から次々と花開く、憎悪の曼珠沙華!
「ぐうぅぅぅっ!」
 ‥‥止まった。筏の動きが止まった!
「あ、ありがとう、ございます‥‥」
 トリモチをはがし、既に気力も体力も使い切った風に筏の上に這い上がるD‐58。その目に飛び込んで来たのは、ハンガーに掛けられた豪華絢爛なドレス達‥‥
「あの、これは‥‥?」
「我輩はただの休息地帯を作っただけだね〜。別に着ろと言うつもりはないがね〜」
 ‥‥そ、そう、なんだ‥‥?
「まあ、『タイタニック』だしね〜」
 もしかして、綺麗どころと並んで風に吹かれてみたいとか。
 しかし、ウェストの言葉をきっちりと額面通りに受け取ったD‐58は、丁寧に礼を言うと筏を下りてしまった。
 ‥‥あら残念?

●華麗なるタワシ退治
 ウェストとD‐58が筏でランデブーと洒落込んでいた頃、準備を終えた秘色は歩道を歩きながら獲物を目で追っていた。
 超高速で動き回る小さな相手の動きを捉えるのは難しいが、暫く見ていれば目も慣れる様だ。一匹に目星を付け、意気揚々と車道へ一歩踏み出す。
「さて、片付け始めると致そうかぁぁぁ!?」
 つるん、すってーん!
 転んだ。やっぱり転んだ。期待に違わぬ、天晴れ見事な転びっぷりだ。
 そしてやっぱり、そのままの格好でロータリーを何処までも滑って行く。しかし、転んでもただでは起きない‥‥いや、起き上がれなくてもどうにかするのがオカン魂なのだ。
 仰向けに引っ繰り返った秘色は、どうにか体を返して腹這いになると、周囲を滑るタワシをモップの穂先でブロックし、そのモジャモジャでタワシの棘を絡め取った。そして、素早くフライパンを取り出すと、滑り続けたまま‥‥
 ――バチコーン!!
 潰れた。モップに絡まって身動きが取れないまま、亀の子タワシキメラはフライパンで叩き潰された。
 その間も腹這いで滑り続けているが、気にしない。
 そして、潰れたキメラをくっつけたままのモップの先を歩道のフェンスに引っかけ、どうにか動きを止める。
 これは少し、滑る練習をしてからの方が良かもしれない。
 フェンスに手を突きながら、そろり、そろり‥‥つつー。お、良い調子だ。
「ふんふふーん♪ 慣れれば楽しいもんじゃの。それ片付け片付け〜♪」
 秘色は鼻歌交じりに滑りながら、手にしたモップで次々とタワシを絡め取っていく。もはや四方八方、どの方角にも死角はない。ステップ、ターン、そして華麗にスピン! タワシをくっつけたモップを高々と掲げて回る! そしてフィニッシュはモップを体で支え、フライパンに持ち替えて、バチンバチコーンバチコーン!
 歩道には潰れたタワシが次々と積み上げられていった。
 その様子をじっと観察していたガーネットだが、車道に足を踏み入れるのは少々躊躇いがある様だ。だってスカートだもん。転んだら‥‥見えるよね。パンツじゃなければ恥ずかしくない‥‥かもしれない、けど。でもパンツだし。
 だから、狙うのは歩道の上から。
 要するに真上から叩けば良いのだろうと、ピコハンを取り出して構える。そして、じっと待つ。ひたすら待つ。狙う獲物がリーチに入るまで。気分は堤防で並ぶ釣り人のような‥‥行った事無いけど、多分そう。
 慎重に慎重にピコハンを構え‥‥タワシが真下に来た瞬間を狙って、ピコーン!
「‥‥外しました」
 表情を変えずに、ぽつり。もう一度、慎重に狙って‥‥ピコッ!
 今度こそと期待を込めて、しかし無表情のまま、ピコハンの下を見る。
 しかし、何もなかった。見事な空振り。これはアレか、金魚掬いで失敗するパターンか。
「何かのゲームのようですね。連続で叩けたら賞品とかでないのでしょうか」
 それは、一度も当たらない人の言う台詞じゃない気がする、けど。
「‥‥また外しました。見てからだと間に合いません」
 表情は至って平静だが、実は結構ムキになっているかもしれない。
 こうなったら下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるとばかりに、角度もタイミングも気にせずピコピコピコピコ!
「あたった? 外れでしたか。今度はあたり。効率は良くないですね」
 と、その時。
 再びピコハンを構えるその耳に、何やら軽快な音楽‥‥いや、効果音が聞こえて来た。
「トイン、ポコ!」
 それはウェストが発する擬音だった。筏にくっついたタワシの真上から槍を突き刺す度に口ずさんでいるのだ。
「トイン、ポコ! トイン、ポコ!」
 どうせならBGMも欲しいところだが‥‥贅沢は言うまい。
「なるほど‥‥あれでも良いのですね」
 あれは叩いて潰す物だと思っていたが、突き刺すのもアリなのか。
 そういう事ならと、ここぞとばかりにメイス二刀流で、いざ参る!
 だがしかし‥‥当たってもダメージは余りない。あの甲羅は上からの圧力以外には滅法強く出来ているのだ。
 とは言え、何度も当てればそれなりに効果はある様だが‥‥実際、ウェストは筏にくっついたタワシを順調に退治している様だし。
 だが、ガーネットの場合は動き回るタワシを止める術がない。そうなると、同じ標的に連続で当てるのは至難の業だった。
 その時、何処からか聞こえた天の声。踏んづけちゃいなよ、大丈夫だよ‥‥と、誰かが囁いている。
「むむ、本当にその方が良いのですか?」
 良いのですよ。転ぶ事など恐れてはいけません。何事もチャレンジです。
「そういう事なら‥‥」
 真面目なガーネットは、これも仕事のうちだと思って素直に足を踏み出した。そして‥‥
 転んだ。それはもう派手に、大胆に、潔く。
 目の前を横切って行くガーネットの姿を目で追いながら、D‐58は慎重に車道へ足を下ろした。今の自分には、手を貸す事も、助ける事も出来ない。そんな事をしたら、きっと共倒れになる。だからここは心を鬼にして、タワシ退治に専念すべし‥‥! ガーネットはきっと、ウェストが拾い上げてくれる‥‥!
 そーっと、そーっと、慎重に足を踏み出す。もう、転んだりしない。ちょっとへっぴり腰だけど、気にしたら負けだ。
 竜の鱗を身に纏い、バトルピコハンを構える。そして二連撃を発動、最初の一撃をタワシの目の前に叩き付け‥‥ようとして、バランスを崩した!
「‥‥っ!」
 が、踏ん張る! 踏ん張って‥‥ピコーン! タワシをひっくり返し、続く二撃目で叩き潰す! うーん、良い音。まるで何かのゲームの効果音の様だ。
「知り合いから、強力な武器だからと勧められましたが‥‥妙にいい音がしますね」
 見事に成敗を果たし、D‐58はご満悦。気を良くして、颯爽と次の獲物へ滑って行く。心なしか、先程より背筋もぴんと伸びている様だ。
 そして再び二連撃。ピコピコン!
「さすが、すごい威力です‥‥」
 微妙に騙されている気もするが、本人がそれで満足しているなら問題はない。多分。
 後は練力が切れるまで、ひたすらピコピコピコピコ‥‥


●お掃除、お掃除
 戦いが終わったロータリーには、タワシの残骸が山の様に積まれていた。
 某ゲームの様に、潰れたら消える‥‥なんて便利な事にはならないのだ。そして、これが結構グロい。何しろ踏まれ叩かれ、内臓がハミ出ていたりする訳だから‥‥
「立ち入り制限の間に、片付けてしまいましょう」
 ガーネットが何処からか掃除道具を引っ張り出してきた。
「このツルツルも片付けてしまいたいが‥‥水を撒いたりで取れるかのう?」
 残骸を片付けた後から、秘色が水を撒き、バトルデッキブラシでゴシゴシと洗う。どうやら、水洗いで何とかなる様だ。
 そして練力も尽きたし、自分も掃除を手伝おうとAU−KVを解除したD‐58は‥‥
「きゃあっ!?」
 転んだ。油断したD‐58は、バイク形態に戻ったAU−KVもろとも、すっ転んだ。
 そこはまだ、掃除が終わっていない場所だったのだ。
 そして絡まったまま、クルクルと回転しながらロータリーを滑って行く。
「す、すいません‥‥。どなたか‥‥助けてくれません‥‥か‥‥‥‥?」
 ‥‥助けたいのは山々だけど‥‥水をかければ、止まるだろうか‥‥?