●リプレイ本文
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高度一万メートル、下は海。
あまりの青さに、一瞬だけ空と海の境目がわからなくなりそうだ。任務でなければ、飛んでいて気持ちのいい空の部類に入るだろう。
須佐 武流(
ga1461)はシラヌイ改のコクピットから軽く周囲を見渡した。雲ひとつない空間は見晴らしがいいものの、これから対峙する敵の状況を考えると忌々しくさえある。
「レーダーも‥‥効いているうちはいいが‥‥。目視の効かない鳥ってのも面倒なもんだ」
空の色と同化した、鳥のようなワーム。通常のワームであれば、レーダーが効かなくとも多少はマシかもしれないが――。
「どうして‥‥こういう‥‥くだらないワームを思いつくのでしょうね‥‥」
溜息を漏らすBEATRICE(
gc6758)。
「これだけCWがうようよ居るとレーダーには期待薄だな。まあ、焼け石に水かもしれないが、それでもハナシュのアンチジャミングが効いているだけでも多少はマシになるか」
そう言うのは、骸龍『ハナシュ』のAnbar(
ga9009)。事前に得られている情報では、CWの数は二十から三十だという。この機体の強化特殊電子波長装置γの逆探知で敵の位置が特定できればいいが。
「だが‥‥透明じゃないなら見ることができないわけじゃない。雲でもあればわかりやすいが‥‥群れが太陽を遮ってくれるとか、CWや味方機が急に見えなくなったり‥‥そこにあるべきものがなくなったりすりゃわかるってモンだが」
ハナシュの逆探知以外にも、少しでも敵を発見できる要素を考察する武流。
「まるで地雷のようで‥‥あまりにも品がない‥‥」
BEATRICEは少しだけ声のトーンが低い。いつも通りの無表情だが、そこに僅かながらも怒りを滲ませていた。ロングボウII『ミサイルキャリア』の操縦桿を握る手が汗ばむ。
「とりあえず、見つけた敵から順々に排除していくことにしようぜ」
「オーケー、エアインテークに鳥を突っ込ませるなよー。一撃でオダブツだぜー」
Anbarと武流の軽い掛け合い、直後、レーダーに乱れが生じた。
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「駄目だ‥‥。‥‥だが」
呟くAnbar。ハナシュの逆探知が機能しない。しかし、乱れが生じる一瞬前、何かを捉えていた。その方角を全機に告げる。皆は指示された方角へと向かった。
にわかに襲う頭痛に、目を開けていることさえ辛くなる。最初にその姿を捉えたのは、スレイヤーのドクター・ウェスト(
ga0241)。
「ふむ、思い返しても我輩はCWとまともに戦ったことはないな〜。コノ機会に観察させてもらおうか〜」
発見したCWは五機、目視ではまだ小さな点にしか見えないそれに、まずは接近、妨害電波の状態がどれほどのものか――。
しかし身をもって体験、観察しようにも、襲いかかる頭痛は激しく、機体を真っ直ぐ飛ばすのがやっとだ。一旦その空域を離れ、呼吸を整える。
先ほどの五機と同じ空域に別の四機を発見したのは終夜・無月(
ga3084)。ミカガミ『白皇 月牙極式』を駆り、ドクター機と入れ替わるようにブーストで接近を試みた。
「敵は取りますよ‥‥」
CWの影響は強い。絞り出す声。まずは発見した四機からだ。GPSh−30mm重機関砲で撃墜していく。
「ん‥‥お空の散歩‥‥♪」
ここに来るまであくびをしたり、酒を飲んだり気ままにしていたノエル・クエミレート(
gc3573)は、ロングボウII『verzweifelt Schmerz』を無月機やドクター機とは全く別の方向へ進ませていた。もう覚醒は終えている。
レーダーやカメラで捉えたわけではないが、ほんの一瞬だけ何かが見えた。距離があるためあまりにも小さく、すぐに見失うくらいだったが。だがノエルはそれがCWだと確信していた。軽くウィスキーを飲み干すと、ボトルをシートの隙間に押し込んで前方を見据える。
一機、二機――七機。点在するCW、その向こうで空がゆらぎを見せる。恐らく鳥の群れもあそこにいる。
躊躇わずぶち込んでいくI−01「パンテオン」、そして起動する複合式ミサイル誘導システムII。
「色々と巻き込まれてくれれば本当に楽なんだけどね‥‥」
弾け飛ぶCWと鳥、しかし一部撃墜したものの半数以上が回避。CWの怪音波による影響か、攻撃の命中率が普段より低い。
「‥‥目視で撃ち落とした方が早いかな」
飛来する鳥の影が爆炎の中にちらりと見えた。そこへとスナイパーライフル、撃墜すると次の目標となる手近なCWへと機首を向けた。
頭痛はある。しかし気に留めずに次のボトルに口を付け、照準を合わせていく。
フェイルノート『認識番号4492』、ユメ=L=ブルックリン(
gc4492)はノエル機より低空を征く。これまでに発見されたCWは十六機、ユメが発見したのはそれらより低空にある六機。
開戦直前にAnbar機がほんの一瞬だけ捉えていた方角、現在発見できたのは二十二機。このあたりにCWのほとんどが集まっていることは間違いないだろう。
「ソラも良いけど、空もいい‥‥うふ‥‥うふふふ‥‥」
愛機を動かす鍵となる義手、そこから電流が伝わる。
「動かすと、ぴりっとするのが苦手‥‥ふ、ふふ‥‥ふふふ‥‥」
CWとのすれ違いざまにD−04A小型ミサイルポッドを発射、離脱後の反転時もずっと電流を感じながら、再度――。
ミサイルポッドから放たれていくそれは、CWに降り注ぐ。一機、また一機と散ってゆくキューブ。BEATRICE機の複合式ミサイル誘導システムIIによる二十四式螺旋弾頭ミサイルも、後方から走り抜けて吸い込まれていく。
がつりと、ユメ機の腹をなにかが突き上げた。軽い衝撃、それで操縦不能になるようなものではない。
ユメ機だけではなく、無月機、ノエル機、武流機がその洗礼を受ける。複数箇所を突き上げてくるその衝撃が影響し、CWへの攻撃を僅かに外してしまう。
「下から来たか‥‥っ!」
武流が機首を下げれば、キャノピーの向こうを上へと抜けていく鳥の群れとすれ違う。鳥の姿は見えなかったが、一瞬だけコクピットに影が映った。
「エアインテークに気をつけろ! それから、腹にもだ!」
もう一度全機に告げ、武流は鳥から逃れるようにそのエリアから離脱する。鳥たちへの異常な接近は危険だ。
先ほどのポイントから最大射程距離を取り、攻撃に転じていく。姿は見えないが、来た方角へと。ファランクス・アテナイが何かに命中し、弾ける。思ったより高速で迫っているらしい、先ほどのポイントより手前だ。しかし群れているようで、該当エリアに撃ち込めばほぼ確実に撃墜していく。
「‥‥かなり密集してるってことか」
離脱してよかったと、武流は苦笑する。
リロードしている間に、十式高性能長距離バルカン。空が弾ける位置が徐々に近づいてきている。攻撃を抜けた群れが迫っているのだろう。再度距離を取る。
無月機は鳥の群れを突破するため、螺旋を描いて駆け抜ける。
機体に微かな衝撃を受けながら反転、ファランクス・アテナイを駆使し、GPSh−30mm重機関砲も交えて弾幕を展開する。ぱちぱちと、煙火のように小さななにかが弾け続ける。
ノエル機はパンテオンで迎撃、少し誘導するように飛行し、先ほど同様CWも巻き込んでいく。ひたすらに、腹を抉りに来る鳥から逃れながら。
「CW撃破後に‥‥したかったけど‥‥ふふ‥‥」
ユメは減速して急ターンすると、ミサイルにて弾幕を張る。あまり減速しないように常にふかしていたアフターバーナーだったが、この状況下では減速せざるを得ない。
ユメ機に迫る鳥、急ターン後の弾幕。撃ち尽くしたミサイルポッド、しかしまだ別のミサイルポッドが待機している。鳥の姿が見えなくとも、当てに行ける。
鳥の数は不明、ユメ機と対峙するCWは残り二機。ほどなくして後者が消える。
「この空には‥‥私や‥‥貴方達はふさわしくない‥‥」
敵が特攻型であることを踏まえ、ユメ機の近くも確認しながらのガトリングを放つのはBEATRICE機。
「改めて‥‥初めてのKV依頼を思い出しました‥‥。KVに乗るのは‥‥自分のためでは無く‥‥力を望んでも‥‥手に入れられなかった人たちのため‥‥」
このエリアのCWは撃墜され、改めてBEATRICE機がその領域に滑り込む。爆炎に浮かび上がる、夥しい数の影。そこへとK−02小型ホーミングミサイルを。
CWへ再度接近を試みたドクター機は、先に発見していた五機のなかへと突っ込んでいく。
宙空変形スタビライザーA及びB、宙空人型機動制御システム「エアロサーカス」 を起動。人型のスレイヤーが白い力場に包まれる。
「けひゃっひゃっひゃっ、我が輩はドクター・ウェストだ〜」
コクピットに響く声を挙げ、ブーステッドソードを振るう。しかし五機に囲まれている状態ではやはりその影響は強い。
「ぐあぁあぁ、さ、さすがにキツいかな〜!」
眉間に皺を寄せ、そこから離脱したい衝動にも駆られ、しかしドクターは踏み留まる。
ふいに、Anbar機から通信が入った。
「逆探知が可能になった。まだ影響はあるが――現時点で発見できていないCWを八機捕捉」
その位置を教えるかのように駆けるハナシュ。スナイパーライフルで最初の一機を狙う。
頭痛を堪え、シュート。その脇を抜けていくのは、鳥の群れから完全に抜け出した武流機の十式高性能長距離バルカン。
それらを阻止しようと武流機を鳥が追う。それはCWを覆い隠すほどだ。その一部が、Anbar機にも迫っていた。
「他の骸龍に比べれば多少マシとは言っても、脆い機体には間違いないからな。避けられるものならば、避けねえとな」
冷静に、スラスターライフルでの弾幕を張る。武流機もまた同様にして追いすがる鳥をファランクス・アテナイで対処する。
ここまできて、CWはあと二機となった。最も近いのは、武流機とドクター機。
ドクターは未だ頭痛を抱えながらも「けひゃひゃひゃ」と変わらぬ笑い声を挙げ、CWを見据える。最後のとどめに入るのだ。
大きく息を吸い、そして――。
「バ〜ニシング、ナッコォ〜!」
文字通りというべきか、いわゆるロケットパンチが炸裂する。沈黙し落下するCW。残る一機は武流機。
しつこく追いすがる鳥を回避しながら、CWへと迫っていく。距離は果てなく近く、そのままビームコーティングを纏ったシラヌイ改の翼がCWを沈黙へと誘う。
「レーダー復帰、このまま一気に掃討しよう」
Anbarがレーダーの完全復帰を確認すると、皆も同時にレーダーの復帰を確認していた。
そして、息を呑む。
「‥‥気が遠くなりますね。手強い‥‥」
それは無月の言葉。白皇 月牙極式の数値を持ってしても手強く感じるのは、そう、鳥の数が尋常ではなかったからだ。
レーダーを埋め尽くすような反応、それがKVの上下左右――どこを見ても「在る」。
しかし数として多くとも、全機の攻撃をもってすれば殲滅まで時間はかからなさそうだ。
「‥‥レーダーさえ生きていて、油断をしていなければ敵じゃないな。怪電波で散々苦しめられた分、てめえらで憂さ晴らしさせて貰うぜ」
口角を上げ、Anbar。
ぶち込んでいくのはスナイパーライフルと127mm2連装ロケット弾ランチャー。その軌道を追うように機体を駆り、一気に距離を詰める。
爆炎のなかでスラスターライフルによる制圧弾幕は、複数の群れを抱擁した。
「弾がなくなっちゃった‥‥。ここからどこまでやれるか、少しはボクも本気を出そうかな」
パンテオンの弾がなくなったノエルは、援護にまわる。しかしその目は真っ直ぐに鳥のいる方角を見据え、軽くボトルをあおった。
「Ich ermorde Sie, um zu leben. Wu;;rfel in Frieden, und ich sterbe auch sofort dort. Gehen Sie nur, bema;;ngeln Sie zu diesem Kind」
そして接近する鳥たちへと、G−M1マシンガンによる洗礼を。
その上空を抜けるのはユメ機。全て叩き込むくらいの勢いで放たれるミサイルポッドは、鳥達に反撃の隙を与えない。あれほどまでにレーダーを埋めていた反応が一気に消えていく。
「もうすぐ撃ち尽くす‥‥ふ、ふふ‥‥」
義手から伝わる電流が、やはり苦手だ。だがそれさえ忘れるほどに、ひたすらに射出を続けていく。その攻撃が吸い込まれていくのは、中心に渦巻くように陣を組む群れ。
そこにはBEATRICE機のホーミングミサイル、武流機のファランクス・アテナイとバルカン、無月機の重機関砲、そしてドクター機のレーザーライフルも次々に撃ち込まれ、呑み込まれる鳥達の絨毯が空に一瞬だけ浮かび上がる。
そして全機、残弾が尽きかけたころ――レーダーの最後の反応が、消えた。
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空は何事もなかったかのように青く、見上げれば白く陽光が輝いている。
鳥も、CWも、本当にここにいたのだろうかと、あれは夢だったのではないかと思えるほど静かだ。
「終わりましたね‥‥」
無月が言う。あとは帰るだけだ。
「しまった‥‥サンプル採取できなかった‥‥」
微かに項垂れるドクター。だが、敵の容姿や大きさ、能力等はそれなりにわかった。それだけでも収穫として持ち帰ることにした。
「誰も撃墜されることなくてよかったな」
武流が皆の機体を見渡して言う。恐らく、帰投してから確認すれば、KVのボディのあちこちに細かな傷がついているに違いない。
それを見てぞっとする可能性もありそうだが、それも無事に帰ることができた証拠となるだろう。
「まだ頭痛が残っている気がするが‥‥ハナシュもよく頑張ったな」
Anbarは必死に逆探知をした愛機をねぎらう。
「‥‥ソラも良いけど、空もいい‥‥うふ‥‥うふふふ‥‥」
戦闘時と同じ言葉を紡ぐ、ユメ。しかし声のトーンは先ほどよりもよく、この空を眺めながらの遊覧飛行を楽しんでいる。
「さてと‥‥ボクは少し長く‥‥寝ようかな‥‥」
残りは飛行のみとなり、覚醒を解除したノエル。このまま寝るつもりなのだろうか。
しかし、ブランデーのボトルに手を伸ばして目を丸くした。
「??? にゃ‥‥? お酒‥‥なくなってる‥‥」
戦闘中に飲み干してしまったのだ。しかしまだどこかに残っているかも――と、ノエルはコクピット内を探し始める。
誰もが、空にゆるりと愛機を飛ばす。先ほどまでの緊張から解放され、やや疲労を感じながら。
ふいに、BEATRICE機が上昇し、皆よりやや高空から空を見渡した。
「この空は‥‥まだ安全ではありませんが‥‥」
ここから続く空のどこか遠くにに、ワームやキメラがいる。きっと今も誰かが戦っている。
「私たちが預かり‥‥相応しいときに返すとしましょう‥‥純粋に‥‥空が好きな人達に‥‥」
そう言うと、皆もBEATRICE機と同じ高度に機体を持って行き、先ほどよりも遠くまで空と海を見渡していく。
高度一万メートル、下は海。
あまりの青さに、一瞬だけ空と海の境目がわからなくなりそうだ。
フライトが、それはとても気持ちよくなるほどの、空――。
(代筆:佐伯ますみ)