タイトル:【ED】Dream Tourマスター:STANZA
シナリオ形態: イベント |
難易度: 易しい |
参加人数: 28 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2011/10/28 22:47 |
●オープニング本文
それは、前代未聞の出来事だった。
恐らく、多分‥‥オペレーター、セオドアの知る限りでは、これが初めてだ。
バグアがULTに依頼を持ち込む、などという事は。
『我が名はアメン=ラー、エジプトの神にして聖地テーベの統治者にございます』
電話の向こうで、相手はそう名乗った。
時折、パチンパチンと雑音が入る。恐らくあの黄金の仮面を扇子で叩いている音だろう。
『何か頼み事がございました場合は、この番号に連絡を入れれば良いと聞き及びましてございます故‥‥』
「‥‥はぁ」
何だろう、バグアの頼み事って。カイロとアレクサンドリアを返せとか、そんな類の話ならお門違いだ。
と言うか、そんな頼みを聞く訳にはいかない。
『いや、さほど面倒な事ではございませぬ』
ほっほっほ。こちらの動揺を感じ取ったのか、電話の向こうに鷹揚な笑い声が響く。
『頼みと申しますのは、他でもございません。観光客というものを、都合して頂きたいと考えた次第にございましてな』
「観光客‥‥?」
そう言えば、前回の会談でルクソールに観光客を迎え入れてはどうかと提案をした者がいた。
まさか、それを真に受けたのか?
『左様、我が方でも検討を重ねました結果、我が民に悪しき影響を及ぼす恐れのない範囲でございますれば、この素晴らしき都を一部なりとも開放する事は、互いの利となり得る事に同意いたしました次第にございます』
「‥‥はあ」
『確かに、我が華麗なる都をただ我のみが愛で、慈しむばかりでは、少々勿体のうございます故。それに、我が盟友たる汝ら人類と共有の財産としますれば、我らが友好にも大いに資するものがあると考えますでございます』
「そう‥‥かもしれません、ね」
『しかしながら、我ら幾ばくかの知識は仕入れましたものの、実際の観光業務というものに関しましては素人にございますれば‥‥如何にして楽しみ、楽しませるか、その手本の様なものをお示し頂ければ幸いと存じましてございます』
つまりは、観光モニターとしてルクソールの周辺を巡りつつ、色々とアドバイスをして欲しいと‥‥そういう事か。
『勿論、これまで通り皆様の安全は保証いたします故、ご安心めされます様』
まあ確かに、これまでの例でもそうだった様に、こちらが妙な手出しをしない限りは身の安全は確保されると見て良いだろう。
『今回、まずはどの程度の需要が見込まれるかとの判断材料にもしたく存じます故、人数の制限は設けない事とさせて頂きます故‥‥より多くの意見を取り入れる事も必要にございましょうしな』
どうやら本気らしい。
本気らしいが‥‥一体何を考えているのか。
まさか本当に「こちら側」になる気なのか。いや、既になってしまったのか。
知らないぞ、粛清されても。
まあ、観光客を盾に取る事で人類の裏切りを牽制する等の意図がないとは言えないだろうが‥‥。
しかし、こちらの心配と言うか不安というか、微妙な居心地の悪さを察しているのかいないのか、電話の相手は楽しげな声で告げた。
『人数が決まりましたら迎えに参ります故、どうか宜しく御願い奉り候にございます』
カチャリ、電話が切れる。
どうしよう、受けちゃって良いのか、この依頼。
受けて‥‥良いんだよね?
●リプレイ本文
エジプトへ向かう輸送艇は、さながら小学校の遠足の如き賑わいに満ちていた。
「エジプトには行ったことがない。これは楽しみだな」
初めて訪れる土地への期待に胸を躍らせるルーガ・バルハザード。招待主はバグアだと言うが、気にしない。艇内の様子を見る限り、仲間達も同様に感じている様子だった。
侵攻前のガイドブックを読み耽る者、仲間と歓談に興じる者、真剣に観光プランを検討する者‥‥そして、予想もしない方向へ転がり続ける事態に頭痛や目眩を覚える者。
(受諾は頂いたものの‥‥)
キア・ブロッサムは、こめかみに指を当てて小さく息を吐いた。
先日の会談でルクソールの観光地化を提案したのは自分とリズィー・ヴェクサーの二人だ。確かに自分達が提案した事ではあるのだが――まさか、ここまで。
「アメン=ラー自ら観光地化への助言が欲しいと言ってくるとは‥‥世も末って事なんでしょうか?」
向かいに座ったアクセル・ランパードが首を傾げた。
「よくもまぁこんな楽しげ‥‥いや、大それた企画を‥‥」
アクセルの声が聞こえたのか、ヘイルが苦笑いを漏らす。
「まぁ、依頼者が誰であれ、害が無いのなら問題は無い‥‥のか?」
「普通に考えればこれを隠れ蓑に、さらにこの収益を使って武力を蓄えると考える所なんだろうが‥‥」
それに応えて須佐武流がぽつり。現状の立場では、武力に限らず全てを自力で賄う必要があるだろうから、当然といえば当然なのかもしれない。
「ま、今回はその辺はナシにしておこう」
「そうですね‥‥時が経てば状況は変わる、良くも悪くも」
アクセルが言った。真に和平を望むのであらば、手を切る理由は無し。この戦争の本質は『種族間戦争』だが、相手を全て滅ぼすまでというのは余りに非現実的過ぎる。
「それにしてもバグアが依頼主なんて初めてじゃないの?」
サンディが少し呆気に取られながら、隣で窓の外を熱心に見ていたヨグ=ニグラスに微笑みかける。
「えと、そうなんですか?」
きょとんと首を傾げるヨグ。そんな事より‥‥
「この大地でお仕事頑張ったのも‥‥全てはこの時のためっ」
遂にエジプトツアーに行けるのだ。サファリツアーはまだ先になりそうだが、まずはエジプト!
「んと、ピラミッドとか王家の谷とか、楽しみですっ」
「うん、楽しみだね」
可愛い弟分が無邪気に喜ぶ姿を見て、サンディは満足げな笑みを浮かべた。
相手の意図がわからないとか、本当に観光が目的なら変に疑うのは失礼じゃないかとか‥‥思うところは色々あれど、深く考えない事にした。久しぶりのヨグとの旅行だ。ヨグが楽しんでくれれば、それで良い。
しかし、ピラミッドも良いがやはり注目はアメン=ラー本人だろうと武流は思う。果たして、どんな奴なのだろうか。
(だってさ‥‥まさかの黄金仮面だぞ? ファラ男だぞ? 怪しくないわけないじゃねぇか!!)
そして、実際に目にした黄金仮面は‥‥こんな奴だった。描写は省略!
(面白い‥‥面白すぎるぞファラ男! いや、アメン=ラー!)
武流は押し寄せる笑いの渦に飲み込まれまいと抵抗を試みる。それは殆ど功を奏していない様に見えたけれど。
「アメン様。今回はお招き頂きありがとう御座いました、なのっ」
古代エジプト風のドレスに身を包んだリズィーが、その裾を持って優雅に一礼。勿論、周囲を固める部下達やコブラのトゥトにも同様に。
「お久しぶりです。覚えてますか?」
ぺこり、頭を下げる諌山美雲は、すっかり増えた彼の着物コレクションの記念すべき最初の一着の贈り主だった。
「着物は、あれから着て頂けてますかって言えば、思い出してもらえますか?」
「おお、汝にございましたか」
パチン、アメン=ラーは手にした扇子で仮面の頬を叩く。
「ほれ、この通り‥‥近頃はあれを手本に独自の柄にて作らせてもございます」
今日の柄はヒエログリフ模様。素材は品質が良いと定評のあるエジプト綿だ。
「今回のお土産は、風鈴です。音によって涼を得るという、昔から日本に伝わっている夏のアイテムです♪」
ちりーん。良い音だ。
「ふむ、これは‥‥」
仮面の顎にぶら下げてみる。‥‥いや、違うからそれ。
そして次々と挨拶に訪れる傭兵達。見覚えのある顔、ない顔‥‥ある筈なのに思い出せない顔。
「以前はリビア砂漠を踏破したまではよいが、肝心の挨拶をせずに帰ってしまって失礼した」
そう、以前エジプト偵察の際にリビア砂漠を踏破したものの、こんなおもしろバグアに会わずに帰還してしまったのは一生の不覚と嘆いていた美具・ザム・ツバイ。これを千載一遇の好機と捉え、意気揚々と馳せ参じた次第だった。
「ふむ、あの時は我が方でも勝手がわからず失礼を致した次第にございます」
今回はその教訓を活かし、無制限かつ無条件に受け入れている訳だが。
「さすがアメン様♪ 一声発しただけでこれだけの人が集まるなんて! なんかもう大人気?」
「そうそう、神様はルクソールの顔! 観光地としては、神様の姿こそがなによりも人気だよ」
レヴィ・ネコノミロクンとアルテミスが煽ててみる。バグアとの交流には否定的な者も多いだろうし、エジプト戦で苦い経験をした者もいるだろう。なのに、この数。
「今、世界一愛されてるバグアは間違いなく神様だよねっ♪」
「ふむ‥‥」
パチン、パチン。悦に入った様子で扇子を鳴らす黄金仮面。
「うわぁー‥‥」
こそり。セツナ・オオトリは保護者(?)リゼット・ランドルフの後ろに隠れつつ、遠目にそれを眺めていた。
「‥‥あのマッチョさであの仮面姿はある意味怖いです‥‥でもあの仮面はちょっと格好よいかも?」
まるで特撮に出て来る怪人みたいだ。握手とか、してくれるかな。でもちょっと怖いかも‥‥、後で写真くらいなら?
「さて‥‥では早速、我が麗しの都テーベをご案内進ぜましょうか」
「わーい、王様だー王様と遊べるにゃー♪」
「神様の国で遊び倒すぞ〜♪」
歩き出したアメン=ラーの右に白虎、左にアルテミスが引っ付いた。両手に花‥‥に見えて、実は二人とも男だったりするけど気にしない。
「主義も主張も一時棚上げにして、まずは観光を楽しもうではないか」
美具は何故か気になる金城エンタの肩を軽く叩き、一緒に回ろうと誘いをかけてみる。他人の同道を拒むエンタの心情もわからないではないが、放ってはおけないという事らしい。
が‥‥エンタは今、全神経を黄金仮面に集中させていた。人類にもこれだけの為政者はまず居ない。その彼と政治的側面で対等に話せるようになる事、それが今回の目的。他の事に気を回す余裕はないのだ。
「そうか、なら勝手にいたせ」
美具はぷいっと離れていく。しかし、諦めた訳ではない。また折を見てアタックを仕掛けるのだ‥‥まあ、何度やっても無駄だとは思うけど。
ぞろぞろ、ぞろぞろ、いかにも観光客といった格好の団体さんがテーベの町を練り歩く。ガイドは勿論、アメン=ラー。そして沿道に出て彼等を珍しそうに眺める町の人々。
「ここの人々は洗脳されているわけでもなさそうですし、子供達も活き活きしているし、みんな幸せそうです。きっと、ラー様が優れた統治者であるという証拠だと思います」
美雲の言葉に、アメン=ラーは上機嫌で扇子を鳴らす。
(ふーん‥‥)
その様子を見て、白虎は仲良くやっていけるなら仲良くしたいと思っていた自分の考えは間違っていなかった様だと小さく頷いた。この町で出来ているなら、他でも出来る‥‥かな。
「バグアと一緒で、人間にもいろんな人が居ます」
美雲が言った。
「良い人もいれば、悪い人もいる。誰が信用するに値するか、見極めていかなきゃいけませんね」
人が全て善とは限らない様に、バグアが全て悪という訳ではないと思いたい。
「私が信用に値しない人間だと思ったら、遠慮なく私を処理して下さい」
「その判断は、トゥトに任せると致しましょうか」
アメン=ラーの右腕に絡んだコブラが美雲を見る。攻撃して来る様子は全くなかった。
「エジプトか‥‥ロゼッタストーンは本国で見たな」
興味本位で参加してみたというジェームス・ハーグマンは、博物館に収められた有名な石を思い出す。他にはエジプトと言ったら何があるだろう。ピラミッドとミイラと‥‥まあ良い、この団体さんにくっついて行けば何かしら見られるだろう。
「しかしまぁ、よくもここまで再現したものだな‥‥。これはちょっと感動するな」
古代にタイムスリップしたか、そうでなければ再現CGの中に入り込んだ様だと、ヘイルが溜息をついた。映画のセットでも、ここまでの現実感は出せない気がする。
「すげー、歴史の資料集でみたまんまの光景だ‥‥」
伊藤毅は至る所で歓声を上げながら、首からぶら下げたカメラで写真を撮りまくる。
「あ、おファラオ様だ、記念写真いいですか!?」
返事の代わりに早速ポーズを取ったアメン=ラーにカメラを向ける。でも折角だし、ツーショットが良いな。誰かシャッター押してくれないかな。
と、ハイスト=馨が手を差し伸べる。初めての参加で勝手がわからずにいたが‥‥とりあえず、こうして皆と交流していけば良いのかもしれない。
「カメラのシャッターをお願いしても構いませんか?」
リゼットは同じく初参加らしいナナタに声をかけ、セツナと二人でアメン=ラーの両脇に立った一枚を撮って貰った。
「ね、こーゆーの、あっても良いんじゃない?」
レヴィが観光地によくある記念撮影用の看板‥‥顔の部分がくり抜かれている例のアレを写した写真を見せる。それを見て、嘉雅土が言った。
「サービスでアメン=ラーと一緒に記念写真とかマジ受けそうだな‥‥」
「巨大アメン=ラー像なんてどうだ?」
武流がそれに付け加える。まず観光に必要なのは、目玉になる建築物や自然、アトラクション等‥‥目で、音で、足で、体全体でこの土地を体感できるものが必要だ。ピラミッドや神殿が目玉になるのは当然として、それ以外にも何か、ここでしか見られないものが必要だろう。
しかし、残念ながらそれはアメン=ラー本人によって却下されてしまった。
「それは町の景観を損なうものと存じます故」
‥‥自分で言うか、それ。
向こうではUNKNOWNがヒエログリフで書かれた案内表示を見上げている。
「標識は多言語で整備する事が望ましいが‥‥」
しかし、それもこの古代都市にはそぐわないか。
「だったら、ヒエログリフの表トカ貰える?」
ターバンとカラーコンタクトで変装した夢守ルキアが解決策を出した。
「そうそう、これ。こー言うのは、好奇心を刺激する。ほら、新しいコト知るの楽しいじゃん」
翻訳が出来るスタッフを付ければ更に良いが、自分でも読める様になれば便利だし、達成感もある。
「ツアーとして、旅行プランを組んでいればヒトは入り易いね」
近くの飛行機会社にプランを持ちこむのもテだが、そうなると料金は‥‥
「やっぱ、バグアの技術使うー? 人類のヤツだと、燃料費別が多いんだ」
人類の技術を使うなら、往復の運賃計算は容易い。しかしバグアの技術を使った場合のコストはどうなるのだろう。
「これ動かすのに、燃料費トカどれくらいかかる?」
なんて、それを口実にギミックを動かすようにお願いしてみたり。
「おお、そうじゃ‥‥人類を圧倒してきたバグアの科学力を見てみたいものじゃな」
それに乗っかって、美具もヨイショしてみる。
「アメン様は、短期間で此処までの街を作って、素晴らしい神様なの☆」
リズィーも一緒になっておだててみた。
「でも、この辺は神秘的なのよ〜‥‥」
ちらり、視線でおねだり。見せて、くれる?
「ふむ‥‥これは観光の目玉とやらになりますでしょうか?」
ぐおんぐおんぐおん。地響きと共に、町の中心にあった建物が動き出す。古代そのものといった趣の神殿が左右に分かれ、地下から全く異質な何かがせり上がり‥‥あっという間に、この古代都市には場違いな事この上もない、黒光りする対空兵器を供えた巨大な要塞が出来上がった。
「後ほど、西岸にてスフィンクスやピラミッドも動かしてご覧に入れましょうぞ」
パチン、パチン。呆気に取られる傭兵達を尻目に、上機嫌で扇子を鳴らすアメン=ラー。しかし良いのか。それこそ景観を損ねるどころか雰囲気ぶち壊しなのでは‥‥
「さて、次に参りましょうか」
異様に場違いな姿を晒していた要塞は、瞬く間に元の神殿に戻っていた。そうか、戻れば良いのか。
「儚きかなテーベ。いずれ目が醒めれば消え逝く定めの夢幻の都。ならば少しでも多くの者と共有し記憶と思い出に残る事を」
今見たモノはとりあえず忘れる事にして、天野天魔は再び夢幻の中へその身を浸す。
この素晴らしき街を少しでも多くの人に知って貰いたいと、プロとしてアメン=ラーに助言を行ってくれる観光業者を探してみたのだが、流石に‥‥いくら自分が護衛すると言ってもバグア支配下のエジプトに同行してくれる者はいなかった。
しかし、この旅行を無事に終える事が出来れば、彼等の考えも変わるかもしれない。そう思って、天魔はツアー参加者の動向に目を光らせていた。観光以外の目的で参加している者がいないか、アメン=ラーに危害を加えようとする者はいないか――彼に少しでも長く夢を見させる為に、出来得る限りの努力を。
そして一行はナイル西岸の死者の町へ。
(観光資源を活用するのはいい。遺跡保存にも繋がる‥‥)
戦争で歴史遺産が壊れて行く事を悲しい思いで見ていたUNKNOWNは、戦前と変わらぬ様子で保存されている‥‥少なくとも外観はその様に見える遺跡群を眺め、紫煙をくゆらせる。
その隣では砂漠に照り付ける太陽から可愛い弟分を守ろうとするサンディの姿が。
「ヨグ、大丈夫? 喉は渇いてない? はい、お水。ちゃんと飲んでね」
「ありがとですっ。んと、サンディさんも日焼けには注意してくださいねっ」
ヨグにとって、サンディは近所のお姉さんの様な人。気になるお年頃的な存在ではないらしいが、一緒にいるのが楽しい事には違いない。
「んと、ピラミッドの中は涼しいのでしょか?」
入れると良いなあ。ガイド付きだったら、尚良いんだけど。
「本当に古代都市を再現しているんだ‥‥」
セツナはきょろきょろと辺りを見回し、目を輝かせる。敵情視察のつもりが、すっかり観光気分になっているけど気にしない。
「りぜ姉さま、あの建物は何ですか? あれは? あ、向こうに見えるあれは‥‥っ」
アブ・シンベル大神殿にてラムセス像、そして勿論ピラミッド、カルナック神殿にルクソール神殿、ハトシェプスト女王葬祭殿‥‥
だが、その質問に答えたのは傍らのリゼットではなく、ワニ頭の神官だった。
‥‥あれ? 動物仮面の中にこんな人いたっけ?
それは、クロコダイルの被り物に丈の長い白地のワンピースを身に纏い、手には黄金の杖を持ったフール・エイプリルの姿だった。到着早々セベク教団の神殿に行って禊を行い、もうすっかりセベクの神官になりきっている。エジプトの神々に関する伝承や神殿の成り立ちなど‥‥特にセベク神に関する事にはやたらと熱の入った解説を披露する姿は、どこから見ても「向こう側の人」だ。
「なるほど、これは壮麗だな!」
その解説を聞きながら、改めて景観に目をやったルーガは感嘆の声を上げる。長大な歴史が積み重なって、悠久の時を生きてきた具現として泰然とそこにある‥‥
「確かに素晴らしい、確かに観光名所としては申し分ないだろうよ」
ところで。
「アメン=ラー殿には、是非このピラミッドの詳しい解説を望みたいものだな」
「ふむ‥‥我に語れと?」
しかし、マニアの熱すぎる語りは概して一般人の理解が及ぶものではない。彼の解説も熱意だけは嫌というほど伝わるが、話の中身はさっぱりだった。
(よい観光のためには、とりあえずガイドの育成が必要だろうな‥‥)
後でそう伝えなければと、ルーガは心のメモにしたためる。
だが、そんな熱い解説も右から左へ聞き流している不届き者、いやツワモノがいた。
「さてはて、この広大の砂漠のどこに防空陣地が築かれているのやら‥‥」
ジェームスはピラミッドの向こうに広がる砂漠に目をやってみる。確か、以前は砂嵐の発生装置が設置されていたと聞いたが、それは今もあるのだろうか。それとも、この砂に埋もれて跡形もなく消えたか‥‥
「かつての大文明も、周辺環境の変化とともに衰退していく‥‥仏教用語でいう諸行無常、でしたっけ? 他意はありませんよ」
やがて一行は、参道に小ぶりなスフィンクスがずらりと並ぶカルナック神殿へ。
「よくまあ、ここまで再現したものですね‥‥戦前のエジプトも、観光資源で潤っていたといいますし‥‥そういえばスフィンクスの目線の先にはファストフード店があったとか」
その景観と、今目の前で起きている事。ぶち壊し度が高いのはどちらだろうと、ジェームスは動き出した巨像に目を向ける。
四本足で立ち上がり猫のように伸びをするスフィンクスを見て、ルキアが歓声を上げた。
「写真家にすれば垂涎モノだろーなぁ。模型のお土産欲しい」
勿論、ちゃんと変形するヤツ。
そして初日はプランも何もない状態で市内を引っ張り回された傭兵達。サービスてんこ盛りでこの土地の魅力を満喫出来たのは良いが‥‥疲れた。余りの濃さに疲れ果てた。
やはりこれではイカン。観光地としてやっていく為には適切なアドバイスが必要だ。
という事で、夜は戦略会議。しかし、ただ普通にテーブルを囲んでというのは芸がない。
「皆で一緒に宴会をしながらだと、楽しいと思いますの」
リズィーの一言で、ライトアップされたピラミッドを背後に望む広場に即席の宴会場が現れた。
「ささ、おひとつどうぞ、ですのっ」
リズィーはこの時の為に用意した特製の古代エジプトっぽいビールを杯に注ぐ。ストローで啜る酒の味に、アメン=ラーは大いに満足している様だった。
「では、私からはこれを」
酒好きと見たUNKNOWNが手土産のワインを差し出した。来る者拒まずの仮面男は、喜んでそれを受け取り‥‥ただでさえ軽めに出来ているらしい舌がますます軽くなる。
そのタイミングを見計らい、傭兵達は次々と提案や要望を投げていった。
「まずは、観光者が踏み入れられる範囲を明確に」
「そうね、観るべきところを提示することで、一般観光客が重要機密施設に迷い込む可能性を極力減らすの」
UNKNOWNの提案にレヴィが頷く。観光客を誘致するなら、マップやお勧めの土産品、宿や食事の紹介も重要だ。
「こんな感じの、ね」
パンフレットやガイドブックをどさり、差し入れだ。昔の物だが、参考にはなるだろう。
「どこぞの怪談みたいに、『見ぃ〜たぁ〜なぁ〜〜〜』は流石に‥‥まずいしね」
ずんばらりんと、袈裟懸けに刀を振り下ろす真似をしてみる。
「ふむ‥‥しかし我がガイドとして共に巡りますのでございますれば、その心配はご無用かと」
「王自らの御姿を見せる事も‥‥思い出として価値有る物です‥‥けれど」
キアが言った。一般人同士、より近い立場での交流も望めば行える方が良い。つまり、監視の目に縛られない自由行動の時間が欲しい、と。
「街とは‥‥創られた建造物のみではなく、そこに息づく者の喧騒や文化に触れてこそ、と思います、ね」
勿論、その裏にはルクソールの市民が観光客から外の知識を得る機会を持たせたい、という意図がある。しかし、それはあくまで裏の意図。
「人は、余り大きすぎる存在の前では‥‥萎縮してしまう事もありますから、ね」
「ふむ‥‥その様なものでございますかな」
「私とて、毎回‥‥緊張の連続ですし、ね‥‥」
それは常にこの後に控えるルクソール攻略を念頭に置いているが為かもしれないが。
「地図上で観光特区を明確にし、この範囲での安全確保にはそちらが責任をもって対処して貰う事も重要だな」
「そうじゃな、観光客が出国する際に強化人間に変わっていました‥‥などという事になっては敵わん」
UNKNOWNが続け、美具がそこに付け加える。
「領地の内面をオープンにしておく事が必要じゃな」
後の攻略の為にも。
「食事を出す店にも気を付けて欲しい」
キメラ肉には忌避感を抱く者も多いし、また宗教もある。その辺りも注意が必要だとUNKNOWN。
「食事は料理が合わないヒトもいるし、スパイスは控えめがいいね」
ルキアが言った。
「お腹を壊しちゃうから、水は観光客用にろ過、不純物を取り除いて‥‥」
「そうですね、衛生管理も大切です」
普段着で通した観光の時とは違い、高位の女性が着る様なエジプト風の衣装を身に纏ったエンタが言った。昼間見た所では、医療と治安に関して問題はなさそうだったが‥‥
「旅先の飲食で食中毒になったり、慣れない気候で体調不良を起こしたり、というのは『観光客にありがちな医療問題』の一つの筈ですから」
旅行客は、自国と同じかそれ以上の医療を求める可能性がある。
「病院の位置と搬送手段、それにルートはどうなってる? 特に日本人は高確率で下痢や腹痛に苦しむ。薬の準備は必要だな」
嘉雅土が地図を広げ、病院を探す。一般市民が利用する診療所は市内の各地に点在している様だが‥‥観光客を受け入れる事は出来るのだろうか。その医療レベルは?
「医師が足りないのであれば、観光地としての開放に先駆けて、軍医をエジプトに派遣して欲しいと‥‥UPCに依頼してはどうでしょうか」
エンタが言った。それはUPC軍の駐留を認める形になる為、UPCにも利がある。
「ふむ‥‥駐留の話は他にも頂いております故、それと併せての検討‥‥という事になりましょうか」
ちらり、天魔を見る。市内に停戦の監視所を作ってはどうかという提案に関しては、未だに具体的な進展はない。
「住民に不満を抱かせない為政の才は、人類でも稀な物ですからね‥‥」
即答を渋るアメン=ラーの背を押すべく、エンタが言葉を継いだ。
「中国のとある偉人の人材登用術『唯才』の発想において‥‥アメン・ラー。私は貴方を統治者として信任したい。そう思っているのです」
「戦争は人命も過去の遺産も奪う。古代の遺跡や神話はその地の文明や精神世界の高さを示し、その地の人々は過去の軌跡で有り、守人でも有る」
それを守ると言うなら‥‥その裏に潜む意図が何であろうと、とりあえず敵対する理由はない。嘉雅土はそう考える。その両方を守ってくれたら、と。
「ラー君には、バグアもヒトも超えて興味や欲求を優先させる。同じニオイがする」
ルキアが言った。尽きない欲望のニオイ。それが戦争の抑止に繋がるなら、夢を見させておけば良い‥‥見続けていられる限りは。
「まあ、衛生管理が大事なのは勿論だが‥‥」
少し重たげな雰囲気になった場の空気を掻き乱す如く、武流が言った。
「重要なのは味だ。食い物のまずい旅行ツアーなんて半分以上拷問に近いだろ」
何か名物にできるようなうまい食い物が欲しい。
「エジプトの伝統料理といえば鳩料理でしたっけ? あとは豆料理が美味しいそうですよ」
「そうね、定番はハマーム・マフシーとターメイヤ辺りかな‥‥?」
以前のパンフレットを見ながら目を輝かせるセツナに、リゼットが答える。折角だし、この宴会で試食出来ないだろうか‥‥と思う間もなく、豪華な食事の数々がテーブルに並べられる。
「美味ぇっ」
早速かぶりついた湊獅子鷹が歓声を上げた。
「やはり魚だよな、紅海、地中海、ナイル川と魚が豊富で‥‥鶏も安いくせに日本産の最高級の地鶏並かよ、こりゃあ食で十分観光アピールできるぜ」
「モロヘイヤのスープやケバブも良いですね」
ジェームスが満足そうな声を上げる。
イスラム教徒に考慮して豚は使わないとしても、これなら充分に豪華で満足の行く食事が出来そうだ。
「後は土産物の充実だな」
ここに来なくては手に入らないというものを作ろうと、武流。
「アメン=ラーと愉快な仲間達グッズとか作るのは基本だよね!」
白虎はぬいぐるみが欲しい様だ。
「ふむ‥‥では、最終日までにご用意を致して進ぜましょうぞ」
本気か。
「あ、あの仮面のレプリカあったら欲しいなぁ」
ヨグがダメモトでリクエストしてみる。その結果は‥‥最終日のお楽しみ。
「土産店での買い物は最初か最後が良いと思う」
ヘイルが言った。最初に買って送れるように手配するか、最後にまとめて配送可能にするか‥‥どちらにしても、荷物を増やすのは得策ではない。
「ついでに金銭の心配を無くすという点で、観光途中には銀行等に何回か寄れるようにしておくのもいいのではないかな」
今のルクソールに、現代的な意味での銀行はない。観光客専用の宿泊施設もない。今回傭兵達が宿泊するのは、基地の一角にある簡易宿舎だった。
「神殿や王家の谷などに興味を持つ方々も多そうですし、その近くに景観を壊さない様な休憩・宿泊施設を設けるのはどうでしょうか?」
そう言ったのは、エジプト風の衣装を纏い、すっかり馴染んだ様子のアクセルだ。
それに、恐らく重要となるのは都市内での安全ないしそれに関するイメージだろうとヘイルが言葉を継ぐ。
「聞けば既に避難施設はあるそうだが、観光客を受けいれるとなると、それに対応した収納可能な施設を観光地やホテル付近に増やす必要がある」
しかし、バグアが作った施設に良いイメージを持つ一般人は多くなさそうだ。
「工事の際にはUPC等との合同が良いだろう」
人類側の手も加わっているとなれば、安心度も違ってくる筈。
「それに、まずは出迎え、というか送迎か。今回俺達は連絡艇等があるからいいが、一般市民にはそういったものが無いからな」
「余りにも移動が不便なのは、疲れて回る気力が下がるな」
そもそも来てくれなくなるという事にもなりかねないと、武流が歩き通しで強ばった足の筋肉を揉みほぐしながら一言。今の所、市内の移動には自分の足を使うしかないのだ。
「そうそう、ホテルに着くだけで力尽きてたら話にならないからね。直行便はピラミッド型のHWを使うとか、神話系キメラの観光バスとか、そういうのがあれば観光の目玉にもなるよね」
白虎が言った。スフィンクス型のバスとか、乗ってみたい。
「それに、出入国はオープンにしてほしいな。気軽に旅行に行けるようにね」
各種情報も漏洩しまくってもらう為にも‥‥とは、言えないけど。
「いや、出入国の際の検問などはある程度必要だろう。近隣の都市との連絡強化や情報共有も‥‥」
そんな裏の意図など知らないヘイルは、生真面目に意見を挟む‥‥が、意図する所は同じ、か。
「後は‥‥伝統工芸品の工場見学や体験教室も良いな。良い温泉も在ると尚嬉しい」
「温泉があるのはもう少し東か」
嘉雅土の提案を受け、その辺りも解放出来ないだろうかとUNKNOWN。
「スパは好まれ易い。旅の疲れも癒せるから、ね」
それに‥‥
「クルーズは内部で雰囲気とアトラクションのある金が掛るものと、古代を体験出来る安いものと、普通のものと複数選べる様に。ツアーデスクの事務所も必要だろう。ツアー員や護衛は現地の信頼出来る者を‥‥雇用機会だよ」
ツアーはオプショナルで半日、1日、複数日を選べる様に、また各観光場所にも派出所‥‥非常時には保護設備になるものを置き、市内紹介ツアーや駱駝乗りや砂漠ツアー、砂漠で夜も良し。
「飽きさせないのが大事だよ。レンタカーも良いだろうか? それに宿は大事だ。人により使える金が違う。高級からバックパッカー向けも欲しい」
って、聞いてますか神様?
「ええと、つまり‥‥」
経験豊富な旅人の事細かな助言のシャワーを浴びて何処かの回線がショートしたらしいアメン=ラーに代わって、美雲が話を纏めてみた。
「観光客を受け入れる側が、観光客を持て成すという気持ちでいるのが大前提だと思います」
そう、大事なのは心だ。多分。
「やっぱり観光に来る方が、また来たいなって思える何かを用意すると良いんじゃないでしょうか?」
「‥‥ふむ?」
「宿で地域の特産品をあしらった何かを用意するとか、地域文化の余興を用意するとか。観光客は、日常では味わえないものに触れたいんだと思います。美術であったり、風景であったり、文化であったり、日常であったり、それは人それぞれですけど」
日常では味わえないもの。
「古代の王家ショーとか!」
白虎が閃いた。折角役者が揃っている事だし、ピラミッドを背景にしたこの場所はロケーションも最高。
「古代エジプトの逸話や神話を再現したショーやミュージカルが見たいです」
キメラなどを駆使すれば、演出面ではほぼ自由自在なのではないだろうか。それに古代エジプトの歴史にまつわるクイズ大会とか。
「参加者達はアメン君人形を賭けて点数を競い合うのです」
仮面の赤い『スーパーアメン君』を賭けた時は得点が二倍だよ! 優勝者には全身金ピカの『ゴールドアメン君』が貰えちゃうかも!?
「TVカメラを入れるのも良いかもしれんのう」
そう言ったのは美具だ。
「初手にはメディア勢を選抜招待して楽しんでもらい、良い印象を持って貰うというのはどうじゃ?」
そして、一通りの意見や提案が出揃った頃。
「そろそろ明日の予定を決めた方が良いな」
時計を見て嘉雅土が言った。
「明日は少し足を伸ばして、ナイル川クルーズなんてどう?」
「それなら‥‥クルーズをメインにしつつ、その過程で西岸・東岸観光、市内観光へと移るのが面白いかも知れませんね」
野生のワニが見たいと目を輝かせるレヴィにアクセルが答える。地図を広げ、ナイルの流れに沿って指を滑らせ‥‥
「部下の方々を配置してのガイドも面白そうですが‥‥、やり過ぎると不慣れな一般の方々から警戒される恐れもあります。‥‥なので、一般人数名と部下の方を1セットで配置してみると良いかもしれません」
「なら、明日はそれを試してみるか」
嘉雅土が予定を書き込んだルート表と筆記用具一式を配っていく。
「これに感想や点数なんかを記入していけば後で参考になるだろ」
後は飲料水、日傘・帽子、砂よけマスクの用意も忘れずに――
翌日もエジプトは上天気。乾季に入ったばかりのナイル川は、程良い量の水を湛えて蕩々と流れていた。
「アレでしょ。川から色んな遺跡みたいなの見れるんでしょ?」
この時の為に濡れても大丈夫な服装で臨んだヨグは、今にも落ちそうな程に船縁から身を乗り出している。それを見守るサンディは気が気ではないが‥‥
「あ、ワニ!」
白虎が叫ぶ。
「あれ、背中に乗れたりしたら楽しそうだなー」
キメラやワームはいないのだろうか。
やがて川岸に立ち並ぶ神殿の姿が見えて来た。有名なアブ・シンベル神殿を始め、イシス神殿、カラブシャ神殿、アマダ神殿、ワディ・セブア‥‥
「‥‥なるほど、元の場所に移転し直したのか。という事は、これが本来の景色なんだなあ」
感心しきりの毅の傍らで、レヴィがナセル湖が存在した当時の観光ガイドと現在の姿を見比べて「うんうん」と頷いている。
「な、なんだか優雅な気分ですっ」
相変わらず身を乗り出しながら、ヨグが言った。
ナイルの川風に吹かれ、船はゆっくりと流れて行く。
「普段が忙しい分、たまには、こういう息抜きも‥‥ね?」
「兄さんも来る事が出来れば良かったんですけどね‥‥ちょっと残念」
リゼットの言葉に、セツナは本気で残念そうな顔を見せた。もうすっかり観光メインのご様子だ。
そして船の反対側では獅子鷹が手摺りに身を預けながら、友人であり最も恐れる人物の兄であるアクセルと、真剣な表情で何事かを話し込んでいる。
「それにしてもアンタと一緒に依頼とは珍しいな」
「そう言えば‥‥、お互いよく話すのに一緒に行動って余りありませんでしたね」
「‥‥で、まあ‥‥なんだ」
微妙に視線を泳がせ、口ごもる獅子鷹。
「その‥‥アレに伝えてほしい事と‥‥そちらにも知って貰った方がいいのかはわからんが」
今の自分が眠る為に戦っている事。そして他者を護る事で、目の前で殺された両親を救う夢を見られる事。
「アンタの妹の盾になって怒られたが、久々にいい夢を見られた。だから、彼女に有難うと伝えておいてくれ」
「‥‥なるほど、ね」
「今のコレを見たら、また怒られそうだがな」
獅子鷹、本日も元気に重体なり。
「しかし人間欲が出てくる、そんな夢も力を手に入れれば悪夢に変わるだが‥‥」
「‥‥俺も似た様なものですよ」
‥‥今なら分かる気がする。同じ悪夢に苛やまれる者として。
「了解、妹には伝えておきます」
また大怪我をしている事は黙っておいてやろう。
「‥‥醒めない夢はない。それが良い夢であれ、悪夢であれね」
このエジプトの夢も例外ではない。
「悪夢が消えるのを祈ってますよ」
そう言いつつ、アクセルは自分の左目に残された傷に触れた。
その後は別のプランを試したり、自由行動を楽しんだり‥‥あっという間に時は過ぎ、とうとう最終日。傭兵達は最後の一日を買い物に充てる事に決めたらしい。
来た時には日常の雑貨しか置いていなかった店にも、今では何かしらの土産物が置かれていた。
「ふむ、何がいいかな‥‥?」
ルーガは愛弟子への土産物を探し歩く。何しろ何も言わず勝手に観光旅行に出たのだ、さぞかし怒っている事だろう。土産のひとつでも買って帰らなければ、口をきいて貰えないかも‥‥
「ん?」
何か、妙なモノと目が合った。よく見れば、それはネメスと呼ばれる頭巾を付けた猫のぬいぐるみ。伏せた姿がスフィンクスの様に見えなくもないが‥‥なんと、その名も『すにゃんくす』。
「これなら、あいつも喜ぶだろう」
ほくほく。
「ボクはこれにしようかな?」
リズィーが選んだのは黄金仮面のぬいぐるみ。しかし、ぬいぐるみと言えども仮面を取る事は出来ない仕様になっている辺り、徹底している。
そして仮面のレプリカは却下されたらしい。代わりに置いてあったのは、黄金のお面。
違う。違うよ。似てるけど、これじゃないんだよ。
仕方がないから、ヨグは他の物を探してみる。それっぽいお土産だから、ペンダントとか良いかも。
「どうでしょこれ?」
「うん、良いね」
サンディがにこりと微笑んだ。
「お揃いだよ」
やっと、この辛い戦争にも終わりが見えてきた。もう少し、もう少しだ‥‥と、心の中でヨグに声をかける。
(きっと平和な世界にするから、そしたら、いつでもまたこうやって、いろいろな所に遊びに行こうね)
そしてもう一方のお姉さんと弟コンビは。
「ファラオ・ベア?」
何だろうと、リゼットが首を傾げる。ファラオっぽい被り物を付けた、テディベア? 何だか妙に気を惹かれる。お揃いで買って、一つはせっちゃんにプレゼントしようか。友達や小隊の皆にも何か‥‥
「‥‥いや、皆はしゃぎ過ぎだろう」
仲間達の様子を見て、クールに傍観を決め込もうとしたヘイルだったが。
「ああ、俺もそのお土産を貰おうか。幾らだ?」
長いモノには素直に巻かれるが吉。
「‥‥なんだかんだで、堪能してしまった‥‥」
両手一杯に大きな袋を抱えているのは毅だ。中身の大部分は土産物ならぬ「いやげモノ」、しかも言い値で買ってしまったものばかりなのだが。
まあ、後で頭を抱えるのも旅の醍醐味だ、うん。
「とても楽しかったです‥‥また、呼んで下さいにゃ」
素の自分に戻って微笑み、お辞儀と手を振り別れの挨拶をするリズィー。
「また、機会があれば招待して下さい」
硬い握手を交わす美雲。
「バカンスと言っては少々時期外れで短いですが、なかなか楽しめました。案外戦後まで残っていれば富裕層狙いで行けるかもしれませんね」
ちょっと正直すぎるかもしれないジェームス。
そして観光業者のリストを手渡す天魔。
「この素晴らしきテーベで観光ツアーを組みたいと願う者達の一覧でございます。実際に業務を始めるにあたっては細部はこの者達と協議するのが上策と進言いたします」
あっという間の一週間が終わろうとしていた。
観光ついでに市内の地理を頭に入れた者、地元民のふりをして色々と探りを入れた者、攻略の下準備を着々と進めた者‥‥そして勿論、純粋に観光を楽しんだ者。エジプト国内でのセベク教団の活動容認と、太陽神の活動に対する教団の全面的協力を取り付けた者もいる。思惑は様々だが、誰もがそれぞれに楽しい時を過ごす事が出来たのなら幸いだ。
「器ではなく中身のアンタの名前があるのなら、いつか誰かに教えて欲しいな」
別れ際に嘉雅土が言った。
「バグアは基本的にヨリシロ‥‥身体の名前名乗るだろ? 不思議なんだよ、自分本来の名前がある筈なのに」
「ふむ‥‥いずれ、思い出しますれば」
もしかして、忘れた? 身体を乗り換えすぎて、とか? 本当に? まあ‥‥一応、信じておくとしようか。
「俺の事は綺麗さっぱり忘れても、それだけ覚えててくれれば」
寧ろ綺麗サッパリ忘れて下サイ、とは心の声。
そして全員が輸送艇に乗り込み‥‥あれ、一人足りない?
その頃、ナイルには義手の親指を立てて満足そうな笑顔で沈んでいく獅子鷹の姿があった。何でも、余暇を楽しむキアの大切な帽子を奪い取った結果だとか‥‥
彼は、戻って来るのだろうか?