タイトル:X あかぱんだマスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/27 23:58

●オープニング本文


 英国南部、ケント州の森林地帯にひっそりと隠された珍獣研究所。
 そこに保護されているのは、余程の事がない限りは人に危害を加える事のない、言わば失敗作のキメラ達ばかりだった。
 常に美味しそうな匂いを周囲に漂わせる、ジンジャーブレッドキメラのジン。
 ふわもこのぷにょぷにょな、ふわねずみ達。
 そして、つい先日引き取られたばかりのわんこキメラ、ワン。
 まだ施設が出来て間もない為に、収容されている珍キメラの種類は少ない。しかし、巷に様々な種類のキメラが溢れている昨今、今後もこの施設に収容されるキメラ達は増えて行く筈だ。
 造り主から「失敗作」の烙印を押された彼等に未来はない。
 いや、もともと使い捨ての兵器として造られた彼等に、未来などある筈もない。
 そんな彼等に、手を差し伸べたい。出来れば未来を作ってやりたい。
 そう考えて創設されたのが、この珍獣研究所だ。


「‥‥でも、ふわもこばっかり増えるのは‥‥どう考えても個人的な趣味だよな、所長の」
 Xの助手、Zは手にしたファイルをぱらぱらと捲りながら苦笑を漏らす。それは、Xが目を付けた珍獣達の資料だった。
 生きたぬいぐるみだの、空飛ぶペンギンだの、二足歩行の猫だの、ここに書かれたキメラ達を全部連れて来たら、ここは一体どんな事になるのか。
「公開したらカネ取れそうだな、珍獣動物園とかって」
 勿論、どんなに人畜無害でもキメラはキメラ。一般公開など危険すぎるが。
「‥‥で、今んとこ確保出来そうなのは、こいつらか‥‥」
 Zはファイルの一番上に綴じられた資料に目を落とした。
 それは、一見なんの変哲もない熊と猫。ただし、どちらも人間の様に二本足で立ち、体毛は現実には有り得ない程に赤い色をしてはいるが‥‥それ以外に、特に変わった所はない。
 しかしこの二匹、噂によれば‥‥合体してパンダになるらしい。しかも赤白の。
「熊と猫、しかもデカいから、大熊猫で‥‥パンダ、か」
 冗談にしか聞こえないが、本当に居るらしいのだ、そんなキメラが‥‥アフリカに。
「何でアフリカなんだよ、パンダっつったら中国だろがよ」
 しかし、アフリカなのだ。たった今もたらされた情報には、そうある。
「ったく、バグアの連中は何を考えてこんなアホくさいキメラばっか作りやがんだ‥‥」
 お陰で、うちの所長が舞い上がりっ放しで大変なんだぞ。この研究所は所長が自腹で作ったもので、運営費だって全部自前なんだ。いくら貴族で金持ちだからって、財産全部食い潰す気かよ、あの人は‥‥
 そんな事をブツブツと呟きながら、Zは所長室のドアを叩いた。

「‥‥あぁ、Zさん‥‥丁度良い、ところ、に‥‥っ」
 返事がないのを不審に思い、鍵のかかっていないドアを開けた助手の目に飛び込んで来たもの‥‥それは何故かズタボロな姿でソファに引っ繰り返っている所長の姿だった。
「へ‥‥へるぷみー‥‥」
 服は破れ、至る所に痣や引っ掻き傷を作り、おまけに毒にやられて動けないらしい。
「所長‥‥いいかげん学習しろよアンタ」
 助手は盛大な溜息を吐いた。
 これでもう何度目だろう。先日、この研究所に野良キメラ達が持ち込まれて以来、殆ど毎日このザマだ。本人は、彼等と遊んでやっているのだと主張するが‥‥
「言っただろ、あのキメラ達は人には懐かないんだって。元々キメラってのは、人を襲う為に作られたモンなんだから」
「でも、彼等だって環境が変われば、もしかしたら‥‥。それに、ほら。動物というものは本能的に強い者に従う傾向がありますから、ここで上下関係をはっきりさせておけば‥‥」
「もう、とっくにハッキリしてるだろ‥‥どう見てもアンタが下だって」
「そ、そんな事はっ!」
 大トカゲと毒蛇と野犬と巨大カラス相手に練力が切れるまで遊んで貰って、ズタボロになった人が何か言ってるよ。
「私とて英国騎士の末裔、たかが野良キメラ如きに引けを取る筈が‥‥!」
「強かったのは、ご先祖サマ。アンタはただの、軟弱でヘタレな引き籠もり」
「うぎゅっ」
 ついでに穀潰しを付け加えてやっても良いが、そこは勘弁してやろうか。
「ったくさぁ、サイエンティストなんだから、怪我くらい自分で治せよな」
「すみません、そこまで頭が回らなくて‥‥」
 ぶつくさ言いながら、救急キットで治療を始める助手。
「回らないのは頭じゃないだろ」
 治療する暇もない程に攻撃を受けまくっていたのだろう、このヘタレは。
「ったく、引き籠もってばっかいないで、少しはカラダ鍛えろよ、カラダ!」
 ばしーん!
 助手は治療の終わった所長の薄っぺらい胸を思いっきり叩いた。
「そうだ、丁度良い‥‥このパンダ捕獲、所長も行って来いよ。俺、留守番しててやるからさ」
「ええっ!?」
「騎士の末裔なんだろ? 皆に実力を見せ付けるチャンスじゃん」
 にやーり。
「え、いや、その、私は‥‥っ、騎士の末裔とは名ばかりの軟弱なヘタレですからっ」
「自分で言うな!」
 すぱーん!
 何処からか取り出したハリセンが、所長の後頭部に炸裂した。


 そんな訳で。
 成り行きと言うか、勢いと言うか‥‥そんなこんなで、赤白パンダ狩りに駆り出されてしまったX所長。
 彼は元から運動神経が優れている訳でもない、いや、はっきり言ってしまえば非常に鈍臭く、取り柄と言えば動物や子供に異様な程に懐かれるという、殆ど何の役にも立たない才能しか持ち合わせていなかった。能力者としての適性はあったものの、望んでいたキャバルリーになる事は叶わず、さりとてサイエンティストとしても特筆すべき才がある訳ではない。
「でも‥‥足手纏いにならない程度の事は‥‥出来ます、よね」
 きっと出来る。
 出来ると思いたい。
 自他共に認める「役立たずの穀潰し」は、頭の上にのせたジンジャーブレッドをぽふぽふと撫で‥‥小さくひとつ、溜息を吐いた。


―――――


 その頃、アトラス山脈に近い北アフリカの某所では‥‥
「くまー! くまー!」
 赤い熊が狼狽えていた。
 アフリカと言えど、標高の高い山地には木々が生い茂り、まるでジャングルの様相を呈している場所もある。その一角に、彼等は居た。
 その周囲を取り囲む、黒い熊達。この山に棲みついた、野良キメラだ。
 黒熊達から見れば、赤熊と赤猫はつい最近この辺りに現れた新参者。縄張りを守るべく戦いを挑んで来るのは当然の成り行きだろう。
 じりじりと包囲の輪を縮める黒熊。おろおろと狼狽える赤熊。しかし相棒の赤猫は全てを赤熊に任せ、背後の木に登って我関せずで寝息を立てている。
 これが人間相手なら、可愛らしいパンダに合体して難を逃れる事も出来るだろう。しかし、相手は殺る気満々の熊キメラ。つぶらな瞳ともっふもふな感触に癒やされてくれる筈もない。
 危うし、赤熊!
 どうする、赤熊!

 誰か、助けて!

●参加者一覧

西島 百白(ga2123
18歳・♂・PN
リュウナ・セルフィン(gb4746
12歳・♀・SN
東青 龍牙(gb5019
16歳・♀・EP
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
ユメ=L=ブルックリン(gc4492
21歳・♀・GP
七神 蒼也(gc6972
20歳・♂・CA

●リプレイ本文

「にゃー! 今回のリュウナの目的は! 赤白パンダキメラを捕獲してモフモフするのら!」
 リュウナ・セルフィン(gb4746)は張り切っていた。
 なんたって相手はパンダだ。しかもモフモフだ。これはリュウナならずとも張り切ろうというもの。
「まぁ、私はリュウナ様の可愛い笑顔が見れればそれで良いのですが‥‥」
「うにゅ? 龍ちゃん、何か言ったなりか?」
「あ、いえ‥‥何でもありません、リュウナ様」
 にっこり。東青 龍牙(gb5019)は笑って誤魔化した。危ない危ない、独り言のつもりだったのに‥‥何という地獄耳。
「にゃ!」
 突然、リュウナが大声を上げた。
「ど、どうなさいました!?」
 まさか、今の「地獄耳」のくだりが聞こえたのだろうか。いやしかし、あれは褒め言葉で‥‥!
「最初に自己紹介しなきゃダメなりね! ペケにゃん!」
 ‥‥なんだ、そういう事か。
 そう言えばここはXの研究所で‥‥今回の任務はキメラと共に彼を護衛する事だった。
「えっと、もふり検定6級(?)のリュウナ・セルフィンなり!」
「ぁ、はい、よろしく‥‥、‥‥検定‥‥なんて、あるんですか‥‥?」
 知らなかった。
「今年出来たばかりの新しい検定なり! 国際もふキメラ協会の公認資格なりよ!」
 ‥‥ほんとか?
「リュウナは6級だからお腹をモフモフする権利が得られるのら! たしか肉球は準1級取得者だけが許される権利なのら!」
 ‥‥そうだったのか。
「とすると‥‥もしかして、我が家の猫達をもふるのにも資格が必要なのでしょうか?」
 本気にしてるよ、所長。
「あー、いや‥‥キメラ限定だと思うぜ、多分」
 ちょっぴり溜息混じりに答えてから、七神 蒼也(gc6972)は少しばかり悪戯心を起こしたらしい。
「キャバルリーの七神蒼也、耳をふにふに出来る、もふり検定4級所持だ」
 もふキメラに該当しそうなキメラとは、以前にも遭遇した事がある。その時の経験から言って、恐らく4級くらいは取れているだろう‥‥多分。
「私は‥‥準1級‥‥かな?」
 御鑑 藍(gc1485)が言った。そうそう、あの時は藍も一緒だった。背中に乗って行進したくらいだから、多分かなりの上級者だろう。
「キメラでも人に危害を加えない大人しい連中なら保護も良いよな」
 それにしても。
(前のデカ猫キメラの時にこの人の事知ってたらなぁ‥‥聞いた限りだと、あーいうキメラなら喜んで迎え入れてたっぽいし)
「そうなんですよっ!!」
「へっ!?」
 蒼也の心の声が聞こえたのか、Xはその手をがっしりと握って力説を始めた。
「あの大きな猫キメラ! あの子達を保護出来なかったのが、もう悔しくて悔しくて‥‥っ」
 あの時はまだ、施設が完成していなかったのだ。
 だから決めたのだ。これから先、二度と悲劇は繰り返すまいと。
「‥‥面倒‥‥だな」
 ぽつり。西島 百白(ga2123)が呟いた。
「面倒だから‥‥バッテン印で‥‥良いだろ?」
 キメラ保護が面倒なのかと思ったら、そういういう事ではない‥‥らしい?
「次の依頼までの‥‥暇つぶしには‥‥なるだろ‥‥」
 うん、暇つぶしでも何でも良いよ、バッテン印もどんと来いだ! 手を貸してくれるなら!

 そんな訳で、パンダ探しにれっつごー。
「さて、リュウナ様! 気を引き締めて赤白パンダの捕獲に参りましょう!」
「よし! 頑張って探すなりよ!」
 龍牙に言われるまでもなく、リュウナのハイテンションは絶賛継続中。
「ところで、なんでアフリカにパンダなりか? 観光に来てるなりか?」
「‥‥そうですよね‥‥パンダってたしか中国ですよね? 何でアフリカなんですか?」
 二人は答えを求めてXに目を向ける。しかし‥‥
「‥‥もう‥‥バテたのか‥‥」
 非体育会系インドア派、しかも登山はこれが初めてというXに、場所によっては標高三千メートルを超すアトラス山脈の横断はハードルが高すぎた様だ。
「‥‥面倒だな‥‥このバッテン印は‥‥」
 カクカクと膝が笑い始めたXの襟首を引っ掴み、百白はその体を軽々と持ち上げた。このまま肩に担いで荷物状態で運んでも良いのだが‥‥流石にそれはあんまりだと思ったのか、おんぶの形で背負い直す。
「ぁぅ‥‥」
 X、百白の背中で撃沈。結局、パンダがアフリカに居る謎は聞きそびれてしまった。
(この人、イギリス騎士の末裔‥‥なんだよな?)
 その背を見ながら、蒼也は心中に呟いた。とてもそうは見えないが、血筋の上ではそういう事になっているらしい。
(直系じゃないけど、ウチのご先祖様にもイギリスに渡って騎士になった人がいたらしいから‥‥ちょっと親近感があるかも)
 そう思えば、このヘタレっぷりも可愛く思えて‥‥は、来ない、か。
 それに、キャバルリーだと自己紹介してというもの‥‥何か妙な視線を感じるのだ。それでいて、目が合うと慌てて逸らす。
(キャバルリーになりたかったけどなれなかったって聞いてるし、その辺関係かね?)
 それとも、蒼也に気があるのか? それは勘弁だが、それにしてもあの態度‥‥
(言いたい事あるなら言えば良いのに‥‥)
 そうして途中に現れる野良キメラを適当に退治しながら黙々と歩き続ける事、暫し。
「にゃー! ドコにいるなりかー! いたら返事するのらー!」
 痺れを切らしたリュウナが叫ぶ。
 しかし返事が聞こえる筈は‥‥
『‥‥くまぁー‥‥』
 ‥‥え?
 今、何か聞こえた? 何処から!?
 しかし、周囲は木が生い茂って見通しが悪い。
「にゃ! 閃いたのら! 高いところから探せば多分早く見つかるのら!」
 それには木登りが一番だが、周囲の木々はどれも高く、真っ直ぐに聳え立っていた。
「にゅ〜‥‥」
 一人では無理だ。
「ペケにゃん! ひゃくしろ! 手伝ってほしいのら!」
「‥‥バッテン印‥‥上がれ‥‥」
「え?」
「‥‥察しの悪い‥‥奴だ‥‥」
 百白一人を踏み台にしても、一番下の枝に届かない。二人分の高さが必要なのだ。慌てて、Xは百白の肩の上へ。その背をよじ登り、リュウナは枝に取り付いた。
「リュウナ様、大丈夫ですか!?」
 下では龍牙が、落ちはしないかとおろおろはらはら。しかしリュウナは高さに動じる様子もなく、周囲を見渡している。
「高い所から狙い撃ち、味方の援護をするのがスナイパーの仕事にゃ!」
 さっき変な声がしたのは、どの辺りだろう。
「にゃ! 見付けたなりー! 赤いクマー! と黒いクマー! なりか!」
「え? 赤熊と黒熊ですか?」
 目標はパンダじゃなかったのか。
 しかし、リュウナが指差した方向に駆けつけてみると‥‥そこに居たのは確かに熊。
「クマーですか!? クマー!」
「‥‥おい、どっちだ?」
 Xを背負ったままの百白が尋ねる。
「赤いのと黒いのが‥‥いるぞ‥‥」
「にゃ! 赤クマー! の後ろの木の上に赤いネコー! がいるのら!」
 しかし、Xが答えるよりも早くリュウナが叫んだ。
「きっと赤いクマー! はあの赤いネコー! を守ってるのら! ならリュウナは赤いクマー! を助けるのら!」
 なるほど、了解。
「‥‥‥よいしょ‥‥っと」
 どさり。百白は背中の荷物を無造作に落とした。
「さて‥‥狩りの‥‥時間だ‥‥」
 ‥‥と、その前に。
「『邪魔』と『面倒事』だけは‥‥するなよ?」
 後方に下がらせたXに念を押した。
「‥‥‥スキルで‥‥支援は‥‥出来るだろ?」
「は、はいっ」
 その返事がどれ程アテになるかはわからないが‥‥とりあえず信じておくとして。
 百白は姿勢を低くし、覚醒。
 さあ、戦闘開始だ。

「赤い熊‥‥と赤い猫‥‥ですか」
 その二匹を見て、藍は思わず呟いていた。
「何と言いますか‥‥その、こう‥‥赤い熊はカレーにしなきゃいけない気がします」
 何故そんな気がするのか、理由はわからない。わからないが、突如として心の底から沸き上がった使命感が藍を突き動かす。
 しかし、その為にはまず邪魔な黒熊を退治しなければ!
 藍は迅雷で接近し、赤熊を取り囲んでいたカツアゲ集団‥‥いや、黒熊達の体に翠閃を叩き込んでいった。
「全ては‥‥熊カレーの為に」
 円閃、二連撃。持てる力の全てを使って、速攻で黒熊達を沈めていく。全ては熊カレーの為に!
「リュウナ様、参りますよ?」
 龍牙は遙か頭上で敵に狙いを定めている筈のリュウナに声をかけると、紅く燃える様な色をした槍を構えた。
「東青龍牙! 青龍神様の命により黒熊キメラを排除します!」
 自身障壁を発動、真っ正面から飛び込む。
「リュウナ様は援護をお願いします! 正面は私が!」
「リュウナ・セルフィン! 黒龍神の名の下に狙い撃ちます!」
 覚醒したリュウナはスナイパーライフルで黒熊の頭を打ち抜いていった。
「‥‥喰わせて‥‥もらう‥‥」
 一気に間合いを詰めた百白は、黒熊の懐に飛び込んだ。
「‥‥面倒は‥‥嫌いなんだ‥‥」
 無駄に大きな両手の爪を、フォークの様にその腹に突き刺す。
 ところが‥‥
『くまー! くまー!』
 赤熊が右往左往している。どうやら目の前で突然始まった戦闘に戸惑っている様だ。
 いきなり現れたこの生き物は、敵なのか味方なのか!?
「‥‥面倒だな‥‥あの赤いのも‥‥」
 敵ではない事を、どうしたら理解させられるだろうか。いや、しかし‥‥面倒だ。放っておけば、そのうち理解するだろう‥‥多分。
 百白は落ち着きのない赤熊に黒熊達が近付かない様に自らを囮にしつつ、紅蓮衝撃で黒熊を引きちぎる。
「‥‥面倒だ」
 ぼそり。
 そして、バッテン印はどうかと見ると‥‥こちらもまた、面倒な事になっていた。
 彼にとっては、これが初めての実戦なのだろう。戦いの空気に呑まれ、身動きが取れなくなっている様だ。
「‥‥ったく」
 すっぱぁーん!
 蒼也の巨大ハリセンが、その後頭部に炸裂した!
「アンタは今サイエンティストとしてやれる事があるだろうっ!」
「いたっ!?」
 いや、痛くはない筈だ。しかし、その衝撃で我に返ったXは、涙目で蒼也の顔を見た。
「自分の力に自信を持って、今出来る事を精一杯やれよ!」
「自信‥‥なんか、ありません‥‥けど」
「なくてもやれっ!」
「は、はいぃっ!」
 蒼也はビビりまくるXの腕を掴むと、引きずる様に走って黒熊達の間を抜け、赤熊の前に立った。
『く、くまっ!!』
 がるるるー。彼等を敵だと思ったのか、背後の木を庇う様に両腕を広げ、威嚇する赤熊。
「ああ、大丈夫。俺らは敵じゃないから」
 パニック寸前の赤熊にそう言うと、蒼也はくるりと背を向けて防御陣形を発動した。
『くま‥‥?』
 漸く事態を飲み込んだらしい赤熊が、背後の木の上で寝そべっている相棒に声をかけた。
『‥‥だり』
 ぷらん、ぷらん。赤くて長い猫の尻尾が面倒臭そうに揺れている。
 しかし、まだ戦いが終わった訳ではなかった。
「だから援護しろって!」
「あ、そうでした!」
 Xはとりあえず、目の前に立つ蒼也に練成超強化をかけた。順次、射程内で戦う仲間達を強化した後は、黒熊に練成弱体。
「今のうちに、一気に片付けてしまいましょう」
 強化を受け、龍牙は木の上のリュウナに熊達を寄せ付けない様に守りつつ、Xと赤熊を背後に戦う。
 それを援護するリュウナは影撃ちや強弾撃を使い、黒熊達の動きを止めて行く。
 やがて――

「ガアァァァァァァ!!」
 虎の如き雄叫びが周囲に響き渡った。
 戦闘終了の合図だ。
「リュウナ様? 大丈夫ですか? ちゃんと一人で降りられますか?」
 龍牙の心配を余所に、幹を伝ってするすると身軽に降りてくるリュウナ。
「にゃ! 大丈夫なのら!」
 そんな事より、赤白パンダ! パンダは何処!?
 しかし‥‥そこに居るのは赤い熊と、赤い猫。いつまで観察しても、二匹がパンダになる気配はない。
「よしよし、よく頑張ったな」
 赤熊は蒼也に頭をぽふぽふされてご機嫌だ。赤猫は‥‥相変わらず木の上に寝そべったまま、ぐーたらしている。
「ならば‥‥勝負、です」
 ずいっ。藍が一歩、前に進み出た。彼等は確か、身の危険を感じると合体してパンダになる筈だ。ならば‥‥危険な状況を作ってやろう。ただし、剣は持たずに。赤熊に怪我をさせない為というのもあるが、何となく徒手空拳で立ち向かうのが礼儀の様な気がするのだ。武術家の血が騒ぐとでも言うのだろうか。
『くまっ!?』
 殺気を感じた赤熊は、体中の毛を逆立てて身構えた。この挑戦は受けて立たねばなるまい。何故だかそう感じた様だ。
 じり‥‥じりり‥‥。仲間達が息を殺して見守る中、ゆっくりとした動きで互いに間合いを計る。
 やがて、殆ど同時に攻撃に出た。拳と拳が、蹴りと蹴りとが火花を散らす!
 人間と熊が生身でぶつかり合う。因縁の対決の様な、そうでない様な。やがて、戦いの中から生まれる奇妙な感情。それを人は友情と呼ぶのだろうか。
 ぐっ。
 どちらからともなく拳を突き出し、親指を上げる。
 爽やかな疲労感を残して、戦いは終わった。
 ‥‥だがしかし。
「まだ‥‥パンダには‥‥なりませんか‥‥」
 ならば、奥の手。
「熊カレーの‥‥材料に」
『くまーっ!!?』
 皆まで言う必要はなかった。それは赤熊にとって最強の脅し文句。熊カレーは好物だが、自分が食われるとなれば話は別だ!
 赤熊と赤猫は、あっという間に合体し‥‥
「にゃっ! 赤パンダなりっ!」
 もっふーーー!
 リュウナが早速抱き付いた!
 もふもふ、もふもふ。リュウナは6級の特権を行使して、もこもこのお腹をもふりまくる。
「私は‥‥準1級ですから‥‥」
 ぷにぷに、ぷにぷに。藍は思いっきり赤パンダの肉球をぷにぷにしまくる。ちゃんと施設に移送した後の方が、野良キメラ等の危険もなく安全かとは思うが‥‥目の前の誘惑には勝てなかった。
 もふもふ、ぷにぷに。止まらない。
「‥‥ぱん‥‥」
 パンダの鳴き声は、そう聞こえた‥‥気がする。

 そして、もふり欲求を存分に満たした帰り道。
「むにゃむにゃ‥‥」
 戦いで疲れたリュウナは百白の背中に揺られ、夢心地。
 そして藍は、大きな熊肉の塊を腕に抱えていた。勿論、赤熊の肉ではない。退治した黒熊のものだ。
「研究所に帰ったら‥‥熊カレー‥‥作りますね」
 キメラの肉でも、熊肉に変わりはないだろう。多分。
「‥‥普通のカレーも作ります‥‥か」
 レッドカレーにグリーンカレー、そしてノーマルな黄色いカレー。ちょっとしたカレーパーティになりそうだ。
 助手に連絡を入れておけば、到着までに準備を整えておいてくれるだろう。
「今回は‥‥ありがとうございました」
 赤パンダを腕に抱えたXが言った。誰にともなく、しかし皆に聞こえる様に。
「お陰で、この子も無事に保護出来ましたし‥‥あの、それに‥‥思いっきり足手纏いで‥‥ご迷惑を、おかけ‥‥」
 すぱーん!
「いたっ!?」
 またしても、蒼也のハリセンが炸裂した。
「良いんだよ、無事に終わったんだから」
 今はのんびりカレーパーティを楽しめば良い。
 後の事は‥‥また、後で。