タイトル:わるいやつらマスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/23 01:47

●オープニング本文


 長年に渉る異星人との戦いに、地球の人類は疲弊しきっていた‥‥訳でも、ない。
 勿論、住む家や故郷を無くし、親しい人々を亡くし、夢も希望も潰えた人々は少なくない。
 しかしその一方で、軍需景気の恩恵を受けて私腹を肥やし、安全な場所でぬくぬくとしている者も、少数ではあるが存在した。

 人類が敗北するのは困るが、出来れば一進一退を保ったまま、永く続いて欲しい。
 そんな本音を隠そうとしない者さえ居る。

「貧しき隣人には施しを‥‥それが富める者の義務ってヤツだろ?」
 男はそう言って、胸の十字架を握り締めた。
「より多く与えられた者はその事に感謝し、多くを与えられなかった者に施しをすべきだ。俺は、小さい頃からそう教えられて来たし‥‥親父は実際にそうして来た。家が没落する迄はな」
 彼の家が没落したのは、富める者の義務に従って施しを与えすぎた為か、それとも時代の波に乗り遅れたせいか‥‥父親も亡くなり、家も土地も失った今ではわからないが。
 それでも、もし今の自分に富があれば、それを分け与える事に躊躇いはないだろう。それが貴族たる者の矜恃であり、父の遺志でもある。
「だが、奴はその義務を果たしていない。私腹を肥やす事にしか興味がない、典型的な嫌らしい成金だ」
 人はカネだけで助けられるものではないが、カネがなければ助からない事も多い。
 家を失い、職を失い、希望を失った人に、とりあえず必要なもの。
 ある所には唸るほどあり、ない所からは袖を振っても出ない。
 そして、必要な所にあるとは限らない‥‥寧ろ本当に必要な所に行き届く事は滅多にない。
 それがカネだ。
「奴にその気がないなら、俺達が代わりにやってやろうじゃないか。どうせ余ってるモンだ、少しくらい減ったって奴の家はビクともしないさ」
 男は二人の仲間を見た。同意の色を湛えた瞳がそれを見返す。

 こうして、事件は起きた。


―――――


「能力者による窃盗事件‥‥?」
 何かと雑務を押しつけられがちなULTオペレーター、セオドア・オーデンは、またぞろ何か厄介な事を押しつけられそうな気配を感じつつも、目の前の上司に尋ねた。
「そうだ。しかも同じ場所で、二回」
 ゆっくりと頷くと、上司は必要以上に重々しい声音で続けた。
「能力者が、その能力を悪用して起こした事件。そう考えて間違いない」
 被害に遭ったのは、軍需産業の一端を担う企業の重役の私邸。厳重なセキュリティをいとも簡単に突破し、金庫を開けて中身を持ち去ったのだ。
 目撃者はいないが、各所に配された警備員を眠らせ、監視カメラの類を無効化し、電子ロックが施された鍵を開けるという手口は、能力者のスキルを使ったものである可能性が高い。
「しかし、もし本当に能力者が関与しているならば‥‥拙い事になる」
 上司はそう言って、太い溜息を漏らした。
「バグアとの戦いにおける活躍で、能力者達の評価は確実に上がっている。しかし、その中に一人でもこうした‥‥無法者がいるとだな‥‥」
 彼ら全体の評価を落としかねない。
「それだけは避けねばならん。そして、この事件が表沙汰になる前に、彼等をどうにかせねばならんのだ」
「表沙汰に‥‥なってないんですか、まだ」
「ああ、向こうも叩けば埃が出る身って事なんだろうよ。大儲けするには、真っ当な手段ばかりは使っていられないという事だろうな」
 警察には通報出来ない事情があるという事か。
「まあ、向こうの言い分は違うがな。身内の不始末が表沙汰になる前に、自分達で処理するチャンスを与えてやると来たもんだ」
 苦笑混じりに吐き出されたその言葉に釣られ、セオドアも思わず鼻を鳴らす。
「そんな訳で、だ。その企業家の有難い申し出を受けて、犯人を捕らえるべく我々で独自に動く事になった。君にはそのオペレートを任せたい」
「はあ」
 何となく気のない返事になったのは、彼もその企業家の評判を耳に挟んだ事があるからだ。
 この戦争で私腹を肥やした成金。
 いや、金儲け自体は別に悪い事ではない。しかし、その企業家はカネに汚く、利益を社会や従業員に還元する事はない。賄賂は送っても寄付は絶対にしないタイプの人間。
 そんな奴からだったら、少しくらい頂いても‥‥と、思わなくもない。
 それに、今回の犯人は盗んだ金を全て慈善団体に寄付していると聞けば、内心で喝采を贈りたくもなるというものだ。
 いや、どんな理由があろうと盗みは犯罪だし、犯人は相応の処罰を受けるべきなのは当然だが‥‥何というか、情状酌量の余地はありそうな気がする。
「とにかく、まずは彼等を捕まえてくれ。数は二人か三人程度だろう。手口から見て、ハーモナーとエレクトロリンカーが居る事は間違いないだろうが、他は不明だ」
 そう言うと、上司は屋敷の見取り図を机に広げた。
 表玄関が正面に、その他三方に通用口がある。これまで侵入に使われたのは、庭の樹木の陰になって見通しの悪い西側の通用口だ。
 そこは屋敷の地下にある金庫室へ降りる階段からは最も遠い場所になるが、彼等のスキルがあれば難なく突破出来るものと思われた。
「犯人は毎回、自分の手で持てるだけのカネを持ち去るそうだ。まるで自宅の金庫から取り出す様にな」
 侵入が容易ならば、一度に多くを盗む必要もないという訳か。
 だからこそ、三度目が必ずあると踏んで、こうして捕獲作戦を実施する運びになった訳だが‥‥
「でも、いくら簡単だからといって、そう何度も同じ事を繰り返しては捕まる危険も増えるでしょう」
 セオドアが口を挟んだ。
「現にこうして動き始めた訳ですし‥‥んー、何かあるんでしょうかねぇ」
「何か、とは?」
「いや、何か‥‥ですよ。何だかわかりませんけど、そんな気が」
 捕まえて欲しい、とは流石に思っていないか。
 でも、何かありそうな気がする。
 何か‥‥理由が。

 実際の対応は傭兵達に任せるしかないが、捕まえた後で話を聞いてみたい気はする。
 その結果によっては、何かしら新たな局面が開けるかもしれない。
「捕まえて終わりっていうのは‥‥出来れば避けたい、かなぁ」
 上からの指示は、彼等の捕獲ではあるのだが。
 そう思いつつ、セオドアは極秘に集められたという傭兵達の到着を待った。

●参加者一覧

緑川 安則(ga0157
20歳・♂・JG
ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
旭(ga6764
26歳・♂・AA
リュティア・アマリリス(gc0778
22歳・♀・FC
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
トゥリム(gc6022
13歳・♀・JG
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD
大神 哉目(gc7784
17歳・♀・PN

●リプレイ本文

 そこは、見るからにカネを溜め込んでいそうな嫌味ったらしい外見の豪邸。
 外見が嫌味なら、中の装飾は輪をかけて嫌味で悪趣味‥‥というのが、メイドとして潜入したリュティア・アマリリス(gc0778)と大神 哉目(gc7784)の率直な感想だった。
「ここも豪邸だがまた何処かでメイドとして働く気はないのか?」
「そうですね、この力が必要無くなる日が来たら考えてみようと思います」
 一緒に潜入した月野 現(gc7488)の挨拶代わりの問いに、リュティアはそう答えて微笑む。
「そうか‥‥いつか本当のメイドとして働く姿が見たいな」
「その時は現様の様に誠実な方にお仕え出来ると良いのですが」
 にっこり。
 その言葉は本心から出たものか、それともこの屋敷の主人が誠実とは程遠い人物である事の婉曲表現なのか。カネに汚く、カネの為ならどんな事でもする我利我利亡者。そんな世間の評判通りの人物が、この屋敷の主人だった。
 そんな主人の人物像と、この屋敷の嫌味な様子を見れば、少しくらい分け前を頂いても構わないだろうと考えた犯人達の気持ちも、わからなくもないが‥‥
「基本的に同情はする。だが、犯罪は犯罪だ。しかも能力者が能力を悪用するということは能力者全体への悪影響もあり得る」
 金庫室の前に身を潜めた緑川 安則(ga0157)が呟く。細部に多少の違いはあるが、傭兵達の考えはほぼ同じ所に落ち着いていた。
 何か理由があったとしても、手段は選ぶべきだ。しかし、だからこそ手段を選ばなかった理由を知りたいと、屋敷の玄関に立った旭(ga6764)は思う。依頼人がそれを知れば、或いは改心してくれるかもしれない。
 その為にも、まずは彼等の身柄を確保しなければ。
 旭は一定時間ごとに周辺を警戒し、無線の状態をチェックする。まだ賊が出るには早い時間だが、彼等が前回までと同じ行動を取るとは限らなかった。
「そうそう〜いつも同じとは限らないのだね〜」
 こちらは金庫前に陣取ったドクター・ウェスト(ga0241)。とりあえず、いつもと同じ場所で網を張ってはいるが。
「今回はコッチに来ないかもしれないけどね〜」
 流石に三回目ということで、犯罪者は金庫を囮にして、他のもの、情報などを盗もうとしているのではないか。もしそうなら、メイドに扮して家捜し真っ最中のリュティアと哉目が危険に曝される事になるが‥‥
 まあ、大丈夫だろう。彼等もプロである事だし。
 ‥‥と、その耳に主人の怒鳴り声が聞こえてきた。ここは広い屋敷の東の端。しかも地下。主人が押し込められているのは反対側の西の端。なのに声が聞こえる。その怒りの程は推して知るべし、か。
「おい! 何故ワシがこんな窮屈な思いをせにゃならんのだ! しかも使用人と同じ部屋に閉じ込めるとは!」
 窮屈と言うが、この部屋だけで普通の民家一件分の広さがある。
「申し訳ありません」
 彼等の護衛という名目でその場に残った現が、いつになく丁寧な口調で応じる。
「これも皆様の安全を確保する為ですので、どうかご容赦を」
「‥‥ふんっ」
 主人は鼻息も荒くそっぽを向く。しかし、この男と同じ部屋に閉じ込められてご機嫌ナナメなのは、使用人達の方も同じらしい。彼等だけで部屋の隅に固まり、落ち着かない様子で黙りこくっている。この場に主人がいなければ、さぞかし様々な愚痴や不満の数々を聞かせてくれた事だろう。
(さて、向こうは上手くいってるかな‥‥)
 現が家の者を一ヶ所に集めたのは、メイドの二人が動き易くする為だった。
「依頼人の見られたくないモノ、か。ドクターの情報からすると、やっぱり帳簿とか?」
「そうですね。するとやはり、怪しいのは書斎でしょうか」
 二人の偽メイドは隅々まで丁寧に掃除をすると見せかけつつ、水も漏らさぬ精度で片っ端から調べ上げていった。
 因みにウェストが情報を得た手段に違法性はない。依頼人の経歴をUPCで調べて貰っただけの、公的な記録だ。偽りとは言えないが、真実とも言い難い記録。
 そこに残される事のなかった「黒い記録」は、果たして存在するのか。しかし帳簿の類を調べても、そこに違法性はなかった。
「空振り、でしょうか」
 リュティアが溜息を漏らす。考えてみれば、発覚すれば社会的に抹殺されかねない取引の証拠がそう簡単に見付かる筈もない、か。
「しっかし、何だコレ?」
 哉目の目が人件費の欄に釘付けになった。彼が経営する会社は、事業規模の割には人件費が低い。契約社員やパートなどは殆ど最低水準すれすれの金額だった。
「もしかしたら、これが‥‥?」
 リュティアが呟く。この事件の犯人には何か盗み以外の目的があるのではないか。単純に金銭目的なら一度に大量に持ち出して終わりになりそうだが、彼等は何度も同じ場所で少額の盗みを繰り返している。しかも、それを自分達で使う事なく全額寄付している事を考えると‥‥
 その時、メイド服の下に隠し持った無線機が急を告げた。賊が現れたのだ。

(寄付か‥‥いや、依頼に私情は挟めないな。この後か‥‥)
 屋敷の東側、ハーモナーの探知圏外で待機していたシクル・ハーツ(gc1986)は、双眼鏡を覗き込む。そこに、闇に紛れて屋敷に忍び込もうとする人影を見付け、無線機を取った。
「今、中に入った。数は‥‥三人」
 仲間に告げると、シクルは静かに後を追う。途中、相手の子守唄にかかるフリをして遣り過ごした旭と合流し、廊下を西へ。
「きゃっ!」
 その先で短い悲鳴が聞こえた。
 素知らぬ顔で廊下へと続くドアを開けたリュティアが、賊と鉢合わせしたしたらしい。
「‥‥新入りか」
 賊はリュティアの顔をじろりと見る。しかし、傭兵である事は気付かれなかった様だ。いや、気付いたのかもしれないが‥‥
「静かにしていれば、何もしない。先輩達に何も聞いてないのか?」
 穏やかな口ぶりでそう言うと、賊はそのまま廊下を進んでいった。どうやら、彼等は既に使用人達と顔見知りになっているらしい。それどころか、使用人達が彼等を見逃していた事も考えられる。
 暫く後、廊下の突き当たりから一発の銃声が響いた。
「警告する。投降しろ。今なら政治的取引で何とかできる」
 賊の足下に威嚇射撃を放った安則の声。
「なるほど‥‥どうも変だと思ったら、ご同輩か」
 苦笑混じりの賊の言葉に、トゥリム(gc6022)が勢いよく立ち上がった。
「エミタの使い方を誤った人たちには、おしおきが必要だね」
 バグアやキメラと戦う為に能力者になった筈なのに、本来の目的を忘れて盗みを繰り返す輩に同輩などと呼ばれたくない。義賊と言われて世間では喜ばれているようだが、情状酌量の余地はない。
「おしおき、か。どうするんだい、お嬢ちゃん?」
 笑みを含んだ声が尋ねる。馬鹿にしているのだろうか。返事の代わりに、トゥリムは小型超機械αを突き付けた。致命傷を与えない様に出力は調整してあるが、そんな事は教えない。
「この状況、この人数差‥‥逃げられると思うか? 無駄な戦いはしたくない」
 逃げ道を塞いだシクルが投降を呼びかけた。金庫側に安則とウェスト、そしてトゥリム。こちら側にはシクルと旭、更には合流したリュティアと哉目、それに現もいる。八人の能力者に挟み撃ちされては、勝ち目がない事は明らかだろう。しかし、賊達に従う気配はなかった。
「まあ、投降は無理なのは分かっているさ! そっちの信念とこちらの信念がぶつかり合うのなら、力をぶつけ合うしかない!」
「そういう事だな。あんたらが勝てば、話くらいは聞いてやるさ」
 安則の言葉に賊が応える。しかし、狭い上に屋敷を傷付けてはいけないという制限付き。戦い難い事、この上もない。
「まったく、面倒だね〜」
 ウェストは機械剣αをメインに、エネルギーガンで攻撃を加えるが‥‥能力者同士の戦いだというのに、今ひとつパッとしない。はっきり言えば、地味だ。
 地球の生命や非能力者を巻き込まないよう注意しながらの戦いではあるが、パッとしない理由はそれだけではなさそうだった。
 賊達に、やる気がないのだ。
「火力支援だけではない。狙撃もできるさ。狙撃屋としての技量は持っているつもりなんでな」
「おいおい、マジかよ!」
 果てはドローム製SMGを構えた安則を制止する始末。
「そいつは家の中でぶっ放すモンじゃないだろ。他の誰かに当たったらどうするんだ」
 賊に説教されてしまった。
「でも、あなた達だってバグアと戦わずに人間側を襲ってる」
「俺達は、ただカネを盗んでるだけさ」
 トゥリムの言葉に、賊は肩を竦めた。人に怪我をさせた事はないらしい。
「それでも! そのエミタは盗人の為に用意されたものじゃないよ」
「まあ、な」
 いつの間にか、双方の能力者達は武器を下ろしていた。
「制圧完了か、さて、一応聞いておくが。抵抗する気はあるか?」
「ある様に見えるか?」
 見えない。が、念には念を。安則は彼等の武器を取り上げ、銃口を向けつつボディチェック。
「能力者のくせにセコい事して面倒かけてくれてるねー‥‥」
 こういうの、イラつく。だから、言いたい事は言わせて貰うと、哉目は矢継ぎ早に言葉を浴びせかけた。
「君らの所為で他の能力者が被る迷惑を考えてるの? 君らの犯罪行為で失われた能力者への信頼が原因で、最悪誰かが命を落とす事になる可能性は考えてないの? 依頼者が表沙汰にしないと踏んでるなら、そんなの希望的観測なだけだよね? 君らがセコい事して盗んでるお金じゃ失われた信頼は買えないよ?」
 よし、言いたい事は言った! 後は任せる!
「ねぇ、盗んだお金ってどうしたの?」
 任された‥‥訳でもないが、覚醒を解いたシクルが優しく尋ねてみる。
「聞いてるだろ?」
「うん。やっぱり本部で言ってた事って本当だったんだ‥‥」
「だけど、どんな大義名分があっても窃盗の罪は無くならないよ」
 トゥリムが言った。
「金も大事だが、どうせなら不正の証拠ぐらい盗み出してみてほしかったな。金を盗んで寄付しても正義とは言い切れんぞ。まあ、それを理解できていれば此処にはいないし、銃撃戦の的にならんわな」
 続いて、互いの状況を嘆きつつ安則が一言。
 しかし、賊は苦笑いと共に応える。
「罪を消そうとは思っちゃいないさ。不正がどうこうって、そっち方面の正義にも興味はない。ただ‥‥」
「ただ、何?」
 旭が尋ねる。
「どうして、ここを狙ったのかな。それに‥‥繰り返した理由も、聞かせて欲しい」
 問われるままに、賊は語り始めた。
「繰り返したのは‥‥気付いて欲しかったのかな」
 自らの義務に。持たざる者達の声に。それが、彼の考える正義だった。
「そんな自分勝手な正義を、押し付けないでください」
 トゥリムが怒った様に言う。
「やっちゃいけないことは、やっちゃいけないんだよ」
「そう、悪いが犯罪者は許さない。我々能力者は『能力を行使する』という意味を理解しなければならないのだ」
 ウェストが冷静な声で言い放った。

「これで任務完了か。こいつらはこちら側が引き取る。それでいいな?」
 安則が賊達を突き出すと、依頼人は渋々といった様子で頷いた。全く被害を出さずに片付けたというのに、労いの言葉も、当然ながら報酬の上乗せもない。その人柄が問題なのだという事に、彼は全く気付いていなかった。
「あの人は出来たら、こっちで何とかしてみるね」
 こそり。シクルが賊達の耳元で囁いてみる。
 という訳で‥‥攻撃開始。
「この人達は、盗んだお金を慈善団体に寄付してたみたいです」
「それがどうした? あれはワシのカネだ。それを勝手に寄付なんぞしおって!」
「そうだよね、おじさまのお金だよね」
 顔から火が出そうになるのを懸命に堪えながら、トゥリムが言った。媚び諂って、おだてる様に‥‥恥ずかしいが、これも任務の為だ。
「あんなにいっぱいあげるなんて、おじさますっごーい!」
「‥‥何?」
 眉間に皺を寄せ、富豪は孫の様な二人の顔を交互に見比べる。
「強盗の人達もそうですけど、敵が多いと今回みたいなことが起きちゃうんですよ。だから、ちょっと良い事をして味方を作っておくと、いざという時に助けてくれたり、敵も減ったりするんですよ?」
 にっこり。シクルが微笑む。
「そして、企業イメージも良くなるから売上も伸びて、うまくいくと出したお金が増えて戻ってきたりするんです。大企業の社長さんに人当たりの良い人が多いのはそういう事なんですよ?」
 よく言うではないか、情けは人のためならず、と。あれは、人の為にならないという意味ではない。巡り巡って自分に返って来るという意味なのだ。
「お金貰った人達、すごーく喜んでたよ。でも、誰もおじさまに貰ったんだって言わないのは、どうしてかなあ?」
「当たり前だ、ワシが寄付した訳では‥‥」
「え? おじさまじゃないの? でも、おじさまはただお金をため込んでいるわけじゃないよねー?」
「うぐ!」
 守銭奴富豪、劣勢。トゥリムの演技が、じわじわと効いているのか。
「そこで提案なんだが」
 現が言った。もう先程までのへりくだった口調ではない。
「盗まれた金の寄付は貴方からのものとして、評判が上げるように手配してはどうだろう。今後も続けて寄付をして貰えるなら、互いの利益になると思うが」
「何故わしがそんな‥‥!」
「おじさますごーい、ふとっぱらー!」
「ぐぅ!」
 トゥリムの攻撃は、どうやら破壊力がすごい事になっている様だ。
「彼等が何故こんな事をしたのか、わかりますか?」
 今なら話を聞いて貰えそうだと考え、旭が口を開く。彼等が犯行に至った理由。その思い。
「彼等のした事は正しいとは言えませんけれど、でも、その気持ちは‥‥わかってあげて欲しいんです」
「汚い手段で利益を得れば犯罪を誘発し、命の危険がある。今回の賊は凶悪犯ではなかったが、次もそうだとは限らない。貴方もこれ以上敵を増やしたくはないだろう?」
 現が言った。不正の証拠は見付からなかったが、叩けば埃が出る事に変わりはないだろう。
「今回の事件を表沙汰にしなければ、本格的な捜査の手が入る事もない。ほんの少しの譲歩で、全てが丸く収まると思うのだが」
 富豪は返事をしなかった。
 しかしその表情を見れば、心の中は察しが付く。
「この先、貴方の善意と行動で救われる人が居る。こんな交渉だったが、ありがとう」
 差し出された手を、富豪が握り返す事はなかったが――

 その後、富豪に関しては以前ほどの悪い噂は立たなくなった。
 従業員や使用人達の待遇も、幾らかは良くなったらしい。
 そして彼の屋敷で盗みを働いた賊達も、軽い罰金程度で釈放となったらしい。
 経歴には残るが、能力者としての本分を全うする限りは、その罪を問われる事はない。
 そこには、裏で誰かが手を回したのだという噂もあった。

「‥‥脅迫も罪だ。いつか贖罪しないとな」
 知らせを聞いて現が呟く。
 だが、それが罪に問われる事も、恐らくないだろう。