タイトル:【ED】Alien God 1マスター:STANZA

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 不明
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/14 01:27

●オープニング本文


「‥‥ふむ、五分‥‥で、ございますか」
 アメン=ラーは手にした扇子をパチンと閉じた。
 愛機スノー‥‥いや、金ピカサンドストームの、砂漠における戦闘可能時間。以前の三分よりは多少マシになった様だが、それでも本気を出せる時間が僅か五分とは、心許ない。
 これでは、このテーベの都を自らの手で護る事さえ難しくなりそうだ。
「‥‥技術陣には、今少しの努力と精進をば、お願い申し上げましょうか」
 パチン、パチン。扇子の音が古代エジプトの神殿を模した司令室に響く。四方の壁に描かれたカラフルな壁画が彩りを添えている他は、何もない部屋。しかし、その壁や柱には巧妙にカモフラージュされた電子機器が埋め込まれているのだ。
 更に、それらの機器はアメン=ラーの金ピカ仮面に内蔵された端末とリンクする事によって、情報を瞬時に伝えていた。そう、あの仮面はただの被り物ではないのだ。寧ろあの仮面そのものがネットワークの中枢と言っても良い。
 入力された膨大な量の情報を把握し、仕分け、必要な場合は瞬時に適切なリプライを返すのが、司令官としてのアメン=ラーの仕事だった。あの仮面の下では、そのような高度な情報処理が間断なく行われているのだ。ああ見えて、アメン=ラーは結構スゴイヤツなのだ。デキルのだ。多分。
 時々、大事な事がすっぽ抜ける事があるらしい、けど。
「しかし人類という生き物も、強欲なものでございますね」
 アメン=ラーは仮面の下で溜息をついた。顎の下に開けられた小さな通気口から熱い息が漏れる。
 奴等はカイロとアレクサンドリアだけでは飽き足らず、エジプトの全てを掌中に収めようと言うのか。
 ――強欲な連中め。
 侵略者である己を棚に上げて、そんな事を思う。
 彼は他のバグアの様に、人類を虐げる様な真似はしていない。いや、侵略を始めて間もない頃は、彼も破壊する事しか考えていなかった。しかし、この地で古代の遺産に触れてからというもの、彼は変わった。
 彼は生まれ変わったのだ。アメン=ラーという、神の化身として。
「神とは、信じる者を救う存在にございます故、我が民に害をなすとあれば、それが誰であろうとも、我が自ら天罰を下して差し上げましょうぞ‥‥」
 信じる者しか救わないのが、神様。
 異教徒は全て敵。
 同胞とて、敵に回るならば容赦はしない。

 もう、同胞の元へ帰るつもりはなかった。


―――――


 その頃、UPC欧州軍ではエジプト方面への対応に関して様々な意見が飛び交い、具体的な対策が全く見えないという事態に陥っていた。
「カイロとアレクサンドリアという、ナイルデルタの主要都市を押さえたのだ。もう充分ではないか」
「そうだな。ルクソールも問題がないではないが、バグアとは言え、あの仮面男もなかなか良くやっている様だし‥‥」
「ふむ、地元の住民から救助の要請がないのであれば、我々が動くのも余計な世話というものですかな」
「我々とて、戦力に余裕がある訳ではない。放置という訳ではないが、な」
「しかし、実際に助けを望む声が‥‥」
「少数意見だろう? 大多数の者は、満足しておる様ではないか」
「下手に動いて、逆にあの仮面男の株を上げる結果になっても‥‥ねえ」
「かといって、野放しにしたのでは我々の面目が立たん」
 上層部が集う会議で出て来るのは、そんな意見ばかり。
 誰も口には出さないが、結局は自分が悪者になるのは御免被ると、そういう訳だ。
 そして、こんな時に貧乏くじを引くのは下っ端の士官と相場が決まっている。

 そんな訳で‥‥アネット・阪崎(gz0423)は、頭を抱えていた。
「‥‥ったく、どうしろって言うのよ、これ‥‥」
 上からは好きにやってみろと言われたが、自分が責任を取るから、という言葉はついぞ聞かれなかった。
 つまり、何があっても責任はアネット一人が負う事になる訳だ。
 上手く行けば儲け物、失敗しても部下が勝手にやった事で片付けられる。
「‥‥ま、良いけどね」
 アネットは何ら具体策を打ち出す事なく紛糾のままに終わった議事録を斜め読みすると、机に放り出した。こんなもの、紙の無駄だ。それ以前に、会議自体が時間の無駄。
「さて、と‥‥どうするかねぇ」
 あの仮面男は、どうやらルクソールの死守にのみ、拘りがあるらしい。あっさりと首都を放棄した所を見ると、その思いは相当に強固な様だ。
 それを裏付ける様なデータも揃っている。ルクソール住民の満足度は高い。数回にわたる調査でほぼ同じ結果が出たという事は、意図的な情報操作はまずないと見て良いだろう。
 生活レベルが古代並である事を除けば‥‥いや、それこそが人間本来の在り方なのかもしれない。
 しかし一方で、労働力としての存在意義を失えば、処分される。
 アネットは自分の利き腕に目を落とした。
 この程度なら、まだ出来る事はあるだろう。もし自分がルクソールの住民だったとしても、生贄にされる恐れはない筈だ。
 けれど、もっと酷い怪我だったら‥‥?
 子供達の生活は保障される。だが、それだけで良いのか?
「親の愛情は、カネじゃ買えない‥‥なんて、あたしが言っても説得力ないかなぁ」
 アネットは椅子の背もたれに背中を預け、天井を仰ぎ見る。軍務に復帰してからというもの、子供達と過ごした時間は消えてしまいそうな程に少なかった。
 それに旦那だって‥‥帰って来るなら、年金などいらない。
「‥‥っと、いけないいけない」
 今は感傷に浸っている場合ではない。
 彼等と過ごす時間を作る為にも、目の前の仕事をさっさと片付けなくては。
 とは言え‥‥
「さっさと片付く様な仕事じゃないよね、これ」
 上層部の命令は、つまるところ『上手くやれ』という事だ。
 軍の面子を立てつつ、こちらが悪者にならない様に、万事を上手く収める事。ルクソールをあのまま放置するという考えはない。
 問題は、その手段だ。大々的に空爆を行うなど、街全体の壊滅を主眼とした作戦に出るのか、それともゲリラ的な市街戦に持ち込むか、或いは仮面男を中心とした上層部だけを狙うのか。
 いずれにしても、バグアによる統治を非とするならば、まずはそれを住民に納得させる必要があるだろう。排除を強行し、その結果として今よりも状況が悪化したとすれば、何の為の排除か。
「難しい、ねぇ」
 傭兵達は、どう感じているのだろう。
 実際に現地の空気に触れた、彼等の意見を聞いてみたい。
 報告では、あの街には住民を保護するシェルターが完備されているとあった。しかし、実際に戦闘となった時に、果たしてそれが本当に機能するものかどうか、それも確かめておいた方が良いだろうか。
「本当に安全なら、市街戦も遠慮なく出来る‥‥か」
 いっそ、傭兵達に作戦立案を任せてしまっても良い。
 軍の体面にも政治的な思惑にも縛られる事なく、ただルクソール市民の事のみを考えて動けるのは、彼等しかいないだろう。
 責任は、自分が取る。

●参加者一覧

サヴィーネ=シュルツ(ga7445
17歳・♀・JG
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
ルノア・アラバスター(gb5133
14歳・♀・JG
綾河 零音(gb9784
17歳・♀・HD
レヴィ・ネコノミロクン(gc3182
22歳・♀・GD
アルテミス(gc6467
17歳・♂・JG
リズィー・ヴェクサー(gc6599
14歳・♀・ER
黒羽 拓海(gc7335
20歳・♂・PN

●リプレイ本文

 ‥‥チョコくさい。
 輸送艇の中が、なんかチョコくさい。
「え‥‥臭う、かな」
 溶かした板チョコで髪や肌を汚して変装しようと試みていた綾河 零音(gb9784)が顔を上げる。目の合った仲間達が一斉に頷いた。
「却って目立ちまくりだって、それ」
 くすくすと笑いながら、アネットが変装用の染料を投げて寄越した。ついでにコスプレ道具の数々と、地図にカメラに‥‥あと、何だっけ。
「ヒエログリフの、簡単な解読用の表、でも、あれば‥‥」
「あ、そうそう。コレね」
 ルノア・アラバスター(gb5133)に言われて取り出したのは、市内で目にする看板や案内表示の対応表。とりあえず、これだけ覚えておけば潜入時に困る事はないだろう。
「それで‥‥交渉の方、は」
 キア・ブロッサム(gb1240)の問いに、アネットは指でOKのサインを作る。
「じゃあ、予定通りこれ着て乗り込むのよっ! アメン=ラーのおじちゃん、気に入ってくれるかな〜?」
 自作した古代風の衣装を身に着けたリズィー・ヴェクサー(gc6599)が、その場でくるりと回って見せる。高位の神官に仕える侍女風の装身具が、じゃらじゃらと音を立てた。
 交渉の場に乗り込むのは、キアとリズィー、サヴィーネ=シュルツ(ga7445)、そしてレヴィ・ネコノミロクン(gc3182)の四人。
「一人ぐらいは知られた顔があったほうが良い‥‥わよね、きっと」
 果たしてあの素ボケ仮面がレヴィの顔を覚えているかどうかは‥‥微妙に確証が持てないけれど。


 やがて郊外の砂漠に身を潜めた輸送艇から、支度を調えた仲間達が姿を現す。先行するのは、それぞれ独自に市内を調査する事になった者達だ。
「二度目の神都ルクソール‥‥相変わらずね、ここ」
 頭からボロ布を被り、戦災から逃れてきたド貧乏難民の娘に扮した零音は、頭の中に収めた前回の調査メモの内容と、眼前に広がる今の光景とを見比べる。そこに僅かでも違いを感じる事はないか、自らの勘と五感をフル稼働させた。
 しかし、何をどう見比べてもさっぱり違いがわからない。という事は、前回の視察時には、少なくとも外から見える部分に関しては既に全てが出来上がっていたのか。だからこそ、自信満々に招き入れたのだろうか。
 そして、ルクソール市内は至って平穏だった。見張られている様な視線を感じる事もない。育ってきた環境もあって、そうした気配には敏感な筈なのだが――
「‥‥ここまであっさり入れてくれると、なんか罠じゃないかって思えてくるね」
 罠でも良い、見せてくれると言うならそれを最大限に利用するまでだ。
 バグアが来てから変化した場所と言うなら、ナイルの向こう岸が最たるものだろう。そう考えた零音は、生者の町から死者の町へ。
「これ、確か片方はパリにあった筈だけど」
 神殿の前に立つ一対のオベリスクを見上げ、零音は首を傾げた。返還された話は聞かないから、新しく作られた物なのだろう。しかし、この形。
「よく見ればミサイルっぽく見えない事もない、かも」
 そう思って見ると、本物である筈のもう片方も怪しく思えて来る。そういえば、この参道に並ぶスフィンクスも今にも動き出しそうな‥‥
「‥‥っと」
 同じ事を考えたのだろう、仲間の姿を視界に捉えた零音は、感じた違和感を頭のメモに書き入れると、静かにその場を離れた。仲間との接触は出来るだけ避けた方が良い。
「被害者は1人でジューブン、だよ」
 標的になりそうなのは、どう見ても完璧に変装した自分ではなく、背に負った長身の狙撃銃に『偉大なる国の観光中』と書いた旗をたなびかせて歩く彼‥‥アルテミス(gc6467)の方だとは思うけれど。

「神様ならこれで納得するだろうけれど、彼の部下はどう動くかな♪」
 市内では気配を消して警備の者や市民の目に極力触れないように行動していたが、ここなら見つかって騒ぎになったとしても大丈夫だろう。いや、寧ろ騒ぎを起こして反応を見てみたい。
「これが動くとか、王家の谷で死者が甦るとか、ナイルの神秘とか‥‥何かないかな」
 ぺたぺた。参道のスフィンクスを触ってみる。その感触は紛れもなくただの石だ。しかし、あの神様が普通に石像を作るなんて、そんな普通な事をするとは思えない。
「ねえ、どんな仕掛けがあるのかな?」
 くるーり。振り向いた先には、慌てて物陰に隠れようとする獅子仮面の女性が。
「‥‥ここにある物は全て、戦時下ではその姿を変える」
 隠密行動を諦めた獅子仮面、恐らくセクメトであろう女性は、そう答えた。
「神殿は要塞に、守護者達は機動兵器に、ミイラ達は歩兵に。人類に勝機はない」
「ふーん‥‥」
 淡々と語るこの女性はバグアなのだろうか。それとも強化人間?
「バグアに忠誠誓ってるの? それとも神様に心酔してるのかな?」
 アルテミスの問いに、沈黙が返る。恐らくこの場も見張られているのだろう。会話も筒抜けの筈だ。
(聞かれても良い答えなら、黙ってる筈はないよね)
 監視の目が届かない環境でなら、この部下はもっと突っ込んだ話をしてくれそうな気がするが‥‥
 決めた。彼女を今回の専属ツアーガイドに任命しよう。今はこの状況で得られるだけの情報を引き出す事に専念するしかなさそうだし、個人的にお近付きになっておいて損はないだろう。
「じゃあ、よろしくね♪」
 セクメトは太陽神ラーが自分を崇めない人間を殺戮させる為に地上に送り込んだ者と言われる。そんな人と御一緒するのは、少し怖い気もするけれど。

 その頃、エジプト訪問は初めてとなる黒羽 拓海(gc7335)とルノアは、それぞれの手法で市内の様子を調べていた。
 今後どう転ぶにしても、今回の件は今後の展開に関わる。調査班としては、多少なりとも有益な情報を得たい所だが‥‥
「ここは平和だな。流石はアメン=ラー様のお膝元だ」
 拓海の口から出た言葉は予め用意していたものだったが、実際に口にしてみると、半ば本気でそう感じている自分に気が付く。それ程に、市内は平穏そのものだった。
 しかし、この平穏には何か仕掛けがある筈だ。警備状況や監視装置の類に注意を払いながら、拓海は町をぶらぶらと歩く。
「俺は最近こっちに移ってきたんだが‥‥何か注意する事とか、知っておいた方がいい事があったら教えてくれないか? ウッカリで大変な事にはなりたくないんでな」
 ぶらりと立ち寄った食堂で、店員に話しかけてみた。
「んー? まぁ、普通にしてれば普通に暮らせるよ。ただ、神様の悪口だけは慎むんだね」
「監視されてるのか?」
「いや、ご近所の評判がね。何しろ、神様は皆のアイドルだから」
 ‥‥そうなのか。アレが。あの変なのが。
「上に通報されて消されるとか、そんな物騒な話じゃないけどさ‥‥ご近所の評判悪いと、アンタ嫁さんも来なくなるよ?」
「それは‥‥どうも」
 なるほど、そういう土地柄か。
「俺達みたいな労働者が近寄っちゃ拙い様な場所は?」
「心配ないよ、そんなトコにゃ近付けない様になってるからさ」
 逆に言えば、近付ける場所はどこでも調べ放題という訳だ。町の仕掛けや人々の様子、噂話‥‥ここを出たら、徹底的に調べてみようか。

 同じ頃、ルノアは町の雑貨店を巡って大切な恋人への土産物を物色していた。
 土産と言っても観光地ではないから、扱っている商品は地元の人が使う日用品や生活雑貨が殆どだ。しかし、外部の者から見れば、それらは用途不明だったり慣れ親しんだ物とは素材が違っていたりと、珍しい物ばかり。
「コレと、一緒に、コッチも‥‥お土産、ゲット、です」
 ぐっ。拳を握り締め、これで任務完了とばかりに意気揚々と店を出るルノア‥‥、いや、違う違う。本来の目的は‥‥えーと、そう、情報収集。
 石造りの家と、石畳の道、それぞれに異なる神を祀った小さな神殿、集会場、学校、市場など。ルクソールの町は事前に渡された地図の通りに、整然と広がっていた。
「此処がシェルター、で合ってるかな‥‥」
 ルノアはヒエログリフで書かれた案内表示を訳しながら地図に書き入れて行く。各所にある神殿が避難所に充てられている様だが、見た限りではそう多くの人を収容出来そうもないし、強度にも不安がある。
 誰かに訊いてみようか。ルノアは話の好きそうな女性に声をかけてみた。
「ここ、逃げ込めば、助かるって‥‥聞きました、けど」
「そうよ、普段はこんな狭いけどね。妙なカラクリがあって、これがドーンと広がるらしいよ」
 本人も話に聞いただけで実際に見た事はない様だが、上の説明を信じ切っている様子だ。
「ま、信じて良いだろうさ。動けるうちは大事にされるからね、特に子供を産める女は。だから安心しな」
 どういう意味だろう。しかし、問い質す間もなく、女性はルノアの肩を軽く叩くと出口に向けて歩き去ってしまった。


 そして、こちらは会談の場――町外れの砂漠に向かった仲間達。
「お久しぶりです、アメン様」
 エジプシャン・マウ風のねこみみふーどを被ったレヴィが頭を下げると、いつぞやの着物を羽織ったアメン=ラーは「ふむ」と唸って仮面の顎を撫でた。
 彼は両脇に動物仮面を連れている以外は他に護衛もない。交渉時にサヴィーネが言った「貴方を暗殺することは、現地民の暴動の可能性を考えると無益である」という言葉を真に受けたのか、それとも何処かに潜ませているのか。
 しかし、相手はサヴィーネの探る様な視線に気付いた風もなく、手にした扇子をパチンと鳴らして頷いた。
「‥‥おぉ、いつぞやの酒は美味でございました」
「お、覚えていてくださいましたか。ネコノミロクン、感激です♪」
「して、今日は?」
 じぃっ。仮面の奥から熱い視線が注がれる気配が。もしかして、手土産を期待しているのか。
「ぁ、えーと、今日は‥‥そう。持ちきれないほど大きなお土産があるんだけど。でも、タダであげる訳にはいかないかな」
「ふむ?」
「お願い聞いてくれたら、他の国の博物館にある色んな物、返還できるよう掛け合うわ」
 半分ハッタリだが、ここは言ったモン勝ちだ。それに、「会話の内容如何では、この地の統治に関してこちらから口添えできるかも知れない」という話も、伝わっている筈だった。
「なるほど‥‥して、その願いとは何でありましょうや」
 話に乗ってきた様子の仮面男を、サヴィーネはじっと観察する。
(ふぅん。変わったバグア、ね)
 自分達と同じ様に考えるバグアが果たして本当にいるのか‥‥いや、十中八九、ただイカレただけの気がする。肝要なのは、彼がルクソールを統治するに当たり、「計算」が出来るかどうかだ。まともに交渉を行う頭があるのかないのか、無いならそんな狂人に統治を任せるわけには行かない。
(‥‥狂人? 果たして、バグアは狂うのか?)
 人類の基準から見れば、変人である事に疑う余地はないが‥‥
「こうして会談が実現したという事は‥‥こちらの意思‥‥汲み取って頂けたもの、と」
 キアが口を開いた。
 歴史の再建を目指す時点で、アメン=ラーを他のバグアとは別と見ている事。敵として対しはするが、テーベの破壊を望んではいない事。会談の場には最低限の護身用以外は武器を携帯しない事。そして、もうひとつ。万一の事を考え、会談の場は町の外とする事。それらを提示し、交渉は成立した。後はこの会談で成果が出せるかどうかだ。
「言っておくが、もし私達が生きて戻らない場合、貴方を危険なものと判断したUPCにより無用な血が流れるかもしれない」
 念の為に釘を刺したサヴィーネに、仮面男の右手に絡んだコブラが威嚇の声を上げる。
「これこれ、お客様に対して失礼でございますよ」
 それを諫め、彼は首を振った。
「それが互いの益になりませぬ事は先刻ご承知にございましょう」
 どうやら、とりあえず話は通じるらしい。サヴィーネは警戒レベルを僅かに引き下げた。
「同胞が尻尾巻く中‥‥この地を死守された意思‥‥敵ながら感服致します‥‥」
 キアは最大限の礼を尽くしつつ、しかし、あくまで敵である事は強調する。
「一度終焉した歴史‥‥作り直すと仰るのであらば、貴方は歴史を生み出す方と‥‥なります‥‥」
「我は神にございます故、民を守り新たな歴史を拓くは当然の事」
「それは、本意か? 侵略の為の方便ではないのか?」
 サヴィーネの問いに、沈黙が返る。
 その沈黙の背後にあるものを読み取ろうと、リズィーは表情のない仮面の奥にじっと目を凝らした。そこから滲み出る雰囲気で、感情を読み取る事は出来ないだろうか。
「確かに、我は侵略者にございます」
 その声が少し寂しげに聞こえたのは、演技だろうか。
「しかし、被征服民を根絶やしにするだけが侵略ではございませんのです」
 確かに、この地を看取った国ローマも、戦で制圧した後は文化や血の融合によって馴化を進めていった経緯がある。それに倣い、侵略者に身を落とす事なく、本気で永劫ナイルの流れを護る王となるつもりか。
「しかし、生贄の件はどう説明する。その意味は?」
「古代の慣習に倣ったまでの事にございますが‥‥ヒトは補充に手間がかかります故、今後は減らす方向にて思案中にございます」
 ヒトは繁殖に時間がかかる。それに、今エジプトで育っている世代は言わば純粋培養。使い捨てるには惜しい。
「補充‥‥って事は、もしかしてエジプトから外の土地へ出たい、と望む人がいたら?」
 レヴィが尋ねた。
「見逃す? 阻止? それとも粛清?」
 勿論、自分達は彼等を歓迎するが‥‥もしそれが、スパイや破壊工作員だったとしても。
「我が民は全て、己の意思でこの地に留まっているのでございますよ」
 去る者は追わずという事か、それとも去る者などいないという自信か。
「真に神に近い王‥‥は、みだりに力を誇示せずとも‥‥その名のみで‥‥民が集まるモノ‥‥ですし、ね」
 若干皮肉を込めたキアの言葉に、仮面男は満足げに頷く。
 彼が纏う雰囲気が和らいだ事を感じたリズィーは、その機を捉えて質問を投げてみた。
「アメン様がこの、ルクソール‥‥エジプトで今後、成したい事ってなんですの?」
「ふむ‥‥まずはこの地を完璧に仕上げ、然る後には未だ各地に眠る古代の神秘を掘り起こし、その知られざる叡智を世に知らしめ‥‥」
 語り出したら止まらないが、要するにその変人っぷりを極め尽くしたいという事か。
 しかし、それを実現する為に障害となるものが、確実に存在した。
「現状、アメン様の敵となりえるのが人類‥‥そしてバグア。幾らアメン様が力を持っていても、二正面での戦闘は、あたらエジプト、ルクソールの地を疲弊させますの」
「左様、確かに‥‥」
 彼は一度バグアの意に逆らった身。今の所は何の咎めもないが、この先はどうなるか。
「我とて、我が愛する町や民をむざと戦禍に晒す愚は避けたい所存にございますが」
 砂漠の空に浮かぶ赤い月は、いつになく禍々しい光を放っている様に見えた。