タイトル:X ともだちマスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/22 23:03

●オープニング本文


 キメラと普通の動物は、攻撃を仕掛けてみれば簡単に区別が付く。
 叩いても、石を投げても、何でも良い。
 それが当たった瞬間に体の表面に薄い膜の様なものが見えれば、それはキメラだ。


「やめてよ! ワンにひどい事しないで!」
 左右から二本の頑丈な鎖で繋がれたゴールデンリトリーバーの前に、少年が立ちはだかる。彼等の目の前には小石を手にした父親が立っていた。
「どきなさい、ティム。少し確かめるだけだから」
 父親は息子に手の中の石を見せた。
「ほら、こんなに小さな石だよ。当たっても怪我なんかしない」
「でも‥‥っ」
「確かめる必要があるんだ。こいつが本物の犬かどうか」
 目の前の犬は、半年程前にペットショップで手に入れたものだ。家族にも懐き、特に息子のティムとは兄弟の様に仲が良い。
 それだけに、こんな事はしたくないし‥‥この犬、ワンがキメラかもしれないなどとは考えたくもない。
 しかし、この犬はあの店で買ったものだ。
 つい最近、普通のペットと偽ってキメラを販売していた事が発覚した、あの店で。
「どいていなさい」
 父親は嫌がる息子の手を強引に引き、犬から引き離す。
 そして石を投げた。

 瞬間、犬の体が薄い光の膜に包まれた。
 それはほんの一瞬で消えてしまったが‥‥
「間違いない。こいつはキメラだ」
「キメラ‥‥?」
「そうだよ、お前も聞いた事があるだろう?」
 息子に問われ、父親が言った。
「怪物の様な姿をしたものもいるが、こうして‥‥普通の動物と見分けがつかないものも多い。人を襲って殺す、バケモノだ」
「ばけもの‥‥」
「ティム。残念だけど、こいつはキメラだ。バケモノなんだよ」
 今まで普通の犬のふりをしていたのか。
 そうして家族を騙し、隙を作り、いずれ牙を剥くつもりだったのか。
「大変な事になる前に、気が付いて良かった」
「‥‥ワン‥‥どうなるの?」
 息子の問いに、父親はその頭を撫でながら言った。
「ワンの事は、忘れるんだ。今度、新しい犬を買ってあげるから」
 今度は、キメラなどではない本物の犬を。
「さあ、家に入ろう。もう、ワンに近付いちゃいけないよ?」
 ULTに連絡して、処分して貰わなければ。
 なるべく早く、あれが本性を現す前に。

 後には鎖に繋がれ、大人しく座っている大きな犬だけが取り残された。
「くぅー‥‥ん」
 その黒い瞳に、悲しげな色をたたえて。


――――――


「Xさん、犬はお好きですか?」
 珍獣研究所のXが通話を受けるや、ULTオペレーターのセオドアが挨拶もそこそこに、そう訊ねて来た。
「ええ、昆虫以外なら何でも大好きですよ」
 特に犬は実家で飼っている事もあって、幼い頃から共に暮らしてきた。
「よかった、では‥‥お願いしたい事があるのですが」
 セオドアが言った。
「ペットショップでキメラが売られていた事件は、ご存知ですか?」
「ええ、聞きました」
 数日前、キメラを犬と偽って販売していたペットショップが摘発された。
 犬を買った客が、その犬に噛み殺される。そんな事件が相次いで起きた事から発覚したものだ。
 調べてみると、事件を起こした犬はキメラだった。店長はその事実を知らず、とあるブリーダーから仕入れたものだと言っていたが、その数はおよそ10頭。
 その全てが飼い主に牙を剥いた訳ではない。反乱を起こしたのも、相応の理由‥‥いや、原因があったものと思われた。
 彼等は、飼い主から殆ど愛情を受けずにいたのだ。
 飼い始めた当初はこまめに世話を焼いていたらしい。しかし次第に散歩に連れて行くのも億劫になり、やがては庭の隅に鎖でつないだままになる。餌の間隔も遠退き、水入れにはボウフラが湧き、周囲には汚物の山が出来る。
 これでは、飼い主に愛情を感じる事など出来ない。キメラでなくとも牙を剥きたくなるだろう。
「結局、自業自得ですけどね」
 セオドアが言った。
 襲われた飼い主には、それなりの理由がある。だから仕方がないと思う。
 そして、普通ならそれを理由に「全ての飼い犬を処分しろ」などという話はまず出て来ない。
 しかし‥‥これはキメラが起こした事件だ。キメラは処分しなければならない。
 恐らく彼等は人の悪意や嫌悪感等のネガティヴな感情に反応し、それを発した相手に攻撃を仕掛ける様になっているのだろう。
 他の愛情溢れる家庭で飼われていたキメラ達は、普通の犬以上に温厚で忠実なペットだった。だが、それでも。処分しなければならないのだ。いくら愛情を注いでいても、たまには鬱陶しく感じたり、つい手を上げてしまう様な事もある。それが人間というものだ。
「殆どの家庭はそれに同意して、既に処分も終わっているのですが‥‥ひとつだけ」
 飼い犬の危機を察して、犬と共に逃げた子供がいた。
「ティムという8歳の男の子が、昨日から行方不明なんですよ。地元の警察が町の中を捜してみたのですが、どうやら外に出てしまった様で‥‥」
 町の外は野良キメラが跋扈する危険な場所だった。しかしティムは、大人達から逃げる為にはそこへ行くしかないと考えたのだろう。
「今、本部の方に捜索依頼が出されています。それで、もし無事に保護された場合」
「わかりました、こちらで引き受けましょう」
 皆まで言わせず、Xが応えた。
 ここなら設備も整っているし、もしキメラとしての本性を現したとしても逃げられる恐れはない。
「その、ティム君でしたか。キメラとわかった以上、その子と共にいる事は出来ませんが、ここで無事に暮らしているとわかれば、それだけでも‥‥ね」
 そう頻繁にという訳にはいかないが、時々であればここに遊びに来る事も出来る。
「ありがとうございます。では‥‥傭兵の皆さんにも、そう伝えますので」
 心底ほっとした様に、セオドアが言った。
 実は彼も、無類のワンコスキーの一人だった。


 その頃、荒野の片隅では――
「ウゥゥゥ‥‥ッ」
 低い唸り声が響く。少年を背後に庇い、大きな犬が何かを威嚇していた。
「ガウゥッ」
 威嚇だけでは効果がなかったらしく、犬は目の前の何者かに向かって飛びかかった。
「ギャウッ、ガウガウ‥‥ッ、ギャオンッ」
 草がちぎれて舞い、毛玉が飛び散る。土埃が少年の目を直撃した。
「いた‥‥っ」
 目をこすり、そっと開けてみる。涙が止まらない。けれど、見る事は出来た。
「‥‥ワン‥‥?」
 愛犬はどうやら、戦いに勝利したらしい。敵を追い払い、振り向く。
 しかし、口の周りを血で染めたその顔は‥‥
「‥‥ひっ!」
 少年の膝が震える。いつものワンではない。違う。バケモノという言葉が脳裏をかすめた。
 ワンは、本当にバケモノなのだろうか‥‥?
「きゅぅーん」
 犬は、その前でただ四肢を揃えて行儀良く座っていた。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
KISARA(ga7594
15歳・♀・BM
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
ジョシュア・キルストン(gc4215
24歳・♂・PN
アルディス・エルレイル(gc6979
10歳・♂・HA
ティア・エルレイル(gc7008
23歳・♀・HA
夢野 芽亜(gc7566
13歳・♀・HG

●リプレイ本文

「へえ、この子かぁ」
 写真を見て、アルディス・エルレイル(gc6979)が嬉しそうな声を上げた。
 ジョシュア・キルストン(gc4215)が借りて来たそのスナップには、きちんとお座りをした大きな犬の首に両腕を回して抱きついた少年の笑顔が写っていた。
「ボク達も犬や猫を飼ってるんだ」
 ね、と同意を求める様に、傍らの姉ティア・エルレイル(gc7008)を見上げる。
「だから大事なペット、ううん家族を護りたいって気持ちはよく解るよ。上手くいくと良いな」
「そうね」
 弟と同じ年頃の少年に面影を重ねつつ、ティアが応えた。
「ティムさんにとってワンさんはとても大切な家族だったのでしょうね。なら、その思いを大切にしてあげたいですわ」
 子供の足なら、そう遠くまでは行けないだろう。弟と交代でバイブレーションセンサーを使いながら慎重に荒野を進む。
「怪我してたりしたら、急がなきゃだよね」
 その二人から少し距離を置き、夢守 ルキア(gb9436)は全身をアンテナにしながら歩いていた。
 直感で周囲を探り、センサーでは捉えられない部分を補う様に動く。地面に血は落ちていないだろうか。もし乾いていない血があれば、それを辿る事で見付けられるだろうが‥‥出来れば、怪我などせずにいてほしい。
「ティムは食べ物持って行かなかったらしいから、きっとお腹が空いてるよね」
 周囲の様子に目を配りながら、KISARA(ga7594)が言った。
「カラスキメラは弱ってるのを襲うんだよね」
 という事は、お腹が空いて弱っている可能性のあるティムは格好の獲物‥‥
「急がなきゃ!」
 とは言え、何処へ急げば良いものか。
「少年達はキメラが集まっている場所にいるでしょうから、まずはキメラがたくさんいる所に向かってみましょう」
 夢野 芽亜(gc7566)が空を見上げる。空を飛び、しかも群がる習性のあるカラスなら、地上のキメラよりも見付け易いだろう。
「なるほど、それもそうですね」
 キャスターの付いた大型の捕獲用ケージをゴロゴロと引きつつ、適当に周囲を警戒しながら歩いていたジョシュアが、それに倣って視線を上げた。
 遠くで、木立がざわめいている‥‥? 荒野の中に所々見える、背の低い灌木を中心にした小さな茂みのひとつ。それを取り囲む様に生えた高木の梢が、風もないのに妙にざわついている気がするのだが。
「どこ?」
 ルキアが双眼鏡を取り出し、指差された方角を見る。
 と、その姿が弾かれた様に飛び出した。迅雷で現場に向かったのだ。
 目標、発見。仲間達に伝えると、ジョシュアも迅雷を発動させてその後を追った。

 ルキアは敵に向かって威嚇を続ける大きな犬の隣に飛び込み、少年を背後に庇う形で盾を構えた。仲間達が追い付いて来るまでの暫しの間、治療と自己紹介はお預けだ。
 殆ど同時に、高速機動と残像斬で向かって来る敵を蹴散らしたジョシュアが道を作りながら走って来る。
 その直後、突然現れた人間の姿に動揺を見せた犬の目の前で、終夜・無月(ga3084)のブリットストームが炸裂した。
「無事で何よりです‥‥」
 銃弾の雨に撃たれ混乱に陥った敵を掻き分けて走り込んで来た終夜は、微笑みつつ犬と少年の頭を撫で、そのまま彼等の護衛に付く。
 少し遅れてやって来た仲間達がそれに加わり、少年を守る役割から解放される形になった犬――ワンは、しかしまだ警戒を解かずに、キメラと人間双方の動きを注意深く窺っている様だった。
「怪我してない? 大丈夫? お腹空いてない?」
 少年の目の前に座り込んだアルディスが早口でまくしたてる。
「ティア姉、ほら早く!」
 おっとりと大人しい姉からひったくる様にして荷物を受け取ると、アルディスはさも自分が用意した様にそれを少年に手渡すと言うか押し付けると言うか。
 しかし、キサラの方が素早かった。少年の手にベジタブルパスタのレーションとラムネのビンが握られているのを見て、アルディスは標的を変更。骨付き肉をワンの目の前に置いてみた。
「食べて良いんだよ? いっぱい頑張ったんだからね」
 口の回りや毛皮の至る所を血で汚したワンの頭を平気で撫でるその姿に、少年は怯えた目を向ける。
 その恐怖を少しでも和らげ、落ち着かせようと、ルキアが声をかけて注意を逸らした。
「大丈夫? 私、ルキアだよ。きみのコト、何て呼んだらいいかな?」
「‥‥ティム」
 辛うじて出た声は、掠れていた。
「水だけでも、飲んどいた方が良いよ」
 エマージェンジーキットの飲料水を手渡されたティムは、唇を濡らす程度にそれを口に運ぶ。ティムもワンも、どうやら出された物を食べる気にはなれない様だ。それもそうか、目の前にはまだキメラ達の姿があるのだから。
「戦力として、敵を威嚇してほしい。きみが強ければ、逃げて行くかも」
 ルキアはワンにそう問いかけてみた。少年と心の繋がり、それがあるかどうかを知りたいから。それにワンを前に出しておけば、万一キメラとしての本能が出た時に直ぐ対処出来るから‥‥勿論、そうなって欲しくはないけれど。
 その声に応え、ワンはすっと前へ出た。今までずっとそうしていた様に、迫り来るキメラを威嚇する。
「ティムさんは、もう少し下がっていて下さい」
 積もる話は、邪魔者を片付けてから。芽亜は漸く立ち直り始めたキメラ達を引き離す様に、足下を狙った牽制攻撃を放った。僅かに後退したその前に割り込んで、壁を作る。しかし、まずは平気で頭上を越えて来るカラスを撃ち落とさなくては。
 枝に留まってじっと下の様子を窺う黒い鳥。地上のキメラに攻撃させて、弱らせた所で奪い去るつもりだったのか。それともワンに邪魔されて近寄れなかったのか。
 芽亜は小銃「ルナ」を上空へ向ける。銃声と共に黒い羽根が飛び散った。だが致命傷とはならず、カラスは反撃に転じる。他のカラス達も、枝を飛び立って一斉に襲いかかってきた。
「貴方達はお呼びじゃないんです。ご退場願いましょうか」
 ジョシュアが援護に入り、黒い鳥は次々と地面に落ちる。トドメを、と見ると‥‥バタバタ暴れるその足を縛って歩く黒い人が。
「黒ずくめさん?」
 何してるんだ、UNKNOWN(ga4276)。いや、カラスの足を括って逆さ吊りにしてるのはわかるけど。これは、どう突っ込めば良いんだ。
 UNKNOWNはそれには答えず、手にした楯で襲いかかるキメラを押し殴る。大トカゲは口と尻尾を結んで反らさせ、蛇は牙を折り袋に入れて口を縛った。
「おっと、こっちにもいたか」
 実に楽しそうだ。野犬に対しては躾という名の下に殴る蹴るの暴行を加え、誰が主人かをその小さな脳味噌に刻み付ける。上下関係をはっきりさせた所で首輪を付けてやれば、もう立派な飼い犬‥‥かも、しれない。
「大漁大漁」
 余裕の笑みをたたえ、満足そうに息を吐く。その口元から紫煙が立ち上った。
 しかし、その間にも戦闘は続いている。大して強くはないが、数だけは多いのだ。しかも、獲物が増えた事を察知したのか、それとも派手な戦闘の音や匂いに惹き付けられたのか、荒野のあちこちから続々と集まって来る。
「キサラ達の邪魔しちゃ駄目なんだよ!」
 ビーストマンであるキサラの背からオーラの様に光る鷹の翼が、そして手の先からは猛禽類の爪が現れた。円閃を使った後ろ回し蹴りで近付く敵を蹴散らし、それでも近付かれれば獣の皮膚で守りを固める。
 その隣では、ルキアが盾で攻撃を受け流しつつ超機械でのカウンターを叩き込んで行った。
「出来れば戦いは避けたかったのですが‥‥」
 ティムの方をちらりと振り返り、ティアは覚悟を決めた様に前に向き直る。こうなっては仕方がない。少しでも早く、誰も怪我をする事なく終わらせる様、弟と二人で子守唄や呪歌を使って援護しなくては。
 やがて遅まきながら不利を悟ったのか、キメラ達はじりじりと後退を始める。完全に押し返すまで、あと一歩。
 傭兵達と共に、ワンも懸命に戦っていた。餌も摂らず、水も飲まずに‥‥
 だが、それを見つめる少年の瞳には、相変わらず怯えた光が宿ったままだった。

「‥‥これで、粗方片付きましたね」
 暫く後、周囲を見渡した芽亜が言った。仲間のセンサーや探査の眼でも、捉えられるものは何もない。
 後は、少年と犬の問題を解決しなければならないのだが。
「ワンくん、良い子だね〜」
 キサラがワンの頭を撫でていた。あれだけのキメラに囲まれて、それでも無事でいられたのは、運が良かった事もあるだろう。けれど、それ以上にワンが彼を守り抜いた事が大きかったのだろう。
「きっとティムがたくさん可愛がってあげたからこんなに良い子に育ったんだよ。悪い育て方してたらきっと襲われてただろうけど、ティムが今も無事で居るのはティムがワンをとっても可愛がってた証拠だよ♪」
「‥‥でも‥‥キメラ、だ」
 ぽつり、ティムが言った。普通の動物だと思っていたから、可愛がる事も出来た。そういう意味だろうか。
 一瞬、周囲の空気が冷たく張りつめる。
「大切にしていれば大人しい子ですし、化け物だから嫌いになるというのは‥‥理解できませんね」
 びくん。ティムの肩が震えた。痛い所を突かれたらしい。
「では、ここで僕が殺してしまっても君は構わないって事だね?」
 彼の真意を確かめようと、ジョシュアがワンに剣を向ける。途端、ティムの顔が見るからに青ざめていった。
 答えはもう得られたも同然だが、更にもう一押し。
「命を育てるという事は最期まで見届ける責任を負うという事さ。君にはこの子がどうなるのか見届ける義務がある」
「‥‥さい、ご‥‥」
 剣を向けられても、ワンには何の変化もなかった。敵意がない事を見抜いているのだろうか。それとも‥‥この犬キメラはバグアにとっては失敗作だったのか。
「恐いかい?」
 突然降って来た声に、少年は顔を上げる。
「じゃあ‥‥俺は恐いかな‥‥?」
 終夜が微笑んでいた。
「俺もワンと一緒で多分君が恐いと思う様な力を持ってる‥‥」
 それは、知ってる。ずっと見てたから。自分の前に立って、キメラ達と戦っていた。両手に大きな銃を持って、何の躊躇いもなく次々と血飛沫を上げて行く姿は、正直‥‥怖いと思った。でも、危ない時は体を張って守ってくれた事も、知ってる。
「でもね‥‥ワンや俺は心も持ってるんだ‥‥君を護りたいと言う心をね‥‥」
「‥‥」
「だから‥‥叶うならワンを君の友達で居させて欲しい‥‥」
「‥‥」
「そして‥‥俺もね‥‥」
 微笑を浮かべるその顔から、少年は思わず目を逸らした。
「ね、キメラって分かっても、ダイジ?」
 ルキアがその顔を正面から覗き込んだ。自分が喰い殺されるかもしれない。なのに、庇う。そんなトモダチを見殺しにするのか。そう言っている様に、少年には感じられた。
「これまでワンと過ごしてきた時間の思い出を否定しないで欲しいの」
 まだ迷いを見せる少年に、ティアが声をかける。
「あなたの心次第でワンは良い子のままで居られるか、それとも退治されるしかないかが決まってしまうと思うから」
「‥‥でも‥‥」
 ワンは怒っていないだろうか。怖いと思ってしまった‥‥バケモノと呼んでしまった自分を。
「それは、自分で確かめてみるんだね」
 アルディスがぽんと肩を叩く。その視線の先には、いつもと変わらない真っ黒で大きな目が、人懐っこそうな光をたたえていた。

「‥‥え、家には‥‥帰れないの? 一緒に、暮らせないの?」
 食事を済ませ、気持ちもだいぶ落ち着いて来た少年が言った。
「じゃあ‥‥やっぱりワンは‥‥」
 バケモノなんじゃないか。その一言だけは、何とか飲み込んだ。
「一緒にいるダケが、仲良しじゃないよ」
 ルキアが答える。わがままを通してティムだけが被害に遭うなら、それは自業自得だ。でも、周囲はそうは思わない。やっぱり、ワンが悪いという事にされて、殺されてしまうだろう。
 でも、誰が悪い訳でもないのだ。
(バグアは敵だケド、悪いワケじゃない)
「生まれは、カワラナイ。状況は変えられるケド」
「じゃあ‥‥どうすれば、いいの?」
「あのね、イギリスに珍獣研究所っていう所があるんだ」
 ワンをもふりながら、アルディスが言った。
「あそこなら同じようなキメラだけど大人しい子たちがいっぱい居るから、誰もワンをいじめたりしないよ」
 だから大丈夫だと、自分で見て来た様に言う。本当は、姉から聞いた話の受け売りなのだが。
「そりゃ大好きな家族と離れ離れになるのは辛いし寂しいけど、そこへ行かなかったら何時か殺されちゃうかも‥‥そんなのイヤでしょ?」
 だって大事な家族で大好きなお友達だもんね。その言葉に、ティムはこくんと頷いた。
「大丈夫だよ、いつでも会いにいけるから。ね?」

 ごろごろ、がらがら。
 UNKNOWNが大型ケージを転がして、研究所の廊下を歩く。そこに入る筈だったワンは鎖でつながれる事もなくティムの脇を悠々と歩いている。だから、その中には捕獲した野犬キメラが詰め込まれていた。ケージの上には蛇の入った袋と、縛ったトカゲ。そして肩にはカラスを担いで、意気揚々。
「まあ作られたといえども既に命がある――共生の1つの形、になるかな?」
 だから‥‥生け捕りにしたそれを飼えと言うのか。ここで。
「きちんと世話をすれば懐くかもしれんぞ?」
 しかし、どう考えても迷惑千万なその申し出を、Xは快く受け入れた。それどころか感激している。
「そうですよね! もし懐いてくれたら、凄い事ですよね!」
 そう、動物好きを自認するならば、珍しくも何ともないという理由で差別をしてはいけない。ふわもこでないから、可愛くないからという理由で、命の価値に差を付けてはならないのだ!
「さて、ではついでに‥‥研究所にいるふわもこというかどんなのがいるかも見学させてもらえんかね?」
 二つ返事で了解を貰い、後は恒例のもふもふタイム。
「ねぇねぇ、その猫キメラさわらせて〜」
「どうぞ、キメラではありませんけどね」
「え、普通の猫なの!?」
 その様子を少し離れて見つめながら、ティアは静かに頭を下げた。
「あ、ふわ達は向こうの部屋ですよ」
 言われて早速もふりに向かうその後を、キサラがいそいそと付いて行く。
「わ〜い、可愛い子達がいっぱいだよ〜♪」
 もっふもっふ。
「ここならきっと大事にしてもらえるからね」
 色々なキメラ達をもふりながら、アルディスが笑いかける。漸く少し笑顔が戻ったティムが、それに応えて頷いた。

 暫くそうして至福の時を過ごした一行だが、別れの時は着実に近付いていた。
 ちらちらと時計を見る度に、目に見えて元気がなくなって行くティムの肩を、ジョシュアが軽く叩いた。
「君にも出来る事がある。ワンの事を忘れない事、そしてこれから出会う命に優しくする事さ」
「忘れるもんか!」
 また、会いに来る。絶対。
「ん、そうか」
 いい男になれよ、ジョシュアは心の中でそう呟いた。