●リプレイ本文
延々と続く砂漠の上空を、キア・ブロッサム(
gb1240)の斉天大聖が白い尾を引いて行く。
ただし、操縦しているのはキアではない。今回行動を共にする事になった狭間 久志(
ga9021)に全てを任せ、キアは眼下を流れる砂を見るともなしに見つめていた。
(何日も砂漠‥‥走らされた此方に比べて‥‥以前の調査は気楽だったようですし‥‥仕事とはいえ損した、かな?)
砂漠の横断と、それに続くエジプト国内調査の報告書を思い返す。
「そろそろ、降りた方が良いかな」
と、前の操縦席から声がかかった。
砂丘の影に機体を隠し、二人は焼ける様な砂漠の砂に足を着ける。
続いてすぐ近くに降り立った骸龍イクシオンから、夢守 ルキア(
gb9436)が姿を現した。フール・エイプリル(
gc6965)の弟という形で潜入する彼女は、既に現地の衣装に着替えを済ませている。
「こちらも‥‥着替えましょう、か」
キアに促され、久志は用意した衣装を取り出した。
「あぁ古代エジプトだと腰布なんだね」
同じ男性扱いでもまだ子供に見えるルキアは丈の短い貫頭衣の様な衣装だが、成人男性でしかも労働者という設定では他に選択肢はなかった。
少しくたびれ、あちこちにシミが付いたその布切れの中に小型の超機械を隠し、準備完了。伊達眼鏡とは暫しのお別れだ。
一方のキアは裾の長い袖無しのワンピースに、頭からは日除けの布を被る。裕福な女性ならばもっと布を多用した隠し場所満載の格好も出来るのだが、労働者階級ではこれが精一杯。その少ない隠し場所に、どうにかして小銃と無線機、それに久志から預かった小太刀を収めた。色々厳しいが、久志にしがみつく様にして歩いていれば何とかなるだろう。夫婦ならそれも不自然ではない、寧ろ自然な筈だ。
準備を整え、一行はまず東岸の「生者の街」に向けて足を踏み出した。
(飴と鞭か‥‥)
市街の雑踏に紛れた黒木 敬介(
gc5024)は、周囲にそれとなく目を配りながら、たまの休日を楽しむ労働者といった風情で歩いていた。市場、食堂、酒場、遊技場、それに少し路地を入った場所には現代の真っ当な法治国家ならば違法とされるであろう各種施設が固まっている。なるほど、これなら日々の生活に事欠く事はなさそうだ。
(飯を食わせてくれて適度に命の保証があれば、そりゃなびくよな。群衆ってやつは、ね‥‥)
それを見下すほど彼らが悪いとも思ってはいないが、かといって同情する事もない。判断が鈍らない様、物理的にも心理的にも適度な距離を置き、観察を続ける。冷ややかに見つめていると言っても良いだろう。元々、赤の他人の生死には特に興味もないし、心を揺らす事もなかった。
だが、それでもこうして観察を続け、彼等の逃げ道を探しているのは‥‥単に作戦行動の妨げになると感じたからか、或いは何か別の理由からか。
ぶらぶらと歩きながら、敬介は街の様子を仔細に観察した。この街にレジスタンスの様な組織は存在するのだろうか。存在するなら、リーダーはどんな人物だろう。普段の生活から主導的な立場になる人物‥‥市長や自治会長、或いは青年会のリーダーといった所だろうか。そんなものが在るかはわからないが。
誰かに訊いてみようか。見ず知らずの者に素直に教えてくれるとは思えないが、その反応から見当を付ける事は出来るだろう。
一軒の酒場に狙いを定め、その扉を潜る。口の軽そうな者を選んで次々に話しかけてみた。
しかし、いくら調べてもそれらしい話は出て来ないし、街には見張りの兵士らしき影も見えない。取り締まりがあるなら取り締まる対象が居る筈だが、それもないとなると‥‥抵抗組織は存在しないか、或いは既に殲滅されたか。
この街に残っているのは、ある意味選ばれた者だけなのかもしれない。抵抗を諦めたもの、最初から抵抗する気のない者。だとしたら、街の攻略は難しくなるかもしれない。彼等の目に、自分達は恐らく侵略者と映るだろう。
しかし、このままバグアの政権を野放しにする訳にはいかない。
敬介は避難用のシェルターや避難経路の確認に主眼を移し、再び歩き始めた。
「人は慣れる生き物。『今』が当たり前になれば、さほど不自由も感じなくなるでしょう」
ルクソールの日常を目の当たりにして、立花 零次(
gc6227)は小さく呟いた。
「でも、だからと言って、このままで良いはずもない」
零次はふらりと立ち寄った旅行者を装い、学校を訪ねてみた。
「こんにちは」
丁度その日の授業が終わった所なのか、門の前に集まっていた彼等の目が一斉にこちらを向く。
「色んな国を見て回っているのですが、最近この辺りに珍しい物ができているということで、立ち寄ってみたのですよ」
「珍しい、もの?」
問い返すその目は、目の前にいる零次こそが「珍しいもの」だと言っていた。それもそうかと思いつつ、零次は続ける。
「学校は楽しいですか?」
「楽しいー!」
「学校ではどんなことを教わっているの?」
「いろんなことー!」
「最近元気が無くなったお友達とかいるかな?」
ふるふる。
「生贄って知ってるかな?」
「うん、先生に教わった」
「先生はどんな事を教えてくれるの?」
それに対し、子供達は口々に答える。
「あのね、とってもめーよな事なんだって」
「太陽の神様が元気になるんだよ」
「それで、しんりゃくしゃをやっつけるんだ!」
侵略者。
「今ね、他のトコが攻撃されてるんだ。でも、ここは大丈夫。神様が守ってくれるから!」
やはり、そうか。この国では自分達こそが「悪者」なのだ。そう教えられ、疑う事もしない。
「色々教えてくれて、ありがとう」
お礼のクッキーを置いて、零次はその場を去った。
大人はどう感じているのだろうかと、次は病院に向かってみる。
全てが古代さながらの街の中で、そこだけが異質な空間だった。ちらりと窺った内部の様子は、人類圏の医療施設と変わらない様に見える。
「その怪我はどうされたのですか?」
零次は受付で順番を待つ労働者風の男に尋ねてみた。
「いやぁ、石を吊ってたロープが切れちまってね」
男はギプスで固められた足を叩いて見せた。
「だが、もう少しで現場復帰さ」
やはり医者と設備だけは現代仕様らしい。
「変わった事や、変だなと思う事はありませんでしたか? 妙な空洞がある、とか」
「ぁん?」
そう訊ねた零次に、男は怪訝そうな目を向けた。
「生贄についてはどう思っていらっしゃいますか? 少々小耳に挟んだものですから」
「おい、何を探ってんのか知らねえがな‥‥」
男は声を潜め、目を逸らす。
「良いんだよ、俺達は‥‥このままで」
満足と諦め。言葉の底にあるものは、どちらなのだろう。
どちらでもあり、どちらでもない。そんな気がした。
その頃、戦渦を逃れてこの街に移って来たばかりの夫婦を演じる久志とキアは、適当な店で腹ごしらえをしつつ情報収集に当たっていた。
実際にこの町を攻略するとなれば市民にも影響は出る。しかし、彼等に解放を望む意思はあるのだろうか? もしあるのなら、それを知る事で戦う方法も解る筈だ。逆に解放を望んでいないのなら、彼等市民の害敵とならない攻略のアプローチがあるのかどうか、それを探す必要がある。
まずは彼等に溶け込み、市民の共通意識や感情を現地の空気から感じる事。全てはそこからだ。
「北の方は戦闘で酷いって聞いていたけど、この町見てると嘘みたいだね。アメン=ラー様の御威光の賜物かい?」
「ああ、そうさ」
久志の問いかけに、景気の良さそうな店の主人は上機嫌で答えた。
「この街は、どこよりも安全さ。なんたって神様が自らお守り下さるんだからね!」
まあ、現状に満足している者がそう答えるのは当然か。他にも何人かに当たってみたが、返って来る答えは似た様なものばかりだった。
店を出た二人は、今度は少し寂れた雰囲気の住宅街に足を踏み入れてみた。そこの井戸端会議にさりげなく混ざってみる。傍らで子供を遊ばせながら洗濯をしている女性達に、今度はキアが声をかけてみた。
「‥‥偉大なるアメンラー様の名の元‥‥贄となる名誉をお与え下さるとか‥‥」
「ん? ああ、そうだよ」
女達は屈託のない笑顔を見せた。彼女達に不安はないのだろうか。キアは傍らで遊ぶ子供に目を向け、沈んだ表情を作って見せた。
「私も女の身‥‥名誉と誇れど不安もあり‥‥」
「いいねえ、あんたら新婚さんかい?」
年配の女性がカラカラと笑う。
「でもね、これも一種の社会保障ってヤツさ。遺族年金みたいなモン‥‥って言っても、若い子にはわかんないかね」
彼女の視線の先には、何の不安もなく笑い合う若い母親達の姿があった。
「とはいえ、出来れば生きて恩恵を授かりたいもんだ。お察しの通り、連れと一緒になったばかりなんだよね」
そう言った久志に笑いかけ、女性は力任せに洗濯物を絞り上げた。
「ま、とにかく‥‥あんたらは運が良かったよ。他の所じゃ酷い事になってるそうじゃないか」
「戦渦が広がれば‥‥何を頼って良いのやら‥‥」
キアの不安げな声をかき消す様に、パンッと威勢のいい音を立てて洗濯物を広げた女性は言った。
「この街は大丈夫さ。あたしら、テーベの都っていう生きた博物館を作る大事な展示品だからね。粗末にはされないよ」
「つまり‥‥保護して頂ける、と?」
「この街は、こう見えてもね‥‥地下はすごい事になってるんだよ」
そこには住民の避難用にシェルターも完備されていると言う。もしも市街地で戦闘が起きれば、住民はそこに避難誘導される手筈になっていた。
「ほら、ちゃんと標識だってあるしねえ」
確かに、よく見れば標示がある。ヒエログリフで書かれている為、すぐには判読出来ないが。
「御親切感謝致しますね。アメンラー様の加護があります様に‥‥」
引き出せるだけの情報を引き出すと、二人は礼を言ってその場を離れた。
フールとその弟に扮したルキアはまずナイル東岸の繁華街に紛れ込み、人々の会話に耳を傾けたり、街の様子を観察したりと、ぶらぶら歩き回っていた。潜入調査だからと気を張る事なく、地方から来たばかりのお上り兄弟といった雰囲気で、あちこちに首を突っ込んでみる。
そこから、アメン=ラーは‥‥本人はアレだが統治者としてはまず有能な類に入るのだろうという感触を得た二人は、次に再びナイルを渡って西岸のピラミッド建設現場へ。
そこでフールが労働者に紛れて働く間、ルキアは近くにある労働者用の住宅街に回り、そこで話を聞いてみる事にした。
「ハジメマシテ、私、ルキアだよ」
長屋の様な石造りの建物が続く通りで声をかけてみる。その辺りで遊んでいたらしい子供達が、わらわらと集まって来た。
「えーと、お名前一緒のヒトって、いる?」
誰も手を上げない。変な名前、などと遠慮なく言う子もいる。
「私のナマエってね、光って言う意味があるんだよ」
「ヒカリ? 神様みたいだ」
「ほんとだ、光ってる!」
子供達はルキアの金色の髪を珍しそうに見つめている。
「神様と、おんなじ色だね」
そう言えばアメン=ラーも金髪だったか。
「神様の‥‥しんせき?」
いやいや、違うから。って言うか、あんな人と一緒にされるのは、何と言うか、その。
「そー言えば、ハサンって言う名前の子、いる?」
ルキアは話題を変えてみた。と、十本くらいの腕が一斉に上がる。
「昔ねー、そんな名前のお友達いたんだ、お父さんがいなかったって言ってたなぁ」
同じ境遇の子は、いない様だ。
「なんで探してるの?」
「また遊ぼうって約束したんだ。このあたりに引っ越したって、聞いたんだケド」
出任せを言ってみる。と、誰かがぽつりと声を上げた。
「あいつ、かなぁ‥‥」
「知ってるの?」
「うん、でも、ここにはもういない。どこか、別の所に行った」
場所はわからないと言う。
働き手を失った一家がこの労働者用住宅に住み続ける事は出来ないのだろう。間に合わなかったという事か。
「‥‥ありがと。ねぇ、願い、叶うとしたら、何がいい?」
突然の問いに、子供達は目を丸くした。
「私は、神を見たい」
「神様なら、見れるよ?」
「よく、ここにも来るしね」
神様‥‥アメン=ラーか。結構フットワークも軽いらしい。
「僕は神様のお手伝いがしたいな」
「うん、それでこの国をもっと‥‥」
その時。建設現場の方で大きな物音がした。事故だ。そう思った瞬間、ルキアは駆け出していた。
建設現場に紛れ込んだフールは、自らの肉体を駆使して普通の労働者以上の働きを見せていた。課せられた作業は、ただひたすら巨大な石を運ぶ事。現代なら重機でも使わなければビクともしないだろうと思われる巨大な石に、大勢の男達が取り付き、動かす。さぞかし重労働だろうと思いきや、上手く力を制御する術があるのか、一人が担う労働はさほどでもなく、休憩時間には仲間と会話を楽しむ余裕もあった。
だが、建設現場に事故は付きものだ。
フールの目の前で突然足場が崩れ、積んであった巨石が転がり落ちて来た。幸い大怪我をした者はいなかった様だが‥‥咄嗟の事に覚醒したのが拙かった。全身から発する白炎のオーラを見咎められ、「私はセベク神に仕える敬虔なる神官の一人です。これはセベク神から加護を受けた者の証です」などと誤摩化したのも拙かった。
「神官が何故、この現場に?」
しかも、労働者の服装をして。身分や階級を偽る事は、どうやら上手くない様だ。
無用な争いを避ける為、フールは合流したルキアと共にひたすら逃げるしかなかった。
その夜。
フールとルキアは再び建設現場へと向かった。今度はピラミッドではなく、その向こうの砂漠にある祭壇へ。念の為に敬介も同行し、三人は闇の中を静かに近付いて行く。
昼間の事故では再起不能なまでの怪我をした者はいなかった。だから、今夜新たな生贄が運ばれる事はない筈だが‥‥暗くてよく見えない。昼間、ナイルの対岸から双眼鏡で見ていたキアも、そこからでは遠すぎて良く見えないと言っていた。近付いて、確かめるしかない。
見張りの姿がない事を確認して、三人は歩を進めた。
どうやら監視装置の類もないらしい。あったとしても、侵入者を即時排除する様なシステムにはなっていない様だった。
星明かりにぼんやりと浮かび上がる祭壇の影。
そこには、顔の判別も付かない干涸びた人間の亡骸が数体、横たえられていた。その下には、無数の白骨。
ルキアは無言でカメラのシャッターを切った。ここで行われている事の証拠を残す為。
来る時にイクシオンの内部カメラでも撮影しておいたが、これで記録はより確実なものになった。
問題はこれを突き付けた場合、ルクソールの市民がどんな反応を示すか‥‥それでも、今のままが良いと言うのだろうか。自分達を侵略者と呼ぶのだろうか。そう言われて、返す言葉が自分達にあるのだろうか。
決戦は、すぐ目の前に迫っていた。