●リプレイ本文
闇の中、傭兵達を乗せた高速艇は現場に急行していた。
打合せは既に終え、今は口を開く者もない。それぞれが己の役割を反芻しつつ、到着のアナウンスを静かに待っていた。
(たまには何かを守るために戦うのもいいさ)
漆黒に塗り込められた窓を見つめながら、緋沼 京夜(
ga6138)は遠い故郷に思いを馳せる。
かつての基地があった関東や故郷京都を解放できた。二度と穢させはしない。そんな気持ちが‥‥ここが遠い地だとしても、守るという行為を自分に許しているのかもしれない。
(ま、やれるだけのコトはやるさ。‥‥ユウもいるしな)
ちらりと投げた視線の先で、隣に座る妹分、ユウ・ターナー(
gc2715)と目が合った。
(京夜おにーちゃん‥‥何だかいつもより優しい目をしてる‥‥)
ユウはその手をそっと握り、微笑みかける。京夜が纏う、その柔らかな空気が嬉しかった。
(ユウ、ちょこっと安心するよ)
その脇では、南 日向(
gc0526)が椅子に座ったまま、何やら体操の様に体を動かしている。
「このポーズは‥‥勇気をくれるおまじないです!」
暗闇なんか怖くない、怖くない‥‥そう自分に言い聞かせながら、腕を高く上げ、背筋を伸ばす。何度も、何度も。それは、彼女がいつも覚醒時にとる変身ポーズだった。
その姿を見て、杜若 トガ(
gc4987)は彼女が暗い所を苦手にしていた事を思い出した。おまじないをかけているという事は、未だにそれは変わらないのだろう。
それでも、行くのか。行くんだろうなと、トガはこっそり苦笑を漏らす。‥‥まぁ、どうせ現場ではペアを組む事になる訳だし、少しは注意して見ておいてやろうか。後で動けなくなっているようなら、摘み上げて持って帰れば良い。
果たして、おまじないは効くだろうか。
やがて辿り着いた墓地は、ひっそりと静まり返っていた。
「‥‥さて、遠慮なく暴れさせて貰うぜ」
身の丈以上もある大剣を手にしたブレイズ・S・イーグル(
ga7498)が、先頭に立って歩き出す。
墓地の入口付近の道路には街灯がひとつ、ぽつんと灯っているが、その光が背後に消えると後はもう僅かな星明かりだけが頼りだ。ライトを点ければ敵に接近を悟られてしまう。奇襲をかける為には、闇に紛れてそっと近付くしかなかった。
続いて、今度は本物の変身ポーズを取りながら覚醒した日向が、覚悟を決めた様に足を踏み出した。
幼い頃の経験。それが元で、暗闇が苦手になった。今も夜の暗闇を歩くだけでも苦しく辛いけれど、だからこそ暗闇の中で怯えている子達の恐怖がわかる。
助け出したい。何としてでも、助け出したい。
(まぁたガキのお守りかよ。たっくしゃーねぇなぁ)
心中で文句を垂れつつ、トガがその後に続く。だが、その顔は何となく楽しそうに見えた。
「まっ、ガキらしいガキは嫌いじゃねーけどな」
肝試しで肝を潰すとは、いかにも子供らしい。誰にでもある様な、ちょっぴり怖い夏の思い出。後になってから、そんな風に懐かしく思い返す事が出来る様に、一肌脱いでやるのも悪くないだろう。
「子供達が無事なら、何処かに隠れている可能性が高いな」
「うん、そうだね‥‥」
京夜の言葉に、ユウは街の人から聞き取って作った墓地の見取り図を思い返してみた。
「キメラに怯えてる子供達‥‥ユウなら‥‥ユウが普通の子供だったら‥‥」
どうするだろう。やっぱり、何処か身を隠せる場所で静かに震えていると思う。でも、何処かって‥‥何処だろう。
「まあ、普通は教会だろうなぁ」
トガが言った。何しろ教会に付属の墓地だ。この荒れ方を見る限り、教会の方も無事に建っているとは思えないが、それでも選ぶとしたら他にはなさそうな気がする。
「じゃあ、そこを探してみると良いかも!」
ユウの記憶では、教会は墓地を抜けた先、ずっと奥の方にあった筈だ。
「待ってて‥‥きっとユウ達が助けに行くから‥‥っ」
子供達はきっと怖くて堪らないだろう。早く助けてあげなければ。
「今は一刻も惜しい。早々に子供らに仇成す魔を払い、この安息の地に安らぎを取り戻すとしましょう」
八葉 白夜(
gc3296)は、その空気に何か禍々しいものの存在を嗅ぎ取っていた。
妹の八葉 白雪(
gb2228)――今は白い髪と赤い瞳を持つ真白の方が表に出ているが――と、八葉 白珠(
gc0899)の二人を後ろに従え、ともすれば急ぎがちになる歩みを抑えながら周囲と歩調を合わせて進む。
「どうかご随意に」
斜め後ろに控えた真白が頷く。
その着物の袖を握り、白珠は軽く引っ張る様にして歩いていた。
(‥‥だいじょうぶ。怖くない。怖くない)
暗闇にも全く動じる事のない兄や姉に対し、白珠は十歳の女の子らしく素直に闇を怖がっていた。
「お化けなんていない‥‥お化けなんて怖くない‥‥」
呪文の様に繰り返す。心の中だけで唱えていたつもりが、いつの間にか声に出ている事にも気付いていない様だった。それでも不安なのか、やがて小声でひまわりの唄を歌い出す。恐らくそれも無意識にやっている事なのだろうが‥‥
『もしも〜し。珠ちゃん聞こえる?』
頭の中に響いて来た声に、白珠は思わず飛び上がりそうになった。だが、それがお守りの石から発せられたものであると気付くと、ほっと息をついて応える。
(えっと、白ノ神さま?)
『ちゃんと上の警戒もするんだよ?』
(ぁ‥‥はい。上の方、上の方‥‥)
そのアドバイスに従って、白珠は視線を上に向ける。首が痛くなっても、足下の石に躓きそうになっても、ひたすら上を警戒していた。
白夜はそんな妹の様子に少し目を細めつつ、真白に指示を出した。
「真白、お前は前方を。私は後方を警戒します」
そう言いながら、白夜は暗視も出来る真実乃眼を使って死角をカバーしつつ、後方を中心に敵の気配を探る。
「承知致しました。どうかお気をつけて」
そろそろ墓地の中ほどまで進んだ筈だ。真白は視線を前に向け、敵の姿を探した。
その目が、ぼんやりとした青白い炎を捉えた。所謂、人魂の様な‥‥しかし、炎の中に人の顔が見える。
炎を纏った人の頭部。それが何かを探す様に空中を漂っていた。
墓地の奥まった一角。他の場所よりも一段と荒廃の激しい一帯に、白夜は一人歩を進めた。足下には墓石の一部と思われる風化した石の欠片が散らばっている。ここなら周囲に被害を与える事なく、存分に戦えるだろう。
「安らかに眠る遺人達の眠りと未来ある子供達に害成す悪鬼。今宵ここでそなたたちを祓います」
周囲を囲む草むらや墓石の影で息を潜めている仲間達にちらりと視線を投げると、白夜は仁王咆哮を発動した。
近くを漂っていた首が、くるりと顔を向ける。それに呼応する様に、墓地のあちこちから炎に包まれた首が集まって来た。
首だけのキメラなのだろうか。そう思った時、ずっと上を見ていた白珠が息を呑んだ。
大きな黒い馬が、空中を音もなく走って来る。その背には黒い甲冑を纏った、首のない騎士が跨がっていた。それが片手を上げると、空中を漂っていた首がまるで糸に引かれる様に手の中に収まる。
自らの首を手にした黒い騎士が七人。馬に乗って白夜の周囲を回る。もう片方の手に持ったランスは、輪の中心に立つ白夜にぴたりと向けられていた。
「ハッ、がら空きだ‥‥! 先ずは一撃!」
墓石の影から飛び出したブレイズが、地面を蹴って跳ぶ。機動力を削ぐ為に、騎士もろとも両断する勢いで馬に審剣「リブラ」を叩き付けた。不意打ちを受けて空中で竿立ちになった馬の背から、騎士が転がり落ちる。しかしブレイズはそれを無視して次の標的に向かった。
「好き勝手させるワケにはいかねぇな」
まずは、片っ端から地面に引きずり下ろしてやる。
しかし奇襲に成功した一撃目とは違い、今度は相手も身構え、反撃を狙ってさえいた。隙が出来易いジャンプ斬りでは返り討ちに遭いかねない。咄嗟にそう判断したブレイズは、一転距離を取るとソニックブームを放った。どんな原理で飛んでいるのかは知らないが、ダメージが溜まれば地上に降りるしかないだろう。接近戦の方が得意ではあるが、チャンスが来るまでは暫しの我慢だ。
「京夜おにーちゃん、いくよ!」
一歩前に出たユウがブリットストームを放つ。弾丸の雨を浴びせられ、怯んだ所に京夜が飛び込んで行った。
「久しぶりに‥‥生かすために戦うとするか。教えてやる。生き抜く意思、生かす意志の強さを」
自身の長身とベオウルフの長さでリーチは充分だ。そこに豪破斬撃と豪力発現、更には天地撃を加え、馬の体を地面に叩き付けた。
勢いで落馬した騎士には構わず、京夜は馬の首や頭部へ連続攻撃を叩き込む。リロードを終えたユウも影撃ちで馬の眉間を狙い、京夜の攻撃をサポートしていった。
と、地面に転がっていた騎士が音もなく立ち上がり、京夜の背後から忍び寄る。剣と盾で両手が塞がった為か、宙を漂っていた首は本来の位置に収まっていた。その首が、にやりと笑う。
「後ろからなんて卑怯なの!」
ユウは騎士にあるまじき卑怯者を成敗すべく、愛用の超大型SMGを連射した。その大半は盾で防がれたが、それも計算の内だ。
「鬼さん、こちらー! なの☆」
その注意を自分に引き付けようと、ユウは連射したまま走る。その注意が逸れた瞬間、京夜が横スイングで盾を吹き飛ばした。これでもう、銃弾を防ぐ術はない。ユウは制圧射撃で動きを止め、後は京夜に任せて次の標的へ。
「悪魔や鬼と呼ばれて来たが、子を守る鬼や鬼神もいる。その身に刻め――人の意志を」
騎士が再び首を飛ばす間も与えず、京夜はその脳天から一直線に叩き切る。
反撃を受けても手を緩める事はない。一刻も早く子供達を救う為‥‥それに、共に死線を乗り越えて来た戦友がいる限り、そう酷い怪我をする事はないと、そう信じているから――
その隙に、日向とトガは闇に沈んだ教会の廃墟へ。子供達が隠れているなら、そこに違いない。
だがそこには――先客がいた。
自分の獲物に執着があったのか、他の仲間が去っても残っていたそれは二人の姿に気付くと、自分の首を手に持ったままゆっくりと近付いて来る。
教会からそっと離れつつ、トガは自分と日向に練成強化をかけた。
「ヒナタ、速攻でボコすぜ」
日向は黙って頷くと、制圧射撃で足止めを狙う。その隙に馬と騎士それぞれに練成弱体をかけたトガは馬の側面に回り込み、超機械「クロッカス」の電磁波を浴びせた。脚から念入りにロースト‥‥している暇はないか。
日向が強弾撃を使った射撃で馬の体力を削り、高度が落ちた所でトガが体当たりを仕掛けて騎士を引きずり下ろす。間髪を入れず前に出て、捨て身の攻撃に出た。相手が剣を振ろうが盾で防ごうが、お構いなしに特攻を仕掛け、蹴りをぶつけて強引に押し切る。落ちた頭を踏み潰し、甲冑を蹴破り、その亀裂から日向が銃弾を撃ち込む。
相手が動かなくなった事を確認し、二人は教会へ急いだ。
「っと、危ねぇ」
腐りかけた廃教会の中に足を踏み入れようとした瞬間、トガは足下の違和感に気付いて踏み止まる。
腐っていた。床に穴なんて、ベタすぎだろう。
「助けに来ました」
子供達の気配を感じた日向はそう声をかけてから、光が広がらない様に覆いをかけた懐中電灯でその中を照らしてみた。少し奥まった所で、八つの怯えた目が光っていた。
「大丈夫です、もうすぐお家に帰れますからね!」
まずは助けに来た事を知らせ、それからゆっくりと地下へ降りる。四人の子供達は声も出ない様子で一カ所に固まっていた。
「よぉう、ガキ共。肝は破裂してねーかぁ?」
続いて飛び降りたトガは、大股に歩み寄ると子供達の前に座り込んだ。その顔を見て、破裂寸前だった肝っ玉にトドメが刺された気がしないでもない。
「トガは顔は怖いけど優しい人です、怖くないのです」
一応フォローを入れた日向の言葉に何か一言余計な気がすると思いながら、トガは怪我の酷い子供に練成治療をかける。それで漸く、この人は怖くないと子供達も納得したらしい。
怪我の程度が軽い子供は、日向が応急手当をしていった。
一通りの手当が済んで、さて後はどうしようか。
「キメラ退治の見物でもするか? 肝試しよりよっぽど見応えあるぜぇ?」
その言葉に子供達は震え上がった。
それは‥‥やめておこうよ。これ以上肝が潰れたら、再起不能になりそうだし。
一方、戦闘班はまだ戦いを続けていた。
「八葉流白の型‥‥鬼宿」
真白は守り神『白ノ神』に心の中で祈りを掛け、馬に猛撃を叩き込む。振り落とされた乗り手の前には白夜が待ち構えていた。相手が体勢を立て直す前に小太刀「白兎」を投擲し、それを囮に本命の夜兎を眉間に撃ち込む。
だがそこは急所ではないらしく、騎士は小太刀を突き立てられたままの頭で平然と向かって来た。それを迎え撃ち、白夜は小太刀「地獄蜂」を相手の四肢の関節に撃ち込んで行動を束縛、自分の体でその視界を遮った。
「真白、今です!!」
「その首、貰った!!!」
それに応え、兄の背後からするりと抜け出したは、刀で首を跳ね――る前に、ころりと落ちる。元々繋がっていない首が嘲笑う様に歯を剥き出し、本体がくるりと背を向けた。
「白珠、唄で相手を束縛なさい!!」
「はい! 唄います!!」
白夜の言葉に頷き、白珠は呪唄で相手の動きを封じる。
「さようなら。私に背を見せた事。あの世で後悔なさい」
その背に真白が二段撃の猛攻を加える。転がった首は、もう笑ってはいなかった。
「さて、そろそろ仕舞いにするか‥‥」
敵の数が減って来たところで、ブレイズが仕上げにかかる。
「フレイム‥‥ブリンガァ!!」
両断剣・絶、発動。その威力の前に、屈しない者など‥‥いなかった。
「ガキの相手より‥‥こっちの化け物相手の方が性に合ってるな」
教会の地下から助け出された子供達の姿を遠目に見ながらブレイズが呟く。子供は嫌いではないが、余りくっつかれるのは苦手だった。
「お疲れ様。みんな怖かったでしょ? もう大丈夫だからね」
黒い髪と黒い瞳の白雪が微笑みかける。
「みんな無事でよかったですね!!」
自分達と歳の変わらない白珠に笑いかけられ、子供達はちょっと複雑な気分になった様だ。
「安心なさい。この地の魔は祓いました。ただ、これからは夜遅くに外を出歩く時は親御さんと一緒に」
白夜の一言にますます項垂れ、萎んで行く。
少し薬が効きすぎたかもしれない。ここにいる白珠もさっきまでお化けを怖がっていた事を話したら、少しは浮上するだろうか。
ともあれ、最悪の事態は避けられたのだ。少し苦かったかもしれないが、いずれは良い思い出となって残る事だろう。
そう、傷ではなく‥‥思い出として。
「よぅ、ちっとは克服できたかぁ?」
帰りの高速艇で、トガが思い出した様に訊ねてみる。
だが、安心しきった様子の日向からは、小さな寝息だけが聞こえていた。