タイトル:時計職人マスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/31 18:10

●オープニング本文


 商店街の一角に建つ、小さな時計店。
 その店先には「閉店」と書かれた真新しい張り紙があった。


「‥‥じいちゃん」
 青年は白い病室でベッドに横たわる老人に、そっと声をかけた。
 倒れたと聞いて慌てて駆けつけたが、どうやら命に別状はないらしい。だが、半身に麻痺が残ってしまった。
 老人は、時計職人だった。
 工場で大量生産される消耗品の様な時計とは違う、一点一点手作りの、世界に二つとない時計。しかも老人の作る時計は正確で故障が少なく、過酷な状況下でも狂いなく時を刻み続ける事で有名だった。
 しかし、時計作りは百分の一ミリ単位の精密さを必要とする作業だ。麻痺が残る左手は勿論、無事な利き手にも僅かな痺れが残る状態で、出来る仕事ではなかった。
 だから‥‥閉店を決めた。
「しかし、なあ‥‥」
 老人は動かない左手を見つめながら言った。
「最後にひとつ‥‥残ってる仕事が、ある」
 それは、とある兵士から頼まれたものだった。

 父親から譲り受けた時計の調子が悪いから修理してくれと、その腕時計が持ち込まれたのは半月程前の事だった。
 老人の作る時計は丈夫で長持ちが自慢、親子で使い継がれる事も稀ではない。
「あんたの息子の代まで使える様に、きっちり修理してやるわい」
 そう言って、老人は修理を引き受けた。
 倒れたのは、その修理が間もなく終わるという頃だった。

「それが‥‥あれだ」
 老人は枕元の木箱を顎で示した。もう少しで修理が終わる筈だった、腕時計。
 持ち主はその完成を待つ事なく、戦場へ行ってしまった。
「あれを、渡せなかったのが‥‥心残りでなぁ‥‥」
「でも、仕方ないだろ? じいちゃんだって、好きで倒れた訳じゃないんだし‥‥」
 青年は老人を励ますつもりで、言った。
「リハビリ頑張ってさ、治ったらまたやれば良いじゃん。そのお客さんだって、事情を話せばわかってくれるだろ?」
「‥‥事情は、話した。‥‥いつまでも、待つと‥‥言ってくれた」
「だったら――」
「しかし、いつまで待とうが‥‥この手は、動かん」
 そんな事ないと‥‥言いかけて、言葉が喉に詰まった。
 日常生活に不自由がない程度なら、回復するかもしれない。しかし、それでは駄目なのだ。青年も昔、子供の頃に‥‥この祖父に付いて少し習った事がある。
 精密機械を作る手には、精密機械並の正確さが求められるのだ。
「‥‥だから、店も閉めた。200年続いた職人の血も、これで終わりだな」
 老人が言った。
 彼の息子は、一点の金額こそ高いものの、だからこそ滅多に注文もなく、収入が不安定なこの職を嫌った。幼い頃はその仕事を継ぐと張り切っていた孫も、いつの間にか祖父の店から足が遠退き、今では別の道を歩んでいた。
 しかし――
「そんなこと、ない」
 咄嗟に、言葉が出た。
 青年は自分の言葉に驚き、慌てた。
 しかし‥‥思い返してみれば、自分はそれを言う為に祖父の病室を訪ねたのではなかったか。
「俺、もう一度‥‥修業し直す。だから、じいちゃん、いや、師匠! 俺を弟子にしてくれ!」
「無理だ」
「なんでっ!?」
「やり直すには、歳を食い過ぎとる。一人前になる頃にゃ、もうジジイだ」
「‥‥って事は‥‥時間さえかければ出来るって事だな?」
 青年は開き直った。
 もう、会社には辞表も出して来た。ここで引き下がったら‥‥明日から無職だ。
「それにさ、時計を一から作るのは無理でも、出来上がった部品を組み立てるくらいは出来るぜ。その時計、もう少しで修理終わるんだろ? 俺が代わりに‥‥」
「無理だ」
「やってみなきゃわかんないだろ!」
 しかし――
「バカモン!!」
 カミナリが落ちた。
「やってみなけりゃわからんだと? やってみて、駄目だったらどうする? ここに預かっとるモンは、ただのモノとは違う。直りませんでしたで済むと思うか? まして、壊しちまったら‥‥」
 弁償で済むものではない。
「‥‥でも、じいちゃんの手じゃ直せないんだろ? だったら、俺の手使えよ」
 昔、手先の器用さを褒められた。
 お前には才能があると、嬉しそうに言った顔を今も覚えている。
「途中で少し寄り道はしたけど‥‥戻りたいんだ、元の道に」

 ‥‥説得すること、三時間。練習に、三週間。 
 時計の修理が完了したのは、一ヶ月後の事だった。
「‥‥まあ、会心の出来とは言えんが‥‥仕方あるまい」
 そんな消極的な肯定ではあったが、とにもかくにも、その仕事は師匠によって認められたのだ。
「じゃあ俺、届けて来る!」
「‥‥待て、ラウル。‥‥これも、持ってけ」
 老人は孫の名を呼び、金の入った袋を押し付けた。
「修理代金だ。これは受け取れん」
 時計は元通り、動く様になった。だが、それでも‥‥金を取れる仕事ではない。納期も遅れてしまった。
「‥‥わかった。返して来る」
「それと、な」
 もう一言、老人は付け加えた。
「店は、もう開けん」
「‥‥どういう、意味?」
「お前が手伝ってくれた事には‥‥感謝しとる。だが、これっきりだ。お前を弟子に取る気はない」
「‥‥俺には、無理だって事?」
 そんな筈はない。例え人の手を借りたとしても、それが納得のいく出来でなければ客の手に渡す筈がない。人の手を借りたのだから品質の低下は仕方がないなどと、そんな言い訳をする人ではなかった。
 まあ、多少は見劣りするとしても‥‥それは許容範囲の筈だった。
「‥‥わかった」
 青年は言った。今は、待っているお客さんがいる。
「帰ってから、また話そう」
 届ける先は、戦場のまっただ中。
 無事に帰れるかどうかは、わからないが。

――――

 男は暗闇の中、時刻を確認しようと自分の左手首を見た。
 手にしたペンライトで無意識に文字盤を照らすが、そこに浮かび上がる数字は暗闇の中でもはっきりと浮き上がって見えた。
「‥‥あぁ、そうか‥‥」
 軍から支給されたデジタル時計。時刻を見るだけでなく、気圧や方位等様々な情報を得る事が出来る便利なものだ。しかし‥‥
「やっぱ俺は、あれが良いなぁ‥‥」
 父親から受け継いだ、古い腕時計。少し調子が悪くなって来たので、修理に出したのだが‥‥納期の直前になって、そこの主人が倒れたと聞いた。
 容態はどうなのだろう。また、時計を作る事は出来るのだろうか。そして、修理に出したあの時計は‥‥
「‥‥っと、今はそんな事考えてても、しゃーねぇな」
 男は脇に立てかけておいた小銃を取り、再び暗闇に目を凝らす。
 いつキメラや強化人間が現れるかわからない、ここはバグアと一進一退の攻防を繰り広げる最前線だった。
 時々起きる戦闘の多くは小競り合い程度のものだが、それがいつ本格的な戦いへと発展するかわからない。この一帯を掌中に収めるまでは、人類側も、バグアも、退く事はないだろう。
 いつになったら故郷に帰れるのか、あの時計に会う事が出来るのか――男には見当も付かなかった。

●参加者一覧

セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
マヘル・ハシバス(gb3207
26歳・♀・ER
エイミー・H・メイヤー(gb5994
18歳・♀・AA
神棟星嵐(gc1022
22歳・♂・HD
リリナ(gc2236
15歳・♀・HA
ユウ・ターナー(gc2715
12歳・♀・JG
御剣 薙(gc2904
17歳・♀・HD
住吉(gc6879
15歳・♀・ER

●リプレイ本文

「形見の品物のお届けですか‥‥」
 依頼の内容を聞いて、住吉(gc6879)が呟いた。
「運送会社的な猫さんも、さすがに戦場まではお荷物を運んではくれないのでしょうね〜‥‥♪」
 形見じゃないけど、ね。
 しかし、依頼人のラウルは自分で届ける事しか頭になかったらしい。それだけ思い入れが強いという事か。
「物には、作った人使った人の思いが宿りますからね」
 使い込まれた時計を見せてもらったマヘル・ハシバス(gb3207)は、それが刻むリズムに耳を傾ける。これは、魂が宿るモノの声だ。
 それほど大切にされてきたモノを、これからも使い続けて貰う為に。
 その時計を届ける人と、その時計を待っている人。両方の想いを繋ぐ為に。
「ラウルおにーちゃん、ユウにも手伝わさせて☆」
 ユウ・ターナー(gc2715)の言葉に、ラウルは頷いた。
 こんな小さな子が、と思う気持ちもあるが、大丈夫だ。年齢や経験も大切かもしれないが、どんな仕事にもそれ以上に大切なものがある筈だから。
「それでは出発しましょうか」
 リリナ(gc2236)がにっこりと微笑んだ。


 大切なものを、迅速かつ確実に。その思いは誰もが同じだった。
 しかし、それを実行に移すのはそう簡単ではない。
「異常はないって話だけど、前線なんだよね」
 御剣 薙(gc2904)が言う様に、いつ戦闘に巻き込まれてもおかしくない。そして実際、目標地点の付近ではかなり大規模な戦闘が行われている最中だった。
 住吉は探査の目を発動させて周囲を窺う。早速、何かを見付けた。
「ん〜‥‥覗き見している変態がおりますね〜‥‥ほら、さっさと帰るですね〜」
 ばっさー! 天狗ノ団扇で吹っ飛ばす。
 今のは斥候だろうか。慌てて逃げて行くが、深追いは禁物だ。
「簡単な護衛のつもりでしたが、運がありませんでしたね‥‥」
 マヘルは無線で拠点と連絡を取り、情報を集める。
「‥‥はい、こちらは友軍として動きます。では、無線はこのまま」
 傭兵達の現在位置は後方の待機部隊が集結している付近。そこから前線まではそう遠くないが、間にはキメラが溢れている為に援軍を送る事もままならない状況だった。
「‥‥背後に強化人間が、いる様ですね‥‥」
 入手した情報からすると、この辺りか。セシリア・D・篠畑(ga0475)が、周辺の簡易地図に印を付けた。それがキメラを率いているなら、倒さない限り何度も襲撃を受けるだろう。
 ただ、それを狙うには周囲のキメラが邪魔だった。しかも、目的の兵士がいるのは更にその先。キメラの群れのど真ん中を突っ切る必要がある。
「じゃあ、そのキメラはユウ達の方へ気を逸らせば良いんだね!」
 ユウが言った。大暴れしていたら、きっとすぐこちらに気付いて目標を変えて来るだろう。
「では、私達はその隙にラウルさんを前線までお届けしましょう」
 AU−KVのバイク形態なら敵を蹴散らして突破する事も可能だろうと、神棟星嵐(gc1022)が言った。
「道中は自分の後ろに乗って下さい。敵が来れば接触を避けるため荒い運転になりますので、しっかりと掴まっててくださいね」
「ボクが先導するね。騎龍突撃もあるから、強行突破でも大丈夫だよ」
 薙の力強く頼もしい言葉に、こくこくと頷くラウル。覚悟は決まった。膝は笑っているけれど。

「無線はこのままにしておく。これでコチラの状況はわかるだろう」
 先行の二人にそう言うと、エイミー・H・メイヤー(gb5994)の瞳が金色に光る。
「‥‥雑魚が鬱陶しいですね、邪魔しないでください」
 途端に口調が変わり、表情が消えた。
 それを受けて、ユウはわざわざ目立つ様に敵の眼前へ飛び出した。
「鬼さん、此方なのーーッ!」
 気を惹いておいて、両手に持った特殊銃ヴァルハラを構える。
「さぁ、どいてどいてっ! キミ達に用は無いんだカラ!」
 叫びながらブリットストームを発動し、行く手を塞ぐ邪魔な敵に弾丸の雨を降らせていった。
「あとでユウが遊んであげるっ」
 一発の威力は落ちるが、道を開く為ならそれで充分だろう。ヒト型のキメラは深手を負ってさえ怯む事なく向かって来るし、命中率の落ちたその攻撃は身のこなしが素早い犬型キメラには殆ど当たらないし、思った程の効果は上がらなかったが――
 しかし、こちらの持ち球はそればかりではない。寧ろ隠し球と言うべきか‥‥住吉が天狗ノ団扇で追い撃ちをかけた。
「ふふふ、私の風は凶暴ですよ〜‥‥なんて決め台詞ぽい事を言ってみたり〜♪」
 ばっさばっさ、旋風を巻き起こす。銃弾の雨には怯む事のなかったキメラ達も、吹き荒れる風に押し戻され、前進の速度が鈍った。流石、決め台詞を伴う攻撃だけの事はある、かもしれない。
「おにーちゃん、おねーちゃん、早く行って‥‥っ」
 弾を撃ち尽くした銃をリロードしながら、ユウが叫ぶ。
 住吉が起こす旋風の後を追い、楔を打つ様に仲間達が敵の群れの中へ突入して行った。

「では、こちらも行きます」
 星嵐はラウルに声をかけると、スロットルを全開。先に飛び出した薙の後を追ってバイクを飛ばす。
「邪魔だよ、どいてっ!」
 キメラ達の注意は攻撃を仕掛けた仲間の方に向いているが、進路を塞ぐ敵は多かった。薙はそれを蹴散らし、跳ね飛ばし、近付くものはエネルギーガンでぶっ飛ばしながら斬り込んで行く。それでも間に合わない時は騎龍突撃で強引に道を抉じ開けた。
 その勢いのまま、最前線で戦う兵士達の前にバイクを横付けにする。
「最後まで護衛の任は果たしますので、伝える事はきちんと伝えてくださいね」
 星嵐に言われて後部座席から転がる様に降りたラウルは、震える膝を懸命に奮い立たせながら、覚束ない足取りで数人の兵士達の前へ。彼がここに来る事は予め伝えてあったし、来る途中でも状況確認の為に無線で連絡を取っていた為、すぐさま一人の兵士が歩み寄って来た。
「随分とまあ、派手なご登場だが‥‥大丈夫か?」
 その問いに、ラウルはこくこくと頷く。両腕に時計の箱をしっかりと抱えながら。
 だが、その間にも敵の攻撃が止む事はない。じりじりと包囲の輪を縮めるキメラ達に対する壁となるべく、傭兵達はラウル達の前に立ちはだかった。
 星嵐はミスティックT、薙はエネルギーガン。いずれも遠距離攻撃で、近付く前に仕留める。残りの兵士達も加勢に入り、押され気味だった前線に勢いが付いた。
「よし、確かに受け取った」
 兵士がラウルの背を叩く。後は敵を全て片付けてからゆっくり話そう。
「悪いな」
「いいえ。では、私はラウルさんを後方に送り届けますので」
 それを聞いて、ラウルの膝がますます激しく震え出す。しかし、運転は荒っぽくても安全である事は確かだ。ここはもう暫く耐えるしかない。

 一方、キメラと強化人間の排除に専念する仲間達は、ただひたすら敵を蹴散らしていた。
 セシリアはユウと住吉の攻撃で出来た道を走る。電波増強を使い、ブラックホールを連射しつつ、その先にいる筈の親玉、強化人間を目指して。
 しかし、それがこの奥に居る事は確かなのだが、姿は全く見えない。数ばかりがやたらと多いヒト型のキメラに視界を遮られていた。
 セシリアはその人型には構わず、そこに混じって縦横に駆け回りつつ攻撃を加えて来る大型犬キメラに攻撃を集中し、頭を狙って一頭ずつ排除して行く。この犬の中には人型キメラの統率を取っているものがいるらしい。それを叩けば、この鬱陶しい人型も統率が乱れ、倒し易くなるだろう。
 強化人間への道を開く為、多少の攻撃は気にせず突き進む。回復手段はあるが、余程の事がない限り自身に使うつもりはなかった。
「あたしの前で女性を傷つけようなど百年早いですよ」
 それを視界に捉えたエイミーが反応した。いつでもレディファーストとは言え、怪我や危険まで「お先にどうぞ」という訳にはいかない‥‥いや、女性を護り抜いてこそ騎士、そして紳士というものだ。
 エイミーはセシリアを狙う犬キメラの目の前に飛び込むと、蛍火を一閃。真っ先に排除し、続いて周囲に群がる人型の足を狙って動きを止めにかかる。
「足を切り離した程度では止まりませんか」
 足がなくなっても、腕だけでいざり寄ろうとする人型キメラ。しかし、その速度は確実に落ちる。邪魔になりさえしなければ、放っておいて構わないだろう。エイミーは後衛の射線に入らない様に注意しながら、そのまま前衛として留まり強化人間に向かって進む。
 その間にも、エイミーは犬達の動きをじっくりと観察していた。リーダーと思われる個体に目星を付け、攻撃の機会があれば率先して狙って行った。
「そろそろ、お届けは済んだ頃でしょうか‥‥」
 リリナは時計の機能も兼ねた腕輪をちらりと見る。自分も腕時計愛用者だけに、修理してまで使おうとする兵士の気持ちは、何となく嬉しい。良いな、とも思う。そして、それを生き返らせる為に腕を振るう職人や、一刻も早く届けたいと願うラウルの気持ち。
 彼には何か悩んでいる事がありそうだったけれど‥‥これが終わって、ゆっくり時間が取れる様なら少し話してみようか。自分で解決すべき悩みの気もするし、世話焼きな人が大勢いるから大丈夫な気もするけれど。
 リリナは気持ちを切り替え、目の前の敵に集中した。これを片付けない事には、話どころではない。死傷者を出さないことを第一に、カルブンクルスによる援護射撃を中心に戦闘を組み立てる。防御には余り自信がないが、それでもいざとなったら自分の身を盾にする事も辞さない気合いで。
「でも‥‥」
 大型犬キメラを狙った腕が僅かにブレる。動物好き、しかも犬派。飼っていた事もある。それを思うと、出来れば余り狙いたくない。
 幸い、犬狙いの仲間は多い様だし‥‥任せてしまっても良いだろうか。
「ここで一匹でも多く数を減らさないと」
 先に軍の負傷者の手当を手伝ってから合流したマヘルは、友軍がリロード中に攻撃される事のない様に、そのタイミングで攻撃を仕掛けた。キメラの数を減らす事、そして友軍の被害を出来るだけ抑える事を優先し、エネルギーガンで攻撃。
 軍の無線通信を聞く限りでは、彼等の参戦によって前線はじわじわと押し上げられている様だ。
「うぅ‥‥敵が沢山‥‥でもユウ、負けないもんっ!」
 ブリットストームで蹴散らしても、まだまだ溢れるキメラ達。しかしユウはメゲずに引き金を引き続けた。大型犬は足下を狙い、機動力を奪ってから影撃ちで眉間に一発。人型は急所を狙い‥‥急所‥‥どこだろう。人間と同じで眉間や喉元、肝臓付近や心臓だろうか。
「ほ〜らほ〜ら」
 ばっさばっさ。シリアスな空気の中で、住吉は妙に楽しそうに団扇で風を起こし続ける。そう、空気は読む為にあるのではない。呼吸する為にあるのだ。
 それに、要は敵を吹っ飛ばしさえすれば良いのだ。住吉は扇嵐の竜巻で軽くダメージを与えた後、電波増幅で凶悪化した旋風天狗ノ団扇で旋風の一撃を叩き込む。
 そうこうしているうちに、ほら、あそこにコソコソと逃げて行く人影が。
 住吉は牽制の一撃を放ち、仲間の注意を引いた。
「‥‥逃がさないのっ」
「逃がしませんっ」
「どこに逃げるおつもりです?」
 ユウ、リリナ、エイミー。三人の女の子に囲まれた強化人間。状況が違えば鼻の下を伸ばしていたかもしれないが‥‥三方から物騒なモノを突きつけられ、それどころではない様子。
 敵に主導権を持たせない様、又、素早く倒す為に、連携はしっかりと。ユウが制圧射撃で足を止めさせ、疾風で回避を上げて一気に接近したリリナが呪歌で追い撃ちをかける。そこに斬り込んだエイミーは、ここぞとばかりに蛍火の二段撃を叩き込んだ。
 まさかここまで肉薄されるとは考えていなかったのか、強化人間の顔に焦りの色が浮かぶ。更にそれは諦めと躊躇いの色に変わり――
「まさか、自爆‥‥?」
 セシリアが接近しすぎた仲間達を引き戻そうとした、その一瞬の隙を狙い、強化人間は逃亡を図った。三人の包囲が甘い所を狙って走り出す。
 しかしそれは、わざと与えた隙だった。
 その瞬間、エイミーは先読みした地点に向けて閃光手榴弾を投げ付ける。背後からはセシリアのブラックホールが追いかけ、そして正面からは。
「まだ戦闘中ですね。なら、ここからブーストで!」
 ラウルを送り届けた星嵐が接近していた。その背後には薙がぴったりと付いている。
「その命、貰い受けます!」
 ブーストを使って一気に間合いを詰め、すれ違いざまにアスタロトを装着。竜の角を発動し凄皇弐式での一刀両断を狙う。今度こそ、自爆をされてもおかしくない状況。しかし、そんな暇は与えなかった。
「悪いけど、逃がしはしないよ」
 装着状態の装輪走行で全力移動して来た薙は、体勢を立て直すと不敗の黄金龍を発動。
「見せてあげるよ‥‥ハイドラグーンの切り札、これがボクの全力全開!」
 スコルのブースターを利用し、回転足払いから跳躍、その頂点から跳び二段廻し蹴りを繰り出し、今度は跳び後ろ廻しと突き蹴りを叩き込み――
「御剣流戦技奥義の壱、薙旋風<なぎつむじ>!」
 強化人間は糸の切れた操り人形の様に空中でカクカクと舞い、墜ちた。
 同時に薙の覚醒も解ける。だが、後は仲間に任せれば良い。


「何か異常はありませんか?」
 戦闘後、マヘルは拠点の兵士達に訊ねて歩いていた。あの強化人間がここで何をしていたのか‥‥まさか爆弾でも仕掛けていたのだろうか。
 しかし、特に異常は見当たらない。特別に何かを狙った襲撃ではなかったのだろうか。
 マヘルは仲間達の元へ足を向けた。
「無事お届け物はできたでしょうか? そうそう、あたしも腕時計愛用者なんですよ」
 リリナが自分の時計を兵士に見せている。
 そしてセシリアは珍しく饒舌だった。時計職人の現状、今回はラウルが手伝った事 また、職人を目指そうと考えている事‥‥
「‥‥もう、時計の修理は出来ないと思います‥‥大切なモノ‥‥守って下さい‥‥」
「でも、こいつが継ぐんだろ?」
 兵士が言った。ここまで届けに来る、その根性があれば。
「この戦争で技術を伝える人も失っていますから、受け継ぐ人は必要だと思いますよ」
 マヘルが言った。
「それに、何事もやろうと思って遅すぎる事なんて無いでしょうし」
 リリナもそれを後押ししてみる。けれど、ラウルがこれからどうするのか、どうするのが一番良い事なのか‥‥それは本人にしかわからないし、本人が決める事だ。
「また何か困ったらお訪ねくださいね」
「じゃあ‥‥じいちゃんの説得、頼もうかな」
 リリナの言葉に真顔で答えるラウル。
「え、それは‥‥」
 ちょっと狼狽え気味のリリナに、ラウルは冗談だと笑う。ここから先は、自分ひとりの戦いだ。
 その想いを大切に、そして大切なモノを守れる様に。
(‥‥職人さんや兵士さん、ラウルさんだけじゃない‥‥私も同じ様に、大切なモノを守れる様に‥‥)
 セシリアが、心の中で呟いた。