●リプレイ本文
ふわふわ、もこもこ。
町にはふわもこの真っ白い物体が溢れていた。
「あのキメラを捕獲して研究所に連れて行く‥‥のですね‥‥」
一見シスターの様にも見える司書服に身を包んだ夢野 芽亜(
gc7566)が辺りを見渡す。さして興味もなさそうなその様子からは、彼女の内心を伺い知る事は出来なかった。ましてや実はカワイイモノスキーのふわもこスキーだなんて事は、全くもって。
そんな隠れスキーや、隠しスキー、最初から隠す気もなくオーラ全開のスキーまで、様々なタイプのふわもこスキーが集結した今回の依頼。そんな中、如何にして己の個性を発揮し、他の同志との差別化を図り、如何に多くの標的をもふりまくるか、それが作戦の肝に‥‥いやいや。
「ええ、Xさんのいらっしゃる研究所に保護して貰えば、退治される事も無く穏やかに暮らせるでしょう」
ティア・エルレイル(
gc7008)が、にっこりと微笑む。
そう、本来の目的は多分それだ。
じゃあ、頑張ろうか。
「えーと‥‥こことこことこの辺に反応があるね」
イスネグ・サエレ(
gc4810)はバイブレーションセンサーを使って捜索した結果を仲間に知らせる。
が、わざわざそれを使うまでもなく――
「‥‥って、見ればわかる、か」
うん、そうだね。そこらへんに、いっぱい溢れてるよ。
「ここはレディファーストっと。わたしはまた別なところを探すよー」
楽そうな所は女の子に任せて、両腕に持てるだけのバスケットを抱えると、イスネグはいそいそと路地裏へ入って行った。
「ふわネズミ‥‥バグアにもなかなか分っている奴がいるな」
路地の隅にうずくまったふわふわの白いモノの前に、ほくほく顔でしゃがみ込む。そーっと、そーっと。怖がらせないように細心の注意を払いつつ、手で優しく包み込むように‥‥
「よーしいいこいいこ」
なでなでもふもふ。
「‥‥ぅきゅ?」
「うわぁ、想像以上にモフモフだっ」
手の中に大人しく収まったふわねずみの、ほわんほわんの真っ白い毛並。その感触を堪能しながら、イスネグはモフスキーオーラを出しまくる。
「あ、そうそう。暑いからねー、熱中症にならない様に水分補給しなくちゃねー」
いそいそと水筒の水を器に入れ、その前にふわを置いてみる。
「きゅ?」
のそのそ、ぴちゃぴちゃ。飲んでる飲んでる。
「かわいいなー」
と、その視界の隅に忍び足で車の下に潜り込もうとする猫の姿が。あそこにもう一匹いるのだろうか。
「‥‥ごめんよー」
猫を子守唄で眠らせて、車の下を覗き込んだ。
いたいた。
「おいしい牛乳だよー」
イスネグは持って来たコーヒー牛乳を開け、その蓋に付いた匂いを嗅がせてみようと手を伸ばす。
ふふん、くんくん。
てとてと寄って来た。もうひとつの皿に注いで、はいどうぞ。
「おいしいかい? いっぱいあるからねー、喧嘩しないで仲良く飲むんだよー」
眺めているだけでも幸せで、時の経つのを忘れてしまいそうだった。
「困りましたね」
金 海雲(
ga8535)は、道路脇で困り果てていた。
「これは、キメラなんですよ」
ふわねずみを三匹ほど抱えた女の子に話しかけている。どうやら連れて帰りたいと駄々を捏ねている様だ。
「生態が分からないので、一般家庭で飼ってると死んじゃうかもしれませんし、それに‥‥」
と、背後から怒声が響く。数人の男が血相を変えて走って来るのが見えた。
「いたぞ、キメラだ!」
「捕まえろ、殺せ!」
――びくぅっ!
その途端、殺気に怯えたふわねずみが合体した! ‥‥と言っても三匹だけだから、大きさは普通のハリネズミ並だが。
「きゃあっ、なにこれ!?」
女の子の腕からトゲトゲの塊が転がり落ちた。
「うっかり驚かせると、こうなりますので‥‥」
女の子はそれで納得してくれた様だが、収まらないのは男達。そんな危険なものは即刻処分しろと迫る。
「キメラですけど、この子は無害なんです。バグアの目的は良く分かりませんが、無害で可愛いキメラを退治しようとする警察や軍や傭兵とかへの反感を醸成する、というのがあるかも‥‥」
だから、それに乗せられてはいけない。自分達が責任を持って処理するから――ただし、その方法は機密事項だが。
男達が渋々納得すると、海雲は拾い上げたハリネズミをケージの中へ。暫くそっとしておくと、それは再び三匹のふわに戻った。
「ちゃんと全部保護できますように‥‥」
GooDLuckを発動して幸運を祈りつつ、木の上や溝の中を探す。見付けたふわには穏やかに近付き、よしよししながら抱き上げてケージに入れていった。増えたケージは崩れない様に確り繋ぎ止め、重ねて背負う。まるでハムスターの行商の様だ。
「はい、三時に迎えに来るので、それ迄は驚かせない様部屋の中で遊んであげてて下さい」
いつの間にか、貸しふわ業者の如くになっていたり。
と、道の真ん中をよちよちと歩いているふわが! しかも、目の前に車が迫っている!
「危ない!」
咄嗟にボディガードを発動した海雲は、ふわの身代わりに!
それは、命懸けのふわもこ愛だった。
「いくら無害といってもキメラですからね‥‥油断はしませんよ」
ソウマ(
gc0505)はきりりと凛々しい顔で拳を握った。目的はあくまでふわねずみキメラの捕獲。それ以外に何があるのだという顔で辺りを見る。
そこらに溢れているふわねずみは仲間に任せるとして、自分は何処か人目につかない所に隠れているものを探そうか。
まずは周辺の住民から目撃情報を得る。大体の当たりを付けたら、そこから先はキョウ運を信じて野生の勘を頼りに。
「‥‥! あっちかな」
いそいそ。弾む足取りで近付いて行く。いや、別に‥‥ふわねずみに早く会いたいとか、もふりまくりたいとか、そんな事は思ってない。これは、そう、相手に警戒心を起こさせない為の演技だ。
「っく!」
「きゅ?」
発見。
「聞いてたのより実物の方が‥‥可愛らしいですね」
最後の方は小声になりつつ、そーっと近付く。刺激しない様に、ゆっくりゆっくり‥‥
「こ、これは‥‥!」
ふわり。手の中に包まれたその感触に、衝撃を受けた。
もう耐えられない。
ソウマは挙動不審気味に辺りを見回すと、人目につかない場所へふわを連行した。
よし、誰もいない。誰も見てない。
「〜♪」
もふもふなでなでもっきゅんもっきゅん。満面の笑みで、優しく触りまくり、愛でまくる。
「‥‥っ」
視線を感じた。誰だ、誰かに見られ‥‥なんだ、猫か。
「‥‥キメラ捕獲の為、やむを得ずこういった事をしているんです。何か問題でも?」
相手が猫だとわかっても、思わずそんな言い訳をしてしまう。しかも微妙に頬を赤らめながら。
うん、猫ってそうだよね。何となく、全てを見透かされている様な気がするものだ。
充分に堪能したら、捕獲用の籠に‥‥あれ、入ってくれない。
「きゅぅ」
肩が良いのか。そうかそうか。
ふわねずみを肩に乗せ、ソウマは意気揚々と捜索を続行した。
「はい、ここに入って下さいね」
ティアはまず、見える範囲にいるふわねずみ達を保護する事にした。
そっと近寄って、横に座る。
「ぅきゅ?」
くんくんと膝の匂いを嗅ぎながら、見上げるふわ。その小さくてふわもこな体を両手でそっと掬い上げ、膝の上に乗せてみる。ここなら自由に動けるし、嫌なら逃げる事も出来る。もし暴れて転がったり、滑り落ちたりしても怪我はしないだろう。
けれど、ふわは動かなかった。安心した様にすっぽりと膝の間にはまり込んでいる。と、周りからもふわ達が集まって来た。よちよち、のそのそ。たちまち白いふわ玉に埋め尽くされる、ティアの膝。
そんなふわ達を、ティアはそっと撫でてみた。
「きゅぅーん」
ころん。無防備にお腹を見せてひっくり返る。
何か餌をあげてみたいところだが、何を食べのるか判らない。嫌いな物をあげて嫌われるのは悲しすぎるし。だから、涙を呑んで今回は我慢。コーヒー牛乳とか飲ませてる仲間もいるし、何でも喜んで食べてくれそうな気はするけど‥‥我慢。後でXの所へ連れて行ったら、食べ物についても教えて貰おうか。
ひとしきり堪能すると、ティアはふわ達をバスケットに敷いたふかふかクッションの上に降ろした。見えない所にいる、他の子も探して保護しなければ。
ふわ入りのバスケットを抱え、聞き込み開始。目撃情報とバイブレーションセンサーの反応を手掛かりに、そして囮という訳ではないけれど、バスケットに収まった仲間を見れば安心して出て来てくれないだろうかとの、淡い期待も込めて。
「今日も可愛いわね、わんこさん?」
わんこ装備の祝部 陽依(
gc7152)を見て、月臣 朔羅(
gc7151)はにこりと微笑むと、その耳元で囁いた。
が、しかし。
「しっ、犬さんって気付かれちゃダメなんですよぅっ」
可愛いと言われて少し頬を染めながらも、唇に指を当ててその言葉を制する陽依。
そうか、気付かれちゃダメなのか。でも、どこからどう見ても、わんコスプレなんだけど‥‥ああ、そうか。ふわねずみに犬だと思われると、怖がられるから‥‥?
それはともかく。二人は手分けして捜索を開始。
「んー‥‥ハリネズミなら、穴の中に入ったりしそうなのだけども」
同じ習性なら、穴や壁の間などの狭い所に潜り込んでいるかもしれない。朔羅は探査の目を使いながら、じっくりと探して回った。
そのアドバイスを受けて、陽依も色々な所の隙間を覗いて歩く。
「ねずみさーん、こわくないからでておいでー?」
「あ、見つけたわよ。こっちこっち」
朔羅の手招きに、陽依は尻尾を振って飛んで行った。
「ぁ、はいっ、今行きますっ」
そこで目にしたものは‥‥
「んきゅ?」
街路樹の根元に潜り込んでいる、ふわねずみの姿だった。
ひくひく。そっと差し出された指先の匂いを嗅いでいる。
「貴方達、何も食べてないんじゃないかしら?」
その様子を見てふと思い付いた朔羅は、用意していたハリネズミ用のドライフードを器に開けてみた。
「んー‥‥ハリネズミの餌と同じで大丈夫かしら? これ、口に合うかどうか分からないけど‥‥遠慮なく食べてね」
器を置いて、少し離れてみる。
のそのそ、ふんふん。匂いを嗅いで、齧ってみる。
「きゅっ」
かりかり、かりかり。美味いらしい。
夢中で餌を食べるふわねずみ。その無防備無警戒な様子に、朔羅はそっと頭を撫でてみた。
「ん、素直な良い子。乱暴な事はしないから、安心してね」
「きゅぅん」
それにしても。
(んー‥‥このねずみさん達は、どういう目的で造られたのかしら。バグアにも、ふわもこ好きがいるのかしらね‥‥?)
「んー‥‥きっとペットとかが逃げ出しちゃった、とかじゃないです?」
朔羅の心の呟きに、何故か答える陽依。声には出さなかった筈なのに、テレパシーだろうか。それとも愛?
しかし、バグアにペットを飼う趣味があるとは思わなかった。しかも、ふわもこスキーだなんて。‥‥いや、多分‥‥違うと思うけど。
「いました、いましたよー、朔羅姉様っ」
餌に夢中のふわはそのままにして、他にもいないか探しに出た陽依は、早速もう一匹を見付けて声をかける。
「大丈夫だよ、怖くないよー」
しかし、ふわは陽依を犬だと思ったのか、溝の奥で今にも巨大化しそうにぷるぷる震えていた。
「んー‥‥怖がってる、かな。ごめんね‥‥これ、置いとくねっ」
陽依は一掴み貰って来たドライフードと自前のパンを置いて、そっと後ろに下がってみる。
暫く待つと、ふわはのそのそと動きだし‥‥ぽりっ。
「食べてる食べてる‥‥かわいー」
「きゅ」
警戒を解いたらしいふわを、陽依はフードごとそっと抱き上げてみた。
かりぽりかりぽり。抱き上げられても平気で食べ続けている。
「よしよし‥‥大丈夫だよー」
もふもふ、もふもふ。上機嫌。
「ん、本当に可愛いわね」
いつの間にか背後に来ていた朔羅が、ほっこり和んで微笑んだ。
「ですよね、可愛いですよねっ‥‥って朔羅姉様?」
それに気付いて振り向こうとした途端‥‥もっふー!
「あら、今のは陽依が可愛いって言ったのよ?」
陽依は背中からハグされた。
「‥‥っ、ぁ、あぅ‥‥」
はぎゅはぎゅ、もふもふ。ふわをもふっていた筈なのに、何故か自分がもふられている。陽依は真っ赤になってはにかみながら、ぽしょり。
「ぁ、有難う、御座います‥‥」
ぼふーん。
そして近くの公園では‥‥芽亜がふしぎなおどりを踊っていた‥‥じゃなくて。
芝生にしゃがんで腕を広げたまま、じっと動かずにいた。それは、おいでのポーズ。標的は向こうに見える白いふわもこ。言葉をかけるでもなく、微笑みかけるでもなく、ただじっと、無表情に‥‥うぇるかむ。
しかし、ふわねずみには何か通じるものがあった様だ。それは隠しても隠しきれない、全身から滲み出るふわもこスキーオーラのせいだろうか。
ひょこひょこ、よちよち。ふわが寄って来た。あっちからも、こっちからも。
寄って来たふわをそっと抱き締め、お腹を触らないように気を付けながら、思いっきり‥‥もふもふ、もふもふ。
存分にもふりまくった後は、木陰でお昼寝だ。勿論、ふわ達は体に乗せたり、抱き締めたりしながら‥‥
その間にも、何処から現れるのか増え続けるふわ。
もこもこ、もこもこ。真っ白な綿毛に包まれ、極上の夢を見る芽亜。ああ、なんという幸せ‥‥
時間が来たら、誰か起こして下さい。
やがて、名残惜しくもお届けの時間。
傭兵達は、抱えきれない程のケージやバスケットと共に研究所を訪れた。
背後で逃走防止用のゲートが閉じられた事を確認すると、ソウマはスパティフィラムを弾きながらひまわりの唄を歌いつつ、ケージの扉を開けてみる。
ぞろぞろ、ぞろぞろ。まるで笛吹き男に続くネズミの様に、ソウマの後に付いて歩き出すふわ達。
それを見て仲間達もふわを解放し、ふわねずみの大行進が始まった。もっとも、肩に乗ったり抱かれたまま大人しく連れて来られる程に懐いたふわは、そのまま傭兵達にくっついていたけれど。
その光景を見て、超ふわもこスキーなXが驚喜しない筈もなく‥‥
「同志!」
ぐっと手を握ったイスネグと、そのまま音楽に乗ってダンスに興じたりする始末だった。
そうして暫くの間、何もかも忘れてふわねずみの大群に埋もれ、もふりまくる仲間達。
そんな中、海雲が一番仲良くなったふわの目を見ながら何事かを囁いた。
「ふわのまま合体して、小山ふわに‥‥なれないかな?」
「‥‥んきゅ? きゅ‥‥」
ふわねずみは、かくんと首を傾げ‥‥
「ぅきゅきゅぅー!」
鳴いた。ぷるぷると体を震わせた。部屋に散らばった仲間が一斉に集まり、そして。
もこもこっ、どぉーん!
小山ふわ、出来ちゃった!
さあ、もふれ! 本能の命ずるままに、気の済むまでもふりまくるが良いっ!
お持ち帰りは出来ないけれど、遊びに来るのはいつでも歓迎だから――