●リプレイ本文
ターザの空港に設けられた作戦室。
仲間達は、たった今フォビア(
ga6553)から出された提案を、それぞれの胸の内で反芻していた。
沈黙が続く。
その張りつめた空気を打ち破ったのは、杜若 トガ(
gc4987)だった。
「残党をぶっとばすだけと思いきや大胆なこと考えてるじゃねーか」
ククッと喉を鳴らす。
「いいねぇ。面白そうだ」
一枚噛ませて貰おうか。強化人間を相手に降伏を勧告するという、その無謀とも思える策に。
「強化人間も、ある意味で被害者と言えるかもしれねぇ」
テト・シュタイナー(
gb5138)が言った。
「だが。助けようとする余り、仲間を危険に曝しちゃ意味が無い」
難しいものだ。
しかし、フォビアとて仲間を危険に曝してまで強行するつもりはなかった。ただ少しだけ、時間を貰えれば。
「降伏勧告を聞いて強化人間さんがどのような選択を取るか‥‥」
猫屋敷 猫(
gb4526)は、囮部隊として先の作戦に参加していた。彼等と遭遇する事はなかったが、関わった者として、しっかりと終わらせたい。そして、彼等の行く末を見届けたい。
「非常に重要な選択なのでしっかりと選んでほしいのですよ」
積極的に異を唱える者はいない様だった。ならば、全員の同意を得られたと見て良いだろう。
装備と作戦を確認し、傭兵達は迷宮へと向かった。
その頃、迷宮の奥では――
「‥‥おい、行くぞ?」
仲間の一人が声をかける。しかし、壁を向いたままの男は何の反応も示さなかった。
「放っとけよ。騒ぎが起きりゃ、嗅ぎ付けて勝手に暴れ出すだろ」
「‥‥そうだな」
或いは、その事にさえ気付かずに、ここで朽ち果てるのを待つか。いずれにしろ、もう自分達の手には負えない。
二人の強化人間は壊れてしまった仲間を残し、最後の徒花を咲かせるべく隠れ家を後にした。
「‥‥あの時の強化人間‥‥ですか‥‥あの場で死んでいた方が幸せだったやも知れませんけど‥‥ね‥‥」
再び迷宮都市を前にしたリズレット・ベイヤール(
gc4816)は、そう呟くと拳銃にサプレッサーを取り付け、覚醒。隠密潜行を発動させ、前回の戦闘で自ら作成した地図を手に迷宮に足を踏み入れた。
「複雑そうな地形ですね‥‥警戒を怠らないようにしましょう」
ここを訪れるのは初めてとなるセレスタ・レネンティア(
gb1731)は、その後ろからサブマシンガンを構え、敵の襲撃に備えつつ慎重に進む。
地図は予め頭に入れておいたつもりだが、実際の迷宮は平面図で見るよりも遥かに複雑だった。迷宮経験者の猫でさえ、頻繁に立ち止まって地図を確認しないと現在位置さえわからなくなりそうな程に。
その後ろにテトが続き、前衛の視界から外れる箇所を警戒しながら進む。それにアネットを加えた5人態勢で、B班は迷宮を進んで行った。
「‥‥以前の、場所‥‥モスクに痕跡が‥‥あるかもしれませんね‥‥」
前回の戦いの舞台。一度は逃げたその場所に、戻っていたかもしれない。今は無人でも、何かしらの痕跡があれば、そこから得られる情報もあるだろう。
リズレットの提案を元に、仲間達はキメラの襲撃に警戒しつつ、モスクを目指して歩を進めて行った。
一方、別の方面から侵入したA班。
こちらに迷宮の経験者はいない。それだけに、より慎重に進む必要があった。
「入る前に順路くらい決めておかないとねぇ」
トガが地図を広げる。居住するならそれに適した場所があるだろうし、地図上でも目星くらいは付けられそうだ。
「彼等が潜んでいそうなのは‥‥この辺りかしら」
ケイ・リヒャルト(
ga0598)が地図上の何カ所かを指差す。
「不意打ちに使うなら、ここか」
時枝・悠(
ga8810)が示したのは高低差のある複雑に入り組んだ地形。だが、そんな場所はこの迷宮の至る所にあった。
「結局、常に警戒してりゃ良いって事か」
単純で良い。
それらの意見と、狭い通路や袋小路は避けた方が良いとのフォビアの提言を元に、トガはルートを出してみた。
「B班ともあんま離れたら合流できねーしな‥‥こんなもんか」
捜索中は適時、無線での互いの班の位置確認も必要だろう。
「‥‥と、こんなとこかね」
決まったルートを全員で確認し、迷宮に足を踏み入れる。
(迷宮に残った強化人間‥‥彼らは何を思うのかしら)
慎重に進みながら、ケイは今回の「敵」に思いを馳せる。今まで色々な強化人間を倒してきた。彼らにも何らかの「想い」があったのだろうか。
「‥‥あたしには‥‥分からない‥‥」
訊いてみたい気もするが、話をする機会はあるだろうか。
どちらのルートも、行く手を塞ぐキメラは少なかった。前に来た時は様々なタイプのキメラがひしめき、撤収の際にもまだかなりの数が残っていた筈だが――今、目に入るのは黒い虫の集団のみ。
余り気持ちの良いものではないが‥‥と言うより見るのも嫌なら潰すのはもっと嫌な類のモノだが、遠距離からの銃の掃射で一掃出来るだけマシかもしれない。
他のキメラがどうなったのか、それは焚火の跡が教えてくれた。
B班が辿り着いた、モスクの中庭。その一角に、何かの骨が山の様に積まれていた。近くには瓦礫で作った調理場の跡。
「‥‥流石に‥‥あの虫は食べませんか‥‥」
くすり、リズレットが笑みを漏らす。
それとも、あれは丸ごと食べられるのか。食べても減らないほど多いのか。どちらにしても、やはりあの場で死んでいた方が幸せだっただろう。
焚火はまだ、消されてからそう時間は経っていない様に思われた。ならば、まだこの近くに潜んでいるのか‥‥
モスクの内部か、或いは屋根の上か。死角からの攻撃に注意を払いながら、猫は辺りを探る。
「‥‥いましたです」
声を潜め、仲間に告げる。その視線の先には、壁に向かって背を丸めている男の姿があった。
「対象らしき人影を発見、これより接触します」
セレスタは無線機にそう告げ、サブマシンガンを構えたまま相手の出方を探る。男は傭兵達に気付いていないのか、カクカクと頭を上下に振りながら何事かを呟き続けていた。
と、ふいにその動きが止まり、振り向く。落ち窪んだ眼窩の奥にある目が、異様な光を放っていた。
「‥‥ァ‥‥ゥ‥‥」
ゆらり、立ち上がる。
「おおっと、ストップだ。降伏勧告くらいはさせろよ?」
相手が行動を起こす前に、テトが言った。無線のスイッチは入れたまま、他の仲間にも聞こえる様に。
だが、相手はそれを聞こうともせず――聞こえたとしても理解出来ない様子で、素手のままテトに向かって突っ込んで来た。
「グァアッ!」
「っと! 何をするか分からねぇな、ったく!」
テトは相手の足下にエネルギーキャノンを撃ち込む。相手は弾かれた様に後ろに飛んで距離を取ると、獣の様に四つ足になって歯を剥き出した。
セレスタは相手に見える位置でサブマシンガンを構え、いつでも撃てるという意思表示をする事で牽制を試みる。
その様子を、リズレットは高所から見守っていた。プローンポジションで潜み、サプレッサーを付け替えたアンチマテリアルライフルG−141を構える。照準は強化人間の頭部に合わせ、交渉決裂なら即排除の構えだ。
しかし、テトはまだ諦めていない。
「んまぁ、素直には聞き入れられねーだろうな。ただ‥‥強化人間を治療する方法があるとしたら、どうする?」
びくん。男の体が痙攣した。内心の葛藤を表す様に、腕や足がビクビクと震える。
「確実とは言えねぇ。力を振るい過ぎた奴は戻せねーらしいからな」
目の前の男は、どう見ても手遅れとしか思えないが‥‥それでも。
「どうする? 治る可能性に賭けるか、ここで全力を尽くすか。‥‥どっちにせよ、全力で対応するぜ」
猫もどうにか出来ないかと、声をかけてみた。
「聞き入れてくれるなら、もう戦う事もないのですよ」
だが、その声は咆哮によってかき消されてしまった。
「ォグァアアァァァ!」
最早それは、ヒトの声ではない。理性の欠片も感じられなかった。
「交戦開始、やはり無理でしたか‥‥!」
セレスタがサブマシンガンの引き金を引く。同時に、上空からの貫通弾が男の頭を半分ほど吹き飛ばした。
それでも、男は動きを止めない。奇声を発しながら闇雲に腕を振り回し、何かに憑かれた様に空を裂き、蹴り続ける。
「‥‥こーなっちまうか。なら、先に言った通りに全力でお相手するぜ!」
仕方がない。テトは足を狙ってキャノンを一発。その隙に迅雷で懐へ飛び込んだ猫が、刹那と二連撃を組み合わせた攻撃を加える。
無線機からはA班が敵と接触した事を知らせる声が聞こえていた。
A班の四人が強化人間と接触したのは、先に接触したB班からの連絡を受けて合流しようと動き出して間もなくの事だった。
キメラの数も少ない様だし、今回は屋根上を移動しても大丈夫だろうかと、合流地点までのショートカットを試みた矢先の事。ここは相手の庭なのだから、奇襲や罠は当然と警戒していたが――相手は待ち伏せでも罠を張るのでもなく、堂々と傭兵達の前に姿を現した。
「‥‥なんだ、随分少ねぇな‥‥」
片方の男が呟き、重い音を立てて剣を振る。
「ま、こんなもんだろ。何しろ俺達は、殆ど負けの上にボスを見捨てて逃げたワケだしな」
もう一人も腰の剣を抜いた。しかし――
「待って、交渉がしたい!」
それを制する様に、フォビアが叫んだ。
「私達は降伏勧告に来た! 降伏を条件に一つ話を持ってきた! 話を聞いて欲しい!」
「降伏? 有り得ねぇな」
男が鼻で笑う。
「降伏して、処刑台の上にでも立てってか」
「違う!」
フォビアは尚も叫んだ。
「簡潔に言えば強化人間の治療法! それがある!」
僅かに、男達の顔色が変わった。顔を見合わせ‥‥だが、武器を下ろす事はしない。
「出来れば貴方達を助けたい! バグアから逃げたのは生きる為なんでしょ‥‥!! 手を止めて聞いてっ‥‥!!」
「そんな事をして、お前らに何の得がある? それとも、手の混んだ罠か?」
「おいおい‥‥罠か誠意かくらい、強化されてなくても見れば分かんだろ?」
それには悠がケチを付けた。正直な所、敵の命や考えにはあまり興味が無い。下手に口を出さずに静観するつもりだったのだが‥‥ダラダラと長引くのは御免だ。戦うか、話を聞くか、さっさと決めて欲しい。
「‥‥ちっ」
ひとつ舌打ちをすると、男達は剣を収めた。
「ま、話くらいは聞いてやるか‥‥冥土の土産にな」
どうやら話を聞くつもりはあるらしいと、トガは機械拳「クルセイド」を付けた腕を降ろした。聞く耳持たないなら、まずはぶちのめして足腰立たなくしてから‥‥などと物騒な事を考えていたのだが、その必要はなさそうだ。
とりあえず、懐から煙草を取り出し、火を点ける。空気‥‥いや、雰囲気を煙で濁しておけば、他の仲間が先走る様な事もないだろうと考えての事だが、それで強化人間達も気が削がれたらしい。
一本どうだと差し出されたそれを、彼等は素直に受け取った。
「クカッ、天国にしろ地獄にしろ。逝く前の準備にゃこれ一本で十分だろ?」
「‥‥まあ、俺らが行くのは地獄だがな」
満足そうに煙を吐き出す二人の男。
「で‥‥何だ?」
問われて、フォビアは筒状に丸めた書類を放り渡す。そこにはエミタを用いた強化人間治療の可能性と、その過程のリスクが纏められていた。治療が行われるまで延命措置は無く、メンテナンスを受けられない苦しみは続く。それに軍は治療に懐疑的で、治療して貰えない可能性もあった。
「成功例は現状一つ‥‥信じるかは任せる」
「たったの一つ、か」
吐き出す様に言った男の言葉に、フォビアは頷いた。しかし、1と0とでは天と地ほどにも違う。
「説明した通り、治療を望んでも地獄の道程になる。でも覚悟があるなら可能性は0じゃない。降伏するなら協力出来る」
「わかんねぇな‥‥、何でだ? さっきも言ったが、俺らを助けて何の得がある?」
「‥‥出来れば助けたい。それが答えじゃ不満?」
「物好きにも程があるぜ、あんた」
「敵はこんなふざけた運命を押し付けるバグア。私はそう思う」
フォビアの瞳には憎悪が宿っていた。それは、バグアに対する憎悪。憎いのはバグアだけだ。利用された、彼等ではない。
「自爆装置は?」
「自ら自爆装置を抉り抜けば良い。即座に治療する事で生き残った前例がある」
治療役はこちらに居る。
「回復でもトドメでも、好きな方を選びな」
トガが喉を鳴らした。
「乱暴だけど‥‥進む覚悟はある?」
フォビアの問いに、男達は顔を見合わせ‥‥妙にすっきりした様子で首を振った。
「トドメ、頼むわ」
「その可能性って奴は、もっと‥‥マシな連中に残しといてやってくれ」
それが、彼等の出した答え。
「さて、いっちょやろうぜ。役者も増えた事だしな」
丁度、広場の端にB班の仲間が姿を現した所だった。
「なら‥‥全力で迎え撃つ」
フォビアが武器を構え、頷く。
隠密潜行で物陰に隠れて成り行きを見守っていたケイは、交渉決裂と見るや誰よりも早く攻撃に出た。まずは敵の足を狙って移動を阻害し、影撃ちと二連射で敵の眉間や頚椎、腎臓等の急所を狙っていく。
混戦となってからは味方が射線に入らないよう弓に持ち替え、敵の頭上から矢を降らせる様に射つ。
「嗚呼、結局いつも通り、か。面倒な話だ」
前に飛び出した悠は、後衛が狙われない様に道を塞ぐ形での位置取りを意識しつつ、猛撃で強化しつつ突っ込んで行った。前衛の仲間は少ないが、手数を増やす事でそれを補えれば――それに、ここで足を止めれば後衛にとっては良い的になる。
「死ぬ気でやって生き残れるとでも? 舐め過ぎだよ、全く」
攻撃パターンを覚えられないよう銃も織り交ぜつつ、猛攻を仕掛けた。だが、二対一ではその攻撃にも隙が出来る。
「そう簡単にはやらせねぇ!」
抜けようとした一人の足に、テトがキャノンを撃ち込んだ。
猫はその背後に回り込み、先程と同じ様に刹那と二連撃を叩き込む。接近戦なら負けない。それに、敵となるのなら全力で。それが、彼等の選択に対する猫なりの敬意だった。
トガは後方に下がり練成弱体を連発。セレスタは味方の援護に徹し、リズレットは高所から味方の隙を埋めるように射撃を繰り返す。
「作戦終了です」
セレスタが言った。
8対2。戦う前から勝負は決まっていた様なものだ。例え死ぬ気で挑んだとしても。
だが、そんな無謀な戦いの果てに彼等の顔に浮かんでいたのは、満足そうな表情だった。
その少し緩んだ口元に、トガはウォッカの瓶を押し当て、中の液体を流し込む。
「どうだい。死ぬほど美味ぇだろぉ?」
出来れば、生きている間に飲ませてやりたかった気はするが。
「こんな事は‥‥早く終わらせねーとな」
テトが呟いた。
「‥‥せめて安らかなる眠りを」
ケイが心を込めて歌う鎮魂歌が、迷宮に流れる。
行き先が何処であったとしても、その魂が迷う事のない様に‥‥