タイトル:流れ星つかまえてマスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/20 00:59

●オープニング本文


「‥‥ながれぼし‥‥つかまえた」
 浴衣姿の彼女は、そう言って手の甲にとまった小さな明かりを私に見せた。
 もう、何十年も前の事だが‥‥その時の彼女の声も、表情も、仕草も、全てが私の心の目に焼き付いている。

 私の故郷は、かつて蛍の名所と謳われていた、美しい水と緑に恵まれた町だった。
 少し郊外へ足を延ばすと、田んぼや小川、小さな池のほとりに群れ飛ぶ蛍の姿が当たり前の様に見られたものだった。
 それが、いつのまにか‥‥田んぼは埋められ、川はコンクリートで固められ、町には人工の光が溢れる様になり――蛍は消えた。

 その消えた蛍を呼び戻そうと、仲間達と始めた「ホタル再生プロジェクト」。
 何年もの歳月をかけ、地域の住民や自治体の協力を得て、農薬を減らしたり、一部の川を自然の状態に戻したり、生活排水の浄化に努めたり‥‥
 そして、漸く僅かな蛍を呼び戻す事に成功したと思った矢先。

 奴等が来た。

 バグアの侵略で町の中心部は大きな被害を受け、町としての機能が働かなくなった。
 結果、町ぐるみで安全な場所に移転する事となったのだが‥‥
 そこに、蛍はいなかった。
 蛍が住める環境もなかった。

 けれど、環境がないなら作れば良い。 
 故郷の町で出来た事だ。きっと、ここでも出来る。
 そう信じて、頑張って来た。
 故郷の町には、いつ戻れるかわからない。
 それに、私ももう歳だ。きっとここに骨を埋める事になるだろう。
 この町を新たな故郷とするなら、この町にも蛍を呼びたい。

 蛍は亡くなった人の魂なのだと、聞いた事がある。
 だから‥‥逢いたい。
 還って来て欲しい。

 そして数年。
 この町の環境も、蛍が住める程度には改善されただろう。
 もう、蛍を放しても良い頃だ。
 今も蛍が飛び交う他の土地からは、幼虫を分けても良いとの申し出もあった。

 けれど‥‥私はあの町に飛ぶ蛍が欲しかった。
 故郷の空を飛んでいた、あの蛍。
 彼女が流れ星を捕まえたと喜んでいた、あの蛍が。
 
 故郷の町に人が住まなくなって、もう何年にもなる。
 今頃はきっと、蛍も増えている筈だ。
 しかし、あの辺りにはキメラがはびこり、とても一般人が足を踏み入れられる場所ではない。
 まして、私の様な年寄りはとても‥‥。

 誰か、代わりに捕まえて来てくれないだろうか。
 そう多くはいらない。
 この町で、命を繋ぐ事が出来る程度の数がいれば――

●参加者一覧

秘色(ga8202
28歳・♀・AA
米田一機(gb2352
22歳・♂・FT
翡焔・東雲(gb2615
19歳・♀・AA
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
秋月 愁矢(gc1971
20歳・♂・GD
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
ルミネラ・チャギム(gc7384
18歳・♂・SN
本郷 勤(gc7613
22歳・♂・CA

●リプレイ本文

「「蛍‥‥か」」
 現場へ向かう道すがら、米田一機(gb2352)と秋月 愁矢(gc1971)が、期せずして同時に呟いた。
「そういや、日本人なのに見たことないや。ずっと研究ばっかしてたからなぁ」
 どういうものか興味はあるけれど、と一機。その言葉に、愁矢も頷く。
「オレも、本物は始めて見る事になるな‥‥」
 案外、そんな人が多いのかもしれない。TVなどではよく目にするし、誰でも知っている夏の風物詩だが、本物は見られる季節も場所も限られている。
「俺は昔、一度だけ見たことがありますね」
 本郷 勤(gc7613)が言った。かなり綺麗だったのを覚えているから、もう一度くらいは見てみたい。本当は、こんな暑い中での仕事はかったるいし、面倒だし、出来れば動きたくはないのだが。しかし今回は人の為にもなるし、自分自身も楽しめそうだし‥‥それに何より、蛍が見られればこんなクソ暑い日でも多少は涼しくなるだろうし。
 だから、やってみようと思った。これで冷たい麦茶でもあれば最高なんだけど。
「ホタル再生プロジェクト‥‥ですか。いやぁいい響きですね」
 癒しを求めにやって来たルミネラ・チャギム(gc7384)がほんわりと言った。ナメクジは嫌いだが蛍は大好きだ。‥‥って、何故そこでナメクジなんですか。
「蛍も奇麗なんだろうけど‥‥」
 ぽつり、愁矢が言った。
「故郷の蛍を育てたい‥‥その気持ちがなんだが凄くきれいに見える」
「そうじゃのう」
 秘色(ga8202)が頷く。
「まあ‥‥故郷の蛍が良いと思うは当然やもしれぬが、それ以上の想いがありそうじゃで。その願い、しかと叶えねばのう」
 その言葉に頷きつつも、愁矢は思う。戦いに明け暮れる自分にもその手伝いができるだろうか――と。
 今から捕まえて来る蛍でたくさんの笑顔が生まれる‥‥素晴らしい事だ。それだけで、どこかの誰かの笑顔を護れるのだから‥‥
 いや、同じか。戦う事も、小さな願いを聞き届ける事も。それが誰かの笑顔を護る為ならば‥‥
 人気の絶えた町を郊外へ向かって歩く、その足が少し軽くなった気がした。


 明かりが消えた町の上空には、降る様な星空が広がっていた。それも貴重な光景だが――それよりも、今は。
(あたしは地上に星を見たい)
 翡焔・東雲(gb2615)は星明かりに照らされた水辺に佇み、待つ。
 ‥‥ふわり。仄かに黄緑色の光を放つ星が、地上に舞い降りた。
「‥‥見つけましたよ」
 ソウマ(gc0505)が嬉しそうに呟く。
 ひとつ、ふたつ‥‥ぽつり、ぽつりと小さな明かりが灯る。
「‥‥わぁ、綺麗だね。私、初めて見たよ」
 シクル・ハーツ(gc1986)が声を上げた。
「おじいちゃんの為にもがんばらないとね! それじゃあ、捕まえ‥‥」
 と、その時。幻想的な雰囲気をぶち壊す、何か怪物じみた声が辺りに響いた。
「あ、キメラもいるね‥‥」
 邪魔されると厄介だし、倒してしまおうか。
「でも、蛍を巻き込まないように気を付けないとね」
「そうじゃな、戦闘に巻き込まれて蛍に被害が出るは拙い故‥‥しかし、特に『散らさず』は意識せずとも構わぬか」
 むしろ逃げて貰った方が安心だろうと、秘色が刀を抜き放つ。
「静かになれば、自然と戻って来ようしの」
 それもそうか。

 シクルの瞳に青い残光が現れ、周囲を冷気が包む。
「普段なら討伐対象にならないような場所のキメラだが‥‥運がなかったな」
 素直に逃げ散ってくれれば良いが、SESの刀だと風圧だけでも蛍が死んでしまいそうだ。ここは離れて弓で倒すか。
 シクルは水辺から離れ、星明かりに青く照らされた闇に目を凝らす。と、久しぶりに姿を現した人間がご馳走にでも見えたのか、一匹の蛙が後を追って姿を現した。
「わざわざ蛍のいない場所まで追いかけてきてくれるとはありがたい」
 弓から刀に持ち替え、遠慮なくバッサリと。

 一方、草むらに隠れたままの蛙は闇に溶け込んで殆ど見えない。しかし、翡焔はその暗さを逆手に取る事を考えた。
「お前らの居場所はこの小さな光が教えてくれる!」
 蛍の光が消えたところを狙って攻撃する。今まで光っていたものが急に消える、それは異常を知らせるサインだ。
 その攻撃が命中したかどうか、それは空から舞い降りる鳥キメラが教えてくれた。闇の中から何か大きなものを引っ張り出し、再び空へ戻ろうと羽ばたく。

「楽して餌を取ろうなどと、横着じゃのう」
 秘色はその翼を狙ってソニックブームを放ち、地に落とした所で一気に攻撃を叩き込んだ。寄って来る蛙は銃撃で怯ませ、距離を詰めて流し斬りを入れる。毒液は大した事はなさそうだが、わざわざ受けてやる必要もあるまいと、巧みにかわした。

「この蛙、毒があるんだっけ」
 余り毒を出されて蛍が死んでしまったら元も子もないと、一機はまず蛙の足を潰して汚染場所の拡大を防いでから、持てるスキルを全て使って速攻で潰す。鳥は翼を狙い、落とした所で一気に首を撥ねに行く。翼を落としても、まだ足がある。
「足の構造上、正面だと迎撃されるからね」
 左右のどちらかに寄って‥‥っと、泥に足を取られた。

 でも大丈夫。こんな事もあろうかと回り込んでいた、という訳でもないと思うけど、とにかくルミネラが良い所にいた。
「僕の癒しを邪魔するやつは‥‥さっさと倒れなさい!」
 脚爪「クーシー」で巨鳥の脇腹に思い切り蹴りを入れる。
「はやく蛍が見たいんだぁ!」
 キメラが暴れるから、蛍が出て来ないじゃないか。暴れているのは主に傭兵達の気もするけれど、そこは気にしない。全部キメラのせいだ。

「面倒な捕獲はなるべく早く済ませたいんですよ」
 勤はぶつくさと文句を言いながら小銃で仲間の援護をする。
 蛍を見るのは良いが、捕獲は面倒。戦うのもかったるい。しかし、どうせやるなら沢山持ち帰りたい。
「少なくちゃつまらないですからね」
 その為には邪魔なキメラをさっさと片付けて、蛍取りに専念したい所だ。仕事はチャッチャと終わらせて、早く麦茶が飲みたい。涼みたい。

「‥‥僕の知覚からは逃れる事が出来ないんですよ、誰もね」
 自らにGooDLuckをかけ、五感と第六感をフル活用したソウマは、ぽつりと呟き超機械「ザフィエル」を振る。指揮棒の様に、リズム良く優雅に‥‥
「今宵はワルツでも踊りましょうか」
 しかし残念、そうそう長く付き合うつもりはない。
「これでフェルマータです」
 蛍を見付けた時とは別人の様な冷たい笑みを浮かべ、指揮を終えた。

 そして愁矢はOwl−EyeとEarの赤外暗視・サーマル・望遠・集音機能を使って、闇に紛れた敵を確実に見つけ出す。
「蛍より、こっちの方が美味いぞ」
 仁王咆哮で蛙キメラの注意を惹き、距離がある時は小銃で、近いものは刀で斬り付ける。死体は近くの草地に積み上げ、それを餌に鳥キメラを一網打尽。


「うん、もうキメラはいないよ‥‥ね?」
 覚醒を解き、シクルが周囲を見回す。
 さほど手こずる事もなく辺りのキメラは一掃され、水辺には静けさが戻って来た。さて、蛍は戻って来てくれるだろうか。
「運の要素もあるだろうから‥‥な」
 愁矢はOwl−Eyeの機能を切り、代わりにGooDLuckをかけて幸運を祈る。運がよければ蛍が舞い踊る‥‥そんな光景が見られる筈だ。
 そして、じっと待つ事‥‥暫し。
 地上に、星が戻り始めた。その場で静かに瞬くもの、光の尾を引いて飛び回るもの――
「さっきより‥‥多い‥‥」
 シクルが目を見張った。キメラを警戒して隠れていたのだろうか。闇の中に小さな光が次々と現れ、舞い始める。
 想像以上に美しく幻想的な、光の乱舞。今まで黒い影の様に見えていた近くの木が、無数の小さな光に彩られてぼんやりと浮かび上がる。丈の低い草にとまった蛍の光は、まるで菜の花が群れ咲いている様に見えた。
「まだこんなにいたんだ‥‥なんて‥‥きれい‥‥」
 翡焔は草の上で点滅を繰り返す蛍に近付き、掌で包む。傷つけない様に、そっと。
「こんな小さな光なのに、希望が詰まってるんだな‥‥」
 手の中にある、小さな光。熱は発しない筈なのに、何故だか少し掌が温かくなった様に感じる。その温もりを暫し味わうと、翡焔は水で湿らせた蛍草を入れた籠の中で手を開いた。蛍は淡い光を放ちながら草の上に舞い降りた。
 雌1,雄2くらいの割合で捕まえれば繁殖に有利だろうか。しかし、どうやって区別すれば良いのだろう。
「雌は動かず、雄は雌を求めて飛び回るそうじゃ。其の動きで雌雄の区別はつこうぞ」
 草にとまった蛍を手でそっと包み込む様に捕まえ、秘色が言った。これはきっと、雌だろう。雄は‥‥飛び回っている所を網でそっと掬い取る様にすれば良いだろう。
「そういえば、蛍って雄か雌、どちらか片方しか光らない種類もいるんだよね? この蛍はどうなのかな?」
 シクルは蛍に麦わら帽子をそっと被せる様にしながら言った。被せた帽子の下よりも、鍔に止まりに来た蛍の方が多かったけれど‥‥それを一匹ずつ、丁寧に籠に移してから、借りて来た昆虫図鑑を開いた。
「これは両方光るみたいだね」
 懐中電灯の光がなくても、ぼんやりと光る蛍のお陰で何とか文字を追える。昔の人が蛍を集めて本を読んだというのも、まんざら大法螺という訳でもなさそうだった。
「活発に動くのが雄、じっとしているのが雌‥‥ですか」
 ふむ、なるほど。ルミネラは動き回る雄に狙いを定め、草に舞い降りた所にそっと近付いた。
「動かないでくださいよっ‥‥と」
 潰さない様に、静かに両手を閉じる。‥‥と、ソフトにしすぎたのか、合わせた手の隙間から光が出て行ってしまった。
「コツはわかりました。今度は大丈夫‥‥」
 もう一度。今度はきちんと手の中に収まった。指の隙間から淡い光が漏れているが、出て行く気配はない。
「おぉ‥‥心が洗われるようですね」
 うっとり。この調子でどんどん捕まえて行こう。
 一方、動き回るのが面倒な勤は、じっとしている雌を専門に。
「そうすれば、おのずと雄もよって来るでしょうし」
 寄って来た雄は、仲間に捕まえてもらおうか。動きたくはないけれど、出来るだけ多く採りたいのも本音なのだ。
「蛍は繊細ですからね。できる限り、照明や道具に気を配らないとね」
 ソウマはそう言いながら、見付けた蛍に呪歌を歌う。繊細な蛍にそんな事していいのか、とも思うけれど‥‥下手に動き回られて傷つけてしまうよりは、良いのか。
「大丈夫、ちゃんと回復してあげますからね」
 籠に入れた蛍には、ひまわりの唄。これで完璧。
「ホーホー蛍来いこっちの水甘いぞ♪」
 楽しそうに歌いながらせっせと手を動かすソウマのもとに、歌に惹かれたのか沢山の蛍が集まって来た。その手の動きに合わせ、小さな光が群れ飛ぶ。流れる様に動き、弾け‥‥まるで蛍の指揮者になった様だ。このまま籠の中に手を振ったら、皆でぞろぞろと入ってくれないだろうか。
「‥‥流石に、そこまでは無理ですか」
 少し照れた様に、苦笑い。
「初めて見るが‥‥凄いな‥‥凄く綺麗だ」
 愁矢はその幻想的な光景の中に入り込んだ。
「これでまた明日から戦える‥‥、そんな気持ちになるな」
 おっと、のんびり眺めている場合じゃない。まずは必要な数の蛍を確保しなければ。
 能力者の馬力で捕まえると蛍が潰れかねない。優しく‥‥そっとだ‥‥そっと‥‥
「‥‥結構、難しいな」
 覚醒を解いていても、力の加減が微妙だ。網で掬った方が良いだろうか。
 しかし、一方ではわざわざ覚醒し、身体能力に物を言わせて捕獲しようと試みる者もいた。
「こういうの、あんまり得意じゃないんだよね」
 一機が呟く。まあ、普通に網を振るだけでも、勝手に捕れそうな気はするけれど。

「これくらいで、充分かな‥‥」
 集められた蛍を見て、シクルが言った。
 蛍が飛ぶ時間は日没から夜の九時くらい迄だ。後はのんびり、光の舞いを眺めて過ごそうか。
「星に囲まれているようだ‥‥。綺麗すぎて、怖くて‥‥切ないな‥‥」
 草の上に腰を下ろし、翡焔がぽつりと呟く。こうして空を見上げると、星と蛍が溶け合って区別が付かなくなりそうだ。このまま星空の中に吸い込まれそうな気もする。
「‥‥蛍の多くは成虫になると口器が退化してしまう為、水分しか摂取出来ないんですよ。その為生きられるのは僅かな時間だけ」
 蛍が舞い飛ぶ中、自らもその風景の一部と化したソウマが言った。
「だからなのかな。その儚くも生命煌かせる光に、人が魅せられてやまないのは」
 そして、切ないのは。


 そして翌日の夜。
 勤は差し入れの麦茶でのんびりしながら、蛍が放される時を待っていた。
「放すのは、ここの川でいいのかな?」
 仲間達が、町の公園に作られた川のほとりで持ち帰った籠の蓋を開ける。ふわりと舞い上がった光に、公園のあちこちから歓声が上がった。
「それと‥‥これ」
 久しぶりに見る蛍の光に目を細める依頼人の老人に、翡焔が小さな瓶を差し出す。そこに入っているのは、故郷の川で捕ったカワニナだった。
「食べなれた餌の方が蛍も嬉しいかなって。一緒に増やしてもらえたら」
「‥‥!」
 その心遣いに、老人は言葉を詰まらせ‥‥黙ったまま深々と頭を下げると、その小瓶を両手で押し頂いた。
 と、その手に一匹の蛍が舞い降りる。
「お帰り」
 ぽつりと呟き、老人はその小さな光に微笑みかけた。
(蛍は亡くなった者の魂じゃと古くより言う。旦那と息子も蛍となり逢いに来ぬかのう‥‥)
 それを見た秘色は、そっと手を伸ばして指先に蛍を止まらせてみた。
(‥‥なぞとしんみりしてしまうは、蛍の光が儚く美しい所為じゃな)
 公園の隅に置かれたベンチに座り、のんびりと光の舞いを眺める。酒でも持って来れば良かったが‥‥ここは麦茶で我慢しておこうか。
 その肩に小さな光が二つ、寄り添う様に並んでいた。
(死んだ人‥‥か‥‥)
 この中にもいるのだろうかと、シクルは真っ直ぐな目で空を見上げる。
(ずっと、見守っていてね‥‥)
 しかし、幽霊や魂の存在を余り信じていない一機は、そんな光景を少し冷めた目で見つめていた。
(だってそうじゃないか。そうでなきゃ、なんで僕の前にあいつの幽霊が現れないんだよ)
 でも‥‥そうした考えも、あって良い。こうして眺めていると、自然とそう思える。
「いつの日か、皆が何の心配もなく、こういう幻想的なものに想いを馳せられる日が‥‥」
 あの頃の、日常が早く戻るといい。
「もし、オレに奇跡が起きていい人が出来たら、必ず蛍を見に来るぜ。だから、大切に育ててくれよ。な」
 愁矢の言葉に老人は力強く頷き、言った。
「お約束します」
 奇跡に頼らなくても、いい人は現れそうな気がするけれど。
「蛍、沢山増えるといいね。この星空よりも沢山‥‥」
「また来年、蛍を見に来たいですね」
 シクルとソウマが笑いかけると、老人はそれに応え、皆に改めて感謝の言葉を述べた。
 その笑顔はやはり、蛍に負けないほど美しく輝いて見えた。