●リプレイ本文
「へ、変なおじさんがいるっ!?」
トゥリム(
gc6022)は混乱していた。
砂漠横断でヘトヘトの時にいきなり現れた謎の人。その人物の風体もさることながら、敵を欺く為に砂漠を横断したのに何故バレているのか、大勢の傭兵がいる中で何故ここまで余裕なのか、何で黄金の仮面なのか‥‥?
諸々の疑問疑惑懐疑猜疑が入り交じり、結果‥‥思わず口走り、盾をしっかりと構える。
しかし相手は小動物の如く全身に漲らせた警戒のオーラに動じる事もなく、そして多分、気を悪くする事もなく‥‥トゥリムの心中を察した様に言った。
「我がマナコは神の目にて、このエジプト国内の出来事は全て見通しております」
恭しく頭を垂れる、怪しい黄金仮面。
こうして、トゥリムの長い旅は終わりを告げ、同時に新たな仲間とのエジプト観光ツアーが幕を開けたのだった。
「砂漠踏破の努力が報われたという訳ね」
輸送機からルクソールの町へと降り立った招待組のアンジェラ・D.S.(
gb3967)は、仮面の変人に伴われて迎えに出たトゥリムに対し、そう声をかけた。と、そこから先は独り言。
「まんまと観光にかこつけて出来うる限りの情報を拾うわよ」
しかし何事にも動じないアンジェラとは違い、他の仲間達は興味津々の様子で仮面マッチョを取り囲む。
「お初にお目にかかります、偉大なるアメン=ラー」
砂漠対策の為か、何故か男性用の民族衣装ガラビアを着た綾河 零音(
gb9784)は、珍しく敬語を使い丁寧に頭を下げた。
「私は綾河零音、能力者。今回はお招きに預かり光栄です」
お土産の温泉饅頭を恭しく献上する。
「では、僕からはこれを献上致します」
お饅頭と言えばお茶と、知世(
gb9614)はシレット・ティーを差し出した。
「普通、饅頭には緑茶と思われがちですが‥‥」
紅茶も乙なものだ、多分。それに幻の最高級品ともなれば、きっと何にでも合うだろう。
お茶以外に酒を合わせるという手もあるだろうと、バステトのコスプレをしたレヴィ・ネコノミロクン(
gc3182)が進み出る。本当は顔をすっぽりと隠す猫のマスクも欲しかったのだが、何故か駄目出しを喰らった為に自前のねこみみふーどで代用しているが。
「お招き預かりまして感謝いたします。私ネコノミロクン、僭越ながらアメン=ラー様の忠実なる僕・バステトの出で立ちをして参りました。こちらは献上品です」
太陽の女神が治める東洋の島国のお酒、その名も純米大吟醸「月見兎」だ。
「こ、このたびは、お招きいただきありがとうございます。これは、つまらないものですが‥‥」
諌山美雲(
gb5758)が差し出したのは、日本の民族衣装である着物。
「案外、こちらの気候に合うんじゃないかと思いまして」
ニッコリ笑って手渡したそれに興味津々なアメン=ラーは、早速それに袖を通してみた。黄金の仮面に和柄の着物。恐ろしい事に、似合っている気がしないでもない。
「その肉体美が隠れてしまうのは惜しい気もするけどね」
アルテミス(
gc6467)が言った。これで扇子でも持たせれば、和の装いとして完璧だ。
という訳で。
「どうぞ、これを」
張 天莉(
gc3344)が、古式ゆかしい様式美が好きそうだと見て持参した和の扇子を貢いでみる。中国人だけど、気にしない。
うん、完璧。
「では、参ると致しましょう」
嬉しそうに貢ぎ物を抱え、その格好のまま歩き始めるアメン=ラー。傭兵達の町見物に、徒歩で付き合うつもりらしかった。
「ふぅ‥‥やはりこっちは暑いですね‥‥」
知世は古代都市へタイムスリップしたかの様なルクソールの町を歩きながら、地図を作っていた。町の各所には案内板があると聞いていたが‥‥
「この文字‥‥ヒエログリフ、ですか?」
そんなもの、読める筈がない。しかし、外の世界からの訪問者を珍しがって寄って来る子供達には読めるらしかった。
丁度良い。通訳を頼むついでに話を聞いてみようか。
「しかし、皆明るいですねえ」
子供達を見て天莉が言った。大人の様に割り切った対応は出来ないだろうから、きっとあれが素なのだろう。
学校もあるし、成績が優秀な者は卒業後に政治や軍事に携わる事も出来るらしい。
しかし、その教育内容に偏りがある事は確実だと、アンジェラは考えた。傭兵達を見るその目に現れているものは、敬意でも畏怖でも恐れでもない。物珍しさ。初めて知るものに対する驚き。外の世界の事は、恐らく何も知らされていないのだろう。一方の大人達の表情には、懐かしいものを見る様な色が伺える。
「洗脳‥‥という訳でもなさそうですね」
美雲が小声で囁いた。子供の場合は教育が洗脳の役割を果たしているのかもしれないが、話を聞いた大人達にはそれらしい兆候は見られなかった。
「バグアの占領下とは思えない程、活気に溢れてるもんね」
女性用の衣装を借りてルクソール市民になりきったアルテミスが言った。電気もガスも車もTVもない、生活水準こそ古代並だが、皆それなりに生き生きと幸せそうに見える。
「ねーおばちゃん、これとこれだったらどっちが美味しい?」
自然な雰囲気でさり気なくお土産を買い込む零音への対応も、人類圏のおばちゃんと変わらなかった。
天莉が入ってみた大衆食堂も、メニューこそ古風で品数も少ないが、雰囲気は他の町と似た様なものだ。
トゥリムなど、おばちゃんの口車に乗って珍しい食べ物をホイホイ買い込んでるし。
そして、アメン=ラーは自ら荷物持ちを買って出るばかりか、支払いまで肩代わりするという見事なホストっぷり。
おまけに本来は極秘事項である筈の防空施設の配置状況や兵の配置、各種プラントの稼働状況等、だだ漏れ状態。これも自信の現れ、なのだろうか‥‥?
「ごめんなさい‥‥明日は頑張るから‥‥」
旅の疲れが出たのだろう、夕食を終えた早々に、トゥリムは眠りに就いてしまった。しかも警戒心の現れなのか、布団の代わりに盾を被って。
残った仲間は、その日に得た情報を整理してみる。
「手に入れた複数の情報から導き出されるのは‥‥」
零音がメモを見返しながら言った。このルクソールは神の都テーベとしての再建が進んでいる事。その為の労働力として人間を必要とし、人々の方もその支配に満足しているらしい事。そしてアメン=ラー人気の高さ。
「今日の収穫はこれだけですか‥‥明日も頑張らないと‥‥」
‥‥余り攻略の役には立ちそうもないと知世。やはり重要なのは明日の都市巡りだろうか。
そして二日目は、太陽の船を模した飛空挺で各地の視察へ。
「俄かカメラマンAYAKAWA、いっきまーす!」
零音は移動中もカメラのシャッターを切りまくる。
「砂漠すげー! むっちゃひろーい!」
「――っと、零音さーん、あの辺も撮ってもらって良いですか?」
同行した天莉も一緒にお登りさん状態。しかし、仕事を忘れた訳ではない。高空からの全体像と、低空からの詳細な映像、それに目につく施設は全て撮影し、地図にその場所を記入して行く。しかしナイル以西の砂漠地帯には、これといって目立った施設は存在しないらしかった。砂漠を横断する傭兵達の動きが読まれた事から、何かしらの設備はある筈だが‥‥
「その、何でもお見通しの神様の目はどこにあるのですか?」
訊ねた零音に、アメン=ラーが答えた。
「遥か高みに。ですが、制御施設はカイロにございます」
‥‥良いのか、教えて。
「希望とあらば、案内させましょうぞ」
それは、是非。
美雲と知世が希望した地中海方面へは、猫のマスクを被った女性が同行していた。
「私はUPC所属の能力者、諌山美雲と申します。えと、出来ればあなたがどういう方なのか簡単に教えていただけますか?」
「我が名はバステト、アメン=ラーが近従なり」
他にもジャッカルやハヤブサ等、側近く仕える者は全てこうした古代神の如き姿らしい。なるほど、それではコスプレに制限がかかる筈だ。
と、それはさておき。
「この基地の役割は、何になるんですか?」
案内されたのは、地中海側の玄関都市アレクサンドリア。ここにはヨーロッパ・アフリカ方面に向けた海軍力が集結しているらしい。だが、案内に当たったバステトは上司とは違ってそう易々と軍事機密を漏らす事はなかった。施設の案内も重要区画は巧みに外しているらしく、質問への答えも当たり障りのない程度。
これは、ダメ上司には優秀な部下が付くという典型なのか。それともあの水晶のピラミッドで全てを見通したアメン=ラーの巧みな策略なのか。
「そう言えば、この町には昔、図書館がありましたよね‥‥」
知世が尋ねた。今は失われてしまった、アレクサンドリア図書館。しかし、それ以外にも現代の公共図書館等はある筈だが‥‥
しかし、それらの全てが市民の立ち入りを禁止されていた。と言うよりも‥‥人がいない。ルクソールとその周辺にある農地以外では、自由に外を出歩く人の姿を見ていなかった。
「神の都建設と、食料生産。それ以外において人は不要にて」
それがバステトの答えだった。
紅海方面へはアンジェラとアルテミスが向かった。
ナイル川を用いた流通模様や農耕緑地の利用具合、道路の状況‥‥どれも、バグアの襲撃以前とさして変わった点は見られない。だが、アスワンダムは新旧共に消滅していた。ハイ・ダムの建設と共に移築されたアブ・シンベル神殿も、元の場所に戻されている。
「古代エジプトの復活が、アメン=ラーの思し召しにて」
ハヤブサのマスクを被った案内の者が、恭しく頭を下げた。
「じゃあ、この辺にはバグアの軍事施設はないって事?」
アルテミスの問いに、相手は頷く。
アメン=ラーの古代エジプトかぶれは、かなり徹底している様だった。
そして、レヴィとトゥリムはアメン=ラー自らの案内でシナイ半島へ。
西のスエズ湾に東のアカバ湾、それに南のシナイ山‥‥特にこの山は聖地と呼ばれる場所。きっと何かがある筈だと、トゥリムは探査の眼を使って念入りに調べていた。
「この辺りにも、あのアニヒレーターみたいな施設ってありますか?」
必要以上にはしゃぎながら写真やビデオを撮りまくるレヴィが訊ねる。しかし、答えはノー。
「じゃあ、すごい兵器は持ってないって事ですか?」
だが、それには首を振った。人類の手で一度落とされた兵器など、使い物にならぬという事らしい。
「じゃあ、もっとすごいのが‥‥? どの辺りまで届くのかしら。きっとアビラ山にあったものより強力よね」
「それは勿論でございます」
左手の水晶を陽にかざし、満足げな声を出す。
「それで、そのすごいのは何処に?」
バグア技術の凄さに感動した様に、目をキラキラさせながら誘導尋問を試みるレヴィの話術に、アメン=ラーの舌も滑らかに。いや、もう自慢したくて仕方ないのかもしれない、この人。
「全てはカイロにございます故、明日にでも‥‥」
そんな訳で、後はもう観光気分。綺麗な海やモーゼの山、修道院――
「って、キノコみたいな砂? 岩? があるトコロよね?」
「聖カタリナ修道院‥‥です」
トゥリムが答えた。でも、キノコ岩は別の場所だった気がする‥‥
そして三日目。
エジプトの軍事的中枢、カイロの見学ついでに‥‥アメン=ラーへの突撃スペシャルインタビューの日だ。
零音は許されるギリギリの所まで奥に入って内部構造を出来るだけ記憶し、写真を撮りまくる。そして質問。
「地下空間はありますか? 生産プラントは?」
勿論ある。が、その全てを回るには時間が足りない様だ。
「では‥‥兵器の格納庫は?」
天莉の問いに、それならばすぐに全貌を見る事が出来ると案内されたのは地下ドック。巨大な格納庫に眠る黒々とした影は、どこまでも続いているかに見えた。と、その一角に‥‥ひときわ目立つ、金色の機体。
「あれは、もしかして‥‥アメン様専用機?」
レヴィが問うが、あのキンキラキンはどう見てもそうだろう。
「すのぉすとぉむ‥‥砂漠だからサンドストォム? さすがアメン=ラー様! 動かせるのですね!?」
しかし、スノーストームは寒冷地仕様の機体。この暑いエジプトで動かす為には様々な調整が必要で‥‥とりあえず、今は代わりのティターンがメイン機体だった。
「良い機体ですね! 得意な装備や戦法は何ですか?」
おだてたら色々教えてくれないだろうかと、天莉。しかし気に入らないモノには見向きもしないアメン=ラー、この機体には触れた事もないらしい。
そして見学は続く。
「これは‥‥何ですか? あれは? それ、は?」
おずおずと、しかし見慣れぬ物は何ひとつ見逃さず訊ねるトゥリムに答えつつ、基地を一周。その結果は後で纏める事にして――
さあ、質問タイムだ。
最も多かったのはやはり、仮面をつけている理由と、それを外す事はないのか、という素朴な疑問だった。
「‥‥そう、人類的な言葉で申すならば、趣味‥‥という事になりましょうか」
外さないのも、趣味なのか。で、その趣味とは?
「勿論、この国にかつて在りし素晴らしき文化を復活させ、世に広める事にございます」
もしかして、侵略は二の次だったりするのだろうか。
「その仮面は、本物ですか? というのは、その手の仮面って呪いが宿っているから、身につけた者に災厄をもたらすと聞いた事があるもので」
美雲の問いに、アメン=ラーは首を振った。
「本物は、我が神の王国が復活せし時に。それまでは、この模造品にて我慢の日々でございます」
「その、コブラの名前は何ですか?」
零音の問いにはトゥト、と答えてその頭を撫でる。
「今までの付近における戦況の感想は? 親しいゼオン・ジハイドはいるかしら」
アンジェラからは、いかにも軍人らしい質問が。
しかしこの人、自国に影響が及ばない限りは周囲の状況にもさほど興味はなく、他のバグアとも必要以上の交流を持たないらしい。流石、バグアの中でも変人扱いされているだけの事はある。
「では最後に‥‥人類に期待する事ってありますか? 正々堂々と戦おうとか、そういうので良いのですが」
「降伏せよ、それ以外にはございませぬ」
なるほど。でも‥‥
「人類は負けませんからね♪」
勿論、降伏もしないと天莉。
まあ、それはそれとして‥‥
「神様、神様♪ 記念撮影とサインお願い♪ それと、神様の強さを人類に知らしめる為に模擬戦してほしいな」
肉体美な身体をぺたぺたと触りながらおねだりするアルテミスに快く応じたアメン=ラー。希望者全員とのツーショットと集合写真を撮って、それにサイン‥‥
「いざ、勝負と参りましょうか」
しかし、用意されたペイント弾装備の物理・知覚の二丁拳銃での攻撃で、あっという間に派手な色に染め上げられたのは‥‥わざとなのか? それとも、あの仮面が邪魔で思う様に戦えないのか?
謎だ、謎すぎる。
しかし、とりあえずかなりの収穫を得て、エジプト訪問は和気藹々のうちに幕を閉じたのだった。