●リプレイ本文
「おや、太鼓の音が‥‥」
現場に近付くにつれて、次第に大きくなる太鼓の音。それに比例して増える、踊り狂う人の群れ。
「皆さん楽しそうですね。では私も、ひとさし舞わせていただきましょう」
太鼓のリズムに誘われて、立花 零次(
gc6227)は懐から舞扇‥‥の代わりに超機械『扇嵐』を取り出すと、流れる様な動作でそれを開いた。
それは、舞踊家としての本能。楽しげな太鼓の音が聞こえれば、洗脳など関係なく体が勝手に動き出すのだ。
「ほう、奇妙な音楽だね〜」
それがキメラの仕業であるとはつゆ知らず、ドクター・ウェスト(
ga0241)も釣られてモンキーダンスを踊り始める。前に突き出した両手を交互に上下に振り、合わせて腰もフリフリと。
「なかなかに楽しいではないか〜」
ウキウキ、フリフリ。
「何ともまた‥‥面白いキメラですね‥‥」
終夜・無月(
ga3084)も剥き出しの太刀を手に、剣舞を舞い始めた。
「なんというか‥‥カオス‥‥混沌としてるね」
その状況を見て、漸 王零(
ga2930)は溜息混じりに肩を竦め、小さく首を振る。
さっさと片付けるつもりで、魔剣を右手に 超機械付きのグローブは左手に装備して接近を試みるが‥‥胸の底に響く太鼓が、語りかけて来る。
――踊れ。踊れ。踊れ!
「く‥‥踊りの強制‥‥か‥‥一カ月ばかり早いんじゃないか‥‥でるのが?」
とりあえず抵抗を試みる。しかし、途中でなんか面倒くさくなって――
「まぁ‥‥やり様は‥‥あるかな?」
剣を持ったまま、ヒップホップ系を踊ってみるが‥‥和太鼓のリズムには、どうも合わない。踊り難い。誰か、もっとノリの良いリズムを刻んでくれないだろうか。
「はいはいっ! はいっ!! 太鼓なら私に任せてっ!」
両手に装備した漫画肉をバトンの様にクルクルと回しつつ、リコリス・ベイヤール(
gc7049)は標的を探す。
「太鼓っ! とにかく太鼓っ! 太鼓はどぉ〜こ〜っ!?」
皆踊って楽しそうだし、ジッとなんてしてられない。今こそ皆の度肝を抜くような太鼓テクを見せ付けるのだ!
「胸を打ち鳴らす心地よい響き、実に‥‥実に素晴らしい音色っ! これはもう私に叩けという神の教えに違いないねっ! ふふ、両の手に持った漫画肉が疼くのが分かるっ! この感じ‥‥太鼓を奏でさせろという強い鼓動だっ!」
いや、その鼓動は‥‥別の衝動を引き起こす筈なんですが。えーと、感じませんか? 何も?
「踊りの強制力? 無駄無駄、私のソウルにはこんなものじゃ全然足りないねっ!」
どぉーん!
標的を発見したリコリスは、とにかく叩く。最初はゆっくりと、重々しく、そして静かに。そこから徐々にペースを上げて行くのが、きっと正しいテンションの上げ方なのだ。いや、最初からクライマックスでも良いんだけどねっ! ついでに、テンションはとっくにぶっちぎってるけどねっ!
「あらあら、皆さん楽しそうですわね〜」
ロジー・ビィ(
ga1031)は、ほんわ〜と微笑みつつ‥‥やっぱり体が疼いて来た。しかも、これまた踊りとは違う方向に。
「太鼓の音もイイカンジですわっ! でも‥‥あたしもリズムは負けませんくてよ!」
トレードマークのぴこハンを取り出し、そこらへんにあった適当なモノを叩いて、負けじとリズムを刻む!
「リズム勝負ですのーっっ☆」
ぴこーん!
どーんどーん!
ぴこっ、ぴこっ!
でででん、どどーん!
ぴこぴこぴっこん!
太鼓とぴこハンの見事なコラボレーション。リズムが乱れ打ちに変わり、カオス度が急上昇。
「ん‥‥良い感じに‥‥ノッてきた」
王零のダンスもリズムに乗って、ダイナミックかつアクロバティックな動きに変わる。様々なステップを組み合わせて熱く踊りながら、音のする方へ近付いて行った。
「心地の良い太鼓の音、それに合わさるピコハンのリズム、このままずっと踊っていたいですねぇ♪」
零次は舞う。これに笛の音でも合わさればもっと良い感じに舞えそうだ。しかし、どんな音色だろうとリズムさえ取れればアレンジ可能なのが日本舞踊のスゴイ所‥‥いや、それとも零次が個人的にスゴイのか。
最初はゆっくりと。リズムの盛り上がりに合わせて、徐々に激しく躍動感溢れる舞いに変化していった。
「‥‥」
セシリア・D・篠畑(
ga0475)は、そんな仲間達の様子をとりあえず観察してみる。
放っておいても無害にも思える。皆、踊って楽しそうだし。って言うか、歴戦の猛者が踊ってる。なんだろう、これは自分も踊っておいた方が良いのだろうか。おどらにゃな損なのだろうか。
「‥‥」
では踊りましょう。存分に踊りましょう。心ゆくまで踊りましょう。でも、一人じゃちょっと寂しいかも。何時ものぴこハンのリズムも素敵だが、折角だからここはひとつロジーさんも誘ってみよう。
「‥‥Shall We Dance?」
そっと差し出す手に手を取って、仲良く踊るセシリアとロジー。優雅に華麗に、くるり、くるくる。ぴこん。踊りながらぴこハンを鳴らすのも忘れない。
しかし気になるアイツの姿。セシリアは華麗に踊りながらも、視界の端にちらちらと見え隠れするでんでんむしの太鼓が気になって仕方ない。
叩きたい。無性に叩きたい。いや、叩くべし!
名残惜しそうにロジーの手を離し、覚醒。両手で超機械ブラックホールを構える。電波増強を使い、思いっきり‥‥叩く! ただし、遠距離で!
黒色のエネルギー弾が飛び、太鼓の表面で炸裂した。
どぉーん!
二発、三発。
どーん! どーん!
ぴこん! ぴこん!
どどどどどーん!
その反対側の面では、リコリスが某名人も真っ青な神速連打で熱くソウルフルに弾けていた。
『LHの太鼓姫』の異名は伊達じゃないっ! そんなものはなかったけど、今付けた! 自分で付けた!
この連打スピードを生み出す秘密は、両手に持った漫画肉。このボリュームっ! そして弾力っ! この絶妙なバランスが神速のビートを生み出すっ! ちょっとヌルヌルするけど、そこは太鼓姫の超絶スーパーテクでカバーだっ! 刮目して見よ、この人知を超えたバチ‥‥いや、漫画肉捌き!!
「私の太鼓は皆に力を与えるっ!」
‥‥かもしれない。そうだと良いな。いや、きっとそうに違いない!
「ロジーさんはいつも以上に楽しそうですねー。セシリアさんも楽しそう、かな?」
表情には何も現れていないけれど。多分、きっと。
ますますワケのわからないリズムを刻み始める太鼓とぴこハンに合わせ、零次の舞いも複雑怪奇な様相を呈し始めた。
それにしても、このキメラ。
「バグアにも『和』の心が分かるのでしょうかね」
その時。
ドクター・ウェストの時は止まった。腰を捻り、片腕を上げた状態で凍り付くこと‥‥数秒。
バグア? 今、バグアと聞こえたか?
まさかこれは、バグアの陰謀なのか!?
その視界に映るあの奇妙な生き物は、まさしくキメラ。
――ピキッ。
そんな音が聞こえたかと思う程に浮き上がる額の血管。再び動き出した時間の中で、覚醒紋章が展開する。しかも、普段は三枚程度に抑えている目の様なディスプレイの覚醒紋章を、ぶわっと大量に。それはまるで、背後に展開されたそれは、まるで羽根を広げた雄クジャクの様だ。
「わ、我輩が、キメラの、バグアの罠に嵌るとは‥‥っ」
何たる不覚! 何たる屈辱!
エミタが埋め込まれている左の掌を機械剣のレーザーで突き、その痛みで洗脳を打ち破る。いや、洗脳はとっくに怒りと憎悪でぶち破っている気もするが。
バグアに対する憎悪で血涙の如く眼球を赤く光らせ、ウェストは走る。踊る仲間も叩く仲間も目に入らない。見えるのは、キメラのみ。
「コノ我輩が! コノ我輩が! コノ我輩が! コノ我輩が!!」
電波増強で知覚を上昇、機械剣αで怒濤の連続攻撃!
「バグアめ! バグアめ! バグアめ! バグアめ!!」
もう誰にも止められない。
止める気もない。
ウェストは三匹のでんでんむしに、手当り次第に攻撃を加えて行った。
「そろそろ幕を下ろす時間ですか」
零次は舞いながら刀を抜き放った。名残惜しいが、相手はキメラ。このままずっと踊っている訳にもいかない。
抵抗すると言うよりは、踊りながらもその中に攻撃を組み込む様に、ひらりひらりと剣の舞いを。空しく振り回される目玉さえも小道具に仕立て、舞いながら斬り付ける。
それを見て本来の任務を思い出したロジーも、ぴこハンを打ち鳴らしつつエネガンを差し込んで攻撃を開始した。
ぴこっ、どーん、ぴこっ、ぴこっ‥‥
「リズムには乗ってますでしょう?」
ころころ、ぴこ、どーん。
だがしかし。皆で盛大に打ち鳴らしすぎた為だろうか。ブラックホールの連撃を受けて‥‥
「‥‥ぁ」
太鼓、破れちゃった。
何だか少し寂しいと言うか、物悲しいと言うか。
でも、的はまだ二つも残っている。どんどん叩いて、どんどん踊り‥‥いや、倒すんだっけ、これ。一応。じゃあ、仕方ないか。
本体を攻撃され、殻に閉じこもろうとしたキメラだったが、その殻は既に破れていた。しかしそれでも尚、無理矢理頭を引っ込める。
ロジーとセシリアは、まだ破れていない反対側に回って零次と三人で同時攻撃‥‥と思ったら。
もう破れてたよ! って言うか、あれだけ叩けば破れるよね!
しかしリコリスはどこ行った。もう次の標的を叩きに行ったのだろうか。
まあ良い。とにかくトドメだ。
セシリアは破れた太鼓に練成弱体をかけ、練成超強化と電波増強でめいっぱい強化。
そしてロジーは巨大ぴこハンを構えてスタンバイOK。
反対側では零次が優雅に舞いつつタイミングを計り‥‥
せーの!
ぴこ、どーん、ごぉっ!
辛うじて皮が残った部分をぴこハンで、それはもう盛大に力一杯どーんと。破れ目から見える中身にはブラックホールで、ドカンと一発。そして反対からは扇嵐の竜巻が。
「出てきて下さらないともう一発行きますわよ?」
ロジーが言い、再び巨大ぴこハンを構える。
しかし、出て来ては下さらなかった。どうやら耐久力が尽きた様だ。
「案外、あっけない幕引きでしたね‥‥」
楽しませてくれた太鼓の残骸に、零次は心の中でそっと手を合わせた。
大太鼓を叩き壊したリコリスは、中太鼓へ。ダメージがあろうと無かろうと関係ない。とにかく叩く!
その音を聞きつけた王零は、ぴたりと動きを止めた。ひと呼吸置いて、リズムを刻む様に左指を弾き、鳴らす。一回、二回‥‥三回。同時に標的を指差し、言った。
「標的発見‥‥おまえ倒すけどいいよな?」
答えは聞かない。まあ、でんでんむしが喋れるとも思えないけど。
超機械の電撃を放ち、同時に瞬天速で接近。
だん、だん、だだだだんっ! だーん!
リコリスが漫画肉で打ち鳴らすリズムと、遠くから放たれるセシリアの黒くて重いリズム。
そのカオスなリズムはとりあえず置いといて、王零は接近と同時にヒップホップから中国武術の演武風に踊りを変える。先手を取る様に動き、型に合わせて円閃を使い、魔剣を振るう。震脚の様に強く踏み込み、斬る。斬撃の合間に超機械の雷撃を織り交ぜ、パターンを変える。
だだだん、だだだっ! だーん! だだんっ!
太鼓のリズムに震脚で大地を踏みならす音と振動が加わり、演奏と踊りはクライマックスへ。
そしてフィニッシュ!
高らかに指を鳴らし、ぐずぐずに崩れたでんでんむしを指差して、ビシッとポーズを決める。
「Dead End Dance」
決まった。
倒した敵は、ちょっとアレだけど。
王零はヒップホップに戻り、次の標的を探す。
次は‥‥
てててん、ててん、てん!
残るは小太鼓。大きな漫画肉では、ちょっと叩き難いかもしれない。それでも叩く。
てててん、ぴこん。
ててん、ぴこ。
小太鼓の音には、ぴこハンがよく似合う‥‥かもしれない。
ぴこん、ぴこん。
そして、まだ踊ってるお仲間さん、発見。
ロジーはその頭をぴこっと叩いて正気に戻そうと、いそいそと歩み寄り‥‥
え、違うの?
「あらあら〜」
それは残念‥‥いやいや、失礼をば。
そう、終夜は太鼓の音で踊っている訳ではないのだ。
これも敵の目を欺く為の、計算を尽くした上での行動。敢えて乗ってやるのも、悪くない。
終夜はそのまま、剣舞を舞い続ける。大刀を体の一部の様に扱い、その大きさと重さに振り回される様な事もなく。攻守一体の動きを舞いに乗せながら、小さな太鼓に近付く。
「悪いのですが‥‥俺に催眠の類は効きません‥‥」
標的が小さいのが物足りないが、仲間達が存分に踊り叩くまで様子を見ていたら、こうなったのだ。それに、残り物には福が‥‥あると、良いな。
「まぁ‥‥先程迄の舞は、少なくとも楽を持つ貴方達へのせめてもの手向けです‥‥」
これより始まるは、魅入ったが最期の死の舞。
舞いながら、ぶんぶんとうるさく飛び回る目玉の攻撃を悉く避ける。当たっても多分、痛くも痒くもないだろうけれど。
その動きには一切の無駄や隙が無く、美しく流麗‥‥そして決して激しくはない、寧ろゆったりと見えるその動きの中に秘められた、爆発的な力。
「‥‥これは‥‥逃げないとやばそうっ!」
てんてんと小太鼓を叩き続けていたリコリスは、野生の勘でそれを見抜き、一目散に逃げる。
同時に――
終夜は渾身の力を込めて、太鼓部分に太刀を振り下ろした。
殻に身を隠す暇もなく――隠していても無駄だったけれど‥‥それは、粉砕された。
「今度はキメラではなく‥‥楽器として生まれ変わり来なさい‥‥」
「あえて云おう‥‥カオスなダンスだったな」
まだ微妙にダンスのステップが抜け切らない王零が、これで最後とばかりにポーズを決める。
「こんなに踊ったのは久方ぶり‥‥。疲労感が心地良いな‥‥」
良い汗をかいたと、零次は背筋を伸ばして深呼吸をひとつ。
熱く燃えた人々は皆、何かが洗い流された様にスッキリとした表情を浮かべていた。
まだ何人か、踊り続けている者もいるが。
「まだ‥‥催眠が解けてないのでしょうか‥‥?」
終夜が軽い暗示と催眠を掛けて元に戻そうと近付く。しかし、皆さんただ余韻に浸っているだけの様で。
「ふぅ‥‥程々にね‥‥」
溜息一つ、放っておく事にした。
そしてウェストは、まだ精神的なダメージが抜け切れていないらしい‥‥が、キメラの残骸から細胞を回収する事だけは忘れなかった。
「何だか‥‥お祭りの後のようで少し寂しいですわね‥‥」
町の様子を見て、ロジーが言った。平和と秩序は戻ったものの、先程までのカオスと熱気が恋しくもあり‥‥
「キメラでさえ無ければ‥‥とても楽しかったのに。残念ですわ」
残った残骸を寂しそうに見つつ、くすんと鼻を鳴らす。
「今度生まれてきた時はキメラじゃないと良いですわね‥‥」
そう、ぴこハンが良い。或いは漫画肉でも良いかもしれない。
そうしたら、毎日楽しく鳴らしてあげるから――