●リプレイ本文
ここが俺の果樹園だ‥‥そう言われても俄には信じ難い光景が、目の前に広がっていた。
根こそぎ引き抜かれ、幹を裂かれた木が無惨に横たわり、剥き出しになった黒い土には大きな足跡が無数に残されている。
「折角の果樹園が‥‥酷い事になってますね」
リゼット・ランドルフ(
ga5171)が呟く。
色彩が失われたかに見える果樹園の中に、枝から落ちて転がったオレンジの明るい色がひときわ冴えていた。
それを手に取り、セシル・ディル(
gc6964)は依頼人のおじさんにそっと手渡す。大切に、心を込めて作ったモノが目の前で壊されなす術も無いのは、さぞ辛かった事だろう。
「大切に育てた果樹園を好き放題荒らすなんて‥‥能力者として、ううん料理人として絶対に許さないからっ」
李・蘭花(
gc6975)が拳を握る。食材を扱う者として、農家の苦しみや怒りは他人事ではなかった。
一方、赤槻空也(
gc2336)は静かな怒りを燃やしていた。じっと立ち尽くし、瞳をまっすぐ前に向け‥‥何処か遠くを見ている。
幾度となく、こんな風に平和が踏み潰されて行く様を見た。自分にとっての当たり前の光景も、たった一つの「災い」が全部ぶち壊した。天災だろうが戦災だろうが同じ事。原因となったモノを潰したくて、消炭にしたくて‥‥何度見てもムカ付いて、ブン殴りたくて堪らない。
「‥‥おっちゃん、エモノは絶対ェ残しとくッス‥‥!」
ばきばきと指の関節を鳴らす。
キメラ退治は勿論だが、依頼人の無念を晴らし、少しでも怒りを発散させて、心の整理を付ける為の手助けをする事も大切だ。寧ろそれがメインかもしれない。
多少無謀な注文ではあるが――リヴァル・クロウ(
gb2337)は内心で呟く。しかし依頼人の話から敵の力量を推し量るに、任務の遂行に関しての問題はなさそうだった。負傷からの復帰第一戦としても丁度良い。
「おじさまの無念、晴らせるように頑張りましょう」
リゼットの言葉に無言で頷き、一行は象達の痕跡を追って歩き出した。
おじさんの案内を受け、畑や水場の位置を確認しながら、一行は象の足跡を辿る。
リゼットは出発前に話を聞いて作ったメモと実際の地形を見比べながら、情報を修正していった。水場の近くでは敵に飛び道具によるアドバンテージを与えてしまう為、戦う場所にも注意が必要だった。
進むに連れて、否応にも高まる緊張感。しかし列の先頭に立つキロ(
gc5348)は、意気揚々と歩を進めていた。
「ゾーウさん、ゾーウさん♪ キーロの方が強いのじゃ〜♪」
「そうかそうか、頼もしいなぁ」
その姿をにこにこと見守るおじさんも、なんだか楽しそうだ。まあ、本人が主張する強さに関しては余り信じてなさそうな口ぶりだが。
「我はガーデアンじゃからな、おじさんの果樹園は絶対に守るのじゃ。大船に乗ったつもりで、安心するのじゃ」
‥‥随分ちっこい大船‥‥あぁ、いやいや。
と、空也が立ち止まり、耳を澄ます。獲物を見つけたらしい。
「‥‥こっちだ! やろォ‥‥好き勝手やりやがって‥‥ッッ!」
走り出した空也の後に続く仲間達。その行く手に広がる森の中に、大きな影が見えた。
刺の付いた鼻を振るい、行く手の木々を薙ぎ払いながら進む三頭の象キメラ。
「居やがったな‥‥セシルさん頼んますッ!」
二人が組になって、一頭ずつ当たる手筈になっていた。空也と組むのはセシルだ。
傭兵達に気付いた象は、根こそぎ引き抜いた背の高い木をぶん投げる。しかし、そんな大雑把な攻撃に当たる者など居る筈もない。その軌道を読み、素早く回避したセシルは防御陣形を発動させた。
「行くぜノロマぁ!」
セシルの援護を受けて、叫ぶと同時に飛び出した空也は相手の足を狙う。まずは足を封じて動きを止め、それからゆっくりと料理してやるつもりだった。
しかし、四本の頑丈な足は多少のダメージではビクともしない。象キメラは巨体の割には素早い動作で空也に向き直り、その鼻を振り上げた。
「当たるかよっ!」
空也は素早く攻撃を避けて死角へ回り込む。振り下ろされた鼻は空しく地面を叩くかと思われた。しかし――
「くぅっ!」
空也の背後に身を潜めていたセシルが、それを受け止めた。足を踏ん張り、盾で跳ね返す。攻撃の勢いを殺された象は、一瞬その大きくて重い鼻を持て余した。
「鼻、無駄に長いと邪魔、ですよっ!!」
シールドスラムで攻撃力を上げ、セシルは宙に浮いた鼻に渾身の力を込めて斬り掛かる。根元から赤い飛沫が噴き上がった。
「情けなんざ欠片もかけねェぜ‥‥ッ! うおおおッ!」
空也は千切れかけた鼻を両腕で羽交い締めにし、ぶっちぎる。その勢いのまま、血飛沫を上げるそれを地面に叩き付けた。
鼻さえなければ、ただ少し固いだけの巨大な豚も同然だ。残されたのは突進攻撃のみだが、闇雲に突っ込んで来る相手など脅威ではない。
「‥‥脳天潰れて眠ってろッ! 絶衝‥‥! 火竜拳ッ!」
空也は眉間めがけて想いを込めた拳を振り下ろす。何度も、何度も……足を止められないなら、脳天をぶち割って昏倒させるのみだ。
やがて、巨体が地響きを立てて倒れ込む。もう反撃される心配はなかった。
「蘭花、我が攻撃を引きつけるのじゃ! 攻撃は任せたのじゃ!」
鉄壁の少女を目指すキロは、自分の背丈よりも大きな斧を両手に振りかざして象の前に立つ。先手必勝とGooDLuckを発動させて、ガツンと一発先制攻撃。これで相手の矛先は自分に向き、蘭花が動き易くなる筈だった。
だがしかし、象さんは見向きもしない。何故だ。ガチガチに防御を固めて、攻撃まで仕掛けたのに。こういう場合、ゲームなら思いっきり敵意が上がって、自分だけを狙って来る筈じゃないのか。
「えぇいデカブツめ、こっちを向くのじゃー!」
しかしどんなに暴れても、象さんは反撃して来ない。いや、流石に鬱陶しいと思ってはいるらしく、頭を振り足を踏み鳴らし、体全体に敵意を漲らせている。しかし、そこは図体の大きな生き物の弱点と言うべきか、自分の腹の下にすっぽり収まってしまう程の小さな標的には気付かない様だ。代わりに、隙をうかがう蘭花に向かってその大きな鼻を打ち下ろした。
その瞬間。割って入ったキロの体がそれを受け止め‥‥られなかった。いや、受け止めはしたけれど。
ぽいーん。軽く吹っ飛ばされて、宙を舞う。性能の良い鎧のおかげでダメージは受けなかったが、踏み留まるには体重が軽すぎた。
「ならば、これでどうじゃ!」
キロはめげない。今度は手にした斧で攻撃を受け流す事によって威力を弱め、気合いと根性で踏ん張る。
「ぬうぅ、キメラ程度の攻撃が耐えられずしてなんとかかんとかじゃー!」
キロは耐える。自身障壁を使用して耐える! 全力で耐える!
魂を燃やして逆境に耐えれば、きっと新たな力が手に入る! 自分を信じるのだ!
「ありがと、もう少し頑張って!」
その隙に、蘭花は瞬天速を使って一気に間合いを詰める。象キメラの体表は固い毛で覆われているとは聞いていたが、近くで見ると毛というよりも鱗の質感だった。
「でも、お腹は弱そうね」
確かに、ぶよぶよに弛んだ皮膚がぶら下がる腹部や喉笛の辺りは柔らかそうだ。蘭花はそこを目がけて思い切り蹴り上げる。反撃を避けつつヒットアンドウェイを繰り返し、ダメージを蓄積させる。
「でも‥‥邪魔ね、あれ」
「うぬ、邪魔じゃ」
狙うは鼻。その攻撃はキロが踏ん張って耐えまくっているが、こうぶんぶん振り回されては邪魔で仕方ない。
「切り落としてやるのじゃ!」
キロは地面に打ち付けられた鼻を駆け上がり、根元に向かって斧を振り下ろす。その同じ場所を、蘭花は執拗に攻めた。
やがて象の鼻がだらんと垂れ下がったまま動かなくなったら、最後の仕上げだ。疾風脚で命中率を上げ、急所突きを叩き込む。
「こんなものかしら」
「どうじゃ、やっぱり我の方が強いのじゃー!」
ハイタッチで互いの健闘を称える二人。なんだか微笑ましい。
最後の一頭にはリゼットとリヴァルが対処していた。
「敵は三頭か四頭と言っていたが」
依頼人の見間違いだったのだろうか。この場には三頭しかいない様だ。ならば、ここは思ったよりも簡単に終わりそうだとリヴァルは感じた。共に戦うリゼット――リゼの実力等は友人から有る程度聞いている。彼女であれば特に気にすることなく戦闘に集中できるだろう。
しかし、二人が攻撃に移ろうとしたその時、森の中から四頭目が現れた。水場にでも行っていたのか、鼻の中に溜めた水を使い水弾を撃って来た。
二人は左右に分かれてその攻撃をかわし、リゼットは再び森に逃げ込もうとする新参の一頭を追った。その先には水場があった筈だ。
「そちらには行かせません!」
補給を阻止すべく迅雷で追い、追い抜きざまに銃で足下を撃つ。象は鼻を振り上げ、前足を高く掲げた。それを突進の予備動作と見て取ったリゼットは、素早く距離を取って避ける。その際に足を斬り付ける事も忘れなかった。
象の固い皮膚に対して、剣の攻撃はなかなか通らない。おまけに象が鼻を振り回す度に周囲の木々が砕かれ、その破片が雨の様に降る。
「その鼻、邪魔ですね」
リゼットは象が鼻を引いた隙に接近すると、自身の体を回転させる。反動を付けて振り下ろされた鼻の威力と、遠心力が加わった剣の威力がぶつかり合い、勝負が決まった。
どさりと落ちる象の鼻。後は足の一本でも潰せば動きも鈍るだろう。横倒しにでもなれば、しめたもの。腹部に狙いを定めて薙ぎ払い、突き、抉る。
最後の仕上げに両断剣を叩き込むと、象は静かに横たわったまま動かなくなった。
一方のリヴァルは残った一頭と対峙していた。まずは敵の力量を推し量るため、突進を避けざまに斬り付ける。その手応えによって、大まかな威力を推察しようというのだ。
この程度なら防御可能と判断したリヴァルは、次の突進を正面から受け止め、押し返す。敵が攻撃の勢いを削がれ、よろける様に下がった所に足を狙って弾丸を撃ち込んだ。更には、反撃の機会をも与えず一気に間合いを詰め、その顔面を刀で斬り付ける。
「鼻が邪魔だ」
ぼそり、真顔で呟くリヴァル。ああ、またしても言われてしまった。そんなに邪魔にしなくたって良いじゃないかと思ったかどうかは知らないが、ヤケクソに鼻を振り回す象キメラ。それを悉くかわし、受け止めるリヴァル。アフリカ象の1匹程度、押し返すのは雑作もない。本当はアフリカ象ではなくて、それに似たキメラだという事はこの際どうでも良い。
振り回す鼻の威力が弱った所を見計らい、リヴァルはそれをばっさりと斬り落とした。痛みに耐えかねたのか、それとも体力を使い果たしたのか、がっくりと膝をついた所に刀を突き立て、地面に縫い付ける。そして素早く飛び退ると、銃口を象の腹へ押し当て、ゼロ距離で引金を引く。体の内側から、内蔵が噴き出した。
そろそろ、依頼人に殴らせても良い頃合いだろうか。
森の中に、瀕死の象が四体。
これが死体になる前に、依頼人の想い、果樹たちの恨み‥‥思う存分ぶつけて貰おう。
「さぁ。おじ様! 思いっ切りぶん殴ってやって下さいませ!」
隠れて様子を見ていた依頼人を、セシルが引っ張って来る。ぶん殴るとは、穏やかそうに見えて言う事は結構威勢が良い。ついでに、暴れっぷりも中々のものだった。
「おう、じゃあ遠慮なく‥‥」
腕まくりをし、ばきばきと指を鳴らすおじさん。しかし微妙に腰が引けていた。
「‥‥こいつら、いきなり起き上がったり‥‥しねぇよな?」
「この程度であれば問題ない。こちらで動きを抑える、後は君が決めろ」
リヴァルに言われ、覚悟を決めたおじさん。一歩一歩踏みしめる様に、象へ近付く。
「あ、ちょっと待って」
蘭花がその背に声をかけた。
「そのまま殴ったら手を痛めるかもしれないわ。良かったら、あたしのこれ‥‥使わない?」
拳に付けていた爪を差し出す。しかし、おじさんは首を振った。
「ありがとな、嬢ちゃん。だが‥‥ここは直接、こいつでハナシを付けさせてやってくれ」
おじさんはぐっと拳を握る。漢なら素手。痛くても素手。
傭兵達にサポートされ、おじさんは全ての象に思い切り拳を打ち付けた。手の皮が剥け、爪の間から血が滲む。
「おじ様!? 今、回復します!」
その有様を見て、セシルが慌てて申し出る。しかし、おじさんはそれにも首を振った。
「こいつは名誉の負傷ってヤツだ」
この痛みが明日への活力となる。この果樹園を立て直す為の力となるのだ。多分。
‥‥その後、奥様にこっぴどく叱られ、改めてセシルに治療して貰った事は秘密だ。
これで仕事は終わった。しかし彼等は帰らない。荒らされた果樹園の復興を少しでも手助けしようと、全員が残っていた。
倒れた木の中には、元に戻してやればまた根付きそうなものも何本かあった。
「まずはそれらを戻す事が先決か」
リヴァルと空也は木の幹にロープをかけ、力一杯に引く。重機が使えれば楽なのだろうが、足場の悪い山の斜面では人力だけが頼りだった。
「‥‥流石に、骨だなーオイ‥‥これ片付けんのよォ」
ウンザリとした様子で文句を言いながら、空也は言葉とは裏腹にせっせと働く。ウンザリは、フリだ、フリ。
損傷を受けた木は回復を助ける為に枝や葉を少し落としてやる事が必要との事で、おじさんに教わりながら大鋏を手に奮闘するセシル。キロは貰ったオレンジを食べながら、小枝を拾って歩く。ゴミを片付けたり、新しい苗を植えたり、軽めの作業は女性達が受け持った。
全てを片付けるのは無理だとしても――
「はいはい、皆ご苦労様〜!」
休憩時間に奥様が差し入れてくれた軽食が格別に美味しかったのは、たっぷりと汗をかいたせい、だけではなさそうだった。
「‥‥これ、とても美味しいです!」
セシルが思わず声を上げる。
「あの、レシピを伺っても良いでしょうか‥‥?」
料理が得意とは言い難いが、挑戦してみたい。レシピがあれば、多分、なんとか。
「あたしも一緒に料理させて貰って良いかしら?」
蘭花も料理人の血が疼いた様だ。
「良いわよ、後で一緒に作りましょうね」
「おお、そうだ。好きなだけゆっくりしてって構わないぞ」
ご夫婦ともに、上機嫌。ジャムにピクルス、お土産もたっぷり用意した。
「ではその前に。もうひと働きして参りましょうか」
リゼットが少し名残惜しそうに席を立つと、仲間達もそれに続く。
「‥‥何年、掛かるんスかね‥‥」
歩きながら荒れ果てた果樹園を見つめ、空也が呟く。
「けど‥‥正直俺ぁ羨ましいッス。ダチや弟と違ってまた作れるからよ‥‥」
だが、希望は捨てない。
「きっと同じ想いしてる人も‥‥何時かはよ‥‥!」
おじさんは黙って微笑むと、その髪をわしゃわしゃと掻き混ぜた。
今度来る時にはきっと、見事な果樹園が山の一面に広がっている事だろう。