タイトル:X しょうがぱんぼうやマスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/17 21:17

●オープニング本文


 むかしむかし‥‥ではなくて、つい最近の事です。
 どこかにあるバグアのキメラ工場で、おかしなキメラが生まれました。
 それは、ジンジャーブレッドキメラ。
 そう、あの丸っこい人形の形をした、ジンジャーブレッドマンのキメラです。
 でも‥‥こんなキメラを作って、バグアは一体何をしようというのでしょうか。

 そして、ジンジャーブレッドキメラが生まれてから、暫く経ったある日。
 ジンジャーブレッドは、町に新しく出来たパン屋の店先で道ゆく人達に配られていました。
「おいしいパンだよ〜、できたてのほっかほかだよ〜、おひとつ食べてみませんか〜?」
 その声に釣られて、次々とパンを貰って行く人達。
 けれど‥‥

「おい、何ができたてのほっかほかだ!」
 ジンジャーブレッドを受け取った人が、店の人に文句を言いに来ました。
「冷たくて、ガチガチに固くて、しかも不味いじゃないか!」
 そして、頭の隅っこが欠けたジンジャーブレッドをカウンターに叩き付けるように置きました。
 でも、文句を言われたお店の人は首を傾げています。
「お客さん、これは‥‥うちの商品ではありませんよ」
「でも、お前の店先で配ってたんだぞ!」
「いいえ、うちは商品を店先で配るような事はしません。例えオープンセールでも」
「じゃあ、あれは一体‥‥」
 お客さんがそう言った時でした。
 ぐらり、体が傾き‥‥どさっ。その場に倒れ込んでしまいました。
「お、お客さん!? 大丈夫ですか、しっかりして下さい!」
 お店の人は、倒れたお客さんを抱き起こしました。
 あんまり怒るから、血圧が上がって脳卒中でも起こしたのでしょうか。
 いいえ、そうではありませんでした。お客さんは気持ち良さそうに、すやすやと寝息をたてています。

 その頃、町のあっちでもこっちでも‥‥
 すうすう、すやすや。何の前触れもなく眠りに落ちてしまった人が、大勢いました。
 その人達は全部、あのジンジャーブレッドを食べた人だったのです。
 どうやら睡眠薬のようなものが仕込まれていたようですが‥‥人々を眠らせて、バグアは一体何をするつもりなのでしょうか。
 もしかしたら、これは壮大で恐ろしい征服計画のほんの一部で、これから本格的な作戦が開始されるのかもしれません。
 けれども、計画はそこで止まってしまったようです。
 なぜなら‥‥

「パンが逃げたーっ!?」
 食べられそうになったジンジャーブレッド達は、本能的に身の危険を感じたのでしょうか。
 頭を齧り取られたり、歯型を付けられたり、べっとりとジャムを塗られたりしながらも、人間の手からするりと抜け出して、一目散に走り出しました。
 どこに逃げようかなんて、考えていません。逃げてどうするのかも。
 とにかく――
(たべられるのは、いやー!)
 その思いだけで、必死に逃げて行きました。
「待てぇ、俺の昼メシー!」
「パンの分際で逃げるなんて生意気だぞー!」
「おとなしく食われろー!」
 パンに逃げられた人達は、ムキになって追いかけます。
 関係ない人も、面白がって追いかけます。
 犬も猫も、ネズミ達も追いかけっこに加わりました。
 もう、何が何だかわかりません‥‥。

―――――

 ところ変わって、ここはイギリス南部のケント州。
 その一角に広がる広大な森の中に、いつの間にか出来上がった怪しい施設――その名も「珍獣研究所」。
 出来たばかりのその施設には、目下のところ研究すべき素材も、研究に携わるスタッフの姿もない。
 いるのは、ただひとり‥‥所長のみ。
 自らをただ「X」と名乗るその謎の男は、研究所のモニターに映る情報を見て、目を輝かせた。
「逃げ出した、ジンジャーブレッドの坊やですか‥‥面白そうですね」
 そして、通信回線を開きULT本部へと繋ぐ。
「あの子達を、私の研究所にご招待したいのですが‥‥ええ、記念すべきゲスト第一号として」
 あのジンジャーブレッドを捕まえて、この施設に連れて来て欲しい。
 それが、この男が傭兵達に託した初めての依頼だった。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
フォア・グラ(gc0718
30歳・♂・ST
八葉 白珠(gc0899
10歳・♀・ST
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
八葉 白夜(gc3296
26歳・♂・GD
月臣 朔羅(gc7151
17歳・♀・EP
祝部 陽依(gc7152
14歳・♀・GP

●リプレイ本文

 ‥‥ぐ〜。
 フォア・グラ(gc0718)の腹の虫が鳴いた。
「嫌なのね嫌なのね〜」
 大きな体を揺すって駄々を捏ねている。
「ふぉあぐら、働くのきら〜い! ごろごろさぼって、むしゃむしゃたくさん食べたい!」
 あのキメラ、食べに来たの? それは、ちょっと困るんだ、けど。
「今回はほかく依頼? なんですねー?」
 右手に捕虫網、左手にピクニック用のバスケット。そしてけもみみ、けもしっぽ。そんな出で立ちの祝部 陽依(gc7152)が、敬愛してやまない御姉様、月臣 朔羅(gc7151)に尋ねる。
「そう。捕獲依頼だから、食べたりしちゃ駄目よ?」
 そう、食べちゃダメなの。
「ふぉあぐら、おなかすいてるんだね。美味しそうな匂いに弱いんだね。おなかもなってるんだね」
 ぐ〜。
 まあいい、とりあえずこの人は置いといて。
 朔羅の言葉にこくりと頷き‥‥その服装に目をやった陽依は思わず頬を赤らめる。
「って御姉様、本当にこのかっこうで行くんですか‥‥?」
「ええ、勿論よ。一般人の目をキメラから引き離す為の方法その1、って所かしら」
 ‥‥そう、なんだ? 三角ビキニとキャットスーツには、そんな効果が‥‥?
「それじゃ、頑張りましょうか」
「は、はぃっ、頑張りましょう!」
 にっこりと微笑みかけられれば恥ずかしさも吹き飛ぶ、そんな陽依の可愛い乙女心。
 と、その時。
「パン‥‥型‥‥キメラ‥‥?」
 シクル・ハーツ(gc1986)の目の前をだーっと走り抜けて行ったアレは、確かにパンだ。
「い、いままで、食材になるキメラは何回か見たけど、まさか初めから調理されているキメラまでいるとは‥‥」
 恐るべしバグア。しかし、一体何の為に?
「眠らせてしまえば、人をさらう事も容易になるし、防衛機能の麻痺も可能だね〜」
 被害にあった動物や人々を診察し、カルテなどを調べたドクター・ウェスト(ga0241)が答えた。
 ふむ、なるほど。
 ‥‥それにしても。町なかでの騒動という事で警戒していたが、そこまでパニックにはなっていない様だ。‥‥別の意味でパニックになっている人が何人か見えるが。
「しかし、一般人に追い掛け回されるキメラって‥‥ますます、目的がわからないな‥‥」
 シクルは首を傾げる。何故あんなにも必死に追いかけているのか‥‥それもわからないと言えばわからない。確かに食欲をそそる良い匂いはするが。
 ――ぴくん、ぴくぴく。
 フォアの鼻が、その匂いに反応した。
「ジンジャーブレッドの匂いなのねっ!」
 どったばった、追いかける。
 あー、行っちゃったよ‥‥。でもやっぱり、置いといて。
「‥‥皆そんなにおなかすいてるのかなぁ‥‥?」
「まあ、美味しそうなキメラだし‥‥しょうがないんじゃないかしら?」
 朔羅に言われ、陽依はひらめいた。
「あ、そうだ!」
 パン、買って来よう。
 近くのパン屋へ走る。その間に、朔羅はそのせくすぃー悩殺ぼでぃーを駆使して、キメラを追いかけ回す人々を止めに入った。
「駄目よ? 今、あなたが追っているのはキメラなのだから。うっかり食べると酷い目にあうわよ?」
 ずっきんどっきん、効果抜群! ただし男性限定!
「ほーら。本当に美味しいおやつはこっちよー?」
 犬や猫にはジャーキーで。
 それでも釣れない子供やおばちゃんは‥‥根気よく呼びかけて退避して貰うしかないか。
「こちらULT所属の傭兵です。街中を走るパンはキメラであり食べ物ではありません。見かけたら触らずに、お近くの傭兵まで通報してください。繰り返します、こちら‥‥」
 沖田 護(gc0208)は拡声器を使い、同じ内容を繰り返し呼びかけながら町を歩く。
「あれ、キメラですよー! お腹空いてるならパンあげますからっ、追わないで下さいーっ」
 そこに両手に抱えきれない程のパンを買い込んだ陽依が戻って来た。瞬天速で先回りし、パンを追いかける人々に手渡していく。
「はぃはーぃ、キミ達の分もあるからねっ」
 犬や猫にはパンを千切ってばら撒き、餌付けして‥‥
「こっちから匂いがするのねっ!」
 どったばった、どーん!
「きゃっ!」
 誰かにぶつかった!
 それはパンの匂いを嗅ぎ付けたフォアだった。その拍子に陽依の手から離れたパンの袋は宙に舞い‥‥
「おいしそうなのねっ! いただきまーす!」
 ぱくっ!
「あー!」
 残ってたの、全部食べちゃったよ!?
 ‥‥仕方ない、ここはやはり地道に退避勧告を続けるしか。
「あれでも一応キメラだ。危険だから対処は私たち傭兵に任せてくれ」
 呼びかけに加わりながら、シクルは逃げ回るキメラ達の様子にも目を配る。
(ずいぶんと器用に路地や車の隙間をくぐり抜けるな‥‥)
 うまく、皆と追い込まないと捕獲は難しそうだ。


「さて、これで大体遠ざけたかな」
 周囲を見渡し、護が言った。まだ遠巻きに見守る野次馬は多いが、走り回ってさえいなければそう危険もないだろう。
「町の騒動を鎮めるためにも、早く捕まえないとなりませんね」
 変なキメラにはもう慣れている護は、慌てず騒がず。
「それで、どうやって捕まえましょうか」
 護の問いに、ウェストがニヤリと笑う。
 本来ならば、姿形や性質がどうだろうと、キメラは憎悪の対象だ。しかし今回の依頼は、それを捕獲せよとの事。バグアやキメラの弱点やFFの研究の為ならば、致し方ない。
「バグアは完全排除したいが、X君は捕獲を所望しているからね〜」
 そこで、これだ。白いナプキンを敷いたバスケットには、キメラ捕獲用の特殊合金製の檻が仕込まれていた。
「ブレッドはバケットに入れて運ぶものだろう〜」
 ブレッドは、パン。バケットは‥‥バケツ? ‥‥バスケットで、良いんだよね?
「罠か‥‥SESがなくても殺傷能力が低いみたいだし効果はありそうだな」
 シクルが頷く。
 とりあえず、パンの本能に呼びかけて‥‥って、パンの本能ってなんだ‥‥? あるのか、そんなもの。
 いや、パン屋に並ぶ籠の様なものがあれば、そこに入るのがパンの本能だ。きっとそうに違いない。
 そんなわけで、捕獲作戦開始。キメラが逃げ込んだ路地や、行きそうな所。追い込む場所を決め、罠を仕掛けて回る。

「‥‥えっと‥‥パンが逃げてるんですか?」
 説明を聞いても事態が今ひとつ飲み込めず、現場で実物に遭遇しても相変わらず頭上に「?」を浮かべたままの八葉 白珠(gc0899)の問いに、兄の八葉 白夜(gc3296)が柔らかな微笑を浮かべつつ頷いた。
「‥‥逃げるだけのキメラとは珍しい。人に害を成さぬ者を無闇に怯えさせても致し方ない。早々に事を終らせるとしましょうか」
「‥‥はい」
 相変わらず事情は飲み込めないけれど、兄の言う通りにしていれば大丈夫。
 白珠は探査の目とバイブレーションセンサーを使い、キメラの姿を探して歩く。
「みつけました! あそこの物陰です!」
 あそこって、どこ!?
「‥‥えぇと、左です! お箸を持つ方‥‥」
 それは、右じゃないのか?
 ちらり、物陰に良く焼けたパンの姿が見える。白夜は怖がらせない様にそっと近付くと、仁王咆哮でその注意を引き付けた。
「‥‥まずは逃げるのを止め、耳を傾けては如何です?」
 優しげな微笑を浮かべつつ説得を続ける白夜。
「私の元においでなさい。さすれば私が無用な恐怖を退ける事を約束しましょう」
 ぷるぷる。キメラは震えていた。怖いのだろうか。
「白珠、彼も怯えている様子。落ち着くように子守唄を唄ってあげなさい」
 こくりと頷くと、白珠はかつて実家で姉に唄って貰った子守唄を優しく唄い始めた。
「‥‥あなたの可愛さ限りない、数は木の数森の数。星の数より限りない、ねんねんねんころねんころり‥‥」
 ‥‥うとうと、ぽてん。
 パン坊やは眠ってしまった。そっと抱き上げても目覚める気配はない。
「ぐっすり眠っててかわいい。はい、ちゃんとゆっくり寝ててね」
 白珠はその身を籠の中にそっと横たえ‥‥静かに檻の扉を閉めた。

 路地の奥では、ウェストが物陰に隠れて罠の様子をじっと見守っていた。
 大き目のバスケットに白く清潔なナプキン、それはブレッドにとって極上のベッドのようで‥‥ほ〜ら、入りたくなっただろう? ほ〜ら、ほ〜ら‥‥
 こそり、顔を出すパン坊や。ふらりと近寄り‥‥のそのそ、ぽふん。
「スイッチオ〜ン!」
 がっしゃん。ナプキンの下に折り畳まれていた檻が元の形に復元し、ドームの様な天井が閉じられる。
「けっひゃっひゃっ、見事引っかかってくれたね〜!」
 高笑いを響かせながら姿を現したウェストは、まるで悪い魔女の様に見えた。

 一方、ふかふかベッドの存在に気付かず、逃げ回るパン坊やもいた。
 護がバイクで追いかけ、逃げ道を塞ぐ。やむなく引き返した所にシクルが迅雷で先回りして‥‥
「よし、もう逃げ場はないぞ」
 追い詰めた。
「‥‥ん? 怯えている? 別に取って食おうとしている訳でもないんだけどな‥‥」
 とりあえず、バスケットを置いてみる。果たしてパンの本能や如何に!?
(‥‥きもち、よさそう‥‥)
 ふらーり、近寄って来るパン坊や。バスケットの前で行きつ戻りつ、何か葛藤している様にも見えた。本能に抗っているのだろうか。しかし‥‥
 ぽすん。
 入った。負けたよ、本能に。
「パンの本能‥‥本当にあったのか‥‥」

 朔羅は探査の目を使い、逃げ回るパン坊やを探す。その指示に合わせて陽依が瞬天速で回り込み、朔羅の目前に逃げる様に仕向けた。
「御姉様っ、そっちいったよーっ」
「ん、了解。任せて!」
 かぽっ!
 待ち構えた朔羅が中華鍋を被せた。
「ほーら、捕まえちゃったっ」
 ごんごん、がんがん。鍋の中で暴れるパン坊や。
(あげぱんにされるぅ!)
 隙間から手を入れ、その体をそーっと掴んだ朔羅は、涙目になったパン坊やに優しく語りかけた。
「大丈夫よ。食べられない所に連れて行ってあげるだけだから、ね?」
(‥‥ほんと?)
 かくーり、涙目で首を傾げるパンが、そう言った様な気がした。
「うん、もう大丈夫だよっ? だから、もう逃げちゃダメだよー? 食べないから、ねっ?」
 そっとバスケットの檻に移し、捕獲完了。


「はい、おとなしくしてれば怪我させないからね」
 護が最後の一匹を入れたバスケットを持って、仲間の元へ戻って来た。
「しかしあの者達を見ていると‥‥お前が幼かった時の事を思い出しますね」
 ずらりと揃った籠の中のパン坊やを見て、白夜は妹の頭を撫でながら微笑む。
「‥‥えっと? 白夜兄さま??」
 何故? あのパン坊や達と自分に、何の関係が? そして一体、何を思い出したのか?
 わけがわからず、頭上の「?」がまた増える白珠。
 ともあれ、これで八匹全部の捕獲が完了した。しかし‥‥これを全て持ち歩くのも手間だ。
「一つに纏めないか?」
 シクルの提案に従い、一番大きな籠に纏めて入れる事になった。
「安心なさい。もうここに君の命を奪おうとするものはおりません」
 まだ少し怯えた様子のパン坊やを、白夜が優しく撫でながら移動させる。
「ほら、皆で仲良く入って頂戴ね?」
 二匹、三匹‥‥八匹。と、その時‥‥キメラの体に異変が起きた!
 互いの体がくっついた所から融合し‥‥こねこね、ぼわんっ!
「なっ!? キングジンジャーブレッド‥‥?」
 おっきくなった! と言っても、手のひらサイズがホームサイズになった程度の違いではあるが。
「!? ドクター、これは一体」
 何故か解説役に話を振るのが自分の役割のような気がした護がウェストに尋ねる。
 しかし、流石の彼にもこの原理はわからない様だった。これは是非とも細胞サンプルを採取して持ち帰りたいものだが‥‥しかし依頼はこれを無事に届ける事。やはり傷モノにしては拙いだろう‥‥
 と、その時。
「まてまてっ」
 どったばった、出来たてキングジンジャーブレッドの匂いを嗅ぎ付けたフォアが走って来た! 食べるつもりだ!
「だめですよ、これはキメラですから!」
 パン坊やを守るべく、その前に立ちはだかる護。可哀想だとは思わないが、これも任務遂行の為だ。
「嫌なのね〜、食べたいのね〜、ふぉあぐら、走り回っておなかすいたのね〜!」
 じったんばったん、ひっくり返って駄々をこねる。
 しかし、キメラは檻の中。依頼主に無事引き渡すまで、檻の扉が開けられる事はない。
「では、行きましょうか」
 護が籠を抱きかかえ、言った。


「捕まえて研究ですか。どうするつもりなのでしょうね」
 研究所へと向かう車中、護はウェストに尋ねてみた。彼もよく研究資料を持ち帰っているようだが、今回の依頼者についての感想は?
 しかし、ウェストの意識は如何にしてあのキメラの細胞サンプルを持ち帰るか、その一点に集中している様だ。

「持ってきたよーっ」
 イギリス、ケント州。その南部に広がる森林地帯の地下に、その施設はあった。
 けもみみとけもしっぽを付けたままの格好で元気に手を上げた陽依に応えたのは‥‥同類だった。
 Xと名乗った男の、歳の頃は二十代の半ば。良い大人だ。それが‥‥まあ、肩に猫を乗せているのは良いとして‥‥猫耳に猫尻尾装備というのは如何なものか。
 思わずドン引きした傭兵達だったが‥‥しかし護は変なキメラにも慣れていれば、変な依頼主にも慣れている様だ。
 慌てず騒がず、大きくなったパン坊やを入れた檻を差し出した。
「うわぁ、大きくなってる‥‥! 可愛い‥‥っ」
 ほわ〜ん。相好を崩すX。
「ありがとうございます! あの、出してあげても良いですか?」
「うむ、この設備なら問題はない様だね〜」
 ウェストの返事に嬉々として檻の扉を開けるX。
「うわぁ、ふかふかもふもふーっ!」
 だがしかし、その瞬間。何かがパン坊やに食い付いた!
 がぶり、がりがりっ!
 ガッツリ歯型と涎を付けて食べるフォア!
 仲間達が飛び付き、慌てて引き剥がすが‥‥ぶちっと千切れた頭の端っこは既に口の中。
(きゃあぁーっ)
 声にならない悲鳴を上げるパン坊やの頭から、ぽろり。食べカスが転げ落ちた。ウェストはそれを拾い上げ、こっそりポケットに。
 むしゃむしゃ、ごっくん。ぱたり。おなかいっぱい、ではないけれど‥‥催眠作用のあるキメラを食べたフォアは、その場に大の字になって寝てしまった。

 思わぬ妨害が入ったが、気を取り直して。
「X殿、どうかこの子に無体な事を為さらぬ様に。貴殿の御慈悲を賜り度」
 白夜の言葉に、Xはパン坊やの頭を撫でながら頷いた。
「大丈夫です、この傷もどうにかして治しますから」
 まあ、このデレっぷりなら心配ないだろう。
「じゃあ、任務完了かなっ。今回も、お疲れ様でしたっ」
 にっこり微笑む陽依に、朔羅が笑顔を返す。
「ん、お疲れ様。帰りに、何かパンでも食べていきましょ?」
「それなら‥‥」
 ここで食べて行きませんか、とXが誘った。
「うちのシェフも、良い仕事しますよ?」
「‥‥普通のパン、か」
 シクルが呟く。帰ったら焼こうかと考えていた所だが‥‥それも良い、か。