●リプレイ本文
「初めまして、トムさん」
今日も朝っぱらから友人の病室を見舞ったトムが廊下へ出ると、そこでは優しげなお姉さんが彼を待ち構えていた。
鳳由羅(
gb4323)の温厚かつ物腰柔らかな様子を見て、ちょっぴり何かを期待しちゃったトム君。だがしかし、その期待はすぐさま、脆くも崩れ去る。
由羅の後ろに控えた二人の女の子から滲み出ているオーラは、どう見ても好意的ではない。ツンツンイライラ、トゲトゲした視線が無言の圧力を加えていた。
「ねえ、あのドラゴンが街の近くに現れたのは知ってるよね?」
痺れを切らした月居ヤエル(
gc7173)が口を開いた。廊下で待つ間にも扉の隙間から鬱な会話が漏れ聞こえていた。もう我慢の限界だ。
「兵士なんでしょ、なんでウジウジしてるの! 被害が出ないうちに、早くキメラを退治しちゃおうよ!」
「‥‥ぇ、でも‥‥っ」
トムは先程も病室で言っていたネガティヴな意見を垂れ流す。まるで丸暗記しているかの様に、すらすらと。
「あら、でもあなたは少なくとも軍に入ったのでしょう?」
由羅が優しく微笑み、言った。
「今のあなたを見て臆病と言う人はいるかもしれませんが‥‥私は少なくとも人の為に行動できる勇気のある人だと思いますよ」
「え‥‥っ」
ぼふんっ。トムの顔が真っ赤になる。
「あなたは、良い人だ‥‥今まで誰も、そんな風に言ってくれる人‥‥っ」
「だったら、行こうよ」
トムの事には余り関心がなさそうなミコト(
gc4601)が言った。
「君の友人に怪我をさせた敵を退治する様くらいは見たいと思わない? そのあと、どうするか決めても遅くないだろうしさ」
「どう、って‥‥?」
「やるか帰るかはっきりなさいな」
見るからに不機嫌そうな日下アオカ(
gc7294)が迫る。うじうじ虫とでも改名してはどうかと思う程のヘタレっぷりに、もう爆発寸前だった。
「‥‥だって、僕なんか‥‥」
どうせ何も出来ない。訓練ではかなり優秀な成績を収めていた友人でさえ、この有様だ。自分が行ったって死ぬだけじゃないか。
「‥‥新、兵。なぜ。死ぬ。のは‥‥怖い?」
「‥‥ぇ?」
「怖い‥‥と、は‥‥何だ? ‥‥生きる。とは‥‥何、だ‥‥?」
まるで眠っているかの様に見えた不破 炬烏介(
gc4206)から突然投げられた問いに、トムは戸惑いの色を見せた。
「そんなの‥‥当たり前だよ。そりゃ‥‥君達みたいに、すごい力とか持ってたら‥‥死なないし、怖くもないんだろうけど」
「怖くないなんて言えないさ」
米田一機(
gb2352)が言った。
「能力者になったって元は只の学生だよ。そんなに強いわけじゃない」
「だったら、余計に‥‥危ないじゃないか! もし何かあったら、悲しむ人がいっぱいいるよ!」
しかし一機は首を振る。
「ただ、逃げたら凄い後悔するから。だから、戦うんだ」
選ばれたとか、選ばれなかったとか。そんな事じゃない。出来るからやっている訳でもないし、出来なかったとしても‥‥逃げる事はないだろう。出来る事を探して、戦う。それがどんな戦いでも。
「あなたは優しい人なのですね‥‥」
由羅がが言った。優しさを否定はしない。けれど‥‥
「軍人としてあなたにも出来る事があるように、私には能力者としてやるべき事があるのです」
「僕に、出来る事‥‥」
言われて、少しは前向きな気持ちになったのだろうか。トムは何やら一生懸命に考え‥‥やっぱり、首を振った。
「だめだよ、僕なんか‥‥」
何をやらせても下手だし、要領は悪いし。
「君達は皆を守る為に戦ってるんだろ? こんな足手纏いなんか、放っといてよ」
役に立たない一般人を入れて失敗のリスクを増やす事は、守護者として正しい行いなのか?
「‥‥一理、ありますわね」
ツンツンと怒りながらも、アオカが頷いた。勿論、足手纏いに構った位で失敗する事は有り得ない。あってはならない。しかし、そのリスクを常に考えに入れておく事で、他のいかなる不測の事態にも対応出来る柔軟さが生まれるのかもしれない。
何につけ自信のありすぎるアオカには考えもつかない事だった。
「アオが認めたからには、貴方にも働いてもらいますの」
「え!? いや、だから、役に立たないって‥‥っ」
「まあまあ、そう言わずに♪」
タイミングを見計らい、夏子(
gc3500)が軽い調子で誘う。
「能力者と大型キメラとの戦いなんてぇお金払ってもそうそう生で見れるものじゃねぇでゲスよぉ♪ さぁさぁ♪ 行こうじゃねぇでゲスかぁ♪」
「お金貰っても、嫌ですぅ!」
しかし傭兵達は容赦しない。炬烏介が首根っこを掴み、引きずり出す。
「‥‥ソラノコエ、言う。『死地ヲ見ヨ。生ノ本質ヲ見セヨ‥‥ソシテ問エ』‥‥」
「助けてぇー!」
しかし、周囲の者はそんなトムを生暖かく見守るだけだった。
移動の車中、向かい合わせのシートの片側で、トムは炬烏介とヤエルの間に挟まれて小さくなっていた。
窓際の炬烏介は空を眺めつつ寝ているのか起きているのかわからない程ぼんやりしているが、反対側のヤエルはただひたすら、トムを睨みつける様にじっと見つめていた。
「そんなに怖いなら、どうして兵士になったの?」
無理矢理、就職させられたとか?
「本当に嫌なら、辞めて本当に好きな事やった方が幸せだと思う‥‥」
本当に好きな事。ヤエルは一時的とは言え、それを休んで戦う道を選んだ。でも、自分で選んだ事だから、怖くても後には退かない。
「君も、やっぱり‥‥怖いの?」
その問いに、ヤエルは頷く。
「傭兵だから戦うのが怖くないとか、勘違いしないで」
恐怖はある。けれど、それは戦いを避ける理由にはならない。
「街の人を見捨てて自分の安全を取るなら、アオは能力者になっていませんわ」
真っ正面に座ったアオカが言った。トムにも、それなりの理由があると思うのだが‥‥
「誰かに言われて流されたんだったら、やめようよ」
アオカの隣に座った一機が言った。
「自分の意思でもないのに死んでしまうことなんかないよ。ただ、もし君が何かを望んでこの場に来たと言うのなら逃げるべきではないよ。その辺り、はっきりしようか。君自身が後悔しない為にも」
「‥‥」
「そのまんまじゃ、いつか本当になくしちゃうよ。君自身が大切にしているものも君自身も」
「‥‥自分で‥‥志願、したんだ」
ぽつり、トムが言った。
それを聞いて由羅は小さく頷きトムに微笑を向ける。自ら志願したのなら、きっと勇気はあるのだろう。けれど、他人が傷つくことも恐れるような臆病ながらも優しい心根の為に身動きが取れなくなっているのだろうと、由羅は彼のヘタレを思いっきり好意的に解釈していた。
その思いが通じたのか、トムは少し嬉しそうに頬を赤らめ、続けた。
「僕でも何か出来るかもって。でも‥‥」
現実は、想像とは違っていた。毎日の様に兵士の死が伝えられ、病院には大量の負傷兵が溢れ‥‥それが当たり前になっている世界。自分に出来る事と言ったら、死ぬ事しかない様な気がした。でも、死ぬのは怖い。嫌だ。かといって、辞めるとは言い辛い。みっともない。格好悪い。
「自分で見ては、いないんだ?」
ヤエルが言った。
「だったら余計に、一回ちゃんと現場を見た方がいいと思う」
現場の現実は、後方の現実とは違うかもしれないから。
そして、現場に辿り着いた一行の目の前では‥‥巨大なドラゴンが街に向かってゆっくりと歩を進めていた。
「や‥‥やだっ! やっぱり怖いっ!!」
それを見た瞬間、トムのなけなしの勇気が吹っ飛んだ。
しかし、逃亡が許される筈もない。
「逃げない逃げない。トムさんは同じ戦場に立つ仲間を置いて逃げるために兵士になったの?」
迅雷で先回りした夏子が、その襟首を掴んで引きずり戻す。下手に逃げると却って危ないし、せっかく戦場を経験しても命を落しては意味がない。
「身の安全は保証しないけど、まぁ、命だけは何とかするから、ささやかに安心してよ♪」
「やだー!」
その時、満を持してトムの前に立ちはだかる、仮面の男‥‥鐘依 飛鳥(
gb5018)ことハンサム仮面。
「ふむ‥‥トム君は町人を守る為に何かしたいとは思うだろうか?」
優しくソフトな声で、語りかける。
「兵士を志す者は、自身の大切な者、暴力に対して力無き者を守る為に強い意思と覚悟を持ちその道に進んだ者が殆どだと思う。俺もそうだ。俺が守りたい、美しい未来を守りたいから戦う。君にはあるだろうか。危険と知りながらも戦おうと思う理由があれば思い出して欲しい。初心は大事だ」
ハンサム仮面にも思い出して欲しいものだけれど。ドラゴンがすぐそこまで迫っている事を‥‥
「君の心の声を、素直な気持ちを、尊重して欲しい。もし無理だと思ってもそれは恥ずかしいことではない。戦う男もいれば‥‥作物を作る男もいる。どちらも人々の為に働く美しい男だ。故郷に帰り別の仕事を探すのも胸を張れる立派な道だと思う」
ハンサム仮面は語り続ける。自分なりに大人の対応しようと頑張っているのだ。
「良く考えてみて欲しい。君の大切な未来の事だから。現場を見るのはその判断材料としては良い経験である筈だ。今後の人生の決断に悔いを残したくないのなら‥‥ついて来て欲しい」
「‥‥ぅ、うし、ろ‥‥っ」
「そう、後ろを振り返った時に、あの決断は正しかったのだと‥‥」
‥‥後ろ?
傭兵達に気付いたドラゴンが吠えた。バサバサと大きな翼をはためかせ、こちらに向けて突進して来る。
そして、まだ距離がある地点でぴたりと止まり、翼を広げ――
「あの動き‥‥まさか‥‥!」
嫌な予感がする。一機はヤエルとアオカの前に立ちはだかった。
しかしヤエルはアオカをその場に残し、瞬速縮地でトムの前へ。獣の皮膚で防御力を上げ、盾となる。
その瞬間、突風が巻き起こり周囲の草を薙ぎ払った。
ヤエルは吹き飛ばされない様に足を踏ん張って耐える。その間に、トムの襟首を引っ掴んだ夏子が射程外まで引きずって行った。彼を敵の攻撃から守る事。多少荒っぽくても、とにかく命だけは守る。それくらいしか出来ないからこそ、何が何でも。
「トムさんにはトムさんの出来る事があるはず。でも、それが戦場から逃げる事だとトムさんが自ら決めるのならば、戦争から逃げればいいよ」
でも、それが嫌なら‥‥まぁ、適当に♪
「同じ衝撃波なら‥‥軽減できるかなっと」
ソニックブームで対抗してみたミコトは衝撃波の壁を突き破り、ドラゴンに近付く。
「近寄らないことには倒せないからねぇ」
猛撃を発動してガラティーンを叩き付けると、動きが止まるタイミングを狙ってその体を駆け上がった。
「無茶をするのが男の子ってね。失敗したら、あとは頼むね」
強刃を発動し、翼の付け根を狙う。
「この翼、いただくよ」
ガラティーンがそれを抉るのと同時に、一機の銃が火を噴いた。
「飛ばれると面倒だからね」
すぐ近くに貼り付いたミコトに当たらない様、慎重に。片方だけでも封じておけば旋風攻撃も使えないだろう。
その間に、豪力発現を発動させて一生懸命攻撃に耐えたハンサム仮面は、一気に近付いて流し斬りで足を狙う。踏み潰されない様に気を付けながら、二度、三度‥‥
ドラゴンが仲間の攻撃に気を取られ、取り付いたミコトを振り払おうともがく間に、アオカは疾風でその脚力を高めて背後から近付き、呪歌を歌った。
「私は自分の意思で家族を友を仲間を助け守る事を選びました‥‥あなたは自分自身の意思でこれからを決めるべきですよ」
トムに向かってそう言い、由羅はドラゴンの目を狙ってショットガンを撃つ。
「こっちですよ」
わざわざ注意を引いた所で、迅雷を発動。
「剋目しなさい‥‥あなたにこれが見えるかは分かりませんが‥‥」
一瞬で距離を詰め、足を狙って斬り付ける。一点に力を集中させ、目にも留まらぬ一撃を二回。
「‥‥ソラは言う‥‥『裁キヲ与エヨ‥‥死ヲ以テ贖ワセヨ』‥‥殺してやる」
炬烏介は味方の攻撃を受け、弱っている箇所を狙って拳を叩き付けた。
「おら‥‥痛がれよオラ‥‥!」
予言に従いキメラを殺す事が使命。手加減はしない。
「‥‥全身全霊で‥‥往く‥‥ぞ‥‥<虐鬼王拳・双打>‥‥!」
それを見たミコトは、自分も何かやってみたくなった。何かカッコイイ事。
わざとドラゴンの正面に立ち、牙の攻撃を待って開いた口に剣を突き刺す。
「‥‥一気に行けるかな? まぁ、やってみようか」
突き刺した剣を握ったまま、痛みにのけぞるその反動を利用して頭上へ跳ぼうというのだ。
「あれ?」
だが突き刺した剣は途中ですっぽ抜けてしまった。そうそう狙い通りには行かないか。
「もうアオの仕事は終わりましたわ」
呪縛を続ける必要はないと判断したアオカは、呪歌を解くと範囲外へ下がった。
「あとは体力バカうさぎさんに任せましたの」
「‥‥って、ちょっとそれはないと思うな」
ドラゴンをボコスカしながら、ヤエルが拗ねた様子で振り返る。
「どうせなら、演劇バカって呼んでよ。そっちなら、自分でも分かってるし、文句ないから」
「‥‥まったく、彼女には参りますわね」
その努力はアオカも認めるところ。人は何かに至る努力をすべきなのだ。
ふと気になって、トムの方を振り返る。少しは何かを感じてくれただろうか。
「トムさんなら、街に行ったでゲスよ」
覚醒を解いた夏子が答えた。
「逃げ遅れた人が居ないか、見て来るって言ってたでゲスな」
傭兵達の活躍で、街は守られた。
トムの活躍は‥‥
「ぴーぴー煩いですわね、どこに怪我がありますの?」
引きずられて出来た擦り傷が、至る所に。それを癒す為に、アオカはひまわりの唄を歌った。
「‥‥ありがとう」
「べ、別に感謝の言葉など」
自分の音楽に足りないものを知る為、自身の為にやった事だ。
「‥‥僕だって、君一人に言った訳じゃないし」
ちょっと強気になったトム君、ツンツンに対抗してみる。
結局、街へ行っても何の役にも立たなかったけれど‥‥何かを得られた様な気がしていた。
「‥‥新兵。オマエは‥‥戦う。のは嫌‥‥か?」
炬烏介が問いかけた。
「俺は、思うに。生とは‥‥戦う事。だ‥‥。世界は‥‥脅威、に満ち。抗わね、ば‥‥『死』に。喰われ、る‥‥生自体。が‥‥闘争。だが‥‥殺し合う。だけ‥‥が闘争。では‥‥無い、だろう‥‥オマエは‥‥どんな。戦い。を‥‥す‥‥る‥‥zzZ‥‥」
寝てるし!
「まぁ、やりたい人がやればいいんだよ。どうするかは君の自由‥‥ってね」
ミコトの言葉に、トムは頷く。だが、どうするかは‥‥まだ決めかねていた。
そんなトムの袖を、アオカが引っ張る。彼等が救った街を見せようというのだ。
「貴方は見ておいたほうがよろしいですわ」
至った者にしか、許されない風景が世の中にはある。
「でも僕は何も」
「良いから、行くでゲスよ♪」
首根っこを掴む夏子。
そしてトムは、またしても引きずられて行くのだった‥‥