タイトル:おもいでさがしマスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/11 04:21

●オープニング本文


 3匹のチビ怪獣が寝静まった頃。
 セオドア・オーデン(gz0421)は棚の上から分厚い二冊のアルバムと写真の入った袋を降ろすと、それを食堂のテーブルに広げた。
 アルバムの一冊は、息子クーの成長を記録したもの。もう一冊は、今はアフリカの戦場にいるアネット・阪崎(gz0423)から預かった双子の男の子、陸と海のものだ。
「う〜ん‥‥」
 セオドアはまだ整理していない写真を出すと、それを一枚ずつ眺めながら苦笑いを浮かべた。双子がこの家に来てからというもの、クーが一人で写っている写真が殆どないのだ。
 いや、それは良い。それだけあの双子と仲が良いという事なのだから。
 しかし問題は‥‥
「クー、もう少し前に出てくれよ‥‥」
 アップで写った双子の後ろで遠慮がちに微笑む写真の中の息子に語りかけた。
 これも、これも‥‥大きく写っているのは双子で、クーはオマケの様に見える。
「これなんか、クーにピント合わせた筈なのになぁ」
 肝心の息子の姿がぼやけた写真を双子のアルバムに貼り付けて、溜息。
 でも、お父さんは負けない。これからも暇さえあれば息子の写真を撮りまくってやるのだ。
 その記録は途中から始まる半端なものだが、だからこそ‥‥その足りない分を埋め合わせる様に、沢山の記録を残してやりたい。
「‥‥あの子の家には、何か残ってるかな‥‥」
 クーが生まれ、両親と共に三歳まで育った家。
 セオドアの家と同じ町にある筈だが、訪ねた事はなかった。もっとも、訪ねて行きたくてもあの町は既に廃墟となり、一般人の立ち入りは許されていない。
 町がバグアの襲撃を受けた日、セオドアはたまたま仕事で出張していた為に難を逃れる事が出来た。そしてクーは、どんな経緯があったのかはわからないが、周囲に遺体が折り重なる中、セオドアの妻に守られて一命を取り留めたのだ。
 その襲撃があった場所と、記録に残されていたクーの家とはかなり距離がある。何かの用事で、その近くまで来ていたのだろう。
「という事は‥‥家そのものは無事って可能性もある、か」
 襲撃が激しかった地域――セオドアの家もその中に含まれる――は、殆どの家が全壊し、その後に起きた火災のせいでもう何も残ってはいない。だが、それ以外の場所では半壊程度で済んでいる家も多かった。
 もっとも、家が無事だからといってそこに住める訳ではないのだが。
 襲撃から2年が過ぎた今でこそ、キメラの姿は周囲の丘や森で見かける程度だが、町に人の姿が戻れば再び襲って来る可能性は高い。
 いつかは、帰りたい。
 襲撃を生き延び、他の土地に移り住んだ者は大抵がそう思っているだろう。
 いつかが、いつになるのか――それは見当も付かないが。

 そんな事を考えながら写真の整理を続けた、その翌日。
 息子達を託児所に預け、少し寝不足気味でオペレーターの業務に向かったセオドアに同僚が話しかけてきた。
「最近は火事場泥棒みたいな、フラチな奴が増えてるらしいな」
 その同僚が言うには、最近バグアの襲撃を受けて廃墟になった町で金品を盗む者が後を絶たないらしい。
「ほら、逃げる時は鍵なんかかけないしさ‥‥大抵が着の身着のままだろ? まだキメラやなんかが暴れてるうちは近付けないけど、そいつらがいなくなった頃を見計らってな」
 キメラが犯罪抑止に一役買っているとは皮肉なものだ。
「お前も襲撃で追われたクチだろ? 家に何か残して来たなら、気を付けた方が良いぜ?」
「いや、僕の家はもう何も残ってないし」
「‥‥そうか。ま、気を付けるったって、気の付け様がないけどな!」
 同僚はそう言ってセオドアの背を叩くと、自分の仕事に戻って行った。
「火事場泥棒‥‥か」
 まあ、クーの家が被害に遭ったとしても‥‥アルバムや子供のおもちゃなど、盗まれる筈もない。金目のものは諦めるしかないだろうし、もとより他人の財産に興味はなかった。
 しかし――もし、どさくさで火でも付けられたら?
「‥‥今のうちに‥‥もし見付かるなら、手に入れておいた方が良いのかな‥‥」
 自分の知らない、息子の思い出。
 本人や両親の写真、おもちゃ、母子手帳、へその緒‥‥あと、何だろう。あと、何だろう。何か、本当の両親に繋がるようなもの。
 見付かったとしても、すぐに見せる気はないが‥‥息子が大人になった時に、きっと必要になるだろう。
 誰かに、頼もうかな‥‥。


 その頃、セオドアの故郷では――
 五人組のコソ泥が、廃墟の中に残った家々を物色していた。
「立入り禁止ったって、別に誰かが見張ってる訳じゃねぇしな」
 へっへっへ‥‥と下卑た笑いを漏らしながら、目についた金目のものを手にした袋に放り込んで行く。
 しかし彼等は、まだ気付いていなかった。

 背後に迫る三つ首の巨大な犬と、それが従える常識を超えたサイズの犬達の存在に――

●参加者一覧

西島 百白(ga2123
18歳・♂・PN
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
秘色(ga8202
28歳・♀・AA
リュウナ・セルフィン(gb4746
12歳・♀・SN
東青 龍牙(gb5019
16歳・♀・EP
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
王 珠姫(gc6684
22歳・♀・HA
椿姫(gc7013
21歳・♀・GP

●リプレイ本文

「‥‥あの‥‥秘色、さん?」
 依頼の内容を説明するセオドアの顔を、秘色(ga8202)は何事かを胸に秘めた様子でじっと見つめていた。
「何か‥‥?」
 その隣では王 珠姫(gc6684)が普段の三割増位の困り顔で微笑んでいる。もしかして、何かを企んでる?
「とりあえず‥‥」
 わしゃっ、ぐりぐり。秘色はセオドアの頭をかき回すと、カラカラと豪快な笑い声をあげた。
「品はしかと持ち帰る故、安心して留守番しておるのじゃぞ?」
 ‥‥何かある。これは絶対、何かある。‥‥ハンカチ、大量に用意しておくべきだろうか?


 そして辿り着いた現場の町。
「滅びてしまった故郷‥‥ですか」
 その様子を見て、沖田 護(gc0208)が呟く。
「誰しも生まれ育った故郷に帰りたいと願うものです」
 椿姫(gc7013)が頷き、言葉を継いだ。
「たとえそこが見るも無残な姿になってしまったとしても‥‥離れる事はできても、捨て去る事なんて簡単にはできないんですよ‥‥」
 何とか、この中から『おもいで』を持ち帰って届けられれば。
「届けましょう」
 護が言った。
「皆で頑張りましょう」
「ん、リュウナ、頑張るなりよ〜! エイエイ! オー!」
 ちょっとしんみりとした空気を吹っ飛ばす、リュウナ・セルフィン(gb4746)の元気な声。
「えっと、今回の依頼の目的は探し物なりね! 簡単なり♪」
「‥‥簡単に終われば良いのですが」
 しかし、いつもと変わらぬ調子のリュウナとは反対に、東青 龍牙(gb5019)は「嫌な予感がする」と心配顔だった。
 だって、ここ‥‥廃墟だし。廃墟と言ったら付き物なのが‥‥
「お化けとか出ないですよね? あ、お化けが怖い訳ではありませんよ! 決して違いますよ! 決して! 違いますから!」
 ‥‥そう、ですか。ふむ。
「さ‥‥さて! 気合い入れて探しますよ!」
「龍ちゃんとひゃくしろがいるから大丈夫なりね!」
「‥‥」
 無言で頷く西島 百白(ga2123)の名は、本当はビャクハクと読む。だが、気にしないのか既に諦めたのか、訂正はしなかった。
 そして、もうひとつ。この依頼には秘密の任務があった。
「‥‥セオドアさん、サプライズは‥‥もっと、泣いちゃいそうですね‥‥」
 彼の家から何かを見つけ出し、それも一緒に届ける事。花を届けた時の姿を思い出し、珠姫は困ったような、暖かいような。
「では、行きましょうか」
 辰巳 空(ga4698)は町外れの物陰に車を隠し、ちょっとしたカモフラージュを施す。近頃は廃墟を荒らす賊も出ると言うし、念には念を。
(‥‥頑張って、きますね。セオドアさん‥‥)
 心の中で呟いて、珠姫は歩き出した。
「えっと、家の場所はセオパパからもらった地図で解るはずなのら!」
 多分、きっと‥‥
「‥‥うん! 分かんにゃい!」
 大通りに面した町の中心部は、殆どが建物の形さえ残っていない。目印になりそうな物は何もなかった。
「じゃが、方位と歩速計算で大まかにでも利用出来よう‥‥」
 ‥‥って、聞いてないし。
「多分こっちにゃ! リュウナの勘がそう言ってるなり!」
 いや、違うと思うよ?
「え、違うなりか?」
 ショボーン。暫くは大人しく、秘色に導かれるままにトボトボと歩くリュウナ。だが‥‥
「‥‥この一帯は‥‥綺麗なまま‥‥?」
 町外れの住宅地で呟いた珠姫の言葉で、何かが閃いた!
「にゃ! 高い所から見れば分かるのら! 龍ちゃん! ひゃくしろ! 屋根に登るの手伝ってにゃ!」
「いえ、あの、でも、リュウナ様‥‥」
「‥‥」
「登るったら登るのらー! いや! 登りたいのらー!」
 じたばた、じたばた。駄々っ子モードに突入したリュウナに勝てる者はいない。少なくとも、龍牙は勝てない。多分、百白も。
「にゃー! いい眺めなのらー!」
 落ちて怪我などしないだろうかとハラハラドキドキの龍牙を尻目に、リュウナは屋根の上でキョロキョロ‥‥
「フニャー!? 何か居たなり!? お化けなりか!? にゃ? ドロボウさんなりか? にゅ? にゃ! でっかいワンコなり! え? キメラなりか?」
「廃墟の町だ‥‥キメラも‥‥いるだろ」
 百白が呟く。オバケやドロボウはどうか知らないが。
「えーと、つまり‥‥」
 向こうで誰かが犬型キメラに襲われている、という事だろうか。
「龍ちゃん! 行くなりよ!」
 家の屋根伝いに身軽に飛ぶリュウナを、全員が追いかける。と‥‥
「助けてくれえぇぇ!」
 前方から転がる様に駆けて来る男達の姿が見えた。ジャラジャラと派手な音をさせ、ポケットや抱えた袋の破れ目からキンキラの何かをばらまきながら。噂に聞く、火事場泥棒か。
 それを追って来るのは、三つ首の巨大な犬キメラと、普通の倍は大きい野犬が20頭余り。
「依頼は『品の回収』の‥‥はずだが‥‥」
 百白は賊の頭にSMGを突きつけ、溜息をひとつ。
「‥‥面倒‥‥だな‥‥」
「い、いや、違うだろ! 銃向けんのはあっち! キメラ! 俺達、善良な市民だから!」
 ウソつけ。
「自業自得じゃが‥‥」
 しかし助けない訳にもいかないだろうと、秘色が前に出る。
「ぬしらが何をしておったかは後でじっくり聞かせてもらうでの」
 にっこりと微笑み、追いすがるキメラの前に割り込みざま刀を横に薙ぎ払った。キメラの足を止める事で賊達との距離を取ってから、手榴弾のピンを抜く。
「閃光手榴弾参るぞえ」
 炸裂寸前まで待ち、何かを吐こうと身構えたキメラの口中に投げ込んだ。
『ギャウッ!?』
 その爆発音と閃光に驚いたのか、巨大な三つ首の犬は普通のワンコの様にくしくしと前足で目を擦っている。それを取り巻く犬達も、くしくし‥‥くしゅっ。ちょっと可愛い‥‥なんて言ってる場合じゃない。今のうちにと、秘色はショットガンを鬼の様に猛射。それだけで、取り巻きの犬達は尻尾を巻いて逃げ始めた。
「‥‥」
 獣の様に身を低く構えた百白が一気に距離を詰め、三つ首の懐に飛び込む。その体に鉄黒色の刃を叩き付けた瞬間、体が炎の様な赤いオーラに包まれた。
「‥‥!」
 三つ首は身悶えしながらも、鋭い爪の付いた大きな前足で反撃に出るが、それを回転舞で回避。それで生じた隙を狙い、秘色が流し斬りからショットガンの零距離射撃。
「リュウナ・セルフィン! 黒龍神の名の下に狙い撃ちます!」
 高所に伏せたリュウナが狙撃眼で狙い撃ち、珠姫は呪歌で行動を阻害。
「これ以上、壊させたりしない」
 椿姫は深呼吸をひとつ、紅く染まった目を開く。ゆっくりとみだれ構えの型を取ると、その手の甲には椿の模様が紅く浮かび上がった。
「‥‥参ります」
 疾風脚を発動し、飛び込む。相手を挑発し攻撃を誘いながら、それを避けてカウンター。舞うが如く常に動き続け、的を絞らせない動きは相手を翻弄した。
「‥‥ぁ‥‥泥棒の、皆さん‥‥?」
 三つ首の退治に目処が付いた所で、ふと後ろを振り返る珠姫。その目に映ったのは、一目散に逃げて行く賊達の後ろ姿だった。傭兵達が三つ首退治に気を取られていると思ったのだろう。それに、もう脅威は去ったと。
「逃げない方が、身の為だと思いますが」
 AU−KVバハムートのマスクの下で、護がぽつりと呟く。その言葉通り、彼が追いかけるよりも早く――
「ぎゃあぁぁっ!!」
 犬達に回り込まれたらしい。傭兵達には敵わないが、賊なら楽勝とでも思ったのか。それに、逃げるものは追いかけるのが動物の本能というものだ。
「皆さん、怪我をしたくなければ僕から離れずにいてくださいね」
 竜の翼で回り込み、犬の牙から賊達を守つつ、超機械で攻撃を加える。
「ぅ‥‥ぁ‥‥」
 異様な威圧感を放つ、スーツと言うより殆どロボットな外観のそれは、一般人にはちょっと怖いかもしれない。しかし、そのちょっと怖いロボットが敵の牙から自分達を守る盾になってくれている。そう思うと、守護神の様にも見え‥‥そしてまた、逆らったらどうなるかわからないという怖さもあり。
 賊達は、大人しくなった。
「東青龍牙! 青龍神様の命により敵キメラの排除を開始します!」
 追い付いた龍牙が犬の群れに飛び込んで来た。
「リュウナ様! 後ろはお任せします!」
 それに応える様に、犬の頭から血飛沫が上がる。
「さて‥‥狩りの時間‥‥だな‥‥」
 百白はニヤリと笑い、両手にSMGを抱えた。
「ガルルルル‥‥」
 低い唸り声と共に連射。撃ち尽くした所で秘色と入れ替わる。
「犬っころは大人しくお手でもしておれ」
 十字型の衝撃波が走り、犬達の体が吹っ飛ばされた。
 それでもう、相手は完全に戦意を失った様だ。今回は全滅、あるいは抗戦の意思をなくして逃げ去るまでで良いだろう。逃げるものは追わず、動けないものはそれ以上苦しまないようにトドメを刺していく。
「ガアァァァァァ!!」
 虎の如き雄叫びが、廃墟の町に響き渡った。


「リュウナ様! お怪我はありませんか!」
 屋根から下りて来たリュウナに飛びかからんばかりの勢いで、龍牙が駆け寄って行く。
「にゃっ、大丈夫なりよ〜」
 戦闘モードを解除したリュウナはすっかり普段の口調に戻っている。怪我もない様だし‥‥ただ少し、眠そう‥‥かも?
「‥‥クーは犬が苦手だと言っていましたが‥‥」
 原因はこれだろうかと、巨大な犬の残骸を見て空が呟く。クーにはトラウマが見て取れた。多分今も、非常にデリケートな精神状態にあるのだろう。
(今回の探索と情報の取り扱いには最大限の注意を払う必要がありそうですね)
 その傍らでは守護神が賊達を前に並べ、厳かに言い渡していた。
「窃盗の現行犯で、逮捕します」
 所持品から見て、未遂ではあり得ない。規制を無視してこの場にいる人間は犯罪者でなくとも拘束対象だ。まして、目的が盗みなら善良な市民の義務として官憲に引き渡さなくてはいけない。
 しかし、その前に。
「‥‥たとえ、やましい事をしていたとしても‥‥」
 賊達の傷を癒しながら、珠姫が言った。
「‥‥今後自分の身を自ら危険に曝さないで頂けるよう、約束を‥‥お願いします。ね?」
 柔らかく微笑んだ、つもりだった。しかし‥‥
 こくこく。
 恐怖に引きつった顔で必死に頷く賊達。何故だろう。こういうほんわりした人って、わりと笑顔が怖い‥‥かも。
「さて‥‥貴様ら‥‥探し物の手伝い‥‥してくれるか?」
 殺気の篭った目で『頼む』百白。こっちは本気で怖い。
 こくこくこく。もう賊達は頷くしかなかった。
「何か知っている事は‥‥どんな事でもいいんです。何か、ありませんか‥‥?」
 こくこくこくこく。
 椿姫の問いかけにまで、ただひたすら頷きまくる賊達。はて、何かそんなに怖い事でもあったのでしょうか、ね?

 そして今イチ役に立つのか立たないのかわからない賊達を引き連れ、一行は捜索を再開した。
「あやせ、さん‥‥」
 ここ、だろうか。珠姫が一軒の家の前で立ち止まる。石に彫られた表札は、確かにそう読み取れた。
 錆び付いた門扉をそっと開き、一行は庭に足を踏み入れた。花壇や、あちこちに置かれた鉢やプランターには雑草が生い茂っているが、かつてはきちんと手入れされていたのだろう。
 庭の隅に、雑草に埋もれた三輪車が転がっていた。微かに読み取れるマジックで書かれた文字が、その所有者を表していた。
「‥‥あやせ‥‥くう」
 クーの物だ。
「鍵がかかってますね」
 空が玄関の扉に手をかけてみる。家の鍵はセオドアも持っていなかった。
「こういう事は得意そうじゃな?」
 秘色に言われ、賊の一人が鍵を開ける。そこから先は手分けして、目当てのものを探していった。
 寝室、書斎、居間、本棚や引出し。セオドアから頼まれた物の他に、小さな服やぬいぐるみ、アルバム、ホームビデオ‥‥それに、母子手帳や臍の緒と一緒にしまってあった、出産前後の日々が綴られた母親の日記。そうした物をしまっておく場所は誰でもそう違わないらしく、さほど苦労する事もなく見付ける事が出来た。
「他に何か、記憶に作用する物はないでしょうか」
 空が尚も探すが、それは匂いだったり音だったり、持ち出す事が出来ない何か、かもしれない。
「幼子が生活しておった気配が、様々な場所に残っておるのう」
 秘色が母親ならではの視線で部屋を見る。怪我をせぬような工夫やイタズラ防止策、小さな椅子‥‥それら、持ち出す訳にはいかない空間をまるごと、セオドアから借りたカメラに収めていく。
「‥‥」
 百白はただひたすら、黙々と探す。
 家の外では護がひとり、キメラの襲撃を警戒していた。賊達は薬が効きすぎたのか、既に全く逃げる気はない様だし、そう警戒する必要もなさそうだった。

 一通りの捜索を終え、次に一行は町の中心部に近いセオドアの家に向かった。
 住所は調べが付いていたが、その辺りは最も破壊が激しい地域で、番地も何もわからない。適当に当たりを付け、運を頼りに探すしかなさそうだった。
 少しでも手が欲しいと、賊達も捜索に加えられる――勿論、百白の監視付きだが。
「‥‥」
 片手にSMGを持ち、ただ立っているだけでも‥‥バハムート並の威圧感がある、様な。
「二年の歳月と詳しい情報が無い事は相当な障害ですが‥‥」
 空は少しでも何か見付けられないかと探索の目も使いながら瓦礫を除ける。探索にかけられる時間は決して多くはないが、出来る限りの事を。
「何かないかな‥‥なんでもいい、何か‥‥大切な思い出を、届けてあげたい‥‥」
 そんな椿姫の想いが通じたのか。
 何か金属質の物が、ちらりと光を放った。
「‥‥あった! ここです!」
 住所の表示が付いた、小さなネームプレート。ポストにでも付いていた物だろうか。
 家の形も、それを囲んでいた塀も、勿論ポストも‥‥跡形もなく崩れてはいるが、その一角は確かにかつてセオドアが住んでいた場所だった。
 何か残っているだろうか。壊れていてもいい。汚れていても‥‥

「にゃ〜♪ ひゃくしろの背中は安心出来るのら〜♪ ‥‥むにゃむにゃ」
 夕暮れが迫った頃、リュウナは百白の背で寝息を立て始める。もうそろそろ、切り上げる時間の様だ。
 空は現場を写真に収め、花を手向ける。そっと両手を合わせると、仲間達と共に静かに廃墟を後にした。


「依頼主の『セオドア・オデン』‥‥だな?」
「‥‥はい」
 百白の問いに頷く。もういいや、おでんで。
「セオドアさん、コレでよろしいでしょうか?」
 龍牙が大きな箱を指差す。その中には予想したよりもずっと多くの品が入っていた。
「うわぁ、こんなに‥‥ありがとうございます! ぁ、これ赤ちゃんの時の‥‥!」
 早速アルバムを広げて親馬鹿っぷりを発揮するセオドア。
 しかし「お土産」はそれだけではなかった。
「‥‥これ、も‥‥」
 珠姫が遠慮がちに、メモと一緒に手渡した小さな箱。
 秘色の意味ありげな微笑にちらりと目を向けつつ、セオドアは箱を開ける。そこには――
 何が入っているのか、見えない。
 だって目が、目が大変な事になってるから‥‥!