タイトル:【RAL】OF 迷宮輪舞マスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/11 03:59

●オープニング本文


 その複雑に入り組んだ迷路の様な構造から、迷宮都市とも呼ばれるフェズの旧市街。
 今はバグアに蹂躙され、住む者もない廃墟と化した町。もう長い間、ここで動くものと言えば上空を飛ぶ鳥が落として行く小さな影くらいのものだった。
 だが、その町が今、俄に活気づいていた。
 中心に建つモスクの尖塔に現れた小さな人影。それは、眼下の町を舐める様に見渡すと、満足した様に小さく笑みを作り、頷いた。
「この前は不覚をとったが‥‥今度は完璧だ。そう、あれは運が悪かっただけさ。この僕がジンルイなどという下等生物に負ける事はあり得ない。いや、あってはならないのだ」
 実はこの男、先日ウジダ南方の補給部隊に待ち伏せを仕掛けた張本人だった。
「僕は運が悪いだけなんだ。そうさ、あいつらなんか‥‥たまたま良い器を手に入れただけじゃないか」
 プロトスクエア。奴等には負けない。機会さえあれば、自分の優秀さを証明して見せる。そして、もっと良いヨリシロを手に入れて、奴等をアゴでコキ使ってやるのだ。
 ‥‥などと、そんな思考回路を有している事からして典型的な小物な訳だが、本人は全く気が付いていない。
 哀れといえば哀れな、名前すらわからないこのバグアが、今のところフェズを任されている総大将――ボスだった。


「‥‥ま、そんな訳でね」
 コンコン。ブリーフィングルームを兼ねた会議室の一角で、アネット・阪崎(gz0423)は地図上の一点をペンの先で突き刺す様に叩く。
 周囲を取り囲む6人の部下と、傭兵達の視線がそこに集まった。
「フェズの旧市街。その真ん中あたりにあるモスクに、敵の総大将が陣取ってるってワケだ」
 新市街はずっと昔に壊滅的な被害を受けて、今ではバグアの基地にも使えない程の酷い有様だった。彼等が何故、旧市街を破壊しなかったのか‥‥その理由はわからないが、ともかく現時点では旧市街は以前のままに残されていた。
「ま、奴等が壊さずにいるものを、あたしらがぶっ壊すってのもアレだからさ。建物やなんかは極力キズ付けずに行きたい訳よ」
 そこで、作戦。
「町の北と南に、大昔の砦があってね‥‥どうやらココ、地下迷宮の入口になってるらしいんだよね」
「なるほど、地下から奇襲をかけようって訳だな、おね‥‥いや、阪崎少尉」
 お姉ちゃんと言いそうになり、じろりと睨まれた弟のザック・ラバン。いけないいけない、今は勤務中だった。
「ま、そうなんだけどさ。真っ正直にこれ一本じゃ奇襲にはならないだろ?」
「勘付かれるな、まず間違いなく」
 部下の一人がぽつりと口を挟む。
「囮でも仕立てるか」
「それは、リイ軍曹がやってくれるよ」
 アレクサンドラ・リイ(gz0369)軍曹。アネットの同期で‥‥友人。親友と呼ぶのは、少し照れがある‥‥らしい。
「軍曹の部隊は囮として南の砦付近から町に入る。あたしらは、北の砦からって事になるんだけどね」
 アネットは一息ついて、集まったメンバーの顔を見渡した。
「こっちのチームは、部隊を二つに分ける。地上と地下、両面作戦だ」
 地上部隊は本隊と見せかけた囮だ。本物の本隊は地下を進み、ボスのいるモスクを目指す。
「まずは軍曹の部隊が派手にやって、敵の目を引き付ける。その間にこっちの地上部隊が反対側から侵入すれば、敵はこっちが本命だと思ってくれるだろう‥‥ま、上手く行けばの話だけどね」
 だが、地上の部隊は全て囮。彼等が敵の戦力を引き付けている間に残りの部隊が地下から奇襲をかけ、ボスを落とそうという計画だった。
「斥候からの情報じゃ、他に指揮権を持ってそうな奴は居ないって話だ。ボスさえ落とせば、残りは有象無象‥‥後からでも掃除に来れば良いさ」
 ただ、この計画‥‥机の上で捏ね回している分には簡単そうに思えるが。
「囮部隊が見破られたら、地下はまずアウトだからね」
 地下通路は乾燥して涼しく、通気性も悪くない。じっと隠れている分には快適と言っても良いだろう。
 だが天井は低く、幅も狭い。人ひとりがやっと通れる程度のものだ。長剣を振り回すスペースはまずないと言って良い。かといって銃器を使えば流れ弾の衝撃で岩盤が崩れ、生き埋めになる可能性もある。超機械も同様の危険があるだろう。おまけに光が全く入らない為、光源は必須。しかし光を使えば敵にとっては格好の目印になってしまう。逃げるにしても、そう何カ所も出口がある訳ではなかった。
 つまり、戦闘はほぼ不可能という事だ。敵が地下へ侵入したら、まず勝ち目はない。
 地下へ入ったら最後、ボスの足下で地上へ抜けるまで、ひたすら暗い迷路を歩き続けなければならない。直線にすれば1kmもないが、迷路は複雑に入り組み曲がりくねっている。
 しかし、直接的な危険度は地上部隊の方が高いだろう。何しろ「本隊」として振る舞い、敵の集中砲火を一身に浴びる事になるのだから。少しでも気を抜いた素振りをすれば、彼等もまた囮だという事が見破られてしまうかもしれない。
「どっちにしても、楽な仕事じゃないけど‥‥頼んだよ」
 アネットは珍しく緊張した面持ちで一同を見つめる。
「ただ、無理はしないこと。仕事は失敗しても、無事に戻れさえすれば次がある」
 どうしても続行が不可能なら、途中で撤退しても良い。ただし、互いの連絡は徹底すること。
「あたしの仕事は、あんたら全員を無事に帰す事だ。今んとこ、勝率十割、100%成功だ。この記録に黒星付けたら承知しないからね!」
 そして、帰ったらお茶でも飲もう。
 またかと言われるかもしれないが――何度でも。


 その頃、フェズの町では‥‥
「さぁおいで、ジンルイの皆。遊んであげるよ‥‥もし、僕の所に辿り着く事が出来たらね」
 ふわり。
 男の背中から真っ白な翼が現れ、その身体が宙に舞う。
「不戦勝なんて、つまんないから、がんばってね? でも、どっちにしろ僕が勝つんだけどさ!」
 モスクの中庭に降り立つと、男は高らかな声で自らの勝利を宣言した。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
旭(ga6764
26歳・♂・AA
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
神楽 菖蒲(gb8448
26歳・♀・AA
湊 獅子鷹(gc0233
17歳・♂・AA
美具・ザム・ツバイ(gc0857
18歳・♀・GD
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
リズレット・B・九道(gc4816
16歳・♀・JG
ララ・スティレット(gc6703
16歳・♀・HA
七神 蒼也(gc6972
20歳・♂・CA

●リプレイ本文

 作戦決行、当日の朝――とは言え、まだ真夜中と言って良い時間だが。
 先日整備されたターザの空港に儲けられた小さな作戦室では、最後の作戦会議が行われていた。
 地下を行く本隊と、それを援護する囮役の部隊が二つ。各部隊の間に認識や意識のずれが生じない様、リズレット・ベイヤール(gc4816)は決定事項を読み上げて行く。
「‥‥以上で‥‥問題はないでしょうか‥‥」
「こちらは囮という事だが、しかし‥‥」
 ドクター・ウェスト(ga0241)が例の「けっひゃっひゃっ」という独特の笑い声を上げながら言った。
「地上組がボスを倒してしまっても構わないのだろう〜?」
 それくらいの気合いで臨まなければ、囮と見破られてしまうかもしれない。
 部屋の隅では旭(ga6764)が無線機を確認している。地下の本隊とは出来るだけ緊密に連絡を取るつもりだった。
 美具・ザム・ツバイ(gc0857)は地図を広げ、そこに示されたルートを仲間に周知すると、まるで士官の様に宣言した。
「我らこれから敵地に赴く。キメラに会えばキメラを斬り、バグアに会えばバグアを斬れ。ここは死地にあらず。我ら全員必ずや生還せよ。出撃」
「だな。誰一人、欠ける事無く無事に帰還するぞ!」
 それに応え、気合いを入れる七神 蒼也(gc6972)。
 言うべき台詞を全て言われてしまったアネットは、苦笑を浮かべながら傭兵達の背を見送り、その殿に続く。
 なかなか、頼もしい仲間達だった。


 突入地点である北の塔は、町を見下ろす高台にあった。
 今、差し始めたばかりの朝の光が染め上げているその町では、間もなく人々が起きだし、家々からは煮炊きの煙や朝食の匂いが漂い始める――そんな風に見えた。しんと静まり返っているのは、皆がまだ寝ているからだと。
 しかし、そこに人々の営みはない。どれだけ待っても、何も動かない。
(さぞ無念であっただろうな‥‥)
 眼下に広がる無人の迷宮都市を見つめ、美具は心の中で呟く。この町を解放しても、救世主を讃える歓喜の声は聞こえない。しかし、見返りなど求めずに事を成すのがノブレスオブリージュというものだ。今はただ戦う。いずれこの町を故郷とする者達が戻り、元通りの生活を始めるその時の為に。
「囮、ね。息を殺して地下を進むんじゃなくて、地上を進んで頭を取ればいいわけだ。そう考えれば、困難だけど‥‥ある種いつも通りだよね」
 美具の張りつめた様子を察してか、旭が少し軽い調子で呟いた。
「じゃが、油断するでないぞ」
 ちょっとツン気味に言葉を返し、美具は迷宮に足を踏み入れる。
「いい感じに絶望的に不利な戦場、まさに俺向きじゃねえか」
 湊 獅子鷹(gc0233)が不敵な笑みを浮かべた。先程打った大量の興奮剤が効いて来たのか、それとも自らも認める通りリスクジャンキーの戦闘狂である故か、実に楽しそうだ。
「さーて、地下で頑張ってる連中の為にもキメラ共を切り刻んで磨り潰して大地の肥料にしてやらあな」
 獅子鷹は反射を抑える為に刃を黒く塗った小太刀を両手に、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。
「‥‥さて‥‥北から南から‥‥はたまた地下まで‥‥楽しい事になりそうですね‥‥」
 くすくすと含み笑いを漏らしながら、探査の眼を発動させたリズレットがそれに続く。
 旭、美具、ウェスト、それにザック以下の兵士達。10人の囮部隊が、迷宮へと足を踏み入れる。本隊を装い、静かに、目立たない様に――

 一方、こちらは北の塔の地下に降りた本隊。
 天井近く、地上すれすれの位置に空いた空気穴から漏れる僅かな光を頼りに進んだ一行は、行く手を壁に阻まれて立ち止まる。
「準備は良い?」
 突き当たりの壁を軽く叩き、アネットが振り向いた。一見、周囲にある普通の壁と同じ様に見えるが、この壁には僅かに隙間が見える。そこから地下の冷たい空気が流れて来るのが感じられた。
「なるほど‥‥秘密の通路、なんですねっ」
 ララ・スティレット(gc6703)が少し緊張した面持ちで、それでも努めて明るい声を上げる。
 この町の地下に張り巡らされた秘密の地下通路。元々は要人が敵の襲撃から逃れる為、そこを良く知る者にしか抜けられない様にわざと複雑に作った通路だ。一度そこに足を踏み入れれば、例え敵の襲撃を受けなくても、迷った末に出口も見付からず、亡霊となっても彷徨い続ける事になるかもしれない。
「大丈夫。私が守る。他に何か必要?」
 そんなララと、隅の方で壁に寄りかかり、自らの存在を消し去ろうとしているかの様にも見えるラナ・ヴェクサー(gc1748)に、神楽 菖蒲(gb8448)がきっぱりと言い放った。
「信じてますからっ。だから、私は怯みませんっ」
 その自信満々な物言いに力づけられたララが力強く頷き、武器を握る手に力を込める。
「ラナも、良いわね?」
 菖蒲に言われ、ラナは小さく頷く。その体には至る所に包帯が巻かれ、一人で立っている事も難しい様に見えた。しかしそれでも、ここで待つつもりはない。こんな体でも、出来る事はある筈だ。
(‥‥自分の、身体で‥‥迷惑、かけられない‥‥菖蒲さんは‥‥言ってくれた‥‥けど‥‥私に、護られる価値なんか‥‥ないのに‥‥)
 そう思う気持ちもあるが、精神安定剤の力を借りて、どうにか前を向く。
 こんな状態で、誰にも迷惑をかけない筈はない。だが、迷惑をかけた分以上に働いて見せる。その覚悟で、ここまで来た。
「‥‥あの‥‥もし、何か‥‥咄嗟の、事態‥‥」
「大丈夫、私が背負うわ」
 皆まで言わないうちに、菖蒲が返した。守ると言った言葉に偽りはない。ラナの体調管理にも自分が責任を持つつもりだった。
「じゃ、行くよ?」
 仲間の準備が整った事を確認すると、アネットが重い石の扉を押す。真ん中から回転した扉の左右に、人ひとりがやっと通れる位の隙間が出来た。
 菖蒲を先頭に、その後ろにララ、アネット、任務中だというのに酒の匂いをさせたダークファイターの男が続き、少し遅れて蒼也とラナ。そして殿に付いたキア・ブロッサム(gb1240)が扉を閉めると、辺りは自分の手さえ見えない闇に閉ざされた。
 センサーが捉えたのは、遠く仲間達が静かに歩く振動のみ。今はまだ、この地下迷宮に動くものは居ない様だった。


 早朝の町は不気味なほどに静まり返っていた。
 人が居ないだけの静けさではないと、既に戦闘モードに入っている獅子鷹は感じていた。姿勢を低くし周囲を警戒しながら歩く、その一歩ごとに纏い付く気配。何かが息を潜めてじっと見つめているかの様な、作られた静けさが周囲に満ちていた。
 その静寂がひとたび破られれば、もう後戻りは出来なくなる。
「何が来たって、突き進むだけだけどね」
 先頭を行く旭がそっと呟く。その後ろに続く美具は、頭の中に入れた地図を思い出しながらなるべく大きな通りを選んで進んでいった。
 実際に歩いた道筋は、後方のリズレットが地図に書き込んでいく。もしもの時に速やかに撤退出来る様に、地図と実際の街並との違いも書き入れ‥‥
 リズレットは同行するハーモナーにバイブレーションセンサーを使う様に言った。
「数は数匹。大きさは5cm程度。方角は知らん。そろそろ音が聞こえる頃合いだな」
 これで方角まで探知出来れば、優秀なレーダーになるのだが。
 カサカサ、カサカサ。
 耳を澄ますと、何処かで虫が這う様な音が聞こえる。
「そこじゃ!」
 美具が飛び出し、家の壁に貼り付いた黒い何かに向けて、目にも留まらぬ一撃を放った。
「炎剣流派三の太刀、閃牙」
 これが敵の斥候だったとしても、仲間を呼ばれる前に倒せた筈だ。ぽとりと地面に落ちたその残骸には目を向けない。何となく、見てはいけない気がした。
 しかし、その黒いものは一匹ではなかった。家の屋根から、隙間から、壊れた窓の中から、ありとあらゆる場所から次々と姿を現して来る。
 これはもう、見ない訳にはいかなかった。その黒いものの正体は、虫。大抵の者が生理的な嫌悪感を抱くであろう、アレだ。
 美具がどんなに急いで叩き潰し、時には飛んで来るものをリズレットが撃ち落としても、それが増殖するスピードには追い付けなかった。そしてリズレットが放つ小銃「FEA−R7」の悲鳴の様な銃声が、サイレンの如く迷宮に鳴り響く。
 虫はあっという間にその数を増やし、道や両脇の壁を黒く塗り潰していった。
「こんな所で、使いたくないんだけどな」
 しかし、出し惜しみをしている場合ではない。旭はウェストの練成強化を受けた聖剣に力を込め、思い切り振り下ろす。衝撃波が黒い虫の塊を吹き飛ばした。
 キメラと言っても所詮は虫、攻撃が当たればあっけなく潰れ、その残骸を道端に晒す。だが、数が半端ではない上に的が小さく、しかも地面や壁を這って来る。剣の攻撃は当たり難いし、銃で一匹ずつ潰していってもキリがない。足下から這い上がり、服の隙間から潜り込み、時には飛んで来て顔に貼り付く。肉体的なダメージは殆どないが、精神的なダメージは‥‥多分、大きい。
「ぎぃぁああぁぁああぁっ!!!」
 誰かの茶色い悲鳴が迷宮に響き渡った。そして、それを聞きつけて新手が現れるという悪循環。
 黒い絨毯の向こうに、何か別の影がちらりと見える。白い体に、足が8本‥‥蜘蛛だろうか。しかし、その体は人間のものの様に見える。ヒトの体に、異様に長い手足が二組ずつ。長い髪に隠された頭部に目鼻は見えず、ただ大きく裂けた真っ赤な口だけが見えていた。それが蜘蛛の様に地面を這い、進路を塞ぐ様にして猛スピードで突き進んで来る。しかも、一匹や二匹ではなかった。
「ここはだめじゃ、別の道を行くぞ」
 美具は迎撃を諦め、他のルートを探そうと踵を返す。しかし、行く先々で現れ、進路を塞ぐヒトガタの蜘蛛達。それを避けて走るうちに、方向感覚が失われていった。
 そして遂に、袋小路。だが、この先にも道はあった‥‥家の屋根伝いという道が。
「‥‥下がって、下さい‥‥」
 リズレットが突き当たりの壁を背に、数歩前へ。迫り来るキメラ達に向けて制圧射撃を放った。
 その隙に、仲間達は背後の壁を登って屋根の上へ。近くに足場となりそうな物は何もない為、旭がその役を買って出た。
「ここ、乗って。‥‥いくよ!」
 体力には自信がある。手を組んだ所へ相手の足を載せ、タイミングを計って思い切り跳ね上げた。全員が屋根に上がると、自らは迅雷を使って壁を駆け上がる。
 しかし、そこも安全な場所ではなかった。寧ろ見通しが良い分、敵の的にもなり易い。彼等が屋根に上がるのを待ち構えていたかの様に、上空から飛来した飛行型のキメラが小型の爆弾をばら撒いて行く。しかも、黒い虫や蜘蛛達は屋根の上でも平気で追いかけて来た。
「‥‥その翼‥‥根元からもぎ取ってあげましょう‥‥」
 ピクリ。リズレットのこめかみが震え、小銃が悲鳴を上げた。弾丸がキメラの翼を貫く。
「‥‥飛べない鳥に‥‥トドメは刺しませんよ‥‥」
 地に墜ちて、もがき苦しめば良い。それは鳥かもしれないし、コウモリかもしれない。何か他の生き物に翼を付けただけ、なのかも。しかし、それを判別するよりも早く、リズレットは引き金を引く。相手が何であろうと、キメラならば‥‥墜とすだけだ。
 飛んで来るものを片っ端から撃ち落とすには、地上よりも屋根の上にいた方がやりやすい。しかし、格闘を得意とする仲間には、この足場は少々心許ないものだった。
 家の両側が通路になっている為、幅が狭い。それに――
「‥‥っと、危ねぇっ」
 ガラガラと音を立てて崩れる天井。その崩落に呑まれそうになり、獅子鷹は慌てて飛び退る。長い間住む者もなく、手入れもされていなかった建物は脆く、少しでも余計な体重をかけると足下から崩れていった。
「だめだ、どこか降りる場所を探さないと」
 旭の言葉に、美具は攻撃の手を休め、目標地点であるモスクの尖塔を探す。
「あっちじゃ!」
 向こうには確か広い通りもあった筈と、敵を蹴り落としながら走る。
「‥‥っ!?」
 しかし、そこも既に大量のキメラで溢れていた。黒い虫と白い蜘蛛、それに、物語に出て来るゴブリンやオーガに似せて作ったと思われるものも居る。武器を持つ知能はない様で、どちらも長く鋭い爪と牙を備えていた。そこに飛び込むのは自殺行為にも思える。
 周囲にはキメラのいない通路もあったが、そこは狭すぎて、戦闘になった場合は身動きが取れないだろう。
「良いじゃねえか、飛び込んでやろうぜ」
 獅子鷹は思い切り暴れたくてウズウズしているらしい。
「安全な道がないなら、作れば良いのだね〜」
 ウェストが例の笑い声と共に、上からエネルギーガンをぶっ放した。
 もう、飛び込むしかない。リズレットは閃光手榴弾のピンを抜き、カウント開始。残り僅かの所で合図と共に下の集団に投げ込んだ。
 眩い光が弾け、目を開けていたものの視界を奪う。
 その隙にウェストとリズレット、そしてサイエンティストの援護射撃を受け、旭と美具、獅子鷹、グラップラーの男、そして何故かヘヴィガンナーのザックまでがキメラのプールにダイブした。残った仲間が射撃班三人のガードに回る。
「なんだ、コノ程度の能力なのかね〜?」
 屋根の上に陣取ったウェストは、その能力を観察しつつ、目についたキメラを片っ端から撃ち倒していった。
「まあ、ソレで我輩の憎悪は尽きることはないし、手は抜かないがね〜」
 その合間に、自分でも気付かないうちに怪我をしている仲間達に練成治療を施していく。
「ほらほら、休んでいる暇はないね〜」
「‥‥狙わなくても‥‥当たりますね‥‥」
 上からの敵を撃ち尽くしたリズレットは、銃の照準を下に向ける。ここなら相手の攻撃は届かない。こちらを狙うものがいたとしても、その始末はガード役に任せて狙い放題、撃ち放題。仲間の背を狙うものを吹き飛ばし、ちょろちょろと動き回るものは足を撃ち抜いて動きを止める。やり放題すぎて処理が追い付かない。
 まだ練力に余裕はある。リズレットは二連射のスキルを発動させ、両手の銃を一度に撃ち放った。
「‥‥ふふ‥‥私が‥‥本当の恐怖を教えてあげる‥‥」
 ――くすくす‥‥
 ――けっひゃっひゃっ‥‥
 二つの笑い声が入り交じり、降り注ぐ中。下に下りたメンバーも負けじと暴れ回る。
「さて、漸く出番だぜ」
 獅子鷹はキメラの群れに飛び込むと、小太刀を持った両腕で円を描く様に敵を切り裂いていった。
「避けんじゃねぇ、躱すんじゃねぇ、受け止めるんじゃねぇ! そのままハラワタぶちまけて、喘ぎやがれやぁ!」
 雄叫びの様に吠えながら血煙を上げる。だが、その戦い方は至って冷静だった。
 味方の攻撃で空いた空間に飛び込み、出来るだけ優位に立てる状況を自ら作り出す。相手の正面には立たず、常に脇に回り込む様に、しかし自分は如何なる時でも正中線を保ち、カバー。向けられた攻撃は小太刀で受け流して捌き、それによって出来た隙を狙って返す刃で斬り付ける。捌ききれないと判断した時には防御に徹し、カウンターを狙っていった。
「斬れろ! 斬れろ! ブッ千切れろォォ!! イィィヤッホーッ!!」
 動きは止めない。常に動き続け、円の動きを意識しつつ、渦を描く様に――
「しかしキリがないのう。それに、余り時間をかけては気取られるのではないか?」
「そうだね‥‥そろそろ、突破しようか」
 背中合わせで戦いつつ、美具と旭は突破口を探す。
「モスクは、どっち?」
「あっちじゃ!」
 頷き、無線機で仲間達にそれを伝えると、旭は前方に向けてエアスマッシュを放った。その衝撃波を追う様に走り出し、突破口を開く。美具は無防備なその背に影の様に付き従い、盾に‥‥なるには高さに難があるが、そこは愛と気合いでカバーだ。
 旭が縦横無尽に振り回す聖剣の前に、キメラ達の腕や足が千切れて飛んで行く。小さな敵はそのまま踏み潰し、目指すはボスの待つモスク。
 地下を進む仲間を援護する為にも、ここで力尽きる訳にはいかなかった。


 その頃、地下では本隊が静かに歩を進めていた。
 暗視スコープを着けた菖蒲を先頭に、そのコートの端を掴んでララが続く。スコープを持たないララにとって、目の前で揺れるケミカルライトの明かりだけが頼りだった。だが、怖くはない。
(暗闇でも大丈夫。この人が、私を導いてくれるから‥‥)
 頼りになる人。目標。ララは菖蒲に絶対の信頼を置いていた。
 最後尾ではスコープを着けたキアが後方を警戒しつつ歩く。前を歩くラナが遅れれば立ち止まり、それを前の者に伝える。だが、手を貸そうとはしなかった。
 一行は時折立ち止まり、方角を確認する。地下通路に地図はない。ただ歩いた距離と方角によって、進むべき道を決めるしかなかった。
「ソーヤ、ちょい明かり」
「はいよ」
 言われるままに、蒼也はジッポライターでその手元を照らす。アネットは炎の明かりを頼りに派手な蛍光色の付箋に通過時刻を書き、それを分岐点の床に置いた。
「思ったより複雑な構造なのね」
 何度か同じ道を辿りながら、菖蒲が小さく息を吐く。もう何時間も彷徨い歩いている様な気分だが、実際にはまだ30分程度だった。
「‥‥少し休憩しましょうか」
 30分、ラナの薬が切れる頃合いだ。安定剤に依存している為、30分毎に薬を服用しなければ心身に不調を来してしまう。そして限界を超えると全身が痙攣し、行動不能となってしまうのだ。
 そうして、直線なら1km足らずの距離を進むのに何度の休憩を挟んだだろう。罠もなく、敵に出会う事もなく、ただひたすら歩き続け‥‥この辺りに地上への出口がある筈だった。
「私とキアで探って来るわ」
 スコープを持っている菖蒲とキアが捜索に出る。間もなく、それは見付かった。
「‥‥反応‥‥人間の、大人くらいの大きさです。数は‥‥3‥‥4。一つは、なんだか貧乏揺すりしてるみたいな‥‥?」
 バイブレーションセンサーを使ったララが報告。どうやら、ここで待つ誰かは待ちくたびれているらしい。
 入口と同じ様な石の扉を僅かに開き、キアが単身迷宮を出る。隠密潜行を発動させて気配を隠しながら、物陰に身を隠しつつ建物の中を探っていった。
 出た所は地下廟の一角らしい。独特の臭気が鼻につく。ここも入口の北の塔と同じ様に、天井付近の空気孔から光が漏れるだけで、殆ど真っ暗と言って良い。だが、暗闇に慣れた目にはそれでも充分な明るさだった。
 奥の狭い階段を上がり、列柱が連なる本堂へ出る。ここは大きな窓が切られている為、かなり明るかった。ざっと見たところ、そこに人の気配はない。その突き当たりが中庭への出口なのだろう。そっと近付いてみる。
 と、微かに声が聞こえた。
『遅いな‥‥あいつら、あんなのに手こずるほど弱かったのか?』
 苛立っている様な、残念そうな声。扉の隙間からその様子を確認し、キアはそっとその場を離れた。高所へのルートを確認し、仲間の許へ戻る。
 報告を受け、菖蒲は暗視スコープをヘッドギアに交換、貫通弾を装填した銃からサプレッサーを外す。地上の仲間にモスク到達の連絡を入れ、準備完了。
「俺は今回守りに徹するからな、代わりに攻撃の方頼むぜ」
 蒼也が『D』と名乗った酒臭いダークファイターの男に声をかける。
 一方、キアは屋根の上に出ると中庭を見下ろせる場所に身を潜め、チャンスを待った。
「‥‥無理をせずが役目‥‥と何故‥‥」
 一人になると、ついラナに対する文句が零れ出る。しかし納得はいかないが、これも与えられた役目だ。何かあれば援護はする。
 キアの配置を確認すると、菖蒲は中庭に面した扉まで進み、扉の隙間から閃光手榴弾を転がした。
『もしかして、すぐ足下まで来てたり‥‥ね』
 そんな声が聞こえた、その時。爆発音と閃光が広がった。
「‥‥よし、効いてる。行くわよ!」
 菖蒲を先頭に中庭へ飛び出す。薄暗い場所から急に光の下へ出た為に目が慣れる迄には多少の時間がかかったが、それでも不意打ちを食らって目を押さえている彼等に比べればマシな方だ。
「怖くないっ。行きます!」
 自分の頬をぱちぱちと叩いて、ララがそれに続く。その後ろから包帯を外し、まだ生々しい傷跡をさらけ出したラナが覚束ない足取りで躍り出た。蒼也はラナを中心にした円の中に位置取り、出来るだけ多くの仲間を取り込む形で防御陣形を発動させた。
「‥‥へぇ‥‥?」
 まだ若い男が眉を寄せ、何かを問いたげに傭兵達を見る。
「こういうの、手品って言うんだっけ?」
 だが、その疑問に答えてやるほど親切ではない。菖蒲は口の端で笑い、アネットに目で合図をする。その動きを見てララが吠えた。
「惑えっ!」
 歌ではなく、叫び。守るための、魂の咆哮。最も近くに居た相手にほしくずの唄を浴びせかけた。
 その術中に嵌った相手に、斬り込み役の二人が斬り掛かる。上段と下段、同時に踏み込んで攻撃を叩き込み、アネットが動きを抑えた所に菖蒲が横合いから急所突きを放った。
 だが、その一撃程度で沈んでくれる様な、ヤワな相手ではない。それは傷口を押さえると背後に飛び退り、間合いの外へと逃げる。その間にも他の強化人間が動いて来た。
「そこの、ちっちゃいの邪魔。やっちゃえよ」
 先程から一人で喋っている男が後ろに下がり指示を出した。他の者が従う所を見ると、あれがボスなのだろう。
「あの死にそうなのは放っといても死ぬし」
 肩を波打たせ、苦しそうに息をするラナを指差して笑う。
 それは演技の筈だった。だが、そうしているうちに次第に傷口が開き、演技の必要がなくなってくる。それでも、ラナは動いた。前へ、敵の待ち構える中へ突っ込む様に身を躍らせる。
 だが、敵はそんな彼女を相手にはせず、一直線に菖蒲の影に隠れたララへと向かって行った。
 思わず歌が途切れる。剣を振りかざして迫る男の背後に、もう一つの影。それが途中で分かれ、鋭い爪を持った影がララの後ろに回り込んだ。無防備なその体が引き裂かれる、そう思った瞬間――
「騎士をナメるんじゃないわよ?」
「護る専門なキャバルリーの俺を、そう簡単に抜けると思うなよっ」
 その間に菖蒲と蒼也が割って入った。菖蒲は攻撃を弾き返した相手に反撃の一手を加え、突き放す。しかし、蒼也は守備に徹している為に反撃もままならない。とりあえず蹴り飛ばし、叫んだ。
「D、頼む!」
 言われて、Dが酒臭い息を振りまきながら斬り掛かった。この飲ん兵衛、頼まれないと動かないらしい。
 だがそれでも、攻撃にかける手が足りない。キアの援護射撃が欲しい所だったが、今ここで隠し球を見せる訳にはいかなかった。
(‥‥何とか‥‥しないと‥‥)
 このままでは、ここまで来た意味がない。ラナは声を振り絞り、ボスに向かって言った。
「‥‥こんな‥‥死に損ない‥‥怖い、の‥‥?」
 挑発してみる。相手は乗って来そうなタイプに見えた。
「別に。でも、興味はあるね」
 ボスが笑う。
「そんな体で何しに来たのか、教えてよ?」
「‥‥知りたければ‥‥私を‥‥」
「倒せって? じゃあ、そうする。お前の体、中身ごと貰うよ」
 ボスが顎を上げると、三人の強化人間は一斉にラナへ向かって走る。ラナは逃げた。計画通り、相手を罠に嵌める為の位置へ。
 ラナが走り込んだのは菖蒲に貼り付いたララの、更に後ろ。ララへの射線を塞ぎ、死角はアネットがカバーできる位置取りをした上で、ラナへの進入路を空ける。敢えて隙を作って、懐深く引き込もうという作戦だった。
「眠れっ!」
 随分乱暴な子守唄だが、優しく歌う気はないし、その必要もない。一瞬意識が途切れ、膝から崩れ落ちそうになった相手に菖蒲が流し斬りを決めた。
「ネギ、しょってきた? カモさん」
 しかし、敵は三人。二人目からは同じ手は通じない。
「さーて、後はどうするのかなー? あれ、まさかそれでおしまい?」
 くすくす、ボスが笑っている。
「そんな筈、あるか!」
 蒼也がラナに向けられた刃を叩き落とす。しかし、後はこれといって策がないのも事実だった。
「面白い事考えるよね、そんな死にそうな奴をエサにするなんてさ」
 ボスはくっくっと喉を鳴らした。
「そういうの、ヒキョウとかザンコクとか‥‥うん、僕達の方がやるもんだと思ってたよ」
 なかなか勉強になる。勉強ついでに、もうひとつ。
「さっきの手品も面白かったな。どうやっったのか、教えて‥‥くれなくても良いけどさ。勝手に引き出すから‥‥そいつの頭ん中から」
 ラナを指差す。ボスの背中に翼が現れ、その体が宙に浮いた。彼女を浚って逃げるつもりなのだろうか――?
「キア、仕事よ!」
 その瞬間、天上から雷鳴の様な音が轟いた。モスクの屋根に陣取ったキアが放った弾丸は、肩を貫き赤い血の糸を腕に滴らせる。
「‥‥そこか‥‥」
 その赤い筋を不快そうに眺め‥‥ふわり、ボスの体が浮き上がる。キアは咄嗟にプローンポジションを解除し、その場を離れようと行動を起こすが――
「炎剣流派四の太刀、閃牙突!」
 突如飛び出した美具が、ぎりぎりの所でその体を斬り付けた。
 囮として地上を進んでいた部隊が、漸くモスクに到着したのだ。彼等は疲れ果て、ボロボロになってはいたが、まだボスと一戦交えるだけの体力はともかく、気力だけは残っていた。
「‥‥なんだよ、急に増えやがって‥‥」
 興を削がれた様に、ボスは溜息をついた。せっかく楽しく遊んでいたのに、邪魔が入った気分だ。
「面白くない」
 ぷいっ。まるで駄々をこねる子供の様に背を向ける。
「もういいや」
「逃げるの?」
 迅雷で前に回り込み、旭が言った。
「不戦勝は、つまらないんだろう? 頑張ってほしいんだよね?」
「もう充分遊んだ。飽きたし、後はこいつらに任せる」
 三人の部下を振り返る。そして軽く手を振ると、新手のキメラが何処からともなく現れた。
 しかし旭は耳も貸さず、問答無用で聖剣の刃を叩き込んだ。
「僕はまだ、君と遊んでない」
「‥‥わかったよ、そんなに死にたいなら相手してやる。でも、普通じゃ面白くないから、ね」
 そう言うと、ボスは目にもとまらぬ早さでラナの目の前に迫ると、ニヤリと笑い‥‥
「‥‥っ!?」
 その両腕を掴んで空中へ舞い上がる。咄嗟の行動に、誰も反応が出来なかった。ラナ本人さえも。
「さあ、どうする? このまま、僕を撃ってみる?」
「ふん、直接狙えばいいだけのことだね〜」
 その挑発に、ウェストが応じた。得物を小型超機械αに持ち替え、狙いを定める。しかし――
「良いのかな、痛いと手を離すかもよ? この高さだとまず死ぬけど‥‥ああ、良いのか。どうせこいつ、エサに使われた死に損ないだし。死んだって構わないんだよね?」
 耳障りな高笑いが響く。
 だが、それは長くは続かなかった。
「惑えっ!」
「前後も分からず!」
「惑い尽くせぇっ!」
 ビルの三階程度の所に浮かんだ敵に向かって、ララがほしくずの唄を叫ぶ。この高さなら、何とか声は届く筈だ。
 一瞬、手を握っていた力が緩んだのを、ラナは見逃さなかった。落下を承知で腕を振り払い、ライトニングクローでその胸を引き裂く。
「ぐっ!?」
 思わぬ抵抗に遭い、手を離した所に銃声が響いた。キアの放った銃弾が、ラナの付けた傷を抉る。二発、三発‥‥撃ち尽くすまで、手を止めない。
「こういう時の為の‥‥配置、かな」
 その下では、落ちて来たラナを菖蒲が体を張って受け止めていた。その瞬間、胸に鈍い痛みを感じたが、気にしない。ラナの無事を確認すると、銃撃を浴びて次第に高度を下げるボスを待ち構える。
「菖蒲さんは負けないっ。私も、守るものっ!」
 ララの援護を受け、菖蒲は流し斬りを叩き込むと貫通弾を装填した拳銃をその体に押し当て、急所突きを発動させた。
「私達を甘く見ない事ね」
 部下の強化人間達はいつの間にか逃げてしまった様だが、バグアを逃がす気はない。残った力を全てかき集め、息の根を止める。
「ぁ‥‥つ‥‥、まだ、意識がある内は、動けますよっ」
 練力が尽きるまで、中のバグアが完全に生命活動を止めたと確認出来るまで。


「最高にハイってやつだ‥‥」
 中庭の隅に踞り、興奮剤の切れた獅子鷹が胃液を吐いている。程度の差はあれ、極限まで戦った傭兵達は皆、動く元気さえない程に疲れ果てていた。
 しかし、それでも菖蒲はラナに笑顔を向ける。本当は呼吸をする度に胸の辺りが痛むのだが、そんなそぶりは見せなかった。
「私は、守ると言ったわ」
 多少の手違いはあったとしても。
「しかし、壊れた『能力者』が修理もせずに戦闘とは、我輩よりイカれているのではないかね〜」
 傷を悪化させたラナに応急処置を施し、ウェストは渋い顔でその場を離れる。撤収までの時間、戦場に散らばったキメラの細胞サンプルを回収し、戦闘中に得たデータを整理するのだ。
 入れ替わる様に現れたキアが、その背にぽそりと呟いた。
「力有れど‥‥生かせないのであれば、只の枷‥‥ですよ、ね」
 さりげない嫌味。暗に貴女が枷だったと言っているのだ。それを聞き、ラナは必死に弁明する。
「私‥‥はっ、枷‥‥じゃ、ないっ! 今まで‥‥傭兵、として‥‥戦って‥‥きてっ!」
 ラナには、その言葉が今まで歩んで来た自分の全てを否定するものに聞こえた様だ。その頬を涙が伝い落ちるが、キアは気にしない。
「ま‥‥私などより随分御強い方ですし、ね」
 冷めた微笑を返し、その場を去る。その背では、菖蒲が踞ったラナの背をさすりながら何か声をかけている様だったが、キアは気にも留めなかった。
「さ‥‥戻って御茶、かな」
 黙って見守っていたアネットに、笑って見せる。
 だが、ここはまだ迷宮都市のど真ん中。帰り道にもキメラが待ち構えていないとは、言いきれない。
「無事に戻れると良いけど‥‥」
 蒼也が小さく溜息をついた。
 どうか無事に帰れます、ように。