●リプレイ本文
出発前のウジダの空港では、依頼を受けた傭兵達が準備に追われていた。
「現地の地形図に、空港の図面、天気予報は‥‥晴れて暑くなりそう、ですか」
辰巳 空(
ga4698)は活動計画作成と結果報告の為に各種資料を取り寄せ、それを入れたファイルを片手に会議室の片隅にあるブリーフィングルームへ急ぐが‥‥
「‥‥っ!?」
何かにつまずいた。何だか、ぶよぶよした大きなものに。
「ふぉあぐら、働きたくないのよ〜」
それは通路を塞いで大の字に寝そべった大男、フォア・グラ(
gc0718)だった。寝そべったまま、駄々を捏ねている。
「いや、あの‥‥仕事、しに来たんですよね?」
こくり、頷くフォア。一応やる気はあるらしい。
「しかたがないのね〜」
もそもそ‥‥悲しそうに動き出す。
しかし、一旦動き出した後はそれなりにエンジンがかかった様だ。フォアは隅っこからホワイトボードを引っ張り出すと、説明を始めた‥‥お菓子をむしゃむしゃ食べながら。
「まずは1本でも滑走路を復旧させるだねー」
まあ、元から一本しかないけどね。
「必要な物は反射板や夜間着陸用のライト、あとは機体を納めておく格納庫も必要だねー」
だが、現時点でそこまでの資材を揃えるのは難しい。とりあえずはシートを被せておく程度の対応になるだろう。
「そうですね、本格的な復旧はまた後日という事になるでしょうか」
「今は最低限の機能が使える様になれば良いでしょう。では、シートもリストに加えておきますね」
空が言い、巳乃木 沙耶(
gb6323)が必要な物を書き出したリストをアネットに手渡す。工具類に、各種部品、電球、コード‥‥
「セメントも、追加だ」
月城 紗夜(
gb6417)が言った。
「後は布製の袋‥‥麻袋あたりか。それにゴミ袋だな。施設の中に使えそうな物があれば良いのだが」
「多分、全滅だと思うよ。もう何年もほったらかしだからね」
「それなら、部品ではなく設備をまるごと持ち込んだ方が良いでしょうか」
アネットの答えを受けて、沙耶がリストに付け加えた。後は全てをジーザリオに積み込めば準備完了だ。
「じゃ、がんばってこよ〜、アフフリリカでお掃除だ〜♪」
ミティシア(
gc7179)が元気に跳ねた。なんかフリが多い気がするが、まぁ良いか。
だがしかし。
「到着〜って何ここ、んで広っ、んで暑ぢ〜! 聞いて無いよこんな所〜!」
現場に到着した途端、出発前の元気はどこへやら。うん、暑いとは書いてなかったかもしれない、けど。
「年代物の空港ですね〜。これは骨が折れそうですよ〜」
八尾師 命(
gb9785)は、軽く溜息。
しかし住吉(
gc6879)の感想は少しばかり違っていた。
「のんびりまったり‥‥こう寂れた場所も田舎風味で素敵ですね〜」
なるほど、そういう見方もあるか。
遠目に見る建物は風雨に晒されて今にも崩れ落ちそうだし、滑走路はひび割れて、そこから草が伸び放題、周囲も草ボウボウで近付けない。オンボロ空港と呼ぶのが相応しいかもしれないけれど。
「早速滑走路の修復に入りたいトコだが‥‥まずは草むしり、か」
七神 蒼也(
gc6972)が腕まくり――いや、肌を晒すのは危険だ。
「野良キメラ、いるんだよな。それに毒持ちだってか‥‥ったく、厄介だな」
とにかく、草むらの中などの見え難い場所では警戒を怠らないようにするしかないか。
「なに、大丈夫だ。何かあったら俺が担いで救護所まで運んでやるから、なっ!」
ばんばん! ザックが蒼也の背を思い切りぶっ叩きながら豪快に笑った。でも、救護所なんていつどこに作ったんだろう?
「いてて‥‥っ、えぇと‥‥ザック・バラン? 名は体をあらわすというがまんまだな‥‥」
しかし、それを聞いてザックの太い眉がピクリと動く。
「お前、日本人だな?」
「え?」
「日本人は必ず、俺の名前を間違えるんだ。ったく、なんだっていつもいつも‥‥」
ぶつぶつ。
「確かに俺は日本人だが‥‥え、違う? バランじゃなくてラバン?」
「そう、ラバンだ! 良いか、我がラバン家は先祖代々由緒正しき‥‥」
「あー、はいはい」
べしんっ!
「いたっ!? お姉ちゃん何すんの!?」
通りすがりのアネットが、弟の頭をひっぱたいた。
「ソーヤ、こいつに関わるとアホが伝染るよ」
「‥‥そ、そうか‥‥。いや、まあ、とにかく‥‥そりゃ悪かった」
悪かったと言いながら、口の端がヒクヒクと引きつっているのはご愛嬌。
「とにかく、よろしく頼むぜ」
ばしばしばんばん! 蒼也はさっきのお返しとばかりにザックの背中を思いっきり叩きまくった。
「じゃ、ムキムキのお兄さんとそのお姉さんよろしく〜」
そんな漫才を横で見ていたミティシアがにっこり。
「毒虫いる〜取り合えず除虫〜」
ばっさばっさ、超機械「魂鎮」で軽く薙ぎ払う。それで何も飛び出して来なければ、今度は魔槍「サクリファイス」に持ち替えて本格的に刈り――
「ほいっとぶちゅっとザックお兄さんもいっしょにほいぶちっと」
「‥‥え? え? 俺、何されてるの!?」
さあ?
「おい、ラバンとやら。草はこっちだ」
その後ろから、ゴミ袋をずいっと差し出す紗夜。
「余計なものは入れるなよ。ちゃんと分別してあるんだからな」
「は、はいっ!」
空港に続く道を確保した後は滑走路と施設の整備だ。
何人かが早速草むしりを始める中、空は滑走路の破損状況を調べて歩く。バイブレーションセンサーを駆使してキメラと思われる動きがないかをチェック、それに離着陸の障害になりそうな物の位置、排除した障害物や資材の置き場所‥‥手当り次第に調べて、手元の資料に書き込んで行った。
「修復計画は、こんな所でしょうか」
その情報を仲間と共有し、作業にかかる。剥がれたコンクリートは、何処からか転がって来た岩などを吹き飛ばさない様に注意しながら砕き、放置された車両は解体して指定の場所に積み上げ‥‥
「おい、此れを滑走路外へ持って行ってくれ」
「はいっ!」
砕いた瓦礫を麻袋に入れ、紗夜はそれをザックの目の前に。思い切りコキ使う気満々だが、ザックは気にせず嬉々としてそれに従った。
「‥‥ん? なんだ、一輪車もあったのか‥‥」
建物の脇に打ち捨てられた荷運び用の一輪車を見付けたが、ザックはあの重い麻袋を軽々と運んでいたし‥‥まあ良いか。ヘバらない限りはやらせておこう。
紗夜は散らかる瓦礫を袋に詰めてはザックを呼びつけ、袋の運搬を手伝わせる。あらかた片付いたら今度は滑走路の修復だが、まずは少し休んでからにしようか。
「暑いな‥‥」
建物の陰に入り、スポーツドリンクで一服。
「中の片付けは手伝わんぞ。機械音痴だからな」
「わかってますよ」
触るだけで機械が壊れそうな事を言う紗夜に、友人の沙耶が小さく笑みを漏らす。
「‥‥と、始めましょうか」
建物の中に入った沙耶は、まず害になる生物が居ないかを警戒しながら、部屋の中を一通り回ってみた。
もう何年も人が足を踏み入れていないその部屋は、歩く度に足がふわりと沈む程に、分厚い埃が積もっている。だが、何かがいたとしてもじっと息を潜めているのか、今は何の気配も感じられなかった。
「では、一度部屋の中身を空っぽにしてから、内部の清掃を行いましょうか」
とりあえずの危険はなさそうだと判断した住吉は、小さくて軽い物から外に運び出して行く。こまごまとした物は最初に片付けておくのが掃除の鉄則だ。しかしサイエンティストの職業柄、重い物はちょっと無理。そこはザックに手伝って貰おうか。
せっせと働くザックの脇で、住吉はキメラ対策を兼ねた探査の目を発動させ、荷物が運び出された後に現れる亀裂やシミなど、些細な問題箇所を発見出来る様に注意を払う。気が付いた所はリスト化し、重要度毎にランク分けして用紙に記載していった。
「‥‥些細な問題箇所が大量に見付かった場合、それは果たして些細な問題と呼べるのでしょうか‥‥」
衛生器具や照明器具の復旧を優先しつつ、重要度に応じてランク分けした順番にそって効率良く‥‥効率、良く‥‥
「面倒臭いですね〜」
ガラスは割れ、窓枠は動かず、雨漏りの跡は数知れず。どうせなら全部壊して新しく建てた方が早い気もする。
「‥‥なんかこう、ぱっぱかぱんぱんぱぁ〜ん! ‥‥って感じでポケットから秘密道具を出せたらカッコいいのでしょうけどね〜」
青い猫が欲しい。ポケットだけでも良いから。
「えーと、この空港の建物はここだけみたいですね〜」
地図を確認した命が言った。この建物だけで管制から客の待合所まで、全てを賄っていたのだろう。
「では、私もゴミを運ぶのですよ〜」
よいしょ。命は合金軍手をはめた手で自分にも持てそうな大きさの機材を持ち上げてみる。
「大丈夫、これ位なら一人でも運べますよ〜」
だがしかし、機械類は見た目よりもずっしりと重いもの。
よろよろ、よたよた。ふら〜り。
「あわわ‥‥だ、大丈夫ですよ〜‥‥あ!」
ごんがらがっしゃん! 転んだ。そして分厚く積もったほこりの絨毯に頭から突っ込む!
「いたた‥‥ごほっ! げほけほ、くしゅんっ!」
しかし、命はメゲない。再び立ち上がり‥‥あれ、運んでた機材は何処に?
「‥‥これはもう、スクラップですね」
バラバラになった機材を前に、沙耶が苦笑い。
まあ、元々メーカーも不明でマニュアルもない、部品も手に入らない様な年代物。スクラップにするしかないと思っていた所だ。
「でも‥‥もしかしたら直るかもしれませんよ〜?」
高性能多目的ツールを取り出し、果敢にチャレンジする命。
「ここをこうして、こうやって、どうかな〜?」
発電所も機能していない為、持ち込んだ発電機から電気を流す。通電を示すパイロットランプが緑色に灯った。
「おお〜、人間やる気になれば何でもできるものですね〜‥‥あら?」
ちらちらと瞬いて、ランプが消える。接触が悪いのだろうか。
「こういう時は‥‥叩けば良いのでしたっけ〜」
ガンッ! がしゃん、がらがら‥‥びよよよーん。
壊れた。ネジとかバネとか、吹っ飛んだよ?
「今更使う位なら最初から使えば良いと思いますが‥‥と、これは交換ですね」
今の破壊工作は見なかった事にして、沙耶は部屋の電球を取り替える。どうやら器具そのものは生きていた様で、スイッチを入れると部屋の中が明るく照らし出された。こうなると汚れ具合も余計に目立つが、とりあえずは物置き程度に片付ければ良いか。
と、機材の搬出を終えた命が部屋の隅で何かをじっと見ている。
「見たことない蠍ですね〜。やはりキメラかな〜?」
――ぷちゅっ!
「‥‥あ。いたた‥‥」
刺された。救急セット、救急セット‥‥
「思わぬところで酷い目にあいましたよ〜‥‥」
だが、命がのんびりと治療をしている間にも、部屋の隅から湧いて来る蠍の大群。
「あそこに巣でもあるのでしょうか」
バトルデッキブラシで薙ぎ払いつつ、住吉がそこを覗き込む。しかし、そこに潜んでいたのは蠍だけではなかった。
しゅるり、床の埃に模様を作りながら這い出す大きな蛇。
「下がって下さい」
沙耶が拳銃を連射して、湧き出る蠍と、住吉の足に絡み付こうとする蛇を片っ端から吹き飛ばす。しかし‥‥
「ここはサイエンティストらしく蛇の毒などその場で何とかできる薬を作り出せたらな〜‥‥なんて気分ですね‥‥」
既に噛まれていたらしい。ぶつぶつ言いながらスキルで治療。
「では、キメラもいなくなった様ですし〜、お掃除しましょうか〜」
のほほ〜んと、命が言った。さ、お掃除お掃除。
一方こちらは滑走路の整備組。
蒼也はキメラが草の間に隠れていないかを確認しながら、少しずつ慎重に草を掻き分け、刈り取って行く。ただの怪我なら自分の蘇生術で対応出来るが、毒や麻痺の抵抗に失敗した場合は仲間に頼らざるを得ない。
「‥‥小型らしいし、一発で片付けば良いんだが‥‥おっと!」
草の根元から現れた蛇を、刀で草ごと斬り払う。
「とにかく、刺されたり巻き付かれたりしないように気を付けないとな」
「そうそう、気おつけないとね」
隣で作業するミティシアは、余り気にしていない様だが。
「しっし邪魔、邪魔」
豪快に薙ぎ払い、吹き飛ばし、踏んづけ、蹴散らし‥‥
「大丈夫か? 助太刀ならするが‥‥いや、問題ないか」
休憩を終えた紗夜がまだ経験の浅い二人を気にして声をかけるが、心配する事もなさそうだと見守るに留める。一人で倒せるようなら手出しするまでもないし、それも経験の一つだろう。
数が多い場所では空が子守唄で眠らせつつ朱鳳で斬る。
草刈りと瓦礫の撤去を終え、キメラがあらかた片付いたら、次は本命、滑走路の整備だ。
「ぼっこぼこですね。何かぱぱっと出来るいい方法ないですか?」
ミティシアが尋ねるが、そんなもの‥‥それこそ青い猫でも居れば良いが。
「地道にやるしかないだろうな」
少し溜息混じりに蒼也が言う。
コンクリートの隙間にセメントを流し込み、なるべく平らになるように均す。
「重量ある飛行機が離着陸できるように滑走路は厚くつくるね〜」
ネジリ鉢巻きのフォアが、えっさほいさとセメントを掻き混ぜるが‥‥ちょっとそこまでは無理。何しろ重機もローラーもないし。
よって、人力でちまちま補修するしかないのだ。
「うへ〜疲れる暑いです」
時々休憩を挟みながら、妥協を許さずザックをコキ使い、丁寧にやりきる。何しろ、この仕事が将来成否を分ける事になるのだから。
ミティシアは休憩時間もザックを離さない。フリフリの日傘を持たせて何様状態で水分と‥‥それに、糖分補給。
「ザックさんも食べる?」
差し出したのは、お菓子メインにアレンジしたエマージェンジーキットだった。
その傍らで、紗夜はひとつ伸びをすると、頭からバシャバシャと水を振りかける。ちょっとワイルドだが、熱中症で倒れる訳にはいかないのだ。
大体の補修が終わると、フォアがペンキを持って飛び出して行った。生きている基地だと思われたら、またぼろぼろにされる。だから爆撃の後やひび割れと錯覚されるような絵柄をペイントしておくのだ。
「がんばるよー、でも食事用意してねー」
「おわた〜」
‥‥仕事の後に待っていたのは、食事ではなくドリンクサービスだったが。
「どうぞ、お疲れ様です」
沙耶が配って歩く冷たい飲み物が、傭兵達の乾いた喉を潤して行く。
「せっかくアフリカまで来たんだし何か面白いとこないですか」
「んー、面白いモノなら‥‥ここに?」
ミティシアに問われ、傍らの弟を指差すアネット。
「あー、確かに」
ぽむ。
「いや〜、今日は頑張った気がしますよ〜」
滑走路の端っこに寝っ転がり、昼寝を始める命。その姿は空が撮影する資料写真にもしっかり写ってしまった様だが‥‥ま、良いか。
本格的な復旧の際、この現場の状況を写真と共に纏めた資料がきっと役に立つ。
それは少し先の事になるかもしれないが‥‥