●リプレイ本文
「バグアの連中も中々平和的な征服じゃない? あくまで暴力は使わず、内面の欲望を掻きたてるだけだなんて」
ぷかぁー。現場へ向かう道すがら、剣城 咲良(
gc1298)は紫煙と共にそんな冗談めかした言葉を吐き出していた。
「‥‥不思議な状況ですね‥‥」
こくり。結城 有珠(
gb7842)が、依頼の内容を読み返しながら頷く。
「‥‥衝動を増幅させる‥‥のでしょうか?」
しかし現場の惨状を目にした途端、咲良からは普段の軽い雰囲気が消し飛び、その顔には真剣な表情が浮かんだ。そして、思わず漏らした一言。
「‥‥これはひどい」
近頃は何故か褒め言葉に使われる事も多いその台詞、どちらに解釈すべきかは迷う所だが。
「‥‥えっと‥‥何と言ったらいいのかしら‥‥。‥‥早く皆さんを助けないと‥‥」
「確かにこれは、これは放置してたら大変な事になるかも‥‥」
周囲を見渡してちょっと放心気味に呟いた有珠に、鳳由羅(
gb4323)が頷いた。
放置しなくても、既に充分大変な事になっている気がするけれど。
「これはまた‥‥何ともすごい状況になってるなぁ。風情のあるいい声なのに、恐るべし、だね」
耳栓とヘッドフォンを装備した新条 拓那(
ga1294)に、カエルの声は聞こえない。聞こえないが、カエルの声とはそういうものだと脳内イメージが言っている。
紫陽花の葉を静かに濡らす雨だれの音と、それに唱和するカエルの声。ほら、良い風情だ。ぼんやりと窓際にもたれて、いつまでも聞いていたい――
「あーもーいーや。別に俺が頑張らなくたって誰かやってくれるだろーし。めんどくさいから全部やーめーたー」
でろ〜ん。
はい、犠牲者第一号の出来上がりー。もー、言ったじゃないですかー、耳塞いでも無駄だってー。
「えっと、あの‥‥しっかり‥‥気を確かに持って下さい‥‥」
ゆさゆさ。有珠が揺さぶってみるが、拓那は潰されたカエル状態で大の字に寝っ転がったまま、ピクリとも動かない。
普段、色々と精力的に活動している反動なのだろうか。でも、良いんだよ。頑張らなくて良いんだ。そう、たまにはこうして、ぐーたらな怠惰無気力人間になったって良いじゃないか、あははははー。
――だめだコイツ、早く何とかしなくちゃ‥‥!
しかし何とかしたくても、既にその時カエルの声による誘惑の魔の手は仲間達にも容赦なく忍び寄っていた。
「ん‥‥なんかすごい状態になってる‥‥とりあえず、キメラ排除しないと‥‥」
カエルの声に精一杯抵抗し、由羅と共に退治にかかろうとしたエレシア・ハートネス(
gc3040)の背後から忍び寄る、怪しい影。
むにゅっ。
「ハラショー‥‥」
エレシアのやたら発育が良すぎる胸をひと揉みし、ぽつりと呟く。その正体は咲良だった。
カエルの声に抵抗する気は欠片もない。真っ先に内なる衝動に身を任せ、普段は抑圧されている内面の欲望を‥‥え、抑圧されてない? 普段と一緒?
そんな訳で己の欲望に忠実な咲良さんは、見ず知らずの通行人も仕事仲間の女の子も一切区別せず、平等かつ公平に、むにゅっと一回揉み揉み。それが自分よりも大きければ、先程の一言がぽろりと漏れる。だが一回揉めば、もうそれで満足し、他には何もせずに次なる標的へ。ひとつの感触を堪能するよりも、色んな感触を楽しみたいのだ。いざ、おっぱい百人斬り!
「‥‥こ、これは恐ろしい能力ですね‥‥」
嬉々としておっぱいを揉み続ける咲良の姿を呆然と眺めながら、由羅が呟く。勿論、自身もしっかりと揉まれた訳だが‥‥今はそんな事よりも。
(色即是空、色即是空‥‥た、耐えるのよ由羅! こんな能力にかかった姿を人前に晒す訳にはいかない)
うっかりカエルの声が聞こえる範囲に踏み込んでしまった由羅は、全身全霊で抵抗を試みていた。
何しろ普段は常に厳しくあれと自分に言い聞かせ、凛とした雰囲気のクールなキャラで通しているのだ。それが実は無類のカワイイモノスキーだったなんて、そんな。
「ん‥‥結構いっぱいいるみたいだね‥‥」
由羅と組んでカエルの駆除に当たるエレシアは、隣で思いっきり挙動不審になっている年上の友人の様子を気にしつつ、声の主を探して歩く。なるべく早くキメラを倒して、うずうずそわそわしながら必死に抵抗している由羅を楽にしてあげようと必死だった。それに――
「ん‥‥これ以上このままだと街の機能に影響でるかも‥‥?」
いや、それはもう既に。何しろまともに機能しているのは、自動制御の信号機くらいなものだし。
そして商店街に足を踏み入れた時、カエルの声は最高潮に達していた。
二人の目の前にあるピンク色に染まったショーウィンドウには、可愛らしいぬいぐるみや人形、レースやフリルをふんだんに使ったドレスやワンピースが所狭しと飾られている。
うずうず、そわそわ‥‥由羅はその店に駆け込みたい衝動を鋼の意思で抑えつつ、顔は真っ青、額には脂汗。
「ん‥‥由羅‥‥大丈夫‥‥?」
エレシアが心配そうにその顔を覗き込んだ、その時――
「だ‥‥だい、じょう‥‥」
‥‥ぶ、じゃない! もう限界!
「あぁもう可愛いい!」
だっきゅうぅーっ!
鋼の意思、粉砕! そして思いっきり抱き締められたエレシアのタフな精神も、この一撃で一気に砕け散った!
「お姉ちゃ〜ん♪」
ほやゃ〜ん。幼い頃に誰かに甘えた経験がなかったエレシアの隠された願望。それは他人に思い切り甘える事だった。仲の良いお姉さんに対しては尚更その思いが強いのだ。
「お姉ちゃん、綺麗だね〜♪ お姉ちゃんは私の事好き〜?」
「もぉ、大好きよぉ〜!」
メロメロです。由羅はそのままエレシアの手を引き、店の中へ。
「こんな服なんてどう?」
「わぁ、可愛ぃ〜♪」
エレシアに可愛い服を勧めてみたり、ぬいぐるみを抱き締めてみたり。
「楽しい? 甘えてもいいのよ?」
「うん、楽しいよ〜♪ お姉ちゃん大好きぃ〜♪」
すりすり、ほわほわ。
そして店の入口に貼り付いて鳴き続けるピンクのカエル。だが、幸せな二人がその存在に気付く事は‥‥なかった。
一方こちらは道の真ん中で潰された大きなカエル(拓那)や、通りかかる弾け過ぎちゃった人達を何とか元に戻そうと奮闘中の有珠。
「えっと、皆さん。心を強く持って‥‥とりあえず、服を着ていただけないでしょうか‥‥?」
真っ赤な顔を背けつつ、消え入る様な声で言われても説得力は今ひとつ。しかし、花も恥じらう清純な乙女(推定)に、そんなモノが正視できる筈もなかった。
「‥‥この蛙はキメラなので‥‥近づかないようにしていただけないでしょうか?」
そう、元凶はこのカエル。これさえ片付ければ、皆正気に戻ってくれる筈だ。
内なる衝動に抗いつつ箒とちりとりを取り出して、近くにいたピンクのカエルを防音効果の高そうなゴミ箱に叩き込み、蓋を閉める。
「聞こえなければ無意味‥‥だと思うのですが‥‥」
いや、だから。聞こえなくてもダメなんだってばさ。
これで安心と気を抜いた所に、脳髄に直接響いたカエルの誘惑。有珠は全てを放り出し、豹変した。
「‥‥体が立派でも、‥‥粗末ですね」
ふっ。鼻で笑い、見てはイケナイ所をガン見しつつ吐き捨てる。
「恥をさらしているより、引きこもってるほうがお似合いですよ」
痛恨の一撃を受けた相手の口から、何かが抜け出るのが見えた気がする。しかし、有珠はお構いなし。普段は心の中でひっそり思っていても、決して口には出さないアレコレを衝動の赴くままに喋り続ける。しかも、とびきりの笑顔で。
「‥‥とりあえず、鏡を見て、よく考えて、分相応な人間を探すことです。しつこいと‥‥ねじ切りますよ」
ナンパ野郎にはそう言って微笑みかけ、言い寄る同性には‥‥
「あら、男性に相手されないからって同性を相手にする人ですか? そこのナンパ男どもにすら相手にされない段階で、自分の価値を理解しましょうね」
にっこり。
そんな仲間達に、日下アオカ(
gc7294)は冷ややかな眼差しを向けていた。
彼女の願望は抑えられてなどいない。演奏家として、そして能力者として、その実力と活躍をより多くの人に知って貰い、父親を超える。その為に出来る事は全て、常日頃から遠慮なくやりまくっている。
だから、カエルの声などに惑わされる事はない‥‥らしい。それでも何だかツンツンイライラ、不機嫌になっているのは何故だろう。
「アオは不機嫌なんかじゃありませんの!」
「うん、そうだよね! アオはいつだって、しぃの天使!」
そう叫んで、ますます冷ややかな視線を浴びせられたのは星和 シノン(
gc7315)。常日頃から愛で世界を満たしたいと願う彼は、ここぞとばかりにその想いを溢れさせていた。
「君のその空を閉じ込めたような瞳を見つめると、愛を囁かずにはいられない。だって愛してるんだもん!」
「いやいや、そこの青い春の貴方」
その顔面にアオカからの鉄拳が飛ぶ前に、毒舌執事風味の月居ヤエル(
gc7173)が割って入った。
「お譲さまに何いってやがるんですか、一昨日きやがれですよ」
にっこり。
「アオはしぃの嫁!」
きりっ! しかし、次の瞬間には!
ばちぃーん! アオカの容赦ない平手打ちが飛んだ! 本日、従来比200%で手が早くなっているのは、きっとカエルの歌のせい。
しかし、そんなキツイお仕置きも甘んじて受ける! そう、しぃは愛の奴隷!
「だけど、ヤエルも愛してる!」
ところが、あっという間に掌と踵を返し、今度はヤエルに迫る! 迫られたヤエルもどこぞの悪代官風に受けて立った!
「そうか、愛い奴よのぅ。よしよし‥‥ほれ、もそっと近う寄れ」
「だけど、しぃの愛はもっと大きいんだ。僕は世界の中心で、皆に愛を叫びたい!」
「世界の中心、それはこのワタクシ!」
「君が望むなら、僕はヘルゼンにだってなれるよ。それともアンデレが良い?」
「愛、それは気高く! そして薔薇は美しく散るのが定め!」
「愛! 愛! あ〜い〜!」
突如始まった愛のデュエットに、アオカはこめかみをピクピクと震わせて‥‥一言。
「ヤエちゃん。そのように演劇がやりたいのであれば、ご自身で劇団でも立ち上げなさればよろしいのですわ」
ツンツン。精一杯尖った声でヤエルに言う。しかしヤエルは気にしなかった。
「うむ、それは天晴な策じゃ! 褒めてとらすぞ!」
今度は謎の戦国武将になりきり、鉄扇を振りかざす。
「では共に、いざ参る!」
「アオは協力はいたしませんの」
「えぇ〜、ご一緒じゃないんですかぁ、ご主人様ぁ〜」
今度はどじっ子メイドか。しかしアオカはつれなくあしらい、今度は標的をシノンへ。
「そのような大きな愛を語るなら、人を容れても溢れない大きな器を持ちなさないな」
「わかった、それなら見せてあげるね」
にっこり笑うと、シノンはそれぞれ思いのままに弾けている通行人にアタックを始めた。
「愛してる!」
次から次へと、目に付いた人に声を掛け、老若男女誰彼構わず愛を囁く。節操なし? いいえ、これは愛なのです。みんな愛おしく思えてしまうのです。それに、全部キメラのせいだもん。仕方ないよね?
それを受けて、ヤエルはヤンデレ風、昼ドラ風、謎の家政婦風、冴えない刑事風など、色々と役割を変えながらツッコミを入れて行く。
傭兵になってからというもの、役者として舞台に上がる事をしていなかった。しかし、役者を辞めた訳ではないし、辞めたいと思った事もない。その抑えに抑えた『思う存分、お芝居がしたい』という衝動を解き放たれ、ヤエルは今最高に充実した時を満喫していた。
そんな二人を見て、アオカはますます不機嫌に。内なる衝動に駆られた二人は生き生きと楽しそうに見えた。自分も彼等と同じ様に、自分の思い通りにしているのに‥‥どうしてこんなにイラつくのだろう。
それに、シノンに言った器という言葉が、自分にもぐさりと突き刺さる。『人はそれだけの器しか持ちえず、一人では決して多くは救えない』とは、父の言葉だった。
「そんなこと、誰が決めましたの?」
何事もやってみなければわからない。
「アオはアオのやり方で。お父様なんかすぐに越えてみせますわ」
救ってやる。まずはこの狂気に走る人々を‥‥自分の歌で。アオカは醜態を晒す通行人に、ひまわりの歌を歌った。
「今なにをなさろうとしたか、覚えておいでですか?」
半眼で見つめられ、相手は‥‥逃げた。そりゃもう一目散、飛ぶが如くに。
どうやら記憶はしっかり保持しているらしい。うーん、それは残念‥‥?
「こんな美味しい、いやいやいや、碌でもない状況に陥れるカエル、許すまじ、だね」
アオカの歌で正気を取り戻し、のっそり起き上がった拓那は周囲をきょろきょろ‥‥カエル発見。
「また洗脳される前にカタをつけよう」
超機械の射程まで近付き、ガツンと一発。あっちにも、こっちにも‥‥見つけ次第、速攻退治。もう二度とあんな良い気分‥‥いやいや、誘惑には負けるものか。
だがしかし、今度は別方面からの誘惑が! あられもない姿の奇麗なお姉さんが、しなだれかかって来た!
「ぁ、ぅ、ゎ‥‥っ」
どうしよう。とりあえず自分の着てる物を脱いで、お姉さんに羽織らせて‥‥いや、脱いだのは別に下心がある訳じゃ! 肩を貸してその場を離れたのは、現場から引き離す為で!
とにかく、このままでは別の意味で危ない。早くカエルを片付けないと!
その傍らでは、同じく正気を取り戻したヤエルがカエルをぶちのめし‥‥
「討ちとったー!!」
‥‥あれ? まだ余韻残ってる?
どうでもいいけど、ヤエルとカエルって似て(げふ
やがて、どうにかカエルを片付け、皆が正気に戻った頃‥‥有珠はあちこちで必死で頭を下げて回っていた。
「あ‥‥えっと、すみませんすみません。あ、あれはキメラの悪影響で‥‥すみません‥‥」
そしてガックリと項垂れた由羅。
「私とした事が‥‥まだまだ修行が足りませんね」
しかし、何気なく差し出されたエレシアの手を握り返すと、その顔には自然と柔らかな笑みが広がっていった。
(でも‥‥この娘にとっては嬉しい出来事だったのかな?)
それなら、良いか。散々散らかした店の物はキメラのせいという事で大目に見て貰ったし。
「世界中のみんな愛で一杯になれば平和な世の中になるのになぁ‥‥」
日頃から考えているそんな言葉を呟きながらシノンが向けた視線の先には、愛を語る女の姿があった。
「諸君、私はおっぱいが好きだ! 諸君、私はおっぱいが大好きだ!」
大事な事だから二回言っちゃうよ!
「二次元で、依頼で、大規模作戦で、日常で、この地上に溢れるありとあらゆる女の子のおっぱいが大好きだ!!」
自慢の喉を披露する警察官の手から無線をひったくり、何故かキリッとした顔で大げさに身振り手振りをしながら演説をぶち上げる咲良!
‥‥誰か、手遅れになる前に回収してあげて下さい。