●リプレイ本文
依頼人の男は、この件に余程の思い入れがあるのだろう。
現場へ向かう傭兵達を見送る為に、当日もわざわざ本部まで出向いていた。
「おっさん、踏ん張りな。あんたがあいつの『家族』であるならな」
深々と頭を下げる依頼人に、御門 砕斗(
gb1876)が声をかけた。
虚無なんて、あんな意味のないもの知った事じゃないが、自分もかつて、目の前で家族を喪うという虚無に叩き落された経験がある。そこから這い上がれたのは、祖父母や恋人という身近な存在が支えてくれたお陰だ。
だから――踏ん張れ。取り戻したいなら、踏ん張れ。家族が踏ん張るなら、きっと。
(同情?)
ふと心に湧いたその言葉に、砕斗は首を振る。
(何だそりゃ。あいつと俺は別もんだろうに)
そんなもんじゃない。一緒にするな。
「虚無を気どんなよ」
誰にともなく、ぽつりと呟いた。
(父親の願いか‥‥父親とは、皆このように不器用なものなのか‥‥?)
依頼人の姿を遠目に見ながら、赤木・総一郎(
gc0803)は自分の父の事を思い出していた。
いや、思い出すと言っても‥‥その記憶は曖昧だった。厳格だった事以外に印象はなく、愛情らしいものを感じた記憶は無い。親類には優しかった者も居るが、総じて厳格な人物が多く、家族とはそういうものだと認識している。
だが、もしかしたら‥‥自分の父もただ厳格なだけの人物ではなかったのかもしれない。父もこの人のように考えていたのだろうか。確かめることは出来ないし、写真で見る父とは似ていないけれど。
不器用故に上手く伝えられず、伝わらないまま距離が開き‥‥伝えたいと願った時には、もう声も届かない。
いや、この父子はまだ大丈夫だ。まだ声は届く。届けてやりたい。
そして、辿り着いた現場では。
町を見下ろす高台に立って、今給黎 伽織(
gb5215)が周辺の地図を広げた。
「体高2mあって、白昼堂々と暴れてるってことだから、すぐ見つかるとは思うけど‥‥」
暴れている音や建物の破壊痕、火炎なども目印になりそうだ。
――と。町の中心部から白煙が上がっているのが見えた。
「あぁ‥‥これは拙い。被害が大きくなる前に行きましょう」
パチン。
音を立てて扇子を閉じると、水雲 紫(
gb0709)は仲間達に向き直った。
「ヌル‥‥いえ、ナルでしたか。そちらは任せます。今は、キメラの方を優先しますので」
既にキメラによる攻撃が始まっているのだろう。急がなければ。紫は煙の上がっている方角に向け、全力で走る。
「まあ、今はこっちが先だな」
Nullの事も気にはなるが、まずはキメラの襲撃から町を守るのが先決だ。砕斗はAU−KVのバイク形態で先行、他に被害を出しているキメラがいないか探しに行った。
『私達も行きましょう』
レイ・ニア(
gc6805)が紙に書いた文字を見せる。喋れない訳ではないが、話さない。声を出さない。あの日からずっと、守り続けている事。
「Null‥‥レイモンド‥‥なるほど‥‥第一楽章、ということかね‥‥ククク」
少し狂気じみた笑みを浮かべ、黒崎 裂羅(
gc1649)は愛用の斧の刃を指先でそっと撫でる。今日もまた、この刃をキメラの血で染め上げてやろう。
だが、物語はまだ始まったばかり。今必要なのは、ほんの少しの手がかりと‥‥この町を守る事。それがきっと第二楽章に、そして更に先へと繋がって行く筈だ。
先行した紫、そして砕斗を追い、伽織、レイ、裂羅の三人も町の中へ。
「では、こちらも行きますか♪」
軽い調子で声をかけ、ジョシュア・キルストン(
gc4215)が歩き出す‥‥いや、歩いてる場合じゃないか。走るのは面倒だが、既に戦闘は始まっている。のんびり構えている暇はなかった。
ジョシュアと天宮(
gb4665)、総一郎はNullの担当だ。恐らくNullはキメラ達と共にいるのだろう。暫くはキメラ班と行動を共にする事になりそうだった。
『広い道、広場』
レイが走り書きのメモを見せた。急いでいる時には、そう丁寧な文章は書いていられない。
あの煙が上がってる場所に全部纏めているならば面倒がなくて良いのだが、バラバラに侵攻している事も考えられる。その場合、身体が大きなキメラならきっと広い場所にいる筈だ。
大通りはキメラの攻撃から逃れようとする人や車で溢れ返っていた。傭兵達はそれを掻き分ける様に、流れに逆らって走る。
その途中、先行した砕斗からキメラ発見の無線が入った。数は5体。既に紫が戦っていた。
場所は町の中心部、最初に煙が見えたのと同じ場所だ。
「急ぎましょう」
Nullもそこに居てくれると面倒がなくて良いのだが。
天宮はAU−KVのエンジンに繋いだアナライザーの動作を確かめると、歩を早めた。
「発見。さぁ、私と舞いません?」
紫はいきなり5体のキメラと対峙する事になった。仁王咆哮で注意を引けるのは3体までだが‥‥
「‥‥どうしました? あなたの相手は‥‥こっちでしょう?」
まず一回、そして二回目。
「私から目を逸らすのはいけませんね‥‥死にますよ」
全てのキメラが破壊活動を中断し、紫に向き直った。このまま孤立無援なら自分の方が死ねそうだが、紫は動じない。自らの周囲に黒い蝶を舞わせ、殺意を向けながら、尚も誘う。
「さぁ、鬼さんこちらですよ?」
手近な相手に切り掛かり、後退。建物から引き離し、なるべく被害の少ない場所へ。
視界の隅には、逃げ遅れた一般人の救助に当たる砕斗の姿を捉えていた。
「わりぃ、そういう目に会うのは面倒なんでな」
そう言っている声が聞こえる。まだ、もっと‥‥彼等から引き離さなさなければ。広場の真ん中まで。
「ここならいいでしょう。さ、どうしました? 怖いのですか?」
紫の挑発に、5体のキメラは一斉に大きく口を開けた。その奥に、真っ赤な炎が見える。このまま5発全部を一度に喰らったら、流石にちょっと拙い事になるかもしれない。が、紫は動かなかった。
「‥‥どうしました?」
覚悟を決め、仁王立ち。
――と、その時。一発の弾丸がキメラの頭を撃ち抜いた。
「お前の相手はこっちだぜ」
救助を終えた砕斗は自動拳銃を収めるとAU−KVをアーマー形態に。仁王立ちした紫の前に迅雷で回り込むと、左腕に装着した籠手を前にかざし防御の姿勢をとる。
だが、残る4体も炎弾を吐く事は出来なかった。
目の前に飛び出した裂羅の斧の一撃が喉を裂き、伽織の真デヴァステイターによる制圧射撃が行動を阻害する。そこに、レイが飛び上がって目に細剣を突き立てた。そして最後の一頭は‥‥
「あぁ、足元が御留守ですね」
紫が四肢挫きで動きを止める。これで5対5。タイマン勝負だ。
「だめですよ、余所見は」
黒死蝶の舞いは続く。だが、先程までの挑発的な攻撃とは違い、今度は防御を中心に受けて捌くことに重点を置く戦法に切り替えていた。1対1なら、無茶はせずに確実に倒す。
「あなた如きに、私の命を消す事は出来ないようですね。役者不足ですよ」
「さて、と。本気出そうか?」
砕斗は迅雷で加速を付けた勢いのまま、爪の攻撃を篭手で受け流し、駆け抜けざまに抜刀術で尻尾を斬り落とす。
相手に隙が出来たと見るや、再び刀を鞘に納め、迅雷で一気に距離を詰め、刹那を乗せた居合い斬りを見舞った。
「‥‥刹雷の如くっと――Auf Wiedersehen」
「ククク‥‥さぁ愚かで美しい戯曲を奏でようではないか‥‥」
死神の如き笑みを湛えながら、裂羅は味方の最前列に立った。
「愚かな子羊よ‥‥どんな死をお望みかなぁ? ヒャハハハハハァ!」
その姿を見、声を聞く限りは完全にイッちゃってるアブナイ人だが、実際の行動は至って正常と言うか‥‥きちんと考え、計算されていた。
単独行動はせず、仲間と連携を。急所を狙い、容赦のない攻撃を叩き込むのも、戦闘が長引いて被害が広がる事を防ぐ為だ。町や一般人への被害を極力なくす事が、彼の目的だった。
無差別な破壊は美しくない。命のやり取りは、自ら血を流してこそ美しい。
「殺戮はさせん‥‥貴様ら『美』を汚すものに『殺戮』を行う資格などない‥‥クク」
びしゃり。斧の刃に纏い付く赤い血潮を振り払う。
「クク‥‥ヒャハハハハハァ!」
(Null‥‥か。空っぽだなんて、誰からそんな名前をもらったんだろうね)
キメラと対峙しつつ、伽織は姿の見えないNullの事を考えてみる。
(帰る約束‥‥何処で誰と‥‥、だろうね。脳に損傷を負ってもなお、記憶に刻まれた約束。そこまで深い絆の相手とは一体‥‥?)
大きく口を開けたキメラの口中に二連射を撃ち込み、ダメージを与えると共に炎弾を阻止。
それにしても、Nullは何処にいるのだろう。探査の眼で探してはいるのだが――
町も人も、傷つけさせない。
レイは出来るだけキメラの近くに位置を取り、その注意を引き付ける。自身障壁で強化すれば少しくらいの攻撃は耐えられるし、弾き落としのスキルもある。
とにかく、レイモンドには‥‥彼が率いるキメラにも、何も傷つけさせない。守ってきた物を自分で壊すのは辛いから。彼が何を守ってきたのか、それはわからないけれど。
出来れば訊いてみたい。彼の思いを。彼が何の為に戦っていたのかを。
その時、戦場と化した広場の一角にふらりと現れた人影があった。
一般人だろうか。いや‥‥遠目ではよく見えないが、腰に剣を帯びている様だ。そして、遠くからでもわかる――威圧感。
ピーピーピー!
レイが呼笛を3回鳴らす。Null発見の合図だ。
駆け寄りたい。近付いて、話しかけてみたい。けれど、目の前のキメラはまだ片付かない。これを放って行く訳には‥‥
「レイモンドさん、Null、どっちでも良いから答えて!」
次の瞬間、レイは叫んでいた。
「どうして、何の為にここへ来たの? 何を探しているの?」
声を、出している。叫んでいる。出してはいけない声。兄を失う原因となった、自分の声。
だが、その時には自分が声を出している事に気付かなかった。戦う事に夢中で、そして、どうしても答えを知りたくて。
しかし、答えはなかった。
「こんにちは、いい天気ですねぇ」
ジョシュアが緊迫した空気をぶちこわす様な、のんびりとした声をかけても黙ったまま。その代わり、襲って来るそぶりも見せてはいなかった。
「初めまして。お会いできて光栄ですよ」
天宮はアナライザーを起動させる。
「できれば、お話しできればいいのですが」
解析可能な距離まで近付き、手元の画像データと照合。ほぼ一致。肉眼で見ても、恐らく本人に間違いないと思われた。
写真を撮り、アナライザーを録音モードに変える。
「‥‥君の父親を名乗る人物から、君の正体を確かめるよう依頼された」
総一郎が話しかけてみるが、父親の事を持ち出しても反応する様子はなかった。
「少しでも何か喋ってくれると有り難いんですけどねぇ」
ジョシュアが天を仰ぐ。
「君は、自分の過去を知りたくないか? 君は‥‥レイモンド、だろう?」
「‥‥Null」
総一郎の再度の問いかけに‥‥ぽつり、小さく掠れた声が零れた。しかし、それ以上の反応はない。
「ちょっと、失礼」
ジョシュアは足下の小石を拾い、Nullに投げつけてみた。
バグアにせよ洗脳されているにせよ、ここで倒すつもりはないが‥‥確認しておく必要はある。
小石が当たった瞬間、Nullの身体がうっすらと膜の様なもので覆われる。FFだ。
「でも‥‥バグアか、そうでないかは、それで判別できるけど‥‥強化人間とヨリシロは、どうしたら分かるかな」
端で見ていた伽織が呟いた。
「流暢に会話できるなら、恐らくヨリシロだろうけど‥‥」
これはどうなのか。
しかし、のんびり考えている暇はなかった。今の小石が彼の戦闘モードのスイッチを入れてしまったらしい。
「‥‥聞き入れてはくれないか」
仕方がない、戦うしかない様だ。総一郎は仁王咆哮でNullの注意を引き、その意識を三人に集中させた。キメラとの戦いで疲弊している仲間に向かって行かれては堪らない。
「色々気になる事はありますが‥‥お相手しましょう」
ジョシュアは細身の剣を抜く。
「さてと‥‥参りますよ‥‥できれば、生け捕りがベストですが‥‥」
天宮は大鎌を構え、総一郎は盾を構える。
先に仕掛けたのはジョシュアだった。疾風を常に発動させ、迅雷で接近と離脱を繰り返し、Nullの周囲を動き周る。時々剣で斬り付けてみるが、Nullは避けるそぶりさえ見せなかった。肩から血飛沫が散っても顔色ひとつ変えない。
「痛覚が無い‥‥? 厄介ですね‥‥」
その動きをじっと観察していた天宮が呟く。見ていると付け入る隙はいくらでもありそうだが、その後に来る攻撃が半端な威力ではなかった。
自分の腕が斬られるのも構わず、寧ろ相手に斬らせて懐に誘い込み、至近距離で力を爆発させる。勿論痛みを感じないだけでダメージは受けているから、それを繰り返せば消耗からの自滅に追い込む事も出来るだろう。
だが、こちらにそれを待つ余裕がない。
「いけませんねぇ。剣は闇雲に振り回せば良いという物ではないのですよ?」
ジョシュアが軽口を叩いてみるが、無論そうではなかった。手数が多い上に一撃の威力が半端ないその攻撃に回避が間に合わず、総一郎の盾にどうにか守られる事が何度か‥‥しかし、それさえも次第に厳しくなってくる。
これは撤退かと天宮が思い始めた、その時。
突然、Nullが剣を引いた。何か指示でも受けたのか。それともこの瞬間にキメラが全て倒されたせいか。
最後の一撃で全員を吹き飛ばし、走り去る。
「逃げるのなら逃げなさい。また来るのなら、またお相手してあげましょう♪」
ジョシュアがメゲずに軽口を叩く。
裏があるなら泳がせておくのも手だ。それに依頼は本人の確認であり抹殺ではない‥‥と、地面にへたり込んだまま力のない声で言われても説得力はアレだが。
「帰る約束を果たせたんだね? その大切な相手‥‥今度紹介してくれないかな?」
伽織が声をかけるが‥‥本当にそうなのだろうか? 彼は帰れたのか? 帰る場所を見つけたのだろうか?
「とにかく、サンプルは採れたか」
総一郎の盾にもジョシュアの剣にも、Nullの血液が付着していた。持ち帰って調べれば、更に詳しい事がわかるかもしれない。
「帰るか‥‥おっさんに報告しないとな」
この結果をどう見るか。助けたいならそれでいいし、諦めるならそれでいい。
だが帰る前にまだ少し、やる事が残っていた。
瓦礫の片付けに消火活動、それに怪我人がいるなら救助活動も。
それに、レイはNullに関する聞き込みも‥‥筆談で。さっきは咄嗟に声を出してしまったけれど‥‥それでも、何も悪い事は起きなかったけれど。
結局、この町とNullは何の関わりもない事がわかった。
しかし、それだけでも何かの参考にはなる‥‥だろうか。
いずれにしろ、彼との関わりはまだ始まったばかり。
少しずつ紐解いていくとしよう。
手遅れになる前に。