●リプレイ本文
コイノボーリはまだ町の上を悠々と飛び回っているが、例の老夫婦はそんな事にはお構いなしでパーティの準備を進めていた。
そこに堂々と曾孫のふりをして紛れ込んだ能力者がひとり。
「じいちゃん、テーブルのセッティングはこれで良いかな?」
ニコラス・福山(
gc4423)はニコヤカに微笑むと、皿からオードブルをひょいぱく。
こんな時にはカワイイと得だ。本当は立派な大人で、しかも男。そかしそれを見破れる者はまずいない。
と、ニコラスは何かに気付いた様子でその視線を空に向ける。
鯉のぼりが動き始めた。残念、時間切れだ。
「じいちゃん、ばあちゃん‥‥ごめん!」
「ほぇ?」
「私は今まで、あなた方を騙していたのだ。実は、私は曾孫ではない。私はあの鯉のぼりのように、日本からはるばる空を泳いで来たうちの一人なのだ‥‥」
なんと! では、わしらの曾孫は月の使者!?
「何か別の昔話が混ざってる気がするけど、そういう事なのだ。だからもう行かなくちゃ‥‥じいちゃんばあちゃん達者でなっ!」
くるりと踵を返し、走り去るニコラス。
仲間達との合流‥‥間に合うと良いけど。
空には鯉達が波打つ様にひしめき合って浮かんでいた。
「これだけの数が揃うと壮観だけど‥‥」
「確かに‥‥壮大ですね」
これは呆れるべきなのか、それとも感心するべき所なのか。殺(
gc0726)とソウマ(
gc0505)は曖昧な表情で呟きを漏らす。
判断が難しい所だが、滅多に見られない光景には違いない。ソウマは機体に取り付けた特殊DVCのスイッチを入れた。これで一部始終を記録するのだ。きっと良いお土産になる。
「コイノボリ‥‥?」
「そう、鯉幟とは‥‥」
疑問の声を上げたルノア・アラバスター(
gb5133)に、ソウマは蘊蓄を披露し始めた。
だが、日本の事物に関する蘊蓄ではBEATRICE(
gc6758)も負けてはいない。
「鯉のぼり‥‥一年に一度鯉を媒体に‥‥龍を召喚して‥‥子供の健康を祈願する‥‥陰陽師の奥義と聞いた記憶がありますね‥‥」
それ、本当?
「日本には、不思議な、物が、あります、ね‥‥」
ルノアさん、信じちゃったけど。良いのだろうか。
そんな会話を交わしながら鯉達に近付くにつれ、次第に何か音楽の様なものが聞こえ始める。
「どこから聞えて来るんだ。この音、いや曲か」
何処かで聞き覚えがあると、殺が首を傾げる。その曲名を言い当てたのはルノアとBEATRICEだった。
「音‥‥ワルキューレの、騎行?」
「ワルキューレの騎行とは‥‥バグアの中にも趣味の良いのが居るようですね‥‥」
BEATRICEはちょっと嬉しくなるが、顔には出さない。仕事の最中は、緊張のあまり顔の筋肉を動かす余裕もなくなってしまうのだ。
「ゆっくりと聴いていたいところですが‥‥そうも行かないですね‥‥」
家に戻ってから、ゆっくりCDでも聴く事にしよう。
「見ているだけなら中々壮観ですねぇ」
とは言え、放置する訳にもいかないと望月 美汐(
gb6693)。
「ですが、いつまでも上空に居続けられるのも正直邪魔なんです」
それを受けて、ソウマが芝居がかった動作で大袈裟に肩を竦める。
「せめて派手は最後に飾らせてあげますよ。嬉しいでしょう? ‥‥答えは聞いてませんけどね」
と、その挑発が聞こえたのか、鯉の群れが小魚の群れの様にさっと動いた。今まで平面状に広がっていたものが、球状に。巨体の割に素早いその動きに一同が目を見張っている間に、大きな真鯉を奥さんと子供達が取り囲み、そこに吹き流しが巻き付いて‥‥巨大な鯉のぼりボールが完成した!
「‥‥真鯉が中心‥‥という事は、あれが統率しているみたいですね」
分析してみるソウマ。
バグアもまた突飛な物を作ったものだが、あんな物が町に落ちたら大変な事になる。さっさと片付けなければ‥‥ただし、落としても危険のない場所に誘導してから。
「昔はわしもこの時期にはこいのぼり怪人を作ったものぢゃが。なつかしいのぉ〜」
しみじみと呟いたDr.Q(
ga4475)は、外部スピーカーで自らの歌を流しながら、オイデオイデをする様に機体を左右に振ってみた。
「やねーよーり〜ふんふんふーん〜♪」
しかし、そんな事で鯉のぼりキメラが素直に誘導される筈もなく‥‥ちょっとした手伝いが必要だった。
「バグアは何をするかよくわからないな‥‥」
溜息をつきつつ、鯉のぼりとの距離を縮める追儺(
gc5241)。
「とりあえず、落とすか‥‥任務だしな‥‥にしても‥‥鯉のぼり狩りねぇ‥‥空の狩人と考えても締まらんな‥‥」
締まらない狩人は、余り気乗りのしない様子で射程ギリギリの所から長距離バルカンを連射。しかし球状に固まった鯉のぼりは、高速回転でそれを跳ね返した!
「この野郎‥‥っ!」
弾かれた弾薬がバラバラと下に落ちる。町に被害が出ない事を祈っておこう。
‥‥わかった。たかが鯉のぼりと思って舐めてた自分が悪かった。ならば、レーザーはどうだ。物理攻撃と違って、跳ね返せまい!
ビンゴ。しかし直撃を受けた外側の鯉が反撃に出るだけで、集団全体はなかなか動こうとしない。
それを見て、殺は一旦機体を上昇させ、その背後に回り込んだ。
目の前にミサイルで弾幕を張り、追い立てると、ボールはゆっくりと‥‥転がる様に動き出す。
「こっちじゃよ〜、迷子にならんよーにのぉ〜」
巨大な鯉のぼりボールを引き連れて、じいちゃんが海を目指してのんびり飛んで行く。壮大なオーケストラと呑気な鼻歌がミックスされたBGMに乗って、空を転がる鯉ボール。
「ひのふのみーの‥‥ん? いくつぢゃったかのー?」
鯉の数を数えてみる。しかし途中で何だかわからなくなって‥‥迷子が出ないか心配になった!
「きちんと群れを作らんといかんのぢゃよっ! ひとりぼっちは寂しいぢゃからなっ!」
大丈夫、逸れた子はいないから。
「‥‥ここなら撃墜しても町への被害はありませんね」
海上へ誘き出すと、ソウマは反転、愛機ウィズウォーカーの機首を鯉ボールへ向ける。
周辺を航行していた船には、ルノアが前もって避難を要請していた。落とした残骸は後で回収してもらえば良い。
「鯉型から竜型に変化したキメラもいますからね。油断せずに行きますよ」
「やはり‥‥鯉には龍が宿るのですね‥‥」
仲間達に向けて真面目に注意を促す美汐に、BEATRICEが我が意を得たりと頷いた。なんか違う、気もするけど。
「コイ‥‥」
ごっくん。唾を飲んだのはルノアか。
「ああ、じいちゃん鯉こくが欲しくなってきたのぢゃよっ!」
「こい‥‥こく‥‥」
鯉って、やっぱり食べられるんだ。
「食べられませんから、あれは」
すっぱりと言い放ち、美汐はなんか脱線しちゃった仲間達を元の軌道に戻す。
目標、真鯉。ターゲット、ロックオン‥‥出来ない。
「妻子を盾にするなんて、卑怯です!」
なんて言っても始まらないから、ここは仲間に道を開いて貰おう。
「道を開くぞ‥‥撃ちぬけぇ!」
愛機鬼払を駆って前に出た追儺が、ボールの中心に向けてロヴィアタルを射出。この威力なら跳ね返す事も出来まいと踏んだ通り、爆発に巻き込まれた鯉が剥がれ落ちると共に、ボールの回転が止まる。そこへクロスマシンガンとバルカンをこれでもかという程に撃ち込んだ。
その傷口を広げる様に殺が追い撃ちをかける。密集した鯉の間を透かして、真鯉の姿が見えた。
「駆け抜けるよ、ウィズ!」
ブーストをかけ、真っ先に突っ込んで行くソウマ。GooDLuckの効果なのか、それとも持ち前のキョウ運の故か、ソウマが何もしなくても、愛機が勝手に動いてくれる、ような気がする。ガトリング砲を連射しつつ行く手を塞ぐ鯉達の間をすり抜け、妨害をかわし、ミサイルで蹴散らし――気が付けば正面には真鯉の大きな口がポッカリと開いていた。
「‥‥ありがとう僕の『魔猫』」
信頼の微笑と共にコンソールを軽く撫で、攻撃開始。
「この美しき銀の弾幕、かわせるか?」
ふふり、と冷たい笑みを漏らし、発射。250発の小型ミサイルが真鯉の口に吸い込まれて行く。
そのすぐ後ろに続いた美汐。
「まずは様子見っと」
遠距離から軽く十式バルカンで牽制しつつ、AAMを撃ち込んで様子を見る。流石にその程度の攻撃ではビクともしない様だ。
「では頭を叩かせてもらいましょうか」
‥‥と、その前に。邪魔な取り巻きが寄って来た。
「近寄せたりはしませんよ!」
愛機メフィストフェレスの翼に取り付けた焔刃「鳳」で、巻き付こうとする鯉を切り裂く。難燃性の布で出来ている為、火属性の攻撃でもそう簡単には燃え上がらないのが少し残念だが、布切れだけに面白い様に良く切れる。
「邪魔、です‥‥」
ルノアは接近を避け、遠距離からの攻撃に徹していたが、美汐を取り囲む鯉に向けてK−02を全弾発射、殺と追儺による援護射撃も受けて脅威を排除した事を確認すると、再び真鯉へ向かった。
スラスターライフルとエネルギー集積砲を使い分け、リズム良く緩急をつけた射撃をかける。
そしてBEATRICEは愛機に付けたミサイルキャリアの名に恥じぬミサイルスキーっぷりを発揮していた。
ミサイル誘導システムをオン、パンテオンの100発に及ぶミサイルが白い尾を引きながら一点に向かって飛ぶ。
「この芸術的なミサイル弾道‥‥素敵ですね‥‥」
うっとり。しかし表情筋は動かない。あくまで心の中だけで頬を緩める。
仲間達の集中攻撃に曝された真鯉は身体のあちこちからヒューヒューと音を漏らしていた。先程まで大音量で威勢良く鳴り響いていたBGMも、何となく元気がない。ついでに音が歪み、音程もおかしくなっている様だ。
もしかしてこの真鯉、アンプやスピーカーの機能を持っていたのだろうか。
「意外と丈夫ですね‥‥でしたらもう一つサービスしますよ‥‥?」
BEATRICEはもう一組のミサイルをセット、発射ボタンに指をかける。
体勢を整え、距離を取り直した美汐も加わり、超限界稼働をオン。スラスターライフルを連射。
「リミットリリース、ガンバレルフルオープン! これでどうですか!」
そこへルノアがアグレッシヴ・ファングを付与した螺旋弾頭ミサイルを叩き込む。
ミサイルとライフルが同時に炸裂し、真鯉の腹に大きな穴が空いた。もう音楽は聞こえない。ひゅるるーんと哀しげな声を立てるだけだった。
さあ、もう一押し‥‥皆でボコろうか。
「あれ、真鯉は‥‥?」
遅れて駆けつけたニコラスの目の前で、残骸となった真鯉が静かに墜ちて行く。
まあ良いか、自分の役目は真鯉以外をボコボコにする事だ。間に合ったんだから、結果オーライ!
司令塔の真鯉が墜ちると、残った鯉達はたちまち統率を失い、右往左往し始めた。
「入り乱れる色とりどりの鯉‥‥これもなかなか幻想的ですね‥‥」
緋鯉に子鯉に吹き流し。BEATRICEは万華鏡の様に流れる模様に向けて長距離バルカンを撃ちまくる。
「ふむ‥‥同胞を置いて逃げ出すのは感心しませんね‥‥」
逃げ出すものにはホーミングミサイルもオマケだ。
「生憎ですが、逃がしはしませんよ」
てんでバラバラに動かれるのが一番困る。美汐は相手の移動を制限する様に、ミサイルとバルカンで弾幕を張った。それでも足りなければ、ブーストを使ってでも回り込んで阻止!
「さて‥‥花火を打ち上げるか‥‥盛大にな!」
まずはロヴィアタルを一気に射出、追儺はただでさえ混乱状態の鯉達を更なるカオスに追い込んだ。
めちゃくちゃに泳ぎ回る相手の一体一体に火力を集中し、確実に撃破。ヤケクソに絡み付こうとするものは十分引き付けた上で回避、同士討ちを狙う。それでもしつこい相手にはフィールド・コーティングを発動し、振り払いざまに攻撃を叩き込み、吹き飛ばした。
「しつっこいんだよ!」
どががががっ!
「アレ、何かに、使えない、でしょう、か‥‥」
一度高度を取ったルノアは、海に浮かんだ残骸を遥か下に眺めながら呟くと機首を反転、カオスのまっただ中に突っ込んで行く。その機動力で敵陣を掻きまわし、ブレス・ノウで先読みしながら移動先に弾を置く様に攻撃。既に傷ついているものは、その傷を更に広げる様に。
絡み付く敵にはブーストで急降下や急上昇、ロールを駆使して振り払い‥‥あれ、払えない。ますます絡み付いた!
「ん、無事か? って俺が心配するほどでも無いか」
殺はすれ違いざま、ルノアの機体に絡まった敵を翼で引っ掛けると、その勢いで引きちぎった。
翼に引っ掛けた残骸を囮に、殺は吹き流しを引き連れて飛ぶ。
「いいぞ、そのまま真直ぐついて来い!!」
八の字、錐揉み、急上昇に急下降‥‥そろそろ団子が出来上がった頃か?
「後の仕上げは、何とやら」
殺は空中変形からアグレッシブトルネードを使った機刀での三回攻撃を叩き込む。
「三枚下ろしっと、ん? 1回多かったか。それなら避けられないだろ」
あちこちで結び目を作った吹き流しの塊は、固まったまま墜ちて行く。斬らなくても墜ちた気がしないでもないけど、気にしない!
「そういえば曾孫達は元気ぢゃろうか、能力者になってから会っておらんからのぉ」
がんがんがんっ!
「ああ、ばあさんや。昼飯はまだかのぅ」
がとりんぐでがんがんがんっ!
「そういや太平洋戦争の時はなぁ‥‥」
長い長い人生話を語りながら‥‥そして、はたと何かに気付いたじいちゃん。
「じいちゃん、家に鎧を飾り忘れたのぢゃよっ! 玄孫たちが突然遊びにきたらどうしてくれるのぢゃっ!」
がんがんがんっ! 鯉に八つ当たり!
「実は本物の鯉のぼりを見たことがないんだが、実にデカいな。日本の家では皆こんなものを飾っているのか」
更にデカい真鯉の泳ぐ姿を間近で見られなかったのは残念だが。
ニコラスは4基のファランクス・アテナイから膨大な弾をばら撒くと、敵の中を縦横に飛び交いながらスラスターライフルで撃ち落として行く。絡み付く敵には鳳の刃を見舞い、焼き切り、落としていった。
そしてソウマのキョウ運は相変わらず‥‥
「‥‥計算通り」
ふっ。避けた鯉が偶然絡まるなんて、よくある事さ。
「もう大丈夫‥‥かな?」
上空を大きく旋回しながら、美汐が言った。鯉も吹き流しも、もう残ってはいない様だ。
後は撃墜地点を報告して、キチンと回収してして貰えば任務完了だ。多分再利用は出来ないだろう‥‥あれでも一応キメラだし。
「これをもとにして変なキメラとか出てきても困りますしね」
そして地上には、奇麗に晴れた空を見上げる老夫婦の姿があった。
「コイノボーリ姫はちゃんと仲間の所に帰れたかのぅ」
曾孫(偽)の安否を気遣う爺さんに、謎の声が答えた。
「大丈夫ぢゃ、ちゃーんと帰っとるよー」
それはちゃっかりパーティに紛れ込み、お茶と梅干でほっこりしているDr.Q。
「孫たちはめんこいのぉ」
そして、じじばば井戸端会議が花を開くのだった。