タイトル:【RAL】砂漠でお茶をマスター:STANZA

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/05/11 11:51

●オープニング本文


「‥‥よい、しょっと」
 気合いと共に、スラックスのファスナーが閉じられる。
「よし、ぴったり」
 退役前と同じサイズの軍服を着込み、アネット・阪崎(gz0423)は鏡の前で満足げに微笑んだ。
 ぴったりと言うには余りにも余裕がなさそうにも見えるが、それは気のせいだ。太った訳ではない。断じて、ない。
 服がきつくなったとすれば、それはこの数年で規格が変わったせいだろう。或いは納入する業者が変わったのか。
 同じサイズでも、メーカーによって寸法に差があるのはよくある事‥‥そう思う事にした。それ以外に何があるというのだ。
 女性士官は通常スカートを着用するものだが、アネットはあのスカスカでどうにも心許ない感じが気に入らず、入隊以来ずっとスラックスで通して来た。
「どうだい、昔と変わんないだろ?」
 アネットはチェストの上に飾ってある写真に向かって、片目を瞑って見せた。
 戦死が告げられた夫の遺体は、まだ還らない。葬儀も済ませ、墓も建てたが、そこに眠る者はいなかった。
 まだ、何処かで生きているかもしれない。
 既に「ヒト」ではなくなっていたとしても‥‥何処かで。
 どんな形でも良い、また、いつか逢える日の為に。
 その時に、開口一番「老けたな」などと言われない為に。
 太る訳にも、老け込む訳にもいかないと、アネットは心に決めていた。
「さて、と‥‥。じゃあ、行って来るよ」
 夫の面影を胸の奥に仕舞い、子供達の写真をパスケースに入れて尻のポケットに突っ込むと、アネットは自宅を後にした。


 今回のアフリカ行きは、名目上は「視察」という事になっている。
 現地の状況を鑑み、軍務に復帰する事が可能かどうかを見極める為の視察だ。しかし実のところ、アネットの復帰はもう殆ど決定していた。
 後はどのタイミングで、どの方面へ飛び込むか――それを決めるだけだ。
「ま、その為の準備運動みたいなモンかねぇ」
 この数日で、北アフリカにおける軍事拠点をいくつか回って来た。ピエトロ・バリウス要塞を手始めに各地を回り、そして今はアルジェリアのアドラール基地に滞在している。
 この近辺の砂漠には、まだバグアが残して行った野良キメラが唸っている、らしい。
「暫く休んでる間に体も頭も鈍っちまったし」
 アネットは椅子から立ち上がり、バキバキと体中の関節を鳴らす。
 前線を離れて6年以上。その当時とは人類側の兵器も戦術も‥‥また、人類が置かれた状況も様変わりしていた。
「なんたって‥‥こんなもんが出来るなんて思わなかったしねぇ」
 自分の左手の甲を、ちらりと見る。そこに埋め込まれている筈の金属は、彼女の引退当時には存在しなかったものだ。
 それを埋め込んだのは、つい最近。検査そのものは随分前に受け、適性がある事はわかっていたが、手術を受けたのは復帰を決意した後だった。よって、それを実戦で使った事は一度もない。
 能力者なら誰でも、特別な訓練などしなくても即戦力となれる。だからブランクは気にしなくて良い――そう説明され、納得もした。
 だが、そこは元軍人のアネット、戦いの専門家としての意地やらプライドやらが、あったりするのだ。戦うからには完璧に、万が一にも無様な姿を見せる訳にはいかない。士官として部隊の指揮を執るにしても、やはりある程度の慣れは必要だろう。
 本格的な戦闘に加わる前に、まずは準備運動が必要だった。
「それじゃ、まぁ‥‥散歩がてらに、ちょいとキメラ退治でもして来ましょうかね♪」
 だが、動くのはアネット自身ではなく――傭兵達だ。
 アネットは後方で彼等の戦いぶりを見学させて貰う。早い話が、見てるだけ。何があっても手は出さない。
「傭兵達のお手並み拝見といこうじゃないか」
 これまでずっと前線で戦いを続けて来た彼等からは、学ぶ事も多いだろう。アネットも情報収集は怠らなかったが、やはり文字や音だけの情報は、実体験を伴うそれとは量も質も違う。
「それにあたし、砂漠なんて初めてだし‥‥ねぇ」
 報告されているキメラは、カマキリの上半身にサソリの尾をくっつけた様なもの、らしい。それが、砂漠の砂に潜んで獲物を待ち構えていると聞いた。
 このご時世に砂漠の真ん中を好んで通る者もいないだろうが‥‥まあ、片付けておくに超した事はないだろう。
「そう言えば昔、砂漠でお茶を‥‥なんて歌があったっけね」
 鼻歌混じりにメロディを口ずさむ。
 終わったら、皆でお茶でも飲むとしようか。

●参加者一覧

リゼット・ランドルフ(ga5171
19歳・♀・FT
紫藤 文(ga9763
30歳・♂・JG
キア・ブロッサム(gb1240
20歳・♀・PN
グロウランス(gb6145
34歳・♂・GP
追儺(gc5241
24歳・♂・PN
ララ・スティレット(gc6703
16歳・♀・HA
七神 蒼也(gc6972
20歳・♂・CA
椿姫(gc7013
21歳・♀・GP

●リプレイ本文

「ほう、なかなか俺好みのご夫人だ。一途そうな部分も含めて」
 ここに来る前、依頼人アネット・阪崎(gz0423)のデータを眺めてそう呟いていたグロウランス(gb6145)は、その実物を前にして念入りなチェックを始めた。口説くつもりはないが、値踏みする位は良いだろう。
「‥‥ん?」
 その視線に気付いたのか、傭兵達と挨拶を交わし、軽く雑談をしていたアネットが顔を上げる。
 しかし、慌てず騒がず微笑を返すグロウランス。作り笑いならお手の物、本心を見透かされる事はまずない。
 その顔をじっと覗き込み、何を思ったのか「ふぅん?」と鼻を鳴らすと、アネットは作戦室に目を転じた。
「あと一人‥‥あ、いたいた」
 隅の方に一人、戦う前から満身創痍のお兄さんが。
「血の匂いでキメラを誘い出すのに丁度良いかと思って」
 その怪我人、紫藤文(ga9763)は軽いノリで怪我の重さを隠そうとしてみる。しかしそれは成功したとは言い難かった。
「あ、なんなら吊るし上げて囮になります?」
 椿姫(gc7013)が友人に向かってイイ笑顔で酷い事を言い放つが、勿論それは冗談だ。多分。
「では、そろそろ行きましょうか。『習うより慣れろ』と言いますし、聞くのと見るのとじゃ大きく違いますもんね」
 しっかり見ていて下さいと、アネットに声をかけて作戦室を後にした椿姫に、仲間達が続く。最後に残った文は――
「ん、見学するなら肩貸して貰っていいですか?」
「肩?」
「使える物は何でも使えってね」
「何言ってんの、肩貸す位でまともに動ける訳ないでしょ。‥‥ほら」
 アネットはそう言うと、くるりと背を向け腰を屈めた。
「早く乗る!」
「‥‥え!?」
 まさか、おんぶ!? いや、それはいくら何でも恥ずかしいと言うか何と言うか。
「あんたら全員無事に帰すのが、あたしの仕事だよ。嫌ならここで待ってるんだね」
「いや、それは‥‥」
 こんな状態でも出来る事があると思って参加したのだ。残る訳にはいかない。
「だったら、さっさと乗る!」
「‥‥はい」
 こんな姿、仲間達には見られたくない‥‥けれど。


「砂漠ですかっ。寒かったり暑かったり、傭兵の仕事は多彩ですねっ」
 ララ・スティレット(gc6703)は双眼鏡を片手に砂漠を見渡しながら、元気に歩いていた。元気印の猪タンクとは、本人の談。元気すぎて砂に足を取られて転んだりもするが、気にせず信じた道を突き進む。
「そろそろ、ですかっ」
 隣を歩くアネットに確認し、少しばかり声を潜める。砂丘の縁に身を隠し、その向こうを覗き込んだ。
「まずは索敵ですよー。頭隠してなんとやらを探しますっ」
 きょろきょろ、きょろきょろ。
 その前でキア・ブロッサム(gb1240)は銃にサプレッサーを取り付け、攻撃に備える。後方の二人、いや三人を守るのが彼女の仕事だ。特にララの歌を阻害されない様に。怪我人はアネットに背負われている分には大丈夫だろう。
 キアのガードの元、ララはバイブレーションセンサーを使う。風がある時は砂が動く振動まで捉えてしまうが、幸い今は殆ど無風状態。相手が僅かでも動いていれば、それを感じる事が出来る筈だ。
「この近くには、いないみたいですっ」
 じっと動かずに待ち伏せをしているのだろうか。
 目視による警戒を続けながら、一行は少しずつ砂漠の奥へと入って行った。
「腕でも見られているのか?」
 先頭を行く追儺(gc5241)は、ちらりと後方を振り返る。
「まぁ、俺らは俺らの仕事をするだけってか」
 ペアを組んだ七神蒼也(gc6972)が、少し肩を竦めながら言った。
「そうだな」
 追儺が答える。見られていようが何だろうが、いつも通りにやれる事をやる。それで十分。
 もう一方の前衛組、リゼット・ランドルフ(ga5171)と椿姫は、砂から出ているというキメラの鎌や触角を探していた。
「砂漠に潜むキメラですか。厄介ですけど、放置もできませんし」
「無風なのが幸いかな。視界が良くて助かる‥‥暑いけど」
 空気が乾いているせいか、汗はそれほどでもないが。
 そしてフリーランスで索敵に当たるグロウランスは、双眼鏡を――
「ふむ、健康的で良い腹筋だ」
 ‥‥何処に向けてんですか。
『き、きちんと敵を探してくださいグロウさん!』
『女の身体よりも敵の気配見ようぜ、オッサン』
 椿姫と文から殆ど同時に無線でツッコミが入る。
「何故ばれたし」
 それよりも、何故に椿姫の腹筋まで見えるのか。もしかしてその双眼鏡、透視モード付きですか?
 いや、ちゃんと真面目に敵も探してるし。
「‥‥ん?」
 ほら、見えた。砂とは僅かに質感の違う何かが、砂の下から飛び出している。しかしそれは、獲物が近付いて来るまで動くつもりはない様だ。
 ならば引きずり出してやろう。キアはグロウランスが指差した辺りの砂丘を狙い、銃弾を放った。
 微かな発射音と共に、遠くで砂が飛び散る。殆ど同時に、大きなカマ持ったカマキリの様な生き物が姿を現した。一匹、二匹‥‥ひとつの集団で十匹はいるだろうか。
「他にもいますっ」
 ララのセンサーに引っ掛かったのは、その三倍ほど。まだ地中に隠れているが、エサの位置を探る様に触覚を動かしている。
 だがそれが空振りだった事に気付くと、砂の中のキメラは動きを止め、飛び出したものも再び砂に潜ろうとする。

『また潜り始めました』
 無線から聞こえる文の声に、追儺が反応した。出来る事なら瞬天速でも使って一気に飛び込みたい所だが、途中の待ち伏せがあるかもしれない。それに、ペアを組んだ蒼也との距離は保ちたかった。
 追儺は振り下ろされるカマを素早く避けると、その根元を抱え込む様に組み付いた。関節からへし折ってやると、腕に力を込める。
「甲殻は堅くとも‥‥関節はそうはいかないだろうが!」
 確かに他に比べれば脆そうではあるが、腕の力だけで折れる程ではなかった。それでも普段なら、足を踏ん張る事で全身の力を腕に集中させる事も出来るのだが――生憎ここは砂漠。砂の足場はさらさらと脆く、踏ん張るほどに力が逃げて行く。その間にも頭上から迫る、もう一方のカマと尾の毒針。
 咄嗟に飛び退くと、今度はカマをかわした後で懐に飛び込み、手刀を叩き込んでみる。ぬるりとした感触と共に、肘の先まで簡単にメリ込んだ。
 ――いける。そのまま反撃の隙さえ与えず攻撃を続け、まずは一匹。
 距離を置いて戦場を見ている文からの無線で、次に狙うべき相手を決める。今度は邪魔な尻尾をねじ切ってやろうか。しかしキメラの体液で濡れた腕は、それを掴み損ねた。
「こいつを切れば良いんだな!」
 背後に回り込み、刀を突き立てたのは蒼也だった。力を込めて捩じ込み、切り落とす。
「‥‥悪い」
 フォローするつもりが逆にフォローされてしまったが、その為の相棒だ。この借りは、また別の機会に返せば良い。
『砂を滑り止めに使えば良いと思いますよ』
 文のアドバイスを受け、追儺は切り取られた尻尾を掴んで振りかざした。
「その毒‥‥面倒だからお前もくらってろ!」
 毒針を叩きつけたが、FFに阻まれる。そういえば。一匹ずつに時間を取られる訳にはいかないのだ。纏まっている所は二匹でも三匹でも纏めて、と。
 そして蒼也は盾で身を守りつつシールドスラムからスマッシュ‥‥と思ったが、カマの切れ味は意外に鋭い。受ける角度を考えないと、盾ごと両断されかねなかった。
「ったく、見分け難い色しやがって」
 砂と同化した様なキメラの体色に文句を言ってみる。足下を狙ってくるような攻撃は見えにくそうだ。カマの方はまだ見やすいが、下の方から来る尻尾には注意しなければ。
 しかし、片方に集中するともう片方が疎かになる。カマと尻尾を同時に使われれば、優先して避けるべきは麻痺毒のある尻尾の方だろう。
「……っ!」
 カマの攻撃が腕をかすめた。飛び散った血の匂いで、他のキメラがわらわらと寄って来る。
「ちっ、後から後から湧いて出やがって‥‥」
 ちょっとピンチ、かも。しかしそれでも下がらない。血の滴る腕を庇いつつ、蒼也は攻撃を続ける。自分の怪我を治す余裕などなかった。
 だが、窮地に陥った者を放っておく様な仲間達ではない。
 周囲の敵が、急に動きを鈍らせた様に見えた。キアが制圧射撃で援護してくれたのだ。そしてミスティックTによる援護をしながらの無線交信。
『今のうちに、下がって‥‥治療を』
「ま、無茶は程々にな」
 グロウランスは蒼也に練成治療を施しつつ、邪魔な敵を適当に片付ける。
「悪いな」
 礼を言って、蒼也は再び前線に飛び込んで行った。
 治療に手を取られている間も、キメラの攻撃は止まらない。他の者は文の指示に従い、その欠けた穴を埋める様に動く。
『速く細かく的確にな』
 その声に、椿姫は目を閉じて深呼吸をひとつ。顔を上げた時、その瞳は紅く輝いていた。
 疾風脚を使い、懐に飛び込む。腹が弱点である事は、先程の追儺の攻撃と無線連絡で把握していた。尻尾の攻撃をしゃがんで避け、その反動でカエルの様に跳ぶ。砂地では思った程の反動は得られなかったが、それでも両の拳を腹に叩き付けるには充分だった。
 長年の修業で培ったバランス感覚を活かして、砂の上でも自在に動き回る。その素早い動きでヒットアンドアウェイを繰り返し、相手の体勢を崩しつつ確実に落とす。
 一方のリゼットは壁として立ちはだかりつつ、押し寄せる敵を片っ端から葬って行った。鞭の様にしなる尻尾の動きには特に注意を払い、毒針に触れない様に太刀で受け流し、節目を絶つ。
「その尻尾、邪魔ですね」
 前にも同じ様な事を言った気がする。あれは尻尾ではなかったけれど。
 斬り落としてもまだ蠢いている尻尾には構わず、標的を腹へ。上段から振り下ろした太刀筋をなぞる様に下から切り返し、同じ傷を何度も抉った所に銃口を当て、一撃。内側から吹っ飛ばす。

 敵に対する個別の対応は順調に見えた。だが、最初は明確に分かれていた前衛と後衛の区別が、戦いが長引くに従って怪しくなって来る。もはや混戦と言って良い状態になっていた。
 こんな時には注意力の低下による見落としが出やすいと危惧したキアは、ララにセンサーの使用を要請した。
「まだいますっ! ‥‥あっちです!」
 センサーで方向を知る事は出来ないが、位置を変えて何度も使う事で大体の方角は掴める。
「ここじゃ声は届かない‥‥でも、やれる事はしますよっ!」
 ララは果敢にも文の前に立ち塞がり、スズランを構える。きっと皆が守ってくれるから、信じて耐えるのだ。
「おっと、そう急がず寄っていけ、安くしとくぞ?」
 ふらりと現れたのは、グロウランスだ。
「後衛なら与し易いとでも思ったか。ノーマルならそうだろう、だが」
 片頬だけに笑いを貼り付かせたまま、逆手に持った刀で攻撃を受け流す。
「残念な事に俺は例外さ」
 右手に持った扇嵐で竜巻を起こすと、舞い上がった砂がキメラの身体を包み込んだ。押し潰し、吹き飛ばし、砂に埋める。もう二度と砂から顔を出さない様に。
 そこへ追儺が瞬天速で駆けつけ、後退を促す。陣形が乱れたままでは危険だった。
 迅雷で飛び込んで来たリゼットも加勢に回る。
「心と体に砂を詰め、溺れるように沈みなさいっ」
 近付く敵をララが呪歌で縛り付け、殿に付いたキアが敵を退けつつじわじわと後退。そして体勢を立て直した所で、再び前進。それを何度か繰り返す。
「やれやれ、楽を出来そうに無いな」
 味方の疲労が増す程に回復役の出番が増える。グロウランスはボヤきながらも味方の間を駆け回り――
「陽はひまわりへ、陽光は癒し向日葵は咲き誇るっ」
 ララは精一杯、ひまわりの唄を。


 全ての敵を片付けて基地に戻った頃にはお茶の時間はとっくに過ぎていたが、それはそれ。
「『サクラ』砂漠でお茶しましょうー♪」
 サクラセットを取り出しながら、ララが元気に歌い出す。テーブルには仲間達が持参したお菓子が並び、そして中央にはバスケットに盛られた手作り感溢れるデーニッシュペストリーの山。
 だが、それを持って来た本人曰く。
「‥‥『買ってきた』かいが有りました、ね」
 キアさん、そんなわざわざバラさなくても。も。
 作り物のにこやかな笑顔を振りまく給仕がお茶やコーヒーを注いで回る。砂糖やミルクはゲストのお好みのままに、ただしごく一部にはこっそりと悪戯を仕掛けて。
「‥‥っ!?」
 口に入れた紅茶を吐き出したのは文だ。
「なに、ちょっとしたお礼さ」
 自分がフリーで散々走り回るハメになった班分けを提案した事に対しての。毒ではない。飲めない物でも、多分ない。ただ、美味いとは言い難いだけで。
「それで、感想は?」
 追儺がアネットに尋ね、それに続けてキアが呟く。
「こういう作戦‥‥単体戦力より‥‥全体のダメージコントロール、大事ですね‥‥」
 暗に自分への評価を期待しての事らしいが‥‥
「ん、良いチームだったよ。色んな個性が上手く機能して、見てる方も楽しかったし‥‥ま、ちょっとハラハラしたけどね」
 アネットは個人を評価の対象にする気はないらしい。
「ま、まぁ‥‥そういう見解も‥‥有ります、ね」
 一応褒められはしたのだが、それが個人的な評価と追加報酬に結びつかなかったのは残念無念。
 そこから先は、自由なお喋りの時間となった。
「アネットさん、もし良ければいつか組み手の相手させて下さい。私こう見えて武道有段者なんです」
「そうだね、覚醒アリで良いなら?」
 椿姫の誘いに、アネットは右手をひらひら。痺れが残ったその手には、力が入らないのだ。
 それを見て、蒼也が言った。
「そう言えば、小さいお子ちゃま抱えてんだってな。無茶だけはすんなよ? 両親共に死に別れなんて、人格形成に影を落としかねないしな」
「縁起でもないコト言うんじゃないよ、この子は!」
 ――べちんっ! デコピン喰らった!
「それに、まだ諦めちゃいないんだからね」
「ふむ、貴女の心を未だ繋ぎ止めて放さない男‥‥一度会ってみたかった物だよ」
 グロウランスが言った。いや、過去形にすべきではないのか。
 その向こうでは、リゼットと文が話し込んでいる。
「あれから3年も経つんですね」
「久しぶりの共闘か」
 あの時の依頼もしんどいものだったが。
「今回は怪我で肉体的にしんどかったしなぁ」
「少しは強くなったのか、疑問ですけど‥‥」
 いやいや、少しどころじゃないだろう。
「そういえば、昔、桃色の生食スライムを食べたことが‥‥あ、今日のゼリーは、普通のですよ? 大丈夫ですv」
 リゼットは冷えた桃ゼリーを差し出してみるが。
「‥‥あら?」
 力尽きた文は眠りに就く様に、静かに息を引き取り‥‥え、寝てるだけ?
「風邪ひかれても困りますからね。一応、友人ですし」
 そっと毛布をかけると、椿姫は温かいココアを手に窓の外を見上げる。
「わぁ‥‥星がすごく綺麗‥‥」
 いつの間にか日が沈んだ空には、満天の星が輝いていた。