●リプレイ本文
「あらあらと‥‥」
派手な物音と甲高い叫び声を聞いて、百地・悠季(
ga8270)はくすりと笑う。
五歳頃の男の子、それが双子ともなれば騒がしさは足し算ではなく掛け算になるほど。親であれば阿吽の呼吸でどうにかするだろうが、他人が預かる状況ならば‥‥
「手に負えなくなるのは明らかよねー」
なるほど、これは傭兵達にSOSが出る筈だ。
「あ‥‥ど、どうも、いらっしゃいま、こらーーーっ!」
昼食の用意をしていたのか、呼び鈴に応えて姿を現した依頼人セオドア・オーデン(gz0421)はエプロン姿。しかし怪獣達がまた何かしでかしたのだろう、挨拶もそこそこに台所へと走って行く。
その様子を見て、秘色(
ga8202)はカラカラと笑い声を上げた。
「空に加えて陸と海は‥‥ほんに元気じゃのう」
小さい頃はこれ位腕白でも良いだろう。
「あ、おばちゃん!」
聞き覚えのある声に、クーが飛び出して来た。妙齢の女性をおばちゃん呼ばわりするのも失礼な気がするが。
「おお、空も元気にしておったか?」
ぐりんぐりんと頭を撫でる。
(‥‥なるほど、あの子が空ですか)
嬉しそうに目を細めるクーを少し気がかりな様子で見つめているのは、辰巳空(
ga4698)。医師として、何か気になる事がある様だ。
しかし、そんな気がかりなど吹っ飛ばす勢いで駆け寄る怪獣二匹。
「おいしゃさんだー!」
「ちゅーしゃされる! にげろー!」
白衣を着て来たのが拙かったのだろうか。怪獣達は一目散に奥の部屋へ。そして取り残されたクーは、秘色にしがみついてぷるぷる震えていた。
「あぁ‥‥いや、大丈夫だよ。良い子にしていれば、しないから」
厳しいお目付役的な立場を演じるべく、最初は気難しい感じを演出しながら接する事には決めていたが、まさかのっけから逃げられるとは。
まあ良い、これで怪獣達も「このお兄さんの言う事には素直に従った方が良い」と認識してくれた事だろう。
「さて‥‥お昼がまだだったのね。待ってて、今作ってあげるから」
クーの頭を軽く撫で、悠季は友人であるクラリッサ・メディスン(
ga0853)を伴い台所へ。怪獣達に邪魔されてちっとも進まない昼食作りを手伝う事にした。
持参したスパケッティを茹でてカルボナーラ風に、後は何か付け合わせでもあれば。
「これは‥‥ポテトサラダを作る途中でしょうか?」
並んだ食材を見て尋ねたクラリッサに、セオドアが頷いた。
「では、続きは私が。セオドアさんは子供達のお相手をお願いしますわ」
その言葉に甘え、バタバタと走り去る後ろ姿を目で追いながら、クラリッサは小さく笑みを漏らす。気が付けば、我知らず自分の腹部にそっと手を添えていた。そこにはまだ、外から見て取れる変化はないけれど‥‥
「‥‥あの人との子供が授かったこの時期にちょうど良い依頼がありましたわね。将来の予行演習としてわたしとしても勉強させて頂きますわね」
もし男の子なら、こんな風に賑やかな毎日を過ごす事になるのだろうか。
「さて、ここはちゃんとお手本を見せてあげるかしらね」
悠季は友人のそんな様子に目を細めた。自身も年末には家族が増える予定だし、ここは二人共、将来に向けての肩慣らしのつもりで頑張ってみよう。
一方、こちらは居間。
(子ども、か‥‥いいな‥‥)
大勢の来客に興奮してはしゃぐ怪獣達を見て、朧幸乃(
ga3078)は素直にそう感じた。子供の笑い声が響く家は、何となくほっとする。
「‥‥天気も良いことですし‥‥」
洗濯でもしておこうかとセオドアに声をかけた。かつては親のいない子の母親代わりをしていた事もあって、子供の相手と家事のどちらも出来るが、自分が関われるのはこの一日だけ。ならばこの数日間、そしてそれから先も『家族』で良い時を過ごせるように、その土台作りに手を貸せれば良い。
「セオドアさんは子供達と遊んであげて下さい」
「は、はい。ありがとうございます‥‥」
初日の午前中だけでもうクタクタだが、家事だけでも肩代わりして貰えれば随分楽になる‥‥筈だ。楽になると、良いな。
「さあ、お昼が済んだら元気に暴れてらっしゃいな。そうしたら皆の好きなものをご馳走するわよね」
「はーいっ!」
食器を片付けながら声をかけた悠季の言葉に、お腹が一杯になった怪獣達は元気に外へ飛び出して行く。
それを追いかけて行った少し大きい怪獣は、すっかり「お友達」として馴染んでしまった吉田友紀(
gc6253)だ。その少し後から、秘色がのんびりと続く。そして、クーに手を引かれたセオドア。
目指すは公園、食後は思い切り身体を動かすのだ‥‥夜、ぐっすりと寝て貰う為にも。
「ねえ、サッカーしよっか! それとも野球が良い?」
4匹目の怪獣、友紀が言った。友紀の最優先事項は双子怪獣と遊ぶこと。可愛い子が二人なんてもう、遊んであげると言うより自分の方が楽しめそうだ。誰かひとり忘れてる気もするけど気にしない!
「サッカー!」
即答する双子と、ワンテンポ遅れて頷くクー。
「よーし、じゃあいくよっ!」
友紀が本物よりも一回り小さなゴムボールを蹴る。それを追いかけて走り回る双子怪獣。クーはやっぱり少し遅れ気味だった。その影の薄さが忘れられる要因な気がしなくもない。
「ほれ、空。行くぞえ?」
ちっともボールに触れないクーを見かねて、秘色がボールを蹴り出す。健康サンダルをひっかけただけの足では蹴り難い事この上もないが、これも程よいハンデに‥‥
「‥‥っ!!」
どうした。
「‥‥小指、ぶつけた‥‥」
どこにどうやって。そして、ボールと一緒に飛んで行く健康サンダル。
「‥‥くっ」
「おばちゃん、だいじょーぶ?」
心配そうに駆け寄るクー。しかし他の二人はそんな事はお構いなし。蹴られたボールは放ったらかしで、今度は靴飛ばしに夢中になっていた。
秘色のサンダル飛ばしがお気に召したらしい。狙って飛ばした訳ではないのだが。
「あ、そうだ。これ知ってる?」
友紀が自分の靴を飛ばしながら歌う様に言った。
「あーした天気になーぁれっ!」
ぽーん!
「ひっくり返っちゃったから、明日は雨だね!」
「えー、やだー! はれがいいー!」
文句を言いながら自分の靴を飛ばして、靴下のまま走り回る双子。後で洗濯が大変な事になりそうだ。
「空はブランコの方が良いかのう」
サンダルを拾い、秘色は今イチ乗れてないクーをブランコへ連れて行った。
「ほーれ、高いじゃろ」
膝に乗せ、思い切り高く漕いでみる。
「うわ、うわあぁっ」
クーは秘色の胸にしっかりとしがみついている。怖いのかと思えば‥‥
「すっごぉい! たのしー!」
‥‥だそうだ。
しかし、独り占めは続かない。
「オレもオレもー!」
気付いた双子が駆けて来た‥‥靴下のまま。
「こら、靴はきなさーい!」
靴を拾って追いかけて来るセオドアは、何だか息も絶え絶えの様な。
「よしよし、順番にのう」
ブランコ、シーソー、滑り台。着物の裾が捲れても気にしない。いや、寧ろ捲くる位の勢いで!
「――と斯様に相手するが良いぞえ、セオ父よ」
「きゃぁあーーーっ♪」
ぐーるんぐーるん‥‥両腕其々に陸海の手を持ち、ぐるぐる回しながら豪快に言い放つ。
‥‥あれ、おかしいな。秘色さんがお父さんに見えるよ?
さんざん遊んで、おやつの時間。家に帰った怪獣達は‥‥人参のカップケーキとほうれん草のクッキーを前に渋い顔をしていた。
「ぬしらの嫌いな野菜の菓子じゃ。騙されたと思うて食うてみよ」
「えー‥‥」
しかし、好き嫌いのないクーが真っ先にかぶり付くと、双子も興味をそそられた様だ。
「おいしー!」
「ぇ‥‥ほんと?」
おそるおそる‥‥ぱくり。
「うそだー、にんじんなんかはいってないー!」
ぱくぱくもぐもぐ。
それなら、夜にはしっかりと人参の形が残ったものを用意してみようか。
おやつの後は、昼寝。大人にとっては暫しの息抜きタイムだ。
「静かに寝ていてくれれば可愛いんですけどねぇ」
三人の寝顔を見て、苦笑いを浮かべるセオドア。
「何か健康面で相談があれば、伺いますよ」
空が言った。クーと同じ名だが、こちらは「そら」だ。
「相談‥‥うーん、何をどう相談すれば良いのか」
それさえわからないほど、オロオロしているらしい。
「親がしっかりしないと、子供は経験が少ないのでどうしたら良いか分らなくなるものですし、分り易く接しないと理解できないものですから‥‥」
「‥‥はぁ」
「これが原因だとは思えませんが、おろおろしていても始まらないと思うのです」
「そう、ですね‥‥」
「子供は良く大人の事を見ている物ですよ」
「子育て‥‥詳しいんですか?」
「ああ、いや‥‥一応、道場の柔道の合宿で子供達の面倒を見た事もありますが、詳しい事は聞かないでください」
それはそうと、夕食のメニューは何が良いだろうか。
「野菜が苦手というので野菜臭さや独特な食感を和らげる様な味作りで‥‥となるとカレーライスが定番ですけど」
それだけでは寂しいか。
「何か子供達が手伝える様なメニューがあった方が良いですね」
「ハンバーグなら丸めて形にするのを手伝って貰えそうね」
悠季が言った。
「後はご褒美にプリンかしらね」
「これから数日分の食料なども纏めて買っておくと‥‥後が楽そう、かな‥‥」
「それなら、私は下拵えと作り置きを」
幸乃の提案にクラリッサが頷いた。
「すぐに使える様にして、冷蔵庫に入れておきますわね」
怪獣の相手をしながらの料理が少しでも楽になる様に。日持ちがするお菓子も作っておこう。
夕方と呼ぶには少し早い時間、幸乃と空は子供達を連れて買い出しに出かけた。
勿論ここでも怪獣達はじっとしていない。しかし‥‥
「店の中は走らない!」
白衣のお兄さんがいるせいか、多少は大人しい様だ。
食べ物の話やちょっとしたクイズなどで子供達の気を引き、迷子にさせない様に‥‥そして他の人の迷惑にならない様に、さりげなくマナーも教えながら。
「ねえ、おかしは?」
「美味しい晩ご飯、食べられなくなるよ?」
空が相手をしている間に、幸乃がせっせと買い物かごへ。
帰りも荷物を手分けして持たせる事を忘れない。
「ありがとう、よく手伝ってくれたね」
出来た時にはちゃんと褒める。そして、おだてて次の手伝いへ。
「洗濯物たたむよー!」
友紀と一緒に洗濯物を畳んで‥‥いたと思ったらシーツで遊んでいたり。
「はい、じゃあ奇麗に手を洗って‥‥ハンバーグ作りましょうか」
悠季に言われて、今度はハンバーグを丸め‥‥ちょっと待て、その形は‥‥
「う○こー!」
「食べ物で遊んじゃいけません!」
叱る時はビシッと叱る。しかし、その遊び心は大事にしたい。
「ほら、これなら‥‥」
お手本に熊っぽい形を作ってみると、子供達も乗って来た。
そして、いびつな形のハンバーグとカレーライスが出来上がり‥‥付け合わせには秘色が作った、菓子の様に甘く煮た人参グラッセ。
「騙されたと思うて‥‥」
「おいしー!」
ハンバーグもカレーも完食。
「おお、よく食べたのう」
秘色は三人の頭を順番に撫でる。
「自分で作ると美味しいだろう?」
空にも褒められ、上機嫌。しかし――
「じゃ、あたしが洗うから、お皿運んでくれるかな?」
「えぇーっ!」
友紀のお願いに、思いっきり抗議の声を上げる双子。
それを聞いて、クラリッサが言った。
「ご飯を作るのだって結構なお仕事なんですよ。それを毎日にお父さんやお母さんが一生懸命作ってくれているんですからね」
作るだけではない。きちんと片付けるまでが料理なのだ。
「お手伝い出来るようになったら、きっと喜んで貰えると思いますよ」
「おてつだい、したら‥‥おかーさんかえってくる?」
それに答える事は出来ないけれど、微笑んで頭を撫でる。
「帰って来た時に、喜んで‥‥たくさん褒めてくれますよ」
「じゃあ‥‥やる」
もそもそと動き出す。元気そうに見えても、やはり寂しいのだ。
「きちんと出来たらご褒美にプリンあげるから、自分がやった事の責任はちゃんとね」
「プリンっ!」
ご褒美にプリンを貰い、元気を取り戻した双子怪獣は、今度はお風呂が嫌だと逃げ回る。しかし、秘色に捕まり服をひん剥かれ‥‥
「あたしも一緒に入る!」
友紀は廊下を走りながら、既に服を脱ぎ始める。
「あっ、覗いたらあたしの蛍火の餌食になってもらうからな!」
ぷるぷるぷる、首を振る男性二人。
しかし‥‥風呂上りに素っ裸で皆の前に出て来ちゃった、この場合はどうすれば。しかも本人気にしてないし!
そして、その後ろで今度は服を着るのが嫌だと走り回る怪獣達。
それでもどうにかパジャマを着せ、歯磨きをさせて、トイレに行かせ‥‥
漸く静かになったと思ったら。
「‥‥おかーさーん!」
来た、双子の大合唱。昼間の腕白ぶりはどこへやら、寂しくて眠れないらしい。その騒ぎで、クーももぞもぞと起き出した。
クラリッサが双子を抱き寄せ、頭を撫でる。その様子を見て、幸乃がそっと声をかけた。
「二人ぼっちは寂しいもの、ね」
自分は母親代わりではない。集まった人達も明日には皆いなくなる。甘えたい気持ちはわかるが、安易にそれを受ければ翌日からはどうするのか。
‥‥けれど、この子達はもう五歳。でも、まだ五歳。親の仕事や生死、バイバイもなんとなくわかる頃。わかるから大丈夫、我慢できる。でも、わかるから、いない夜は余計に不安。暗い夜だけは、特別。
「でも、今はお父さんも、もう一人の兄弟もいる‥‥ね? 二人はクー君を守る、正義の味方、だもんね」
二人の頭をなで、クーに向き直る。
「クー君は、頼れる兄弟ができて、よかったね」
少し明かりを残した薄暗い部屋に、友紀が歌う子守唄が静かに流れていた。
翌朝――
しっかりと対策を取ったにも関わらず、見事に濡れたシーツを洗い、布団を干して‥‥
しかし、誰にも叱られなかった事で気を良くしたのか、怪獣達は朝から元気に飛び回っていた。友紀と一緒に洗濯物を干したり、つまみ食いをして怒られたり。
「‥‥今姪っ子と一緒に暮らしてますけど、男の子はやっぱり違いますね。良い経験になりましたわ」
朝食の準備をしながら、クラリッサが言った。
そして、幸乃はずっと良い子だったクーに声をかける。
「大丈夫? 我慢してること、ないかな? お父さんを独り占めできなくて、寂しくない?」
怖がらなくても、大丈夫。
「もし何かあったら、言っていいんだよ。家族だもの、ね」
「かぞく‥‥」
「そう、家族。お父さんも、陸と海も、みんな家族」
「‥‥うん」
にこっと笑い、それから少し遠慮がちに言う。
「‥‥あのね、ぼく‥‥やきゅう、すき。おはな‥‥すき」
「よし、じゃあ今日はキャッチボールの日! それからピクニック!」
友紀は時間を延長して、まだまだ遊ぶ気満々だった。
こんな良い天気に、外で遊ばないのは勿体ない!
それなら‥‥もう少しだけ、お願いしようかな。