●リプレイ本文
「各機、通信クリアでありやがるですか?」
コックピットに若い嬢ちゃんの声が飛び込んで来た。それに応える声は様々だが‥‥いつもと違って、今回の僚機は傭兵達のKVだ。
この、言葉遣いが荒っぽいのか丁寧なんだか良くわかんねぇのは、確かさっき「シーヴ・王(
ga5638)でありやがるです。TACは『ur』。じー様のTACは何でありやがるですか?」って自己紹介して来たっけな。『ur』ってのは野牛か。そう言や、機体の左側んトコにちっせぇエンブレムがあったな。
俺のは『RIP』だって言ったら、俺の相棒に付いたデカいキスマークを見て怪訝な顔してやがったっけ。安らかに眠れ、そいつは敵に向けたつもりだったんだが‥‥いつの間にか仲間達に贈る言葉になっちまったな。
「マーチ955、作戦空域侵入、CAP任務を開始する」
この声は伊藤毅(
ga2610)っつったか。マーチってのは古巣のコールサインらしい。流石、慣れたもんだな。腕は確かな様だし、踏んで来た場数も半端じゃなさそうだ。
さて、良い気分で飛んでたが‥‥もう奴等がお出ましになる頃かい。
それじゃ、いっちょ頼むぜ!
「戦闘機乗りのラストフライトでありやがるですか」
戦列を離れたF−15と適度な距離を保ちながら、シーヴが呟く。空に馴染んだ者には感慨深いものがあるのだろう。そんなフライト、無粋な邪魔はさせたくない。
「じー様が伸び伸びと飛べるよう、シーヴ達が掃除する、です」
十分伸び伸びしている、いや、しすぎている気もする、が。
「カメ虫のいねぇ空を楽しんでくれ、ですよ」
ジャミング中和装置を起動させ、電子支援開始。この空域にジャミングを仕掛ける敵はいない様だが、愛機鋼龍は電子偵察機。それなら電子戦機らしく、管制じみた事をやってみるのが筋というものだ。
爺さんがのんびりと空を楽しんでいる間にも、今回が初めての空戦となる月居ヤエル(
gc7173)はひたすら前方に目を凝らしていた。フライトを楽しみたい気持ちはあるが、その余裕はまだない様だ。
作戦空域に入ったと、先程アナウンスがあった。という事は、もう何時HWが目の前に現れるかわからないのだ。次第に心臓の鼓動が大きくなり、黒兎の耳と尻尾がぷるんと震える。
――見えた。
「敵、来てるね‥‥数、多いけど‥‥」
熟練パイロットを新米の自分が護衛するというのも、なんだか変な気持ちだ。けれど、初めてだからといって怖じ気づいてばかりもいられない。
「おじさんにとっては最後のフライトなんだし、満足して貰えるように瀬一杯頑張るね」
レーダーに映る敵の機影は、空域全体に無秩序に散らばっていた。
「さて、ワシらの出番だ!」
孫六兼元(
gb5331)が吠える。依頼人にとってはこれが最後の空。ならば思う存分飛ばせてやりたい所だ。故に、邪魔なHWは早々に片付ける!
「御老にはKVの戦いをシッカリと見て貰おうか!」
見ているだけでは飽き足らずに昔の血が騒ぎ始めるかもしれないが、その時はその時だ。
孫六は豪快な笑い声と共にツインブーストのスイッチを入れ、二連射したK−02小型ホーミングミサイルの飛跡を追う様に飛ぶ。愛機は銀色に朱を散らした天之尾羽張だ。
ミサイルに狙われている事を察知したHWは回避行動を取り、集団がバラけた。二時の方向に散ったHWのいくつかが閃光と共に散る。
その破片をかいくぐり、急接近。そのまま体当たりでも仕掛けるのかと思わせて、一瞬のブーストと共に追い抜きざま、斬る。
「空戦とは言え、火器に頼るのは流儀では無い! 武士は武士らしく、刃で勝負だ!」
鋭い刃の様な翼で両断されたHWは制御を失い、炎の尾を引きながら墜ちて行った。
それを見届ける事もなく、急旋回から次の標的へ。攻撃範囲から離脱した敵は追わない。
「ガッハッハ!! 逃げても無駄だ!」
今回は空戦初心者も居るようだし、傷つきながらも最初のミサイル攻撃を生き延びた敵は、彼等の練習台とするのに丁度良い。
「‥‥墜ちなさい」
待ち構えていたBEATRICE(
gc6758)の細い指がミサイルの発射ボタンにかかる。愛機ミサイルキャリアに搭載された無数の発射口が火を噴いた。たった一機の小型HMに対して、過剰なまでの攻撃が叩き込まれる。昼間の空にオレンジ色の花火が咲いた。
初めての空戦では仲間のフォローなど出来る筈もなく、寧ろそれを受ける側だろう。だから突出しすぎない事だけに気を付けて、弾薬が尽きるまでミサイルを撃つ。
距離を測り、最適な武器を選び‥‥その判断は一瞬で下される。少しでも迷えば相手は射程外へ消えてしまうだろう。
さあ、ミサイルパーティの始まりだ。
別方向に散った敵を、ヤエルが追う。敵の数は多い。囲まれないように注意しつつ、正面は避けて側面に回り込み、ミサイルで攻撃――と、頭ではわかっているのに。身体もちゃんと付いて行っている筈なのに。
気が付けば、後ろに敵をゾロゾロ引き連れながら飛んでいた。ローリングを駆使し、何とか被弾は最小限に抑えているが、このままでは危ない。
「援護しやがる、です」
シーヴの声がした。後方の一機が機体を打ち抜かれ、炎を上げる。
「大丈夫ー?」
今度の声はフローラ・シュトリエ(
gb6204)だ。ヤエルが引き連れた敵にGP−02Sミサイルポッドを打ち込み、フィロソフィーで追撃を加える。
「あ‥‥ありがとう!」
その隙に機首を上げつつ機体をロールさせ、ヤエルは敵の背後に回る。さて、反撃の時間だ。
側面からミサイルを撃ち、当たった場所をヘビーガトリング砲で抉る。最後の一撃はブレードウィングで。
夢中で戦ううちに、操作に慣れてきたらしい。腕が上がって来たのが自分でもわかる。しかし、過信は禁物。適度な距離を保ちながら、仲間と連携して確実に数を減らす。
「今回の任務は依頼主はんの最後のフライトのエスコートと聞きました。これは何としても想い出に残る良いフライトにせんといけませんな。うちも微力ながら最善を尽くさせて頂きますわ」
別方向に散った敵は、月見里由香里(
gc6651)が相手をしていた。
機体のスピードを生かして前へ出ると、まずは誘導弾UK−10AAMを撃ち込む。その後を追って接近しつつR−P1マシンガンでの機銃掃射、そして離脱。
「‥‥依頼主はんの処に近付けさせる訳にもいきませんよって、ここで墜ちて頂きますわ」
柔らかな言葉遣いとは裏腹に、戦法は怒濤の一撃離脱。そして結構容赦ない。
「最後のフライトか、良い思い出となるようにしてあげたいわね」
ヤエルの援護から定位置に戻ったフローラは愛機SchneeのEBシステムを起動させ、眼前に固まるHWに向けてGP−02Sミサイルポッドを放つ。
「邪魔をさせない為にも、蹴散らすわよー」
反撃をかわしながらフィロソフィーで追撃、敵が散った所にそのまま突っ込み、プラズマライフルを連射。すぐさま機首を返し、再び切り込んで行く。
と、周囲を飛ぶまだ無傷のHWの色が僅かに明るく変わった様に見えた。その瞬間に一気にスピードが上がり、フローラの視界から消える。
「そうそう簡単に捉えさせはしないわよ」
視界からは消えてもレーダーには捉えられたままだ。後は効果が切れるまで回避に専念すれば良い。
敵の慣性を無視した動きに惑わされる事なく、HBフォルムを起動させ、持てる技術の全てを駆使して逃げ回る。距離を取った所で反撃開始。
「ビンゴ、ナイスキル」
毅の静かな声がコックピットに響く。
彼自身は少し後方に位置し、味方の攻撃を逃れたものや損傷を負ったものに的を絞り、トドメを刺して回っていた。
「マーチ、マスターアーム点火、エンゲイジ」
安全装置を外し、交戦開始。
「シーカーオープン、エネミーロックオン、FOX2」
ミサイル発射。しかし、それを当てる事だけが目的ではない。敵に回避行動を取らせ、その軌道を予測。ほんの僅か先の未来へ向けてライフルを撃つ。両方当たればしめたものだ。
「スプラッシュ1」
撃墜。次の標的を探す。
「6時方向10機、排除頼みやがる、です」
「了解。マーチ955、これより排除に向かう」
シーヴの通信に応え、機首をそちらへ向ける。敵の増援か、まだ隊列を乱さずに飛んでいる一団に向け、ミサイルを連射。バラけた所を狙って逃げ場を塞ぐ様にライフルを撃ち込み、ミサイルで追撃。
自分を狙う敵には急旋回からの急減速を利用して照準をずらし、再度急加速。狙いを外す。
「流石に慣れたモンだな‥‥」
その様子を遠巻きに眺めていた爺さん、何だか腕がムズムズしてきたらしい。危険、危険!
「楽しそうじゃねぇか、俺も混ぜろや!」
アフターバーナーに点火し、一直線に戦闘空域に突っ込んで来るF−15。
「ガッハッハ!! やはり来たか御老!」
「まあ‥‥やんちゃなお方どすなぁ」
孫六が吠え、由香里は目をぱちくり。何と言うか、期待通りの展開?
しかし、いくらパイロットの腕が良くても、機体の性能はKVよりも遥かに劣る。ましてや慣性制御機能を持つHWに比べたら、ジェット機と紙飛行機くらいの差はありそうだ。
それでも爺さんは楽しげに飛ぶ。HWに囲まれても気にしない。
「やっぱり空は良い。このまま死んでも本望だぜ!」
その時、今まで付かず離れずの位置に付いていた一機のKVが動いた。ブースターに点火し、急速接近。青い空に溶け込む様なその機体は、ソーニャ(
gb5824)の愛機エルシアンだ。
アリスシステムを作動させ、高速を維持したままUK−10AAEMを放ち、高分子レーザー砲で追撃、離脱。爺さんから離れて追いすがる相手の攻撃をバレルロールでかわして再突入。まるで小鳥の様に素早く軽快な動きで、爺さんに貼り付いた敵を墜として行く。
だが、それでも機動力で劣る機体を守りきるのは楽ではなかった。
「じー様、縁起でもねぇ事言いやがるな、です」
敵の射線に割り込んだシーヴの機体をプロトン砲がかすめる。
「一撃もらったら数倍にして返しやがる、ですが」
言葉通り、シーヴはロケット弾ランチャーをぶっ放し、螺旋弾頭ミサイルで追い打ちをかける。それだけでは足りずに、接近してスラスターライフルを連射。これでもかという程に攻撃を叩き込まれ、HWは黒煙を上げて墜ちて行く。
一方、爺さんの近くに寄って行った孫六は、ふらふらと危なっかしい飛び方をしていた。そこへカモだと見たHWが近寄って行き、背後へ回る。
釣れた。OGRE/Aを発動し、急制動を掛け、敵の背後を取り返す。
「これこそが、オウガ独自の機動だ!」
由香里はレーザーライフルとマシンガンを連射し、仲間が取りこぼした敵を掃除して行った。
新人達も負けてはいない。
「後ろには行かせないんだから!」
ヤエルは爺さんの前に出て、鼻先にミサイルを撃ち込む。そのままブーストをかけ、追い抜きざまにブレードウィングで斬りかかった。このフライトは、絶対無事に終わらせる。邪魔はさせない!
「何故‥‥多くの経験と‥‥空への愛を持つ‥‥このような方が力を持ち得ず‥‥何もない私のような者が力を得たのか‥‥」
敵の動きに全く追い付けない――それでも空を満喫している様子の爺さんを見て、BEATRICEが呟いた。
バグアが来なければ、一流の戦闘機乗りとしてその腕を存分に発揮出来ただろうに。
「未熟なこの身に‥‥どの程度身につけられるかは不明ですが‥‥」
その磨き抜かれた技術の幾分でも身につけ、その技術を持って敵を屠る事をもって、先達たちに対する感謝を示していこう――ミサイルは撃ち尽くしたから、とりあえず今はバルカンで。
「レーダークリア、マーチ955、哨戒任務に入る、帰投予想時刻‥‥」
毅からの通信が入る。彼はこのまま、敵の再侵攻に備えて哨戒を行う様だ。
他の者は、それぞれに戦闘の余韻に浸りつつ、空を楽しんでいた。
青い機体が無邪気に空と遊んでいる。低速で飛行しながら機体を横に傾けると、見えない坂を滑る様に落ちて行く。失速すれすれの所で息を吹き返した機体は独楽の様にくるり。そのまま少し推力を上げ、ベクタード・スラストで機首を上げると、今度は軸を変えてくるり。木の葉の様に空を舞う。そして機体が太陽を向く瞬間を待ってフルスロットル、ブースター起動。太陽をめがけて一気に上昇する。
「行けー! エルシアン!」
その様子を、新人の二人は真剣な眼差しで見つめていた。あれだけの技術があれば、空戦で敵に遅れをとる事もそうはないだろう。いつか自分も、あんな風に機体を操れる様になるのだろうか。
今はせめて、去り行く者の多くの経験と磨き抜かれた技術に、我らが先達としての最大限の敬意を。
「模擬戦? そりゃー無理だお嬢ちゃん」
思い切って願い出てみたBEATRICEに、爺さんの笑い声が返る。
「こいつは、あんたらとやり合う様にゃ出来てねぇからな! その代わり‥‥」
爺さんのF−15が空中にハートを描く。宙返りを繰り返しながら、いくつも、いくつも。
「よし、付き合うぞ御老!」
新人達を誘い、空に描かれたハートの中心を次々と潜り抜ける孫六。
「ワシに続け!」
空を去る者と来たる者。手渡される何か。しっかりと引き継いで、いつかまた、この空で。
最後の花道は俺が一番機だ。両脇にKVを従えて凱旋飛行。孫六、シーヴ、フローラ、由香里、ヤエル‥‥殆どが嬢ちゃんってのも、なかなか良い気分だ。
「これで終わり、ね。お疲れ様」
殿に付いた嬢ちゃんから通信が入った。終わり、か。あっという間だったな。
「今までお疲れ様どした」
滑走路に降り立った俺に、はんなり美人が声をかけた。
「まだまだうちも未熟者ですが、空の護りを頑張ろう、思いますよって、影ながら応援宜しゅうお頼申しますわ」
見れば、世話ンなった連中が揃って出迎えてやがるじゃねえか。こりゃ、ちょいと照れるね。
「いずれまた、今度は平和な空を、共に飛べる日を願い‥‥、敬礼!!」
おいおい、やめろよ‥‥目から鼻水流すのは趣味じゃねぇんだぜ?
逃げる様にロッカーに向かった俺の目の前に、空で遊んでた嬢ちゃんが現れた。
「満足した?」
唐突に訊いて来る。
「する筈がないよね。今はそう思っても、そのうち狂気が胸を焦がす。その狂気、ボクがもらうよ」
ぎゅっ、細い腕が腰に回された。
「爺さんの想いはこれからもボクと共に空を翔る。もし、それでもダメになった時はボクを呼んで。その時はボクが飛ばせてあげる。たとえ爺さんの体が耐えられなくなっていてもね」
不思議な子だ。人間‥‥いや、空の妖精か何かか?
「爺さんの手にはまだ空への最後の切符が残っているよ。ボクらは空でつながっている」
妖精はスキップをしながら通路の奥へ――消える前に、振り返った。
「そう、もしその時ボクが死んでいても誰かに頼んでおくから心配しないで。じゃぁ、またいつか」
そうだな。空葬ってのも悪くない。
楽しみに、してるぜ。
――ありがとな。