●リプレイ本文
夕暮れ時。小高い丘の上に見える納屋を見上げ、ミシェルは溜息をつく。
覗き見てしまった弟の夢、祖父の弟への思い。そして、その間に立ち尽くす自分の弱さを感じながら。
もうすぐ、二人の為に呼んだ傭兵達がやってくる。
本当は彼らに頼むべき事ではないのかもしれないけど。
弟のグライダーが空を飛んだあの日、嬉しそうに、これまでに無い輝いた瞳で自分に新しい夢を語った、あの弟が目に焼きついて。
叶えてあげたい。応援してあげたい。
──だけど。
翌日の昼、クリストフの工房のある丘の麓に、傭兵達の車が到着する。
彼らの上を野鳥が通り過ぎ、のどかな田園風景の中、暖かな日差しと風が頬を撫でた。
ふわり。
傭兵達の中、一際背の高いムーグ・リード(
gc0402)の頭上に白い物が舞い、デジャヴと共にムーグはそれに手を伸ばす。
竹ひごと薄紙で出来たそれは、手作りのグライダー。その形は見覚えのある物。
納屋に目をやると、その屋根には少年‥‥の姿は無く、そこから続く下りの道には息を切らせながら走る少年の姿があった。
「‥‥はっ‥‥はぁっ‥‥ムーグさん! 新条さん! お久しぶりです! 急に、どうしたんですか?! 聞いてくださいよ! あのですね──」
少年、クリストフ・コローは握手を求め、近況報告を行いながら、傭兵達に笑顔を向ける。
「お久シ、ブリ‥‥デス。 ‥‥夢、ニ、向けて、動イ、テル、ノ、デス、ネ‥‥我が事、ヨリモ、嬉しい、デス、ネ」
クリスの頭に手を置き、グライダーを手渡しながら言葉を交わすムーグに続き、新条 拓那(
ga1294)もまた、人懐っこい笑みでクリストフに握手を求める。
「や。お久しぶりだね。その後どうだい? 個人であれだけ見事に飛ぶものを作ったらね〜。そりゃあメーカーもほっときゃしないよ。どこも人手不足だし」
「おかげさまで元気に過ごしてます。その‥‥まあ、順調かというと、そうでもないんですけど‥‥そちらの方々は‥‥?」
初見の傭兵達に視線をやり、クリストフは彼らに握手を求めながら挨拶をして回る。
旭(
ga6764)は優しく微笑み挨拶を交わし、来訪の理由を口にする。
「少し依頼を受けたんですよ。ミシェルさん‥‥あなたのお姉さんから」
「‥‥姉ちゃんから‥‥? あっ──あはは、そういう訳ですか。姉ちゃんも、言ってくれたらいいのに‥‥」
クリストフは、その一言で来訪の理由を察し、照れ臭そうに頭を掻きながら視線を流す。
「ともあれ、立ち話もなんですし、ひとまず僕の工房へどうぞ。ちょうど姉も居ますから」
傭兵達を促しつつ、先頭に立ってクリストフが歩き出す。その先に見える工房では、ミシェルであろう女性が大きく手を振っていた。
●弟の思い、姉の想い。
「遠いところお越しいただき、有難うございます。ミシェル・コローと申します。宜しくお願いしますね」
納屋の大机をぐるりと囲み、コロー姉弟と傭兵達が改めて挨拶を交わす。
ミシェルは物腰柔らかにお茶を出し終え、ぱたぱたとあれやこれやと工房内を走り回る。
「姉ちゃん、とりあえず、話をしようよ。後で片付けよう?」
クリストフの一言が飛び、ミシェルもようやく席につく。
「ん‥‥コホン。えっと、傭兵の皆さんには私が依頼を出したという事で、状況はお分かりだと思います。クリス、あなたは何か聞きたい事はある?」
「──ないよ。爺ちゃんのこと、でしょ? わかってる」
少年らしい少しむくれた顔で、クリストフは姉に答えた。
「ん。じゃあ、本題に入ろうか。クリストフ君。君は今回の件、どうしたいと思ってるのかな?」
旭が優しく切り出して、クリスはぽつりぽつりの自分の思いを吐き出していく。
「僕は‥‥英国に行きたい、です。やっと、夢がはっきりしてきたんです。このチャンスは、無駄にしたくない。爺ちゃんとも話しましたけど、話を聞いてもらえないんです。言いたい事は解っていて、核心を聞いてくれない。そんな感じで‥‥」
「私も話は聞くようにと祖父に言うのですけど、気難しくて、なかなか」
二人の沈む顔を見て、安原 小鳥(
gc4826)がそっと声を上げる。
「‥‥お爺様や、お姉様のことが大事なのでしたら‥‥自分から、お願いすることが大事ですよ‥‥? ご自分がどれだけ、夢への想いがあるか‥‥それを伝えることは、自分の意思確認のためにも、大事なことです‥‥」
それで駄目なら、私達が、口を挟ませて頂きます、と。
「うぅ‥‥、爺ちゃん、最近顔も合わしてくれないけど‥‥うん、頑張ります」
クリストフの顔は曇ったままだが、何とか半歩前進といったところだろうか。
「クリストフ君。『必要なら意思を伝えなさい。それも出来なければスタートする資格はない』‥‥良い言葉だと思いませんか? 私の敬愛する操縦士兼作家のサンテグジュペリの言葉です」
「うぐ‥‥わ、解りました。頑張ります」
エシック・ランカスター(
gc4778)からサンテグジュペリの言を出され、クリスはぐうの音も出ない。
「お爺サン、モ‥‥クリス、サンの、事ガ‥‥大事ナン、デス、ヨ‥‥キチン、ト‥‥話マショウ」
窮屈そうに椅子に腰かけるムーグからも、優しい檄が飛ぶ。家族の事を思い悩んでいる少年の気持ちを汲み、優しく背中を押すように。
それを眺めるミシェルは、何故か嬉しそうにくすりと笑みを漏らし、弟の姿を見守っていた。
暫く話が進むと、「ふむ」と、一息つき、サクリファイス(
gc0015)が静かに席を立つ。
「お爺さんの方、私が少しお話してみるとしますよ。この時間は自転車屋さん、でしたか?」
彼なりのアプローチというものだろう。まずは外堀から、という事である。
「あ、ご案内しますっ」
ミシェルが慌てて席を立とうとするが、サクリファイスは優しく手で制し、旭に声をかける。
「場所さえ判れば大丈夫ですよ。有難う御座います。ミシェルさんは、みなさんともう少しお話を。旭さん、お車、お借りしますね」
颯爽とサクリファイスが退室し、見送ったメンバーはまた話を始める。
「じゃあ、お二人の事を知る事と、親睦を深める為にも、家族の話や思い出等があれば、聞かせてもらえませんか? もちろん、差し支えない範囲で構いませんから」
旭が和やかに提案するそれに、ミシェルの表情が俄然輝き、するすると思い出話が語られる。
今はもう居ない祖母の事。両親の事。姉弟の幼少時代の事。
楽しそうに話す二人の姿を見て、傭兵達はこの家族が本当にお互いを思っていることを実感していくのであった。
●親心、それとの葛藤
ミシェルに教えられた住所、サクリファイスがダニエルの元を尋ねた瞬間、不機嫌そうな声が投げかけられる。
「おじゃまします。私、サクリファイスと申します。イングランドで執事をしておりました」
「‥‥うちは自転車屋だ。二輪はやっても車はやらん。車は車屋に持って行け。仕事ならどこかの屋敷をあたるんだな」
予想していた様な対英感情は見せず、あくまで不機嫌そうに二輪車への作業を進め、サクリファイスの方は見ていない。
軽い溜息をつき、肩をすくめながら店内へ入り、サクリファイスはこう切り出す。
「いえいえ、少しお手伝いをさせて頂こうかと。そうですね‥‥息子さんのお話などしながらでも」
「クリスの事か‥‥誰に頼まれた。──と言っても、予想は付くが。話す事など無いぞ」
眉をピクリと動かし、視線はそのまま。カチャカチャと工具の音だけが店内に響き、工具を探して手が泳ぐ。
「‥‥これですか? 依頼人については、信用に足る方ですよ」
「‥‥ふん。自分の孫が信用できんでどうする。わかっとるよ」
サクリファイスの手から工具をふんだくり、ダニエルは更に作業を進めていく。
ダニエルの言動を聞き、思うより酷い状態にはなっていないことを感じ取ったサクリファイスは、優しく微笑みながら工具や備品を手に取り、磨きながら話しかける。
「お孫さん──クリストフ様が、英国へ行きたいとお聞きしました。‥‥何故、反対されているのですか?」
「──勝手に触って怪我しても知らんぞ。あんた、子供はいるか? 子供が夢を追うのは応援してやりたいがな。作りたいのは、人殺しの道具だ。‥‥解るな?」
「ふむ。対英感情だけではない、と思いましたから。──解りました。今夜、少しお話しましょう。それまでお手伝いしますよ」
その後の会話は生返事が返ってくるだけだったが、サクリファイスは思う。
ダニエルは、本当に家族を思っているのだと。心の葛藤が一番大きいのは彼なんだろう──
●打ち明ける、思いと想い
日も落ち、暗くなった道をサクリファイスの運転する車が母屋に着き、ミシェルの作る料理の匂いと、優しく温かい空気が母屋に入る二人を包む。
居間にはずらっと並ぶ傭兵達の顔。そしてミシェルとクリストフ。
「‥‥まあいい。傭兵さん方、わしに言いたい事があるんだろう? ふん、聞いてやろうじゃないか」
居間のソファにどかっと腰かけ、ダニエルはじろりと傭兵達を見回す。
「──爺ちゃん。僕から、話があるんだ。今日は、最後まで聞いて欲しいんだ」
ダニエルの向かいに腰かけ、真剣な表情のクリストフが口を開く。
「言ってみろ。聞くだけだがな。望んだ答えが出るかは知らんぞ」
「うん。それは解ってる。爺ちゃん、ぼくは──」
クリストフは、自分が作ったグライダーの事、それを飛ばす事に成功した事、メガコーポにデータを送り、それが英国の開発者の目に留まった事。‥‥そして、自分が英国に行きたいと思っている事を淀みなく、真剣に語っていく。
「──僕は、ナイトフォーゲルが作りたい」
最後の一言を搾り出し、クリスの言葉は止まる。
「言いたい事は、それだけか?」
ダニエルが静かに応える。
優しく、厳しいその瞳はクリストフを真っ直ぐ見つめていた。
「お前はナイトフォーゲルを作りたいと言った。それが何を意味するか解るか?」
「飛行機、だよ。戦争の道具だよ。‥‥‥‥人殺しの道具にも、なる。解ってるよ。爺ちゃんが心配してくれている事も、凄く解ってる。でも──」
クリストフの言葉を手で制し、ダニエルは静かに言葉を発した。
「──解った。お前の言いたい事は、解った。だが、答えはNOだ。──一度、間をあけよう。クリス、お前の設計図と英国からの書状を持ってきなさい」
「‥‥わかった」
クリストフの顔には「やっぱりか」という色がありありと見え、うなだれながら納屋へと自転車で向かっていった。
クリストフが退室し、納屋に向かった事を確認すると、ダニエルはソファにかけ直し、深く溜息をつく。
厳しく優しい眼差しは、弱く、寂しい色になっていた。
「まったく‥‥」
静かに見守っていたエシックは溜息をつき、ダニエルに語りかける。
「あなたが意固地になる様だったら、ピエロを演じようかと、そう思っていたんですけどね。見る限り、あなたはクリストフ君の事をちゃんと認めて、理解している。‥‥何故、彼を送り出してあげないんですか?」
「ダニエルさん。蒼空に国境なんて線引きがありますか? ただ好きだから飛びたい。結局はそれだけでしょう。夢を追うのにそれ以外何が必要ですか? お孫さん達からダニエルさんのお話、聞かせて貰いました。血筋、ですよ‥‥きっと」
エシックの問いと、後を追う新条の言葉に、疲れた声でダニエルは答える。
「わしも、元は戦闘機乗りだったからな。空に憧れる、戦闘機に憧れる気持ちはよく解る。だがな。それの用途も知っていて、わしは今、ここに居る。つまり、生き残る為に戦闘機を使って人を殺した結果だ。間接的にとはいえ、孫に人殺しをさせたくない。そう思うのが親心‥‥だと思っていたんだがな‥‥」
「‥‥ヤッパリ、反対、デス、カ?」
「‥‥‥‥」
ムーグの言葉に、ダニエルは目を閉じて、何かを考えるように黙ってしまう。
「お孫さんの事、本当に大切になさってるんですね。大切なら、彼の事信じてあげるのも、いいんじゃないですか?」
旭はダニエルの肩に手を置き、にこやかに語りかけた。
沈黙が部屋を支配して暫くの間の後、ミシェルと小鳥がキッチンからカーゴを押してきた。
「‥‥そろそろ、クリストフ様がお戻りになられる頃です‥‥ひとまず食事にしませんか? ‥‥外も寒くなってきましたし‥‥暖まってからまた‥‥お話してはどうでしょう? ダニエル様も、少し時間をあけた方がいいでしょう‥‥」
「いつものテーブルじゃ、全員座れませんからね。たまには大人数でワイワイ食事も楽しいでしょう。ほら、お爺様。ソファーを動かしますよ」
ミシェルが半ば強引に空気を断ち切って場を取り仕切り、そこに荷物を抱えたクリストフが帰宅し、ダニエルに向かって荷物を差し出す。
「‥‥はい、爺ちゃん。これが送ったデータと英国からの書状だよ。NOであっても、これは棄てたりしないで。これは、僕の宝物だから」
ダニエルは荷物を受け取り、それをそのままテーブルに置く。そして用意された食事を囲む様に皆を呼んだ。
「‥‥さて。まずは飯を食おう。温まろう。堅苦しい話は一旦しまいだ」
「‥‥爺ちゃん?」
食事は傭兵達の面白おかしい話や、家族の昔話などで和やかに進む。
ムーグはダニエルにワインを注ぎながら、たどたどしいながらも素直な気持ちで語りかけていた。
「夢‥‥ト、家族‥‥クリストフサン、ト、ダニエルサン‥‥オ二人トモ、ニ、大事ナ物、ノ、オ話、聞キタイ‥‥デス」
「ムーグさん、爺ちゃんに酒は‥‥」
「クリィス! ちょっと来い!!」
‥‥遅かった、と。クリストフは一人ごち、ダニエルの元へと歩み寄ると、酒に酔っていると思った祖父の顔は、至って平常で。そして、優しい瞳だった。
「行って来い! わしが飲んだくれてる間に、ガッと行っちまえ! 英国で納得するまであがいて来い! 逃げて帰ってくるんじゃねえぞ!!」
ダニエルは乱暴にクリストフの肩を抱き、酔った素振りで乱暴に言い放つ。
酔ってなんかいない。それは誰の目にも明らかだったが、涙ぐんだクリストフは応える。
「ぐす‥‥爺ちゃん、酒臭いよ。僕まで酔っ払っちゃいそうじゃないか‥‥」
説得にあたっていた傭兵達は、「やれやれ」という体で肩をすくめて笑い合い、二人を見守る。
母屋から笑い声が響く頃、クリストフはそっと外に出て空を見上げる。
「ドウ‥‥シマシタ、カ?」
ムーグの大きな手のひらが不意にクリスの肩に乗せられた。
「ムーグさん達のおかげですね。本当は僕たち家族の問題なのに、皆さんに助けて貰って‥‥僕、僕、いつか恩返しが出来る様に頑張りますから!」
「出来るさ、君なら。楽しみにしてるぜ?」
いつの間にか傍に歩み寄ってきた新条が言葉を返す。
「新条さん‥‥はいっ!頑張ります!」
少年の夢は、一歩実現に近付いた。
英国へ。そして、次のステップへ。