●リプレイ本文
抜けるような青空の中、田園地帯を車が進む。
優しい陽気に優しい風。それは戦時中とは思えない柔らかな日常。
しかし車窓に目をやると、そこに広がる農耕地帯は荒れ果て、かつては黄金色に輝いていたであろう麦畑が半ば野生化した状態でもうもうと生い茂るだけだった。
ジーザリオのハンドルを握るハンナ・ルーベンス(
ga5138)は日差しに目を細め、故郷の空を想う。
小高い丘の麓、ちょうど駐車スペースになりそうな場所に車を止め、傭兵達は丘の上にある思っていたよりも大きな納屋‥‥もとい。少年の工房を見上げた。
優しい風が頬を撫でると共に、白くふわりとした物がムーグ・リード(
gc0402)の頭上をかすめ、思わずそれに手を伸ばす。
それはゴム動力の昔懐かしい模型飛行機。その持ち主は丘の納屋の上で大きく手を振っていた。
●一日目 ─クリストフという少年─
「皆さん傭兵さんですよね! クリストフ・コローです。三日間宜しくお願いします! あ、クリスって呼んでくださいね」
目をキラキラと輝かせ、一人ずつ手を取り握手をしていくクリス。草薙・樹(
gb7312)の手を取り、目線が泳ぐ。露出の多い忍装束は、16歳の少年には少し刺激が強すぎたようだった。
「あぅ、申し訳有りません‥‥」
お互いに頬を染めて目を背けあっている微笑ましい図である。
「夜狩・夕姫っす、宜しくお願いするっす♪」
元気良く敬礼をしつつ挨拶をする夜狩・夕姫(
gb4380)との握手も、大きく開いた胸元に目が行きそうで目を横に流してしまう。
「ラストホープの傭兵さんって、みんな‥‥その、何といいますか‥‥」
目のやり場所に困るクリスの手を取り、優しく握手するのは新条 拓那(
ga1294)だ。落ち着いた男性から声をかけられ、少し安心した様子で握手を返すクリス。
「よろしく頼むよ。君の作ったグライダーって、あれかい?」
クリスの工房に目をやり、開け放たれたシャッターの中に覗くグライダーを見て声をかける新条。
照れ臭そうに頬を掻き、謙遜する姿はやはり16歳の少年の物だった。
「初めまして、コローさん。ハンナ・ルーベンスです」
柔らかな微笑と共にたたずむその女性は、クリスにとっても馴染み深い姿。修道服に身を包んだハンナだった。
「こちらこそ宜しくお願いします。シスターが居て下さるのなら、僕も心強いです」
笑顔できゅっと握手を交わした。
そこには和服に身を包んだ三人の兄妹。
八葉 白雪(
gb2228)八葉 白珠(
gc0899)八葉 白夜(
gc3296)だ。
「八葉白雪と申します。どうぞ宜しく御願い致します。こっちは──」
「あの‥‥白珠って言います。ぜひよろしくお願いします!」
「八葉家が長男、白夜と申します。どうぞ宜しくお見知り置きの程を」
順番に握手を交わしていき、白雪が口を開く。
「私達、旅の途中で立ち寄らせて頂きまして‥‥」
クリスが首をかしげて不思議そうに問い返す。
「そうなんですか? 僕の出した依頼には八人の傭兵さんが来てくださるって──」
クリスが頭上に「?」マークを浮かべそうに首を捻っていると、大きな影が覆い被さる。
ふと振り向くと、そこにはムーグが先程遭遇した模型飛行機を手に立っていた。
「今回、お手伝い、サセテ、イタダク‥‥ムーグ・リード、デス‥‥夜露死苦、デス‥‥」
片言の言葉で握手を交わし、模型飛行機を優しく手渡すムーグの大きさに、クリスは一瞬唖然とし、そして満面の笑みで握手を返す。
「こちらこそ! 宜しくお願いします!」
挨拶の中、いつのまにか数人がジーザリオから荷物を運び込み、てきぱきと準備を始めている。
沢山の食材と、日用品。
「記念すべきフライトは、気力と体力。先ずは食事にしませんか? 一緒に美味しいカレーを食べましょう?」
「そんな、そこまでして頂いて良いんでしょうか‥‥ぼ、僕も手伝います!」
荷物に手をやり手伝おうとするクリスを優しく止めて、ハンナが言う。
「私一人で事足りますから。皆さんにグライダーのお披露目をされてはいかがでしょう? 私も後から見学させて頂きますので‥‥」
「‥‥そうですか? でも、ここ、納屋だからキッチンが無いんです。そこに、ほら──」
クリスが指差す先にはバーベキュー用のコンロや手作りのかまど等、小さなキャンプ場さながらの一角が。
「わかりました。大丈夫ですよ。美味しいカレーを楽しみにしていて下さいね」
優しく微笑むハンナに半ば押し出されるようにして、クリスは工房へと向かう。
「みなさん、こっちです。僕の作ったグライダー、見てもらえますか?」
●──16歳の本気──
納屋に入った傭兵達は、少年の作ったグライダーを目の当たりにし、目を丸くした。
グライダー‥‥と聞いていて想像するのは、誰もが一般的なグライダーだろうが、少年の作成した物は、一味違う。なんせ形状は「戦闘機に近い」のだ。
「本当はもっとボリュームを持たせたかったんですけど、グライダーですから。重量軽減のためにかなり薄っぺらくなってしまいました。ははは」
照れて笑う少年に対して、感心する者もいれば、不安を抱く者もいた。形状が形状だけに、当然だろう。
「強度や力学的な点で不安になる方もいらっしゃるかと想いまして、資料を用意しました。どうぞ」
工房の片隅のテーブルに、軽く纏めたしおりのようなものを差し出してクリスは笑う。
「独学ですから、あまり人には見せられた物じゃないんですけど、一応必要上のデータはクリアしています」
眉唾な台詞を吐くクリスの出した資料の内容は、必要なら再計算も‥‥と考えていた新条や白雪の別人格である真白達を唸らせる。
「少年、ガ、一人、デ、ココマデ、デス、カ‥‥。 ‥‥ナント、ナク‥‥救わレ、マス、ネ‥‥」
資料を片手にグライダーを調べて回るメンバーを眺めながら、ムーグはただ感心するのみだった。
一通りグライダーを点検し終わった新条が、人懐っこい笑みで目を輝かせながらクリスに歩み寄る。
「これ全部一人で作ったんだって? うはー、凄いな〜。ぱっと見、別に俺らが手を加えるところなんてないねこりゃ」
新条が本当に照れ臭そうに笑うクリスの背中をぽんと叩き、クリスの肩に手をやり優しい目線を送るムーグに、照れ笑いを返すクリスだった。
そこへハンナが昼食が出来た旨を伝えに現れる。
●──夜空に想う、沢山の事──
夕食はクリスが作ると譲らなかった。
というのも、8人分の食材を用意していたからだ。食べずに残しても、腐らせてしまうだけだという理由を付けて。
クリスにとっては手伝いに来てもらっただけでもありがたい事なのだ。せめて、自分に出来るもてなしを一度だけでも。
──食事が終わる頃、一人丘で空を見上げるクリスの横に夕姫がぽすりと座り、呟いた。
「こういうの本当に大好きっす」
「‥‥そうですね。僕も大好きですよ。楽しいです」
ぽつりぽつりと会話している中、徐々に夕姫の顔が沈んでいく。
「夕姫さん?」
「──小さい頃、兄弟達と一緒に夜、施設を抜け出してこうしてよく星を見上げたものっすよ」
自らが紡ぐ言葉に過去を思い出し、少し沈んだ風に見えた夕姫はがばっと空を見上げ。
「絶対、成功させましょうね♪」
キメラ警戒のために準備をしてきたのであろうハンナが、二人の肩に手を置き、微笑みながらそっと呟く。
「きっと、上手く行きます‥‥」
夕姫が手をかざし見上げる夜空には──満天の星が輝いていた。
「‥‥ところで、早番の草薙さんを見かけ──」
「はい、何でしょう?」
「‥‥っ?!」
ハンナの背後から気配を消して現れた草薙は、何故驚くのか解らない様で、小首をかしげる。
「いえ、いらっしゃったんですね。早番、宜しくお願いしますね」
そして、長い一日目の夜が更けていく。
●二日目──大変な前準備。そして、馳せる想い──
前日に引き続き、柔らかな日差し。しかし滑走路の整備となると、結構な重労働である。
納屋の奥から農具を引っ張り出し、全員で手分けしての滑走路整備。
白夜は共に作業し、汗だくの白珠に微笑みながらハンカチを差し出して声をかける。
「そんなに根を詰めなくても。すごい汗ですよ?」
「は‥‥はい、ありがとうございます!」
そんな小さな兄弟愛のやり取りを眺めつつ、黙々と作業は続き、自ら率先して雑用をこなすムーグは、体に不釣合いな手押し車を押し、あちらこちらへと動き回る。
新条と夕姫は草薙に助手を頼み、翌日のフライトプランの組み立てに入っていた。
あらかたの気象予想を立て、離陸場所から飛行時間、着陸場所の選定までを担当している。
車で移動しつつもキメラから襲撃されそうなポイントを押え、着実に怪しい部分は潰して地図にマークしていった。
滑走路予定地に車が戻る頃、轍と石でガタガタだった道は驚くほど綺麗になっていた。
「お膳立てはこれでいいとして、後はお天道様の気分次第かな。この段になって邪魔するような無粋なキメラは最優先で退治、だね」
二日目の作業も無事終わりが近付き、納屋のほうで夕食の準備をしていたハンナから連絡が入り、心地よい疲労感と共に傭兵達はキャンプへと戻っていく。
細かいリハーサルも終了し、明日は本番。クリスの瞳には緊張の色と、夢が実現するという期待に満ちた輝きが現れていた。
食事も終わり、夜の警戒に早番を担当したムーグは、ライフルを抱えて満天の星空を見上げる。
そして想いを馳せるのは、今はもういない家族の事。
自分達が何を守っているのか、守りたいのか。それを想いながら。
世界の片隅であっても、誰かが夢をかなえようと足掻き、努力するのは。眩しくもあり、この上なく嬉しい事だと──
●三日目──焦がれる物は、空──
キャンプの朝に、夕姫の明るく元気な声が響く。
「さぁ、いよいよっすよ♪ 皆起きるっす〜」
工房のシャッターが全開になり、クリスのグライダーがゆっくりと全貌を現していく。
朝日を浴びて輝く真っ白な機体は、少年の夢を乗せて今まさに空に飛び立つ準備の最中だ。
ハンナのジーザリオのウィンチから伸びるロープがグライダーのジョイントに繋がれゆっくりと滑走路側に進路を向ける。
コクピットには、緊張した面持ちのクリスがおさまり、新条とフライトプランの最終チェックを行っていた。
そこで思わぬ提案が新条よりなされる事になる。
『翼に手伝った自分達の名前を、機首にクリスの名前のペイントを施さないか』という物だった。
「はい! 是非お願いします!」
快く承諾したクリスの言葉を聞いて、各自が翼にペイントを施していく。
「ま、細々した地上のことは俺らに任せて、ゆっくり空中散歩を楽しんできなよ♪」
優しく笑いかけてぽんと背中を叩き、新条はコクピットを離れる。
次にクリスへ声をかけたのはムーグだった。
「‥‥アナタ、ハ、コレカラ‥‥空、ヲ、飛ぶ、ノデス‥‥。 念願、ノ‥‥。 ソウ、考えル、ト‥‥タノシク、ナリマセン、か‥‥?」
「楽しい気持ちはいっぱいです。でも、怖い気持ちもいっぱいです。僕の作ったこのグライダーが、ちゃんと飛んでくれるのか‥‥データ上では可能でも‥‥」
不意にクリスの肩に大きな手のひらが優しく置かれる。
暖かく大きなそれは、何故だかクリスの不安をそっと取り去ってくれるようだった。
「マダ、コワイ、DEATH‥‥か?」
「いえ、大丈夫です。きっと、絶対飛べます!」
クリスは輝く笑みをムーグに向けると、その影から小さな人影がひょっこり出てきた事に気が付いた。白珠だ。
「あの‥‥応援してます!」
「クリストフ君、頑張って!」
白雪と白夜もその後ろから現れ、クリスに激励の言葉をかける。その刹那、背中にバーンと小さな手が叩きつけられた。
「自分を信じるっす!」
夕姫の元気な最高の笑顔がクリスの背中を更に押してくれた。
「夕姫さん、びっくりするじゃないですか‥‥でも、ありがとう」
最後に草薙が何処からとも無く表れ、いつもとは違った調子で言葉をかける。
「夢とは自分の力で叶えるモノ、貴方の想いは必ず何かを結ぶでしょう」
「‥‥はいっ!」
ロープを伸ばしきったハンナから合図が送られた。
いよいよ、フライトの時が来た。
徐々に速度を上げるジーザリオに引っ張られて、グライダーもスピードを上げる。
車で追いかける新条から通信が入り、離陸操縦のアドバイスが飛んだ。
「うん、そっと機首を挙げていこうか。そっとだよ」
アドバイスの通り操縦桿を引き、これ以上無い位に慎重に機首を挙げていく。
──ふわり。
柔らかな浮遊感と共に、グライダーが浮いていく。
地上でのサポートに動いている傭兵達の顔にも喜びが走る。
「飛んでる! 飛んでます! やった! やりましたっ!!」
通信機からは叫び声に近いクリスの歓喜の声。
ジーザリオから伸びたロープが切り離され、グライダーは静かに、柔らかく空を舞う。
──美しく、速く、大空に翼を広げる──
傭兵達の見上げる中、少年の夢は叶い、喜びの声が響く。
その声を聞く傭兵達の頬も優しく緩む。
空を舞う、少し──いや、かなり変わった美しいグライダーを眺めて。
暫くの空中散歩の後、ちょっとした操縦ミスで畑に突っ込んでしまったのは、またご愛嬌。
クリスが少し壊れたグライダーのコクピットから心配して駆けつけた傭兵達に手を振っている姿は、初日の9人の出会いの場面を思い出させた。
●─少年の夢、それは─
「美味しそうなお肉、貰ってきたよ?」
「あ‥‥え‥‥と、ありがとうございます!」
微笑ましいやり取りがされ、打ち上げに全員で囲むバーベキューの中、クリスはふと壊れてしまったグライダーに目をやる。
皆は楽しそうに食事をしている中。
「ドウ‥‥シマシタ?」
「あ、ムーグさん。僕のミスで壊しちゃったな、って」
真っ白だった機体は泥で汚れ、今はもう飛べない姿になってしまっている。クリスが自身で設計し、組み上げた物だ。そのショックはやはり大きな物だろう。
「モウ‥‥グライダー、ハ‥‥作ラ、ナイ‥‥デス、か?」
「いえ──僕、決めました。ナイトフォーゲルが、作りたいです。もっと速く、もっと高く飛べる、綺麗な飛行機が作りたいです。今は命を奪う道具、ですけど‥‥でも、夢が形になったんです」
空を飛ぶ前とはまた違った瞳の輝きを見せるクリスの頭に、ムーグの大きな手のひらが優しく乗せられる。
そっと後ろからやってきた草薙が、クリスに優しく語りかけた。
「今回の結果が齎すもの、其れを貴方がしっかりと掴む事、其れが明日へと、次の目標へと繋がるのです」
応援してますよ? と優しく微笑みかけて。
「よし! じゃあまず腹ごしらえですね! みなさん、食べましょう!」
小高い丘の上の納屋では、少年の努力と、勇気と、新たな夢への一歩を祝う陽気な声が響いていた。