●リプレイ本文
事態は、一刻を争うものだ‥‥と、傭兵達は感じていた。降る雨は視界をなくし、犠牲者を増やす要因ともなりうる。その為、ここへ来るまでの間に、班分けを済ませた傭兵達は、急ぎ、用意されたジーザリオと、自前のAU−KVに乗り込んでいた。
「とにかく早急に合流しよう。遅れればそれだけ街に近づいてしまうからな」
レティ・クリムゾン(
ga8679)の愛車であるシザーリオに乗り込んだ白鐘剣一郎(
ga0184)がそう言った。他のメンバーも、それぞれの車両に乗り込んでいる。
「一匹でも逃せば、被害は広がるしな」
彼がドアを閉めると同時に、レティはシザーリオのサイドブレーキを解除する。カーナビなんて便利なモンは、バグアの妨害で役に立たなくなって久しいが、事前に用意した地図が、助手席との間に貼り付けられていた。
「さあ、行こうかシザーリオ。君の力を貸してくれ」
愛車のハンドルに手を置き、ひとこと、そう呟いて。手順どおりにウィンカーを出し、アクセルを踏み込む。降りしきる雨は、そこかしこに泥の混じった水溜りを作っており、タイヤも滑りがちだった。
「後で洗車しなければいけないな。全速力で頼む」
「OK。キメラとのチェイスは慣れている。安心してくれ。負けはしないさ」
無線機を手にする白鐘の横で、ギアをトップに入れるレティ。エンジンの回転数が跳ね上がり、加速感が全身に伝わる。これがレース場ならば、その加速感に心地よく身をゆだねる所だが、今は任務中だ。そういうわけにも行かなかった。
「流石に早いですね。こっちも参りましょうか」
その頃、もう一台の車にも、3人の傭兵が分乗していた。綾野 断真(
ga6621)に、アルジェ(
gb4812)、ルノア・アラバスター(
gb5133)である。
「ん。全速力で、行っちゃい、ましょう」
「カーチェイス‥‥運転は得意だけど‥‥銃器はあまり得意じゃない、うむむ」
独特な口調にそう応え、車をスタートさせたのは、若干10歳のアルジェ。SPとして幼少な頃から英才教育を受け、能力者特例でさっくり免許を取得してあるので、法律上は何も問題はないものの、小さな体は、はたから見ると運転席に誰もいないように見える。
「安全運転といきたいところですが、街にキメラをいれるわけにはいきません。確実に仕留めましょう」
外は土砂降りの雨になっていた。その遥か先には、街の風景がかいま見える。直線的な道路のちょうど中間に、例の車があった。少し手前でぶすぶすとかすかにくすぶっているのが、彼の愛馬だったものだろう。
「運転手さん、前の、車を、追って、下さい」
遥か、と前置きがつくだろうが、ルノアは助手席から、そう指示を出す。どんな時も、心の余裕は忘れたくない。
「わかった。運転する‥‥任せろ」
こくんと頷いた彼女の操るジーザリオが、スピードを上げた。その数分後、車に取り付けられた無線機から、白鐘の声が響く。
『こちらペガサス1。対象を発見した。これより迎撃に移る』
「了解しました。合流しますよ」
見れば、数十mほど先に、いくぶんレトロな外見を持つ軽自動車の姿がちらり。それを追いかけるもう一台。
「くそっくそっくそっ!」
中の男は、それだけを繰り返しながら、やたらとアクセルを踏み込んでいるらしく、今にもひっくり返りそうだ。
「見つけた。進行先は、このまままっすぐ」
そのすぐ後ろに、レティがぴたりとつけている。それを目印に、アルジェもまた、車のスピードを上げた。
「座標送ります。狙撃班は移動を開始してください」
その間に、綾野が別働のAU−KV達に、位置を知らせている。彼らが『了解』と応えている間、ルノアが運転席へ声をかける。
「もしもし、きこえ、ますか?」
「それどころじゃねぇ! 早く何とかしてくれ!」
が、男は真っ青な顔をして、そう叫んでいた。その額に脂汗を浮かべた姿に、彼女は首を横に振る。どうやらパニックを起こしているらしく、周囲の状況は見えていないようだ。
そこへ、獣の吼えるような、かすれるような声が近づいてきた。綾野が振り返ると、大型の犬の様な‥‥けれど、ところどころに甲殻を貼り付けたような、明らかにキメラだと思える動物らしきものが、姿を見せている。いずれも黒く、雨の中では闇夜とまぎれても仕方がない姿だった。
「数は5匹‥‥。半分はドラグーン部隊に行ったな‥‥」
バックミラー越しに数を数えたレティさんがそう呟く。直線道路ではあるが、広がる元田園地帯だったであろう荒地は、キメラ達が潜むのに充分だ。
「アルジェさん、後ろ、気をつけてください」
「わかってる。追いつかせる」
既に、進行元と進行先の村や町には連絡してあるが、綾野の無線機から、渋滞を引き起こしているから、早めに対処してくれとの注文が聞こえて来た。
「きしゃあああああ!」
そうこうしているうちに、キメラ達はあっという間に距離を詰め、傭兵達の一団へ、次々と飛びついてくる。
「このっ」
レティが大きくハンドルを切った。ブレーキは踏んでいないせいか、愛車が大きくスピンする。対向車線にはみ出すほどだったが、車の姿はなく、どさどさとキメラだけが落ちた。そのまま一回転して、元の車線に戻るレティ。だいぶ荒っぽいが、助手席の白鐘が平然としているところを見ると、それでも衝撃は少ない方なのだろう。
「振り落としたくらいでは、勢いの衰えないキメラ犬‥‥いや、狼達。5匹の群の中、まるで統率された兵隊のように、陣形を組んでくる。
「先にあっちをしとめたほうが良さそうです。どの敵がお好みですか?」
綾野が武器を構えてそう言った。何しろ数が多い。片っ端からしとめていかなければなるまい。
「一番、先頭の。足止め、します」
ルノアは群の先頭を指し示した。狼ならば、順位は決まっている筈だと。
「わかりました。アルジェさん、お願いしますね」
「ん。プロのSP‥‥運転技術‥‥見せる」
できるだけぶれないように、衝撃の少ないように。道のわずかな凸凹にも注意して運転しているのだが、いかんせん田舎道だ。今一つ自信はなかった。
「がんばって、ください」
「わかった。任せる」
それでも、友人であり主人でもある少女に言われ、彼女は水もこぼさないのが理想だと教え込まれた送迎最速理論とやらを思い出していた。
「‥‥発射!」
ちゅいんっと、雨が切り裂かれる。水を跳ね上げるように進むそれは、一番先頭のキメラへと命中する。が、バウンドしたそのキメラは、勢い余ったのか、自らの足でジャンプしたのか、レティの操るシザーリオへ。
「とりゃあああっ」
それを、ハンドル操作だけでよけようとするレティ。運良く、キメラを避けることはできたが、スピードを落としてしまう。しかし彼女は、後続のキメラに追いつかれる前に、対向車線へはみ出すと、そのままスピードを上げた。
「たいちょ、おかえり」
「た、ただいま」
アルジェに言われ、少し照れくさそうなレティさん。そこへ、白鐘がこう言い出した。
「レティ、このまま車を併走させられるか?」
「任せろ。白鐘さん、右頼む!」
ぎゅいいいんっとエンジンがうなりをあげる。追いついて来たキメラをルノア達に任せ、白鐘は暴走を続ける被害者の車に身を乗り出す。
「うわぁぁぁっ」
「落ち着け! 少しの間でいい、ハンドルとアクセルを固定出来るか?」
悲鳴を上げ続けている男の服を引き寄せ、声を上げる白鐘。衝撃を受けたことで、答える事ができるようにはなったが、相変わらず涙目だ。
「ん、んな事言ったってよぉ!」
「わかった。キメラはこちらで引き受ける。このまま全開で逃げ切ってくれ」
このままでは、落ち着いた対応は無理だ。そう判断した白鐘は、振り返って合図する。その合図を受けて、綾野が無線機をつかんでいた。
「こちら救出班。該当の被害者が向かいます。回収をお願いします」
そう言って、車のナンバーと特徴を告げる。うなずいたのを見て、白鐘は再び男に言った。
「町に連絡は入れた。今頃は、UPCが閉鎖をしているはずだ」
「だ、大丈夫なのかよう!?」
幾分、落ち着きを取り戻している彼。しかし、まだ脂汗は止まらない。体も、かすかにふるえているようだ。
「最悪の事態を防ぐ為に、私達がいるのです。なんとかしてみせましょう」
無線機越しに、綾野がそう告げる。それを聞いた男は、コクンとうなずくと、ハンドルにしがみついた。
「わ、わかった。じゃ、じゃあな!!」
「途中で事故を起こさないようになー」
そう言って、身を離す白鐘。
「どらぐーんさん達、この先にいる」
「了解だ。では、殲滅と行こうか」
アルジェの前に現れた3台のバイク‥‥いやAU−KVに、白鐘はそう応えるのだった。
時間は少し遡る。
「キャノンボールは掟無用の公道レースなのですよ」
すぐにでも走らせる状態となった美空(
gb1906)が、どこかの古い映画から仕入れてきたらしき雑学知識をご披露している。と、そんな彼女に白地に赤と黒のラインカラーなミカエルをバイク形態にした嵐 一人(
gb1968)はぼそりと言った。
「で、おまわりさんに睨まれてた訳か」
「何の話ですか。美空はちょいわるな気分で、ツーリングしていただけでありますよ」
ぎっくううとメットの後ろ頭に冷や汗が走る。バハムートでその辺をハイウェイ並の速度でかっとばしていたのは、ほんの数刻前の事だ。
「まぁ、そう言う事にしとくか」
苦笑する一人。そこへ、リンドブルムにまたがった鬼灯 沙綾(
gb6794)が苦言を提する。
「あんまり時間はないよー」
「おう。さあて相棒‥‥今日は突っ走るぜ」
ミカエルと自身に言い聞かせるように、ミカエルへ手を置くと、同じ色でカラーリングされたメットをかぶる。
ぶぃん‥‥と、三台のバイクのエンジンがかかる。ヘッドライトが点灯し、その機体が鼓動を開始する。そのまま、雨の中をすべるように発進するAU−KV。レインタイヤが濡れた路面をしっかりと掴み、水しぶきを上げて行った。
「対向車は‥‥閉鎖完了してるみたいだね」
対向車に注意していた沙綾が、後ろをちらりと振り返る。比較的小回りの利くバイクは、少しぐらい対向車線にはみ出しても、すぐに元のレーンへ戻っていた。
「これでこの道路は美空達のものなのです」
自信たっぷりにそう言う美空。バハムートが巨大なエクゾーストノイズを上げる。と、その直後、正面に該当の車が見えた。
「いた。あいつらだ!」
その後ろには、レティとアルジェの運転する二台が見え、そしてさらに後ろにキメラの姿。
「ニトロパウワァァァァなのです」
美空のかけごえで、ブースターが加速する。フルスロットルに捻った機体は、あっという間に依頼人へと追いついてしまう。
「この先には街がある。依頼人さんも街の人も助けるのです!」
比較的小回りの利くバイクは、狭い道路でもUターン出来る。もっとも、沙綾にはまだそこまでの技量はないようで。代わりにバハムートを操る美空が、盾になるとばかりに、他の車とキメラの間に入り込んでいた。
「ドラグーンの本領発揮なのですっ!」
割り込んだそこに、追い立てるように沙綾が迫る。キメラとカーチェイスする事になった格好で、おめめを輝かせる彼女。追いかけっこなら、負けない。
「がぁぁっ!!」
追いすがってきた5匹が飛び掛ってくる。だがそんな一団へ、一人がスピードに乗ったまま、AU−KVを自身の身へ装着させる。そしてそのままの勢いで、装備した試作型機械剣をなぎ払った。
「騎兵隊、参上! ってとこだな!!」
しゅたっと着地すれば、きゃいんと犬の様な悲鳴を上げて、どうっと倒れるキメラ達。
「1人こっちに回して! あいつ、操作ミスって路肩突っ込んでる!」
レティがそう連絡してくる。スピードを上げた美空が追いつき、即座にAU−KVを装着する。
「ここは引き受けるのであります。後で必ず追い付くのでありますよ」
そして、スピードオーバーで路肩にはまり込んでいる被害者の車を引っ張り上げている。直後、その車をかばうように正面へ向き直ると、特注で作り上げたアームガトリング砲を、残っていたキメラ狼へと乱射して牽制弾を放っていた。
「よし、挟み込んだな。このまま街まで近づかせるなよ!」
「くらえー、なのです!」
沙綾の竜の瞳が、敵達を捕らえる。足を狙った槍が、狼へと届き、その一部がコロコロと転がった。だがその直後、脇の雑草が生えた畑から、待ち伏せた伏兵と言わんばかりに、もう5匹が現れる。
「気をつけて! あいつ、カーブで狙ってくる気よ!」
レティが警告を発した。再び発進した被害者の車を、キメラ達が狙っている。どうやら、手に余る傭兵達よりも、一般人の被害者を狙ったようだ。それを聞いて、再び一人がバイク形態となり、キメラ達を追いかける。
「流石にこの速度でスっ転んだら洒落にならないかもな」
バイクの運転技能に自信はあるが、車の運転に関しては、レティの方が技量は上だと言う自覚はあった。だがそれでも、一人はにやりと笑って見せる。
「マスター、行って来る」
「目標、確認、攻撃、開始‥‥」
すっかり乱戦となってしまったが、それでもルノアとアルジェの小さな主従は、まったく動じず、それぞれの武器でもって、キメラを相手している。それは、綾野と白鐘も同じだ。
「相手は犬型‥‥。足を狙ってください!」
「スナイパーのようにはいかないが‥‥簡単に外すと思うな」
月の明かりを浴びた刀は、吼えては飛び掛るキメラ狼をずしゃっと嫌な音を立てて切り捨てている。
「寄らば斬る。如何に素早かろうともな」
「銃弾つきたら後ろの人に代わって!」
レティが素早く交代するように提案していた。それを受けて、後ろのほうにいた沙綾が追いすがってくる。
「今のボクは風なのですー」
「ま、この辺りはドラグーンの面目躍如ってとこだな!」
一人も、キメラから被害者の車を守るようにUターンさせた。囲い込むような形となりつつあるその陣形に、綾野がレザーグローブを片手に、ぼそり言う。
「一発でトドメをさせるなら、それが一番良いんですがね」
「ほうれほうれ、こっちの水は甘いぞーなのです。‥‥今がチャンス。撃つのでありますよ。」
安定性の高い美空のバハムートは、特注アームガトリングを乱射しても、びくともしない。その分機動力は劣るが、雨に混ざって降り注ぐ銃弾は、キメラ達をその場へ押しとどめることに成功する。
「逃がしはしない。これでトドメだ!」
アタックチームに割り振られた白鐘の月詠が、最後の一匹を切り捨てたのは、その直後の事だった‥‥。
(代筆:姫野里美)