●リプレイ本文
ミシミシと音を立てる診療所の中、傭兵達は予想以上の凄惨な光景に息を呑む。
崩れ落ちた天井、助けられなかった、巻き込まれてしまった人々。
カイ・ニシキギ(
gb4809)とルチヤ・チルティア(
gb5608)は、己の過去を思い出し、思わず足を止める。
デジャヴを感じる光景の中、カイは身につけたジーンリングに目をやり苦笑する。単身救助に向かった少女を、過去の自分に重ねて。
「急ぐぞ。時間が無いんだ」
二人に声をかけて天龍寺・修羅(
ga8894)が先を急ぐ。
「まったくっ! ろくな装備も持たずに中に突っ込んで行くなんて、無茶すぎるっ!」
「とりあえず、中に居る三名の救助ですね、急ぎましょう」
AU−KVを装着した大槻 大慈(
gb2013)が修羅に続き、 マヘル・ハシバス(
gb3207) が後を追う。
「‥‥急ぎましょう‥‥30分しか、ありませんから‥‥」
ルチヤが促し、残る傭兵達も奥へと歩みを進める──
──道を開く者、進む者──
助からなかった人々の血だまりの中で、もぞもぞと動くおぞましい不定形の物体。
傭兵達の姿を知覚したのか、ヌルヌルと水音を立てて襲い掛かる。
「ここは私が」
ふぁん(
gb5174)ゴティクスソードを抜き放ち、救出班を促すが、もう一体、ふぁんの側面から体を伸ばし襲い掛かるスライム。
しかし、伸びた体が瞬時にして縮まり、スライムが後退した。銃弾を受けたのだ。
「問題無い。予測済みである。先へ急げ」
小銃「S−01」を構え、ヴィンセント・ライザス(
gb2625)がスライムに連続して銃弾を浴びせ、スライムはただの液体となり床に染みを作った。
「了解。必ず、助ける‥‥」
促され、先に進んだ御沙霧 茉静(
gb4448)達。
──その時。
その背に、天井からドロリと垂れ下がる液体にヴィンセントが気付き、声を上げる。
「走れ!」
疑問よりも先に言葉に反応し、茉静が走った後にベチャリとスライムが落下。ズルズルと救出班の後を追おうとするスライムに、ヴィンセントがアーミーナイフを突き立てた。
しかし、アーミーナイフが軟体生物の足止めになる訳も無く、ヴィンセントは腕に酸を受けて大きく負傷する。
「──っく」
苦痛に顔を歪めたヴィンセントへ更なる攻撃を加えようとしたスライムの上に、勢い良く剣が突き刺さる。 ふぁんだ。ヴィンセントが足止めを行っている間に一匹を屠り、加勢に回ったのだった。
「大丈夫‥‥ではありませんね、動けますか?」
「ああ、何とかな。救出班の後を追おう」
二人は中庭に向かっていった。
中庭に到着した傭兵達が見たものは、崩れた噴水、キメラが投下されたと思われる地点のクレーター。
──そして、突入前に崩れ落ちたと思われる大量の瓦礫。
花壇だったであろう場所は避難の時に踏み散らされ、無残な姿を晒していた。
「酷い‥‥早く道の確保を。とにかく人が通れる場所を作らないと。とにかく、救出班の人だけでも先に中に入れる様に」
茉静は率先して瓦礫の撤去を行い、手の開いている者が何とか道を作ろうとする。
「もう、後20分しかないね。急がないと──ん?」
瓦礫を撤去しつつ、探査の目で周囲を調べていたカイが、キメラを発見した。
「居たよ。2体だ。修羅、左は任せるよ。──俺は俺の役をはたしましょうか、と!」
「‥‥了解。崩壊まであまり時間が無いからな。サクッと終わらせよう」
二人はお互いが受け持ったスライムへ攻撃を仕掛ける。
ふっ‥‥とカイの体が沈み、強く踏みこむ一歩。ファルシオンの重さを生かした一撃がスライムを襲う。
あくまで倒壊を助長しない様、慎重に。
一撃を食らったスライムは酸を吐くが、自身障壁を使用したカイは、うまくダメージを軽減している。
一方の修羅も、覚醒した金色の瞳で獲物を睨み、フォルトゥナ・マヨールーで、スライムを銃撃、そして持ち替えた蛍火による流し切りでスライムを切り付ける。
さらに、スライムの攻撃をかわして、両断剣を乗せた重い一撃。
続く二人の攻撃で弾き飛ばされたスライムは、瓦礫の山へ染みとなって消えた。
二人がスライムを相手にしている間に瓦礫の除去も進み、人が通れる隙間が出来る。
「瓦礫の除去と退路の確保は俺達でやっておく。救出班は中へ急いでくれ」
「後15分。じゃ、救助班のそっちはヨロシクね」
──救う者、救われる者──
修羅とカイに促されて進んだ救出班が見た物は、A棟よりさらに酷い状況だった。
瓦礫の下敷きになっただけでなく、先程のスライムの餌食になったのであろう人の遺体。
こんな中で医師と子供、傭兵の少女は生きているのだろうか。傭兵達に不安がよぎる。
「急ぎましょう‥‥もう少しです」
ルチヤが先頭に立って走り出す。この状況は彼女にとって、あまりにも似すぎていた。脳裏に浮かぶ、家族を失った現場。それを振り切るように頭を振り、奥へと走る。
「‥‥このあたりの筈ですね」
茉静が足を止め周囲を見回すと、点々と奥へ続く血痕。
「あの先、ですね」
マヘルの言葉と共に傭兵達は走り出す。
血痕を辿った先で傭兵達が見た物は──
──淡い光を纏い血に塗れた少女が、倒れる壁を支える姿。
彼女の足元には、倒れて気を失った医師と子供。
ブルブルと震える細い体は今にも折れそうで、壁を支える時に怪我をしたのか、彼女の足元には軽い血だまりが出来ていた。
「──っ!」
大慈が声を上げるより先に動く。壁と少女の間に入った刹那、纏っていた淡い光も消えて少女は床へと崩れ落ちる。
「おいっ! 大丈夫か! ぐっ」
予想外の壁の重量に、濃紫のAU−KVがミシミシと悲鳴を上げる。少女一人で支えていたとは思えない重量だ。
「手伝います。‥‥ふっ」
茉静が大慈の加勢に入り、倒れ来る壁を押し返す。
二人が壁を支えてる間に、マヘルが安全な場所へと医師と子供、少女を移動させていった。
「被害者の身柄を確保しました。もう良いですよ!」
マヘルの言葉を聞き、二人は壁から素早く離れる。支えを失った壁は、ズシンと重い地響きを立てて倒れこんだ。
「倒れていた二人は意識を失っているだけだけですけど、少女の怪我が酷いです。応急処置だけでも」
マヘルは少女に練成治療をかけ、治療を行う。
皆が予想していなかった事だったが、何とか間に合った様だ。
少女がうっすらと目を開き、視点の定まらない目で朦朧としながら掠れる声で問いかける。
「──お医者さんと‥‥あの子は?」
「‥‥無事よ。あなたが守ってくれたの。ありがとう」
茉静は少女の頭をそっと一撫でし、優しく語り掛ける。
安心したのか、ゆっくりと目を閉じた少女は安らかな寝息を立て始めた。
「‥‥ゆっくりしていられませんね‥‥後10分です‥‥急ぎましょう‥‥」
ルチヤが子供を抱き上げ、茉静は医師を、マヘルは少女を背負い、傭兵達は中庭へ向かう──
──崩れ落ちる物、新たな道──
ガラガラと音を立てて崩れるB棟から、瓦礫を身に受けつつも中庭へたどり着く救助班。
そこにはヴィンセントとふぁんの合流したメンバーが待っていた。
「待たせたなっ! 早いとこ脱出しようか。状況は?」
大慈が周囲を見回しながら問いかける。
「既に後方の排除は完了している。早急に撤退するといい」
──その時、B棟が大きく音を立てて倒壊し始める。
「急いで! ここに居たら巻き込まれるぞ!」
A棟に走りこむ傭兵達を追いかける様に続く砂煙。
衝撃でA棟自体にもダメージが出ているのだろう。天井がバラバラと崩れ始めている。
「こっちもか。カイ、時間は?」
「後5分。走ろう!」
走りながらの修羅の問いにカイが答え、更に走るペースが早くなる。
後方で更に倒壊の音。徐々に濃くなる砂煙に咽こみながらも、傭兵達は走る。
──少女の、無謀とも思える行動と、命懸けの思いを無駄にしない為に。
何より、全員で生きて戻る為に──
出口付近にスライムが蠢く。相手をしている時間は無い。
「邪魔だぁぁっ!!」
先頭を走っている大慈が、スライムに向かって風天の槍を大きく薙ぐ。走る勢いと遠心力を槍に載せスライムを打ち払ったのだ。
弾き飛ばされたスライムは壁にたたき付けられる。
その間に、一人、また一人と外へ脱出し、その刹那、診療所は倒壊したのだった。
「大慈!!」
複数の叫びが響いた──
──ごめんなさい、ありがとう──
──もうもうと立ち込める砂煙の中から一人の影。
濃紫のAU−KVは傷だらけだが、大慈は無事に脱出できた様だ。
「死ぬかとおもったー‥‥」
槍を杖代わりに、噎せ込みながらぐったりとする大慈を見てメンバーは安堵の溜息を漏らす。
傍らではマヘルとルチヤが少女の応急処置を再開していた。
改めて確認する少女の傷は深く、背に鉄骨で傷つけたであろう大きな切創と、数箇所に及ぶ骨折。これで二人で支えるのがやっとだった壁を、一人で支えていられたのは意思の力か。
「説教してやろうと思ったけど、この状態じゃあな‥‥予想外だったよ。ほら、ルチヤ。水飲ませてやってくれ」
AU−KVの装着を解き、ハリセンを片手に少女の傍へ歩み寄るも、流石に説教をする訳にもいかず、ミネラルウォーターをルチヤに手渡しながら苦笑する大慈。
「──ごめんなさい‥‥あり、がとう」
その時、意識が戻ったのか、少女は掠れた声を上げた。
「‥‥あなたは、悪くない‥‥」
ルチヤがそっと少女に水を飲ませると、幾分落ち着いた様に見える。
「うん、よく頑張ったな。して、名前は?」
優しい笑みを浮かべ、大慈が頭を撫でつつ問いかける。
「タリア‥‥です」
そっと呟いた彼女の声を掻き消す様に、レスキューが担架を持って走り寄る。
「搬送の準備ができました! よろしければ、サイエンティストの方はご同行願えるといいのですが‥‥」
「わかりました」
マヘルの返事と共に、タリアは担架に乗せて運ばれて行く。
「タリア、元気になったらたっぷり説教してやるからな。覚えとけよ」
優しく、悪戯っぽい笑顔の大慈の言葉に、タリアは力は無い物の、柔らかく微笑んだ。
「‥‥はい、よろしくお願いします」
タリアの浮かべた微笑みに、傭兵達全員が安堵の溜息と、任務の成功を実感したのだった。