●リプレイ本文
●いもばたけ
非常に長閑な光景だった。
辺り一面、芋畑。緑の葉に覆われた畑は所々地面の茶色い筋が微かに見えている。少し幅を持たせて畝を築いているらしく、観光園芸用の芋掘り畑のようだった。
秋に芋掘りとは、何と季節感のある依頼だろうか。
皆様、本日はよろしくお願いいたしますと、丁寧に頭を下げたシグ・アーガスト(
gc0473)は、初依頼に漂う風情に気負いなくおっとりと笑んでいる。
この畑の地中に、奴はいる。
サツマイモ似のモグラキメラの姿を想像して、國盛(
gc4513)はそのシュールさに眉を顰めた。
しかも奴は体長約1mのずんぐり体型だと言う。
「1mのサツマイモの時点で、既に擬態とは言えん気がするが‥‥まぁよい」
艶やかな黒髪を風に洗わせ、御巫雫(
ga8942)は凛と言い放った。何にせよ、早急に討伐せねばと。
「ええ、一般の方を殺傷するだけの能力は充分に備えているキメラのようです」
被害が出る前に倒さねばと佐倉・拓人(
ga9970)。
ああ、と國盛も言葉少なに返した。姿はどうあれ、キメラに変わりは無いだろう。
「‥‥‥‥必ず、見つけ出す‥‥」
「絶好の焼芋日和ですね」
キメラとて芋、とっ捕まえて焼芋にしてしまおう。
かくして、巨大芋掘り作戦が始まった。
2名ずつ4組に分かれて探索開始。
「御巫さん、お任せしますですの」
南区域、亜守羅(
gb9719)は雫に探索を委ね、地中からの奇襲に備えて身長ほどもありそうな名刀「薄」を構えた。童女が地に擦れんばかりの刀を持ち上げるのは大変そうに思わなくもないがそこは能力者、軽々と構えている。
「あっすらちゃんは18歳、18歳なのですわよー」
時々歌うように口ずさむのは、童女に見間違えられる事が多いのだろう。
――と、雫が立ち止まった。
「エキスパートとしては初の仕事だ。気を引きs‥‥」
はぎゅッと妙な声を上げて、雫が畑に突っ込んだ。どうやら自分の靴紐を踏んづけたらしい。折角の運は何処へやら、口の中に入った芋の葉をぺっぺと吐き出して、雫は「‥‥これは、違うぞ?」と独り言。
気を取り直して探査再開。
「‥‥いたぞ」
雫が見た方向は彼方――
西区域では強面の旦那と若奥様といった様子の二人。探査担当は國盛、有事の連絡担当は拓人だ。
ビスクドールに自作の服を着せている拓人は何処から如何見てもたおやかな女性に見える‥‥本当は男性だが。フリフリピンクの衣装を纏わせたビスクドールを所持していても何ら違和感がない。
何故だろう、護るべき存在のように見えるのは。気のせい‥‥か?
思わずしげしげと眺める國盛を不思議そうに見つめ返す拓人。國盛にはどうにも女性に見えて仕方ない。
「どうかされましたか?」
「あ‥‥いや、何でもない‥‥」
これでは女を相手にしているようじゃないか。照れ隠しに苦笑して、國盛は眼を凝らす――いた。
「‥‥急ぐぞ、此処から遠い」
拓人を促した國盛の表情は戦場を生き抜く者のそれに変わっていた。
北区域捜索中の小笠原恋(
gb4844)と相賀琥珀(
gc3214)。お気に入りのエプロンを身につけた恋と、穏やかな好青年風の琥珀のコンビも新婚夫婦に見えなくもないだろうか。晴れた秋の日を夫婦水入らずで芋掘りに――掘り上げるのは大きなキメラだけれど。
妻を護る夫の如く、恋が探査に集中できるよう周辺警戒を怠らぬ琥珀は、自身でも目視で捜索。
「‥‥いまs‥‥」
「恋さん、あちらだ!」
二人が同時に見たのは、東区域の地面から掬い上げられる1m級のサツマイモだった!
●ほったいも いじるな
ここで少し時間を戻そう。芋畑の東区域の探索状況である。
「‥‥ん。周囲の。警戒は。任せて。探索に集中して。大丈夫。多分」
最上憐(
gb0002)の心強い(?)言葉にシグが探査に集中していると、何か違和感を感じた。近付いて来る、何か。
「サツマイモは移動しませんよね‥‥」
そんな事を言っている間に、畑の異常は憐にもわかるほどになっていた。動いているのだ、もこもこと。持ち上がるように浮いた芋の葉はそのまま頼りなく倒れ、どの異常がどんどんこちらへ近付いてくる。
「‥‥ん。芋掘り。してみる」
言うや、憐はバトルスコップを地に突き立てると、土もろとも掬い上げたのだ。琥珀と恋が見た1m級のサツマイモ――キメラが宙を舞った。
いきなり外へ放り出された芋モグラキメラは、空中で身を返すと最寄にいたシグに狙いを定めた。
視線の先にキメラを捉え、シグはダークスーツの上に羽織っていた浴衣の左側を片肌脱ぎにして身構えた。降下ざまシグに体当たりをかまそうとしていたキメラは敢え無く交わされ地に落ちる。
「楽しい芋ほりと食事のために失礼ながら斬らせて‥‥いただきます」
穏やかに、丁寧に。シグはキメラに仕込み箒を向けた。
各方面から仲間達も合流完了し、ともあれ全員でボコる事にする――が。
「か、可愛い‥‥」
恋は地上に上がったモグラキメラにときめいていた。
赤紫の身体は繊細は産毛に覆われていて、触るととても気持ち良さそうだ。地中対応の小さな目は愛嬌たっぷりで、とがった口元をきゅっと攫んでみたいというか、そのままむぎゅッと抱きゅしてみたいというか。これで可愛く鳴いたりなんかしたら、もう‥‥!
「‥‥で、でもこの子はキメラ‥‥この子はサツマイモ‥‥この子は食材‥‥えぇーい!!」
半ば自己暗示気味に、恋は両手それぞれに持った剣を振り回した。
『キュウゥゥゥゥッ!』
甲高く愛らしい悲鳴を上げてキメラはざくざく斬られた。鳴き声は愛らしいが、こいつは芋だ、芋なんだ。
「わぁ、大きなお芋ですね」
言いざま、琥珀が刃を身を翻した勢いに乗せて斬り上げる。蹴って潰すよりはいいですよねと嘯いて、容赦ない一撃を食らわせた。
芋なのか土竜なのか、はたまた斬れば血は出るか。サツマイモ味の肉だったらどうしようという話もちらと出ていた気はするが、斬ってみると中身は芋で血も出なかった。グロい事にはならずに済みそうだ。
「フハハハハ!芋は芋らしく、掘り出されるが良いわっ!」
「美味しく切れてねー」
雫が抑え亜守羅が輪切りに切り刻む。為す術もないキメラが飛び出した穴に注意しながら、拓人が國盛に内助の功さながらの練成強化。
「國盛さん!」
拓人の声に頷きひとつで応えを返した國盛は、キメラに近付きざま、ごついブーツで蹴り上げた。
『キュゥゥゥッ!!』
「‥‥‥‥終わりだ‥‥」
再び宙を舞うキメラ目掛け、國盛は目にも留まらぬ速さで銃を向けるとキメラの頭を撃ち抜いた。
芋キメラは、ただの芋になった――任務完了。
●いもづくし
早期発見、早期撃破のおかげで畑の被害も最小に抑えられた。
礼を述べる畑の所有者に、雫は各々が食べる分と土産分だけ収穫させてもらえれば充分だと固辞した。我々は人々の日常を守る為に居るのだからと続ける雫の口調は偉そうだが、何だかとてもカッコいい。
「丹精込めて育てた作物だ。育てた本人が収穫するのが一番良かろう」
仕事も済んだし、後は楽しむだけだ。所有者宅の庭を借りて、めいめいサツマイモの調理開始。
「不肖佐倉拓人、大学芋と天麩羅を作らせて頂きます!」
ご謙遜をと突っ込みたくなるような割烹着姿の若奥様が、同じく大学芋を作る亜守羅と揚げ物でコロッケを作る恋と一緒に台所へ消えた。後姿は皆女性、姉妹のようだと思いつつ、國盛も後を追う。
庭では雫はオーソドックスに落ち葉で焼芋を作っていた。
「シンプルだが芋はこれに限る‥‥我が友の妹、憐よ。程々にしておくのだぞ」
確かに甘く良い香りが漂い始めたが、憐はじっと焚き火に視線を向けていた。雫が食い荒らし自粛を説いている横で、食いしん坊の憐は聞いているでもなく焚き火の中を見極めるように凝視している。
「‥‥ん。我慢。出来ないので。少し。摘み食い‥‥ではなく。味見を。手伝って来る」
聞いていたか聞いていないか、憐は焼き上がり間近の焼芋には手を出さずに、背を向けると屋内へ入って行った。
「おや、もうすぐ焼きあがりますのにね‥‥あ」
憐の行動に、シグが小首を傾げて不思議がった‥‥が、掘り出した焼芋を見て絶句。
無言で焚き火の中へ戻そうとしたのに雫が気付いた。
「む?焼けているではないか」
「いえ、その‥‥」
押し問答の先にあるのは、緑色したマーブル模様の物体。どうしてこうなった。
「見ての通り、焼き芋である!」
雫は自信たっぷりに言うが――これを焼芋と言うならば、焚き火が生み出した奇跡と言うしかないような。
もう少し火を通した方がいいと思いますと、シグが火力を上げた焚き火の横では、琥珀が鍋を火にかけている。
「母が仕事で忙しくて‥‥僕も家事をしてました」
などと言いつつ、琥珀が鍋の蓋を開けると、豚肉と一緒に甘辛く煮込まれたサツマイモがふわりと香った。
「家庭的なのですね。僕も旦那様に作って差し上げたいものです。レシピをお聞きしても宜しいですか?」
大層美味しそうな甘辛煮に、シグは琥珀に作り方を尋ねている。
几帳面にメモなど取っているが‥‥琥珀が得意な家事は掃除だという事を、シグはまだ知らない。
一方、台所――
「佐倉さんは煮るタイプの大学芋ですのねー」
大学芋と名は同じでも作り方は様々のようだ。亜守羅は揚げるタイプのものを、拓人は砂糖醤油で半分煮ながら加熱するタイプのものを作るらしい。
「こちらのお鍋、借りていきますわねー」
ちょうど空いていた鍋を手にして、天麩羅に使いたい拓人へ「んーと、15分でおわるよー」言い置いて拝借。
「ふふっ、良い感じです」
湯気上がる蒸し器を下ろした恋はサツマイモの蒸かし上がりに微笑んでマッシャーで潰し始めた。半分は裏漉しして、もう半分はそのままで。
ちょうどその時、庭から憐がやって来た。じーっと見ている黒い瞳、潰し芋を指で掬って、ぺろり。
「‥‥ん。美味」
コロッケに成形されるまえの味を調えただけの生地も充分に美味しい。パン粉を付けて揚げたなら、もっと美味しくなるだろう。
「‥‥あまり食べ過ぎると、なくなるぞ‥‥」
そう言って、國盛が憐に差し出したのは摘み食い用のサツマイモモンブラン。お湯を入れたバットに並べたプリンカップは、後のお楽しみ。
やがて各々作っていた料理が完成し、庭へ素朴な木の長テーブルを出して料理を並べれば、サツマイモづくしの食事会の始まりだ。
「イモ天はそれなりの厚みで揚げたてホクホクを食べるのが定番ですよね」
古き良き日本の妻な風情の拓人が作った天麩羅には、軽く塩を添えて。一口食べた揚げたてに、恋はにっこり。
「この天ぷら、ふっくら揚がってますし、大学イモも綺麗で美味しいです。やっぱり佐倉さんは料理が上手ですね」
「恋さんのお料理はやはりお上手です」
サツマイモのバター炒めを食べた拓人もにっこり。この二人、互いに褒めあっているが、本当に甲乙付けがたい美味しさだ。
「‥‥ん。美味。おいしいね。どんどん。行ける。ばんばん。おかわり」
憐も遠慮なく食べている。料理は沢山、まだまだあるので大丈夫。
珈琲を入れてきた國盛が、店自慢のブレンドだと甘味と一緒に勧めれば、普段は加糖で飲む人もブラックで飲んでみる。無糖で飲む方が、サツマイモプリンやサツマイモモンブランの甘さが際立って美味しさが増した。
「ほど良い甘さで美味しいです。流石は喫茶店のマスターさんですね」
「あ、美味しい。これはどうやって作るのですか?」
恋のお墨付き、シグは珈琲店店主直伝のレシピをメモに取り、旦那様のお茶の時間に作って差し上げようと思いますと微笑む。
「あっすらちゃんの作ったオヤツの定番大学芋も、一杯あるのでみなさん召し上がれー」
負けじと大皿の大学芋をまわす亜守羅に、皆もたっぷり取り皿に取って。
サツマイモづくしの饗宴に、琥珀が幸せを滲ませて言った。
「美味しいです。お料理が上手だとひとに喜んでもらえますね。僕も今幸せです」
好青年は人畜無害の笑みを浮かべ、自分が作った料理の椀を仲間達に勧めた。
一部を除いて誰も琥珀に疑いなど抱いていようはずがない。亜守羅が見守る中、手を付ける面々。
「琥珀さんもお料理上手じゃないですか。美味しそうにできていますよ」
「では、相賀さんのを‥‥あ‥‥川の向こうでお婆ちゃんが‥‥」
「わぁ…美味しそうですね♪いただきまs‥‥」
微笑みながら意識を失う拓人、シグは会話途中で倒れた。その表情は青白く、透き通るようで‥‥今にも消えてしまいそうだ!
「一体、何が‥‥拓人さん、それは渡ってはいけない気がします!戻ってください‥‥!」
琥珀は自分が引き起こした事態に全く気付いていない!ただただ被害者(!)を懸命に介抱するのにおおわらわだ。
「と‥‥とっても個性的な味付けですね
気力を振り絞り、恋は辛うじて耐えた。引き攣った笑みで誤魔化すのが精一杯だ。
そんな阿鼻叫喚の中、甘辛煮を食べた憐は唯一平気そう。
「‥‥ん。何やら。変わった味。弱いキメラなら。毒殺出来そうな。個性的な味だね」
憐はキメラより強かった。
騒動にやれやれと肩すくめ、雫は焼芋だったはずの物体を見た。
(「炭化したものを食うのは身体に悪いだろうか‥‥」)